戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで   作:Zuzuiikb

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夜更けの甘い共犯

 

 

 消灯、という言葉が一応あった。

 

 ただ、それを本気で守るつもりのある人は、部屋の中にあまりいなかった。

 

 照明は落とされている。けれど、完全に暗いわけではない。端末の待機ランプと、床に置いた小さなライトと、アカネが用意したポットの保温ランプが、毛布の山をぼんやり照らしていた。

 

 さっきまで、みんなで眠る場所を作っていた。

 

 毛布を並べて、クッションを運んで、誰がどこに寝るかを決めて。

 

 それだけなら、もう寝る流れだった。

 

 けれど。

 

「じゃーん」

 

 マキが、毛布の中から大きな袋を取り出した。

 

 レナは瞬きした。

 

「……マキさん、それは?」

 

「夜のお菓子!」

 

 マキは小声のつもりで言った。

 

 でも、普通に大きかった。

 

 ハレが毛布にくるまったまま、目だけ開ける。

 

「声」

 

「あ、ごめん」

 

「あと、それどこから出したの」

 

「さっき買ってきた」

 

「いつ」

 

「みんなが毛布でわちゃわちゃしてる時」

 

 ネルが眉を寄せる。

 

「お前、そんな時に抜け出してたのかよ」

 

「抜け出してないよ。必要物資の調達だよ」

 

「菓子が?」

 

「心の栄養」

 

 マキは自信満々に言った。

 

 ハレがぼそっと言う。

 

「糖分は脳に必要」

 

「ほら! ハレもこう言ってる!」

 

「ただし、寝る前に食べると眠りの質は落ちる」

 

「裏切りが早い!」

 

 アスナが袋の中を覗き込む。

 

「何があるの?」

 

「ポテチ、チョコ、グミ、ビスケット、あと何かよく分かんない期間限定のやつ」

 

「よく分かんないの買ったの?」

 

「期間限定って書いてあったら買うでしょ」

 

「分かる!」

 

「分かるな」

 

 ネルが言った。

 

 でも、言いながら袋の中を見ていた。

 

 レナはそれに気づいて、少し笑う。

 

「ネルさんも、食べますか?」

 

「食わねぇ」

 

 即答だった。

 

 その二秒後、ネルはポテチの袋を一つ取った。

 

 マキがにやっとする。

 

「食べるじゃん」

 

「うるせぇ。これは見張りのための塩分だ」

 

「見張りに塩分いる?」

 

「いる」

 

 カリンが静かに言った。

 

「長時間の警戒では、適切な補給は必要です」

 

「カリンまで乗るの?」

 

「事実です」

 

 ネルは少し勝ち誇った顔をした。

 

「ほらな」

 

「でも食べすぎはよくありません」

 

「どっちだよ」

 

 アカネがくすっと笑った。

 

「では、紅茶も少し淹れ直しましょうか。甘いものには合いますから」

 

 レナが顔を上げる。

 

「アカネさん、無理しなくていいですよ」

 

「無理ではありません」

 

 アカネはポットに手を伸ばしながら、少しだけ柔らかく笑った。

 

「今度は、私が飲みたいので」

 

 レナは一瞬だけ黙って、それから嬉しそうに頷いた。

 

「じゃあ、お願いします」

 

 アカネは「はい」と返して、紅茶を注いだ。

 

 その手は、さっきより少しだけ落ち着いていた。

 

 完全に震えが消えたわけではない。

 

 でも、今はそれを隠すためではなく、みんなに温かいものを配るために動いている。

 

 それだけで、少し違った。

 

 コタマはお菓子の袋を見て、ヘッドホンを首に下ろしたまま小さく言った。

 

「咀嚼音が増えますね」

 

 マキが固まる。

 

「え、聞くの?」

 

「聞こえます」

 

「やだ! 私のポテチ音、聞かないで!」

 

「聞き分けはできます」

 

「もっとやだ!」

 

 レナが思わず笑った。

 

「コタマさん、今日は聞き分けないであげてください」

 

「努力します」

 

「努力なんだ」

 

 アスナがビスケットを一つ取りながら言う。

 

 コタマは真面目に頷いた。

 

「音は勝手に入ってくるので」

 

「じゃあ、いい音にしよう!」

 

「いい音」

 

「お菓子おいしい音」

 

「……それは、少し分かる気がします」

 

 コタマはチョコを一つ取った。

 

