戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで   作:Zuzuiikb

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11話 昨日の客。今日の敵

 

 朝のアビドスは、昨日のラーメンの匂いを少しも残していなかった。

 

 当たり前だ。柴関ラーメンは学校の中にあるわけではないし、あの湯気も、醤油の匂いも、セリカさんが水を置く音も、夜のうちに店の外へ流れて消えていったのだと思う。

 

 それでも、胸のどこかではまだ覚えていた。

 

 アルさんが特盛ラーメンを見て固まった顔。ムツキさんが楽しそうに笑っていた声。カヨコさんの低い「社長」。ハルカさんが何度も頭を下げようとして、セリカさんに止められていたこと。

 

 変な人たちだった。

 

 本当に、変な人たちだった。

 

 悪い人なのか、いい人なのか、最後までよく分からなかった。少なくとも、柴関ラーメンでラーメンを食べていた時の四人は、ただの空腹で騒がしいゲヘナの生徒に見えた。少し怪しくて、少し危なっかしくて、でも柴大将の厚意にちゃんと頭を下げられる人たち。

 

 だから、校門の向こうにその姿が見えた時、最初に感じたのは恐怖ではなかった。

 

 胸の奥が、変なふうに詰まった。

 

「……嘘でしょ」

 

 セリカさんの声が、私より先に落ちた。

 

 校門の外。砂を巻き上げる風の中に、昨日の四人がいた。

 

 赤い髪のアルさんは、昨日よりずっと頑張って悪そうに立っていた。背筋を伸ばし、銃を構え、口元に余裕のある笑みを浮かべようとしている。けれど、その笑みは少しだけ硬い。

 

 ムツキさんは楽しそうに笑っている。昨日と同じ笑顔なのに、手元にある武器のせいで、その楽しさの温度が少し違って見えた。

 

 カヨコさんは面倒そうに立っていた。でも、目だけは冷静で、こちらの人数、位置、先生の立ち位置まで見ている。

 

 ハルカさんは震えていた。けれど、ただ怯えているのではなく、今にも勢い余って何かを壊してしまいそうな震えだった。

 

 昨日、同じ湯気の中にいた人たち。

 

 今日、校門の外にいる人たち。

 

 その二つが、うまく重ならない。

 

「……社長」

 

 カヨコさんが低く言った。

 

「もう引き返せないよ。ここまで来たんだから」

 

「わ、分かっているわ」

 

 アルさんの声が少しだけ上ずる。

 

 けれど、すぐに咳払いをして、胸を張った。

 

「ふ、ふふ……昨日は昨日、今日は今日。アウトローたるもの、情に流されて仕事を放棄するわけにはいかないのよ」

 

「昨日ラーメン奢ってもらったけどね〜」

 

「ムツキ!」

 

「しかも特盛だったよね〜」

 

「ムツキ!」

 

「社長、声が大きい。威厳より動揺が出てる」

 

「カヨコまで!」

 

 緊張していたはずなのに、空気が一瞬だけ変な方向へ転がりかけた。

 

 でも、誰も笑えなかった。

 

 セリカさんの手が、ぎゅっと銃を握りしめている。

 

「昨日、普通にラーメン食べてたじゃない」

 

 セリカさんの声は低かった。

 

「柴大将にあんなに頭下げて、うちの店で騒いで、散々食べて……それで今日、何? うちを襲いに来たってこと?」

 

「そ、それは……」

 

 アルさんが言葉に詰まる。

 

 ハルカさんが真っ青になって、今にも地面に頭をぶつけそうな勢いで震えた。

 

「す、すみません! 昨日のご恩を忘れたわけではありません! でも社長の命令は絶対で、私は社長のためならたとえ昨日ラーメンをいただいた方々を相手にすることになっても、心を鬼にして、その、えっと、でもやっぱり申し訳なくて、あの、私が全部悪いので私だけを――」

 

「ハルカ、落ち着いて! 話が余計にこじれる!」

 

 アルさんが慌てる。

 

 ムツキさんは笑っていたけれど、昨日より少しだけ目が細い。カヨコさんはため息をついた。

 

「こうなるから、昨日あの店で食べるのはまずいって言ったんだけど」

 

「言った!? 言ったかしら!?」

 

「言った。社長がラーメンに夢中で聞いてなかっただけ」

 

「ぐっ……!」

 

 アヤネさんが端末を握る手に力を入れる。

 

「つまり、あなたたちは昨日の時点で、私たちがアビドスだと分かっていて……それでも今日、ここへ来たんですね」

 

