戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで   作:Zuzuiikb

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7話 勇者はまだチュートリアル中

 

 アリスがゲーム開発部に来てから、部室の音がひとつ増えた。

 

 ボタンを押す音。

 

 短く、規則正しく、時々迷って、また押される音。昨日までの部室にもゲーム機の音はあった。モモイちゃんが勢いよく操作する音、ミドリちゃんが確認するように押す音、ユズちゃんがロッカーの中で静かに遊んでいる時の、ごく小さな音。けれど、アリスのそれはどれとも違った。初めて触れるものを、壊さないように、意味を確かめるように、ひとつずつ入力していく音だった。

 

 画面の中で、小さなキャラクターが段差の前に立っている。

 

 アリスはじっと画面を見ていた。

 

「障害物、確認」

 

「そこはジャンプ!」

 

 モモイちゃんが隣で身を乗り出す。

 

「このボタン! 押して、ぴょんって!」

 

「ぴょん」

 

 アリスは繰り返した。

 

 そしてボタンを押す。

 

 少し遅かった。キャラクターは段差にぶつかり、元の位置に戻る。

 

「失敗」

 

「大丈夫! もう一回!」

 

「もう一回」

 

 アリスはまた押した。

 

 今度も失敗した。

 

 ミドリちゃんが少しだけ身を寄せる。

 

「アリス、ボタンを押すのが少し遅いです。段差に当たってからじゃなくて、当たる前に押してみてください」

 

「当たる前」

 

「はい。ここです」

 

 ミドリちゃんが画面の手前を指した。

 

 アリスはその指先を見て、また画面を見る。

 

「予測入力」

 

「えっと……まあ、近いです」

 

「予測入力、実行」

 

 アリスがボタンを押した。

 

 キャラクターが跳んだ。

 

 段差を越えた。

 

「成功」

 

「そう! 成功!」

 

 モモイちゃんが自分のことみたいに喜ぶ。

 

 アリスは画面を見つめたまま、少しだけ首を傾げた。

 

「成功時、モモイの音量が増加」

 

「音量!?」

 

「お姉ちゃん、実際かなり大きいよ」

 

「ミドリまで!?」

 

 モモイちゃんが抗議すると、ユズちゃんが机の端から小さく言った。

 

「……でも、分かりやすいです」

 

「ユズ!」

 

 モモイちゃんは嬉しそうに振り向いた。

 

「今の褒めた!?」

 

「……たぶん」

 

「たぶんでも褒めた!」

 

 アリスは三人の会話を聞いていた。

 

 目だけが静かに動く。モモイちゃんの声、ミドリちゃんの説明、ユズちゃんの小さな補足。それらを、ただ音としてではなく、意味のあるものとして並べようとしているように見えた。

 

 私は机の端に座り、救護バッグを足元に置いていた。今日は、あまり口を挟まないと決めていた。アリスにゲームを教えるのは、ゲーム開発部のみんなの役割だ。私は、アリスが疲れていないか、困りすぎていないか、誰かが勢いで端末を落とさないかを見るだけでいい。

 

 今のところ、端末は落ちていない。

 

 先生の頭にも当たっていない。

 

 それだけで大きな進歩だと思う。

 

「じゃあ次は敵!」

 

 モモイちゃんが画面を指した。

 

「敵」

 

 アリスが繰り返す。

 

 画面の中で、小さなキャラクターの前に、丸いモンスターのようなものが現れた。

 

「接近対象」

 

「敵でいいよ、アリス!」

 

「敵」

 

「そう! ぶつかるとダメージ!」

 

「ダメージ」

 

「倒すと経験値!」

 

「お姉ちゃん、このゲームに経験値ないよ」

 

 ミドリちゃんが即座に突っ込む。

 

「概念! 概念だから!」

 

「今のアリスに概念だけ先に入れると混乱するよ」

 

「混乱」

 

 アリスが反応した。

 

「状態異常ですか」

 

「ほら」

 

 ミドリちゃんがモモイちゃんを見る。

 

 モモイちゃんは一瞬だけ言葉に詰まり、それから胸を張った。

 

「そう! 混乱は状態異常! つまりミドリの説明もゲーム的には合ってる!」

 

「無理やりすぎるよ、お姉ちゃん」

 

「でも合ってる!」

 

