戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで   作:Zuzuiikb

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パヴァーヌ編1章 後日談
1話 クリア後の部屋で


 

 

 テレビは、まだ壊れたままだった。

 

 画面の中央には大きなひびが入り、端の方は黒く焦げている。昨日、モモイちゃんが感情のままに撃ち抜いたそこは、今もゲーム開発部の部室の隅で、何も映さずに沈黙していた。

 

 けれど、不思議なことに、それはもう昨日ほど痛々しく見えなかった。

 

 壊れたテレビの横には、ミレニアムプライス特別賞の通知が印刷されて貼られている。ユウカさんが「証明書類はちゃんと保管して」と言って置いていったものを、モモイちゃんが「これは飾るもの!」と言い張って、結局ミドリちゃんがきれいに貼り直した。少し斜めに貼ったモモイちゃんの跡が、裏側に残っているらしい。

 

 机の上には、まだ片づけきれていない資料。

 床には、昨夜の名残のメモ。

 ホワイトボードには、「TSC2完成!」「特別賞!」「テレビ弁償!」の三つが、妙に大きな字で並んでいた。

 

「最後だけ消したいんだけど」

 

 モモイちゃんが、ホワイトボードを見上げながら言った。

 

「消しても請求は消えないよ、お姉ちゃん」

 

 ミドリちゃんが即答する。

 

「ミドリ、現実って残酷だね」

 

「現実じゃなくて、お姉ちゃんがテレビ撃ったのが原因だよ」

 

「うぐっ」

 

 モモイちゃんが胸を押さえる。

 

 私はその横で、持ってきた差し入れの袋を机に置いた。

 

「はい、撃った人も撃たなかった人もおやつ食べよ。今日はお祝いなんだから」

 

「レナお姉ちゃん!」

 

 モモイちゃんがぱっとこちらを見る。

 

「その言い方、優しいのにしっかり刺してくる!」

 

「忘れないようにね」

 

「忘れたいよ!」

 

「弁償が終わったら、ちょっとだけ忘れていいよ」

 

「ちょっとだけ!?」

 

 ミドリちゃんが笑いをこらえながら、袋を覗き込む。

 

「ありがとうございます、レナさん。……あ、お菓子だけじゃなくて飲み物もある」

 

「もちろん。昨日の夜で分かったけど、ゲーム開発部は放っておくと糖分だけで進軍しようとするから」

 

「進軍」

 

 アリスちゃんが、スーパーノヴァの横から顔を上げた。

 

「ゲーム開発部、糖分で進軍しますか」

 

「しません」

 

 ミドリちゃんがすぐに言う。

 

「モモイならするかも」

 

 私が言うと、モモイちゃんが両手を広げた。

 

「待って、レナお姉ちゃん。私を糖分で動く謎の兵器にしないで」

 

「違うの?」

 

「違うよ!」

 

「でも昨日、チョコ食べた三分後に『今ならエンディング三つ追加できる!』って言ってたよ」

 

「それは……糖分じゃなくて情熱!」

 

「情熱って便利な言葉だね」

 

 私がそう言うと、ミドリちゃんが小さく吹き出した。ユズちゃんもロッカーの中で肩を揺らしている。アリスちゃんは真面目な顔でメモを取り出しそうになったので、私は慌てて手を振った。

 

「アリスちゃん、それは登録しなくていいよ」

 

「登録しませんか」

 

「しなくていい。モモイちゃんの名誉のために」

 

「レナお姉ちゃん、私の名誉守ってくれるの!?」

 

「うん。でもテレビの件は別」

 

「守りきれてない!」

 

 部室に笑いが広がった。

 

 昨日の泣き声の残りが、少しずつ溶けていくみたいだった。

 

 特別賞を取った翌日。ゲーム開発部は、正式なお祝い会をすることにした。正式、とモモイちゃんは言ったけれど、実際は部室でお菓子を広げて、TSC2をもう一度起動して、好きな場面を見返すだけだった。

 

 でも、それでよかった。

 

 この部室には、豪華な飾りよりも、少し散らかった机と、誰かが座り慣れた椅子と、何度も見返したゲーム画面の方が似合っている。

 

 壊れたテレビの代わりに、先生が用意してくれた予備のモニターを机の上に置く。モモイちゃんは「テレビ二号!」と命名しようとして、ユウカさんからのメッセージで「備品に勝手な名前をつけない」と釘を刺されていた。どうして分かったのかは分からない。たぶん、ユウカさんだからだ。

