戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで   作:Zuzuiikb

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12話 整えられた待機室

 

 

 任務後の待機室、と聞いて、私はもっと殺風景な場所を想像していた。

 

 予備の椅子が置いてあって、机があって、最低限の照明があるだけの部屋。C&Cの任務中に一時的に使う場所なら、それくらいで十分なのだろうと思っていた。

 

 けれど、アカネさんに案内された部屋は違った。

 

 小さな部屋だった。

 

 でも、狭くは感じない。

 

 窓には薄いカーテンが引かれていて、外から中は見えにくい。椅子は出入口と窓の両方が見える位置に置かれている。机の上には温かい飲み物と、甘すぎなさそうな軽食。隅にはタオルと上着、簡易救急箱。壁際には通信端末が一つ。

 

 整いすぎている。

 

 でも、冷たくはない。

 

「こちらで少しお休みください」

 

 アカネさんは穏やかに言った。

 

「外の確認が終わるまで、少し時間がありますので」

 

「ありがとうございます。……すごく、準備されてますね」

 

「任務後に必要になるものは、だいたい決まっていますから」

 

「だいたい、でここまで用意できるんですか?」

 

「慣れです」

 

 アカネさんは微笑んだ。

 

 その笑顔は柔らかい。けれど、柔らかいだけではない。部屋全体がこの人の手で整えられているのだと思うと、笑顔まで含めて配置されているような気がした。

 

 隙がない。

 

「まずは座ってください。話すのは、それからで大丈夫です」

 

「はい」

 

 私は椅子に座った。

 

 座ってすぐ、背中の力が少し抜けた。

 

 椅子の位置が良いのだと気づく。出入口が見える。窓も見える。背後に余計な空間がない。さっきまで廊下で感じていた落ち着かなさが、少し薄くなる。

 

 アカネさんは机の上のカップを私の方へ寄せた。

 

「温かいものを用意しました。甘すぎるものより、今はこの方が落ち着くと思いまして」

 

「私、そんなに疲れて見えましたか?」

 

「少しだけ」

 

 アカネさんは、嘘をつかなかった。

 

「ですが、少しの疲れを放っておくと、あとで大きくなります。今のうちに休んでおいた方がいいでしょう」

 

 私はカップを両手で持った。

 

 温かい。

 

 指先が少しだけ冷えていたことに、その時気づいた。

 

「アカネさんって、怒らないんですね」

 

 ふと、そんなことを言ってしまった。

 

 アカネさんは少しだけ首を傾げる。

 

「怒った方がよかったですか?」

 

「いえ、そういうわけじゃなくて。C&Cの任務に巻き込まれて、私もちょっと変な動きしたかもしれないし、もっと注意されるかなって思ってました」

 

「必要なら叱ります」

 

 アカネさんは静かに言った。

 

「ですが、今は叱る場面ではありません。まず休ませる場面です」

 

 その言い方が、やけに自然だった。

 

 私はカップの中を見た。

 

 湯気が小さく揺れている。

 

「……保健室みたいですね」

 

「救護騎士団の方にそう言われると、少し恐縮しますね」

 

「そういう意味じゃなくて。なんというか、座っていいんだって分かる部屋です」

 

 アカネさんは少しだけ目を細めた。

 

「それなら、準備した甲斐がありました」

 

 準備した甲斐。

 

 やっぱり、私のために整えられた部屋なのだ。

 

 そう思うと、少しだけ胸の奥が温かくなる。

 

「出口はあちらです」

 

 アカネさんが扉の方を示した。

 

「少し一人になりたければ、廊下へ出ても大丈夫です。通信端末はそこにあります。外のC&Cにすぐ繋がります」

 

「あ、はい」

 

「閉じ込めるつもりはありません。休める場所にしたかっただけですので」

 

 私は少しだけ驚いて、アカネさんを見た。

 

 言われる前に、気づかれていたのかもしれない。

 

 あまりにも整っている部屋は、安心できるけれど、同時に逃げ場がないようにも見える。その小さな引っかかりを、アカネさんは先にほどいてくれた。

 

「……ありがとうございます」

 

「いいえ」

 

 アカネさんは自然に、机の端に置かれた布を手に取った。

 

 その動きがあまりにも自然だったので、私は最初、それが何か分からなかった。

 

 次の瞬間、アカネさんの視線が扉の下へ落ちる。

 