「合ってる、の定義が広いです」

 

 アリスが言った。

 

 モモイちゃんが固まった。

 

「アリスに冷静に言われた……!」

 

 ミドリちゃんは口元を押さえて少し笑った。

 

 アリスは、まだ笑わない。けれど、さっきよりほんの少しだけ、反応の角が丸くなっている気がした。言葉をただ保存しているだけではなく、誰がどんなふうに使ったのかまで拾い始めている。モモイちゃんが勢いで言ったこと、ミドリちゃんが修正したこと、ユズちゃんが小さく肯定したこと。それが、アリスの中で別々の色を持ちはじめている。

 

「アリス、敵はジャンプで避けてもいいし、こっちのボタンで攻撃してもいいです」

 

 ミドリちゃんが説明する。

 

「回避、または攻撃」

 

「はい」

 

「敵性対象、排除」

 

「そこまで強い言い方じゃなくてもいいかな……」

 

 ミドリちゃんが困った顔をする。

 

 モモイちゃんが横から入った。

 

「倒す!」

 

「倒す」

 

「そう! 敵を倒す!」

 

 アリスはボタンを押した。

 

 画面のキャラクターが攻撃する。敵に当たる。敵が消える。

 

「敵、消失」

 

「倒した!」

 

「倒した」

 

「そして勝利!」

 

「勝利」

 

 アリスは短く繰り返した。

 

 モモイちゃんは何かを思いついたように立ち上がりかけたが、私とミドリちゃんに同時に見られて、そっと座り直した。

 

「……座って盛り上がります」

 

「えらい」

 

 私が言うと、モモイちゃんが嬉しそうに笑った。

 

「褒められた!」

 

「お姉ちゃん、そこで集中切らさない」

 

「はい!」

 

 アリスはそのやり取りを見ていた。

 

「モモイは、褒められると出力上昇」

 

「出力!?」

 

「間違ってないかも」

 

 ユズちゃんが小さく言った。

 

「ユズまで!?」

 

 部室に笑いが広がる。

 

 アリスは、その笑いを見ていた。まだ混ざり方は分からないらしい。ただ、誰も怒っていないこと、今の音が危険ではないことは理解しているようだった。手元の端末を見下ろし、少し間を置いてから、またボタンを押す。

 

「もう一度」

 

 その言葉は、昨日より少し自然だった。

 

 数回のステージを進めた後、モモイちゃんは突然、別のゲームを取り出した。

 

「じゃあ次はこっち!」

 

「お姉ちゃん、また急に変える」

 

「だってアリスにはこれも必要だから!」

 

「何の必要?」

 

「勇者!」

 

 その言葉に、アリスが反応した。

 

「勇者」

 

 モモイちゃんは待ってましたと言わんばかりに、画面を見せる。そこには、剣を持った小さな主人公が映っていた。古いRPGらしく、画面は少し粗い。けれど、キャラクターは堂々と立っていて、背景には城と草原があった。

 

「この子が勇者!」

 

「この対象が、勇者」

 

「そう! 世界を救う主人公!」

 

「世界を救う」

 

「困ってる人を助けて、仲間と出会って、強くなって、最後にはすごい敵を倒す!」

 

「仲間」

 

 アリスの視線が、画面から部室へ移った。

 

 モモイちゃん。

 

 ミドリちゃん。

 

 ユズちゃん。

 

 先生。

 

 それから、私。

 

「仲間とは、複数対象の協力関係ですか」

 

「うん! だいたいそう!」

 

「だいたいじゃなくて、もう少しちゃんと説明してよ、お姉ちゃん」

 

「えーっと、仲間は……一緒に進む人!」

 

 モモイちゃんが言った。

 

 その説明は、とてもモモイちゃんらしかった。

 

 ミドリちゃんが少し考えてから続ける。

 

「困った時に助け合う人、でもあります。全部同じことができなくても、それぞれできることを持ち寄って進む、というか」

 

 ユズちゃんが、少し遅れて言った。

 

「……一人だと怖いところでも、一緒だと少し進める人、だと思います」

 

 アリスは、三人の言葉を順番に受け取っていた。

 

「一緒に進む。助け合う。怖いところでも進める」

 

 それから、画面の主人公を見る。

 

「仲間。重要語」

 

 モモイちゃんが嬉しそうに頷いた。

 

