俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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序章41 放課後の三叉路

 階段を上がる。

 

 

 バイト先の所在地は南口の雑居ビル群の一角にあるのだが、希咲はそこへは行かずに駅の構内へ入りコインロッカーへと向かった。

 

 

 改札手前に設置されたコインロッカーの右から二番目の三段ある内の真ん中の扉。

 

 スクールバッグの中から取り出した鍵をその扉の取っ手近くにある鍵穴へと挿しこんだ。

 

 手早く中身を取り出してから扉を閉める。

 

 

 ロッカーから引っ張り出したボストンバッグを肩に引っ提げ、足早に改札前のトイレへ向かう。

 

 

 女性用トイレに入ったらすぐに視線を手前から奥に走らせる。

 

 一番奥の個室が空いていたので立ち止まらずにそこへ入った。

 

 

 個室のドアを閉めると座らずに便座の蓋を下ろし、その上にボストンバッグを下ろす。

 

 仕切り壁に取り付けられた鞄置きにスクールバッグを置く。

 

 

 ボストンバッグの口を開く。

 

 

 中から出てきたのは着替えとなる衣類だ。

 

 

 制服の胸元のリボンを外し、ブラウスのボタンに指を付けたところで一度動きを止める。

 

 

 学園へ報告している自分のアルバイトは、母親の友人の経営する事務所での事務の手伝いだ。その内容で許可を得ている。

 

 

 自分のしていることへの後ろめたさや罪悪感はあれど、毎月の安定した生活資金を得るためには仕方がない。

 

 

 細く。だけど重く。溜め息を吐いてからブラウスのボタンを外していく。

 

 

 

 数分後、トイレから出る。

 

 

 肩だしのゆったりとしたニットにショートパンツ。キャスケット帽を頭にのせ、ラフにまとめた後ろ髪を肩から胸へ垂らす。

 

 逆の肩に提げた小さめの黒いリュックサックと大きめのサングラスの位置を直し、ブーツのヒールを鳴らして歩き出す。

 

 

 向う先は北口だ。

 

 

 階段を降りた先には歓楽街がある。

 

 

 その景観に入り込んでも過不足のない姿で希咲 七海は歩いていく。

 

 

 

 

 

 ギシッと、手に持った大きな手提げのポリ袋が歩くリズムに合わせて一定間隔で音を鳴らす。

 

 2ℓの水のペットボトルを入るだけその袋に詰め込み、左手から提げて駅のロータリーを弥堂は歩く。

 

 

 向かう先は、先程ここへ来た時に使った道でもある、新商店街へ繋がる『はなまる通り』だ。

 

 誰が何に対して付けた『はなまる』なのかは殆どの市民が知らない。

 

 

 希咲と別れ、すぐに来た道を引き返して帰宅しようとした弥堂だったが、自分が駅前ロータリーのスーパーマーケットでミネラルウォーターのセール品を購入する予定であったことを思い出したのだ。

 

 間抜けにもそれを失念し、無様にも引き返してきた道をさらに引き返し、ただ幸いにも目当ての商品を手に入れることは出来たので、今度こそと帰路に着いている。

 

 酷く効率の悪いことをしたと苛立ちながら歩く。何故予定を忘れることになったのかという、その原因に思い当たらないようにするために苛立ちを維持する。

 

 

 はなまる通りの入り口となる、先程も通ってきた角に差し掛かる手前で一度立ち止まる。

 

 現在弥堂の居る位置とはロータリーを挟んで反対側になる雑居ビル群へ目を向ける。

 

 

 以前に独自に学園の資料を勝手に閲覧しあらゆる方面に無許可で調査したところ、希咲 七海のアルバイト先はあの雑居ビル群の中にあるはずだ。

 

 しかし、先程別れた彼女は駅の中へと入っていった。

 

 

 学園へ虚偽の報告をしているのならそれはそれで問題だが、現在の自分の担当する仕事の範疇ではない。

 

 今現在、現時刻でここに居る弥堂 優輝という人物がそのことに興味や関心を向ける理由はない。

 

 だから、弥堂は考えるのをやめて再び歩き出した。

 

 

 はなまる通りに入り、先程も目にした捨て看板のある路地へ通り過ぎ様に視線を遣る。

 

 やはり自分が興味や関心を向ける理由はない。

 

 

 弥堂 優輝は自宅へ向かい歩いていく。

 

 

 

 

 希咲 七海が北口の階段を降りた頃、弥堂 優輝が通り過ぎたばかりの、はなまる通りの入り口に新たに姿を現す者たちがいた。

 

 

 トテトテと歩き、すれ違う人々を不器用に避けて、『キャスト募集! 面接はこの奥で』と書かれた看板の前で立ち止まる。

 

