戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで 作:Zuzuiikb
アリスがゲーム開発部に来てから、部室の音がひとつ増えた。
ボタンを押す音。
短く、規則正しく、時々迷って、また押される音。昨日までの部室にもゲーム機の音はあった。モモイちゃんが勢いよく操作する音、ミドリちゃんが確認するように押す音、ユズちゃんがロッカーの中で静かに遊んでいる時の、ごく小さな音。けれど、アリスのそれはどれとも違った。初めて触れるものを、壊さないように、意味を確かめるように、ひとつずつ入力していく音だった。
画面の中で、小さなキャラクターが段差の前に立っている。
アリスはじっと画面を見ていた。
「障害物、確認」
「そこはジャンプ!」
モモイちゃんが隣で身を乗り出す。
「このボタン! 押して、ぴょんって!」
「ぴょん」
アリスは繰り返した。
そしてボタンを押す。
少し遅かった。キャラクターは段差にぶつかり、元の位置に戻る。
「失敗」
「大丈夫! もう一回!」
「もう一回」
アリスはまた押した。
今度も失敗した。
ミドリちゃんが少しだけ身を寄せる。
「アリス、ボタンを押すのが少し遅いです。段差に当たってからじゃなくて、当たる前に押してみてください」
「当たる前」
「はい。ここです」
ミドリちゃんが画面の手前を指した。
アリスはその指先を見て、また画面を見る。
「予測入力」
「えっと……まあ、近いです」
「予測入力、実行」
アリスがボタンを押した。
キャラクターが跳んだ。
段差を越えた。
「成功」
「そう! 成功!」
モモイちゃんが自分のことみたいに喜ぶ。
アリスは画面を見つめたまま、少しだけ首を傾げた。
「成功時、モモイの音量が増加」
「音量!?」
「お姉ちゃん、実際かなり大きいよ」
「ミドリまで!?」
モモイちゃんが抗議すると、ユズちゃんが机の端から小さく言った。
「……でも、分かりやすいです」
「ユズ!」
モモイちゃんは嬉しそうに振り向いた。
「今の褒めた!?」
「……たぶん」
「たぶんでも褒めた!」
アリスは三人の会話を聞いていた。
目だけが静かに動く。モモイちゃんの声、ミドリちゃんの説明、ユズちゃんの小さな補足。それらを、ただ音としてではなく、意味のあるものとして並べようとしているように見えた。
私は机の端に座り、救護バッグを足元に置いていた。今日は、あまり口を挟まないと決めていた。アリスにゲームを教えるのは、ゲーム開発部のみんなの役割だ。私は、アリスが疲れていないか、困りすぎていないか、誰かが勢いで端末を落とさないかを見るだけでいい。
今のところ、端末は落ちていない。
先生の頭にも当たっていない。
それだけで大きな進歩だと思う。
「じゃあ次は敵!」
モモイちゃんが画面を指した。
「敵」
アリスが繰り返す。
画面の中で、小さなキャラクターの前に、丸いモンスターのようなものが現れた。
「接近対象」
「敵でいいよ、アリス!」
「敵」
「そう! ぶつかるとダメージ!」
「ダメージ」
「倒すと経験値!」
「お姉ちゃん、このゲームに経験値ないよ」
ミドリちゃんが即座に突っ込む。
「概念! 概念だから!」
「今のアリスに概念だけ先に入れると混乱するよ」
「混乱」
アリスが反応した。
「状態異常ですか」
「ほら」
ミドリちゃんがモモイちゃんを見る。
モモイちゃんは一瞬だけ言葉に詰まり、それから胸を張った。
「そう! 混乱は状態異常! つまりミドリの説明もゲーム的には合ってる!」
「無理やりすぎるよ、お姉ちゃん」
「でも合ってる!」
「合ってる、の定義が広いです」
アリスが言った。
モモイちゃんが固まった。
「アリスに冷静に言われた……!」
ミドリちゃんは口元を押さえて少し笑った。
アリスは、まだ笑わない。けれど、さっきよりほんの少しだけ、反応の角が丸くなっている気がした。言葉をただ保存しているだけではなく、誰がどんなふうに使ったのかまで拾い始めている。モモイちゃんが勢いで言ったこと、ミドリちゃんが修正したこと、ユズちゃんが小さく肯定したこと。それが、アリスの中で別々の色を持ちはじめている。
「アリス、敵はジャンプで避けてもいいし、こっちのボタンで攻撃してもいいです」
ミドリちゃんが説明する。
「回避、または攻撃」
「はい」
