戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで 作:Zuzuiikb
忘れてる人も多いと思うので、今までの流れを軽くまとめておきます
偶然ヒヨリを助けたレナが、サオリたちアリウススクワッドに捕まり、そのまま捕虜として連れ去られる。
↓
負傷している彼女たちを放っておけず、治療を通して少しずつ奇妙な関わりが生まれる。
↓
先生に危険を知らせようと逃走・通報を試みるが失敗し、再び捕まる。
↓
先生やエデン条約会議について尋問され、最後まで抵抗するものの、限界まで追い込まれて一部の情報を漏らしてしまう。
尋問が終わってから、私はほとんど喋らなかった。喋らなかった、というより、途中から喋れなくなった。
「もう聞くことはない」
移動を始める直前、サオリさんがそう判断した。
「ミサキ。口も塞いでおけ。途中で騒がれても面倒だ」
「ん」
ミサキさんが布を持って近づいてきた時、私は反射的に後ずさった。壁に肩が当たり、逃げる場所がなくなる。
「待って……ください。もう、逃げたりしませんから……」
「それは信用できないでしょ。一回逃げてるし」
「でも……」
「もう情報も取らない。だから喋れなくても困らない」
あっさり言われて、言葉が詰まった。
近づいてきた手に肩が強張る。さっきまで頭を撫でながら優しい声を出していたのと同じ人だと分かっているせいで、余計に身体が言うことを聞かなかった。
「じっとして」
「や……っ」
顔を背けようとしたけれど、すぐに布で口を塞がれた。
「んっ……! んん……!」
声が全部潰れる。
手首は前で拘束されたまま。さらに足首にも短い縄を回され、大きく歩幅を取れないようにされた。
逃げたから。
それは分かっている。
分かっていても嫌だった。
「これなら歩けるでしょ」
ミサキさんはそう言って離れた。
私は睨むことしかできなかった。
「……そんな顔しても外さないよ」
ミサキさんは気にした様子もなく銃を持ち直した。
ヒヨリさんは少し離れた場所でこちらを見ていた。目が合った瞬間、何か言いかけたように見えたけれど、結局そのまま端末へ視線を戻した。
ふざけないで。
そんな顔をするくらいなら、最初から。
そこまで考えて、やめた。
もう何を思ったところで、この人たちは動く。
それから私は、アリウススクワッドと一緒に別の待機場所へ移された。
歩くたびに腹へ鈍い痛みが響いた。頬も口の中もまだ痛いし、足首の縄のせいでまともな歩幅も取れない。途中で一度つまずき、縛られた手を前へ出したものの上手く身体を支えられず、膝を床へついた。
ミサキさんが振り返る。
「立てる?」
頷いた。
触られたくなかった。
壁を使って自分で立ち上がる。ミサキさんも今回は手を出さず、私が歩き出すまで待ってから後ろへ戻った。
着いた先は、古い設備室だった。
壁沿いに錆びた配管が走り、使われていない機材がいくつも積まれている。私は入口から離れた壁際に座らされ、足元の拘束を床の金具へ繋がれた。
「んっ……!」
引いてみる。
動かない。
「無駄」
ミサキさんが言った。
私はまた睨んだ。
「元気あるね」
「ミサキ」
「分かってるって」
サオリさんに呼ばれ、ミサキさんは私から離れた。
アツコさんは奥で自分の装備を確認している。ヒヨリさんは通信機を耳に当て、いくつかの回線を行き来していた。
「各部隊、配置についてます」
「遅れは」
「西側が少し。でも作戦には影響ありません」
「ユスティナは?」
「待機中です。いつでも展開できます」
ヒヨリさんの声はいつもより早い。それでも怯えているわけではなかった。今から何が起きるか分からないのではなく、予定されたことが予定通り進んでいるか確認している。
「時間」
「あと四分くらいです」
その言葉で、胃の奥が縮んだ。
今日。
エデン条約の調印式。
古聖堂にはトリニティとゲヘナの代表が集まっている。ナギサ様もいる。そして先生も、調印式へ出席する予定だった。
私は知っている。
この人たちが先生を狙っていることも。
だから逃げた。
先生に知らせようとして、赤い通信盤まで走った。
捕まってからも、先生のことだけは言わないつもりだった。
でも、結局私は話した。
先生が今日、調印式へ出席すること。ナギサ様と事前に確認を取っていたこと。何かが起きれば救護側へ動く可能性が高いこと。最後には、古聖堂の裏から続く古い連絡通路まで。
唇の内側を噛んだ。
思い出したくない。
今はまだ。
「あと一分」
ヒヨリさんが言った。
私は顔を上げた。
サオリさんは銃を取り、通信機を肩へ戻す。
「着弾後、予定通り第二段階へ移行する。会場周辺の混乱に合わせてユスティナを展開。トリニティ、ゲヘナ双方の主力を分断する」
「はい」
「先生の確認を優先しろ。生きているなら必ず動く」
「了解です」
「んんっ!!」
思いきり声を出した。
全員に聞こえたはずだった。
サオリさんは一度こちらを見た。
「んっ……んん……!」
首を振る。
やめて。
お願いだから。
もうやめて。
口の布の向こうでいくら言っても、言葉にはならない。
サオリさんは私を見ていたが、数秒後には視線を通信機へ戻した。
「ヒヨリ、時間」
「二十秒」
「ん゛んっ……!」
足元の縄を引いた。
金具が鳴る。
「レナさん……」
ヒヨリさんがこちらを見る。
私はさらに身体を前へ出した。
「んんっ!!」
ヒヨリさんの顔が曇る。
でも通信機から手は離さなかった。
「十秒です」
聞く気なんてない。
分かっている。
それでも私は首を振り続けた。
「五、四――」
その時だった。
最初に来たのは音じゃなかった。
空気が一度、重く押された。
壁の奥から低い唸りのような振動が伝わり、床に置かれていた小さな金属片がかすかに跳ねる。
次の瞬間、
ズンッ――!!
