戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで   作:Zuzuiikb

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11話 祈りとネジは紙一重

 

 

 エンジニア部の部室は、入る前から音がした。

 

 金属を叩く音。何かを削る音。小型モーターの回転音。たまに、何かが爆ぜるような乾いた音も混じる。ヴェリタスの部室が、画面の奥に沈んでいく場所だとしたら、ここは逆だった。音も熱も匂いも、全部がこちらへ飛び出してくる。

 

「……なんか、すでに強そう」

 

 モモイちゃんが扉の前で言った。

 

「強そうって何、お姉ちゃん」

 

「部屋の音がもうボス前なんだよ」

 

「エンジニア部の人に怒られるよ」

 

 ミドリちゃんが小さく注意する。

 

 アリスは目を輝かせていた。

 

「新規エリア、エンジニア部。環境音、多数。危険度、未知数」

 

「アリス、それ声に出さない方がいいかも」

 

「了解しました。小声で環境分析します」

 

「小声でもするんだ……」

 

 ユズちゃんが私の横で、少しだけ肩を縮めている。けれど、前ほど怯えているわけではなかった。ゲーム開発部として、ここまでいくつも知らない場所を歩いてきたからかもしれない。

 

 先生が扉をノックする。

 

 返事は、すぐにはなかった。

 

 代わりに、中で何かが転がる音がした。

 

「うわっ」

 

「ヒビキ、そっちは電源を落としてから触った方がいいと言っただろう」

 

「……すみません」

 

「いや、謝ることはない。壊れたなら直せばいい。壊れていないなら、もっと良くできる」

 

「それ、励ましてるんですか……?」

 

 扉越しに聞こえた会話に、モモイちゃんが目を丸くした。

 

「なんか、すごい理論聞こえた」

 

「エンジニア部だね」

 

 ミドリちゃんが妙に納得した顔で言う。

 

 そして、扉が開いた。

 

 出てきたのは、背筋の伸びた生徒だった。落ち着いた雰囲気で、どこか王子様みたいにも見える。けれど手には工具を持っていて、袖には薄く機械油がついていた。その後ろで、小柄な生徒が少し申し訳なさそうに工具箱を抱えている。さらに奥では、眼鏡の生徒が資料を山ほど抱えていた。

 

「待たせたね。私は白石ウタハ。エンジニア部の部長だ」

 

 ウタハさんは、こちらを見てすぐに先生へ視線を移した。

 

「先生から連絡は受けている。Mirrorらしき装置、旧区画、ヴェリタスの解析不能部分。ふむ、なかなか面白い」

 

「面白いで済むんだ……」

 

 モモイちゃんが小声で言う。

 

 ウタハさんは聞こえていたらしく、少し笑った。

 

「面白いものを面白いと言わずに何と言うんだい?」

 

「えっ、えーっと……危ない、とか?」

 

「危ないものは、大抵面白い。もちろん、安全に扱う必要はあるが」

 

「ミレニアムだ……」

 

 モモイちゃんが呟いた。

 

 ウタハさんの後ろから、眼鏡の生徒がぱっと顔を出す。

 

「危ないものを安全に扱うためには、まず構造理解が必要です! 構造理解とはつまり、対象がどのような素材で、どのような動力源を持ち、どのような制御系で――」

 

「コトリ、長い」

 

 小柄な生徒がぼそっと言った。

 

「はっ。すみません、つい」

 

 コトリさんは資料を抱え直した。

 

 ウタハさんが笑う。

 

「こちらは豊見コトリ。説明が得意だ。少し長いが」

 

「少しです!」

 

 コトリさんがすぐに言う。

 

「そしてこちらは猫塚ヒビキ。設計と火力なら彼女に任せていい」

 

「火力……」

 

 ユズちゃんが小さく反応した。

 

 ヒビキさんは少し目を伏せる。

 

「……えっと、必要なら、です」

 

「必要があると、かなり頼りになる」

 

 ウタハさんは当然のように言った。

 

 ヒビキさんはさらに小さくなった。

 

「先輩、そういう言い方すると……」

 

「事実だろう?」

 

「事実でも、ちょっと」

 

 そのやり取りだけで、なんとなく関係が見えた。ウタハさんはまっすぐで、褒める時も迷いがない。ヒビキさんはそれに照れて、でも拒むわけではない。コトリさんは説明したくてたまらない顔をしている。

