戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで 作:Zuzuiikb
提出完了の文字を見たあと、ゲーム開発部は一度、きれいに力尽きた。
モモイちゃんは机に突っ伏したまま、片手だけを上げて「勝った……何に勝ったか分かんないけど勝った……」と呟き、ミドリちゃんは画面の提出ログを三回確認してから、ようやく椅子の背に体を預けた。ユズちゃんはロッカーの扉にもたれるように座っていて、目元をこすりながらも、まだ端末を抱えている。アリスちゃんはスーパーノヴァの横にちょこんと座り、提出完了の画面をじっと見つめていた。
私は、空になった紙コップと栄養補給用のお菓子の袋を片づけながら、部室の中を見回した。
ひどい有様だった。
床にはメモが落ちている。机の上には端末とゲーム機と資料が重なり合っている。ホワイトボードには、誰が書いたのか分からない「ラスボスの演出を盛りすぎない」「ユズを寝かせる」「モモイを落ち着かせる」「アリスにパンパカパーンを言わせすぎない」「レナお姉ちゃんの飲み物管理に従う」などの文字が残っていた。
「最後、誰が書いたの」
私が言うと、モモイちゃんが突っ伏したまま手を上げた。
「私……」
「自分で書いたのに、あんまり従わなかったよね?」
「従った時間もあった……!」
「短かったね」
「レナお姉ちゃん、朝方のツッコミが鋭い……」
ミドリちゃんが、疲れた顔で少し笑う。
「お姉ちゃんが最後の最後に隠しイベント追加しようとした時、レナさんが止めてくれなかったら本当に危なかったよ」
「だって、最後に実は隠しボスが出たら熱いじゃん!」
「締切五分前に追加するものじゃないよ」
「五分あればいけると思った」
「いけない」
「ミドリの正論が痛い!」
アリスちゃんが真面目な顔で言った。
「モモイ、締切五分前の隠しボス追加は危険行動です」
「アリスまでそっち側!?」
「アリスはゲーム開発部です。ゲームを守ります」
「うっ……言い返せない……!」
ユズちゃんが、小さく笑った。
その笑いを聞いて、昨日の夜がちゃんと終わったのだと感じた。
でも、終わったのは制作だけだった。
結果発表は、まだこれからだった。
ミレニアムプライス。
ミレニアムサイエンススクールの技術と発想が集まる発表の場。ゲーム開発部にとっては、ただの受賞発表ではない。ここで成果を示せなければ、廃部の話がまた現実になる。
それは、みんな分かっていた。
だから、仮眠を取ったあと、結果発表を見るために部室へ集まった時、誰も完全には落ち着いていなかった。
モモイちゃんはテレビの前に座っている。膝の上で手を握ったり開いたりしていた。ミドリちゃんはその隣で、端末を持ちながらも画面を見ていない。ユズちゃんはロッカーの中に半分だけ入っていた。完全に隠れてはいない。顔だけ出して、テレビの方を見ている。アリスちゃんはスーパーノヴァを部屋の隅に置いて、両手を膝の上にそろえて座っていた。
私は飲み物を配った。
「モモイちゃん、水」
「飲んだら結果変わる?」
「変わらないけど、倒れにくくなる」
「じゃあ飲む……」
素直だった。
とても素直だった。
私は少しだけ笑ってしまった。
「ミドリちゃんも」
「ありがとうございます」
「ユズちゃん、ここ置いておくね」
「……ありがとうございます」
「アリスちゃんは?」
「アリスは、水分補給します。結果発表に備えます」
「うん。えらい」
アリスちゃんはコップを両手で持ち、真剣な顔で少しずつ飲んだ。
先生はテレビの横に立ち、みんなを見守っていた。何も言わない。けれど、その沈黙は冷たくない。必要になったら、いつでも声をかけてくれる沈黙だった。
画面の中で、ミレニアムプライスの発表が始まる。
最初の部門賞。
違う。
次の賞。
違う。
次も、違う。
モモイちゃんの背中が、少しずつ丸くなっていく。ミドリちゃんの指が端末の端を強く握る。ユズちゃんはロッカーの扉を両手で掴んでいた。アリスちゃんは、まばたきも少なく画面を見つめている。