「敵性対象、排除」
「そこまで強い言い方じゃなくてもいいかな……」
ミドリちゃんが困った顔をする。
モモイちゃんが横から入った。
「倒す!」
「倒す」
「そう! 敵を倒す!」
アリスはボタンを押した。
画面のキャラクターが攻撃する。敵に当たる。敵が消える。
「敵、消失」
「倒した!」
「倒した」
「そして勝利!」
「勝利」
アリスは短く繰り返した。
モモイちゃんは何かを思いついたように立ち上がりかけたが、私とミドリちゃんに同時に見られて、そっと座り直した。
「……座って盛り上がります」
「えらい」
私が言うと、モモイちゃんが嬉しそうに笑った。
「褒められた!」
「お姉ちゃん、そこで集中切らさない」
「はい!」
アリスはそのやり取りを見ていた。
「モモイは、褒められると出力上昇」
「出力!?」
「間違ってないかも」
ユズちゃんが小さく言った。
「ユズまで!?」
部室に笑いが広がる。
アリスは、その笑いを見ていた。まだ混ざり方は分からないらしい。ただ、誰も怒っていないこと、今の音が危険ではないことは理解しているようだった。手元の端末を見下ろし、少し間を置いてから、またボタンを押す。
「もう一度」
その言葉は、昨日より少し自然だった。
数回のステージを進めた後、モモイちゃんは突然、別のゲームを取り出した。
「じゃあ次はこっち!」
「お姉ちゃん、また急に変える」
「だってアリスにはこれも必要だから!」
「何の必要?」
「勇者!」
その言葉に、アリスが反応した。
「勇者」
モモイちゃんは待ってましたと言わんばかりに、画面を見せる。そこには、剣を持った小さな主人公が映っていた。古いRPGらしく、画面は少し粗い。けれど、キャラクターは堂々と立っていて、背景には城と草原があった。
「この子が勇者!」
「この対象が、勇者」
「そう! 世界を救う主人公!」
「世界を救う」
「困ってる人を助けて、仲間と出会って、強くなって、最後にはすごい敵を倒す!」
「仲間」
アリスの視線が、画面から部室へ移った。
モモイちゃん。
ミドリちゃん。
ユズちゃん。
先生。
それから、私。
「仲間とは、複数対象の協力関係ですか」
「うん! だいたいそう!」
「だいたいじゃなくて、もう少しちゃんと説明してよ、お姉ちゃん」
「えーっと、仲間は……一緒に進む人!」
モモイちゃんが言った。
その説明は、とてもモモイちゃんらしかった。
ミドリちゃんが少し考えてから続ける。
「困った時に助け合う人、でもあります。全部同じことができなくても、それぞれできることを持ち寄って進む、というか」
ユズちゃんが、少し遅れて言った。
「……一人だと怖いところでも、一緒だと少し進める人、だと思います」
アリスは、三人の言葉を順番に受け取っていた。
「一緒に進む。助け合う。怖いところでも進める」
それから、画面の主人公を見る。
「仲間。重要語」
モモイちゃんが嬉しそうに頷いた。
「超重要語!」
「登録します」
アリスは言った。
その言葉はまだ硬い。けれど、昨日よりも少しだけ、言葉を大事に持とうとしている感じがした。ただ保存するのではなく、なくさないように抱えているような響き。
「じゃあ勇者は?」
モモイちゃんが聞く。
アリスは画面を見る。
「勇者。困っている対象を助ける。仲間と進む。強くなる。敵を倒す」
「そう!」
「登録します」
私はその言葉を聞きながら、少しだけ目を伏せた。
困っている人を助ける。
仲間と進む。
強くなる。
敵を倒す。
ゲームの中では、きっとそれは分かりやすい。勇者は剣を持っていて、進むべき道があって、倒すべき敵がいる。でも、現実ではもう少し複雑だ。助けるために止まることもある。倒さないことで守れるものもある。強さがいつも前へ進むこととは限らない。
でも、今はそれを全部言う場面ではない。
アリスは、まだ言葉を覚え始めたばかりだ。
最初に渡される言葉が、明るくていいと思った。
「レナお姉ちゃん」
モモイちゃんが、急にこちらを見た。
「回復アイテム出た!」
「私に報告?」
「だって回復といえばレナお姉ちゃんでしょ!」
「私はアイテムじゃないよ」
「違う違う! 役割の話!」
画面の中では、主人公が小さな瓶を拾っていた。体力を回復する道具らしい。アリスはそれを見つめる。
「回復」
「そう! ダメージを受けた時に使うと元気になる!」
