戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで   作:Zuzuiikb

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12話 仕様書にない優しさ

 

 

 試作機は、最初からうまく動かなかった。

 

 それは、エンジニア部の部室に入ってすぐ分かった。机の上には、すでに見慣れない部品が積まれている。透明なカバー、細いケーブル、雷ちゃんの背中に取り付けるらしい小型ユニット、何に使うのか分からない丸いセンサー。金属と油と少し焦げた匂いが混ざって、空気そのものが作業中みたいだった。

 

「よし、通電しよう」

 

 ウタハさんがそう言った瞬間、ヒビキさんが小さく手を上げた。

 

「先輩。今、通電すると、たぶん警告音が鳴ります」

 

「鳴るようにしたからね」

 

「……音量、確認しましたか」

 

「試作機の警告音は、多少大きいくらいが分かりやすい」

 

「その“多少”が、先輩の場合は信用できません」

 

 ヒビキさんの声は控えめなのに、言っていることはかなりはっきりしていた。ウタハさんは少しだけ顎に手を当て、それから私たちを振り返った。

 

「レナ君、モモイ君、ミドリ君、ユズ君、アリス君。念のため少し下がってくれ。ヒビキがこう言う時は、だいたい当たる」

 

「じゃあ最初から音量確認した方がよくない!?」

 

 モモイちゃんが思わず言った。

 

 けれど、今日のモモイちゃんはただ騒ぐだけではなかった。机の上の部品を見て、目を輝かせながらも、触らない距離を保っている。前なら手が伸びていたかもしれないけれど、C&Cの特殊管理区画を経験した後だからか、危ないものに対して少しだけ慎重になっていた。

 

「モモイちゃん、今日は触らないんだね」

 

 私が小さく言うと、モモイちゃんは胸を張った。

 

「成長したからね。見て楽しむっていう上級スキルを覚えた」

 

 ミドリちゃんが横から静かに言う。

 

「三分くらい前に、ネジを一個触ろうとして私に止められたけどね」

 

「それは観察! 観察しようとしただけ!」

 

「手に取ったら観察じゃなくて接触だよ」

 

「言い方!」

 

 モモイちゃんはむっとしたけれど、すぐに試作機の方へ視線を戻した。怒り続けるより、目の前の機械の方が気になるらしい。

 

 アリスは雷ちゃんの隣にしゃがみ込み、真剣な顔で見つめている。

 

「雷ちゃん、装備更新中です。新規ユニットを装着すると、レベルアップしますか」

 

「雷ちゃんの場合は、レベルアップというより機能拡張だな」

 

 ウタハさんが答える。

 

「機能拡張」

 

「できることが増える、という意味だ」

 

「アリスも機能拡張できますか」

 

「君の場合は……そうだな。言葉を覚えたり、考え方が増えたりするのも、一種の機能拡張かもしれない」

 

 アリスはぱっと顔を上げた。

 

「パンパカパーン。アリスは機能拡張中です」

 

「いいね」

 

 ウタハさんが笑った。

 

 その横でコトリさんが資料を広げている。説明したくてたまらない顔をしていたけれど、昨日ウタハさんに「三行」と言われたのが効いているのか、口を開く前に一度深呼吸していた。

 

「では、今回の試作機について簡単に説明します。第一に、Mirror本体には直接触れず、外部反応のみを取得します。第二に、取得した情報を人間が安全に確認できる形へ変換します。第三に、異常反応があった場合は雷ちゃんが自動で遮断します」

 

 そこでコトリさんは、誇らしげにこちらを見た。

 

「三点です!」

 

 ヒビキさんが小さく頷く。

 

「……短い」

 

「頑張りました!」

 

 私は思わず笑った。

 

「分かりやすかったです、コトリさん」

 

「本当ですか!?」

 

「はい。最初に三つって言ってもらえると、聞く側も置いていかれにくいです」

 

「なるほど……説明は、情報量だけではなく受け取る側の姿勢も整える必要がある、と。つまり説明も設計の一部であり、救護的観点から言えば――」

 

「コトリ」

 

 ウタハさんが言う。

 

「はい! ここで止めます!」

 

 コトリさんは自分で口を押さえた。

 

 モモイちゃんが小声で言う。

 

「エンジニア部、ちゃんと学習してる……」

 

「お姉ちゃんもね」

 

「私はもう成長期だから」

 

「意味が分からないよ」

 

 そんなやり取りの中で、ウタハさんがスイッチを入れた。

 

 次の瞬間、試作機が甲高い警告音を鳴らした。

 

 部室中に、鋭い音が突き刺さる。

 