 

「では、TSC2特別賞記念上映会を始めます!」

 

 モモイちゃんが高らかに宣言した。

 

「上映会っていうか、自分たちのゲームを遊ぶだけだけどね」

 

 ミドリちゃんが言う。

 

「いいの! こういうのは言ったもん勝ち!」

 

「モモイ、その理論は危険です」

 

 アリスちゃんが真面目に注意する。

 

「アリスに危険判定された!」

 

「昨日の締切五分前隠しボス案と同じ匂いがします」

 

「アリス、成長したね……」

 

 私はしみじみと言った。

 

「レナお姉ちゃん、そこ感動するところ?」

 

「するところだよ。ちゃんとゲームを守れる勇者になってる」

 

 アリスちゃんは、一瞬だけ目を丸くした。

 

 それから、少し照れたように胸を張った。

 

「アリスは、ゲームを守る勇者です」

 

「うん。かっこいい」

 

「パンパカパーン」

 

 小さく言うアリスちゃんの声に、モモイちゃんがすぐ反応する。

 

「今のパンパカパーン、すごい良かった! ちょっと控えめで、でも誇らしい感じ!」

 

「お姉ちゃん、パンパカパーン評論家になってる」

 

「必要な仕事だよ、ミドリ!」

 

「必要かなぁ……」

 

 ユズちゃんが、ロッカーの中からそっと顔を出した。

 

「……でも、今のはよかったと思います」

 

 アリスちゃんがぱっと振り返る。

 

「ユズも、そう思いますか」

 

「はい。……かわいかったです」

 

「かわいい」

 

 アリスちゃんはしばらく考えた。

 

「アリスは、かっこよくてかわいい勇者です」

 

「最強じゃん!」

 

 モモイちゃんが即座に叫ぶ。

 

 私は笑いながら、ユズちゃんの近くに飲み物を置いた。

 

「ユズちゃん、今日はロッカーの外で食べる? 中でもいいけど、飲み物こぼしたら大惨事だよ」

 

「……外に、出ます」

 

「えらい」

 

「えらい、ですか」

 

「えらい。ロッカーから一歩出るのって、ユズちゃんにとってはけっこう大冒険でしょ?」

 

 ユズちゃんは、少しだけ目を伏せた。

 

「……はい。でも、今日は、みんなの近くで見たいので」

 

 その声が小さく胸に触れた。

 

 私は何も大げさに言わず、近くの椅子を引いた。

 

「じゃあ、ここ。逃げたくなったらロッカーまで三歩。戻りたくなったら、みんなまで一歩」

 

 ユズちゃんは椅子とロッカーの距離を見た。

 それから、小さく頷いた。

 

「……ちょうどいいです」

 

「でしょ」

 

 私が笑うと、ユズちゃんもほんの少しだけ笑った。

 

 こういう距離を、私は覚えていきたいと思う。

 

 近すぎても苦しい。遠すぎても寂しい。手を伸ばせば届くけれど、逃げたくなったら逃げられる距離。救護騎士団で教わった距離とは少し違う。これはたぶん、ゲーム開発部でしか覚えられない距離だった。

 

 モニターにTSC2のタイトル画面が映る。

 

 作った本人たちなのに、モモイちゃんは「おお……」と息を飲んだ。ミドリちゃんも、少しだけ背筋を伸ばす。ユズちゃんは椅子の端に座ったまま、手をぎゅっと握っていた。アリスちゃんは、まるで初めて見るゲームみたいに目を輝かせている。

 

 タイトルロゴが揺れる。

 音楽が流れる。

 昨日、何度も聞いたはずの曲。

 

 でも、今日は違って聞こえた。

 

 締切前の焦りの中ではなく、完成したゲームとして聞く音楽。誰かに評価されたあとで、それでも自分たちのものとして戻ってきた音。

 

「……できたんだね」

 

 モモイちゃんが、ぽつりと言った。

 

 いつもの大声ではなかった。

 

「ほんとに、できたんだ」

 

 ミドリちゃんが、静かに頷く。

 

「うん。できたよ」

 

「昨日、提出完了って出た時も思ったけどさ。こうして見ると、なんか……ちゃんとあるね。私たちが作ったゲームが、ちゃんとここにある」

 

 モモイちゃんの声は少し震えていた。

 

 私は、お菓子の袋を開ける手を止めた。

 

 この言葉は、流さない方がいいと思った。

 