「元気」
「体力が戻るってこと!」
「体力、回復」
アリスは私を見た。
「レナは、回復アイテムではありません」
「うん。違うね」
「レナは、回復担当」
「それも少し違うかな。私は救護係」
「救護係」
「怪我をした時に手当てしたり、倒れないように手伝ったりする人」
「パーティーに必要ですか」
その問いが、思っていたよりまっすぐ届いた。
モモイちゃんが、すぐに言う。
「必要! 絶対必要!」
ミドリちゃんも頷いた。
「回復役がいると安心できます」
ユズちゃんが小さく続ける。
「……いると、戻ってこられる感じがします」
私は少しだけ返事に詰まった。
アリスは私を見ている。
「必要」
短く言った。
「レナは、パーティーに必要」
心臓の奥を、指でそっと押されたような気がした。
大げさに受け取ることではないのかもしれない。アリスは、今覚えた言葉を繋いでいるだけだ。パーティー、必要、救護係。意味の組み合わせとして、そう言っただけかもしれない。
でも、言葉は、覚えたばかりでも届く。
「……ありがとう、アリスちゃん」
「ありがとう」
アリスはその言葉も繰り返した。
「感謝表現。登録済み」
「登録済みなんだ」
「昨日、先生が使用しました」
先生が少し笑った。
「覚えていたのね」
「はい」
アリスは頷いた。
「先生の言葉は、優先保存されています」
モモイちゃんが「おお」と声を上げる。
「先生、重要キャラ認定!」
「ゲームみたいに言わないで」
ミドリちゃんが言う。
先生は困ったように笑っていた。
その後も、アリスはゲームを続けた。
モモイちゃんは、とにかく言葉を渡したがった。敵、味方、宝箱、クエスト、ボス、経験値、レベルアップ。ミドリちゃんは、そのたびに「今の説明だと少し違います」「このゲームではそういうシステムはありません」と修正する。ユズちゃんは時々、操作の感覚だけを小さく補足する。「少し待ってから押すといいです」「怖いところは一回止まっても大丈夫です」「戻っても、失敗ではないです」。その声を聞くたび、アリスはちゃんと目を向けた。
「停止は、失敗ではありません」
アリスが言った。
ユズちゃんが、目を上げる。
「……はい」
「停止後、再進行可能」
「……そう、です」
「ユズは、停止してから進む」
ユズちゃんは少しだけ固まった。
モモイちゃんも、ミドリちゃんも、黙った。
アリスは続ける。
「モモイは、前進」
「うん!」
モモイちゃんがすぐに胸を張る。
「ミドリは、修正」
「えっ」
「ユズは、停止してから前進」
「……」
「先生は、全体指揮」
先生が少し目を丸くする。
「レナは、続行可能化」
「私だけ変じゃない?」
思わず言ってしまった。
モモイちゃんが笑う。
「いや、でも合ってる! レナお姉ちゃん、続行可能化っぽい!」
「ぽいって何かな」
「やられても戻ってこられる感じ!」
「やられる前提にしないでほしいかな」
ミドリちゃんが少し笑った。
「でも、アリスの分類としてはかなり正確かもしれません」
「ミドリちゃんまで」
ユズちゃんが、小さく言う。
「……レナさんがいると、進むのが怖くなくなるというより、止まってもいい気がします」
その言葉は、派手ではなかった。
でも、静かに胸へ入ってきた。
アリスはそれを聞いて、また少しだけ考える。
「止まってもいい。続行可能化に含まれますか」
「うん」
私は頷いた。
「含まれると思う」
「理解しました」
アリスは画面へ向き直る。
「パーティー、機能確認」
モモイちゃんが目を輝かせた。
「今パーティーって言った!」
「言いましたね」
ミドリちゃんも少し嬉しそうだった。
「パーティー」
アリスはもう一度言った。
「複数対象の協力関係。一緒に進む。助け合う。停止しても、再進行可能」
「アリス、それすごくいい!」
モモイちゃんが叫ぶ。
「パーティーってそういうこと!」
「そうなの?」
ミドリちゃんが少し首を傾げる。
「少なくとも、お姉ちゃんの説明よりは整理されてるね」
「ミドリ!?」
ユズちゃんが少しだけ笑った。
アリスは画面を進める。
今度の敵は、少し強かった。主人公は何度も失敗した。落とし穴に落ち、敵にぶつかり、体力が減る。アリスの指が止まる時間も、前より長くなった。
「失敗」
「うん。でももう一回」
モモイちゃんが言う。
「タイミングを変えてみましょう」