 

 ゲーム開発部とも、ヴェリタスとも、C&Cとも違う。

 

 ここは、ものを作る人たちの場所だった。

 

「それで」

 

 ウタハさんが私を見る。

 

「君がレナ君だね。トリニティの救護騎士団」

 

「はい。レナです。今日は先生の同行で来ました」

 

「救護騎士団。いいね」

 

「いい、ですか?」

 

「ああ。機械を見る時、ミレニアムの生徒はまず構造を見る。どこから電力を取り、どの回路が制御し、どの部品が動くか。だが、救護の人間はたぶん違う」

 

 ウタハさんは工具を机に置いた。

 

「どこが壊れると、戻れなくなるかを見るんじゃないか?」

 

 私はすぐには答えられなかった。

 

 それは、かなり近かった。

 

 救護騎士団で学んだのは、怪我の場所だけを見ることではない。その怪我で、この人は立てるのか。歩けるのか。呼吸できるのか。怖がっていないか。戻れるのか。次に何を失う可能性があるのか。

 

 壊れた場所を見る。

 

 でも、それ以上に、壊れたことで何ができなくなるのかを見る。

 

「……そうかもしれません」

 

 私はゆっくり言った。

 

「傷そのものより、その傷で何が止まるかを考えます。歩けなくなるのか、声が出せなくなるのか、怖くて動けなくなるのか。止まったものを、どう戻すか」

 

「ふむ」

 

 ウタハさんの目が、少しだけ楽しそうに細くなる。

 

「やはり面白い」

 

 モモイちゃんが私の後ろで小さく言う。

 

「レナお姉ちゃんが面白がられてる」

 

「モモイちゃん、言い方」

 

「だって本当じゃん」

 

 コトリさんが勢いよく頷く。

 

「とても興味深い視点です! エンジニアリングでは故障箇所の特定と機能回復が重要ですが、救護では機能だけではなく、対象者の心理的・行動的な復帰も含めて考えるわけですね!」

 

「コトリ、長い」

 

 ヒビキさんがまた言った。

 

「ま、またですか」

 

「でも、今のは分かりやすかったです」

 

 私が言うと、コトリさんの顔がぱっと明るくなった。

 

「本当ですか!?」

 

「はい。機械と人間の違いが、少し整理できました」

 

「では、もう少し詳しく――」

 

「コトリ」

 

 今度はウタハさんが止めた。

 

「本題に入ろう」

 

「はい……」

 

 コトリさんは少し残念そうに資料を抱えた。

 

 先生が端末を差し出す。

 

「これが特殊管理区画で得たデータです。ヴェリタスでも解析してもらったけれど、装置そのものの構造はエンジニア部に見てもらった方がいいと思って」

 

「正しい判断だ」

 

 ウタハさんは即答した。

 

「画面の中にある情報はヴェリタス向きだが、実体を持つものなら私たちの領分だ。ヒビキ、コトリ」

 

「はい」

 

「……はい」

 

「まず外観データ、内部反応、エネルギー波形。雷ちゃんも使う」

 

 その言葉と同時に、部屋の奥から小さなロボットが動いてきた。

 

 雷ちゃん。

 

 ウタハさんがいつも連れているというロボット。

 

 アリスの目が、今日一番輝いた。

 

「ロボットです」

 

「ああ。私の自慢の発明品だ」

 

 ウタハさんが胸を張る。

 

「雷ちゃんという」

 

「雷ちゃん」

 

 アリスが繰り返す。

 

「名前があります。仲間ですか」

 

「仲間であり、発明であり、相棒だな」

 

「相棒」

 

 アリスは真剣に頷いた。

 

「重要語です」

 

 モモイちゃんが嬉しそうに言う。

 

「アリス、また言葉覚えてる」

 

「レベルアップです」

 

「パンパカパーン?」

 

「パンパカパーン」

 

 アリスが小さく言う。

 

 ヒビキさんが、それを見て少しだけ口元を緩めた。

 

「……かわいい」

 

 とても小さな声だった。

 

 モモイちゃんが聞き逃さない。

 

「今かわいいって言った!」

 

「言ってないです」

 

「言ったよ!」

 

「言ってません」

 

「言ったって!」

 