 包みを開ける音が、小さく鳴る。

 

 さっきなら、静けさの中で気になったかもしれない音。

 

 でも今は、誰かが隣でお菓子を食べようとしている音だった。

 

 それは、悪くなかった。

 

 少しして、マキがまた何かを取り出した。

 

 今度は箱だった。

 

「で、これ」

 

 ハレが半目で見る。

 

「まだあるの」

 

「ボードゲーム」

 

「寝るって話は?」

 

「一回だけ。一回だけだから」

 

「マキの一回だけは信用できない」

 

「そんなことないよ!」

 

「前に一回だけって言って、三時間やった」

 

「あれは盛り上がったから」

 

「つまり信用できない」

 

 マキは箱を開けた。

 

 人生ゲーム風のボードだった。コマとカードと、お金っぽい紙と、妙に派手なイベントマスが入っている。

 

 ネルが顔をしかめる。

 

「こんなもん誰が持ってたんだよ」

 

「部室にあった」

 

「なんでヴェリタスに人生ゲームがあるんだ」

 

「知らない。たぶんマキが前に置いた」

 

 ハレが言った。

 

「え、私?」

 

「たぶん」

 

「じゃあ私かも」

 

「否定しろよ」

 

 ネルが呆れる。

 

 レナは箱を覗き込んだ。

 

「これ、みんなでできるんですか?」

 

「できるできる。チーム戦にすれば人数多くてもいける」

 

 マキがぱっと顔を明るくする。

 

 その顔を見て、レナは少しほっとした。

 

 さっきまで白い紙の前で固まっていたマキが、今はゲームの箱を広げている。

 

 たぶん、完全に元気になったわけではない。

 

 でも、少し動いた。

 

 それがうれしかった。

 

「じゃあ、少しだけ」

 

 レナが言うと、マキが嬉しそうに頷いた。

 

「決まり!」

 

「少しだけだからね」

 

 ハレが釘を刺す。

 

「ハレもやるんだ」

 

「やらないとは言ってない」

 

「やるんじゃん」

 

「寝るまでの待機」

 

「それ、やるってことだよ」

 

 ハレは何も言わずに、カードを一枚引いた。

 

 もう参加していた。

 

 チーム分けは、なぜか大騒ぎになった。

 

「レナちゃんと同じチームがいい」

 

 アスナが真っ先に言った。

 

 マキが顔を上げる。

 

「あ、それ私も」

 

「私も」

 

 コタマが小さく言う。

 

 ネルが眉を寄せた。

 

「全員同じチームにしたらゲームにならねぇだろ」

 

「ネルもレナちゃんと同じチームがいい?」

 

「言ってねぇ」

 

「じゃあ違うの?」

 

「……そういう話じゃねぇだろ」

 

 ネルは視線を逸らした。

 

 マキがにやにやする。

 

「なるほどね」

 

「何がだよ」

 

「いやー、何でも?」

 

「マキ」

 

「はい黙ります」

 

 カリンが冷静にカードを配る。

 

「公平性を考えるなら、くじ引きが適切です」

 

「カリンさん、真面目ですね」

 

 レナが言うと、カリンは少しだけ目を伏せる。

 

「このままだと、レナさん争奪戦になりますので」

 

 レナの手が止まった。

 

「争奪戦……?」

 

 アカネが紅茶を配りながら、さらりと言う。

 

「すでになりかけていましたね」

 

「アカネさんまで」

 

 レナの顔が赤くなる。

 

 アスナは素直に首を傾げた。

 

「争奪戦って、レナちゃんを取るゲーム?」

 

「違います」

 

 レナがすぐ言った。

 

「違うんですか?」

 

 コタマが真面目に聞く。

 

「違います」

 

「では、記録名を変更します」

 

「記録しないでください」

 

「していません。心の中です」

 

「それも少し恥ずかしいです……」

 

 結局、くじ引きになった。

 

 チームは、レナ・ハレ・アカネ。

 

 マキ・コタマ・カリン。

 

 ネル・アスナ。

 

「二人チーム、不利じゃない?」

 

 マキが言う。

 

 ネルは腕を組む。

 

「二人で十分だ」

 

「ネル、勝つ気だ」

 

「当たり前だろ」

 

 アスナが楽しそうに手を上げる。

 

「がんばろー!」

 

「声でかい」

 

「小声でがんばろー」

 