ミドリちゃんが言う。
「……焦らなくていいです」
ユズちゃんが言う。
アリスは、三人の言葉を聞いていた。
そして、私の方を見た。
「失敗後、続行可能ですか」
「うん。ここでは、続けられるよ」
「ここでは」
「現実では、全部が同じようにはいかない。でも、ゲームの中なら何度でも試せる。だから、たくさん失敗していいと思う」
「失敗していい」
「うん。たぶん、それもゲームの大事なところ」
アリスは画面に戻った。
「失敗していい。再挑戦。実行します」
ボタンを押す。
ジャンプ。
攻撃。
回避。
もう一度。
また失敗。
もう一度。
今度は、越えた。
敵を倒し、段差を抜け、宝箱を開けた。画面に小さなファンファーレが鳴る。モモイちゃんが立ち上がりかけて、今度は自分で座り直した。
「座って喜ぶ!」
「えらい」
「やったー!」
座ったまま、モモイちゃんが両手を上げる。
ミドリちゃんが笑いながら拍手する。
ユズちゃんも、小さく手を叩いた。
アリスは、画面を見ていた。
ファンファーレが終わる。
少しの沈黙。
それから、アリスは口を開いた。
「レベルアップ」
モモイちゃんの動きが止まった。
ミドリちゃんも、ユズちゃんも、先生も、私も、アリスを見る。
アリスは画面から目を離さずに続けた。
「アリスは、レベルアップしました」
その声は、まだ少し平坦だった。
けれど、昨日の「登録します」とは違っていた。誰かから聞いた言葉を、そのまま保存しただけではない。失敗して、もう一度やって、成功して、その流れの先で自分から選び取った言葉だった。
「アリス……!」
モモイちゃんの声が震える。
「今の、めちゃくちゃよかった!」
「よかった」
アリスが繰り返す。
「アリスは、よかったですか」
「うん! すっごくよかった!」
「すっごく」
「そう! すっごく!」
「すっごく、よかった」
アリスはもう一度画面を見る。
「アリスは、すっごくレベルアップしました」
「かわいい!」
モモイちゃんが耐えきれずに叫んだ。
「お姉ちゃん、声大きい」
「だってかわいいじゃん!」
ミドリちゃんは否定しなかった。
ユズちゃんも、小さく頷いた。
「……かわいいです」
アリスは三人を見る。
「かわいい」
「えっ」
モモイちゃんが固まる。
「かわいいとは、何ですか」
部室に、変な沈黙が落ちた。
モモイちゃんが私を見る。
ミドリちゃんも私を見る。
ユズちゃんまで、少しだけこちらを見た。
「え、私?」
「レナお姉ちゃん、説明得意そう!」
「これは難しいよ、モモイちゃん」
可愛い。
その言葉は、説明しようとすると急に難しくなる。顔の形だけではない。小ささだけでもない。守りたいとも違う。見ていると胸が柔らかくなる感じ。思わず笑ってしまう感じ。相手がそこにいることを、嬉しいと思う感じ。
「可愛い、は……」
私は少し考えた。
「見ていると、嬉しくなったり、優しい気持ちになったりすること、かな。あと、今のアリスちゃんみたいに、覚えた言葉を一生懸命使ってるところを見ると、そう思う人が多いかも」
アリスは私を見た。
「レナは、嬉しいですか」
「うん。嬉しいよ」
「アリスが、言葉を使用したため」
「それもあるけど……アリスちゃんが、自分で使いたい言葉を選んだ気がしたから」
「自分で選ぶ」
「うん」
アリスは少しだけ黙った。
「可愛い。定義、未確定」
「未確定でいいと思う」
「未確定でいい」
アリスは頷く。
「登録保留します」
モモイちゃんが笑った。
「保留なんだ!」
「可愛いは難しいからね」
ミドリちゃんが言う。
「お姉ちゃんみたいに何でも可愛いって言うと、アリスが混乱するし」
「何でもじゃないよ! 可愛いものを可愛いって言ってるだけ!」
「その範囲が広いんだよ」
アリスは二人を見ていた。
「モモイは、可愛い判定範囲が広い」
「えっ、そういう覚え方!?」
「ミドリは、修正範囲が広い」
「私まで?」
「ユズは、発言範囲が狭い」
ユズちゃんが小さく固まった。
アリスは続ける。
「でも、重要語を出します」
ユズちゃんの目が少し揺れた。
「……重要語」
「はい」
アリスは頷いた。
「ユズの言葉は、重要です」
ユズちゃんは、しばらく何も言えなかった。
モモイちゃんも、ミドリちゃんも、今回は茶化さなかった。
ユズちゃんは両手を膝の上で握って、小さく頷いた。
