時計台の鐘の音が鳴る。
午前11時50分。
午前の授業が終わり、昼休みの開始を知らせる合図だ。
大音量の鐘の音に迷惑そうな表情を浮かべ、挨拶もそこそこに教師が退室していく。
すると、途端に生徒達の声が色めき始めた。
学生にとってはやはり昼休みは特別な時間となる。
育ち盛りで腹が減るからということだけでなく。
その食事の時間を仲の良い者と共にすることを目的とする者も多い。
『高校生』という青春で一番貴重な期間をいつかの未来で振り返った時に――
それが充実したものであったと感じられることは、自分が豊かな人生を送ってきた『ということ』にする為には重要なファクターとなる。
そしてそれにはそのいつかの未来で、共に『楽しい思い出』であったと共有する者の存在が必要になる。
そんなことを言っていたのは誰であったろうか――
――
『――要するにそれってさ「共犯者」なんだよね。言ってしまえばさー、弥堂君。僕ら普通の平凡な高校生の日常なんて大体一緒なんだよ、いっしょ。やれ思い出だ。やれ青春だってさ? 自分らの行動をやたらとありがたがっちゃって。ゲーセン行ったカラオケ行った、部活だデートだとかさ。他にもリア充どもは、僕みたいな清廉潔白な人物には想像もつかないような爛れた日常を過ごしているみたいだけれども。それをいっちいち写真に撮ってさ。まるで神棚にでも祀るみたいにSNSにアップしてさ。身内同士でいいねいいねぐっどぐっどーとかやってるわけだけどさ。自己啓発セミナーですかー、って。やらせじゃないですかー、ってね。それは、本当に、特別なこと、なんですかーってね。僕はそう問いたい。特別にしたいだけなんじゃないんですかー、って。自分が特別だと思いたいだけなんじゃないんですかー、ってね。僕は声を大にしてそう問いたい。小一時間ほどね。でも1時間だけだよ? 僕だって暇じゃあないんだ。現代人には時間が足りないからね。んでね。それってさ、僕が思うに中二病なわけだよ。中二病。特別だって思い込み。奴らホントさ、特にギャルだ。あいつらはダメだ。普段僕らみたいなのにさ、オタクきめぇとかオタクくせぇとかオタクきたねぇデブすっぺぇとか言うわけよ。中二病とか童貞とか。あとデブとか。散々チクチクと針のような言葉を投げつけてくるわけだよ。気軽な感じで、気安くさ。奴らの大好きなダーツの矢を放るみたいにね。それをね弥堂君。奴ら棚に上げちゃってさ。自分らだけは特別な人間だとか思ってるわけよ。それってどうなのよと。それって僕とどう違うのよって。奴らがクラブで偶然イケメンなんちゃらに出会って何故か惚れられちゃって困るー、とか妄想するのと。僕がある日突然空から美少女が降ってきて何故か惚れられちゃって困るー、って妄想するのも一緒でしょ?ってね。棚上げですよ棚上げ。それこそ神棚にね。何でもかんでも祀られちゃってもそりゃ神様だって困っちゃいますよ。え? ギャルを弾圧する? いやいや待ってよ弥堂君。そういう話じゃあないんだ。そりゃね? 僕も彼女らを槍玉に上げてしまったけれども。別に彼女らだけが特別悪いってわけじゃないんだよ。そう。言ったろ? 特別じゃないって。どっちかって言うと僕らの敵はギャルにモテるイケメンだねイケメン。奴らを始末すれば僕の顔面偏差値も上がるんだよ。自動的にね。点数高い奴らがいなくなれば点数低い僕らの偏差値も上がるんだろ? 僕自身の点数は一切上がっていないにも関わらずね。そういうことだよ。んでね。なんだったっけ? ……ちょっと弥堂君? どこに行くのかな? ……え? イケメンを? 始末? いやいや違うって。あーそうきたかー。そっちで受け取っちゃったかー。まぁ、とりあえずいったん落ち着こうよ。今回はそれが主旨じゃないんだ。うん。とりあえず殺人は校則違反。今回はそれだけでも覚えておこう。うん。