戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで 作:Zuzuiikb
1話 なんか安心
「……よし」
私はそっとペンを置いた。
窓の外は、もうかなり暗い。時計を見ると、とうに下校時間を過ぎている。教室に残っている生徒も、もう数えるくらいしかいなかった。
静かだ。
紙をめくる音と、遠くの廊下から聞こえる足音だけ。
「……終わったぁ……」
机へ突っ伏す。いや待って。終わってない。正確には“今日提出分が終わっただけ”で、課題自体は普通にまだ山ほどある。
なんなの?トリニティって睡眠を敵視してる?
というか絶対いるよね、「学生は睡眠三時間でも動けます」みたいな前提で課題量決めてる人。やめてほしい。人類には個体差があるので。
私はノートを閉じながら、小さく息を吐いた。
ページの端には細かい書き込みがびっしり残っている。何度も解き直した跡。消しゴムで擦れた紙。途中で計算を書き直した跡。
頑張った。
……いやまあ、頑張らないと普通についていけないんだけど。
「なんでみんなあんな自然にできるんだろ」
ぽつりと呟く。
私だって別にサボってるわけじゃない。授業もちゃんと聞いてるし、復習もしてる。分からないところは調べるし、ノートもまとめる。寝る前に見返したりもする。
でも。
それでも、要領いい人には勝てない。同じ時間やってるはずなのに、気づいたら向こうは余裕そうに終わってて、私はまだノートと睨めっこしてる。
別に誰かに責められてるわけじゃない。
でも、勝手に落ち込む。あーはいはい、また私だけ時間かかってますよー、みたいな。
「うぅ……」
なんか急に惨めになってきた。やめやめ。こういう思考に入ると良くない。
経験上、ここから先は“自分の黒歴史思い出し大会”が始まる。
危険。
脳内避難警報。
「……レナちゃん?」
「っっひ!?」
肩が跳ねた。
振り返る。
教室の入り口に立っていたのは、ヒフミ先輩だった。
「あっ、ご、ごめんなさい! 驚かせちゃいました?」
「い、いえ! こちらこそすみません、勝手にびっくりして……!」
「えへへ……」
ヒフミ先輩が柔らかく笑う。なんかこの人、本当に空気がふわふわしてる。いるだけで周囲の角が丸くなるみたいな。本当に可愛いな。
「まだ残ってたんですね」
「あー、ちょっと課題が終わらなくて……」
「わぁ……お疲れ様です」
ヒフミ先輩が机のノートを見る。
その瞬間。
「……すごい」
「え?」
「すごくちゃんと書いてますね」
少し驚いた声だった。
「えっ、いやそんな……」
「だって、ここまで細かくまとめるのって大変じゃないですか? 私、途中で絶対“まあいっか……”ってなっちゃいますもん」
「いやでも、私ほんと要領悪いので……こうでもしないと普通に置いてかれるっていうか。なんか昔から、“人より時間かけないと同じ位置に立てない”感じなんですよね」
あ。
やば。
またちょっと重い話した。
引かれちゃう。いやヒフミ先輩はそんな人じゃない。でも空気悪くしちゃったな...本当に私は私が嫌いだ。
いやだからその思考やめろって。
「……でも」
ヒフミ先輩がノートを見ながら、小さく笑う。
「ちゃんと頑張れるの、すごいと思いますよ」
「……」
一瞬、言葉が止まった。
なんだろう。その言い方。
変に慰めっぽくない。だから余計、胸に残る。
「あっ、そうだ!」
ヒフミ先輩がぱっと顔を上げる。
「レナちゃん、このあと時間ありますか?」
「え?」
「実は今日からペロロ様展示会が始まってて……!」
あ。やばい。
急にテンションが上がった。
なんか空気の温度が二度くらい上昇した気がする。
「展示会……ですか?」
「はいっ! 限定グッズとか特別展示とかもあるんですよ! それで、もし迷惑じゃなければ、一緒にどうかな〜って……あっ、もちろん予定あったら全然大丈夫ですからね!? ほんと軽い感じなので!」
慌てたみたいに手を振る。なんかかわいい。というかこの人、ペロロ様の話になると急に早口になるな。
「えっと……」
本音を言うと、ちょっと疲れてはいる。
でも。
ここで断ると、“誘ってくれたのに悪いな……”が発生する。
そして私はそのまま帰宅後一時間くらい、
「もっと別の言い方あったのでは?」
会議を始める。
知ってる。私を一番苦しめるのは私だ。
「……行きます」
「ほんとですか!?」
ぱっとヒフミ先輩の顔が明るくなる。
うわ。なんか今、“喜んでもらえた”感すごい。
やった。
「ありがとうございますっ! じゃあ急いだ方がいいかもです! 限定グッズ、油断すると本当に消えるので!」
「えっ、そんな激戦区なんですか」
「はい!」
即答だった。
怖。
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「……いや待ってください」
私は展示会場の入り口で立ち止まった。
「想像の五倍人いるんですけどっ!!」
「今日は初日ですからね〜!」
ヒフミ先輩が楽しそうに笑う。
いや笑い事?