「超重要語!」

 

「登録します」

 

 アリスは言った。

 

 その言葉はまだ硬い。けれど、昨日よりも少しだけ、言葉を大事に持とうとしている感じがした。ただ保存するのではなく、なくさないように抱えているような響き。

 

「じゃあ勇者は?」

 

 モモイちゃんが聞く。

 

 アリスは画面を見る。

 

「勇者。困っている対象を助ける。仲間と進む。強くなる。敵を倒す」

 

「そう!」

 

「登録します」

 

 私はその言葉を聞きながら、少しだけ目を伏せた。

 

 困っている人を助ける。

 

 仲間と進む。

 

 強くなる。

 

 敵を倒す。

 

 ゲームの中では、きっとそれは分かりやすい。勇者は剣を持っていて、進むべき道があって、倒すべき敵がいる。でも、現実ではもう少し複雑だ。助けるために止まることもある。倒さないことで守れるものもある。強さがいつも前へ進むこととは限らない。

 

 でも、今はそれを全部言う場面ではない。

 

 アリスは、まだ言葉を覚え始めたばかりだ。

 

 最初に渡される言葉が、明るくていいと思った。

 

「レナお姉ちゃん」

 

 モモイちゃんが、急にこちらを見た。

 

「回復アイテム出た!」

 

「私に報告?」

 

「だって回復といえばレナお姉ちゃんでしょ!」

 

「私はアイテムじゃないよ」

 

「違う違う! 役割の話!」

 

 画面の中では、主人公が小さな瓶を拾っていた。体力を回復する道具らしい。アリスはそれを見つめる。

 

「回復」

 

「そう! ダメージを受けた時に使うと元気になる!」

 

「元気」

 

「体力が戻るってこと!」

 

「体力、回復」

 

 アリスは私を見た。

 

「レナは、回復アイテムではありません」

 

「うん。違うね」

 

「レナは、回復担当」

 

「それも少し違うかな。私は救護係」

 

「救護係」

 

「怪我をした時に手当てしたり、倒れないように手伝ったりする人」

 

「パーティーに必要ですか」

 

 その問いが、思っていたよりまっすぐ届いた。

 

 モモイちゃんが、すぐに言う。

 

「必要! 絶対必要!」

 

 ミドリちゃんも頷いた。

 

「回復役がいると安心できます」

 

 ユズちゃんが小さく続ける。

 

「……いると、戻ってこられる感じがします」

 

 私は少しだけ返事に詰まった。

 

 アリスは私を見ている。

 

「必要」

 

 短く言った。

 

「レナは、パーティーに必要」

 

 心臓の奥を、指でそっと押されたような気がした。

 

 大げさに受け取ることではないのかもしれない。アリスは、今覚えた言葉を繋いでいるだけだ。パーティー、必要、救護係。意味の組み合わせとして、そう言っただけかもしれない。

 

 でも、言葉は、覚えたばかりでも届く。

 

「……ありがとう、アリスちゃん」

 

「ありがとう」

 

 アリスはその言葉も繰り返した。

 

「感謝表現。登録済み」

 

「登録済みなんだ」

 

「昨日、先生が使用しました」

 

 先生が少し笑った。

 

「覚えていたのね」

 

「はい」

 

 アリスは頷いた。

 

「先生の言葉は、優先保存されています」

 

 モモイちゃんが「おお」と声を上げる。

 

「先生、重要キャラ認定!」

 

「ゲームみたいに言わないで」

 

 ミドリちゃんが言う。

 

 先生は困ったように笑っていた。

 

 その後も、アリスはゲームを続けた。

 

 モモイちゃんは、とにかく言葉を渡したがった。敵、味方、宝箱、クエスト、ボス、経験値、レベルアップ。ミドリちゃんは、そのたびに「今の説明だと少し違います」「このゲームではそういうシステムはありません」と修正する。ユズちゃんは時々、操作の感覚だけを小さく補足する。「少し待ってから押すといいです」「怖いところは一回止まっても大丈夫です」「戻っても、失敗ではないです」。その声を聞くたび、アリスはちゃんと目を向けた。

 

「停止は、失敗ではありません」

 

 アリスが言った。

 

 ユズちゃんが、目を上げる。

 

「……はい」

 

「停止後、再進行可能」

 