 アヤネさんの声は丁寧だった。

 

 だからこそ、怒っているのが分かった。

 

 怒鳴るよりも、ずっと痛い声だった。

 

 アルさんは少しだけ目を伏せた。

 

 でもすぐに、無理やり顔を上げる。

 

「ええ、そうよ。これが仕事だから。私たちは……その、依頼を受けた以上、最後までやり遂げる。それが、私の――」

 

「その依頼って、誰から?」

 

 シロコさんが言った。

 

 短い声。

 

 昨日のラーメンの時とは違う。砂漠で初めて会った時よりも、もっと静かで、もっと冷たい声だった。

 

 アルさんの言葉が止まる。

 

 カヨコさんが一歩前へ出た。

 

「それは言えない。こっちにも事情があるから」

 

「うちにも事情はあるわよ」

 

 セリカさんが噛みつく。

 

「学校を守る事情があるの。借金だって、襲撃だって、物資不足だって、こっちはずっと抱えてる。それに昨日、あんたたちだって見たでしょ。柴関ラーメンで、アビドスの話を少しは聞いたでしょ。それでも来るんだ?」

 

「……来るしかない時もある」

 

 カヨコさんの声は低かった。

 

 言い訳には聞こえなかった。

 

 でも、謝罪にも聞こえなかった。

 

 その中途半端さが、余計につらかった。

 

 先生は、まだ銃を構えていなかった。シッテムの箱を片手に、便利屋の四人とアビドスのみんなを静かに見ている。大人の目。昨日と同じ、でも昨日よりずっと重い目だった。

 

「アル」

 

 先生が言った。

 

「本当に、戦うしかないの?」

 

 アルさんの肩が、ほんの少しだけ揺れた。

 

 呼び捨てにされたからではないと思う。先生の声が、責めるより先に問いかけたからだ。

 

「……先生」

 

 アルさんは唇を噛んだ。

 

 その顔は悪党の顔ではなかった。昨日、特盛ラーメンを前に財布を見て青ざめていた人の顔に近かった。格好つけたいのに、格好つけきれない人の顔。

 

 でも、次の瞬間、アルさんは銃を構え直した。

 

「私は、便利屋の社長よ。受けた仕事を投げ出すような真似はできない。たとえ相手が、昨日ラーメンを一緒に食べた相手でも……ここで引いたら、私の信じるアウトローではなくなる」

 

「社長……」

 

 ハルカさんが、泣きそうな顔でアルさんを見る。

 

 ムツキさんは少し楽しそうに、でも何かを見極めるように笑っていた。

 

 カヨコさんは小さく息を吐く。

 

「決まりだね」

 

 風が吹いた。

 

 砂が校門の前を流れていく。

 

 昨日の湯気は、もうどこにもない。

 

「セリカ、前に出すぎないで」

 

 先生の声が切り替わった。

 

「シロコは左の射線を抑えて。ノノミは校舎側へ近づけさせないように。アヤネ、敵の位置と味方の動きを共有して」

 

「はい!」

 

 アヤネさんの返事が響く。

 

 その声で、私の体も動いた。

 

 怖い。

 

 胸の奥はまだ揺れている。

 

 昨日の人たちだ。昨日、同じ店にいた。ハルカさんは柴大将に頭を下げていた。アルさんは「おいしい」とこぼしていた。ムツキさんは笑っていて、カヨコさんは先生を見て「大変だね」と言った。

 

 でも、今は違う。

 

 今、守るべきなのはアビドスだ。

 

 セリカさんが戻る場所。シロコさんの射線。ノノミさんが守る範囲。アヤネさんが情報を繋ぐ位置。ホシノ先輩が本気を隠して立つ場所。

 

 私は便利屋さんたちを助けに来たんじゃない。

 

 先生と一緒に、アビドスを支えるためにここにいる。

 

 迷ってはいけない。

 

 迷った一拍で、誰かが怪我をするかもしれないから。

 

「レナさん!」

 

 アヤネさんの声が飛ぶ。

 

「玄関横の救護地点、使えます。旧視聴覚室の物資も配置済みです!」

 

「分かりました。私は玄関横を基点にします。セリカさんが右から戻る場合は、砂が深いので少し手前で声をかけます。シロコさんが左へ抜けるなら、視界を切る煙幕は風下へ投げます」

 

「了解です。先生、救護導線共有します!」

 

 アヤネさんの端末に、私が前に引いた線が映っている。

 

 その線が、今、本当に使われようとしている。

 

 嬉しいと思う余裕はなかった。

 

 ただ、間に合ってよかったと思った。

 

