戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで   作:Zuzuiikb

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8話 伝説の書、検索結果なし

 

 

 

 翌朝、ゲーム開発部の扉を開けた瞬間、私はまず床を見た。昨日より散らかっていない。ケーブルはまとめられている。飲みかけのボトルもない。机の上にはゲーム機と資料が積まれているけれど、通路は確保されている。よかった、と息をつきかけたところで、部室の中央から元気な声が飛んできた。

 

「パンパカパーン! おはようございます。アリスは夜通し経験値を獲得しました。レベルアップです」

 

 私は、扉の前で止まった。

 

 先生も隣で止まった。

 

 モモイちゃんが、椅子の上で誇らしげに胸を張っている。その隣でミドリちゃんが、少しだけ寝不足そうな顔でこめかみを押さえていた。ユズちゃんはロッカーの扉を半分開けたまま、けれど昨日よりずっと近い場所で、アリスの方を見ている。

 

 そしてアリスは、ゲーム機を抱えてこちらを振り向いていた。

 

 昨日までのアリスは、言葉を一つずつ拾っていた。登録します、理解しました、実行します。まだ、世界を外側から確かめているみたいな声だった。

 

 今のアリスは違う。

 

 目の奥に、覚えた言葉がきらきら詰まっている。全部を理解しきっているわけではないのだと思う。それでも、覚えた言葉を使いたくてたまらない、という気持ちだけははっきり見えた。

 

「……アリスちゃん?」

 

「はい。アリスです」

 

 アリスは真面目な顔で頷いた。

 

「昨日のアリスから、成長しました。現在のアリスは、レベルアップしたアリスです」

 

「キャラが完成してる!?」

 

 モモイちゃんが叫んだ。

 

「いや、完成はしてないよ、お姉ちゃん。明らかにお姉ちゃんの影響を受けすぎてる」

 

「でもかわいいでしょ!?」

 

「それは……否定できないけど」

 

 ミドリちゃんは視線を逸らした。

 

 ユズちゃんが小さく言う。

 

「……アリス、すごいです」

 

「はい。アリスはすごいです」

 

 アリスは素直に頷く。

 

「パーティーの皆さんに褒められると、追加経験値を獲得します」

 

「かわいい!」

 

 モモイちゃんがまた叫ぶ。

 

「お姉ちゃん、朝から声が大きい」

 

「だってかわいいじゃん! アリスがパンパカパーンって言ったんだよ!?」

 

「言わせたの、お姉ちゃんでしょ」

 

「言わせたんじゃないよ! アリスが学んだんだよ!」

 

「その教材が偏ってるって言ってるの」

 

 ミドリちゃんの声は呆れていたけれど、表情は少しだけ柔らかかった。たぶん、嬉しいのだ。昨日、言葉を一つずつ拾っていたアリスが、今は自分から言葉を組み合わせている。多少偏っていても、それは確かに成長だった。

 

 私はアリスの前にしゃがんだ。

 

「アリスちゃん、眠った?」

 

「睡眠」

 

 アリスは少し考えた。

 

「短時間、実行しました」

 

「短時間」

 

「はい。セーブポイントの概念を学習後、十分間の休止を実行しました」

 

「それは睡眠じゃなくて一時停止に近いかな……」

 

「一時停止」

 

 アリスは頷く。

 

「アリスは、一時停止しました」

 

「うん。今日はもう少しちゃんと寝ようね」

 

「睡眠は、経験値獲得に必要ですか」

 

「必要。かなり必要」

 

「理解しました。睡眠はレベルアップ補助行動です」

 

「それなら合ってるかも」

 

 モモイちゃんが横から親指を立てた。

 

「さすがレナお姉ちゃん! アリスに通じる説明!」

 

「モモイちゃんも寝た?」

 

「私は……」

 

「寝たよね?」

 

「二時間」

 

「お姉ちゃん」

 

 ミドリちゃんの声が低くなる。

 

「私はちゃんと寝てって言ったよね」

 

「だってアリスの成長イベントが止まらなかったんだもん!」

 

「現実の人間はイベントを理由に徹夜しないの」

 

「ゲーマーはする!」

 

「胸を張らない」

 

 私は少しだけ息を吐いた。

 

 ここでまた長く体調管理の話をすると、前と同じになる。だから、今日は短く済ませることにした。

 

「じゃあ、今日は大事な作業は短め。モモイちゃんは途中で寝落ちしそうになったら、ちゃんと寝る。アリスちゃんも、夜通しゲームは今日で一回おしまい」

 

「クエスト制限ですか」

 