 

 水無瀬 愛苗だ。

 

 

「ねぇ、メロちゃん。ここでいいのかな?」

 

 

 電柱に針金で巻きつけられた看板の足元に視線を向けながら彼女は連れに声をかける。

 

 

「そうッス! ジブンのエロエロセンサーがビンビンに反応してるッスよ! 間違いねーッス!」

 

 

 水無瀬の問いにやたらとテンションの高い答えが返ってくる。

 

「えろえろ?」と首を傾げる水無瀬の疑問は無視してその声は続ける。

 

 

「こいつはクセェーッス。この路地の奥からか~な~りイカガワシイ臭いがしてるッス。これは結構ヤベー奴がいるっぽいッスよ! 本当に行くんスか、マナ?」

 

 

 路地の方へ向けた鼻をクンクンと慣らしながら水無瀬へ問いかける。

 

 

「うん。もちろんだよっ! だって私が行かなきゃ……」

 

 

 水無瀬は決意を秘めた直向きな眼差しで答える。

 

 

「ホントにッスか? またヒドイ目にあうかもしんないッスよ?」

 

 ハイテンションだった話し声を僅かに顰め、声に心配そうな色をこめる。

 

 水無瀬はその確認のような問いに何かを思いだしたのか、一度「ゔっ」と呻き、だがすぐに体裁を整えると胸に手を当て誓うように返す。

 

 

「……だいじょうぶ。ちゃんと覚悟はしてるよ。みんなのために私が頑張るんだって決めてるから」

 

 

 その誓いを受けた者は再度確認するように問う。

 

 

「ホントのホントにッス?」

 

「ほんとのほんとだよっ!」

 

 

 水無瀬はそれに力のある笑顔で答えた。

 

 

 その者もそれ以上は問いを重ねるのをやめ、気を取り直し場を盛り上げるように声を張り上げる。

 

 

「よおぉぉぉっし! よくぞ言ったッス! それでこそジブンのトモダチ! そしてパートナー!」

 

「まかせてっ! 私、メロちゃんのためにも頑張るから!」

 

 

 子供のような甲高い声に水無瀬も合わせるように気勢を上げる。

 

 

 人通りの多い通りで大きな声を二人で上げるが、 メロちゃんと呼ばれた者にも、水無瀬にも、人々は誰も関心を示さない。

 

 

 

「よっしゃあああああ! いくぞマナぁっ! 準備はいいッスか⁉」

 

「うん! いつでも!」

 

「ホントかキサマァ⁉ そんなデッカイおっぱいで大丈夫か⁉」

 

「おっぱい⁉」

 

 

 びっくり仰天した愛苗ちゃんは反射的に自身の両胸を手で抑え、彼女のチャームポイントでもあるおさげをぴゃーっと跳ね上げた。

 

 

「おっぱいが関係あるの⁉」

 

「当たり前だァっ! バカモノぉっッス! そんな目立つもんぶら下げてたら、どうぞお手に取ってお確かめくださいと言ってるようなもんだろうがぁぁぁッス!」

 

「そ、そうなの……?」

 

「そうッス! 気を付けるんスよ。こんなイカガワシイとこに居る奴ッス。幼げな容姿にそんなにデッカイおっぱいがオプションで付いてたら、出会い頭にむしゃぶりついてくるに決まってるッス! イケんのか⁉ そのおっぱいはすぐにイケんのかあぁぁぁっス!」

 

「え? えっ……どうなんだろ…………? よくわかんない……」

 

「これからお仕事って時に悠長なこと言ってちゃダメッスよ! 女子たる者、いつでもおっぱいは準備しとけッス! 痴れ者があああぁぁッス!」

 

「ご、ごめんなさい…………」

 

 

 公衆の面前で突然大声で叱られ始めた水無瀬は困惑しながらも謝罪をした。完全に言いがかりでセクハラとしか思えない会話だったが、よいこの愛苗ちゃんは決して怒鳴り返したりなどはしないのだ。

 

 

「じゅ、じゅんびってよくわかんないけど、とにかく私いっしょうけんめい頑張るからっ!」

 

 

 胸の前で両拳を彼女のフルパワーである握力15㎏で握りしめ、フンフンっと鼻息荒く気合をアピールする。

 

 

 まったく頼もしさを感じさせない彼女の出で姿だが、メロは「その意気やよし!」と満足げに頷いた。

 

 そして先行し路地の入口に踏み入ると水無瀬へ振り返る。

 

 

「そのカクゴが見たかったッス! マナの女子力がギュンギュン上がってるのが自分にはわかるッス!」

 

「女子力……? お料理とか上手になるかな?」

 

