戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで 作:Zuzuiikb
画面は黒かった。
再生終了。
たった四文字が、何事もなかったように中央へ残っている。
警報は鳴っていない。赤い光も消えている。端末室の照明は元に戻り、空調の低い音も、機械の駆動音も、いつも通りにそこにあった。何も壊れていない。机も、椅子も、端末も、扉も、壁も、全部そこにある。
それが、ひどくおかしかった。
さっきまで画面の中でレナが壊されていた。立ち上がろうとして床へ戻され、救護バッグへ伸ばした手は届かず、顔を逸らそうとして顎を掴まれ、泣きそうな目をカメラへ戻されていた。見ないで、と言った。助けてと言いかけて、音が切れた。抵抗したところも、立ち上がったところも、誰かに手を伸ばしたところも削られて、動けなかった瞬間だけが、レナという人間のすべてみたいに並べられていた。
なのに、部屋は壊れていない。
そこにあるものは、何も変わっていない。
それが、一番理解できなかった。
誰も、最初の言葉を持っていなかった。
呼吸すら、どこかへ置いてきたみたいだった。
ユウカの指は、停止ボタンの上にあった。
もう意味がない。
再生は終わっている。画面は黒い。映像は最後まで流れ、勝手に止まった。停止するべき映像は、もう存在しない。そんなことは見れば分かる。ユウカの頭のどこかは、まだそれを理解できる。理解できるからこそ、余計に分からなかった。
では、自分は何を止めようとしているのか。
指が動く。
一度、押す。
反応はない。
もう一度、押す。
黒い画面は黒いままだ。
三度目。
「……止まって」
声が漏れた。
自分の声だと気づくのに、一拍遅れた。こんな声は自分のものではないと思った。違う、と思った。けれど、違わなかった。
止まっている。画面は止まっている。再生終了の文字も出ている。ファイルとしては終わっている。処理としては完了している。だから、停止ボタンを押す意味はない。ないはずなのに、指は同じ場所へ戻る。
止まってほしいのは、映像ではなかった。
頭の奥で続いているレナの声だった。
見ないで。
やめて。
たす、と言いかけて切られた音。
喉の奥で崩れた息。
顎を掴まれて、カメラへ戻された時の、あの小さな拒絶。
「止まってるよ」
ハレが言った。
眠そうな声ではなかった。
「もう、ファイルは終わってる」
「終わってない」
ユウカは画面を見たまま言った。
自分でも、声が変だと分かった。普段ならこんなふうに言わない。こんな、計算も整理もできていない声を、誰かに聞かせたりしない。
「終わってないの。だって、まだ聞こえるじゃない。まだ、レナさんの声が、ここに」
そこで口を押さえた。
言ってはいけないことを言った気がした。
まだ聞こえる、と言葉にした瞬間、部屋の中にいる全員が、同じ音を思い出したように見えた。誰かの肩が小さく震える。誰かが息を詰める。コタマの指がヘッドホンの端に触れて、けれど外さないまま止まる。
チヒロの手は、保存権限の画面の上で浮いていた。
保存するにも、消すにも、隔離するにも、指はどこかへ下りなければならない。だが、どこにも下ろしたくなかった。下ろした瞬間に、その行為が決まってしまう。
残す。
消す。
証拠にする。
資料にする。
ログとして扱う。
どれも必要な言葉だ。分かっている。今ここで、この映像を完全に捨ててしまえば、誰が作ったのか、どこから流れたのか、次にどこへ出るのか、追えなくなる。二度と同じものを出させないためにも、最低限の痕跡は残さなければならない。
それでも、あれをログと呼ぶのか。
レナが見ないでと言ったものを、保存対象と呼ぶのか。
顎を掴まれて戻された顔を、必要だからといって、もう一度どこかに閉じ込めるのか。
「……隔離」
チヒロは、ようやく声を出した。
