戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで   作:Zuzuiikb

85 / 88
トラウマ鑑賞会

 

 

「誰かが止めろと言ったら止める」

 

 チヒロは、再生の前にもう一度だけ確認した。

 

 その言葉に、誰も異論を挟まなかった。挟めるような空気ではなかった。さっきまで鳴っていた警報は止められている。赤い光も消えている。けれど、部屋の中に残った緊張だけは、まだ壁や床に張りついていた。

 

 端末の前にはヒマリ。

 その近くにユウカ、チヒロ、ハレ、マキ、コタマ。

 少し後ろにノアとコユキ。

 扉側にはC&Cの四人がいる。ネルは立ったまま座ろうとしない。カリンは銃を下ろしているが、指先の力は抜けていない。アカネは扉と窓、退路を一度確認してから、ようやく画面へ視線を戻した。アスナは、いつものように何かを言おうとして、結局口を閉じた。

 

 黒い画面。

 

 数字と記号だけのファイル名。

 

 そこにはまだ、レナの名前はなかった。

 

 ない。

 

 ないはずだった。

 

「再生範囲は最初の数秒に限定します」

 

 ヒマリの声は静かだった。

 

「異常な信号、音声、映像負荷があれば即停止。コタマさん、音声に違和感があれば」

 

「止めます」

 

「ハレさん、構造変化は」

 

「見る。変だったら止める」

 

「チヒロさん」

 

「停止権限はこっち。誰かが止めろって言ったら止める」

 

 チヒロがそう言って、指をキーの上に置いた。

 

 ユウカは深く息を吸った。

 

「始めましょう」

 

 誰も返事をしなかった。

 

 返事の代わりに、全員が画面を見た。

 

 カーソルが再生ボタンに重なる。

 

 一秒。

 

 二秒。

 

 クリック音がした。

 

 画面が、黒から動いた。

 

 最初は何も映らなかった。

 

 黒。

 ノイズ。

 低く擦れるような音。

 

最初は、砂嵐のようなノイズだった。視界が低い。

 地面を這うような角度。廃墟特有の湿ったコンクリートの匂い。古い油が腐ったような不快な感覚。それが画面越しに侵食してくる。

 

 そこに、レナは「置かれて」いた。

 

一対一の争いではない。画面を横切る無数の影――顔を隠した、あるいは暗がりに沈んだ、「生徒」の群れ。

 

 一人がレナの腰の上に跨り、抵抗を封じるように全体重をかけて彼女を床に縫い止めている。

 レナの白い羽根は、泥に汚れ、靴の底で無造作に踏みしだかれている。

 

 彼女が逃げようと、あるいは痛みに耐えようとわずかに抵抗するたび、靴底はさらに力を増した。

 

「っ、が……あ……っ、は……っ!」

 

 レナの喉が鳴る。

 酸素を求めて、潰れた声を吐き出す音。

 カメラは、彼女が立ち上がろうとする「希望」を徹底的に折るために回されていた。

 

レナが必死に泥を掴み、立ち上がろうと膝に力を込める。

 その瞳にわずかな光が宿った瞬間、画面には無慈悲なノイズが走り、次のフレームでは、さらに無残に踏みにじられ、完全に床へ這いつくばらされた後の姿へとジャンプする。

 

抵抗した「過程」を嘲笑うように捨て去り、屈服させられた「結果」だけを幾重にも繋ぎ合わせる、底冷えするような悪意の集積。

 

「……あはは、見てよこれ。いい角度」

 

「もっと押さえて。動くとピントがボケるから」

 

 耳を汚すような、高圧的で、楽しげな少女たちの声。彼女たちはレナを人間として見ていない。

 ただの、珍しい観測対象。

 自分たちの「記録表」を埋めるための、上質な素材。

 