 モモイちゃんは画面を見つめたまま続ける。

 

「途中で何回も、もう無理かもって思った。廃部とか、G.BIBLEとか、アリスのこととか、リオ先輩の命令とか、C&Cとか、なんかもう全部わけ分かんなくなってさ。でも、部室に戻ると、ミドリが画面直してて、ユズがログ守ってて、アリスが『アリスも作業します』って言って、先生が見てて、レナお姉ちゃんが水持ってきて……そしたら、まだ続けられる気がしたんだよ」

 

 長い台詞だった。

 

 モモイちゃんにしては、少しゆっくりだった。

 

「だから、TSC2って、ゲームだけどさ。私たちがあの夜にちゃんといたって証拠みたいな気がする。うまく言えないけど、昨日の全部が消えなかったっていうか、ちゃんとゲームの中に残ったっていうか……」

 

「モモイちゃん」

 

 私が呼ぶと、モモイちゃんは少し照れたように笑った。

 

「な、何? 今のちょっといいこと言いすぎた?」

 

「うん。すごくよかった。びっくりした」

 

「びっくりは余計!」

 

「だってモモイちゃん、たまに急に刺してくるから」

 

「刺す!? 私、感動させたかったんだけど!」

 

「刺さったよ。ちゃんと」

 

 私は笑った。

 

「TSC2は、あの夜の証拠だね。みんなが逃げなかった証拠」

 

 モモイちゃんは、一瞬だけ泣きそうな顔になった。

 

 でも、泣かなかった。

 

 その代わり、胸を張った。

 

「でしょ!」

 

 ミドリちゃんが横で小さく笑う。

 

「お姉ちゃん、今ので全部台無しにするところがすごい」

 

「褒めてる?」

 

「半分」

 

「半分かぁ!」

 

 アリスちゃんは、タイトル画面を見つめながら言った。

 

「TSC2は、夜の記録です」

 

「うん」

 

 私が頷く。

 

「そして、ゲーム開発部のセーブデータです」

 

「いいこと言うじゃん、アリス!」

 

 モモイちゃんがアリスちゃんの肩を抱こうとして、スーパーノヴァにぶつかりそうになり、ミドリちゃんに止められた。

 

「お姉ちゃん、距離」

 

「ごめん!」

 

 私は、ユズちゃんの方を見た。

 

 ユズちゃんは画面を見つめたまま、ぽつりと言った。

 

「……私、提出できた時も嬉しかったんですけど、特別賞って聞いた時より、今こうしてみんなで見てる方が……少し、安心します」

 

「安心?」

 

「はい。賞は、外の人が認めてくれたってことだと思います。でも、今は……私たちが、これを好きでいていいんだって思えるので」

 

 ユズちゃんの声は、本当に小さかった。

 

 でも、部室の中ではちゃんと届いた。

 

 ミドリちゃんが、そっと頷く。

 

「分かるよ、ユズ。賞は嬉しいけど、それだけじゃなくて……私たちが作ったものを、私たちがちゃんと好きでいられるのって、大事だと思う」

 

「ミドリちゃん」

 

 私が言うと、ミドリちゃんは少しだけ頬を赤くした。

 

「な、何ですか」

 

「今のもよかった。ゲーム開発部、急に名言ラッシュだね」

 

「茶化さないでください」

 

「茶化してないよ。ちょっと感動してる」

 

「ちょっとですか」

 

「かなり」

 

「なら、いいです」

 

 ミドリちゃんは目を逸らした。

 

 その横顔が、少し嬉しそうだった。

 

 ゲームが始まる。

 

 モモイちゃんが操作しようとして、アリスちゃんにコントローラーを渡した。

 

「今日はアリスがやって」

 

「アリスが?」

 

「うん。アリスが初めてゲーム開発部として完成させたゲームだから」

 

 アリスちゃんは、コントローラーを両手で受け取った。

 

「アリスが、TSC2をプレイします」

 

「うん!」

 

 モモイちゃんが頷く。

 

「で、私たちが横でめちゃくちゃ口出しする」

 

「お姉ちゃん、それ邪魔」

 

「実況! 実況だから!」

 

「実況と口出しは違うよ」

 

 ミドリちゃんに言われて、モモイちゃんは胸を張る。

 

「じゃあ、実況多め口出し少なめ!」

 

「少なめにできる?」

 

「努力する!」

 

「不安」

 

 アリスちゃんが真剣に言った。

 

