戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで   作:Zuzuiikb

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4話 見ないで

通路の奥から、足音が聞こえた。軽い靴音だった。一定の速さ。放課後の廊下によくある、誰かが移動しているだけの音。

 

 私は反射的に顔を上げる。嫌な予感がした。

 

 来ないで。

 

 今だけは。

 

 足音が近づく。通路の角。その向こうから、金色の髪が見えた。

 

「……あれ、レナちゃん?」

 

 柔らかい声。

 

 次の瞬間。

 

 止まる。

 

 ヒフミ先輩が、完全に固まった。

 

「……え」

 

 小さい声だった。本当に、理解できないものを見た時みたいな声。

 

 視線がゆっくり動く。押さえつけられてる私。乱れた制服。涙。拘束されてる腕。全部を順番に見て、また私の顔へ戻る。

 

「……え、なんで」

 

 呼吸が少し乱れる。

 

 ヒフミ先輩はまだ理解できていないみたいだった。

 

「……レナ、ちゃん?」

 

 私は反射的に顔を逸らした。

 

「……見ないで、ください……っ」

 

 掠れた声。

 

 その言葉で、ヒフミ先輩の肩がびくりと揺れた。

 

 嫌だ。

 

 嫌だ嫌だ嫌だ。なんで来るの。なんで見られるの。頭の中がぐちゃぐちゃだった。制服を押さえたい。逃げたい。隠れたい。

 

 でも腕を押さえつけられてるせいで、上手く動けない。

 

「ぁ、……っ」

 

 呼吸が乱れる。喉が詰まる。涙が止まらない。最悪だ。

 

 こんなの。

 

 ヒフミ先輩にだけは見られたくなかった。

 

 不良の一人が笑う。

 

「なんだ、知り合い?」

 

「迎え来た感じ?」

 

 でもヒフミ先輩は返事をしなかった。ただ、私を見ていた。いや、“私が押さえつけられてる”って状況から、目を離せなくなっていた。

 

「……なんで」

 

 ぽつり、と声が落ちる。

 

「なんで、そんな……」

 

 その瞬間、涙が落ちた。

 

 私は息を呑む。

 

 ヒフミ先輩、泣いてる。なのに、表情だけが、全然変わっていなかった。

 

 怖い。

 

 怒鳴ってるわけじゃない。睨んでるわけでもない。なのに、空気だけがゆっくり冷えていく。

 

「おいおい、そんな怖い顔すんなって」

 

「別に大したことしてねぇよ」

 

「離して、ください」

 

 ヒフミ先輩が言う。

 

 静かな声だった。でも、その声を聞いた瞬間、通路の空気が変わった。

 

「……は?」

 

「離して、ください」

 

 もう一度。今度は少しだけ低い。

 

 ヒフミ先輩の手が震えていた。銃を持つ指も。呼吸も。でも、視線だけが一切揺れない。私を押さえつけてる相手だけを、真っ直ぐ見ている。

 

「……レナちゃん、嫌がってるじゃないですか」

 

 ぽろ、と涙が落ちる。

 

 なのに、銃口だけがぴたりと止まっている。

 

「いや、だから――」

 

 乾いた破裂音。

 

 ぱんっ、と。

 

 一瞬遅れて、金属が床を滑る音が響いた。不良の手から銃が弾き飛ばされている。

 

「……え?」

 

「は?」

 

 誰も反応できなかった。

 

 私も見えなかった。

 

 ヒフミ先輩は、その場から一歩も動いていない。ただ涙を流したまま、真っ直ぐ銃を構えている。

 

「離してって、言いました」

 

 声が震えている。でも、その震え方が異常だった。恐怖じゃない。感情を押さえ込めなくなって、体の方が先に壊れ始めてるみたいな震え。

 

「お、おいおい……」

 

「なんだこいつ……」

 

 不良たちの笑みが消えていく。

 

 でも。

 

 私を押さえつけてる相手だけは動かなかった。むしろ少しだけ面白そうにヒフミ先輩を見ている。

 

「……へぇ」

 

 低い声。

 

「お前、そんな顔できるんだ」

 

 その瞬間だった。

 

 ヒフミ先輩の目が、大きく揺れた。息が乱れる。

涙がまた一気に溢れる。

 

「――っ、ぁ……」

 

 壊れたみたいに呼吸を詰まらせた次の瞬間。

 

 銃声。

 

 一発。

 

 二発。

 

 三発。

 

 壁が弾ける。床が砕ける。火花が散る。

 

 なのに。

 

 全部、急所だけ外している。

 

 怖い。

 

 ヒフミ先輩、自分で止まれてない。

 

 泣きながら撃ってる。

 

「返して、ください……っ!!」

 

 初めて声が荒れた。

 

 その叫びに、通路の空気が震える。

 

 私を押さえつけていた相手が動く。速い。さっきまで私を完全に封じていた動き。そのままヒフミ先輩との距離を詰めようとする。

 

 でも。

 

 ヒフミ先輩の方が速かった。

 

 乾いた銃声。

 

 一発。

 

 肩。

 

 相手の体勢が崩れる。

 

 二発目。

 

 脚。

 

 膝が折れる。

 

「っ、ぁ!?」

 

 初めて相手の声が乱れた。

 

 ヒフミ先輩は止まらない。

 

「なんで、そんなことするんですか……!」

 

 三発目。

 

 壁際。

 

 逃げ道を潰す。

 

 四発目。

 

 手元。

 

 武器を弾く。

 

 完全だった。

 

 私じゃ届かなかった相手を、ヒフミ先輩は数秒で制圧していく。

 

 でも、それでも止まらなかった。

 

「レナちゃんが、嫌だって……言ってるじゃないですかっ!!」

 

 銃声。

 

 また一発。

 

 壁が砕ける。

 

「なんで、なんで、そんなことするんですか!!」

 

 涙がぼろぼろ零れていた。呼吸も滅茶苦茶だった。

 

 なのに。

 

 射線だけが狂わない。

 

 怖かった。

 

 読めない。

 

 今のヒフミ先輩、自分で自分を制御できてない。

優しい人が壊れた時の怖さだった。その光景が、胸をぐちゃぐちゃにした。

 

 悔しい。

 

 怖い。

 

 情けない。

 

 私は、あんなに必死だったのに。あんなに抵抗したのに。届かなかった。

 

 でもヒフミ先輩は違う。

 

 泣きながら。壊れそうな顔をしながら。それでも、圧倒的に強かった。

 

 拘束が外れる。

 

 でも私はすぐ動けなかった。

 

「っ、ぁ……は、っ……」

 

 呼吸が上手くできない。腕が震える。頭が回らない。立たなきゃ。逃げなきゃ。でも脚に力が入らない。

 

 ヒフミ先輩がこっちへ来る。

 

 私は反射的に乱れた制服を押さえた。隠したい。

見られたくない。

 

「……や、だ……」

 

 涙で視界が滲む。

 

 助けられた。

 

 こんな惨めな姿で。

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