「レナ」

 

 シロコさんがこちらを見る。

 

「前に出すぎないで。必要なら呼ぶ」

 

「はい。シロコさんも、一人で深く追わないでください」

 

「ん」

 

 短い返事。

 

 でも、ちゃんと聞こえた。

 

 戦闘が始まった。

 

 最初に動いたのはムツキさんだった。

 

「じゃ、いっくよ〜!」

 

 笑い声と一緒に、小さな爆発音が砂を跳ねさせる。派手だけど、狙いは雑ではない。こちらの足を止める場所、動きたくなる方向、その少し先に落ちてくる。楽しそうなのに、ちゃんと危ない。

 

「何なのよあの子、笑いながら撃ってくるんだけど!」

 

 セリカさんが右へ走りながら叫ぶ。

 

「セリカちゃん、右前方にもう一つ来ます!」

 

 アヤネさんの声。

 

「分かってる!」

 

 セリカさんが砂を蹴って避ける。昨日まで直していたバリケードの前で、彼女は一瞬だけ足を止めた。そこを越えさせない。そう決めている背中だった。

 

 アルさんが銃を構える。

 

「ふふ、対策委員会……あなたたちの意地、見せてもらうわ!」

 

 声は格好いい。

 

 でも、撃つ直前に少しだけためらった。

 

 ほんの一拍。

 

 それをシロコさんは見逃さない。

 

「遅い」

 

 短い銃声。

 

 アルさんが慌てて身を引く。

 

「ちょ、ちょっと! 今のは演出の間よ!」

 

「社長、戦闘中に演出いらない」

 

 カヨコさんが横から冷静に撃つ。

 

 カヨコさんの動きは、他の三人と違って見えた。派手ではない。けれど、こちらが嫌がる場所をちゃんと狙ってくる。先生がすぐに指示を出す。

 

「ノノミ、校舎側を広く抑えて。カヨコの射線を切るわ」

 

「はいは〜い。皆さん、校舎には近づかないでくださいね〜」

 

 ノノミさんの声は柔らかい。

 

 でも、火力は柔らかくない。

 

 便利屋側の動きが少し止まる。

 

 ハルカさんが悲鳴のような声を上げた。

 

「社長! 私が道を開きます! 全部吹き飛ばせば、きっと道は開けます!」

 

「吹き飛ばさない! ハルカ、目標は学校の制圧であって、学校そのものを消すことではないわ!」

 

「す、すみません! 危うく任務を根本から破壊するところでした!」

 

「本当に危ないからやめて!」

 

 セリカさんが叫ぶ。

 

「昨日から思ってたけど、あの子、発想が怖すぎる!」

 

「でも、悪い子じゃなさそうです」

 

 思わず言ってしまってから、すぐに口を閉じた。

 

 今それを言う場面ではない。

 

 セリカさんが一瞬だけこちらを見る。

 

「分かってるわよ!」

 

 怒鳴られた。

 

 でも、その声は私を責める声ではなかった。

 

「分かってるけど、今は敵なの! そこ間違えたら、こっちが怪我するでしょ!」

 

「はい!」

 

 そうだ。

 

 分かっている。

 

 悪い子に見えない。

 

 でも、今は敵。

 

 だから止める。

 

 傷つけたいからではない。通さないために止める。アビドスの誰かが怪我をしないように、私は私の場所を見る。

 

 救護は、迷わないための線でもある。

 

 私は玄関横へ下がり、バッグを開いた。手袋。包帯。消毒液。水。発煙弾。昨日確認した順番通りに並べる。指先が少し震えていた。便利屋さんたちの声が聞こえるたび、柴関ラーメンの湯気が頭をよぎる。

 

 でも、手順は崩さない。

 

 ミネ先輩が何度も叩き込んでくれたから。

 

「セリカさん、右足元、砂が深いです!」

 

「見えてる!」

 

「その先、戻るなら手前で左へ!」

 

「分かってるってば!」

 

 セリカさんは怒鳴りながらも、私の言った通り手前で左へ切った。ムツキさんの爆発が、さっきセリカさんが進もうとしていた場所を弾く。

 

「うわ、そっち見てたんだ〜」

 

 ムツキさんが楽しそうに言う。

 

「救護騎士団ちゃん、意外と厄介かも」

 

 厄介。

 

 その言葉に、少しだけ胸が鳴った。

 

 怖いのに、変なところで嬉しくなる。役に立てている。邪魔ではなく、ただの保護対象でもなく、アビドス側の動きの中に入れている。

 

「レナちゃん」

 

