俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章07 lunch break ①

 コッコッコッ――と規則正しく靴底で床を鳴らす。

 

 

 目的地へ向かう道すがら、空中渡り廊下へ入り辺りの人気がなくなったことを確認して手に持ったスマホを通話モードにする。

 

 喧しく鳴り続けていた着信ソングがピタっと止んだ。

 

 

「俺だ」

『いよぉ、兄弟。オレだ』

「待たせたな」

『構わねえよ。取り込み中だったかい? なんなら改めるが』

「いや、問題ない。むしろ丁度良かった」

『ハッ、そうかい。そいつは重畳』

 

 

 受話口から聴こえてくるドスの利いた声が上機嫌そうに哂う。

 

 

「で?」

『あぁ。用件は二つだ。まず一つ。予定通り来週から放課後の寄り道が規制される。風紀委員で取り締まりをする許可もとれそうだ。兄弟には悪ぃが外回りしてもらうぜ?』

「構わない。で?」

『あぁ、問題は次だ。二つめ』

 

 

 どこか軽薄そうに話していた語り口が神妙そうなものに変わる。

 

 

『兄弟。オメーの睨んだとおりだ。例の新種のヤク、ありゃあ外人街が出処だな』

「……そうか」

 

 

 高校生が昼休みに学園内でするにはあまりに物騒な内容の話題となり、弥堂は目を走らせ周囲の気配を探ってから続きを促す。

 

 

『当然ヤサは奥のスラムにあるんだろうが、連中外人街の入り口近くでも堂々と捌いてやがるらしい……ナメやがって……』

「……海からか?」

『だろうな。美景の新港に運び入れてからウチのシマを土足で通り抜けて北口の外人街まで持ち込んでやがる。こいつは屈辱だぜ』

 

 

 地理関係としては、美景市の南方に新設された貿易港がある。

 

 北口の外人街とは新美景駅北口の歓楽街のさらに奥だ。留学や出稼ぎの名目で日本に訪れそのまま失踪した者や不法入国者といった、外国籍の者たちが住みついてナワバリにしている地域だ。

 

 電話口の向こうの男の組織が縄張りにしているのが新美景駅南口の繁華街周辺となる。

 

 

「それで?」

『こいつの流出を防ぎたい』

 

 

 進行方向先の渡り廊下から次の校舎への入り口に複数の女生徒が立ち話をしているのが視える。

 

 

「……具体的には?」

『あぁ。防ぐ、とはいってもスラムにまでカチこむわけにはいかねぇ。今はまだ、な』

 

 

 弥堂は空中渡り廊下の窓を開けると迷わず外へ飛び降りた。

 

 タタタッと軽い音を立てて何事もなかったように着地をし、そのまま校舎の外を歩いていく。

 

 

『なんだ今の音は? チャカじゃねぇよな?』

「気にするな。それで?」

『……あのクサレ外人どもはあそこの外へは出てこねえ。だが奴らはこの街の半グレどもを取り込もうとしてやがる』

「佐城派か?」

『ハッ、流石だぜ兄弟。話が早ぇ』

 

 

 上機嫌に鼻を鳴らす音が漏れ聴こえる。

 

 

『最近佐城派の鼻タレどもが街で随分ハバきかせてやがる。オレらのシマで燥いでるだけなら多少は目溢ししてやるんだが……』

「奴ら海外マフィアに取入る気か?」

 

 

 この美景台学園内の不良たちの派閥は大きく分けて二つある。

 

 佐城派とはそのうちの一つで、三年生の佐城という男を頭にした大きな不良グループだ。

 

 

『そいつはまだわからねぇ。あいつら馬鹿だからな。普通に外人街に喧嘩売りに行く可能性もある』

「だったらいいな」

『ハッ、ちげぇねぇ!』

 

 

 カッカッカッと快活な哂い声が受話口から聴こえるが、彼と既知の弥堂にはわかる。おそらく目は笑ってはいないだろう。

 

 

『少々面倒な話なんだが、奴ら最近『上』と揉めたらしい。売春(うり)のアガリをちょろまかしてたのがバレたようでな。上ってのはあのマフィア気取りで路地裏を占拠してるギャングの連中だ。知ってるよな?』

 

「あぁ」

 

『それのペナルティってことでドラッグのノルマを上げられた。んで、そいつにブチギレた佐城が半グレの幹部と喧嘩になった』

 