「それも何か違ぇ」

 

 ゲームが始まった。

 

 最初の数ターンは、思ったより普通に進んだ。

 

 マキが妙に運が悪く、最初から借金を背負った。

 

「なんで!?」

 

 ハレがカードを見て、淡々と言う。

 

「人生」

 

「重い!」

 

 コタマがマキの札を見る。

 

「初手でこれは珍しいです」

 

「分析しないで! 傷口に塩!」

 

「塩分補給か?」

 

 ネルがポテチを食べながら言う。

 

「ネル、絶対それ言いたかっただけでしょ!」

 

「悪いか」

 

「悪い!」

 

 レナはサイコロを振る。

 

 出た目は一。

 

「あ」

 

 止まったマスには、こう書いてあった。

 

『困っている人を放っておけず、一回休み。ただし全員から好感度+1』

 

 部屋が一瞬静かになる。

 

 ハレがカードを覗き込む。

 

「レナさん専用マス?」

 

「違います」

 

 レナが赤くなる。

 

 マキが笑いをこらえきれない。

 

「いや、これはレナさんだよ」

 

「違いますってば」

 

 アスナが嬉しそうに言う。

 

「好感度、もう高いよ?」

 

「アスナさん」

 

 レナの声が少し裏返った。

 

 ネルが顔を逸らす。

 

「ゲームの話だろ」

 

「ネル、今助けた?」

 

「助けてねぇ」

 

「助けたね」

 

「うるせぇ」

 

 アカネが静かに微笑んだ。

 

「では、好感度は加算しておきましょう」

 

「アカネさん」

 

「ルールですので」

 

「そのルール、本当にありますか?」

 

「今あります」

 

 ハレが小さく言う。

 

「強い」

 

「アカネさんが?」

 

「うん」

 

 レナは困った顔でカードを戻した。

 

 けれど、嫌ではなかった。

 

 みんなの目が、映像の中の自分ではなく、今ここでサイコロを振って赤くなっている自分を見ている。

 

 それが少し照れくさくて、少しうれしかった。

 

 数ターン後、マキがイベントカードを引いた。

 

「えーっと……『恋バナカード。隣の人に好きなタイプを聞く』」

 

 部屋が止まった。

 

 完全に止まった。

 

 ハレが目を開ける。

 

 コタマの手がヘッドホンに伸びる。

 

 ネルがポテチを噛むのをやめる。

 

 アスナがぱっと顔を上げる。

 

 カリンが静かに姿勢を正す。

 

 アカネが紅茶を置く。

 

 レナは、嫌な予感がした。

 

「……それ、飛ばしませんか?」

 

「ルールだから」

 

 ハレが言った。

 

「ハレさん?」

 

「ルールだから」

 

「さっきまで寝るって」

 

「今起きた」

 

 マキはカードを持ったまま、にやにやしている。

 

「隣の人って、私の隣……コタマ?」

 

 コタマが固まる。

 

「私ですか」

 

「うん。コタマの好きなタイプ」

 

「音が綺麗な人」

 

 即答だった。

 

 マキが目を丸くする。

 

「迷いないね!?」

 

「はい」

 

「それ恋バナなの?」

 

「音は重要です」

 

 ネルが小声で言う。

 

「お前らしいな」

 

 コタマは少し考えてから、ぽつりと言った。

 

「……でも、声で安心できる人は、強いです」

 

 その言葉で、レナは少しだけ目を伏せた。

 

 コタマは慌てて視線を落とす。

 

「今のは、一般論です」

 

「一般論なんですね」

 

 レナが柔らかく返すと、コタマの耳が少し赤くなった。

 

 アスナが手を上げる。

 

「私も言いたい!」

 

「まだ聞かれてねぇだろ」

 

 ネルが言う。

 

「言いたいから言う!」

 

「自由すぎる」

 

「私はね、ぎゅーってしていい人が好き!」

 

「でしょうね」

 

 ハレが言った。

 

 アスナはにこっとする。

 

「あと、笑えない時も一緒にいてくれる人」

 

 少しだけ声が柔らかくなった。

 

 レナの胸が温かくなる。

 

 アスナはすぐ明るい顔に戻って、レナの袖をつまんだ。

 

「レナちゃんは?」

 

「私ですか?」

 

「うん。レナちゃんの好きなタイプ!」

 

 レナは固まった。

 

「えっと……それは」

 