人、人、人。あと見渡す限りペロロ様。
巨大パネル。
ぬいぐるみ。
ポスター。
限定グッズ。
なんかもう空間全体がペロロ様に侵食されてる。
「え、すご……」
「でしょう!?」
ヒフミ先輩のテンションがさらに上がる。
「この前の記念展示より規模大きいんですよ! ほら見てくださいレナちゃん、あそこの限定イラスト! あれ雑誌掲載版から微妙に表情修正入ってるんです! あと今回のペロロ様、全体的に彩度が柔らかめで――」
「待ってください情報量」
早い早い。息継ぎどこ?
「いやでも分かります!? この絶妙な丸さ! なんかこう、“安心感のあるフォルム”してません!? 見てると“まあ人生なんとかなるか……”って気持ちになれるんですよ!」
「ペロロ様に精神安定剤みたいな効果求めてません?」
「ありますよ!」
「あ、あるんだ……」
断言された。本当にこのキャラクターにそんな効果があるか疑問だが。
でも。ヒフミ先輩、本当に楽しそうだった。
グッズ見るたび目がきらきらするし、展示前で立ち止まるたび感想が止まらない。
「このペロロ様、実は三年前の限定ビジュアルオマージュなんですよ! あっでもただの焼き直しじゃなくて、ちゃんと今風にアレンジされててですね――」
「ほんとに好きなんですね……」
「はいっ!」
迷いゼロ。
なんか来てよかったな。
「……でもちょっと羨ましいかも」
「え?」
「いや、なんか。そこまで“好き!”って言えるものあるの、すごいなって」
私なんて、好きなもの聞かれても毎回ちょっと困る。これって言えるほど、自信持って好きになれるものが少ない。でもヒフミ先輩は違う。
好きなものを好きって言う時、ちゃんと目が輝く。
それがなんか、少し眩しかった。
「あっ、レナちゃん見てください!」
ヒフミ先輩が、きらきらした目で奥の展示スペースを指差した。
そこには、巨大なペロロ様バルーンが鎮座していた。
でかい。
思ってた三倍でかい。
「うわっ……」
「すごいですよね!? これ今回の目玉展示なんです! 実は内部骨格に特殊素材使ってるらしくて、普通のバルーンより表面の丸みが綺麗なんですよ!」
「待ってください。もしかしてそれ買おうとか思ってませんよね!?」
「もちろん買うよ!」
即答だった。
怖。
なんかもう、好きなものの前で隠しきれなくなってる感じがする。
私は巨大ペロロ様を見上げながら、小さく息を吐いた。
「……なんか、不思議ですね」
「え?」
「いや、ペロロ様ってこう……冷静に見ると結構変な顔してるのに、見てるとだんだん可愛く見えてくるというか」
「分かります!?」
ヒフミ先輩が勢いよく食いついた。
「いやでもほんと、“ギリギリの精神状態で働いてる社会人”みたいな顔してません? なんか“もう帰りたいけど会議終わんない……”みたいな」
「ふふっ! レナちゃん、ペロロ様の見方独特すぎます〜!」
ヒフミ先輩が吹き出す。うわ。なんかめちゃくちゃ笑ってる。
「いやでも絶対ありますって。なんかこう、“全てを受け入れた者の目”してるじゃないですか」
「だめっ、もう普通の顔に見えなくなっちゃいますぅ……!」
肩を震わせながら笑っている。
そんなにツボだった?