 ヒビキさんは少し赤くなって目を逸らした。

 

 ウタハさんが笑う。

 

「ヒビキは可愛いものに弱いからな」

 

「先輩」

 

「事実だ」

 

「事実でも、言わないでください……」

 

 部室の空気が少しだけ柔らかくなる。

 

 でも、端末にMirrorの画像が映ると、ウタハさんの顔はすぐに変わった。さっきまでの軽さが消える。技術者の目だ。対象を分解する前に、どこから見るかを決めている目。

 

「これは……」

 

 ウタハさんは画面に顔を近づけた。

 

「普通の反射装置ではないな。鏡に見えるが、反射しているのは光だけではないかもしれない」

 

「光だけじゃない?」

 

 ミドリちゃんが聞く。

 

「情報だ」

 

 ウタハさんは短く言った。

 

「外から見た像を返すだけなら、こんな構造はいらない。これは、おそらく入力された情報に対して、何らかの変換や再構成を行う装置だ。鏡というより、写したものを別の形で返す機械かもしれない」

 

 アリスが画面を見つめる。

 

「Mirror。反射。再構成」

 

「そうだね」

 

 ウタハさんはアリスに頷いた。

 

「君は飲み込みが早い」

 

「アリス、褒められました。経験値を獲得しました」

 

「経験値で成長するのか。いいな。成長曲線を取りたくなる」

 

「先輩、アリスを実験台みたいに言わないでください」

 

 ヒビキさんが小さく止める。

 

「おっと。すまない」

 

 ウタハさんは悪びれず、でも素直に謝った。

 

「しかし、興味深いのは本当だ」

 

 私はMirrorの画像を見ていた。

 

 黒い鏡。

 

 そこに映った自分の影。

 

 少し遅れて動く、私ではない私。

 

「レナ君」

 

 ウタハさんに呼ばれて、顔を上げる。

 

「君はこれを見て、何を感じた?」

 

「私ですか?」

 

「ああ。ミレニアムの者がこれを見れば、構造、制御、危険性、利用方法を考える。だが、トリニティの救護騎士団なら違うことを考えるかもしれない」

 

 急に問われて、少し迷った。

 

 正しい答えを探そうとしてしまう。

 

 でも、ウタハさんは正解を求めている顔ではなかった。むしろ、こちらが普段見ない角度から何か言うことを期待しているようだった。

 

「……祈りに似ていると思いました」

 

 言った瞬間、モモイちゃんが「え?」という顔をした。

 

 ミドリちゃんも驚いたように私を見る。

 

 ウタハさんだけが、目を細めた。

 

「祈り」

 

「はい。トリニティには、礼拝堂やステンドグラスがたくさんあります。光が入って、色が変わって、床や壁に映るんです。でも、あれはただ光を反射しているだけじゃなくて……見た人の気持ちも、少し変えるんです」

 

 言いながら、自分でも少し恥ずかしくなる。

 

 ミレニアムの部室で、ステンドグラスの話をするのは場違いかもしれない。でも、ウタハさんは黙って聞いていた。

 

「Mirrorも、ただ映しているだけじゃない気がしました。映ったものを変えて返すなら、それは鏡というより……見た人に、別の自分を見せるものなのかなと」

 

 少しだけ、喉が渇いた。

 

「救護で怖いのは、怪我だけじゃありません。自分が自分に見えなくなることもあります。怪我をした自分、動けない自分、怖がっている自分。それを見せられると、人は立てなくなることがあります」

 

 ウタハさんは、じっと私を見ていた。

 

「だから、もしこの装置が“映す”だけじゃなくて、“見せる”ものなら……危ないと思います」

 

 部室が静かになった。

 

 モモイちゃんも、ミドリちゃんも、アリスも、ユズちゃんも、黙っている。

 

 ウタハさんはしばらく何も言わなかった。

 

 そして、ふっと笑った。

 

「いい」

 

「え?」

 

「とてもいい視点だ。構造ではなく、使われた時に人がどう反応するか。私たちはそこを後回しにしがちだ」

 

 ウタハさんは端末に何かを入力した。

 

「コトリ、今の観点をメモしてくれ。Mirrorは単なる反射装置ではなく、対象認識に干渉する可能性。心理的影響も要検証」

 

「はい!」

 

 コトリさんが嬉しそうに資料へ書き込む。

 

