戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで   作:Zuzuiikb

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2話 帰れない

 ......やばっ寝過ぎた。今何時だろう?早く帰らなきゃ。

 

 救護騎士団の部室は、相変わらず不思議な空気だった。薬品の匂いがするのに紅茶の香りもするし、医療器具が並んでいるのにソファはやたら座り心地がいいし、団員たちは忙しそうなのに、気づくと誰かが毛布の位置を直しに来る。

 

 ……なんか、ここ、休ませる技術が高すぎるんだよね。油断すると人間を駄目にする部屋に早変わり。

 

「えっと、それじゃあ私、そろそろ帰りますね。長居しちゃってすみませんでした。紅茶も毛布も、その……すごく助かりました」

 

 レナはできるだけ自然に立ち上がろうとした。

 

 その瞬間、部屋の奥で書類を確認していたミネが顔を上げる。

 

「帰る?」

 

「はい。もう夕方ですし、あんまりここにいると邪魔になっちゃうかなって」

 

「邪魔ではありません」

 

 即答だった。

 

 早い。

 

 こっちの言葉が着地する前に撃ち落とされた感じがある。

 

「そして、帰宅については許可できません」

 

「……はい?」

 

 レナは瞬きする。

 

 許可。え?今、許可って言った?

 

「あなたは現在、睡眠不足、食事量の低下、精神的疲労の蓄積が見られます。その状態で単独帰宅するのは、救護騎士団として見過ごせません」

 

「いやいやいやいや、そんな大げさな……! 私、別に倒れたりしませんし、道も分かりますし、帰るだけなら全然できますって!」

 

「“帰るだけなら全然できます”と言う人は、帰った後に何かしようとします。あなたの場合、荷物整理、課題、明日の準備、ついでに復習まで始める可能性が高い」

 

「なんでそこまで読めるんですか……?」

 

「顔に書いてあります」

 

 書いてない。、、、、、はず。

 

 レナが自分の頬を触ると、近くの団員が小さく肩を震わせた。

 

『団長、また救護対象を追い詰めてますよ』

 

『でも実際、今帰したら絶対なんかやりますよね』

 

「あなたたちも同意見のようです」

 

「多数決みたいにしないでください」

 

 レナは困った顔で笑う。笑って誤魔化そうとした。

 

 でもミネ先輩は誤魔化されなかった。

 

「レナ」

 

「は、はい」

 

「今日、ここに泊まりなさい」

 

 部屋が一瞬だけ止まった。いや、止まった気がした。レナの脳も止まった。

 

「……と、泊まる?」

 

「はい」

 

「ここに?」

 

「はい」

 

「救護騎士団の部室に?」

 

「正確には、隣の仮眠室です。清潔な寝具がありますし、緊急時にも対応できます」

 

 ミネ先輩は真剣だった。本当に真剣だった。

何か冗談を言っている顔ではない。

 

 レナは助けを求めるように団員たちを見る。

 

 団員たちは一斉に目を逸らした。

 

 ……なんで?

 

『団長があの顔してる時は無理ですね』

 

『もう救護計画が頭の中で完成してる顔です』

 

『レナさん、諦めた方が早いです。抵抗すると毛布が一枚増えます』

 

「毛布で制圧するんですか?」

 

「必要であれば」

 

「必要ないです!」

 

 思わず声が大きくなる。でもミネ先輩は怯まない。

 

「あなたは休むことに対して抵抗が強い。ならば、こちらが環境を整え、休息を避けられない状況を作る必要があります」

 

「それ、言い方変えた監禁では……?」

 

「いえ救護です」

 

「救護って言葉で押し切らないでください!」

 

 団員の一人が吹き出した。別の団員が慌てて口元を押さえる。レナは顔が熱くなるのを感じた。

なんかもう、完全に遊ばれてない?

 いや違う。ミネ先輩は本気だ。本気で善意だ。本気の善意だからこそ逃げ道がない。

 

「えっと、本当に大丈夫です。泊まるなんて迷惑ですし、寝具とか準備とか、色々大変じゃないですか」

 

「いますぐに準備できます」

 

「早い」

 

「仮眠室は救護騎士団の活動に必要な設備です。あなた一人を休ませる程度で支障はありません」

 

「私一人を休ませる程度って言い方、なんか規模がおかしいです……」

 

 レナがそう言った時、後ろの団員がそっと立ち上がった。

 

『団長、仮眠室のシーツ替えてきます』

 

『じゃあ私は温かい飲み物の追加を。寝る前ならカフェインなしの方がいいですよね』

 

『レナさん用の着替えってあります? さすがに制服のまま寝かせるのは団長が許さない気がします』

 

「当然です。予備の患者用衣類を用意してください。サイズは……」

 

 ミネ先輩の視線が私の身体へ向けられる。私は反射的に自分の体を抱えた。

 

「今、目測しました?」

 

「救護に必要な確認です」

 