 ユズちゃんの肩が跳ねた。アリスが目を見開く。モモイちゃんが「うわっ」と耳を押さえ、ミドリちゃんが眉を寄せた。私も、反射的に息を止めた。

 

 音そのものは短かった。

 

 でも、短いから平気というわけではなかった。

 

「停止」

 

 ヒビキさんが言う前に、ウタハさんはスイッチを切っていた。

 

 部室に静けさが戻る。

 

「……これは、少し大きかったな」

 

 ウタハさんが言った。

 

 ヒビキさんはじっと彼女を見る。

 

「少し、ですか」

 

「かなり大きかった」

 

「はい」

 

 コトリさんは慌ててメモを取る。

 

「警告音、想定より刺激が強い。被験者……ではなく、協力者の反応として、肩の跳ね、耳を押さえる動作、呼吸停止が確認されました」

 

「コトリさん」

 

「はい!」

 

「被験者って言いかけました?」

 

「言いかけて、言い換えました!」

 

「正直ですね」

 

 コトリさんは少し恥ずかしそうにした。

 

 ウタハさんは私を見た。

 

「レナ君、どうだった?」

 

「機能としては、正しいと思います。危険を知らせる音だとすぐ分かりました。でも……」

 

「でも?」

 

「強すぎます。たぶん、危ないと知らせる前に、体が固まります。特に知らない場所や、すでに緊張している時だと、逃げるとか止まるとか判断する前に、音そのものに反応してしまうと思います」

 

 言葉を選びながら話す。

 

 エンジニア部の人たちは、遮らずに聞いてくれた。

 

「救護で呼びかける時も、ただ大きければ届くわけではありません。意識がぼんやりしている人には強い声が必要なこともあります。でも、怖がっている人に強すぎる声をかけると、逆に動けなくなります。たぶん、この警告音もそれに近いです」

 

 ヒビキさんが少しだけ目を伏せた。

 

「……やっぱり、そうですよね」

 

「ヒビキさんは、分かっていたんですか?」

 

「分かっていたというか、少し嫌な感じがしました。音が高すぎると、注意を向けるより先に刺さるので」

 

 ウタハさんはすぐに頷いた。

 

「なら変更だ。ヒビキ、音域を下げよう。警告としては残すが、刺す音ではなく、向きを変えさせる音にする」

 

「はい」

 

「コトリ、仕様に追加。警告音は、危険を伝えるためのものであって、判断を奪うためのものではない」

 

「はい! ええと、危険通知は判断補助であり、判断阻害であってはならない……ですね!」

 

「いい」

 

 ウタハさんは楽しそうに笑う。

 

 それから、私を見た。

 

「レナ君、君の感想は仕様になる」

 

「仕様に、ですか」

 

「ああ。感想というのは軽く見られがちだが、使う人間の反応そのものだ。特に君の感想は、ただ怖い、嫌だ、では終わらない。何が判断を止めるか、どこなら動けるかを見ている。これは設計に使える」

 

 私は少しだけ、返事に困った。

 

 褒められているのは分かる。

 

 でも、ゲーム開発部に「すごい」と言われるのとも、C&Cに「動くな」と止められるのとも違う。私の感じたことが、機械の形に入っていく。それが不思議だった。

 

「……役に立つなら、よかったです」

 

「役に立つとも」

 

 ウタハさんはあっさり言った。

 

「役に立たない意見なら、私は採用しない」

 

「それはそれで、はっきりしてますね」

 

「もちろんだ。発明は優しさだけでは動かない。だが、優しさがないと使う人間を置いていく。君はその部分を見てくれる」

 

 長い台詞だった。

 

 けれど、ウタハさんの口から出ると説教には聞こえなかった。部品の説明をする時と同じ調子で、当然のことを当然として言っているだけに聞こえた。

 

 ヒビキさんが、机の端で音の調整を始めた。

 

 私はその横に立つ。

 

 小さな端末に、波形のようなものが並んでいる。ヒビキさんの指は迷いが少ない。控えめな声や表情とは違って、操作は正確だった。音の高さを少し下げ、長さを短くし、代わりに低い振動を足していく。

 

「……ヒビキさん」

 

「はい」

 

「この音、急に鳴る感じじゃなくなりましたね」

 

「えっと、鳴る前に少しだけ低い音を入れました。身構える時間があった方が、びっくりしにくいと思って」

 

「すごいです」

 

「す、すごくはないです」

 

「でも、さっきよりずっと安心します。危ないことは分かるけど、体が固まる感じは減りました」

 