「……そう、です」

 

「ユズは、停止してから進む」

 

 ユズちゃんは少しだけ固まった。

 

 モモイちゃんも、ミドリちゃんも、黙った。

 

 アリスは続ける。

 

「モモイは、前進」

 

「うん!」

 

 モモイちゃんがすぐに胸を張る。

 

「ミドリは、修正」

 

「えっ」

 

「ユズは、停止してから前進」

 

「……」

 

「先生は、全体指揮」

 

 先生が少し目を丸くする。

 

「レナは、続行可能化」

 

「私だけ変じゃない?」

 

 思わず言ってしまった。

 

 モモイちゃんが笑う。

 

「いや、でも合ってる! レナお姉ちゃん、続行可能化っぽい!」

 

「ぽいって何かな」

 

「やられても戻ってこられる感じ!」

 

「やられる前提にしないでほしいかな」

 

 ミドリちゃんが少し笑った。

 

「でも、アリスの分類としてはかなり正確かもしれません」

 

「ミドリちゃんまで」

 

 ユズちゃんが、小さく言う。

 

「……レナさんがいると、進むのが怖くなくなるというより、止まってもいい気がします」

 

 その言葉は、派手ではなかった。

 

 でも、静かに胸へ入ってきた。

 

 アリスはそれを聞いて、また少しだけ考える。

 

「止まってもいい。続行可能化に含まれますか」

 

「うん」

 

 私は頷いた。

 

「含まれると思う」

 

「理解しました」

 

 アリスは画面へ向き直る。

 

「パーティー、機能確認」

 

 モモイちゃんが目を輝かせた。

 

「今パーティーって言った!」

 

「言いましたね」

 

 ミドリちゃんも少し嬉しそうだった。

 

「パーティー」

 

 アリスはもう一度言った。

 

「複数対象の協力関係。一緒に進む。助け合う。停止しても、再進行可能」

 

「アリス、それすごくいい!」

 

 モモイちゃんが叫ぶ。

 

「パーティーってそういうこと!」

 

「そうなの?」

 

 ミドリちゃんが少し首を傾げる。

 

「少なくとも、お姉ちゃんの説明よりは整理されてるね」

 

「ミドリ!?」

 

 ユズちゃんが少しだけ笑った。

 

 アリスは画面を進める。

 

 今度の敵は、少し強かった。主人公は何度も失敗した。落とし穴に落ち、敵にぶつかり、体力が減る。アリスの指が止まる時間も、前より長くなった。

 

「失敗」

 

「うん。でももう一回」

 

 モモイちゃんが言う。

 

「タイミングを変えてみましょう」

 

 ミドリちゃんが言う。

 

「……焦らなくていいです」

 

 ユズちゃんが言う。

 

 アリスは、三人の言葉を聞いていた。

 

 そして、私の方を見た。

 

「失敗後、続行可能ですか」

 

「うん。ここでは、続けられるよ」

 

「ここでは」

 

「現実では、全部が同じようにはいかない。でも、ゲームの中なら何度でも試せる。だから、たくさん失敗していいと思う」

 

「失敗していい」

 

「うん。たぶん、それもゲームの大事なところ」

 

 アリスは画面に戻った。

 

「失敗していい。再挑戦。実行します」

 

 ボタンを押す。

 

 ジャンプ。

 

 攻撃。

 

 回避。

 

 もう一度。

 

 また失敗。

 

 もう一度。

 

 今度は、越えた。

 

 敵を倒し、段差を抜け、宝箱を開けた。画面に小さなファンファーレが鳴る。モモイちゃんが立ち上がりかけて、今度は自分で座り直した。

 

「座って喜ぶ!」

 

「えらい」

 

「やったー!」

 

 座ったまま、モモイちゃんが両手を上げる。

 

 ミドリちゃんが笑いながら拍手する。

 

 ユズちゃんも、小さく手を叩いた。

 

 アリスは、画面を見ていた。

 

 ファンファーレが終わる。

 

 少しの沈黙。

 

 それから、アリスは口を開いた。

 

「レベルアップ」

 

 モモイちゃんの動きが止まった。

 

 ミドリちゃんも、ユズちゃんも、先生も、私も、アリスを見る。

 

 アリスは画面から目を離さずに続けた。

 

「アリスは、レベルアップしました」

 