画面外から伸びた手が、泥に汚れたレナの淡い髪を乱暴に掴み上げた。

 頭皮が剥がれるような勢いで引きずり回され、無理やりレンズの正面を向かされる。

 そこには、彼女の絶望を逃さず記録するレンズが、逃げ場のない距離で待ち構えていた。

 

「……やめ、て……お願い、撮らない、で……っ」

 

 レナの瞳は、過呼吸と羞恥で焦点が定まっていない。

 

一人が彼女の首筋に指を這わせた。

 暴力的な力感とは対照的な、ねっとりとした、皮膚の熱を確かめるような不快な愛撫。

 一人は、彼女の首を絞めるのではなく、ただ喉仏のあたりをなぞる。

 レナが嚥下するたびに震える喉の動きを、指先で「楽しんで」いた。

 震える鎖骨のラインを、レンズが舐めるように追いかける。

 

見られたくない部分、隠したい表情。

 

 救護騎士としての誇りが、名前も知らない他者の手によって一枚ずつ剥がされ、ただの「記録」として切り刻まれていく時間が、延々と続いていった。

 

 彼女は、自分の救護バッグから引きずり出された清潔な包帯で、両手首を顔の上に固定されていた。

 

肘を無理やり張らされ、指先を反らせるような、ひどく無様な体勢。

 人を救うための純白の布が、今は彼女の尊厳を絞り上げ、自由を奪うための縄に成り下がっている。

 

「ひ……っ、あ……やだ、触らな……っ」

 

 レナは悲鳴を上げようとしたが、即座に髪を強く引かれ、喉を晒すような形で固定された。

 

 逃げられない至近距離。

 

 彼女の震える肩。

 

 羞恥で赤く染まった耳たぶ。

 

 それらを、カメラは執拗に、ねっとりと記録し続ける。

 

 それと同時に、わざとらしく優しく、彼女の肌の「柔らかな場所」をなぞる指先。

 

 暴力による恐怖と、身体が勝手に出してしまう生理的な反応。

 その矛盾に、レナの精神が内側から崩壊していく様を、映像は一フレームも逃さずに記録していた。

 

複数の手が同時に彼女の身体を這う。

 

ある手は、力任せに彼女の腹部を押し込む。

 

ある手は、嫌がる彼女の太腿を無理やり割り、その内側に冷たい軍靴の先を滑り込ませる。

 

ある手は、彼女の脇腹を軽く、くすぐるように、けれど確実に彼女の逃げ場を奪いながら撫で回す。

 

「あ……っ、う……ぅ……っ」

 

 一人が彼女の羽根の根元を、指先でなぞった。

 敏感な場所に触れられ、レナの身体がびくりと跳ねる。

 影たちはそれを楽しむように、今度は複数人で、彼女の羽根の表面を手のひらでゆっくりと擦った。

 

 汚れを塗り込むように。

 

 誇りを汚染するように。

 

「やめて、お願い……っ、触らないで……!」

 

 叫びは、喉を圧迫されることで途切れる。

 影の一人が、不意に彼女の羽根の一枚を強く引き抜くように曲げた。

 

「あ゛ああ゛――っ!!」

 

 鋭い痛鳴。

 レナの身体が大きく跳ね、そして力が抜けたように泥の中に沈み込む。

 その無防備になった背中に、カメラが不自然なほど近づいた。

 恐怖に震える肌の産毛さえもが、鮮明に記録されていく。

 

「いいね、今の。もう一回やって」

 

「そんなに体跳ねちゃって、魚みたい」

 

 画面の外の会話は、どこまでも軽かった。

 彼女たちにとって、これは部活動の記録のようなものなのだ。

 

 

 

 映像は、さらに醜悪な「展示」へと移り変わっていった。

 レナは、より高く、不自然な角度に腕を吊るし上げられていた。

 足元は泥にまみれ、膝を無理やりつかされ、顔だけをカメラに向けさせられている。

 

 ねっとりとした、不快な視線。

 カメラは、彼女の腹部が呼吸のたびに波打つ様子を、数分間にわたって映し続けた。

 

