戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで   作:Zuzuiikb

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13話 幸運は、勝手に隣へ来る

 

 

 アスナさんは、最初から楽しそうだった。

 

 任務の待機時間だと聞いていた。

 

 C&Cが警戒している人物が近くにいるかもしれないから、しばらく安全な場所で待つ。そういう説明を受けていたはずなのに、アスナさんはまるで休日の待ち合わせみたいな顔で手を振っていた。

 

「レナちゃん、こっちこっち!」

 

「アスナさん、そんなに普通に呼んで大丈夫なんですか?」

 

「うん! 今は普通に休憩してていい時間だから!」

 

「本当に休憩ですか?」

 

「たぶん!」

 

「たぶん」

 

 不安になる言葉だった。

 

 けれど、アスナさんが言うと不思議と悲壮感がない。

 

 場所はミレニアム内の小さな娯楽エリアだった。ゲーム機がいくつか並び、奥には飲み物を買えるスペースがある。人は少ない。完全に無人ではないけれど、騒がしすぎることもない。

 

 任務中の休憩場所としては、たしかに悪くないのかもしれない。

 

 ただ、アスナさんが選んだ理由は別にありそうだった。

 

「こっちのゲーム、二人でできるんだって!」

 

「待機時間にゲームしていいんですか?」

 

「大丈夫大丈夫。カリンちゃんもアカネちゃんも、待つ時はちゃんと休めって言うし!」

 

「それはたぶん、ゲームしようって意味ではないと思います」

 

「でも、レナちゃんずっと緊張してると疲れちゃうでしょ?」

 

 そう言われて、少しだけ返事に詰まった。

 

 緊張していた。

 

 カリンさんの射線の話も、アカネさんの待機室も、安心できるものだった。でも、C&Cの任務に関わるということは、どこかに危険があるということでもある。

 

 アスナさんは、そういう空気をすごく自然に薄めてくる。

 

「……それは、少し」

 

「じゃあ遊ぼ!」

 

「切り替えが早いですね」

 

「早い方が楽しいよ!」

 

 アスナさんは私の手を取った。

 

 あまりにも自然だった。

 

 手を取る前に、許可を求めるような間はない。けれど、乱暴ではない。嫌なら離せるくらいの力で、でも迷わず引いていく。

 

「アスナさんって、近づくのが自然すぎて、こっちが気づくの遅れます」

 

「えへへ、嫌だった?」

 

「嫌ではないですけど……びっくりはします」

 

「じゃあ次は、びっくりする前に言うね!」

 

「それはそれで、もっと意識しそうです」

 

「そっか。じゃあ、たまに言う!」

 

「たまに」

 

 基準が分からない。

 

 でも、アスナさんはもうゲーム機の前にいた。

 

 画面には、簡単なリズムゲームのようなものが表示されている。二人でタイミングよくボタンを押す形式らしい。

 

「レナちゃん、こういうの得意?」

 

「普通くらいだと思います」

 

「じゃあ勝負だね!」

 

「協力プレイって書いてありますけど」

 

「協力して高得点を出す勝負!」

 

「それは誰と勝負してるんですか?」

 

「昨日の私!」

 

「強敵ですね」

 

 アスナさんは楽しそうに笑った。

 

 ゲームが始まる。

 

 最初は簡単だった。

 

 流れてくるマークに合わせて、ボタンを押す。アスナさんは反応が早い。私は少し遅れるけれど、横でアスナさんが笑いながら声をかけてくれるので、だんだん慣れてきた。

 

「レナちゃん、次右!」

 

「はい!」

 

「今のいい感じ!」

 

「アスナさん、画面見ながら私の方も見てません?」

 

「見てるよ!」

 

「なんでできるんですか?」

 

「なんとなく!」

 

「なんとなくでできることじゃないんですけど」

 

 アスナさんは笑うだけだった。

 

 その時、彼女が急に私の手首を軽く引いた。

 

「レナちゃん、こっち!」

 

「え?」

 

 ゲームはまだ続いている。

 

 でもアスナさんは、私を一歩横へずらした。

 

 直後、後ろを通った生徒が持っていた飲み物を少しこぼす。さっきまで私がいた場所に、透明な液体が落ちた。

 

「あ……」

 

「危なかったね!」

 

「今、見えてたんですか?」

 

「んー、なんか来そうだった!」

 

「なんか」

 

「うん、なんか!」

 

 アスナさんは何事もなかったようにゲームへ戻った。

 

 私は遅れてボタンを押す。

 

 判定は少し悪かった。

 

「今のは仕方ないね!」

 

「仕方ない原因、アスナさんが避けてくれたからですけど」

 

「じゃあセーフ!」

 

 セーフ。

 

 たしかにセーフだった。

 

 飲み物を避けた。

 

 それだけなら偶然かもしれない。

 

 でも、その後も同じようなことが続いた。

 

 アスナさんが「こっちの台にしよう」と言って移動した直後、さっきまでいた場所の近くを、見覚えのない人物が通る。

 