「それで佐城が勝ってしまった、と」

 

『その通りだぜ、兄弟。厄介なことにあの野郎、強ぇは強ぇからな』

 

 

 通話をしながら弥堂は部室棟の壁沿いを離れ、室内シューズのまま体育館の方へ向かう。

 

 

『だが、チームとチームの戦争になれば話は変わってくる。なにせ数が違ぇからな』

「だろうな」

『佐城派は戦争を回避したいはずだ』

「そのために新しい後ろ盾を求める」

『そうだ』

 

 

 電話口の向こうでカチンと金属の打ち合う音が鳴る。煙草に火を点けたジッポライターを閉じた音だろう。

 

 フーっと重く煙を吐き出す声が伝わる。

 

 

『オレが懸念してるのはな、この学園でクスリを撒かれることだ』

「…………」

『オレらも目ぇ光らせてはいるが、既に学園内でウリをやらされてる女どもがいる。ゼロにはできねぇ。今んとこ奴らドラッグを校内で捌くのは自重してるみてぇだが、ノルマが上がるとなったらそうもいかねぇ』

「だろうな」

『それは外人街とツルんでも一緒だ。奴らは路地裏のマフィア気取りどもよりももっと甘くねぇ。下手したら新種のヤクをばら撒かれて、最悪この学園は地獄になる』

 

 

 ギリっと電波を通して伝わる歯を噛む音には確かな怒りが滲んでいた。

 

 

『なぁ、兄弟。こいつぁ許せねぇよなぁ? オレらっがナメられてるってことだぜ……?』

 

「そんなことはどうでもいい」

 

『あ?』

 

 

 同意・共感を求める言葉をバッサリと切り捨てる。

 

 

「お前の面子も奴らの面倒も俺にとってはどうでもいい」

『おいおい……』

「結局お前は俺に何をさせたいんだ? 外人街とギャングチームのそれぞれのボスの首を一つずつ取ってくればいいのか?」

『……おい、兄弟。見縊るなよ? オレぁオメーを鉄砲玉にする気なんかねぇぜ』

「そうか」

 

 

 体育館に到着し建物の裏手へと周る。

 

 

『……オメーにならそれも出来るんだろうが、そんなことしたって意味がねぇ。別のクビに変わるだけだからな』

「そうだな」

『兄弟。オレがオメーにやって欲しいのはな。水際だ』

「水際……だと……?」

 

 

 体育館裏への一つ目の角を曲がる。

 

 

『あぁ。来週から風紀委員の見廻りで街に出るだろ? そん時に街で見かけたうちの学園の不良どもを片っ端からシメてくれ』

「それは全員、という意味か?」

『そうだ。佐城派はもちろんだが、ウチの兵隊どもも事情がわかってねえようなのはやっちまって構わねえ』

「…………外人街や半グレどもは?」

『そっちは今は出来るだけ揉めねえで欲しい。連中と正面きって戦争する準備はウチにもねえし、それは出来るだけやりたくねぇ』

 

 

 建物沿いに進んでもう一つ角を曲がれば昨日も利用した弥堂の一人飯スポットだ。二日連続で同じスポットを使うのは出来れば避けたかったが仕方がない。

 

 

『――だから水際で防ぐ。奴らがウチのガッコのモンにちょっかいかけてくるのを防ぐのは勿論だが、こっちから奴らへ接触するのも妨害しなきゃなんねぇ。その為の『放課後の道草はやめようね週間!』だ』

「……言っていることはわかるが、それに大人しく従うような奴らならそもそもこうはなっていないだろう」

『あぁ、兄弟。オメーの言うとおりだ。学園から注意喚起をしたって従うのは一般生徒のイイコちゃんだけだ。従わねえからこその不良だしな』

「だったら――」

『――まぁ、待て。聞けって。だからオメーさんなのさ。道草すんなっつってんのにお外で遊びたくて仕方ねえバカなガキにはよぉ、兄弟。オメーからニラミをきかせて欲しいのさ』

「…………」

『普通の風紀委員じゃ無理だ。逆に危険になる。そしてオレらも難しい。下手したらオレらっとの間で戦争になっちまう』

「なるほどな」

『あぁ。単独。どこの不良ともツルんでねえ。だが強ぇ。兄弟。オメーが適任だ。これはオメーにしか頼めねえ』

「…………」

 