 マキが身を乗り出す。

 

「聞きたい!」

 

 コタマも小さく頷く。

 

「聞きたいです」

 

「コタマさんまで」

 

 カリンは静かに目を伏せた。

 

「無理に答える必要はありません」

 

 そのわりに、耳は少しだけ赤かった。

 

 アカネが穏やかに紅茶を注ぎ直す。

 

「答えにくければ、別の質問に変えても」

 

 ネルがそっぽを向く。

 

「くだらねぇ」

 

「ネル、聞かないの?」

 

 アスナが聞く。

 

「聞かねぇ」

 

 少し間があく。

 

「……いや、別に聞こえてくる分には止めねぇ」

 

 マキが吹き出しかけた。

 

「ネル、素直じゃなさすぎ」

 

「黙れ」

 

 レナは赤くなったまま、カップを両手で包んだ。

 

 少し考える。

 

 あまり綺麗な答えにしたくなかった。

 

 でも、適当に流すのも違う気がした。

 

「……困っている人を、放っておけない人」

 

 小さく言う。

 

 部屋が静かになる。

 

 レナは慌てて付け足した。

 

「あ、でもそれだけじゃなくて。ちゃんと怒れる人とか、笑えない時に無理しない人とか、怖い時に怖いって言える人とか」

 

 言いながら、自分でも少し恥ずかしくなる。

 

「あと……誰かを大事にするために、不器用になる人も、私は好きです」

 

 全員が黙った。

 

 マキが顔を赤くしてスケッチブックで口元を隠す。

 

「範囲、広くない?」

 

 ハレがぼそっと言う。

 

「全方位に刺した」

 

「刺したつもりはないです……」

 

 ネルが顔を逸らしたまま言う。

 

「詐欺みてぇな答えだな」

 

「詐欺ですか?」

 

「全員に当てはまりそうなこと言いやがって」

 

「でも、本当にそう思ったので」

 

 ネルは何も言えなくなった。

 

 アスナが、レナの腕にぎゅっとくっつく。

 

「じゃあ、私も入ってる?」

 

「はい」

 

「やった」

 

 マキがすぐ言う。

 

「私も?」

 

「はい」

 

「ハレは?」

 

「眠そうでも、ちゃんと見てくれるので」

 

 ハレが毛布に顔を少し沈める。

 

「寝たふりしよ」

 

「今さら無理です」

 

 コタマが小さく言った。

 

「私も、入りますか」

 

「もちろんです」

 

 レナが言うと、コタマはヘッドホンのコードを指でいじった。

 

「……今の声、残りました」

 

 カリンは何も聞かなかった。

 

 けれどレナは、カリンの方を見て言った。

 

「カリンさんも」

 

「私は何も」

 

「見てくれています」

 

 カリンは目を伏せた。

 

「……ありがとうございます」

 

 アカネが微笑む。

 

「私はどうでしょう」

 

「隣にいてくれました」

 

 アカネの指先が止まる。

 

「それだけで?」

 

「それだけじゃないです。でも、今はそれが嬉しかったので」

 

 アカネは小さく息を吐いた。

 

「……困りましたね」

 

「困らせましたか?」

 

「はい。かなり」

 

 レナはますます赤くなった。

 

「すみません」

 

「謝らないでください。今のは、責めていません」

 

 マキが小声で言う。

 

「これ、恋バナじゃなくてレナさんが全員落とす会じゃない?」

 

 ハレが頷く。

 

「危険イベント」

 

「カードゲームのバランス壊れてる」

 

「レナさんが強すぎる」

 

 レナは両手で顔を隠した。

 

「もう次のターンにしてください……」

 

 その様子を見て、みんなが笑った。

 

 今度は、ちゃんと笑った。

 

 完全に明るい笑いではない。

 まだ少し、涙の気配も混じっている。

 

 でも、確かに笑いだった。

 

 その後もゲームは続いた。

 

 ネルとアスナのチームは、なぜか戦闘系イベントばかり引いた。

 

「またバトル?」

 

 マキが言う。

 

「運命だな」

 

 ネルは少しだけ楽しそうだった。

 

「ネル、戦うマスだと元気になるね」

 

「当然だろ」

 

 アスナはサイコロを振って、変なマスに止まった。

 

『うっかり迷子になる。誰かに迎えに来てもらう』

 

「アスナさんですね」

 

 カリンが静かに言う。

 

「私だね!」

 