「なるッス! 一流シェフもマナのおっぱいには勝てねぇッス!」

 

「おっぱいは関係ないよぅ……どっちかっていうとお料理の時は邪魔だし……」

 

「カーーーーっ! なんてこと言うッスか! ナナミが聞いたら怒り狂うッスよ! 戦争ッス!」

 

「なんで七海ちゃん? なかよしだもん。ケンカなんてしないよぅ」

 

「油断大敵ッス! 乳の切れ目が縁の切れ目ッス! 気を付けるんスよ!」

 

「そ、そうなの……? わ、わかった、気を付けるね」

 

 

 これから何か重大な用件に身を投じることを匂わせていた二人だったが、何とも気の抜けるような会話が続く。

 

 

「お料理といえば、明日も弥堂くんのお弁当作ってあげたいから早めに終わらせて帰んなきゃ」

 

「くぅぅぅぅっ! あのマナが男にメシを振舞うようになるなんて…………ジブンは嬉しくも寂しいッス……」

 

「あはは、なにそれ。よくわかんないけど、メロちゃんとはこれからもずっと一緒だよ?」

 

「……そうッスね…………ジブンもマナとずっと一緒にいたいっス……」

 

「もちろんだよ! ずっとお友達だよ!」

 

 

 花が拡がるような快活な笑顔を自分へ向ける水無瀬へ、メロはどこか後ろめたそうな寂寥感を佩びた瞳を向ける。

 

 

「メロちゃんの分も作ってあげるからね!」

 

「やったぁーーッス! マナのハンバーグは世界一ッス!」

 

「おおげさだよぉ……でも美味しいって思ってもらえたなら私もうれしいな」

 

「クッソウメェっス! 一流シェフもお顔真っ赤ッス!」

 

「真っ赤? シェフさん照れちゃうの?」

 

「でもマナ。相手は男子高校生ッス。ちまちま餌付けするより、そのデッカイおっぱいボロンってやってやったらイチコロッスよ?」

 

「またおっぱい⁉」

 

 

 二言目にはおっぱいについて言及してくる友人のセクハラに、水無瀬は毎回律義に驚く。それが変態を喜ばせることに繋がっているとは無垢な彼女はまだ知らない。

 

 

「あったりめぇッス! 男子高校生なんて起きてる時間の8割はおっぱいのことしか考えてねぇッス!」

 

「そ、そうなの……? でもでも、弥堂くん大人しい子だし、そんなことしたらビックリしちゃうよ」

 

「ほう。草食系男子ってヤツッスか……? ちょっと前は流行ったらしいッスね?」

 

「草食系……なのかな? おしゃべりも苦手っぽくて、いつもじっとしてる大人しい子だよ」

 

「ほうほう。可愛い系ってヤツッスか」

 

 

 ある意味で、ものは言い様な水無瀬の不充分な説明により、ほんの数十分前にここの近辺で突如数名の人間を殴り倒した挙句に路地裏へ投げ捨てるという暴行を働いた本人の実像とは、全くを以てかけ離れた人物像を友人にイメージさせた。

 

 

「ダメっスよ、マナ。そうゆう男は絶対夜も淡泊ッス。離婚まっしぐらッス。ジブンは女なんてただの肉穴だって思ってるような漢の中の漢が好みっス」

 

「にくあな?」

 

 

 人通りの多い場所で女児のような高い声で極めて不謹慎な発言をするが幸い誰も関心を示さず、幸い水無瀬さんにも意味は伝わらなかった。

 

 

「さぁ! こうしちゃいられねぇーッス! その幼さを残しながらも成長を隠し切れないドスケベボディでしっかりお勤めを果たしてもらうッス! さくっとイカせてハンバーグ食うッスよー!」

 

 

 コテンと首を傾げている水無瀬を置いて、気炎を揚げながらメロは路地裏へと走っていった。

 

 

「あ、まってメロちゃん! おいてかないでー!」

 

 

 それを慌てて追いかけ水無瀬もまた駆け出す。

 

「ハンバーグは明日のお弁当だよー」と気の抜けるような声をあげながら薄暗い路地の中へと飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 水無瀬 愛苗(みなせ まな)

 

 

 希咲 七海(きさき ななみ)

 

 

 そして弥堂 優輝(びとう ゆうき)

 

 

 

 奇しくも同じ学園の同じ教室に通う三人が、それぞれの事情のもとに同じ時間帯に新美景の駅前付近に居合わせることになった。

 

 

 しかし、これからの時間は三人ともに共有することはなく、三叉路を背中合わせにそれぞれ別の方向へ別れていった。

 

 

 三人それぞれが別の『放課後(せかい)』で、別の物語へ身を投じていった。

 

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