「モモイの口出しは、ゲーム難易度に影響しますか」

 

「するかも」

 

 私が言うと、モモイちゃんが叫んだ。

 

「レナお姉ちゃんまで!」

 

「いや、だって横から『そっちじゃない!』『そこでジャンプ!』『今の敵は無視!』って言われたら難易度上がるでしょ」

 

「たしかに!」

 

「納得するんだ」

 

 そんなふうに笑いながら、TSC2は始まった。

 

 アリスちゃんは、驚くほど真剣にゲームを進めた。チュートリアルの文字も、背景の小さな装飾も、キャラクターの台詞も、まるで宝物を一つずつ拾うみたいに見ていく。モモイちゃんは何度も何かを言いかけて、そのたびにミドリちゃんに袖を引かれた。ユズちゃんは、自分の作った部分がちゃんと動くたびに、ほっとした顔をした。

 

 私は少し後ろから、その光景を見ていた。

 

 家族みたいだと思った。

 

 血が繋がっているわけではない。年齢も、性格も、得意なことも違う。声の大きさも、怖がり方も、笑い方も違う。でも、ひとつの画面を囲んで、同じところで息を飲み、同じところで笑い、同じところで「あ」と声を漏らす。

 

 誰かが失敗しても、責めるより先に笑って、もう一回と言う。

 

 そういう場所を、家族と呼ぶのかもしれない。

 

 アリスちゃんが少し難しい場面で止まった。

 

「ここは、どう進みますか」

 

 モモイちゃんが言いかける。

 

「そこはね――」

 

 でも、途中で止まった。

 

 アリスちゃんが振り返る。

 

「モモイ?」

 

 モモイちゃんは少しだけ笑った。

 

「アリスが考えてみて」

 

「アリスが」

 

「うん。たぶん分かるよ。アリスは、勇者だから」

 

 アリスちゃんは画面へ向き直った。

 

 しばらく考える。

 

 そして、ゆっくり進んだ。

 

 隠れていた道を見つける。

 画面の中のキャラクターが、新しい場所へ出る。

 

「進めました」

 

「ほら!」

 

 モモイちゃんが跳ねた。

 

「アリス、すごい!」

 

「モモイが教えませんでした」

 

「うん。言わないの、めちゃくちゃ大変だった!」

 

 ミドリちゃんが呆れた顔をする。

 

「そこ自慢するんだ」

 

「自慢する! 今の私は我慢できるモモイ!」

 

「すごい称号ですね」

 

 私が言うと、モモイちゃんは胸を張った。

 

「レア称号だよ」

 

「取得条件、五分黙る?」

 

「厳しすぎない!?」

 

 アリスちゃんが、小さく笑った。

 

 それから、画面を見つめたまま言った。

 

「アリスは、自分で道を見つけました」

 

「うん」

 

 私は頷いた。

 

「見つけたね」

 

「でも、ひとりではありません」

 

 アリスちゃんは、コントローラーを握ったまま言った。

 

「モモイが待ってくれました。ミドリが見ていました。ユズが静かにしてくれました。先生がそばにいました。レナが、笑っていました」

 

 不意に、自分の名前が出て、胸が詰まった。

 

 アリスちゃんは、まっすぐこちらを見た。

 

「だから、アリスは安心して迷えました」

 

 言葉が、深く入ってきた。

 

 安心して迷える。

 

 それは、なんて優しい言葉なのだろう。

 

 私は少しだけ笑って、でも声がすぐには出なかった。

 

「……そっか」

 

 やっと、それだけ言う。

 

「迷っても大丈夫って思えるの、いいね」

 

「はい」

 

 アリスちゃんは頷く。

 

「ゲーム開発部は、迷っても戻れます」

 

 モモイちゃんが、急にアリスちゃんを抱きしめた。

 

「アリスー!」

 

「モモイ、操作ができません」

 

「今はいいの! 抱きしめタイム!」

 

「抱きしめタイム」

 

「そう!」

 

 ミドリちゃんが少し笑って、アリスちゃんの反対側にそっと手を添えた。ユズちゃんも、椅子から少しだけ身を乗り出して、アリスちゃんの袖をつまむ。

 

 私はその光景を見て、胸がいっぱいになった。

 

 ここにいていいのだと思った。

 

 救護騎士団としてではなく、先生の同行者としてでもなく、外から来た助っ人としてでもなく。

 

 ただ、レナとして。

 

 この部室の端で、笑っていていい。

 