私も、息が浅くなっていた。
ゲーム開発部の名前は出ない。
TSC2の名前も出ない。
画面の司会音声が、明るく次の賞を読み上げるたびに、部室の空気だけが重くなっていく。
「……まだ」
モモイちゃんが呟いた。
「まだ、一等があるし」
「うん」
ミドリちゃんが答える。
「まだあるよ」
「一等、取れたら廃部なしだよね」
「うん」
「取れるよね」
ミドリちゃんは答えなかった。
答えられなかったのだと思う。
アリスちゃんが小さく言う。
「TSC2は、面白いです」
モモイちゃんは画面を見たまま、少しだけ笑った。
「うん。面白いよ」
「アリスは、そう思います」
「うん」
「だから、名前が呼ばれます」
その声は、信じていた。
だから、聞いているこちらが苦しくなる。
そして、一等賞の発表が始まった。
画面が派手に切り替わる。司会の声が弾む。部室の誰も、動かなかった。
発表された名前は。
ゲーム開発部ではなかった。
TSC2ではなかった。
別の部活の、実用的な新素材開発プロジェクト。
画面の中では拍手が起きている。華やかな音が鳴っている。けれど、ゲーム開発部の部室には、何の音もなかった。
モモイちゃんの手が、ゆっくり下がった。
「……」
ミドリちゃんが、唇を噛む。
ユズちゃんは、ロッカーの扉の影に顔を半分隠した。
アリスちゃんは、画面を見たまま動かない。
私は、何を言えばいいのか分からなかった。
よく頑張ったね。
そんな言葉は、今は違う気がした。
TSC2は面白かったよ。
それも、今は届かない気がした。
モモイちゃんが、ゆっくり立ち上がった。
「……そっか」
声が平坦だった。
「一等、取れなかったんだ」
「お姉ちゃん」
ミドリちゃんが呼ぶ。
モモイちゃんは、テレビを見ていた。
「名前、出なかったね」
「……うん」
「TSC2、だめだったんだ」
「まだ、そう決まったわけじゃ」
「でも出なかったじゃん!」
モモイちゃんの声が跳ねた。
それは怒りだった。
でも、怒りだけではなかった。悔しさと、疲れと、怖さと、昨日まで押し込めていたものが一気に溢れた声だった。
「めちゃくちゃ頑張ったじゃん! アリスも、ユズも、ミドリも、先生も、レナお姉ちゃんも! みんなで作ったじゃん! ゲームを愛しなさいって言われたから、愛して作ったじゃん!」
モモイちゃんの手が、銃に伸びた。
私は一瞬、止めようとした。
けれど、間に合わなかった。
「なのに、なんで――!」
モモイちゃんが、引き金を引いた。
銃声。
テレビの画面が、派手な音を立てて砕けた。黒い煙が少し上がり、部室に硬い破裂音の余韻だけが残る。
全員が固まった。
モモイちゃん自身も、銃を持ったまま固まっていた。
「……撃っちゃった」
ミドリちゃんが、震える声で言った。
「お姉ちゃん」
「……うん」
「テレビ」
「……壊れたね」
「壊したんだよ!」
ミドリちゃんの声が、とうとう裏返った。
「なんで撃つの!? いや、気持ちは分かるけど! 分かるけど撃つ!?」
「だって、どうせ廃部になったら捨てるし……」
「そういう問題じゃない!」
モモイちゃんは今にも泣きそうな顔だった。ミドリちゃんは怒っているのに、同じくらい泣きそうだった。ユズちゃんはロッカーの中で小さくなり、アリスちゃんは壊れたテレビをじっと見ている。
私は、モモイちゃんの近くへ行った。
「モモイちゃん」
「……ごめん」
モモイちゃんは小さく言った。
「テレビ、撃っちゃった」
「うん。撃ったね。かなり見事に」
「そこ褒める?」
「褒めてない。確認」
「レナお姉ちゃん、確認が優しいようで優しくない……」
私は少しだけ息を吐いた。
「でも、怪我人はいない。そこはよかった」
モモイちゃんの目が揺れた。
「……ゲーム、だめだったのかな」
その声は小さかった。
「私たち、だめだったのかな」
私はすぐには答えなかった。
答えようとした時、部室の扉が勢いよく開いた。
「ゲーム開発部!」
ユウカさんだった。
息を切らしている。普段のきっちりした姿からは少し想像できないくらい、急いで来たのが分かった。