 ヒビキさんが小さく言った。

 

「……たしかに、怖いですね」

 

「うん」

 

 私は頷いた。

 

「怖かったです。装置としてではなく、見せられたものから目が離せなくなる感じが」

 

 ヒビキさんは少し考えるように視線を落とした。

 

「そういうの、装置側に悪意がなくても起きますよね」

 

「え?」

 

「作った人は便利なものを作ったつもりでも、使う人や見た人が怖くなることって、あるので」

 

 その言葉に、私はヒビキさんを見た。

 

 彼女は少し慌てたように目を逸らす。

 

「……すみません。変なこと言いました」

 

「いえ」

 

 私は首を振った。

 

「すごく、分かります」

 

 ヒビキさんは、小さく瞬きをした。

 

 その横で、ウタハさんが満足そうに頷く。

 

「やはり、レナ君に来てもらって正解だったな」

 

「私は、何かできたでしょうか」

 

「できたとも。機械は作った後、必ず誰かに使われる。そこを忘れた発明は、ロマンはあっても良い発明とは言いにくい」

 

 ウタハさんは工具を手に取った。

 

「まあ、ロマンも大事だが」

 

「先輩、そこは譲らないんですね」

 

 ヒビキさんがぼそっと言う。

 

「当然だ。ロマンのない発明など、味のない食事みたいなものだ」

 

「でも、ロマンだけだと爆発します」

 

「爆発も時には必要だ」

 

「必要じゃない時の方が多いです」

 

 ヒビキさんの声は小さいけれど、ツッコミは鋭い。

 

 モモイちゃんが楽しそうに笑った。

 

「エンジニア部、会話が強い!」

 

「お姉ちゃん、そういう感想ばっかり」

 

 コトリさんが勢いよく顔を上げた。

 

「ちなみに、ロマンと安全性の両立についてですが、これはエンジニアリングにおける永遠の課題とも言えます! たとえば出力と安定性、機動性と耐久性、機能追加とメンテナンス性はしばしば――」

 

「コトリ、三行」

 

 ウタハさんが言う。

 

「ロマンは大事です! でも安全も大事です! 両方欲しいです!」

 

「よろしい」

 

「三行ってそういう意味ですか?」

 

 私が思わず聞くと、ヒビキさんが小さく笑った。

 

「……エンジニア部では、だいたいそうです」

 

 それから、解析が始まった。

 

 ウタハさんは雷ちゃんを使い、Mirror装置の外観データを再構成する。ヒビキさんは静かに図面を作り、危険なエネルギー反応がないかを調べる。コトリさんは説明したくなるたびに自分で口を押さえ、それでも必要なところではきっちり補足した。

 

 ゲーム開発部はその様子を見守っていた。

 

 アリスは、雷ちゃんに夢中だった。

 

「雷ちゃんは、パーティーメンバーですか」

 

「相棒だ」

 

 ウタハさんが答える。

 

「相棒は、パーティーメンバーより特別ですか」

 

「場合によるな。だが、長く隣で動くものには、ただの機械以上の意味が生まれる」

 

「ただの機械以上」

 

「そうだ」

 

 アリスは少しだけ黙った。

 

「アリスも、ただの機械以上ですか」

 

 部室の音が、一瞬だけ遠くなった。

 

 モモイちゃんがすぐに言う。

 

「当たり前じゃん!」

 

 ミドリちゃんも頷いた。

 

「アリスはアリスだよ」

 

 ユズちゃんが小さく続ける。

 

「……ゲーム開発部の、アリスです」

 

 アリスは三人を見た。

 

 そして、ウタハさんを見る。

 

「アリスは、ただの機械以上です」

 

「ああ」

 

 ウタハさんは、迷わず頷いた。

 

「少なくとも、私にはそう見える」

 

「理由は?」

 

「君は、問いを持っている。機械は命令を処理するが、君は意味を知ろうとしている。そこには、大きな差がある」

 

 アリスは目を瞬かせた。

 

「問い。重要語です」

 

 ウタハさんは笑った。

 

「いいね。問いを持つ発明品は、作り手を越えていく」

 

「先輩、その言い方だとアリスが発明品みたいです」

 

 ヒビキさんがまた止める。

 

「おっと。失礼」

 

