戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで 作:Zuzuiikb
「誰かが止めろと言ったら止める」
チヒロは、再生の前にもう一度だけ確認した。
その言葉に、誰も異論を挟まなかった。挟めるような空気ではなかった。さっきまで鳴っていた警報は止められている。赤い光も消えている。けれど、部屋の中に残った緊張だけは、まだ壁や床に張りついていた。
端末の前にはヒマリ。
その近くにユウカ、チヒロ、ハレ、マキ、コタマ。
少し後ろにノアとコユキ。
扉側にはC&Cの四人がいる。ネルは立ったまま座ろうとしない。カリンは銃を下ろしているが、指先の力は抜けていない。アカネは扉と窓、退路を一度確認してから、ようやく画面へ視線を戻した。アスナは、いつものように何かを言おうとして、結局口を閉じた。
黒い画面。
数字と記号だけのファイル名。
そこにはまだ、レナの名前はなかった。
ない。
ないはずだった。
「再生範囲は最初の数秒に限定します」
ヒマリの声は静かだった。
「異常な信号、音声、映像負荷があれば即停止。コタマさん、音声に違和感があれば」
「止めます」
「ハレさん、構造変化は」
「見る。変だったら止める」
「チヒロさん」
「停止権限はこっち。誰かが止めろって言ったら止める」
チヒロがそう言って、指をキーの上に置いた。
ユウカは深く息を吸った。
「始めましょう」
誰も返事をしなかった。
返事の代わりに、全員が画面を見た。
カーソルが再生ボタンに重なる。
一秒。
二秒。
クリック音がした。
画面が、黒から動いた。
最初は何も映らなかった。
黒。
ノイズ。
低く擦れるような音。
最初は、砂嵐のようなノイズだった。視界が低い。
地面を這うような角度。廃墟特有の湿ったコンクリートの匂い。古い油が腐ったような不快な感覚。それが画面越しに侵食してくる。
そこに、レナは「置かれて」いた。
一対一の争いではない。画面を横切る無数の影――顔を隠した、あるいは暗がりに沈んだ、「生徒」の群れ。
一人がレナの腰の上に跨り、抵抗を封じるように全体重をかけて彼女を床に縫い止めている。
レナの白い羽根は、泥に汚れ、靴の底で無造作に踏みしだかれている。
彼女が逃げようと、あるいは痛みに耐えようとわずかに抵抗するたび、靴底はさらに力を増した。
「っ、が……あ……っ、は……っ!」
レナの喉が鳴る。
酸素を求めて、潰れた声を吐き出す音。
カメラは、彼女が立ち上がろうとする「希望」を徹底的に折るために回されていた。
レナが必死に泥を掴み、立ち上がろうと膝に力を込める。
その瞳にわずかな光が宿った瞬間、画面には無慈悲なノイズが走り、次のフレームでは、さらに無残に踏みにじられ、完全に床へ這いつくばらされた後の姿へとジャンプする。
抵抗した「過程」を嘲笑うように捨て去り、屈服させられた「結果」だけを幾重にも繋ぎ合わせる、底冷えするような悪意の集積。
「……あはは、見てよこれ。いい角度」
「もっと押さえて。動くとピントがボケるから」
耳を汚すような、高圧的で、楽しげな少女たちの声。彼女たちはレナを人間として見ていない。
ただの、珍しい観測対象。
自分たちの「記録表」を埋めるための、上質な素材。
画面外から伸びた手が、泥に汚れたレナの淡い髪を乱暴に掴み上げた。
頭皮が剥がれるような勢いで引きずり回され、無理やりレンズの正面を向かされる。
そこには、彼女の絶望を逃さず記録するレンズが、逃げ場のない距離で待ち構えていた。
「……やめ、て……お願い、撮らない、で……っ」
レナの瞳は、過呼吸と羞恥で焦点が定まっていない。
一人が彼女の首筋に指を這わせた。
暴力的な力感とは対照的な、ねっとりとした、皮膚の熱を確かめるような不快な愛撫。
一人は、彼女の首を絞めるのではなく、ただ喉仏のあたりをなぞる。
レナが嚥下するたびに震える喉の動きを、指先で「楽しんで」いた。
震える鎖骨のラインを、レンズが舐めるように追いかける。
見られたくない部分、隠したい表情。
救護騎士としての誇りが、名前も知らない他者の手によって一枚ずつ剥がされ、ただの「記録」として切り刻まれていく時間が、延々と続いていった。
彼女は、自分の救護バッグから引きずり出された清潔な包帯で、両手首を顔の上に固定されていた。
肘を無理やり張らされ、指先を反らせるような、ひどく無様な体勢。
人を救うための純白の布が、今は彼女の尊厳を絞り上げ、自由を奪うための縄に成り下がっている。
「ひ……っ、あ……やだ、触らな……っ」
レナは悲鳴を上げようとしたが、即座に髪を強く引かれ、喉を晒すような形で固定された。
逃げられない至近距離。
彼女の震える肩。
羞恥で赤く染まった耳たぶ。
それらを、カメラは執拗に、ねっとりと記録し続ける。
それと同時に、わざとらしく優しく、彼女の肌の「柔らかな場所」をなぞる指先。
暴力による恐怖と、身体が勝手に出してしまう生理的な反応。