 ノノミさんの声がした。

 

 振り向くと、ノノミさんがこちらを見ていた。

 

 笑っている。

 

 でも、目は真剣だった。

 

「少し下がってくださいね。そこ、次に狙われるかもしれません」

 

「はい」

 

 ノノミさんの声は優しい。

 

 でも、いつもより少しだけ強い。

 

 私を包むように見えて、そのまま後ろへ押し戻す声だった。守られている。ありがたい。でも、その優しさが少しだけ重くなり始めているのを感じた。

 

 シロコさんが左へ抜ける。

 

 カヨコさんがそれに合わせて射線を変える。

 

 先生の指示が飛ぶ。

 

「シロコ、追いすぎないで。カヨコは誘っているわ」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

「……分かってる」

 

 少しだけ間があった。

 

 先生はそこを聞き逃さなかった。

 

「レナ、左側に煙幕準備」

 

「はい!」

 

 私は風を見る。

 

 昨日より横に流れる。投げるなら、シロコさんとカヨコさんの間ではなく、少し手前。視界を切る。でも、シロコさんの退路は塞がない。

 

「シロコさん、三歩下がってください!」

 

「ん」

 

 シロコさんが下がる。

 

 私は発煙弾を投げた。

 

 白い煙が砂の上を滑る。カヨコさんの射線が一瞬切れる。シロコさんはその隙に位置を変えた。

 

 カヨコさんが、煙の向こうで小さく笑った気がした。

 

「厄介なのが増えたね」

 

 その声は聞こえたかどうか分からないくらい小さかった。

 

 でも、たぶん言った。

 

 戦闘は、想像より長引いた。

 

 便利屋68は、昨日の騒がしさからは想像できないくらいちゃんと強かった。アルさんは格好つけて崩れるけれど、社長として前に立とうとする。ムツキさんは楽しそうに場を荒らす。カヨコさんは冷静に嫌な場所を突く。ハルカさんは危なっかしいけれど、一度勢いがつくと止めにくい。

 

 でも、アビドスも引かなかった。

 

 シロコさんが道を塞ぎ、セリカさんが右側を守る。ノノミさんが校舎側を抑え、アヤネさんが全員の位置を繋ぐ。先生が指揮をする。ホシノ先輩は、いつもの眠そうな顔のまま、一番危ない場所にいた。

 

 ホシノ先輩だけ、少し違って見えた。

 

 力を出しすぎていない。

 

 でも、抜いているわけでもない。

 

 便利屋側が校舎へ近づきそうになるたび、気づけばそこにいる。軽く笑って、軽く止める。その軽さが、逆に怖い。アルさんも途中でそれに気づいたのか、ホシノ先輩を見る目が変わった。

 

「……あの人、何なの?」

 

 アルさんの声に、カヨコさんが低く答える。

 

「たぶん、一番まずい相手」

 

「うへぇ」

 

 ホシノ先輩が聞こえていたのか、眠そうに笑った。

 

「おじさん、そんな怖くないよ〜。若い子たちの元気についていくのがやっとだからねぇ」

 

「絶対嘘でしょ!」

 

 セリカさんが味方なのに突っ込んだ。

 

 ほんの一瞬、空気が変なふうに緩む。

 

 でも、すぐにムツキさんの爆発音が戻した。

 

 最後に均衡を崩したのは、先生の指示だった。

 

「ノノミ、正面を抑えて。シロコは左から回り込む。セリカ、アルを正面に釘付けにして。レナ、セリカの戻り道を空けて」

 

「はい!」

 

 セリカさんがアルさんへ向かう。

 

「昨日のラーメン代、まだ払ってないんじゃないの!?」

 

「そ、それは店主の厚意で――」

 

「厚意もらった次の日に学校襲うのがアウトローなわけ!?」

 

「ぐっ……! それは、その、非常に……複雑な事情が!」

 

「複雑なら帰れ!」

 

「帰れないから来てるのよ!」

 

 言い合いながら撃ち合っている。

 

 もう何が何だか分からない。

 

 でも、その言葉の一つ一つが痛かった。

 

 帰れないから来ている。

 

 それは、アルさんの本音に聞こえた。

 

 便利屋68も、何かに追われている。依頼。お金。社長としての意地。アウトローであろうとする姿。そういうものに背中を押されて、ここに来てしまった。

 

 でも、それでも。

 

 アビドスを傷つけていい理由にはならない。

 

 シロコさんが左から回り込み、アルさんの退路を塞いだ。

 

 ノノミさんの火力が正面を押さえる。

 