「そう。睡眠クエストが追加されました」

 

 アリスの目が少し輝いた。

 

「睡眠クエスト。報酬は何ですか」

 

「明日も元気にゲームができること」

 

「高報酬です」

 

「でしょ」

 

 アリスは真剣に頷いた。

 

「アリス、睡眠クエストを受注します」

 

 先生が隣で小さく笑った。

 

 モモイちゃんも、なぜか感動した顔をしている。

 

「レナお姉ちゃん、アリスとの会話うまいね」

 

「ゲーム開発部にいると、少しずつ覚えるね」

 

「レナお姉ちゃんもレベルアップ!」

 

「それは嬉しいかな」

 

 アリスがすぐに反応した。

 

「レナも、レベルアップしました」

 

「ありがとう」

 

「パンパカパーン」

 

「そこ、たまに使うんだね」

 

「はい。パンパカパーンは、重要な演出です」

 

 大真面目に言うので、笑ってしまった。

 

 アリスの言葉は、まだ少しずれている。でも、そのずれがもう冷たくない。モモイちゃんたちと一晩過ごしたことで、言葉の端に部室の温度がついている。昨日まで空白だった場所に、ゲーム開発部の声が書き込まれていく。

 

 けれど、遊んでばかりはいられなかった。

 

 先生が机の上の資料を見た。

 

「それで、G.BIBLEの手がかりはどうなったの?」

 

 その言葉で、部室の空気が少しだけ切り替わった。

 

 モモイちゃんが胸を張る。

 

「調べました!」

 

 ミドリちゃんが訂正する。

 

「調べようとしました」

 

「そこ細かい!」

 

「大事だよ。調べようとしたけど、普通の検索では全然出てこない。G.BIBLEという名前だけは噂として残っているけど、場所も中身も不明。廃墟のログも、私たちだけでは読めない部分が多いです」

 

 ユズちゃんが机の端に小さな端末を置いた。

 

「……昨日の廃墟で拾ったログです。壊れている部分が多くて、復元が必要です」

 

 アリスが画面を覗き込む。

 

「G.BIBLE。伝説の書。未入手アイテム」

 

「そう!」

 

 モモイちゃんが指を鳴らす。

 

「伝説の書がないと、最高のゲーム制作が進まない!」

 

「なくても進める部分はあります」

 

 ミドリちゃんが言った。

 

「でも、現状だと企画の核になる情報が足りません。過去の開発資料や、ミレニアム内の古いデータベースにアクセスできれば、何か分かるかもしれないです」

 

「つまり?」

 

 モモイちゃんが聞く。

 

 ミドリちゃんは少しだけ言いにくそうにした。

 

「私たちだけでは無理です」

 

 その言葉に、部室が静かになった。

 

 モモイちゃんは一瞬だけ口を閉じた。昨日までなら「そんなことない!」と勢いで返していたかもしれない。でも、今は返さなかった。アリスが加わった。四人になった。だけど、四人になったから全部できるわけではない。それを、モモイちゃんも分かっているのだと思う。

 

 アリスが首を傾げる。

 

「無理」

 

「今のままだと難しい、ってこと」

 

 私はそっと言った。

 

「でも、誰かに手伝ってもらえば進めるかもしれない」

 

「協力要請」

 

「うん。そういうこと」

 

 アリスは頷いた。

 

「パーティー外メンバーに、協力要請します」

 

「パーティー外メンバーって言い方、なんか強いね」

 

 モモイちゃんが笑う。

 

 先生は少し考えてから、ミドリちゃんを見た。

 

「ミレニアムで、こういう古いログやシステム解析に強い人たちは?」

 

 ミドリちゃんがすぐに答えた。

 

「ヴェリタス、だと思います」

 

 その名前を聞いた瞬間、モモイちゃんが「あー」と声を出した。

 

「ヴェリタスかぁ」

 

「知ってるの?」

 

 私が聞くと、モモイちゃんは少しだけ顔をしかめた。

 

「知ってる! すごいハッカー集団! でもなんか、いろいろ読まれそう!」

 

「説明が雑だよ、お姉ちゃん」

 

 ミドリちゃんが補足する。

 

「ヴェリタスは、ミレニアムでも特に情報解析やハッキングに強い部活です。チヒロ先輩たちなら、ログの復元や古いシステムの解析もできるかもしれません」

 

 ユズちゃんが小さく続ける。

 

「……でも、少し怖いです」

 

「怖い?」

 

「はい。何をどこまで見られるか、分からないので」

 

 その言葉に、私は少しだけ背筋を伸ばした。

 