 

 目的地までの最後の曲がり角へ到着し、弥堂はその少し手前で足を止める。

 

 

「……二つ質問だ」

『あぁ、いいぜ。なんでも訊いてくれ』

「まず、新種のクスリとはどんなものだ?」

『…………わからねえ』

「わからない、だと?」

 

 

 弥堂からの質問に受話口の向こうの声は顰められた。

 

 

『ツテのある刑事(デカ)から情報を買ったんだが、サツにも詳細はわかってねえらしい。成分も産地もよくわかんねえときたもんだ』

「そんなことがあるのか?」

『絶賛解析中! だが難航している、らしい。カタリじゃねえとは思う』

「そうか。見た目は?」

『液体だ。粉でも草でも錠剤でもカプセルでもない。試験管みたいな形の安いプラスティックの瓶に入っている』

「使い方は?」

『……そのまま飲む、らしい。だが、やべぇのは注射だ。相当トべるみてぇだ』

「具体的には?」

『幻覚、妄想拡大、激しい興奮。それらを含めた極上の快楽ってとこか』

「副作用は?」

『強い中毒性に依存性とか言ってたな』

「それだけか?」

『…………死ぬ。それもかなりの確率で……』

 

 

 通話相手が黙り、辺りがシンと静まった気がする。そのおかげか、曲がり角の向こうから話し声が聴こえてきた。

 

 弥堂は壁に肩をつける。

 

 

『……一回や二回くれえならまだどうにかなるらしい。だが、運悪くバレねえで常用していた奴らは死体になって発見されてる。検死してみたら新種のヤクと同じ成分が検出された、だとよ』

「そうか」

『随分とひでぇ死に様らしい…………全身あちこちから血を噴き出してるそうだ……』

「そうか」

『……そんで、死体は急速に老化でもしたみてぇに痩せ細っちまって枯れ木のようだって話だ……』

「…………」

『……兄弟。オレはな。こんな危険なモノをオレらの街で――』

「――心臓は?」

『あ?』

 

 

 そう問うと電話の向こうの声が鋭いものに変わった。

 

 

「心臓は破裂していなかったか? 血管も」

『…………兄弟。オメー何を知ってる?』

「なにも。偶々俺の方に入ってきた情報の中にそれがあっただけだ。お前の反応からするとどうやら同じクスリについての情報だったようだな」

『…………まぁ、いい。オメーを信じるぜ。確かに兄弟の言うとおりだ。血管と心臓が破裂し全身の穴から血を噴き出して身体は枯れる。こんなのは人間の死に方じゃあねえぜ』

「そうか。心が痛むな」

 

 

 無感情な声で読まれた弥堂の言葉は周囲の静けさに溶けて無に帰す。

 角の向こうから聴こえてくる複数人のガラの悪い話し声だけが耳に残った。

 

 

「二つ目の質問だ。これはただの情報提供か? それとも『依頼』か?」

『ハッ――、そんなの決まってらぁ! 両方だぜ兄弟っ!』

「そうか」

 

 

 スマホを耳に当てたまま顔を傾け首を鳴らす。

 

 

「断る」

『はぁ――っ⁉』

 

 

 素っ頓狂な声が耳元で鳴った。

 

 

『――いやいや…………はぁ? 兄弟オメー何言ってんだ……? 今の完全に引き受ける流れだったろ?』

「そうか?」

 

 

 何でもないことのようにすっ呆けてみせる。

 

 

『おいおい、そりゃあねえよ兄弟。情報抜くだけ抜いといてそんなモン通るわけ――』

「――知ったことか」

『あ?』

 

 

 通話相手の声に剣呑な色がのる。

 

 

「いいか? 俺はお前らの横でも下でもない」

『…………』

「勘違いをするなよ? 俺はヤクザでもマフィアでもギャングでも不良でもない。当然正義の味方でもない。この街で誰がどんな商売をしていくら儲けようが知ったことではない。そしてその結果誰が何人死のうがどうでもいい」

『テメェ……』

「お前らのナワバリ争いに俺を利用するな。それは俺の役割ではない。というわけで依頼は断る」

『おい兄弟、そいつは――』

「――だが、」

 

 

 弥堂は足元に荷物を下ろすと角を曲がり歩き出す。

 

 

