戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで 作:Zuzuiikb
1話 保健室の常連さん
私の名前はレナ。トリニティ総合学園の一年生で、まあ……どこにでもいる普通の生徒、だと思う。
勉強はそこそこ。運動は苦手。戦闘訓練はもっと苦手。
先生にも「レナはもうちょっと危機感持ちなさい」ってよく言われるくらいには、要領が悪い。
でも、人の手伝いをするのは嫌いじゃなかった。
今日だってそうだ。人手が足りないって聞いて備品運搬を手伝って、その途中で段差を踏み外して転んで、箱をひっくり返して、膝を擦りむいて。
……うん。思い返すと普通に最悪だった。
「はい、終わり」
ぱちん、と包帯を留める音がする。私は椅子に座ったまま、おそるおそる顔を上げた。
「今日はもう走らない。階段はちゃんと前見て降りる。あと、無理に荷物持たない。分かった?」
「うぅ……」
「返事は?」
「……善処します」
「今絶対またやっちゃうなって思ったでしょ」
「そ、そんなことないです!」
「本当に?」
「…………たぶん」
「ほらね?」
机に頬杖をついていた先生が、呆れたみたいに笑う。シャーレから来ている先生は、大人っぽくて綺麗な人だ。怒る時はちゃんと怒るけど、なんだかんだ面倒見がいい。だから余計に申し訳なくなる。
「一緒にいた子、めちゃくちゃ心配してたわよ。“私が頼んじゃったせいで……”って」
「そ、そんなことっ……悪いのは私なのに」
「そういうとこよ」
「え?」
「なんでもない」
先生は小さくため息をついて、カルテを閉じた。
「レナ、君は自分のことになると雑すぎるのよ」
「そんなこと……」
「ある」
即答だった。いや、でも。自分ではちゃんと気を付けてるつもりなんだけどなぁ。
「そもそも、転んだあとも箱の中身拾おうとしてたんでしょう?」
「だ、だって散らばっちゃったので……」
「まず自分の膝を見なさい」
「見たら痛くなるかなって……」
「見なくても痛いものは痛いの」
正論だった。
何も言い返せなくて俯くと、先生は少しだけ声を柔らかくした。
「手伝おうとしたことは悪くないわ。そこはレナの良いところ。でも、誰かを助けたいなら、自分が倒れないようにするのも大事」
「……はい」
「返事だけは素直なのよね」
「返事だけ……」
「行動が伴えば完璧」
「が、頑張ります……」
そんなことを話していた時だった。
ガラ、と保健室の扉が開く。
「失礼しま〜す⭐︎」
聞こえた声に、私は反射的に背筋を伸ばした。
入ってきたのは、聖園ミカ先輩だった。
ふわっとしたピンク色の髪。柔らかそうな雰囲気。それなのに、入ってきただけで空気が変わる。いつも遠くからしか見ていないけど近くで見ると本当にお姫様みたいな人だ。
ミカ先輩のことを知らない人なんて、トリニティにはたぶんいないと思う。
「あれ、先生も来てたんだ」
「資料整理してただけ。ミカは?」
「ちょっと休憩〜。会議長すぎて疲れちゃった」
「サボり?」
「うーん、半分くらい?」
「ナギサに怒られるわよ」
「あはは、あとでちゃんと戻るって〜。ナギちゃん、怒ると長いからね」
「分かってるなら戻りなさい」
「今戻ったらまた難しい話始まるじゃん?」
「始まるでしょうね、会議だから」
「うぅ、先生までナギちゃんみたいなこと言う〜」
ミカ先輩は困ったように笑っていたけど、本当に困っている感じではなかった。こういうやり取りに慣れているのか、先生も深くは追及しない。
そのままミカ先輩の視線がこちらに向く。
それから、私の膝に巻かれた包帯に目を止めて、小さく首を傾げた。
「あれ、怪我?」
「あっ、はい……」
「また転んだのよ、この子」
「先生っ」
「また?」
ミカ先輩が少し目を丸くする。 うぅ。やっぱり恥ずかしい。
「何したの?」
「その……備品運んでて、段差踏み外して……」
「あ〜……」
「な、なんですかその反応……」
「いや、なんか想像できちゃって」
「想像できちゃうんですか……?」
「うん。なんかこう、真面目に箱持って歩いて、前見てるつもりなのに足元見えてなくて、あっ、ってなって転んじゃう感じ」
なんでわかるんだこの人、もしかしてエスパーか何かか?