 レナはもう、言葉を紡ぐこともできなくなっていた。

 ただ、見られたくない姿で固定され、自分のすべてが「データ」として収穫されていくことに、精神が摩耗しきっている。

 一人が彼女の太腿を、指先でゆっくりとなぞり上げた。

 内側の、最も柔らかい場所。

 

 レナは身体を強張らせ、膝を閉じようとするが、軍靴によって無理やりこじ開けられる。

 

「いいよ、抵抗して。その方が『記録』として映えるから」

 

 彼女たちは、レナが「嫌がること」を、自分たちの記録を彩るためのスパイスだと考えていた。

 救護騎士として、誰かを助けようとしていた手が。

 今は泥に汚れ、包帯で縛られ、無様に震えている。

 彼女の指先を、影が一本ずつ、愛撫するように口に含む。

 

「……あ、っ……」

 

 レナの瞳が、虚空を見つめた。

 生理的な嫌悪感が、彼女の思考を真っ白に塗りつぶしていく。

 

 噛みしめた唇から、一筋の血が流れる。

 カメラはその血の色を、この暗い廃墟の中で唯一の鮮やかな「色彩」として、執拗にクローズアップした。

 

「次は、羽根の裏側ね。ここ、まだ記録してなかったし」

 

 レナの悲鳴が、廃墟の天井に吸い込まれていく。

 

 一人が、彼女の羽根を裏返し、その根元の最も脆弱な部分を、爪の先でなぞり回した。

 

「ひ……っ、あ、あぁ……っ!」

 

 身体が、自分の意志とは無関係に、快楽とも苦痛ともつかない衝撃に震える。

 

 影たちは、その彼女の「反応」を数値化するように、楽しげに笑いながらシャッターを切った。

 

 レナは、もはや座っていることすらできず、床に横たわっていた。

 一人は、彼女の瞳のアップを撮るために、指でまぶたを無理やり抉じ開ける。

 レナの瞳からは、もう涙すら流れていなかった。

 ただ、白濁したような、焦点の合わない視線が、どこか遠い場所を見つめている。

 

「……もう、壊れちゃった?」

 

「やだ、まだ記録項目半分も終わってないのに。予備のバッテリー、持ってきて」

 

 彼女たちの日常は、レナの地獄の上に成り立っている。

 

 一人が、レナの喉元に冷たい水をかけた。

 驚きで目が覚める。

 その瞬間を、スローモーションで記録する。

 

「あ、今の表情いい。被捕食者って感じ。……レナちゃん、自分が今、どんな顔してるか知ってる?」

 

 影が、小型のモニターをレナの目の前に突きつけた。

 

 そこには、今、この瞬間に撮影されている「無様な自分」が映し出されていた。

 

 泥にまみれ。

 

 四肢を晒し。

 

 震えながら、空虚な目で自分を見つめる、かつての救護騎士。

 

「ちが……私、こんな……っ」

 

 レナの唇が、震えながら動く。

 

 自分の姿を「客観的」に見せられる。

 それが、彼女の精神を繋ぎ止めていた最後の糸を、ぷつりと切った。

 

「は、っ……はぁ、っ……や、だ……!」

 

 呼吸が、急速に乱れていく。

 

 自分が「記録」されていること。

 この無様な姿が、誰かの手元に、一生残るデータとして保存されていくこと。

 その事実が、肉体的な暴力よりも深く、彼女の魂を侵食していった。

 一人が、パニックに陥ったレナの腹部を、優しく、けれど確実に力を込めて撫でた。

 

「大丈夫だよ。ちゃんと綺麗に撮ってあげるから。……君が、君じゃなくなるまで、ずっとね」

 

鳴り止まない笑い声。

 

 

そしてビデオが終了した。

 




ミネ編の時のアレです。当時は書いてなかったけど、実は結構されてました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。