 ヒビキさんは目を逸らした。

 

「……そういうの、気づくんですね」

 

「救護では、音で固まる人も見るので」

 

「私は、作ったものの音で怖がられるのが少し苦手です。もちろん、必要なら大きい音も出しますけど。でも、怖がらせたいわけじゃないので」

 

 彼女の声は小さかった。

 

 でも、短い言葉の中に、ヒビキさんがどういうふうにものを作っているのかが少し見えた気がした。

 

「ヒビキさんの作るものは、強いけど、ちゃんと近くにいる人のことを見てるんですね」

 

「……そんなに綺麗なものじゃないです」

 

「綺麗かどうかは分かりません。でも、今の音は優しいと思いました」

 

 ヒビキさんは、今度こそ顔を赤くした。

 

「先輩」

 

「何だい、ヒビキ」

 

「レナさんが褒めます」

 

「良かったじゃないか」

 

「良くないです。反応に困ります」

 

「それは慣れるしかない」

 

「慣れるほど褒められる予定はありません」

 

「なら、今のうちに味わっておくといい」

 

「先輩……」

 

 ウタハさんは楽しそうだった。

 

 モモイちゃんが小声でミドリちゃんに言う。

 

「ヒビキ、かわいいね」

 

「お姉ちゃん、聞こえるよ」

 

「小声だもん」

 

「小声でも聞こえる距離だよ」

 

 ヒビキさんは聞こえていないふりをしていた。たぶん聞こえている。

 

 二度目のテストでは、警告音はずっと柔らかくなった。

 

 危険を知らせる音ではある。けれど、耳を塞ぎたくなるような鋭さはない。低い振動が先に来て、その後に短い音が鳴る。ユズちゃんは少しだけ肩を揺らしたけれど、さっきほどではなかった。アリスも目を開いたまま、落ち着いていた。

 

「どうかな、ユズ君」

 

 ウタハさんが聞く。

 

 ユズちゃんは、少し迷ってから答えた。

 

「……さっきより、大丈夫です。びっくりはしますけど、逃げなきゃって感じではないです」

 

「十分だ」

 

 ウタハさんは満足そうに頷く。

 

「ユズ君の“びっくりはするけど大丈夫”は良い基準だな。採用しよう」

 

「えっ……私のも、ですか」

 

「もちろん。使う人間が大丈夫かどうかは、作る側だけでは決められない」

 

 ユズちゃんは、少しだけロッカーの陰に隠れたくなったような顔をした。でも、隠れなかった。

 

「……はい」

 

 その小さな返事を、私は嬉しく聞いた。

 

 次は、光の調整だった。

 

 試作機がMirrorの反応を画面に映すと、最初は黒い反射が強く出すぎた。画面の奥から何かがこちらを見ているようで、モモイちゃんが思わず眉を寄せる。

 

「これ、ゲームだったら絶対呪いのアイテムだよ」

 

 今回はツッコミではなく、かなり本気の声だった。

 

 ミドリちゃんも頷く。

 

「画面として見るには、少し圧が強いかも。ずっと見ていると疲れそう」

 

 モモイちゃんは画面を見ながら、少し考え込んだ。

 

「でも、暗くしすぎると何が大事なのか分からないよね。ホラーゲームでもさ、全部真っ暗だと怖いっていうより見えないだけになるし。怖いところをちゃんと怖く見せるのと、見てる人をただ疲れさせるのって違うじゃん」

 

 ミドリちゃんが、驚いたようにモモイちゃんを見る。

 

「お姉ちゃん、今のかなり良い」

 

「え、今褒めた?」

 

「うん。ゲーム制作者っぽかった」

 

「ゲーム制作者だよ!」

 

 モモイちゃんは嬉しそうに胸を張った。

 

 でも、ふざけきらなかった。

 

「だからさ、全部を優しくするんじゃなくて、見る人がちゃんと受け止められるようにするのがいいと思う。怖いものを怖くなくしたら、たぶん意味が変わる。でも、怖すぎて目を閉じたら、何も伝わらない」

 

 その言葉に、ウタハさんが目を細めた。

 

「いいね、モモイ君。君はゲームの画面として考えるわけだ」

 

「うん。プレイヤーが見続けられるかどうかって大事だし」

 

「なるほど。ヒビキ、光量を下げるだけではなく、見るべき部分に誘導を入れよう。怖さを消すのではなく、視線の逃げ場を作る」

 

「はい」

 

 コトリさんがすぐに補足する。

 

「つまり、危険情報を提示しつつ、視線を休ませる余白を画面内に作るということですね! これはUI設計としても非常に重要で、情報密度の高い画面では――」

 