「だいたい合ってます……」
「あははっ、合ってるんだ」
ミカ先輩が楽しそうに笑う。
なんだろう。もっと近寄りがたい人だと思っていた。
ティーパーティーの人って、もっとこう、完璧で隙がなくて、簡単には近づけない感じだと思ってたから。
「結構痛そうだけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫です! そこまでじゃないので……」
「そこまでじゃない人、そんな包帯巻かないと思うけどな〜」
「うっ……」
「ちなみに箱も派手にひっくり返したわ」
「先生!?」
「あははっ、災難だったね」
「災難というか……私が勝手に転んだだけなので……」
「でも手伝ってたんでしょ?」
「それは、まあ……人が足りないって聞いたので」
「じゃあ偉いよ」
さらっと言われて、私は少し言葉に詰まった。
偉い。そんなふうに言われるとは思っていなかった。
「いや、でも結局迷惑かけちゃいましたし……」
「そこは反省するとして、手伝おうとしたことまでなかったことにしなくてもいいんじゃない?」
ミカ先輩は笑っていた。声も軽い。でも、言っていることはちゃんとしていて、なんとなく胸に残る。
「……ありがとうございます」
「ふふっ。素直」
「素直、ですか?」
「うん。褒められ慣れてなさそうなところも含めて」
「そ、それは……」
否定しようとして、上手く言葉が出なかった。ミカ先輩はそれを見て、また楽しそうに笑う。
「名前、聞いてもいい?」
「えっ、あ……レナです」
「レナちゃんかぁ」
ミカ先輩がその名前をゆっくり口にする。ただそれだけなのに、妙に耳に残った。
「私はミカ。まあ、知ってると思うけど」
「は、はい……もちろん……」
「ふふっ、緊張しすぎじゃない?」
「だ、だってミカ先輩ですし……」
「私ってそんな怖い?」
「こ、怖いというか、有名人というか……同じ学園にいるのに、遠くから見る人って感じで」
「あ〜、なるほどねぇ」
ミカ先輩は納得したみたいに頷くと、そのまま自然に私の隣へ腰掛けた。
近い。
思っていたよりずっと近い。
肩が軽く触れそうなくらいの距離で、私は思わず背筋を伸ばした。
「あはは、固まってる」
「す、すみません……」
「なんで謝るの?」
「反射で……」
「さっきも先生に言われてたよね、それ」
「聞いてたんですか……?」
「ちょっとだけ」
ミカ先輩は悪びれもせずに笑う。私はなんだか恥ずかしくなって、膝の包帯に視線を落とした。
「レナちゃんって、普段からそんな感じ?」
「そんな感じ、ですか?」
「うん。すぐ謝って、すぐ大丈夫って言って、あとすぐ小さくなる感じ」
「小さく……」
「今もなってる」
「うぅ……」
言われてみれば、椅子の上でかなり縮こまっていた。慌てて姿勢を直すと、ミカ先輩がくすくす笑う。
「別に怒ってないよ。なんか見てて面白いなって」
「面白い……?」
「うん。反応が分かりやすい」
「それ、褒めてますか……?」
「半分くらい?」
「半分……」
先生が横からぼそっと言う。
「ミカ、後輩で遊ばないの」
「遊んでないよ〜。仲良くなろうとしてるだけ」
「それを遊んでるって言うのよ」
「えー、ひどいなぁ」
会話のテンポが自然で、私は置いていかれないように聞いているだけで精一杯だった。ミカ先輩はずっと笑っている。明るくて、柔らかくて、距離が近い。 でも時々、ふっとこちらを見る目が妙に静かになる。
それが少しだけ、不思議だった。
「レナちゃんって甘いもの好き?」
「えっ? あ、はい。好きです」
「即答だ」
「あっ……すみません」
「だから謝らないの。ちなみに何が好き?」
「えっと……クッキーとか、焼き菓子系が好きです。あと、紅茶に合うものだと嬉しいです」
「お、トリニティっぽい」
「そ、そうですか?」
「うん。あっそうだ!今度ナギちゃんのお茶会に私の後輩として紛れ込ませてあげよっか」
「えっ!? む、無理です無理です!」
「なんで?」
「場違いすぎます! 絶対カップ持つ手震えます!」
「あははっ、そこまで?」
「そこまでです……」
「......じゃあ私と二人なら?」
「え?」
急にそんなことを言われて、私は固まった。
ミカ先輩は、からかうみたいに首を傾げている。
「二人でお茶するだけなら、そんな緊張しない?」
「そ、それは……緊張しますけど……大人数よりは、たぶん……」