 ウタハさんはアリスへ向き直った。

 

「言い直そう。問いを持つ者は、誰かに定義されるだけでは終わらない」

 

 アリスはゆっくり頷いた。

 

「アリス、定義されるだけでは終わりません」

 

「パンパカパーン?」

 

 モモイちゃんが小声で聞く。

 

「パンパカパーン」

 

 アリスが小さく返す。

 

 少し笑いが起きた。

 

 その中で、ヒビキさんが私の方へ近づいてきた。

 

「あの」

 

「はい」

 

「さっきの、祈りの話」

 

「はい」

 

「……もう少し聞いてもいいですか」

 

 意外だった。

 

 ヒビキさんは、あまり自分から前へ出るタイプには見えなかった。けれど、今はちゃんとこちらを見ている。

 

「私も、詳しく話せるほどではないですけど」

 

「大丈夫です。たぶん、詳しい説明より……感覚の話を聞きたいので」

 

 ヒビキさんは少しだけ言葉を探した。

 

「私は、作ったものが誰かを怖がらせるかもしれないって、考えることがあります。もちろん、安全には作るんですけど。でも、音とか、大きさとか、見た目とか、そういうので……怖いって思われることはあるので」

 

 彼女の声は小さかった。

 

 でも、聞き逃してはいけない言葉だった。

 

「救護では、そういう怖さも見ますか」

 

「見ます」

 

 私は頷いた。

 

「怪我そのものは軽くても、音や匂いや場所で動けなくなることがあります。逆に、怪我は重くても、誰かの声があるだけで呼吸が戻ることもあります」

 

「声」

 

「はい。何を言うかより、誰が、どんな距離で言うかで変わることもあります」

 

 ヒビキさんは、小さく頷いた。

 

「……それ、設計にも近いかもしれません」

 

「設計に?」

 

「はい。機能だけじゃなくて、使う人が触りやすい場所にスイッチを置くとか、怖くない音にするとか、反応が分かりやすい光にするとか。そういうのも設計なので」

 

 ヒビキさんは、少しだけ目を伏せた。

 

「私は、火力のものを作ることが多いですけど。怖くないように作ることも、たぶんできます」

 

 その言葉が、静かに胸へ入ってきた。

 

 エンジニア部は、危ないものを作る人たちだと思っていた。

 

 でも、違う。

 

 危ないものも作る。すごいものも作る。変なものも作る。けれど、作ったものが誰にどう届くかを考えられる人もいる。

 

「ヒビキさんの作るものは、きっと優しいところがあるんですね」

 

「えっ」

 

 ヒビキさんが目を丸くした。

 

「そ、そんなことは……」

 

「あります。今の話をする人が作るものなら、きっと」

 

 ヒビキさんは明らかに困った顔をした。

 

 顔が少し赤い。

 

 遠くからウタハさんが声をかける。

 

「ヒビキ、褒められているぞ」

 

「先輩、言わないでください……」

 

「良かったな」

 

「だから、言わないでください」

 

 ヒビキさんは小さくなった。

 

 けれど、嫌そうではなかった。

 

 コトリさんが資料を抱えてこちらに来る。

 

「レナさん、トリニティのステンドグラスについてもう少し聞いてもいいですか?」

 

「はい」

 

「光の色が人の気持ちを変える、という話が気になりまして! 視覚情報が心理に与える影響は、UI設計や警告表示にも応用できます。たとえば赤色の警告灯は危険を伝えやすいですが、常に赤くすると緊張を煽りすぎるので――」

 

「コトリさん」

 

「はい!」

 

「短めでお願いします」

 

「はい! つまり、トリニティの礼拝堂は、UIとしても優れている可能性があります!」

 

 モモイちゃんが吹き出した。

 

「礼拝堂をUIって言った!」

 

 ミドリちゃんも少し笑いを堪えている。

 

 私は少し困ったけれど、同時に面白いと思った。

 

「そういう見方は、したことがありませんでした」

 

「私も、祈りの空間としては見たことがありませんでした」

 

 コトリさんは嬉しそうだった。

 

「面白いです。違う学校の人の見方って、こんなに違うんですね」

 

 その言葉に、私は少しだけ胸が温かくなった。

 

 トリニティ出身だから。

 

 礼拝堂を見て育ったから。

 