 その声は、まだ少し平坦だった。

 

 けれど、昨日の「登録します」とは違っていた。誰かから聞いた言葉を、そのまま保存しただけではない。失敗して、もう一度やって、成功して、その流れの先で自分から選び取った言葉だった。

 

「アリス……!」

 

 モモイちゃんの声が震える。

 

「今の、めちゃくちゃよかった!」

 

「よかった」

 

 アリスが繰り返す。

 

「アリスは、よかったですか」

 

「うん! すっごくよかった!」

 

「すっごく」

 

「そう! すっごく!」

 

「すっごく、よかった」

 

 アリスはもう一度画面を見る。

 

「アリスは、すっごくレベルアップしました」

 

「かわいい!」

 

 モモイちゃんが耐えきれずに叫んだ。

 

「お姉ちゃん、声大きい」

 

「だってかわいいじゃん!」

 

 ミドリちゃんは否定しなかった。

 

 ユズちゃんも、小さく頷いた。

 

「……かわいいです」

 

 アリスは三人を見る。

 

「かわいい」

 

「えっ」

 

 モモイちゃんが固まる。

 

「かわいいとは、何ですか」

 

 部室に、変な沈黙が落ちた。

 

 モモイちゃんが私を見る。

 

 ミドリちゃんも私を見る。

 

 ユズちゃんまで、少しだけこちらを見た。

 

「え、私?」

 

「レナお姉ちゃん、説明得意そう!」

 

「これは難しいよ、モモイちゃん」

 

 可愛い。

 

 その言葉は、説明しようとすると急に難しくなる。顔の形だけではない。小ささだけでもない。守りたいとも違う。見ていると胸が柔らかくなる感じ。思わず笑ってしまう感じ。相手がそこにいることを、嬉しいと思う感じ。

 

「可愛い、は……」

 

 私は少し考えた。

 

「見ていると、嬉しくなったり、優しい気持ちになったりすること、かな。あと、今のアリスちゃんみたいに、覚えた言葉を一生懸命使ってるところを見ると、そう思う人が多いかも」

 

 アリスは私を見た。

 

「レナは、嬉しいですか」

 

「うん。嬉しいよ」

 

「アリスが、言葉を使用したため」

 

「それもあるけど……アリスちゃんが、自分で使いたい言葉を選んだ気がしたから」

 

「自分で選ぶ」

 

「うん」

 

 アリスは少しだけ黙った。

 

「可愛い。定義、未確定」

 

「未確定でいいと思う」

 

「未確定でいい」

 

 アリスは頷く。

 

「登録保留します」

 

 モモイちゃんが笑った。

 

「保留なんだ!」

 

「可愛いは難しいからね」

 

 ミドリちゃんが言う。

 

「お姉ちゃんみたいに何でも可愛いって言うと、アリスが混乱するし」

 

「何でもじゃないよ! 可愛いものを可愛いって言ってるだけ!」

 

「その範囲が広いんだよ」

 

 アリスは二人を見ていた。

 

「モモイは、可愛い判定範囲が広い」

 

「えっ、そういう覚え方!?」

 

「ミドリは、修正範囲が広い」

 

「私まで?」

 

「ユズは、発言範囲が狭い」

 

 ユズちゃんが小さく固まった。

 

 アリスは続ける。

 

「でも、重要語を出します」

 

 ユズちゃんの目が少し揺れた。

 

「……重要語」

 

「はい」

 

 アリスは頷いた。

 

「ユズの言葉は、重要です」

 

 ユズちゃんは、しばらく何も言えなかった。

 

 モモイちゃんも、ミドリちゃんも、今回は茶化さなかった。

 

 ユズちゃんは両手を膝の上で握って、小さく頷いた。

 

「……ありがとう、アリス」

 

「ありがとう。感謝表現」

 

 アリスは言った。

 

「アリスも、ありがとうを返します」

 

 その返し方はまだ不器用だった。

 

 でも、不器用なまま温かかった。

 

 先生はずっと、少し離れたところで見守っていた。口を出しすぎず、けれど必要な時には止められる距離。私はその姿を見て、ああ、と少し思う。先生は、アリスに何かを教える場面を、ゲーム開発部に任せている。正解を先に渡さない。彼女たちが言葉を見つけるのを待っている。

 