「ふぅん」
ミカ先輩は少しだけ目を細めた。
その表情が、ほんの一瞬だけ、楽しそうというより何かを覚えたみたいに見えた。
「じゃあ今度ね」
「えっ、今度って……」
「今度は今度。レナちゃんが転ばなかった日に」
「私、そんな毎日転んでいるわけではないですっ」
ミカ先輩がまた笑う。私もつられて少しだけ笑ってしまった。
その時、不意にミカ先輩の指先が私の髪へ伸びてきた。
「……あ」
「ちょっと跳ねてる」
さら、と前髪を指で整えられる。
近い。距離も、指先も、声も。
甘い匂いがして、心臓が変なくらいうるさい。ミカ先輩の指は本当に軽く触れているだけなのに、なぜかそこだけ熱を持ったみたいだった。
「ミ、ミカ先輩……」
「んー?」
「ち、近いです……」
「そう?」
ミカ先輩はまるで気にした様子もなく、今度は私の頬に軽く触れた。指先が頬の横をなぞるように動いて、私は息を止めてしまう。
「でもレナちゃん、こういうの慣れてなさそうで可愛い」
「か、かわっ……!?」
「ほら、また真っ赤」
「見ないでください……」
「見ちゃうなぁ」
「なんでですか……」
「反応が可愛いから?」
「うぅ……」
恥ずかしすぎて、顔を上げられない。
ミカ先輩は楽しそうに笑っていた。けれど、私の頬に触れていた指先は、思っていたよりずっと丁寧だった。からかわれているのに、雑に扱われている感じはしない。
だから余計に、どう反応したらいいか分からなかった。
「……なんか、放っておけないなぁ」
柔らかい声だった。
でも、その視線だけは妙に真っ直ぐで。
「ちゃんと見てないと、そのうち無理しすぎて倒れちゃいそう」
「そ、そんなこと……」
「ないって言い切れる?」
「うっ」
言い切れなかった。
ミカ先輩はくすっと笑う。その笑い方は優しいのに、なぜか逃げ道を塞がれたみたいな気分になる。
「じゃあ約束」
「約束?」
「次に怪我したら、ちゃんと誰かに頼ること。先生でもいいし、近くの子でもいいし……私でもいいよ」
「ミカ先輩に、ですか?」
「うん。私、こう見えて後輩の面倒見いいから」
先生が横から小さく笑った。
「本当かしら」
「先生、信用なさすぎない?」
「日頃の行いね」
「ひどーい」
いつもの軽いやり取りのはずなのに、ミカ先輩の視線はまだ私に向いていた。
私でもいいよ。
その言葉が、少しだけ頭に残る。
「……じゃあ、もし本当に困ったら」
「うん」
「その時は……お願いします」
そう言うと、ミカ先輩は一瞬だけ黙った。
ほんの少し。
本当に一瞬だけ。
でも、その沈黙が妙に長く感じた。
「……うん」
ミカ先輩は笑う。
「任せて、レナちゃん」
その声がやけに優しくて、私はまた視線を逸らした。
その後、ミカ先輩は私の髪をもう一度だけ優しく撫でてから立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ戻ろうかな。ナギちゃんに本気で怒られる前に」
「あ、はい……」
「レナちゃんも、今日はちゃんと安静にしてること」
「努力します」
「努力じゃなくて、するの」
「……はい」
「よろしい」
ミカ先輩は満足そうに頷いて、ひらひらと手を振った。
「じゃあレナちゃん。また今度ね」
「あ、はい。また……」
保健室の扉が閉まる。
その背中を見送ってから、私はようやく小さく息を吐いた。
……なんだったんだろう。
優しくて、綺麗で、距離が近くて。話しやすいのに、時々こっちの奥まで見てくるみたいで。
さっきまで触れられていた頬が、まだ少し熱い。
「レナ」
「は、はい」
「顔赤いわよ」
「い、言わないでください……」
先生は楽しそうに笑ったあと、少しだけ真面目な顔になった。
「でも、まあ。ミカと仲良くなれるなら悪くないかもね」
「そう、ですか?」
「ええ。あの子も、見た目ほど軽いだけの子じゃないから」
その言葉の意味は、私にはまだよく分からなかった。
ただ、最後に向けられたミカ先輩の視線だけが、どうしてか妙に頭から離れなかった。
r18っている?
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必要だろ。んなもん
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いらない。プラトニックこそが至高