地面そのものが下から突き上げられた。
「――っ!」
私は壁から弾かれて横へ倒れた。
その直後、遅れて轟音が押し寄せる。耳を塞ぐような高い音ではない。建物全体を巨大な何かで殴られたような、低く長い響きだった。
天井から埃が降り、古い配管がガタガタと震える。
少し遅れて、さらに遠くから細かな爆発音が連続して聞こえてきた。
「着弾確認!」
ヒヨリさんが通信へ声を上げる。
「古聖堂、命中! 周辺の設置爆薬も予定通り起爆しています。トリニティ、ゲヘナ双方で混乱を確認!」
「第二段階へ」
「はい!」
「ん゛っ……!」
床へ手をついて起き上がろうとした。
腹へ力を入れた途端、痛みで息が詰まり、また片肘をつく。それでも顔だけは上げた。
本当に撃った。
今日、先生がそこにいる。
それを知っていて、この人たちは本当に古聖堂へミサイルを撃ち込んだ。
「んんっ……! ん゛ん゛っ!!」
サオリさんへ向かって声を上げる。
聞いて。
やめて。
先生を殺さないで。
何度も身体を起こそうとした。
「レナさん、動いたら……!」
ヒヨリさんの声が聞こえる。
構わず足元の縄を引いた。
サオリさんは通信機へ話している。
「先生の所在を確認しろ」
『現在、会場内部の確認中。損害甚大――』
「急げ」
『了解』
私は動きを止めた。
聞きたくない。
でも聞かない方がもっと怖い。
通信の雑音が何度も途切れる。
『シャーレの先生――現時点では確認できません』
「継続しろ」
サオリさんはそれだけだった。
「……ん」
力が抜けた。
確認できない。
死んだとは言ってない。
分かる。
でも、さっきの揺れがまだ身体に残っている。
先生がいた場所に、あれが落ちた。
昨日まで普通に話していた人が、今は瓦礫の下にいるかもしれない。
「ん……っ、う……」
涙が落ちた。
布に塞がれたまま、先生の名前すら呼べない。
ヒヨリさんが一度こちらを見た。
私は顔を逸らした。
今そんな顔しないで。
何も言わないで。
「移動する」
サオリさんが立ち上がる。
「会場周辺に長く留まるな。各部隊と合流する」
足元の金具が外された。
立ち上がる。
一度膝が崩れたけれど、自分で壁へ肩を押しつけて立て直した。
そのまま通路へ出る。
外はもう、さっきまでと同じ場所ではなかった。
壁の向こうから銃声が続いている。遠くで爆発が起こるたびに床が微かに震え、アリウスの生徒たちが何人も通路を駆けていった。
「西側、トリニティの抵抗が強いです!」
「抜く必要はない。引きつけておけ」
「はい!」
別の生徒が反対側から来る。
「ゲヘナ風紀委員会、行動開始! 空崎ヒナを確認しています!」
「状態は」
「負傷してます。ただ……前線に出ています」
ミサキさんが眉を上げた。
「……負傷?」
「はい」
「それで前線にいるんだ」
「空崎ヒナだ。状態だけで判断するな」
「してないよ。嫌だなって思っただけ」
ミサキさんの返事を聞きながら、私は必死に歩いた。
先生。
情報が来ない。
そのことしか考えられない。
途中で何人かの負傷したアリウス生徒とすれ違った。肩を押さえている子、足を引きずっている子。いつもなら目が止まるはずなのに、今日はそれどころじゃなかった。
しばらくして、後ろを歩いていたヒヨリさんが突然足を止めた。
「サオリ!」
声が変わった。
「先生、生存確認です!」
私はその場で止まった。
「ん……!」
「位置」
「古聖堂から離脱中。空崎ヒナと合流しています!」
膝が抜けそうになった。
壁へ肩をつける。
先生、生きてる。
生きてる。
目を閉じると涙がまた落ちたけれど、今度はさっきとは違った。
「……ん……」
良かった。
本当に。
「ユスティナ二部隊と接触――」