 カヨコさんが舌打ちする。

 

「社長、引くよ。これ以上は割に合わない」

 

「ま、まだよ! ここで引いたら――」

 

「社長」

 

 カヨコさんの声が低くなる。

 

「依頼は失敗じゃなくても、全滅したら終わり。判断して」

 

 アルさんは唇を噛んだ。

 

 目が揺れている。

 

 昨日のラーメン屋で見た、格好つけきれない顔。

 

 けれど、次の瞬間、アルさんは大きくマントを払うように腕を動かした。

 

「……ふ、ふふ。今日のところはここまでにしてあげるわ! アビドス対策委員会、そして先生! 次に会う時まで、その意地を磨いておきなさい!」

 

「負け惜しみじゃない!」

 

 セリカさんが叫ぶ。

 

「戦略的撤退よ!」

 

「同じでしょ!」

 

「違うわ!」

 

 ムツキさんがけらけら笑い、ハルカさんが何度も頭を下げながら後退する。

 

「す、すみません! 次はもっと上手く襲撃します!」

 

「次がある前提で謝るな!」

 

 セリカさんが怒鳴る。

 

 カヨコさんは最後に、先生とレナを一度だけ見た。

 

 その目は、昨日と同じようで違った。

 

「……面倒なことになったね」

 

 誰に言ったのか分からない。

 

 便利屋68は、砂の向こうへ退いていった。

 

 銃声が止まる。

 

 爆発音も、足音も、少しずつ遠ざかる。

 

 残ったのは、風と砂と、荒くなった呼吸だけだった。

 

「全員、怪我は?」

 

 先生の声で、私は我に返った。

 

「確認します!」

 

 すぐに動く。

 

 セリカさんの足元。擦り傷はない。砂は入っている。右足首、少し負担。ノノミさんの肩、問題なし。シロコさんの腕、軽い擦過。アヤネさんは後方だったけれど、緊張で手が冷えている。ホシノ先輩は――

 

「おじさんは大丈夫だよ〜」

 

「確認します」

 

「うへぇ、逃げられないねぇ」

 

「逃がしません」

 

 言ってから、自分でも少し驚いた。

 

 ホシノ先輩が目を細める。

 

「レナちゃん、強くなったねぇ」

 

「ミネ先輩に怒られるので」

 

「そっかぁ」

 

 ホシノ先輩は笑った。

 

 でも、その笑顔は少し遠い。

 

 便利屋68が来たこと。

 

 その裏に誰かがいるかもしれないこと。

 

 ホシノ先輩は、やっぱり何かを知っているのかもしれない。

 

 でも今は、聞けなかった。

 

 セリカさんが校門の外を睨んでいる。

 

「……何なのよ」

 

 声が、小さかった。

 

「昨日、あんな普通に食べてたじゃない。変な人たちだと思ったけど、別に……別に、嫌いじゃなかったのに」

 

 最後の言葉は、ほとんど砂に混ざった。

 

 私はすぐには声をかけられなかった。

 

 セリカさんの怒りは、まだ形になっていない。悔しさなのか、裏切られた感じなのか、昨日笑ってしまった自分への苛立ちなのか、たぶん全部混ざっている。

 

 だから、隣に立つだけにした。

 

 少し離れて。

 

 でも、離れすぎない場所に。

 

「セリカさん」

 

「何」

 

「戻る場所は、守れました」

 

 セリカさんがこちらを見る。

 

「……そうね」

 

 短い返事。

 

 でも、声はさっきより少しだけ落ち着いていた。

 

「次も守るわよ」

 

「はい」

 

「便利屋だか何だか知らないけど、うちを襲うなら敵。そこは間違えない」

 

「はい」

 

「でも……」

 

 セリカさんは口を閉じた。

 

 その先は言わなかった。

 

 でも、少しだけ分かった。でも、昨日ラーメンを食べていた。でも、柴大将に頭を下げていた。

でも、完全に嫌いになるには、変な人たちすぎた。

 

 それを言葉にしたら、きっとセリカさんはもっと怒る。自分に。

 

 だから、私は何も言わなかった。

 

 校門の前には、戦闘の跡が残っている。

 

 砂に残った足跡。弾痕。焦げ跡。煙幕の匂い。昨日までの日常とは違う匂い。

 

 胸の中に、柴関ラーメンの湯気がまだ少しだけ残っていた。

 

 でも、その湯気の向こうに、今日の銃声が重なってしまった。

 

 昨日の客。今日の敵。

 

 その二つは、どちらも本当だった。

 

 だから余計に、苦しかった。

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