「まず、隔離する。保存じゃない。共有じゃない。最低限、触れない場所に置く」
自分へ言い聞かせるようだった。
そう言わなければ、指が動かない。そう言葉を分けなければ、自分が何をしているのか分からなくなる。保存ではない。共有ではない。隔離。触れない場所。必要最低限。被害拡大防止。追跡のため。二次流出防止のため。
正しい言葉を並べれば並べるほど、喉の奥が苦くなった。
キーに指を下ろす。
一つだけ操作する。
それだけで、手が震えた。
「消したい」
チヒロは言った。
誰に向けた声でもなかった。
部屋の誰も、反論しない。
「でも、消せない」
続いた声は、少し崩れていた。
「残したくない。でも、残さないと追えない。作った相手も、流れた経路も、分からない。分からないまま消したら、またどこかで出るかもしれない。だから残すしかない。でも、残すってことは、あれを、あの子の声を、あの顔を、どこかに置くってことで」
そこで言葉が詰まった。
淡々と言うつもりだった。倫理の話として。情報管理の話として。被害拡大を止めるための手順として。
でも、できなかった。
「……最悪だね」
その声は、いつものチヒロのものではなかった。
ただの、苦い本音だった。
「残すって言ったか」
ネルの声が落ちた。
低かった。
机の下から響いてくるような声だった。
カリンがわずかにネルへ視線を向ける。アカネも、音もなく重心を変えた。止める準備だった。ネルはまだ動いていない。けれど、もう動く直前の身体をしている。
「おい。今、残すって言ったよな」
チヒロは返事をしたくなかった。
したくなかったが、黙っていればネルは端末を壊す。その拳は、理屈で止まる位置を過ぎかけている。端末を壊せば、追えるものまで失うかもしれない。そう分かっているから、チヒロは答えるしかなかった。
「残さないと追えない」
「あれをか」
ネルの目が、黒い画面を見た。
「あいつが、見ないでって言ったやつをか」
チヒロの喉が動いた。
何かを飲み込んだのではない。飲み込めるものを探して、何も見つからなかっただけだった。
「そうだよ」
その一言は、ネルではなく、チヒロ自身を刺した。
「そうしないと、次を止められないかもしれない」
「次なんかさせねぇよ!」
ネルが踏み込んだ。
声が部屋の壁に叩きつけられる。コユキがびくりと肩を跳ねさせ、アスナの指が空中で止まった。ユウカが止めようとして一歩目を踏み出せない。ネルの怒りは、声だけではなかった。部屋の温度を変えるような圧だった。
「今すぐぶっ壊せばいいだろ! これ作ったやつも、隠したやつも、見せたやつも、全部! 全部ぶっ潰せばいいだろうが!」
「標的がありません」
カリンの口から出た言葉は、任務報告のようだった。
言った瞬間、カリン自身が止まった。
標的がない。
射線がない。
距離がない。
撃てる相手がいない。
守るべき相手は、画面の中にしかいなかった。過去の映像の中にしかいなかった。そこへ弾は届かない。カリンがどれほど正確に狙えても、どれほど早く撃てても、画面の中の手を弾き飛ばすことはできない。レナの髪を踏んだ足を撃ち抜くことも、顎を掴んだ手を止めることもできない。
カリンの指が震えていた。
銃を持つ手ではない。ネルを止めるために伸ばしかけた手の方だった。
ネルはそれを見た。
それでも怒りは消えない。
「聞こえてた」
ネルが言った。
低く。
「聞こえてたんだよ」
誰も返せなかった。
「やめてって。見ないでって。たす、って。あいつ、助けてって言いかけてただろ。言えなかったんだろ。聞こえてただろうが、全部」
ネルの拳が震えている。
「なのに何だよ。ここは。何でここにいんだよ、あいつは。何で画面の中なんだよ。何で、聞こえてんのに、届かねぇんだよ」
最後は怒鳴り声ではなかった。
怒りの奥に、もっと深くて重いものがあった。
ネルは端末へ向かって動いた。
速い。
「ネル!」
カリンが腕を掴んだ。
