戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで   作:Zuzuiikb

8 / 106
2話 隣にいる理由

「レナちゃんっ、こっちです!」

ヒフミ先輩が、人混みの向こうで手を振っていた。

 展示会場は相変わらず騒がしい。壁一面のペロロ様。限定グッズ。写真を撮る生徒たち。どこを見てもペロロ様がいて、最初は「情報量で押し潰されるかも」と思ったけど、慣れてくると妙な安心感がある。丸い。全部丸い。世界に角がない。

 

「見てください、この子です!」

 

 ヒフミ先輩がショーケースを指差す。

 

 そこには、少し眠たそうな顔をしたペロロ様ぬいぐるみが置かれていた。

 

「今回の限定版なんですけど、“休日のお昼感”が増してると思いません!?」

 

「休日のお昼感」

 

「はいっ」

 

 真剣だった。私はぬいぐるみを見上げる。

 ……あー。

 

「分かるかもしれないです」

 

「ほんとですか!?」

 

「なんか、“起きて二時間くらい経ってるのにまだ布団のこと考えてる顔”してる」

 

「ふふっ!」

 

 ヒフミ先輩が吹き出した。

 

「レナちゃん、やっぱり感想が独特です〜!」

 

「いやでも絶対そうですよ。この顔、“今日はもうこれ以上頑張らなくていいか……”って思ってる」

 

「だめです、もうそういう顔にしか見えなくなっちゃいましたぁ……!」

 

 笑いながら肩を揺らしている。なんか良かった。

 ヒフミ先輩って、ちゃんと笑ってくれる。変に気を遣った愛想笑いじゃなくて、本当に面白かった時の笑い方をするから、こっちも安心する。

 

 私、人の反応めちゃくちゃ気にするタイプなので。シーンとされると普通に三年は引きずる。

人類にはあるよね、“急に思い出して布団の中で暴れる過去”。

 

「……あっ」

 

 ヒフミ先輩が、ふと視線を止めた。

 

 限定キーホルダー。

 

 淡い水色のペロロ様。

 

 さっきから探していたやつだ。

 

 ヒフミ先輩の目がちょっと輝く。

 

 やっぱりかわいいな、この人。この人の隣だと私もすこしだけ自分のことが好きになる。私は自然と口元が緩みそうになる。

 

 その時だった。

 

「あら、ヒフミ様」

 

 柔らかい声。振り返ると、トリニティの生徒が三人いた。全員、綺麗だった。髪も、制服も、立ち姿も。同じ制服なのに、なんでこんな上品に見えるんだろう。私はちょっと気を抜くとすぐ髪跳ねるのに。

 

「ごきげんよう」

 

 ヒフミ先輩がぺこりと頭を下げる。向こうの視線が、私へ移る。

 

「あら……レナさんもご一緒だったんですね」

 

「あ、どうも」

 

「こういう催し、お好きだったんですか?」

 

 にこっと笑う。綺麗な笑顔だった。

 

「えっと、今日はヒフミ先輩に誘ってもらって」

 

「まあ、そうでしたの」

 

 その言い方が、少しだけ引っかかった。でも。たぶん、気のせいだ。こういうのって、考えすぎると良くない。

 

「ヒフミ様、本当にお優しいですよね」

 

 一人が笑う。

 

「誰とでも分け隔てなく接してくださるから」

 

「そ,そうですかね……」

 

 私は反射的に笑った。

 

「いやほんと、今日は偶然だったので」

 

 こういう時は、自分から少し下がるくらいが丁度いい。空気が荒れないし、相手も安心する。

 

「でも少し意外でした」

 

「え?」

 

「レナさんって、もっと静かな場所にいらっしゃるイメージでしたから。こういう賑やかな催しには、あまり来られないのかと」

 

 柔らかい声だった。

 

 ちゃんと丁寧。

 

 でも。

 

 ほんの少しだけ、“ここはあなたの場所じゃない”って言われてるみたいで。

 

 私は視線を逸らした。

 

 その子の髪、綺麗だな。ちゃんと手入れされてる。声の出し方も上品で、私みたいに変なところで早口になったりしない。

 やっぱりトリニティって感じ。

 

「私、人混みちょっと苦手なんですけど、今日はヒフミ先輩がいるので」

 

「あら、そうでしたの」

 

 向こうが笑う。

 

「ヒフミ様とご一緒なら安心ですものね」

 

 その時。

 

「レナちゃん」

 

 ヒフミ先輩が、静かに私を呼んだ。私はそちらを見る。ヒフミ先輩は、限定キーホルダーを持ったまま少し困ったように笑っていた。

 

「私、ちゃんとレナちゃんと来たかったんですよ?」

 

「……え?」

 

 言葉が少し止まる。

 ヒフミ先輩は、そのまま続けた。

 

「だってレナちゃん、一緒にいるとすごく楽しいので。ペロロ様見て、“休日のお昼感”って言った人、初めてでしたし」

 

「そこなんですか」

 

「そこですっ」

 

 即答だった。しかも真面目な顔。なんかじわじわくる。

 

「あと、レナちゃんってちゃんと相手の話聞いてくれます。私、ペロロ様の話すると長くなっちゃうんですけど、最後まで聞いてくれる人って意外と少ないんですよぉ」

 

「いやだって、ヒフミ先輩ほんと楽しそうに喋るので……」

 

「えへへ……」

 

 ヒフミ先輩が嬉しそうに笑う。その横顔を見ながら、私は少しだけ指先を握った。

なんか、落ち着かない。こういうふうに真正面から言われるの、慣れてない。

 

「……そうでしたの」

 

 向こうの笑顔が、ほんの少しだけ薄くなる。

 

「では、お邪魔してしまいましたね」

 

「いえっ」

 

 三人は綺麗に会釈して、そのまま人混みへ消えていった。私はその背中をぼんやり見送る。なんというか。ちゃんとしてる人たちだった。私とは違う。

立ち姿も、喋り方も、全部。

 

「……レナちゃん」

 

「はい?」

 

「さっきの、嫌じゃなかったですか?」

 

 ヒフミ先輩が少しだけ眉を下げる。私は一瞬迷ってから、笑った。

 

「まあ、トリニティだなぁって感じはしました」

 

「……?」

 

「なんか皆さん、言葉が綺麗なんですよね。だから、ちゃんと優しいのに、ちょっとだけ距離ある感じというか。私、ああいう喋り方できないので、すごいなぁって」

 

「……レナちゃんは、それでいいと思います」

 

 ヒフミ先輩が小さく言う。

 

「え?」

 

「私は、レナちゃんの喋り方好きですよ」

 

 その言葉に、視線の置き場が分からなくなる。

私は前髪を触って誤魔化した。

 

「そ、そういうの急に言うのやめてもらっていいですか。心の準備とかあるので」

 

「えぇっ!? ご、ごめんなさい!」

 

 ヒフミ先輩が慌てる。

 

 その反応が可笑しくて、私は少し笑ってしまった。するとヒフミ先輩も、つられるみたいに笑う。

その空気が、少しだけ好きだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。