いや、いいんだ。僕も誤解させるようなことを言ってしまったしね。これは僕の失態だよ。ごめんね。申し訳ない。はい、謝った! んじゃ話を進めよう。というわけで、最近流行ってるわけだよ。ギャルが実は優しくていい子でオタクに恋しちゃってとかさ。わかってる。そんなわけない。わかってる。まず僕の周りにはいないね、そんなギャルは。奴ら普通に教室で昨日男喰ったーとか、エンコーしたーとか言ってるからね。あまつさえカツアゲだーとかクスリだーとか言ってるわけだよ。なんならここでは言えないようなことまで盛りだくさんさ。それもう供述でしょってことをね。だけどね弥堂君。夢はさ――捨てたくないなって。可能性は――追いたいなって。僕なんかはそう思うわけよ。見た目派手で遊んでそうで怖いけど、実は――みたいなさ。でもさ。それってじっくり付き合ってみてから初めて見えてくる内面だろうからさ。そんなもん僕的にはもう実質詰んでるようなもんだけどね。でもさ、ワンチャンは諦めたくないなって。考えてもみてよ弥堂君。パっと見遊んでそうなギャルで、気が強くて口が悪くて怖くてさ。でも実は友達思いで家族思いで実際男慣れなんかしてなくて純真な照れ屋さんとかさ。ありえないよ? ありえないけれども。でももし、そんなのが実在したとしたらそりゃあもう優勝じゃん? 優勝以外ありえないでしょ? 僕なんかは処女厨だからね。そういうのは高く評価するよ。うん。ということはだよ弥堂君。要するに、とどのつまりこれってさ、おぱんつなんだよね、おぱんつ。派手なスカートでも地味なスカートでもその中身は捲ってみるまでわかんないわけじゃん? 僕なんかはね、そのへん知見が狭いからさ。「ギャルのおぱんつとは?」って聞かれたら、もうイメージ出来るのは黒のローレグTバックしかないわけだよ。ガニ股でスクワットとかしちゃいそうなさ。何でって聞かれても答えられないよ? だって見たことないもの。あいつら遊んでそうで何かいやらしいから黒でTバック。そんな程度の想像力しかないのさ。ギャル達がどんなおぱんつを穿いているのかを僕は寡聞にして知らない。全くを以てこれは僕の不徳の致すところだよ。その件については本当に申し訳ないと思っている。でもね弥堂君。そんないやらしい黒のローレグTバックが出てくると思ってスカートを捲ったらさ。なんかやったらと可愛いおぱんつが出てきたらどうだい? フリフリでさ。お花とかリボンとかついてるわけよ。これはクるだろ? え? こない? そもそもわからない? どこに来るのかって? いやむしろキミは行く側だけどね。え? わからない? ……あ、そうか。そうだよね……うん、ごめんね? まぁうん。僕もアツくなりすぎたよ。ていうかそれ以前に僕がギャルのスカートを捲る機会なんて訪れるわけないしね。そもそもさ。別にギャルじゃなくてもさ。見た目通りに普通に優しくていい子がいたらそれでいいもんね。隠してないからってその子の価値が下がるわけじゃないもの。え? 最初から脱いでた方が効率がいい? 面倒だから自分で脱いで来い? あんれぇ~? キミってば結構オレサマだね……。いやいや責めてるわけじゃあないんだ。僕はそういうのにも理解はあるつもりだよ。まぁ、そうね。キミはそうよね。うん。まぁまぁ、話を戻そう。何が言いたかったかっていうと、特別なことなんてないってことさ。大事なのは何をしたのかじゃない。誰と過ごしたのかってことなんだよ。時間を共にした者全員がさ。事件現場にいた関係者すべてがさ。それは特別だったって言ってしまえば、それは特別になるんだよ。例え本当はそうじゃなかったとしてもね。顔を会わせてさ。口裏合わせて。言葉を合わせて。口を揃えて。声を揃えて。揃いも揃ってさ。こう言うのさ。「死体なんてなかった」――ってね。つまりは「共犯者」さ。