「ユウカ……」
モモイちゃんが、壊れたテレビの前で固まる。
ユウカさんは部室に入ってきて、壊れたテレビを見た。
一秒。
二秒。
三秒。
「……何してるの?」
低い声だった。
モモイちゃんが真っ青になる。
「あ、いや、これは、その、感情の演出というか、現代アートというか」
「テレビを銃撃した現代アートなんて聞いたことないわよ!」
「ですよね!」
ユウカさんは頭を押さえた。
「もう……本当に、あなたたちは……!」
そして、急に顔を上げた。
「じゃなくて!」
部室の空気が止まる。
ユウカさんは、少しだけ息を整えた。
それから、まっすぐ言った。
「おめでとう」
誰も、すぐには反応できなかった。
モモイちゃんが瞬きをする。
「……え?」
「だから、おめでとう」
ユウカさんは、今度は少しだけ笑った。
「TSC2、ミレニアムプライスの特別賞を受賞したわ」
沈黙。
今度の沈黙は、さっきと違った。
意味が、ゆっくり部屋の中へ広がっていく。
「特別賞……?」
ミドリちゃんが呟く。
「一等じゃないの?」
モモイちゃんが聞く。
「一等ではないわ。ミレニアムプライスは実用性を重視する大会だから、娯楽ゲームを通常の一等として扱うのは難しかったみたい。でも」
ユウカさんは、少しだけ表情を柔らかくした。
「TSC2は面白かった。懐かしさも、遊びとしての完成度も、ちゃんと評価された。だから特別賞が設けられたの」
モモイちゃんの口が、少し開いたまま止まった。
「……じゃあ」
「廃部の件も、来学期まで保留。少なくとも、今すぐゲーム開発部がなくなることはないわ」
その瞬間。
モモイちゃんが泣いた。
泣きながら叫んだ。
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ミドリちゃんが、顔を覆った。
「よかった……」
ユズちゃんはロッカーから半分出てきたまま、ぽろぽろ涙をこぼしていた。
「……よかった、です」
アリスちゃんは、しばらく何も言わなかった。
それから、ゆっくり立ち上がった。
「TSC2は、特別賞を受賞しました」
「うん!」
モモイちゃんが泣きながら笑う。
「ゲーム開発部は、続きます」
「うん!」
ミドリちゃんも、泣きそうな顔で頷く。
アリスちゃんの目にも、光が揺れていた。
「アリスは、これからもゲーム開発部にいていいですか」
部屋がまた静かになった。
でも、それは怖い沈黙ではなかった。
モモイちゃんが、アリスちゃんへ飛びつく。
「当たり前じゃん!」
ミドリちゃんもすぐに続いた。
「聞くまでもないよ」
ユズちゃんが小さな声で、それでもはっきり言った。
「……いてください」
先生が優しく頷く。
「もちろん」
アリスちゃんは、みんなを見た。
そして、涙を浮かべたまま笑った。
「これからも、よろしくお願いします」
その言葉で、私の胸の奥まで熱くなった。
アリスちゃんが泣いている。
でも、それは怖くて泣いているのではない。寂しくて泣いているのでもない。
いていいと言われて、泣いている。
私は、少しだけ目を伏せた。
よかった。
本当に、よかった。
「レナお姉ちゃん!」
モモイちゃんが、アリスちゃんを抱えたままこちらを向いた。
「特別賞! 特別賞だよ!」
「うん。聞こえたよ」
「ゲーム開発部、まだあるよ!」
「うん」
「TSC2、認められたよ!」
「うん」
モモイちゃんの顔がくしゃくしゃだった。
私は笑って、頷いた。
「おめでとう、モモイちゃん。ミドリちゃん。ユズちゃん。アリスちゃん」
言った瞬間、モモイちゃんが片腕を伸ばしてきた。
「レナお姉ちゃんも!」
「え?」
「レナお姉ちゃんも入るの! 飲み物くれたし、誤字見てくれたし、私の暴走制御係してくれたし!」
「最後、正式な役職みたいに言わないで」
「正式だよ! ゲーム開発部臨時モモイ制御係!」
「嫌な役職すぎる」
ミドリちゃんが泣き笑いしながら言う。
「でも、かなり助かりました」
「ミドリちゃんまで」
ユズちゃんが、小さく袖を引いた。
「……ありがとうございました」