「自信を持つところじゃねぇ」

 

「じゃあ、レナちゃん迎えに来て」

 

「えっ」

 

「だめ?」

 

 アスナが見上げる。

 

 レナは少し笑った。

 

「迎えに行きます」

 

「やった」

 

 ネルが小さく舌打ちした。

 

「ゲーム内だろ」

 

「ゲーム内でも嬉しいよ」

 

 アスナは本当に嬉しそうだった。

 

 マキはまたカードを引く。

 

『大切な人に秘密のお菓子を分ける』

 

「これ、誰にあげてもいいの?」

 

「いいんじゃない」

 

 ハレが眠そうに言う。

 

「じゃあ、レナさんに」

 

「またレナかよ」

 

 ネルが言う。

 

「大切だから」

 

 マキはさらっと言った。

 

 言った後で、自分で赤くなった。

 

「いや、あの、変な意味じゃなくて。いや変じゃないけど。えっと、ゲームだから!」

 

 レナはお菓子を受け取って、柔らかく笑った。

 

「ありがとうございます。大切に食べます」

 

「食べ物だから食べて!」

 

「はい」

 

 レナが一口食べる。

 

 マキはそれを見て、なぜか満足そうにスケッチブックへ一色足した。

 

 ハレは途中で本当に眠くなり、サイコロを振る手が遅くなった。

 

「ハレ、寝る?」

 

 レナが聞く。

 

「寝ない」

 

「目、半分閉じてます」

 

「節電」

 

「人間の機能に節電ってありますか?」

 

「今作った」

 

「便利ですね」

 

「便利」

 

 ハレはそう言いながら、レナの袖を掴んだ。

 

「次、私の番になったら起こして」

 

「はい」

 

「あと、変なイベント引いたら代わりに処理して」

 

「代わりに?」

 

「保護者」

 

「私がですか?」

 

「うん」

 

 レナは少し笑った。

 

「分かりました。変なイベントは見ておきます」

 

「任せた」

 

 ハレは目を閉じた。

 

 まだ完全には眠っていない。

 でも、さっきよりずっと近かった。

 

 コタマはそれを聞きながら、小さく言った。

 

「今の会話、いい音でした」

 

「コタマさん」

 

「記録はしていません」

 

「本当ですか?」

 

「本当です。……少し、したいですが」

 

「だめです」

 

「はい」

 

 素直に頷くコタマを見て、レナはくすっと笑った。

 

 その笑い声を聞いて、コタマはまた少しだけ目を伏せる。

 

 記録したい。

 

 でも、しない。

 

 今夜の音は、たぶん、機械より自分の中に残した方がいい。

 

 ゲームはぐだぐだになっていった。

 

 誰が何マス進んだか分からなくなり、マキが途中で借金を踏み倒そうとしてハレに見つかり、ネルがバトルイベントだけ異様に真面目に処理し、アスナがルールを勘で進め、カリンが淡々と修正し、アカネがお菓子の皿を整え、レナが笑いながら何度も「えっと、今どこですか?」と聞いた。

 

 勝敗は、最後まで分からなかった。

 

 というより、誰も最後には気にしていなかった。

 

「もう眠い」

 

 マキがスケッチブックに顔を伏せた。

 

「始めたのはお前だろ」

 

 ネルが言う。

 

「楽しかったからいいの」

 

「雑だな」

 

「雑でいいの。夜だし」

 

 アスナが大きなあくびをした。

 

「レナちゃん、隣で寝る」

 

「はい」

 

「予約」

 

「予約制なんですか?」

 

「うん」

 

 カリンが静かに言う。

 

「でしたら、位置を整理しましょう」

 

「カリン、真面目」

 

「寝る時に混乱すると危険です」

 

「危険かな?」

 

「アスナがレナさんに絡まったまま寝る可能性があります」

 

「ありえる」

 

 ネルが即答した。

 

「あるね」

 

 マキも頷く。

 

「あります」

 

 アカネも頷いた。

 

「皆さん?」

 

 レナは困った顔をした。

 

 アスナだけが嬉しそうに笑った。

 

「絡まっていい?」

 

「だめです」

 

「ちょっとだけ」

 

「ちょっとだけでも、朝起きられなくなります」

 

「それは困るね」

 

「はい」

 

 結局、寝る場所はこんなふうに決まった。

 