 視界の奥側には地べたにガニ股でしゃがみこんだ4名の男子生徒が居る。

 

 その彼らへ向かって歩きながら電話口へと告げる。

 

 

「だが、俺は風紀委員だ。この学園の――延いてはその支配者たる生徒会長閣下、並びに司令官たる風紀委員長殿にとっての正常で優秀な犬だ。彼女らにやれと言われたことを実行する為の装置であり、それが俺の役割だ」

 

 

 弥堂はそこでスマホを持った腕を下ろす。

 

 今まで通話していた相手の声が遠くなり、代わりに数歩先であがる下品な笑い声が近くなる。

 

 

「――ギャハハハハっ! やっぱモっちゃんはサイコーだぜ! あの中坊ども完全にブルってたべ!」

 

「へッ、ナマイキなガキはよぉ、コーコーセーのオレらでキョーイク? してやんねーといけねーからなぁ!」

 

「さすがだぜモっちゃん! オレぁよ、サイシューテキにこのガッコシメんのはモっちゃんだって信じてっからよ!」

 

「ったりめーだろ? オレぁよ天上天下唯我独尊だからな! 誰だろうと上等だぜ!」

 

「……そういやモっちゃんよぉ。D組の猿渡のヤローがよ、モっちゃんに上等クレてんらしいんだよ。あの野郎、モっちゃんがヤるってんならいつでもヤってやるとかハシャイでたらしいぜ……」

 

「…………へっ、あのサル野郎そろそろシメてやんねーといけねーみてえだな……」

 

「モっちゃん! それじゃあ……?」

 

「まぁ、待てよ。こういうのはよ、先に喧嘩売った方がダセーんだ。カク? が下がるってゆーかよ」

 

「おぉ! さすがモっちゃんだぜ! よくわかんねーけどイカシてんぜ!」

 

「だろ? まぁよ。あのサル野郎がどうしても俺とヤるってんならよ、そん時はオレもテッテーテキに? ヤってやっからよ」

 

「頼むぜモっちゃん! オレよ! あのヤローのチャリからチリンチリンパクってやったからよ!」

 

「え……?」

 

「おいおい、サトル。オメーマジかよ。チリンチリンパクるなんてオメー相当ワルだな!」

「気合入ってんじゃねーかサトル!」

 

「あたぼーよ! オレぁモっちゃんの一番の舎弟だべ? オレも全員上等よ! ギャハハハハっ」

 

「……そういやモっちゃんよぉ。B組のヒルコのヤローどうするよ? あの野郎勝手に学園最強とかフカシやがってよぉ……オレぁガマンなんねーよ」

「おぉ! そうだぜ! あいつ新学期早々にテーガクとか目立ちやがってよ!」

 

「えっ? あっ、あぁ…………ヒルコか……そろそろヤツとはどっちが上かハッキシさせとくか……」

 

「モっちゃん! それじゃあ……⁉」

 

「まぁ、待て。こういうのはよ、先に喧嘩売る方がダセーからよ? まぁ、ヒルコのヤローが? どうしてもこのオレとヤるってんならオレぁいつでもタイマンはってやっけどよ」

 

「さすがだぜモっちゃん! シビィぜ!」

 

「頼むぜモっちゃん! オレよ! ヤローのジャージのズボン切って半ズボンにしてやったからよ!」

 

「えっ……⁉」

 

「マジかよサトル! オメー超ワルだな!」

「気合入ってんじゃねーかよサトル!」

 

「……サトル君……? どうしてそんなことを……?」

 

「おぉ! あいつ今テーガクでガッコいねーべ? 何かパクッてやっかってんでロッカー開けたらよージャージ入っててよー! オレよーヒラメいちまってよー! あのヤローがテーガク明けたら一人だけ半ズボンで体育だぜ! ギャハハハハっ」

 

「……そうか、閃いちまったか……しゃあねえな…………」

 

「それよりモっちゃん! B組といやービトーのヤローだべ? あのヤローマジでチョーシ――」

 

 

 ノリノリで上等コいていたサトル君だったが突然固まる。

 

 仲間たちが怪訝な目を向けるが、サトル君は向かい合う彼らの肩越しに何かを見上げ表情を引き攣らせるばかりだ。

 

 埒が明かないと、彼らはその視線を辿って振り返る。

 

 

 そこには――

 

 