 私は遅れてそちらを見た。

 

 扉の隙間の近く。

 

 小さな黒い点があった。

 

 埃かと思った。

 

 けれど、アカネさんはその布を使って、黒い点をそっと包むように取った。指先の動きは静かで、紅茶を置くのとほとんど同じくらい穏やかだった。

 

「……今、何かありました?」

 

「少し、片づけものを」

 

「片づけものって、今の機械ですよね?」

 

「小型の監視端末ですね。作動前でしたので問題ありません」

 

「問題、ありますよね?」

 

「作動前でしたから」

 

「そういうことじゃなくて……」

 

 アカネさんは小さなケースを取り出し、黒い点を中に入れた。

 

 音もなく蓋を閉じる。

 

「任務後は、こういうものが紛れていることがあります。珍しいことではありません」

 

「珍しくないんですか」

 

「はい。ですが、レナさんが気にする必要はありません。不要なものは、早めに片づけた方が落ち着きますから」

 

 その言い方は、本当に掃除の話みたいだった。

 

 でも、今のは明らかに危険物だった。

 

 アカネさんは、私が気づく前に見つけた。騒がず、怖がらせず、ただ片づけた。

 

 部屋が整っている理由が、少し分かった。

 

 この人は、危険が目に入る前に取り除く人なのだ。

 

 見せない優しさ。

 

 それも、C&Cの守り方なのかもしれない。

 

「アカネさん」

 

「はい」

 

「もしかしてこの部屋、最初から全部見えるように配置してありますか?」

 

「全部、ではありません」

 

「でも、扉の下も、窓も、机の位置も」

 

「気づかれましたか」

 

 アカネさんは少しだけ嬉しそうに笑った。

 

「レナさんが落ち着いて座れることと、私が確認しやすいこと。両方が必要でしたので」

 

「すごいですね」

 

「準備しておけば、慌てずに済みますから」

 

「それ、簡単に言いますけど、かなり難しいですよね」

 

「そうでしょうか」

 

「難しいです。少なくとも、私にはまだ」

 

 私はカップを置いた。

 

「救護でも、こういう準備ができたらいいんだと思います。怪我をしてから慌てるんじゃなくて、怪我をした後に座れる椅子とか、温かい飲み物とか、逃げたい時の出口とか……そういうのを、先に用意しておく」

 

 アカネさんは静かに聞いていた。

 

 私が話し終えるまで、途中で遮らない。

 

「レナさんは、もうそういうことを考えられていますよ」

 

「え?」

 

「今、そうおっしゃったでしょう。怪我だけではなく、その後に座れる椅子のことまで」

 

 アカネさんは、机の上のタオルを軽く整える。

 

「十分だと思います。あとは、少しずつ準備の引き出しを増やせばいいだけです」

 

 それが、変に沁みた。

 

 すごく褒められたわけではない。大げさなことを言われたわけでもない。ただ、今の私にできているところを静かに見つけてもらった気がした。

 

「……アカネさんって、保護者みたいですね」

 

 言ってから、少し失礼だったかもしれないと思った。

 

 けれどアカネさんは、穏やかに笑うだけだった。

 

「そう見えますか?」

 

「はい。怒る前に座らせてくれる感じが」

 

「それは、なかなか良い評価ですね」

 

「良いんですか?」

 

「はい。誰かを落ち着かせられるなら、悪くありません」

 

 アカネさんは、私の肩にかけられていた上着の位置を少しだけ直した。

 

「冷えていませんか?」

 

「大丈夫です」

 

「では、もう少しだけそのままで。外の確認が終わる頃には、戻れるようになります」

 

「はい」

 

 私はもう一度、部屋を見る。

 

 椅子。

 カップ。

 上着。

 出口。

 通信端末。

 片づけられた危険。

 

 この部屋は、私を閉じ込めるためではなく、私が落ち着いて戻れるように作られている。

 

 そう分かると、胸の奥の力が少し抜けた。

 

「アカネさん」

 

「はい」

 

「休める場所って、ちゃんと用意されてると分かるだけで、少し安心するんですね」

 

「ええ」

 

 アカネさんは柔らかく頷いた。

 

「帰れる場所は、目に見える形であった方がいいですから」

 

 その言葉を聞きながら、私は温かい飲み物を口に運んだ。

 

 甘すぎなくて、少しだけ落ち着く味がした。

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