 レナは中央寄り。

 アスナはその隣。

 ハレはソファから手だけ届く位置。

 マキはスケッチブックを抱えて足元側。

 コタマは少し離れて、でも声が届く位置。

 ネルは入口側。

 カリンはその斜め後ろ。

 アカネは毛布を整えやすい端。

 

「アカネさん、寝られますか?」

 

 レナが聞く。

 

「寝ます」

 

「本当ですか?」

 

「……努力します」

 

「ハレみたい」

 

 マキがぼそっと言った。

 

「私は悪くない」

 

 ハレが目を閉じたまま返す。

 

「起きてるじゃん」

 

「寝る途中」

 

 もう何度目か分からないその返事に、また小さな笑いが起きた。

 

 照明がさらに落とされる。

 

 お菓子の袋は閉じられ、ゲームのコマは途中のまま箱に戻された。カードが一枚だけ毛布の下に入り込んで、誰も気づかなかった。

 

 アスナがレナの袖を掴む。

 

「レナちゃん」

 

「はい」

 

「朝、起きたらおはようって言ってね」

 

「はい。言います」

 

「一番に」

 

「……なるべく」

 

「一番」

 

「はい。一番に」

 

 アスナは満足そうに目を閉じた。

 

 ハレが小さく言う。

 

「私も聞いた」

 

「証人ですか?」

 

「うん。寝るけど」

 

「有効ですか?」

 

「有効」

 

 レナは笑った。

 

「じゃあ、有効で」

 

 マキが寝ぼけた声で言う。

 

「レナさん、朝描くから逃げないで」

 

「逃げません」

 

「かわいく描く」

 

「ほどほどにしてください」

 

「無理」

 

「即答……」

 

 コタマは目を閉じたまま、静かに言った。

 

「今の声も、覚えます」

 

「はい」

 

「おやすみの声も」

 

 レナは少しだけ照れた。

 

「おやすみなさい、コタマさん」

 

「……はい。おやすみなさい」

 

 ネルが入口側から言う。

 

「何かあったら起こせ」

 

「はい」

 

「いや、寝るわけじゃねぇけど」

 

「寝てください」

 

「……少しだけな」

 

 カリンが目を閉じる。

 

「おやすみなさい、レナさん」

 

「おやすみなさい、カリンさん」

 

 アカネが最後に毛布の端を直し、静かに座った。

 

「おやすみなさい、レナさん」

 

「おやすみなさい、アカネさん」

 

 部屋が静かになる。

 

 でも、さっきの静けさとは違った。

 

 誰かが近くにいる音がする。

 

 毛布の擦れる音。

 小さな寝息。

 まだ眠れていない誰かの呼吸。

 安心して力が抜けていく音。

 

 レナは、目を閉じた。

 

 今夜は、事件の話をしなかった。

 

 怒りも、怖さも、全部消えたわけではない。

 

 でも、お菓子を食べて、ゲームをして、変な恋バナで照れて、誰かにからかわれて、笑って。

 

 そういう夜が、確かにあった。

 

 映像の外に。

 

 ちゃんとあった。

 

 レナは眠りに落ちる直前、アスナの指が袖を握り直すのを感じた。

 

 逃げないで、と言われた気がした。

 

 レナは小さく指先を動かして、返事の代わりにした。

 

 います。

 

 朝まで、ここにいます。

 

 そのまま、部屋はゆっくり眠りに沈んでいった。

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 八薙(やなぎ)リリカ。▼ ミレニアムサイエンススクール所属で明星ヒマリや調月リオと並び称される天才の一人である。▼ 自らをキヴォトスナンバーワンの天才と讃え、その傲慢とも言える発言が決して驕りではないと誰もが認める頭脳を持った彼女はネルやヒマリやリオ、ウタハなどの友人達と日々楽しく学園生活を送っていた。▼ だが、そんな彼女の幸せに満ちた日々はある日崩壊する…


総合評価:1090/評価:8.71/完結:15話/更新日時:2026年05月08日(金) 21:00 小説情報

光の勇者と闇の勇者(作者:脱力戦士セシタマン)(原作:ブルーアーカイブ)

▼ アリスとはもう一人違う、だがよく似た存在の闇の勇者がいた。アリスとは似ているが、内面は全く異なる勇者……▼ そんな闇の勇者のお話。▼


総合評価:773/評価:7.43/連載:17話/更新日時:2026年05月12日(火) 00:20 小説情報


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