「絶対そういう言い方すれば何でも許されると思ってますよね!?」

 

 部屋のあちこちで笑い声がこぼれる。

 

 ミネ先輩は少しだけ眉を寄せた。

 

「何かおかしいでしょうか」

 

『団長が大真面目なのが一番おかしいんです』

 

『でもレナさん、患者服似合いそうですよね』

 

『分かります。袖ちょっと余りそう』

 

「袖が余る前提で話を進めないでください!」

 

 レナは必死に反論する。

 

 でも、誰も悪意はなかった。それがまた困る。

 

 団員たちは完全に楽しんでいるけれど、からかうだけじゃなくて、本当にレナが楽になるように動いている。カップは空になった瞬間に下げられるし、気づけばテーブルの上には小さな菓子まで置かれているし、ブランケットの端がずれたら誰かが直そうとする。

 

 ……待って。

 

 これ、私、完全に世話されてない?レナがその事実に気づいた頃には、ミネ先輩が当然みたいな顔でメモを取っていた。

 

「夕食は消化の良いものにしましょう。食欲が戻っていないなら量は少なめに。ただし、糖分だけで済ませるのは認めません」

 

「先輩、もしかして私の夕食まで決めてます?」

 

「はい」

 

「はいじゃないんですよ」

 

「あなたが自分で適切な量を判断できる状態なら任せます。しかし現状では、自己申告よりこちらの観察を優先すべきです」

 

「そんな信用ないですか、私……?」

 

「ありません」

レナは胸を押さえた。

 

「今のちょっと傷つきました」

 

「傷ついたなら、まず座ってください。立ったまま胸を押さえるのは転倒リスクがあります」

 

「そういう問題じゃないです!」

 

 団員たちがまた笑う。

 

 でもミネ先輩は、ほんの少しだけ表情を緩めた。

 

 それがなんだかずるかった。

 

 真面目で、圧が強くて、救護と言えば何でも通ると思ってそうなのに、時々こういう顔をする。

 

 ……綺麗な人だなぁ。

 

 さっきも思ったけど、やっぱり思う。

 

 青みがかった髪も、まっすぐな目も、ちょっと怖いくらい整った立ち姿も。全部が騎士みたいで、でも今やっていることは「寝不足の後輩を帰さない」なので、絵面と内容の差がすごい。

 

「……レナ?」

 

「へっ、あ、はい」

 

「またぼんやりしていましたね」

 

「いやその、ミネ先輩って綺麗だなぁって……」

 

 えっ、私今なんて言った?

 

 部室の空気が、今度こそ変な方向に止まった。

 

 レナは数秒遅れて、自分の発言を理解する。

 

「あっ、いや違っ、違わないですけど! 変な意味じゃなくてですね!? なんかこう、騎士みたいで綺麗だなぁって思っただけで、別に口に出すつもりはなくて!」

 

 早口になる。完全に焦っている。団員たちは口元を押さえている。

 

ミネ先輩は、ほんの少しだけ目を見開いていた。

 

「……そうですか」

 

「はい……」

 

「ありがとうございます」

 

 淡々としている。

 

 でも、耳が少し赤い。

 

『団長』

 

「なんでしょう」

 

『今、かなり効きましたね』

 

「何がですか」

 

『レナさんの天然褒め攻撃です』

 

「攻撃ではありません」

 

『でも被弾しましたよね』

 

「していません」

 

 即答だった。

 

 でも耳は赤い。レナはもう顔を上げられなかった。

 

 なんだこの状況。

 

 帰ろうとしただけなのに、なぜか泊まることになって、夕食を管理されて、患者服のサイズを目測されて、ついでにミネ先輩を褒めてしまった。

 

 情報が渋滞している。

 

「……あの、本当に泊まるんですか?」

 

 最後の抵抗として、レナは小さく聞いた。

 

 ミネ先輩は真っ直ぐ頷いた。

 

「はい。今夜はここで休みなさい。これは命令ではなく、救護騎士団としての判断です」

 

「命令より強そうなんですけど……」

 

「安心してください。安全は保証します」

 

 その言葉は、冗談みたいな流れの中で出てきたのに、不思議と胸に残った。

 

 安全。

 

 その言葉に、レナの指先から少しだけ力が抜ける。

 

 それをミネは見逃さなかった。

 

 でも何も言わない。

 

 ただ、紅茶のカップを少しだけレナの近くへ寄せた。

 

『団長、今の見ました?』

 

『見ましたね。ちょっと安心した顔しましたね』

 

『これは泊まらせるしかないですね』

 

「あなたたち、声量を落としなさい」

 

『団長が一番嬉しそうですよ』

 

「嬉しそうではありません。適切な救護方針が定まっただけです」

 

 レナはカップを両手で持ち直す。

 

 温かい。帰れない。いや、帰らせてもらえない。それでも。不思議と、嫌ではなかった。それどころか、ほんの少しだけ。

 ここにいてもいいのかもしれない、と思ってしまった。

 

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