青春を共に過ごした相手とさ。いつかの未来でさ。一緒に過ごした過去の時間は「楽しかったね」って、そう言えるんならさ。そりゃあ相手に感謝するべきだし。逆につまんなかったって言うんならさ。そん時はそいつのせいにすればいいんだと思うわけよ。こいつが悪いって。自分の心を守るためにさ。「犯人はお前だ」って。僕は悪くないってね。そうやって生きてかないと色々辛いしね……。でもまぁ、そうはならないよ。つまらなかっただなんて、誰もが認めたくないからね。過去を否定するってことは、まんま今の自分を否定するのと同義だ。自分が失敗しただなんて、そりゃ誰だって認めたくないからね。思い出は美しいとか思い出補正とかあるだろ? それはそういうことだよ。でも自分だけで言っててもそりゃただの妄想に等しい思い込みさ。だから口裏を合わせてくれる「共犯者」が必要になるんだよ。んでまぁ、重ねて言うとさ。特別なことなんてないからさ。特別じゃないことを特別にしてくれる特別な人を探そうよって。それは友達でもいいし、恋人でもいい。何かしら特別な人をね。キミは一体誰を選ぶのかな? 誰を選びたい? 今出会ってる人、これから出会う人。誰を特別にしたいと思うのかな? キミはきっとそんなもの必要ないって言うんだろう? でもね。きっといつか特別を決めなきゃいけない。キミの「共犯者」をね。キミにはそんな日がいつか来ると思うよ。これは助言だし、預言だと言ってもいいかもね。僕は確信してる。なぜなら…………、だってキミ、顔いいもの……。目ぇ死んでて、言動やばすぎて引かれまくってるけど、顔いいもの。そんなもん絶対そのうち頭ぱっぱらぱーな緩い子がコロッといくでしょ。『貴方は私の特別な人なんです!』ってね。ずるいよ……。いや、この路線はやめよう。僕が落ち込む。ちょっとやり直すね。リテイクしよう。えぇーーっとね……、ちょっと待ってね? うん。よし。まぁ、何が言いたかったかっていうと特別なんてないってことさ。だってね? 考えてもみてよ弥堂君。北海道でゲーセン行こうが鳥取でゲーセン行こうがそれに何の違いがあるのよって。雪が降ってたか砂が降ってたかの違いしかないでしょってね。え? 降らない? 鳥取に、砂は、降らない。なるほど、うん。ごめんね? 僕も完全アドリブだったからさ。鳥取→砂漠→砂ってね。はい。安易なイメージで適当に言いました。まさしく急ごしらえさ。え? 砂漠じゃない? 砂丘? 別物? ……うん? なるほど? うん……、え? 雪? 鳥取って雪降るの? ……ほうほう、なるほど。砂丘一面の雪景色に、時期があえばクリスマスに素敵なイルミネーションになる、と。そうか。うん。いや、ちょっと待ってよ弥堂君。キミさ、何か鳥取県について造詣が深くない? だってさ、キミさ。クリスマスとかイルミネーションとか絶対興味ないでしょ? それに普段そんなにツッコんでこないじゃない。何なの? その鳥取の認識に対する特別な厳しさ。特別なの? まぁいいや……、いやちょっと待って! あとちょっと! あとちょっとだから! 鳥取の話はまた後で聞くから、今は僕に最後まで喋らせておくれよ。うん、ありがと。白うさぎの話はちゃんと後で聞くから、ね? そんな顔しないで、ね? ……でね、結局何が言いたかったかっていうと、僕さ、こんな調子で同窓会とか呼ばれるのかな……? 果たしてね? こんな僕の「共犯者」には一体誰がなってくれるのかってことなんだけどさ…………ねぇ――「ねぇ、弥堂くんっ!」
記憶の中に記録された饒舌な廻夜のいつもの自分の名前を呼ぶその台詞と声に――
横合いからかけられた、彼とは似ても似つかない甘ったるい声が被さる。
その声に押し出されるように。
やたらとデフォルメされた廻夜が、彼方へとコロコロとその丸っこい身体を転がして退場していく。
そんな様が幻視された。