 アビドスの重さとは違う。

 

 ミレニアムの怖さは、たぶん触れ方が違う。力で押さえつけるのではなく、情報として開かれる。声、ログ、視線、行動、癖。自分が気づかないものまで、いつの間にか読み取られる。

 

 ノアさんもそうだった。

 

 穏やかに見て、言葉にしてしまう。

 

 ヴェリタスは、きっと別の形でそれをする。

 

「ヴェリタス」

 

 アリスが繰り返した。

 

「新規エリアですか」

 

「たぶん、新規エリア」

 

 モモイちゃんが頷く。

 

「しかも解析系ダンジョン!」

 

「勝手にダンジョンにしないで」

 

 ミドリちゃんが言う。

 

「でも、行く必要はあると思います。G.BIBLEの手がかりを探すなら、私たちだけで悩むより、専門家に見てもらった方が早いです」

 

 先生も頷いた。

 

「それなら、ヴェリタスに相談してみましょう」

 

 話は決まった。

 

 決まった瞬間、モモイちゃんが立ち上がった。

 

「よし! じゃあ行こう!」

 

「今すぐ?」

 

 ミドリちゃんが止める。

 

「今すぐ!」

 

「お姉ちゃん、アポ」

 

「アポ?」

 

「連絡してから行くの」

 

「でもゲームだと、新しい町には直接行くじゃん!」

 

「現実の部活訪問は町じゃないよ」

 

 アリスが真面目に頷いた。

 

「アポ。事前連絡。重要語」

 

「アリスがまた賢くなってる!」

 

「お姉ちゃんより現実に適応してるかもしれない」

 

「ミドリ!?」

 

 先生が笑いながら、端末を取り出した。

 

「連絡は私からしてみるわ。急に押しかけるより、その方がいいでしょう」

 

「先生が連絡すると、だいたい何とかなる気がする!」

 

「先生を万能アイテム扱いしないで、お姉ちゃん」

 

 ミドリちゃんのツッコミに、私は思わず笑ってしまった。

 

 その時、部室の扉が軽くノックされた。

 

「入るわよ」

 

 ユウカさんだった。

 

 後ろにはノアさんもいる。ユウカさんは部屋に入ってすぐ、机の上のゲーム機、アリスの表情、モモイちゃんの明らかな寝不足、床の資料、そして先生の端末を順番に見た。

 

「……何か、また話が進んでる顔してるんだけど」

 

「ユウカ!」

 

 モモイちゃんが振り向く。

 

「アリスがレベルアップした!」

 

「まずそこから説明するのやめてくれる?」

 

 ユウカさんは額を押さえた。

 

「どう見てもモモイは寝不足だし、先生はどこかに連絡しようとしてるし。ねえ、今度は何?」

 

「ヴェリタスに行きます」

 

 アリスが堂々と言った。

 

 ユウカさんが止まった。

 

「……アリス、今すごく自然に言ったわね」

 

「はい。アリスはレベルアップしました」

 

「そう……そこは分かった。たぶん」

 

 ユウカさんは深く息を吐いた。

 

「で、なんでヴェリタス?」

 

 ミドリちゃんがログを見せながら説明する。G.BIBLEが通常検索では出てこないこと。廃墟のログが壊れていること。古いシステムにDivi:Sionのような文字列があったこと。自分たちだけでは復元が難しいこと。

 

 ユウカさんは黙って聞いていた。

 

 砕けた口調でも、聞く時はちゃんと鋭い。途中で茶化さない。必要なところだけ確認する。昨日まで少し事務的に見えた人が、今日はずっと近く感じる。それでも、判断の速さは変わらなかった。

 

「……まあ、ヴェリタス案件ね」

 

「でしょ!」

 

 モモイちゃんが嬉しそうに言う。

 

「でも、勝手に変なファイル開いたり、怪しいリンク踏んだりしないこと。特にモモイ」

 

「私だけ!?」

 

「あなたが一番踏みそうだから」

 

「踏まないよ!」

 

「昨日なら踏んでたでしょ」

 

「……今日は踏まない」

 

「よろしい」

 

 ノアさんが横で微笑んだ。

 

「ユウカちゃん、今日のモモイさんへの評価は少し上がりましたね」

 

「ノア、そういうの本人の前で言わないの」

 

「でも、事実でしょう?」

 

「事実でも言わない方がいい時があるの」

 

「では、胸の内にしまっておきます」

 

「その言い方もやめて」

 

 ノアさんは楽しそうだった。

 

 その視線が、ふと私の方へ向く。

 