アリスちゃんも頷く。
「レナは、ゲーム開発部の夜の一部です」
その言葉は、少しずるかった。
胸の奥が、きゅっとなる。
「……ありがとう」
私は小さく言った。
「でも、今日はみんなの勝ちだよ」
「みんなの勝ち!」
モモイちゃんが叫ぶ。
「特別賞!」
アリスちゃんが両手を上げた。
「パンパカパーン」
今度は、誰も止めなかった。
壊れたテレビの前で。散らかった部室の真ん中で。泣き顔と笑い声が混ざる中で。
アリスちゃんの声が響いた。
「ゲーム開発部、クエストクリアです」
ユウカさんは、その様子を見て、少しだけ呆れたように笑っていた。
「……本当に、騒がしい部ね」
ノアさんの声が入口から聞こえた。
「でも、良い騒がしさですね」
いつの間に来ていたのか、ノアさんがユウカさんの後ろに立っていた。手には受賞に関する資料がある。
「ノア、いつから?」
「テレビが壊れたあたりからでしょうか」
「止めてよ!」
モモイちゃんが叫ぶ。
「モモイさんがあまりに見事に撃ち抜いたので、少し記憶に残しておこうかと」
「残さないで! それは記録しなくていいやつ!」
「ふふ。検討します」
「絶対記録する顔だ!」
ユウカさんが大きくため息をついた。
「テレビの弁償については後で話しましょう」
「今じゃない!?」
「今は、まあ……」
ユウカさんは少しだけ照れたように視線を逸らした。
「受賞のお祝いが先」
モモイちゃんが固まった。
「ユウカ……」
「何よ」
「優しい……!」
「普段から優しいわよ!」
「いや、普段は数字の形した鬼かと」
「モモイ?」
「ごめんなさい!」
部室がまた笑いに包まれた。
その笑いの中で、先生が静かに窓の方を見た。
朝の光が、もうすっかりミレニアムの校舎を照らしている。
リオ先輩は、最後まで返事をしなかった。C&Cの命令も、Mirrorの奥も、まだ完全には消えていない。アリスちゃんのことも、G.BIBLEの中に紛れていた不明な何かのことも、きっとこの先へ続いていく。
でも、今日だけは。
今日だけは、ちゃんと喜んでいい気がした。
ゲーム開発部は、ゲームを完成させた。TSC2は、特別賞を取った。アリスちゃんは、ゲーム開発部にいていいと言われた。
それだけで、十分だった。
モモイちゃんは、壊れたテレビの前でまだ泣きながら笑っている。ミドリちゃんはそれを呆れた顔で見ながら、でも手を離さない。ユズちゃんはロッカーから出て、少しだけみんなの近くに座っている。アリスちゃんは、スーパーノヴァではなく、受賞通知の資料を大切そうに抱えていた。
私は、その光景を胸にしまった。
ゲームを愛しなさい。
G.BIBLEの言葉は、結局たったそれだけだった。
でも、たったそれだけを本当にやりきった人たちが、今ここで泣いて笑っている。
だから、あの言葉は間違っていなかったのだと思う。
「レナお姉ちゃん」
アリスちゃんが呼んだ。
「何?」
「シナリオは、終わりましたか」
私は少し考えた。
それから、首を振った。
「終わってないよ」
「続きますか」
「うん」
私は、ゲーム開発部のみんなを見た。
「シナリオは、つづくよ」
アリスちゃんは、その言葉を大切そうに受け取った。
「はい」
そして、にっこり笑った。
「シナリオは、つづきます」
部室の中で、もう一度笑い声が上がった。
壊れたテレビ。散らかった机。特別賞の通知。アリスちゃんの涙。モモイちゃんの叫び声。ミドリちゃんのため息。ユズちゃんの小さな「よかった」。先生の穏やかな笑顔。ユウカさんとノアさんの呆れたような優しい視線。
全部が、ゲーム開発部の一章だった。
そしてきっと、ここからまた次のステージが始まる。
パンパカパーン。
誰かがそう言った。
たぶん、アリスちゃんだった。
でも、その時はもう、誰の声でもよかった。
ゲーム開発部の物語は、まだ続いていく。
とりあえず、パヴァーヌ編編は原作に沿った部分は終わりました。この章のメインはゲーム開発部なのであんまりレナ主体で描けなかったんですよね。安心してください今からレナがメインでドロドロしていきます。