ヒヨリさんが通信を聞き直す。
「突破されました」
ミサキさんがため息を吐いた。
「やっぱり負傷って嘘なんじゃない?」
「報告では負傷しています」
「...ほんと怖いね」
「進路は」
サオリさんは地図を開いていた。
安心したのは、ほんの短い間だった。
「北側へ移動しています。このままなら第三地点を通ります」
「ユスティナを回せ。進路を絞る」
「はい」
「んんっ!!」
私はまた声を上げた。
サオリさんへ向かって首を振る。
「ん゛ん……っ、んんっ!!」
もういいじゃない。
先生は生きてる。
お願いだから、もう追わないで。
サオリさんは私の方を見ないまま地図を確認していた。
「第三地点へ移動する」
「……ん゛っ!」
私は泣きながら縄を引いた。
先生を追うために、この人たちはまた歩き出す。
それから先は、銃声が近づくほど時間が早くなった。
『空崎ヒナ、第三防衛線を突破!』
『先生も同行!』
「位置は」
『もうすぐです!』
サオリさんが立ち止まった。
ミサキさんも銃を持ち直す。
「姫、ヒヨリ。予定地点まで下がれ」
「サオリは?」
アツコさんが聞いた。
「ここで先生を止める」
アツコさんは少しの間サオリさんを見ていたが、最後には頷いた。
「分かった」
「レナさんは……?」
ヒヨリさんが私を見る。
「移動させている時間がない。柱へ繋げ」
「……はい」
「んっ!?」
抵抗した。
でも今の身体で振りほどけるわけがない。
崩れた柱の陰まで連れていかれ、足首の縄を古い金具へ繋がれる。
「んんっ……!」
「レナさん、お願いですから今は……」
ヒヨリさんの手が私の肩へ伸びかける。
私はその手を避けた。
ヒヨリさんが止まる。
「……」
ふざけないでと言いたかった。今さらそんな顔しないで。
口が塞がれていなくても、たぶん上手く言えなかったと思う。
アツコさんがヒヨリさんの肩を軽く叩いた。
「行こう」
「……はい」
二人が離れていく。
残ったのはサオリさんとミサキさん。
そして柱の陰に繋がれた私。
足元の縄を引いた。
一度。
二度。
金具は古い。
さっきの爆発で周囲の石も欠けていて、縄が金属の縁へ擦れるたびにざらついた音がした。
「ん……っ」
もう一度引く。
まだ外れない。
前方から銃声が聞こえた。
今までよりずっと近い。
サオリさんとミサキさんの姿勢が変わる。
誰かが走ってくる。
最初に通路へ姿を見せたのは、小柄な少女だった。
空崎ヒナ。
制服はあちこち破れ、肩から腕にかけて血が滲んでいる。片脚もまともではない。それでも銃を握り、こちらへ気づいた瞬間には自分の後ろへ先生を入れた。
「……まだいるのね」
息を整えながら、ヒナさんが言った。
先生が何か声をかける。
「先生は後ろにいて」
ヒナさんは振り返らなかった。
次の一歩で膝が沈む。
先生がすぐ腕を伸ばした。
「気にしないで……っ」
それでも倒れずに立て直した。
「先生まで倒れたら、誰が面倒見るの」
少しだけ息を吐き、前を向く。
「本当に……こういう時だけ言うこと聞かないんだから」
私は柱の陰から先生を見ていた。
いた。
本当に生きてる。
数メートルしか離れていない。
「ん……っ!」
呼びたい。
先生。
こっち。
「んんっ……!」
身体を前へ出す。
足元の縄が張る。
先生の顔が、ほんのわずかにこちらへ向きかけた。
私はまた縄を引いた。ギリッ、と繊維が金具へ擦れる。
一本、細い糸が切れた。
その時、サオリさんが先生の前へ一歩出た。
「初めましてだな、先生」
ヒナさんがすぐに銃口を上げる。
「……あなたが、アリウスの?」
「錠前サオリ。アリウススクワッドのリーダーだ」
私は柱の陰で息を止めた。
先生とサオリさんが、ついに向かい合った。