戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで 作:Zuzuiikb
「レナちゃんっ、こっちです!」
ヒフミ先輩が、人混みの向こうで手を振っていた。
展示会場は相変わらず騒がしい。壁一面のペロロ様。限定グッズ。写真を撮る生徒たち。どこを見てもペロロ様がいて、最初は「情報量で押し潰されるかも」と思ったけど、慣れてくると妙な安心感がある。丸い。全部丸い。世界に角がない。
「見てください、この子です!」
ヒフミ先輩がショーケースを指差す。
そこには、少し眠たそうな顔をしたペロロ様ぬいぐるみが置かれていた。
「今回の限定版なんですけど、“休日のお昼感”が増してると思いません!?」
「休日のお昼感」
「はいっ」
真剣だった。私はぬいぐるみを見上げる。
……あー。
「分かるかもしれないです」
「ほんとですか!?」
「なんか、“起きて二時間くらい経ってるのにまだ布団のこと考えてる顔”してる」
「ふふっ!」
ヒフミ先輩が吹き出した。
「レナちゃん、やっぱり感想が独特です〜!」
「いやでも絶対そうですよ。この顔、“今日はもうこれ以上頑張らなくていいか……”って思ってる」
「だめです、もうそういう顔にしか見えなくなっちゃいましたぁ……!」
笑いながら肩を揺らしている。なんか良かった。
ヒフミ先輩って、ちゃんと笑ってくれる。変に気を遣った愛想笑いじゃなくて、本当に面白かった時の笑い方をするから、こっちも安心する。
私、人の反応めちゃくちゃ気にするタイプなので。シーンとされると普通に三年は引きずる。
人類にはあるよね、“急に思い出して布団の中で暴れる過去”。
「……あっ」
ヒフミ先輩が、ふと視線を止めた。
限定キーホルダー。
淡い水色のペロロ様。
さっきから探していたやつだ。
ヒフミ先輩の目がちょっと輝く。
やっぱりかわいいな、この人。この人の隣だと私もすこしだけ自分のことが好きになる。私は自然と口元が緩みそうになる。
その時だった。
「あら、ヒフミ様」
柔らかい声。振り返ると、トリニティの生徒が三人いた。全員、綺麗だった。髪も、制服も、立ち姿も。同じ制服なのに、なんでこんな上品に見えるんだろう。私はちょっと気を抜くとすぐ髪跳ねるのに。
「ごきげんよう」
ヒフミ先輩がぺこりと頭を下げる。向こうの視線が、私へ移る。
「あら……レナさんもご一緒だったんですね」
「あ、どうも」
「こういう催し、お好きだったんですか?」
にこっと笑う。綺麗な笑顔だった。
「えっと、今日はヒフミ先輩に誘ってもらって」
「まあ、そうでしたの」
その言い方が、少しだけ引っかかった。でも。たぶん、気のせいだ。こういうのって、考えすぎると良くない。
「ヒフミ様、本当にお優しいですよね」
一人が笑う。
「誰とでも分け隔てなく接してくださるから」
「そ,そうですかね……」
私は反射的に笑った。
「いやほんと、今日は偶然だったので」
こういう時は、自分から少し下がるくらいが丁度いい。空気が荒れないし、相手も安心する。
「でも少し意外でした」
「え?」
「レナさんって、もっと静かな場所にいらっしゃるイメージでしたから。こういう賑やかな催しには、あまり来られないのかと」
柔らかい声だった。
ちゃんと丁寧。
でも。
ほんの少しだけ、“ここはあなたの場所じゃない”って言われてるみたいで。
私は視線を逸らした。
その子の髪、綺麗だな。ちゃんと手入れされてる。声の出し方も上品で、私みたいに変なところで早口になったりしない。
やっぱりトリニティって感じ。
「私、人混みちょっと苦手なんですけど、今日はヒフミ先輩がいるので」
「あら、そうでしたの」
向こうが笑う。
「ヒフミ様とご一緒なら安心ですものね」
その時。
「レナちゃん」
ヒフミ先輩が、静かに私を呼んだ。私はそちらを見る。ヒフミ先輩は、限定キーホルダーを持ったまま少し困ったように笑っていた。
「私、ちゃんとレナちゃんと来たかったんですよ?」
「……え?」
言葉が少し止まる。
ヒフミ先輩は、そのまま続けた。
「だってレナちゃん、一緒にいるとすごく楽しいので。ペロロ様見て、“休日のお昼感”って言った人、初めてでしたし」
「そこなんですか」
「そこですっ」
即答だった。しかも真面目な顔。なんかじわじわくる。
「あと、レナちゃんってちゃんと相手の話聞いてくれます。私、ペロロ様の話すると長くなっちゃうんですけど、最後まで聞いてくれる人って意外と少ないんですよぉ」
「いやだって、ヒフミ先輩ほんと楽しそうに喋るので……」
「えへへ……」
ヒフミ先輩が嬉しそうに笑う。その横顔を見ながら、私は少しだけ指先を握った。
なんか、落ち着かない。こういうふうに真正面から言われるの、慣れてない。
「……そうでしたの」
向こうの笑顔が、ほんの少しだけ薄くなる。
「では、お邪魔してしまいましたね」
「いえっ」
三人は綺麗に会釈して、そのまま人混みへ消えていった。私はその背中をぼんやり見送る。なんというか。ちゃんとしてる人たちだった。私とは違う。
立ち姿も、喋り方も、全部。
「……レナちゃん」
「はい?」
「さっきの、嫌じゃなかったですか?」
ヒフミ先輩が少しだけ眉を下げる。私は一瞬迷ってから、笑った。
「まあ、トリニティだなぁって感じはしました」
「……?」
「なんか皆さん、言葉が綺麗なんですよね。だから、ちゃんと優しいのに、ちょっとだけ距離ある感じというか。私、ああいう喋り方できないので、すごいなぁって」
「……レナちゃんは、それでいいと思います」
ヒフミ先輩が小さく言う。
「え?」
「私は、レナちゃんの喋り方好きですよ」
その言葉に、視線の置き場が分からなくなる。
私は前髪を触って誤魔化した。
「そ、そういうの急に言うのやめてもらっていいですか。心の準備とかあるので」
「えぇっ!? ご、ごめんなさい!」
ヒフミ先輩が慌てる。
その反応が可笑しくて、私は少し笑ってしまった。するとヒフミ先輩も、つられるみたいに笑う。
その空気が、少しだけ好きだった。