 救護騎士団で、人の痛みや怖さを見てきたから。

 

 ミレニアムの装置に対して、私だから言えることがある。

 

 ここでは、ただ守られるだけでも、ただ外部協力者でいるだけでもない。

 

 違う視点を持ち込める。

 

 それが少し、嬉しかった。

 

 解析が一段落した頃、ウタハさんは端末を机に置いた。

 

「結論から言うと、この装置は直接触るべきではない。構造が分からない部分が多すぎる。だが、外部から状態を見るための観測機なら作れる」

 

「観測機?」

 

 ミドリちゃんが聞く。

 

「ああ。Mirror本体に触れず、反応だけを見る装置だ。雷ちゃんの補助ユニットとして作れば、短時間で試作できる」

 

「どれくらいですか?」

 

「今日中」

 

「今日中!?」

 

 モモイちゃんが叫ぶ。

 

 ウタハさんは当然のように頷く。

 

「面白いものは、熱いうちに作るべきだ」

 

「鉄じゃなくて?」

 

「発明も同じだ」

 

 ヒビキさんが小さく言う。

 

「先輩、また徹夜する気ですか」

 

「必要なら」

 

「必要じゃない範囲でお願いします」

 

「努力しよう」

 

「それ、徹夜する人の返事です」

 

 私は思わず笑ってしまった。

 

 ウタハさんがこちらを見る。

 

「レナ君」

 

「はい」

 

「君にも、試作時に少し見てもらいたい」

 

「私がですか?」

 

「ああ。安全性の観点から。正確には、機械的な安全ではなく、人が見た時にどう感じるかだ。君の視点は役に立つ」

 

 まっすぐ言われて、返事が遅れた。

 

 役に立つ。

 

 そう言われるのは、やっぱり嬉しい。

 

「分かりました。私にできることなら」

 

「助かる」

 

 ウタハさんは満足そうに頷いた。

 

「では、まずは設計だ。ヒビキ、雷ちゃんの補助ユニット案を出してくれ。コトリ、Mirrorの反応分類をまとめてくれ。私は外装と接続系を見る」

 

「はい」

 

「はい! 任せてください!」

 

 エンジニア部が一気に動き出す。

 

 部室にまた音が満ちる。

 

 金属の音。端末の音。工具の音。雷ちゃんの駆動音。ゲーム開発部の子たちの小さな声。先生の穏やかな指示。

 

 私はその中で、少しだけ立ち尽くした。

 

 ヴェリタスでは、声や沈黙を見られた。

 

 C&Cでは、立ち位置や動きを守られた。

 

 エンジニア部では、私の見方そのものを面白がられた。

 

 ミレニアムは、変な場所だ。

 

 怖くて、騒がしくて、距離が近くて、時々ひどくまっすぐで。

 

 でも、そのまっすぐさが嫌ではない。

 

 ウタハさんが工具を回しながら言った。

 

「レナ君」

 

「はい」

 

「祈りとネジは似ているかもしれないな」

 

「……似ていますか?」

 

「締めれば固定される。緩すぎれば外れる。だが、締めすぎれば折れる」

 

 ウタハさんは、こちらを見て少し笑った。

 

「君たち救護騎士団の祈りも、きっとそういうものだろう?」

 

 私は少し考えた。

 

 それから、頷いた。

 

「そうかもしれません」

 

「なら、良い発明にも使える考え方だ」

 

 ウタハさんはまた机へ向き直る。

 

「締めすぎない装置を作ろう。見た者を壊さず、必要なものだけ映す装置だ」

 

 その言葉に、胸の奥が静かに鳴った。

 

 Mirrorは怖い。

 

 でも、それを見るための道具を、こういう人たちが作るのなら。

 

 少しだけ、怖くなくなるかもしれない。

 

 アリスが雷ちゃんの横で言った。

 

「エンジニア部、クエストに参加しました」

 

 モモイちゃんがすぐに反応する。

 

「パンパカパーン?」

 

「パンパカパーン」

 

 アリスが言う。

 

 ヒビキさんが小さく笑って、コトリさんが「参加条件について説明しますと!」と口を開き、ミドリちゃんが「短めでお願いします」と先に釘を刺した。

 

 ウタハさんは、楽しそうに工具を鳴らした。

 

 こうして、Mirrorを見るための装置作りが始まった。

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