「レナお姉ちゃんも!」

 

 モモイちゃんが突然こちらを向いた。

 

「え、私も?」

 

「当たり前!」

 

「今、完全に家族の抱擁に見えたけど、私まで入ったら狭くない?」

 

「狭いくらいがちょうどいい!」

 

「モモイちゃん、それはたぶん部屋の整理が苦手な人の理論だよ」

 

「違う! 愛の理論!」

 

「愛の理論、収納力低そう」

 

「レナお姉ちゃん、今日キレキレ!」

 

 笑いながら、私は少しだけ近づいた。

 

 モモイちゃんが私の腕を引く。ミドリちゃんが「お姉ちゃん、強く引かない」と注意する。ユズちゃんが、ほんの少しだけ私の袖を掴む。アリスちゃんが、真ん中で嬉しそうに笑う。

 

 ぎゅうぎゅうだった。

 

 暑い。

 

 狭い。

 

 モモイちゃんの髪が頬に当たり、アリスちゃんの肩が腕に触れ、ユズちゃんの指先が袖越しに小さく震えている。ミドリちゃんは照れたように目を逸らしているけれど、離れようとはしない。

 

 家族みたいだと思った。

 

 でも、それを言葉にすると泣いてしまいそうで、私は冗談に逃げた。

 

「これ、ゲーム開発部の新しい必殺技?」

 

「そう!」

 

 モモイちゃんが即答する。

 

「名前は?」

 

 私が聞くと、モモイちゃんは一瞬考えた。

 

「レナお姉ちゃん包囲陣!」

 

「待って。私が敵みたいになってる」

 

「じゃあ、レナお姉ちゃん保護陣!」

 

「急にC&Cっぽい」

 

 ミドリちゃんが笑いながら言う。

 

「普通に、みんなでぎゅってする、でいいんじゃない?」

 

「ミドリ、タイトル弱いよ!」

 

「お姉ちゃんのタイトルが強すぎるんだよ」

 

 アリスちゃんが真剣に言う。

 

「ゲーム開発部、レナをセーブポイントに登録します」

 

「え、私、登録されるの?」

 

「はい」

 

「セーブポイントって、動かないものじゃない?」

 

「レナは動くセーブポイントです」

 

「高性能だね」

 

「はい。高性能です」

 

 アリスちゃんがあまりに真面目に言うので、私はとうとう笑ってしまった。

 

 笑いながら、胸の奥が熱くなる。

 

 動くセーブポイント。

 

 そんなもの、変だ。

 

 でも、アリスちゃんが言うと、なぜか正しい気がしてしまう。

 

 モモイちゃんが、私の肩に額を押しつけるようにして言った。

 

「レナお姉ちゃんさ」

 

「うん?」

 

「また来てね」

 

「来るよ」

 

「明日も?」

 

「明日は救護騎士団の方に顔出さないと。ミネ団長に怒られちゃう」

 

「じゃあ明後日」

 

「予定見てからね」

 

「むぅ」

 

 モモイちゃんが不満そうに唇を尖らせる。

 

 でも、その声の奥に、少しだけ違うものがあった。

 

 帰ってほしくない。

 

 そう言われた気がした。

 

 ミドリちゃんが、モモイちゃんをたしなめるように言う。

 

「お姉ちゃん、レナさんにも予定があるんだから」

 

「分かってるよ……分かってるけどさ」

 

 モモイちゃんは、私の肩から額を離さなかった。

 

「部室にレナお姉ちゃんがいると、なんか安心するんだもん。お菓子持ってきてくれるとか、水飲めって言ってくれるとか、モモイ暴走制御係とか、そういうのもあるけど……それだけじゃなくて。いると、部室がちょっと柔らかくなるんだよ。ゲーム作ってる時も、失敗した時も、怒られた時も、戻ってこれる場所が増えたみたいで」

 

 長い言葉だった。

 

 モモイちゃんの声は、少しだけ震えていた。

 

「だから、毎日じゃなくてもいいから、また来て。いっぱいじゃなくてもいいから。ちょっとだけでもいいから。レナお姉ちゃんが部室に顔出して、『また散らかしてる』って言ってくれたら、たぶん私、また頑張れるから」

 

 胸が詰まった。

 

 モモイちゃんは、こういう時、まっすぐすぎる。

 

 普段は騒がしくて、勢いで全部押し流して、ツッコミどころだらけなのに。大事なところで、逃げない。

 