「レナさんも、ヴェリタスへ?」

 

「はい。外部協力者として、先生と一緒に」

 

「そうですか」

 

 ノアさんは、少しだけ目を細めた。

 

「ヴェリタスの皆さんは、少し独特ですよ」

 

「独特……」

 

「ええ。見えるものを見るのではなく、見えないものが残した跡を見る方たちです」

 

 その言い方に、私は返事を忘れた。

 

 ノアさんは穏やかに続ける。

 

「あなたは、自分の行動に残る跡をあまり気にしていませんね。声の調子、判断の順番、誰を先に見るか。そういうものは、思っているより多くを語ります」

 

「……それは、少し怖いですね」

 

「怖がってもいいと思います。でも、隠すことだけを考えると、かえって読まれやすくなりますよ」

 

 柔らかい声だった。

 

 からかっているようで、助言でもある。

 

 逃げ道を塞ぐというより、こちらが壁だと思っていたものに、いつの間にか扉を描いてみせるような言い方だった。

 

「ノアさんは、そういうのも分かるんですか」

 

「少しだけ」

 

「少しだけ、ですか」

 

「はい。全部分かる、なんて言うと可愛げがないでしょう?」

 

 にこりと笑う。

 

 その顔は確かに可愛い。けれど、可愛いと言って油断できる種類の人ではない。私は小さく息を吐いた。

 

「気をつけます」

 

「ふふ。気をつけているレナさんも、きっと分かりやすいでしょうね」

 

「ノアさん」

 

「はい。今のは少し意地悪でした」

 

 認めるのが早い。

 

 ユウカさんが横から呆れたように言う。

 

「ノア、初対面に近い相手をそうやって追い込まないの」

 

「追い込んでいませんよ。少しだけ、反応を見たくなっただけです」

 

「それを追い込むって言うの」

 

 ミレニアムは、本当にいろんな怖さがある。

 

 でも、嫌な怖さばかりではない。

 

 少しだけ、知りたくなる怖さでもあった。

 

 先生が端末を下ろした。

 

「ヴェリタスのチヒロさんから返事が来たわ。午後なら話を聞いてくれるそうよ」

 

「早い!」

 

 モモイちゃんが叫ぶ。

 

「クエスト更新です!」

 

 アリスがゲーム機を抱えたまま立ち上がった。

 

「目的地、ヴェリタス。推奨準備、アポ取得済み。パーティー、出発可能です」

 

「アリス、完璧!」

 

「まだ午前中だからね」

 

 ミドリちゃんが冷静に言う。

 

「お姉ちゃんは少し寝て。アリスも一回休憩。午後から行きます」

 

「えー!」

 

「睡眠クエストです」

 

 アリスが言った。

 

 モモイちゃんが衝撃を受けた顔をする。

 

「アリスに言われた……!」

 

「アリス、えらい」

 

 私が言うと、アリスは少しだけ胸を張った。

 

「はい。アリスは睡眠クエストの重要性を理解しました」

 

「じゃあ、モモイちゃんを連れてクエスト達成してきて」

 

「了解しました」

 

「え、私、アリスに寝かしつけられるの!?」

 

「お姉ちゃん、諦めて」

 

 ミドリちゃんが言う。

 

 ユズちゃんも、小さく頷いた。

 

「……モモイ、寝た方がいいです」

 

「ユズまで!?」

 

 部室に笑いが起きる。

 

 笑いながら、話は進んでいく。

 

 G.BIBLEはまだ見つからない。

 

 検索結果は空白のまま。

 

 でも、空白だったアリスは、もうたくさんの言葉を持ち始めている。

 

 パンパカパーン。

 

 レベルアップ。

 

 睡眠クエスト。

 

 パーティー。

 

 そして次の目的地。

 

 ヴェリタス。

 

 私は机の上の壊れたログデータを見た。

 

 ここから先は、ゲーム開発部だけでは届かない場所へ進むことになる。

 

 誰かの残した跡を読む人たち。

 

 見えないものを拾う人たち。

 

 その人たちが、レナという外部協力者を見た時、何を見つけるのか。

 

 少しだけ怖い。

 

 けれど、アリスが覚えたばかりの言葉を思い出す。

 

 クエスト、継続。

 

 なら、進むしかない。

 

 午後、私たちはヴェリタスへ向かうことになった。

まぁ、ミレニアム編も当たり前ですけど、レナの例の動画を見せようと思うんですけど、ゲーム開発部にだけ見せるかどうか迷ってます。さすがに人を選ぶ描写になると思うんで、自分が見たい方にアンケートしてください。

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