でも。
その笑い方見てると、なんかちょっと嬉しくなる。
「……あっ」
不意にヒフミ先輩が足を止めた。
視線の先。限定グッズコーナー。
そこに並んでいたのは、小さなペロロ様のぬいぐるみだった。
薄い水色の限定カラー。
「あれ、さっき言ってたやつですよね。“三年前の限定カラーの復刻”」
「えっ」
ヒフミ先輩がこっちを見る。
「覚えてたんですか?」
「いやまあ、あれだけ熱弁されたら……」
「熱弁って」
ちょっと照れたみたいに笑う。でも。その顔、なんか少し嬉しそうだった。
「これほんと可愛いですよねぇ……。元のカラーも好きなんですけど、この淡い感じすごく良くて……なんていうか、“雨の日にぼーっと見たくなる色”っていうか……」
「感性が詩人なんですよね、たまに」
「えへへ……」
ヒフミ先輩はぬいぐるみをそっと持ち上げる。その動きが妙に丁寧だった。
本当に好きなんだな。なんかそういうの、いい。
その時。
後ろから人が押し寄せる。
「あっ、すみません!」
私は反射的に横へ避けながら、ヒフミ先輩の肩を軽く引いた。
ぶつかりそうだった女子生徒が、
「あ、ごめんなさい!」
と言いながら通り過ぎていく。
「だ、大丈夫ですか?」
「あっ、はい! ありがとうございます、レナちゃん」
「いや、今のは普通に危なかったので……」
言いながら、私は無意識に人の流れを見る。
あっち混んでる。
このまま進むとまたぶつかる。
「ヒフミ先輩、こっちの方が空いてます」
「え?」
「たぶん今向こう側から人流れてきてるので、先にあっち見た方が楽かもです」
「あっ、ほんとだ……」
ヒフミ先輩が少し驚いた顔をした。
「レナちゃん、周り見るの上手ですね」
「えっ、いやそんな……」
「私、好きなもの見ると周り見えなくなっちゃうので、ちょっと助かっちゃいました」
柔らかく笑う。その言い方が、妙に自然だった。変に持ち上げる感じじゃない。だから逆に、照れる。
「いやでも私、こういうのだけなんですよね。人混みで“ぶつからない場所探す”とか、“空気悪くならない位置”探すのだけ妙に慣れてるっていうか……」
言いながら、少しだけ笑う。
あぁまただ。
これ、普通に言ったつもりなのに、たまに変な空気になるやつ。
でも。
「……レナちゃんって、優しいですね」
「え?」
「だってさっきも、自分より先に私引っ張ってくれましたし。あと、ちゃんと周り見てくれてるじゃないですか」
「いや、でもこれ癖みたいなもので……」
「癖でも、できない人多いですよ?」
ヒフミ先輩がぬいぐるみを抱えたまま、小さく笑う。
「私、そういうの素敵だと思います」
その瞬間。胸の奥が、少しだけ詰まった。
なんだろう。
こういう風に言われるの、慣れてない。
なんか、むずむずする。
嬉しいのに、
”いやそんなことないです“
って否定したくなる。
でも。
ヒフミ先輩の前だと、それを言うのも少し違う気がした。
「……ありがとうございます」
だから私は、ちょっとだけ俯きながらそう答えた。
ヒフミ先輩は、嬉しそうに笑った。
ちなみにこの人テロリスト容疑がかかってるらしい。そんなわけないのにね。あと投稿頻度が高いのはある程度書き溜めてるからでずっとこのペースは無理です流石に。ご了承ください