「……ありがとう、アリス」
「ありがとう。感謝表現」
アリスは言った。
「アリスも、ありがとうを返します」
その返し方はまだ不器用だった。
でも、不器用なまま温かかった。
先生はずっと、少し離れたところで見守っていた。口を出しすぎず、けれど必要な時には止められる距離。私はその姿を見て、ああ、と少し思う。先生は、アリスに何かを教える場面を、ゲーム開発部に任せている。正解を先に渡さない。彼女たちが言葉を見つけるのを待っている。
アリスは、また画面へ向かった。
「クエスト、継続します」
モモイちゃんがまた目を輝かせる。
「クエストって言った!」
「お姉ちゃん、さっき教えてたからね」
「でも言った!」
「はいはい」
「ミドリ、もっと感動して!」
「感動はしてるよ。ただ、お姉ちゃんがうるさいだけ」
「ひどい!」
アリスはそのやり取りを聞きながら、ボタンを押した。
今度は少しだけ、押し方に迷いが少なかった。
アリスの中に、言葉が入っていく。
ただ記録されるだけじゃない。モモイちゃんの声の明るさ、ミドリちゃんの丁寧な修正、ユズちゃんの慎重な勇気、先生の待つ静けさ。それらが、ゲームの言葉と一緒に混ざっていく。
この子は、ゲームを覚えている。
でも、それだけではない。
この部室の温度ごと、覚えている。
画面の中で、主人公が次のエリアへ進む。
アリスは少しだけ背筋を伸ばした。
「アリス、パーティーに合流します」
その言葉に、部室の空気がまた止まった。
モモイちゃんが口を開ける。
ミドリちゃんが瞬きをする。
ユズちゃんが、小さく息を吸う。
アリスはまだ、意味を全部分かっていないのかもしれない。けれど、その言葉はちゃんと、この部室に置かれた。
「……うん!」
モモイちゃんが、弾けるように笑った。
「合流完了! アリス、ゲーム開発部パーティーへようこそ!」
「ゲーム開発部パーティー」
アリスが繰り返す。
「登録します」
「そこは登録じゃなくて、よろしく!」
「よろしく」
アリスは言った。
「アリス、よろしくお願いします」
ミドリちゃんが静かに笑う。
「こちらこそ、よろしくお願いします。アリス」
ユズちゃんも、小さく言った。
「……よろしく、アリス」
先生が頷く。
「よろしく、アリス」
アリスの視線が、最後に私へ向いた。
「レナ」
「うん」
「アリスは、レベルアップ中です」
私は笑った。
「うん。見てたよ」
「レナも、パーティーですか」
少しだけ、胸が詰まった。
私はゲーム開発部の部員ではない。トリニティの救護騎士団員で、先生の同行者で、外部協力者だ。だから、厳密には違うのかもしれない。
けれど、アリスが今覚えたばかりの「パーティー」は、部員名簿のことではない。
一緒に進む。
助け合う。
停止しても、再進行できる。
そういう意味なら。
「今日は、パーティーかもしれないね」
私が言うと、アリスは頷いた。
「今日、レナはパーティー」
「今日だけ?」
「明日、再判定します」
「そっか」
少し笑ってしまった。
モモイちゃんがすぐに叫ぶ。
「明日もパーティーでしょ!」
「お姉ちゃん、アリスの判定基準がまだ育ってないから」
「じゃあ育てる!」
「そういうところは頼もしいね」
部室に、また笑いが戻った。
廃部問題はまだ残っている。
ミレニアムプライズに出すゲームは、まだ完成していない。
G.BIBLEも見つかっていない。
でも、ゲーム開発部は四人になった。
そしてアリスは、今日、いくつかの言葉を覚えた。
勇者。
仲間。
パーティー。
レベルアップ。
可愛いは、登録保留。
そのどれもが、まだ少し不完全で、少しずれていて、でも確かにアリスの中で動き始めている。
画面の中で、主人公が次の扉の前に立つ。
アリスはボタンに指を置いた。
「クエスト、継続」
そう言って、扉を開けた。
まぁ、ミレニアム編も当たり前ですけど、レナの例の動画を見せようと思うんですけど、ゲーム開発部にだけ見せるかどうか迷ってます。さすがに人を選ぶ描写になると思うんで、自分が見たい方にアンケートしてください。
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見せる
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見せない