「よう、クズども。随分と景気がよさそうだな」

 

「――ビッ、ビトーっ⁉」

「ヒッ、ヒィ…………⁉」

 

 

 今しがた名前を挙げた者がスマホを持った手をぶら提げて立っていた。

 

 

「テッ、テメェ……ここになにしに――」

 

 

 反射的に尻もちをついて後退ったモっちゃんはハッとして、仲間たちの顔を窺う。

 

 誰もが突然現れた弥堂への驚きへと恐怖で自分には意識を向けていなかった。

 

 

 彼は何かを堪えるようにしてグッと歯を噛み締めると視線に力をこめて顔を上げる。

 

 

「――ビトーっ! テメーこの野郎っ! こないだはよくも゙っ――⁉」

 

 

 弥堂へと掴みかかろうとしたが、立ち上がるよりも先に弥堂の爪先が鳩尾へと突き刺さった。

 

 

「お゙っべぇぇぇぇぇぇっ――⁉」

 

「モっちゃーーーーん⁉」

「うわあーーー! モっちゃんがゲロ吐いたあーーーっ⁉」

 

 

 腹を抑え、自らが撒き散らした吐瀉物の上をのたうち回るリーダーの姿に彼らは周章狼狽した。

 

 そんな中でも勇猛果敢にも弥堂へ立ち向かう者もいる。

 

 

 サトル君だ。

 

 

「ッベーな。ッメー死んだぞ? ッべーことしてくれやがって。ひき肉カクテーな?」

 

 

 全員上等な男であるサトル君は懐から自転車のチェーンと思われる物を取り出しヒュンヒュンする。

 

 

「テメー上等だべ? オレも上等な? あんまチョーシくれてっとマジやって――」

 

「――なに言ってんのかわかんねえよ」

 

 

 まるで鎖分銅のようにチャリチェーンをヒュンヒュンするサトル君の手首を足で蹴ってズラしてやる。

 

 

「あべしっ――⁉」

 

 

 すると振り回していたチェーンが彼の顔面を強かに打つ。

 

 

「いでぇぇぇ……っ! いでえよお……オデのガンベンがビギニグになっぢまっだあ…………」

 

「そうか、痛いか。可哀想にな。今、楽にしてやる」

 

「べっ? ぶぼっ――‼‼」

 

 

 弥堂は悶絶するサトル君に近づくと彼の腹に拳を突き刺した。

 

 

 ズンッと重い衝撃に身体を貫かれたサトル君は腹を抑えて前かがみになり泡を吹く。狂牛病の牛のように内股になった足をガクガク震わせると、両目をぐりんっと裏返してそのまま前に倒れた。

 

 

「サッ、サトルーーーーーーっ⁉」

「う、うわあーーー! サトルがカニみてえになっちまったあーーーーっ⁉」

 

 

 慌てふためく残りの二人を無視して弥堂はモっちゃんに近づいた。

 

 横倒しになって苦しみ藻掻く彼の鳩尾を、わざと威力を弱めて爪先で何度も蹴り続けて胃と横隔膜に負担を与える。

 

 手加減されているとはいえ、鳩尾の同じ箇所を何度も打たれて嘔吐くモっちゃんは呼吸ができなくなっていく。

 

 

 茫然とそれを見ていた生き残り二人はハッとなると弥堂に取り縋る。

 

 

「ビッ、ビトー! テメーやめろ! モっちゃんが紫色になってんじゃねーか!」

「ビトーっ…………いや、ビトーくん……もうカンベンしてくれよ。モっちゃんが死んじまう……っ、頼むよ……っ!」

 

 

 弥堂はモっちゃんを蹴る足を止め、自分を制止する者たちの一人へ顔を向ける。

 

 

「やめて欲しいのか?」

 

「えっ……⁉」

 

「許して欲しいのか、と訊いている」

 

「あっ――あぁ! もうカンベンしてくれ! たのむ! このとおりだ!」

 

 

 勢いよく頭を下げる二人のその後頭部をつまらなそうに見下し、弥堂は鼻を鳴らした。

 

 

「フン、いいだろう」

 

「え?」

 

「許してやると言ったんだ」

 

「マジか⁉」

 

「あぁ。もちろんマジだとも……」

 

 

 喜び顔を見合わせる彼らを尻目に弥堂は内心ほくそ笑む。

 

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