 アリスは、また画面へ向かった。

 

「クエスト、継続します」

 

 モモイちゃんがまた目を輝かせる。

 

「クエストって言った!」

 

「お姉ちゃん、さっき教えてたからね」

 

「でも言った!」

 

「はいはい」

 

「ミドリ、もっと感動して!」

 

「感動はしてるよ。ただ、お姉ちゃんがうるさいだけ」

 

「ひどい!」

 

 アリスはそのやり取りを聞きながら、ボタンを押した。

 

 今度は少しだけ、押し方に迷いが少なかった。

 

 アリスの中に、言葉が入っていく。

 

 ただ記録されるだけじゃない。モモイちゃんの声の明るさ、ミドリちゃんの丁寧な修正、ユズちゃんの慎重な勇気、先生の待つ静けさ。それらが、ゲームの言葉と一緒に混ざっていく。

 

 この子は、ゲームを覚えている。

 

 でも、それだけではない。

 

 この部室の温度ごと、覚えている。

 

 画面の中で、主人公が次のエリアへ進む。

 

 アリスは少しだけ背筋を伸ばした。

 

「アリス、パーティーに合流します」

 

 その言葉に、部室の空気がまた止まった。

 

 モモイちゃんが口を開ける。

 

 ミドリちゃんが瞬きをする。

 

 ユズちゃんが、小さく息を吸う。

 

 アリスはまだ、意味を全部分かっていないのかもしれない。けれど、その言葉はちゃんと、この部室に置かれた。

 

「……うん!」

 

 モモイちゃんが、弾けるように笑った。

 

「合流完了! アリス、ゲーム開発部パーティーへようこそ!」

 

「ゲーム開発部パーティー」

 

 アリスが繰り返す。

 

「登録します」

 

「そこは登録じゃなくて、よろしく!」

 

「よろしく」

 

 アリスは言った。

 

「アリス、よろしくお願いします」

 

 ミドリちゃんが静かに笑う。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。アリス」

 

 ユズちゃんも、小さく言った。

 

「……よろしく、アリス」

 

 先生が頷く。

 

「よろしく、アリス」

 

 アリスの視線が、最後に私へ向いた。

 

「レナ」

 

「うん」

 

「アリスは、レベルアップ中です」

 

 私は笑った。

 

「うん。見てたよ」

 

「レナも、パーティーですか」

 

 少しだけ、胸が詰まった。

 

 私はゲーム開発部の部員ではない。トリニティの救護騎士団員で、先生の同行者で、外部協力者だ。だから、厳密には違うのかもしれない。

 

 けれど、アリスが今覚えたばかりの「パーティー」は、部員名簿のことではない。

 

 一緒に進む。

 

 助け合う。

 

 停止しても、再進行できる。

 

 そういう意味なら。

 

「今日は、パーティーかもしれないね」

 

 私が言うと、アリスは頷いた。

 

「今日、レナはパーティー」

 

「今日だけ?」

 

「明日、再判定します」

 

「そっか」

 

 少し笑ってしまった。

 

 モモイちゃんがすぐに叫ぶ。

 

「明日もパーティーでしょ!」

 

「お姉ちゃん、アリスの判定基準がまだ育ってないから」

 

「じゃあ育てる!」

 

「そういうところは頼もしいね」

 

 部室に、また笑いが戻った。

 

 廃部問題はまだ残っている。

 

 ミレニアムプライズに出すゲームは、まだ完成していない。

 

 G.BIBLEも見つかっていない。

 

 でも、ゲーム開発部は四人になった。

 

 そしてアリスは、今日、いくつかの言葉を覚えた。

 

 勇者。

 

 仲間。

 

 パーティー。

 

 レベルアップ。

 

 可愛いは、登録保留。

 

 そのどれもが、まだ少し不完全で、少しずれていて、でも確かにアリスの中で動き始めている。

 

 画面の中で、主人公が次の扉の前に立つ。

 

 アリスはボタンに指を置いた。

 

「クエスト、継続」

 

 そう言って、扉を開けた。

まぁ、ミレニアム編も当たり前ですけど、レナの例の動画を見せようと思うんですけど、ゲーム開発部にだけ見せるかどうか迷ってます。さすがに人を選ぶ描写になると思うんで、自分が見たい方にアンケートしてください。

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