「三行」

 

 ウタハさん、ヒビキさん、ミドリちゃんが同時に言った。

 

 コトリさんは一瞬固まった。

 

「情報は大事です! でも詰め込みすぎると疲れます! 余白も情報です!」

 

「完璧」

 

 モモイちゃんが拍手した。

 

 コトリさんは嬉しそうだった。

 

 私はその様子を見て、胸が少し温かくなる。

 

 エンジニア部の仲良くなり方は、こうなのだと思った。

 

 褒め合うだけではない。

 

 慰めるだけでもない。

 

 誰かの言葉を仕様にして、失敗して、直して、また試す。

 そうやって少しずつ、相手の見ているものを知っていく。

 

 ウタハさんが、私を作業台の近くへ呼んだ。

 

「レナ君、少し手伝ってくれ」

 

「私で大丈夫ですか」

 

「ああ。難しい作業ではない。このネジを締めてみてほしい」

 

 差し出された工具を受け取る。

 

 小さなドライバーだった。手に持つと、思ったより軽い。でも、先端は細くて、少し力を入れすぎると滑ってしまいそうだった。

 

「どれくらい締めればいいですか」

 

「そこが問題だ。強すぎると割れる。弱すぎると外れる。ちょうどいいところで止める」

 

「難しいですね」

 

「救護の包帯と同じだろう?」

 

 私は手を止めた。

 

 ウタハさんは作業台に肘をつき、こちらを見ている。

 

「強く巻けば止血にはなるが、血流を止めすぎる。緩ければ意味がない。違うかい?」

 

「……違わないです」

 

「なら、君は知っているはずだ。締めることと、壊すことの境目を」

 

 長い説明ではなかった。

 

 でも、その言い方で少し分かった。

 

 私はネジに工具を合わせ、ゆっくり回した。金属の感触が手に伝わる。少しずつ抵抗が強くなる。まだいける。でも、もう少しで強すぎる。包帯を巻く時の感覚を思い出す。締める。けれど、締めすぎない。

 

 そこで止めた。

 

「ここ、ですか」

 

 ウタハさんが確認する。

 

「いい」

 

 短い言葉。

 

 けれど、妙に嬉しかった。

 

「君の手は、力を入れるより先に相手の様子を見るんだな」

 

「そうでしょうか」

 

「ああ。工具の持ち方に出る。力で合わせるのではなく、抵抗を聞いている」

 

「抵抗を聞く」

 

「そう。機械も、少しは喋る。音、振動、熱、手応え。人間より素直なことも多い」

 

 ウタハさんは、そこで少しだけ笑った。

 

「人間は厄介だ。痛いと言わないことがある。怖いと言わないことがある。君みたいにね」

 

「……私ですか」

 

「違うかい?」

 

 返事が少し遅れた。

 

 ウタハさんは深く追及しなかった。けれど、その間だけで十分だと言わんばかりに、工具を受け取る。

 

「まあ、今はいい。君が嘘をつくときの癖を探すのは、ヴェリタスの仕事だ。私は、君が機械に触れる時の癖だけ見ておく」

 

「それはそれで、少し恥ずかしいです」

 

「恥ずかしがることはない。良い手つきだ」

 

 さらっと言われて、私はまた返事に困った。

 

 ヒビキさんが小さく言う。

 

「先輩、そういう言い方すると、レナさんが困ります」

 

「褒めているのだが」

 

「褒め方が近いです」

 

「近い?」

 

「距離じゃなくて、言い方が」

 

「ふむ。難しいな」

 

 ウタハさんは本気で考えている顔をした。

 

 モモイちゃんがぼそっと言う。

 

「エンジニア部の距離感もなかなかだね」

 

 ミドリちゃんが小声で返す。

 

「ミレニアム、全体的に距離感がおかしいのかも」

 

 アリスが真剣に頷く。

 

「距離感。ミレニアム難易度、高」

 

「そこ登録するんだ」

 

 三度目のテストで、試作機はようやく安定した。

 

 警告音は刺さらない。光はまぶしすぎない。画面の黒い反射はまだ不気味だけれど、見るための余白がある。雷ちゃんが画面の横で小さく光り、異常値が出ると自動で遮断するようになっている。

 

 Mirrorの反応データが、画面に映った。

 

 黒い鏡。

 

 少し遅れて動く影。

 

 でも、前ほど息が詰まらない。

 

「……見られます」

 

 私は言った。

 

「怖くないわけじゃありません。でも、見続けられます。これなら、途中で止めることもできると思います」

 