その矛盾に、レナの精神が内側から崩壊していく様を、映像は一フレームも逃さずに記録していた。
複数の手が同時に彼女の身体を這う。
ある手は、力任せに彼女の腹部を押し込む。
ある手は、嫌がる彼女の太腿を無理やり割り、その内側に冷たい軍靴の先を滑り込ませる。
ある手は、彼女の脇腹を軽く、くすぐるように、けれど確実に彼女の逃げ場を奪いながら撫で回す。
「あ……っ、う……ぅ……っ」
一人が彼女の羽根の根元を、指先でなぞった。
敏感な場所に触れられ、レナの身体がびくりと跳ねる。
影たちはそれを楽しむように、今度は複数人で、彼女の羽根の表面を手のひらでゆっくりと擦った。
汚れを塗り込むように。
誇りを汚染するように。
「やめて、お願い……っ、触らないで……!」
叫びは、喉を圧迫されることで途切れる。
影の一人が、不意に彼女の羽根の一枚を強く引き抜くように曲げた。
「あ゛ああ゛――っ!!」
鋭い痛鳴。
レナの身体が大きく跳ね、そして力が抜けたように泥の中に沈み込む。
その無防備になった背中に、カメラが不自然なほど近づいた。
恐怖に震える肌の産毛さえもが、鮮明に記録されていく。
「いいね、今の。もう一回やって」
「そんなに体跳ねちゃって、魚みたい」
画面の外の会話は、どこまでも軽かった。
彼女たちにとって、これは部活動の記録のようなものなのだ。
映像は、さらに醜悪な「展示」へと移り変わっていった。
レナは、より高く、不自然な角度に腕を吊るし上げられていた。
足元は泥にまみれ、膝を無理やりつかされ、顔だけをカメラに向けさせられている。
ねっとりとした、不快な視線。
カメラは、彼女の腹部が呼吸のたびに波打つ様子を、数分間にわたって映し続けた。
レナはもう、言葉を紡ぐこともできなくなっていた。
ただ、見られたくない姿で固定され、自分のすべてが「データ」として収穫されていくことに、精神が摩耗しきっている。
一人が彼女の太腿を、指先でゆっくりとなぞり上げた。
内側の、最も柔らかい場所。
レナは身体を強張らせ、膝を閉じようとするが、軍靴によって無理やりこじ開けられる。
「いいよ、抵抗して。その方が『記録』として映えるから」
彼女たちは、レナが「嫌がること」を、自分たちの記録を彩るためのスパイスだと考えていた。
救護騎士として、誰かを助けようとしていた手が。
今は泥に汚れ、包帯で縛られ、無様に震えている。
彼女の指先を、影が一本ずつ、愛撫するように口に含む。
「……あ、っ……」
レナの瞳が、虚空を見つめた。
生理的な嫌悪感が、彼女の思考を真っ白に塗りつぶしていく。
噛みしめた唇から、一筋の血が流れる。
カメラはその血の色を、この暗い廃墟の中で唯一の鮮やかな「色彩」として、執拗にクローズアップした。
「次は、羽根の裏側ね。ここ、まだ記録してなかったし」
レナの悲鳴が、廃墟の天井に吸い込まれていく。
一人が、彼女の羽根を裏返し、その根元の最も脆弱な部分を、爪の先でなぞり回した。
「ひ……っ、あ、あぁ……っ!」
身体が、自分の意志とは無関係に、快楽とも苦痛ともつかない衝撃に震える。
影たちは、その彼女の「反応」を数値化するように、楽しげに笑いながらシャッターを切った。
レナは、もはや座っていることすらできず、床に横たわっていた。
一人は、彼女の瞳のアップを撮るために、指でまぶたを無理やり抉じ開ける。
レナの瞳からは、もう涙すら流れていなかった。
ただ、白濁したような、焦点の合わない視線が、どこか遠い場所を見つめている。
「……もう、壊れちゃった?」
「やだ、まだ記録項目半分も終わってないのに。予備のバッテリー、持ってきて」
彼女たちの日常は、レナの地獄の上に成り立っている。
一人が、レナの喉元に冷たい水をかけた。
驚きで目が覚める。
その瞬間を、スローモーションで記録する。
「あ、今の表情いい。被捕食者って感じ。……レナちゃん、自分が今、どんな顔してるか知ってる?」
影が、小型のモニターをレナの目の前に突きつけた。
そこには、今、この瞬間に撮影されている「無様な自分」が映し出されていた。
泥にまみれ。
四肢を晒し。
震えながら、空虚な目で自分を見つめる、かつての救護騎士。
「ちが……私、こんな……っ」
レナの唇が、震えながら動く。
自分の姿を「客観的」に見せられる。
それが、彼女の精神を繋ぎ止めていた最後の糸を、ぷつりと切った。
「は、っ……はぁ、っ……や、だ……!」
呼吸が、急速に乱れていく。
自分が「記録」されていること。
この無様な姿が、誰かの手元に、一生残るデータとして保存されていくこと。
その事実が、肉体的な暴力よりも深く、彼女の魂を侵食していった。
一人が、パニックに陥ったレナの腹部を、優しく、けれど確実に力を込めて撫でた。
「大丈夫だよ。ちゃんと綺麗に撮ってあげるから。……君が、君じゃなくなるまで、ずっとね」
鳴り止まない笑い声。
そしてビデオが終了した。
ミネ編の時のアレです。当時は書いてなかったけど、実は結構されてました。