 アスナさんが「飲み物買いに行こう」と言ったタイミングで、ゲーム機の裏側にある監視カメラの死角から外れる。

 

 アスナさんが笑いながら私の肩を押し、座る場所を変えた直後、窓の外から見える角度が変わる。

 

 全部が偶然に見える。

 

 でも、偶然が重なりすぎている。

 

「アスナさん」

 

「なあに?」

 

「もしかして、危ないところ避けてます?」

 

「うーん」

 

 アスナさんは飲み物のストローをくるくる回した。

 

「避けてるっていうか、こっちの方が楽しそうだなって思った方に行ってるだけだよ」

 

「それで危ないところ避けられるんですか?」

 

「たまに!」

 

「たまにでこんなに?」

 

「今日は調子いいのかも!」

 

 アスナさんは明るく言う。

 

 けれど、私はもう分かっていた。

 

 この人は、ただ明るいだけではない。

 

 考えていないように見える。けれど、身体が先に危ない場所を避けている。直感なのか、経験なのか、幸運なのか、私には分からない。

 

 でもアスナさんは、私を危ない場所に置かない。

 

 笑いながら。

 

 まるで、楽しい方へ引っ張っているだけみたいに。

 

「……すごいですね、アスナさん」

 

「え、そう?」

 

「はい。何も考えてなさそうに見えるのに」

 

「レナちゃん、それ褒めてる?」

 

「褒めてます。たぶん」

 

「たぶん!」

 

 アスナさんは楽しそうに笑った。

 

「でもね、私、ちゃんと見てるよ」

 

 その一言だけ、少し声が違った。

 

 私はアスナさんを見る。

 

「レナちゃんが怖そうにしてる時とか、無理に平気な顔してる時とか、ちょっと足が止まる時とか。そういうのは、なんとなく分かるかも」

 

「……そんなに見えてます?」

 

「うん。レナちゃん、楽しい時はちゃんと目が動くし、怖い時は先に肩が固くなる」

 

 アスナさんは、私の肩のあたりを指差した。

 

「だから、固くなる前に楽しい方へ連れていけばいいかなって!」

 

 言い方は軽い。

 

 でも、軽いだけではなかった。

 

 この人は、私の怖さを暗いものとして扱わない。見つけたら、明るい方へ引っ張る。危険から遠ざけることと、楽しい場所へ連れていくことが、アスナさんの中では同じ線で繋がっているのかもしれない。

 

「アスナさん」

 

「うん?」

 

「私、さっきから結構助けられてますよね」

 

「そうかな?」

 

「そうです。飲み物も、変な人も、カメラの角度も」

 

「じゃあ助けられてる!」

 

「自覚なかったんですか?」

 

「楽しかったから!」

 

 アスナさんは屈託なく笑った。

 

 私は少しだけ息を吐いて、笑う。

 

「アスナさんらしいですね」

 

「それ、良い意味?」

 

「はい。かなり」

 

「やった!」

 

 その時、娯楽エリアの端で小さな通信音が鳴った。

 

 アスナさんの端末だ。

 

 彼女は画面を見て、少しだけ目を細める。

 

 ほんの一瞬。

 

 すぐに笑顔へ戻ったけれど、私はその変化を見逃せなかった。

 

「任務ですか?」

 

「うん。もう大丈夫みたい」

 

「何が大丈夫なんですか?」

 

「さっきまで探してた人、カリンちゃんたちが確認したって。こっちには来ないって」

 

「……やっぱり、警戒中だったんですね」

 

「うん。でもレナちゃんが怖くなるかなって思って、言わなかった」

 

 アスナさんは悪びれずに言った。

 

 けれど、そこに軽率さはなかった。

 

「ごめんね?」

 

「……いいえ。アスナさんといたから、怖くなかったです」

 

 言うと、アスナさんが少しだけ瞬きをした。

 

 それから、ぱっと笑う。

 

「ほんと?」

 

「はい」

 

「じゃあよかった!」

 

 アスナさんは、私の隣に座り直した。

 

 距離が近い。

 

 でも、さっきより驚かなかった。

 

 この距離は、危険から外すための距離でもある。楽しい方へ引くための距離でもある。アスナさんが自然に隣へ来る理由が、少しだけ分かってきたからかもしれない。

 

「レナちゃん」

 

「はい」

 

「また一緒に迷子になろうね!」

 

「迷子前提なんですね」

 

「大丈夫! たぶん楽しい方に着くから!」

 

「アスナさんの“たぶん”って、不思議と信用できますね」

 

「じゃあ信じて!」

 

「はい。信じます」

 

 アスナさんは嬉しそうに笑った。

 

 その笑顔につられて、私も少し笑う。

 

 任務の待機時間。

 

 警戒中の娯楽エリア。

 

 危険を避けながらの、たぶん休憩。

 

 どれも普通ではないはずなのに、アスナさんといると、いつの間にか楽しい記憶の形になる。

 

 幸運が勝手に隣へ来る。

 

 そんな人なのだと思った。

 

 そして、その隣にいると、少しだけ怖い場所でも歩ける気がした。

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