 ウタハさんは満足そうに頷いた。

 

「成功だな」

 

「パンパカパーン?」

 

 アリスが聞く。

 

 ウタハさんは少し考えてから言った。

 

「パンパカパーン、だ」

 

「パンパカパーン。エンジニア部、試作機の開発に成功しました」

 

 アリスが宣言した。

 

 モモイちゃんが拍手する。

 

「やった! エンジニア部すごい!」

 

「みんなの意見が入ったからね」

 

 ヒビキさんが小さく言った。

 

 コトリさんも嬉しそうに頷く。

 

「レナさん、モモイさん、ユズさんの反応も仕様に入っています。つまり、これはエンジニア部だけで作ったものではなく、共同開発と言っても過言ではありません!」

 

「共同開発」

 

 アリスが目を輝かせる。

 

「重要語です」

 

 私は画面を見つめた。

 

 共同開発。

 

 たしかに、そうかもしれない。

 

 ウタハさんの設計。ヒビキさんの音。コトリさんの説明。モモイちゃんのゲーム画面としての視点。ユズちゃんの「びっくりはするけど大丈夫」。私の、判断を止めないでほしいという感覚。

 

 全部が少しずつ入っている。

 

 だから、この機械はただ正確なだけではない。

 

 人が見るための形をしている。

 

 その時、画面の隅に別の反応が走った。

 

 細いノイズ。

 

 黒い鏡の奥で、文字列のようなものが一瞬だけ浮かぶ。

 

 ウタハさんの表情が変わった。

 

「止めろ」

 

 ヒビキさんがすぐに遮断する。

 

 画面が暗くなった。

 

「今のは?」

 

 先生が聞く。

 

 ウタハさんは少し黙ってから答えた。

 

「機械的な反応だけではないな。Mirror本体の問題というより、接続先に何かがある。情報、構造、現象が絡んでいる」

 

「ヴェリタスだけでは難しいですか?」

 

 ミドリちゃんが聞く。

 

「ヴェリタスは必要だ。だが、もう一人、こういう面倒なものを喜んで解く人間がいる」

 

 ウタハさんは少しだけ嫌そうに、でもどこか楽しそうに笑った。

 

「明星ヒマリ。ミレニアムが誇る、超天才清楚系病弱美少女ハッカーだ」

 

 モモイちゃんが目を瞬かせる。

 

「情報量多い自己紹介みたいな名前出てきた」

 

「彼女の場合、それがだいたい正しいから困る」

 

 ヒビキさんが小さく言った。

 

 アリスは胸を張る。

 

「新規クエスト発生。目的地、ヒマリ」

 

「人を目的地扱いしないで」

 

 ミドリちゃんがすぐに言う。

 

 でも、誰も否定しなかった。

 

 次はヒマリ。

 

 名前を聞いただけで、少し空気が変わった気がした。

 

 ウタハさんは試作機のカバーを閉じる。

 

「レナ君」

 

「はい」

 

「今日の君の感想は、きちんと機械に入った。仕様書には載らないかもしれないが、動作には残る」

 

「……はい」

 

「だから、次にこの機械を見る時は覚えておくといい。君はただ見ていただけじゃない。作った側にも少し入っている」

 

 胸の奥が、静かに温かくなった。

 

 ゲーム開発部では、お姉ちゃん。

 

 ヴェリタスでは、見られる人。

 

 C&Cでは、守られる人。

 

 エンジニア部では、少しだけ、作る側。

 

 ミレニアムでの私の形が、少しずつ増えていく。

 

 私は試作機を見た。

 

 雷ちゃんが、その横で小さく光った。

 

「ありがとう、雷ちゃん」

 

 そう言うと、雷ちゃんは短く電子音を鳴らした。

 

 アリスが嬉しそうに言う。

 

「雷ちゃん、返事をしました」

 

 ウタハさんが満足げに笑う。

 

「当然だ。優秀だからね」

 

 その声に、エンジニア部の三人がそれぞれ小さく笑った。

 

 金属の匂いと、少し焦げた匂いと、柔らかくなった警告音の余韻。

 

 エンジニア部らしい仲良くなり方は、たぶん、こういうものなのだと思った。

 

 同じものを見る。

 

 失敗する。

 

 直す。

 

 もう一度試す。

 

 そして、少しだけ良くなったものを一緒に喜ぶ。

 

 試作機の画面は暗くなっていた。

 

 でも、その奥にあるMirrorは、まだこちらを待っている。

 

 クエストは、続く。

 

 次は、超天才清楚系病弱美少女ハッカーのもとへ。




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