アカネが反対側へ入る。
ネルの拳は端末の手前で止まった。止められたというより、三人の力がぶつかって、かろうじて止まった。
「離せ」
ネルの声は低かった。
「離せよ」
「今壊せば追えません」
カリンの声も硬い。けれど、その硬さの下で、何かが震えている。
「分かってる」
「なら」
「分かってても、壊してぇんだよ!」
叫びが部屋に落ちた。
「何か壊さねぇと、どこに置けばいいんだよ、あの声を!」
ネルは腕を振りほどこうとした。カリンが歯を食いしばる。アカネも力を込める。二人ともネルを傷つけないように止めている。けれど、ネルの怒りは手加減できる形をしていなかった。
それでも、端末には届かなかった。
ネルの拳は、端末ではなく机の端へ落ちた。
鈍い音がした。
誰も責めなかった。
誰も止めなかった。
机が揺れ、ヒマリの紅茶のカップが小さく震えた。
冷めた紅茶。
その隣の小さな菓子。
ヒマリは、それを見ない。
見たら、レナが自分のために選んだ時間と、あの映像のレナが同じ場所に並んでしまう。菓子を選んだ手。紅茶の香りを気にした声。笑った顔。それと、救護バッグへ届かなかった手。顎を掴まれ、泣きそうな目をカメラへ戻された顔。
重なってしまう。
それが耐えられなかった。
ヒマリは言葉にしたくなかった。
言葉にすれば、映像の構造を認めることになる。あの順番が、あの音声の切り方が、あの顔を映すタイミングが、偶然ではないと認めることになる。レナが壊れた瞬間だけを選び、見る者の理解と想像を傷つけるために並べられたのだと、認めることになる。
けれど、分かってしまう。
分かる。
分かってしまう。
全知という冗談が、今だけはひどく遠かった。
「これは」
ヒマリが言った。
声は静かだった。
静かすぎた。
「記録ではありません」
全員の視線が、少しだけ向く。
「攻撃です」
黒い画面を見たまま、ヒマリは続けた。
「レナさんへの攻撃であり、これを見る私たちへの攻撃でもある。映像の順番、音声の切り方、顔を映すタイミング、言葉を残す位置。すべて、理解と想像を傷つけるように調整されています」
声は冷静だった。
だからこそ、聞いている側の傷口にまっすぐ入ってくる。
「レナさんが立ち上がった部分が削られている。抵抗した部分が削られている。救おうとした部分が削られている。残されたのは、動けなかった瞬間、届かなかった瞬間、声が壊れた瞬間だけです」
「言わないで」
ユウカが言った。
ヒマリが口を閉じる。
ユウカは顔を上げていた。目が赤い。泣いているわけではない。少なくとも、本人はそう思っている。けれど、呼吸は乱れていた。自分の声がどこから出ているのか分からないような顔だった。
「分かってる。言わなきゃいけないのも分かってる。でも、今それを、そんなふうに説明されたら」
拳を握る。
「レナさんが、そういうふうに分解されていくみたいで……!」
ヒマリは何も返せなかった。
その通りだった。
解析とは、分けることだ。構造を見ることだ。意味のある要素を拾い、並べ直し、理解できる形にすることだ。けれど今それをすると、レナの叫びが、泣き声が、手が届かなかった瞬間が、解析対象になる。
ヒマリは初めて、理解すること自体を嫌悪した。
「……失礼しました」
いつもの優雅な言い回しではなかった。
本当に、謝った声だった。
その静けさを破るように、コユキの椅子が軋んだ。
「私が」
その声に、ユウカが振り向く。
コユキは膝の上で両手を握っていた。爪が食い込むほど強く。涙はもう落ちていた。泣こうとして泣いているのではなく、身体が勝手にそうしているようだった。
「私が見つけました」
「違う」
ユウカはすぐに言った。
早すぎる否定だった。
でも、言わずにはいられなかった。
「あなたが作ったものじゃない。あなたが撮ったものじゃない。あなたが編集したものじゃない」
「でも、見つけたのは私です」
コユキの声が震える。