 私は、モモイちゃんの頭をそっと撫でた。

 

「来るよ」

 

 今度は、軽く言わなかった。

 

「毎日は無理かもしれない。でも、ちゃんと来る。部室が散らかってるか確認しに来るし、モモイちゃんがまた締切五分前に隠しボスを入れようとしてないか見張りに来るし、ユズちゃんがちゃんと休んでるか見るし、アリスちゃんのパンパカパーンも聞きに来る」

 

「ミドリは?」

 

 ミドリちゃんが少しだけ拗ねたように聞いた。

 

 珍しい。

 

 私は思わず笑った。

 

「ミドリちゃんには、お姉ちゃんを止めすぎて疲れてないか聞きに来る」

 

「それは……助かります」

 

「ミドリ、私どんだけ負担なの!?」

 

「かなり」

 

「即答!」

 

 笑いが戻る。

 

 でも、モモイちゃんの手は、まだ私の袖を離さなかった。

 

 ユズちゃんも、ほんの少しだけ袖を掴む力を強くした。

 

 アリスちゃんは、私を見上げる。

 

「レナは、帰りますか」

 

 その質問は、少しだけ胸に刺さった。

 

「今日は、まだ帰らないよ」

 

「今日は」

 

「うん。今日は、もう少しいる」

 

 アリスちゃんの表情が明るくなる。

 

「では、TSC2を続けましょう」

 

「うん。続けよう」

 

 モモイちゃんがぱっと顔を上げた。

 

「じゃあ、レナお姉ちゃんもプレイして!」

 

「え、私?」

 

「うん! レナお姉ちゃん視点の感想が欲しい!」

 

「私、そんなに上手くないよ」

 

「大丈夫! 下手でも面白いから!」

 

「モモイちゃん、それ褒めてる?」

 

「褒めてる!」

 

「怪しいなぁ」

 

 私はコントローラーを受け取った。

 

 アリスちゃんが隣に座る。モモイちゃんが反対側に座る。ミドリちゃんは少し後ろから画面を見る。ユズちゃんはロッカーに戻らず、椅子に座ったままこちらを見ていた。

 

 ゲームが始まる。

 

 最初の敵に、私は普通にぶつかった。

 

「あっ」

 

「レナお姉ちゃん!?」

 

「待って、今のは敵が急に来た」

 

「敵はだいたい急に来るよ!」

 

「ゲームって厳しいね」

 

「救護騎士団の人がゲームに負けてる!」

 

「現実なら手当てできるけど、ジャンプのタイミングは手当てできないんだよ」

 

 モモイちゃんが大笑いした。ミドリちゃんも肩を震わせ、アリスちゃんは真剣に言う。

 

「レナ、ジャンプは早めです」

 

「はい、先生」

 

「アリスは先生ではありません。勇者です」

 

「勇者先生」

 

「新しいジョブです」

 

「登録しないでね」

 

 今度は私が笑ってしまって、また敵にぶつかった。

 

 部室中に笑い声が広がる。

 

 壊れたテレビの横で、特別賞の通知が少しだけ揺れていた。窓の外では、ミレニアムの午後の光がゆっくり傾いている。

 

 リオ先輩はまだ返事をしない。

 Mirrorの奥も、アリスちゃんの謎も、何も終わっていない。

 

 でも、今この部屋には、終わらなかったものもある。

 

 ゲーム開発部は続く。

 TSC2は残る。

 アリスちゃんはここにいる。

 モモイちゃんは騒がしくて、ミドリちゃんは呆れながら支えて、ユズちゃんは少しずつ外へ出てきて、先生は穏やかに見守っている。

 

 そして私は、コントローラーを握りながら、何度もゲームオーバーになっていた。

 

「レナお姉ちゃん、そこはジャンプ!」

 

「押した!」

 

「押せてない!」

 

「押した気持ちはある!」

 

「気持ちじゃ跳べないよ!」

 

 モモイちゃんのツッコミに、私は笑いすぎてまた失敗した。

 

 でも、誰も責めなかった。

 

 もう一回、と言ってくれた。

 

 もう一回。

 

 それは、ゲームの中だけの言葉ではなかった。

 

 迷っても戻れる。

 失敗しても笑える。

 帰ってきたら、誰かがいる。

 

 この部室は、そういう場所だった。

 

 私は少しだけ目を細めて、画面を見た。

 

 シナリオは、つづく。

 

 その言葉が、今はとても温かかった。p

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