「私が触りました。私が奥まで行きました。私が、なんか面白いもの見つけたかもって思って……っ、私が、最初に」
「コユキ」
ノアが静かに呼んだ。
コユキは首を振った。
「やだ、やだ、そんな声で呼ばないでください。ノア先輩までそんな顔しないでください。怒ってください。怒られた方がいいです。ユウカ先輩も、怒ってくださいよ。勝手に危ない場所に入ったって。申請書も出さないで何してるのって。いつもみたいに、ちゃんと……ちゃんと怒ってください」
ユウカの顔が歪む。
「今は」
「今じゃないって言わないでください!」
コユキの声が跳ねた。
怒鳴り声ではない。泣き声が、形を間違えて大きくなったような声だった。
「怒られたら、まだいつもの失敗にできるんです。私がまたやらかして、ユウカ先輩に叱られて、ノア先輩に見られて、反省文書いて、それで終われるんです。お願いです。そうしてください。そうじゃないと、私……私が見つけたせいで、レナさんがあんな……あんな声を」
最後は声にならなかった。
コユキは椅子から立ち上がりかけて、座り直した。
逃げ道は分かっている。扉まで何歩か。誰の横を通ればいいか。どうすればこの部屋から出られるか。今すぐ廊下へ出て、角を曲がって、走って、どこか誰もいない場所へ隠れる手順なら、頭の中にある。
分かっているのに、足が動かない。
「逃げたいです」
コユキは泣きながら言った。
「でも、逃げたら、本当に私、最低になる」
ノアはコユキの肩へ手を伸ばしかけた。
触れなかった。
触れたら、コユキが崩れてしまいそうだった。
ノア自身も、崩れてしまいそうだった。
記録端末には触れていない。
触れていないのに、全部残っている。
ノアは目を閉じた。
失敗だった。
閉じた瞬間、映像は画面より鮮明になった。羽根の角度。髪を踏んでいた靴底の向き。レナの唇が「見ないで」と動く前の、一瞬の震え。顎を掴まれた時の、目の揺れ。助けてと言いかけて、飲み込まれた音。切られた箇所。残された呼吸。
忘れようとしているのではない。
思い出そうとしているのでもない。
ただ、残っている。
「……記録していません」
ノアが言った。
声は、自分でも驚くほど平らだった。
「でも」
少しだけ間が空く。
「残っています」
その平らさが、もう壊れていた。
ユウカが顔を上げる。
ノアは静かだった。
静かすぎた。
「消す場所がありません」
それ以上は言わなかった。
言えば、もっと正確に言えてしまうからだ。映像の順番も、声の震えも、レナの目元の赤さも、全部、言葉にできてしまう。そんな自分が、今は怖かった。
コタマがヘッドホンを外した。
ゆっくりと。
耳から離せば、部屋の音が戻るはずだった。空調。端末。誰かの呼吸。机の軋み。ネルが机を殴った後の、まだ残っている振動。
けれど、コタマの顔は変わらなかった。
「……外したのに」
声が小さい。
「まだ、聞こえます」
誰も、何がとは聞かなかった。
聞かなくても分かる。
レナの声。
見ないで。
やめて。
助けてと言いかけて切られた音。
泣き声になる前の息。
コタマは耳を塞がなかった。塞いでも意味がないと、もう分かってしまっていた。音は外から来ていない。ヘッドホンの中にもない。自分の中に入ってしまっている。
マキは画面を見ていなかった。
見ていないのに、目がどこにも定まらない。色を探す癖が、無意識に出ている。でも、言えなかった。
色を言うと、あれに色をつけることになる。
あの映像を、自分の言葉でなぞってしまう。
「マキ」
ハレが呼んだ。
マキの反応は遅れた。
「……言いたくない」
「何を」
「色」
マキは唇を噛んだ。
「言いたくない。嫌な色って言ったら、私がちゃんと見たみたいになる。分かったみたいになる。そんなの、やだ」
ハレは何も言わなかった。
眠い、とも言わなかった。
椅子に深く座っている。いつもの姿勢に近い。けれど、目だけが完全に起きている。目を閉じれば、構造が浮かぶ。止めようとした操作を再生条件に組み込む仕組み。見る側を逃がさない設計。編集の順番。切られた音の位置。
分かる。
分かってしまう。
だから、目を閉じられない。
「寝たいって言えばさ」
ハレがぽつりと言った。
「いつもの感じになると思ったんだけど」
誰も笑わない。
「言えないね、これ」
アカネは動いていた。
最初は、誰も気づかなかった。
椅子を一つ引く。倒れた人がいた時にぶつからない位置へずらす。水のボトルを机の端へ置く。出入口の前を空ける。床のケーブルを寄せる。照明を少し落とす。
安全な環境を整える。
人が崩れた時、少しでも傷つかないようにする。
いつものアカネの動きだった。
けれど、途中で手が止まった。
水のボトルを置いた手が、そのまま動かない。
「……ここしか」
声は小さかった。
「整えられる場所が、ここしかありません」
画面の中のレナには、何も届かなかった。
水も。
椅子も。
上着も。
退路も。
照明の明るさも。
アカネは顔を伏せた。
その隣で、アスナが手を伸ばしていた。
誰に向けた手なのか、自分でも分かっていないようだった。
レナを引きたいのか。
コユキを支えたいのか。
ネルを止めたいのか。
ユウカの手を取りたいのか。
分からないまま、手だけが宙に浮いていた。
アスナは笑おうとした。
いつもの癖だった。怖い場所でも、重い空気でも、笑えば少しだけ進めることを知っていた。誰かの手を取って、明るい方へ引っ張れば、少なくともその場からは動ける。迷った道でも、走れば次の角には出られる。
でも、口角が上がらなかった。
楽しい方が、どこにもない。
画面の中にも。
部屋の中にも。
自分の手の先にも。
「……どこに」
アスナの声は、笑おうとして失敗した声だった。
「どこに連れていけばよかったのかな」
誰も答えられなかった。
楽しい方がない。
明るい方がない。
手を引いて走れば抜けられる出口がない。
画面の中に、道はなかった。
その時、ユウカが息を吸った。
浅く。
短く。
「ログを」
また、言いかける。
止まる。
ログ。
自分の言葉に、自分で傷つく。
ユウカは机に手をついた。指先が震えている。予定なら組める。提出物なら管理できる。費用なら計算できる。被害なら報告書にできる。手順なら作れる。いつだって、そうやって事態を前へ進めてきた。
でも、あれをどこに入れる。
あの「見ないで」を、どの欄に入れる。
あの届かなかった手を、どの分類に入れる。
「違う」
ユウカは誰も責めていないのに、また否定した。
「違うの。私は、レナさんを、そんなふうに扱いたいんじゃなくて……!」
声が裏返った。
そこで、ようやくユウカは自分が泣いていることに気づいた。
涙が落ちてから気づいた。
ユウカは慌てて拭おうとした。けれど、手が止まる。泣いている場合ではない。管理しなければならない。指示を出さなければならない。流出経路を追わなければならない。先生に連絡するか決めなければならない。レナ本人へどう接するか、ゲーム開発部に見せるか、全部決めなければならない。
なのに、涙が止まらない。
「なんで」
ユウカの声が震えた。
「なんで、レナさんがあんなこと言わなきゃいけないの。なんで、あんな顔を、誰かに見せられなきゃいけないの。なんで、私たちは、見てしまったの」
答えはなかった。
誰にもなかった。
チヒロが黒い画面を見た。
再生終了。
もう何も映していない。
なのに、部屋は壊れていた。
誰かが泣いていた。
誰かが怒っていた。
誰かが同じ操作を繰り返していた。
誰かが理解できない顔で立っていた。
誰かが処理しようとして失敗していた。
誰かが、まだ黒い画面を見ていた。
そしてその全員の前で、黒い画面だけが何も言わずに光っている。
終わった映像のくせに。
もう何も映していないくせに。
まだ、誰もそこから動けなかった。