戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで   作:Zuzuiikb

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3話 届かない

放課後の渡り廊下は妙に静かだった。ラウンジの方からは紅茶の匂いと笑い声が流れてくるのに、校舎裏へ続くこの辺りだけ、空気が薄い。私は特に理由もなく人の少ない道を選んで歩いていた。なんとなく。今日はちょっと、人の多い場所がしんどかった。

 

 その時だった。

 

 がしゃん、と何かが倒れる音。反射的に顔を上げる。

 

 通路の奥。散らばった教材。蹴り飛ばされた箱。他校の制服を着崩した生徒たち。三人。……いや、奥にもう一人いる。

 

 壁にもたれているだけ。なのに、一番嫌な感じがした。

 

「あの」

 

 気づけば声をかけていた。

 

「それ、学内の備品だと思うので。壊すと後で面倒になると思います」

 

 視線が集まる。数秒の沈黙。それから、一人が吹き出した。

 

「真面目ちゃんじゃん〜」

 

「委員会かなんか?」

 

「いや、違……」

 

 最後まで言う前に、箱が飛んできた。反射で受け止める。重い。でも持てる。

 

 その瞬間、もう一人が踏み込んできた。

速い。けど。見える。

 

 私は半歩だけ下がりながら腕を払った。崩れた重心へ足を引っかける。倒れる。床へ肩がぶつかる音。

 

 いける。

 

 私は弱くない。ちゃんと訓練してきた。要領悪いから、人より時間はかかったけど、それでもちゃんとやってきた。

 

 二人目が銃を抜く。私は柱の陰へ滑り込んだ。

発砲。壁が砕ける。撃ち返す。

相手の一発が私の肩に当たった。

 

「っづ!?」

 

 崩れる。

 

 呼吸を整える。

 

 まだ行ける。ちゃんと見えてる。タイミングも、位置も、相手の癖も。

 

 その時だった。奥の影が、壁から離れる。

ぞわり、と背中が粟立った。

 音じゃない。殺気でもない。ただ、“空気”が変わった。

 

 まずい。

 

 本能みたいなもので理解する。

 

 あれだ。

 

 私は先に撃った。呼吸を合わせる。狙いも悪くない。ちゃんと当たる角度。

 

 なのに。外れる。

 いや、違う。外された。

 

「――え」

 

 気づいた時には、もう視界の横にいた。

 近い。反応するけど腕を掴まれる。

本気で振り払う。肩から、肘から、体ごと捻る勢いで。

 

 なのに。

 

 動かない。

 

「……は」

 

 嘘。

 

 本当に力を入れてる。

 

 でも、相手の腕が、まるで壁みたいに動かない。

私は反射的に膝を入れた。避けられる。

 

 というより。

 

 読まれてる。タイミング、重心、全部。

 

 壁へ押し込まれる。

 

 強く叩きつけられたわけじゃない。ただ肩を押さえられただけ。それだけなのに、体が止まる。

 

 逃げられない。

 押し返したい。

でも。押し返せない。

 

 距離が近い。

 

 違う。

 

 近いんじゃない。

 

 “逃げられない距離”に置かれてる。

 

 その感覚が、背筋を冷たく撫でた。私は銃を持ち直そうとする。でも、その前に手首を押さえられる。痛い。というより。力が入らない。

 

 次の瞬間、もう片方の腕まで掴まれた。

 

 ぐい、と頭上へ引き上げられる。

 

「っ、ぁ……!」

 

 背中が壁へ押しつけられる。逃げようと足へ力を入れる。でも。体勢ごと固定される。

 

 近い。

 

 呼吸が近すぎる。押さえ込まれてる腕が熱い。

本気で暴れる。肩を捻る。脚を踏ん張る。それでも、びくりとも外れない。拘束されて逃げられない。嫌でも理解する。私の力じゃ、この人を動かせない。

 

「頑張るじゃん」

 

 低い声。感情が薄い。怒ってもない。でも。少しだけ、楽しそうだった。

 するとそいつは何故か拘束している両手を離した。舐めプでもしているつもりなのだろうか。

 

 悔しい。私はまだ諦めてない。

 

 右。遮蔽。三歩。撃たせてから走る。頭の中では、ちゃんと組み立てられてる。

 

 なのに。

 

 全部。一段上から潰される。走る前に止められる。撃つ前に逸らされる。逃げる前に、逃げ道へ足が置かれる。一回逃がされたと言うのに、私はまた押さえつけられた。

 

「なんでっ」

 

ちゃんと考えてる。ちゃんと戦ってる。ちゃんと努力してる。私は私ができることは全力で頑張ってる。

なのに。届かない。圧倒的に。その時だった。

 

「おい、マジで結構強ぇじゃんこいつ」

 

 後ろで、倒れていたはずの不良一人が笑った。近づいてくる気配。

 

 私は反射的に身を捩る。

 

 でも、押さえつけられて動けない。

 

「ちょ、やめ――」

 

 肩。髪。制服の襟。

 面白がるみたいに指先が触れる。

 

「うわ、細」

 

「でもちゃんと鍛えてはいるんだな」

 

 ぞわ、と背中が粟立つ。

 嫌だ。それなのに。

 

 押さえつけられてるせいで、感覚だけ妙に鮮明だった。

 

 逃げたい。

 

 でも動けない。

 

 呼吸が浅くなる。押さえられてる手首が熱い。

 

 近い。

 

 近すぎる。

 

 その状態のまま、顎を持ち上げられた。

 

「……っ」

 

 喉がひくりと震える。

 

 まずい。この感じ。力が入らない。

 

 違う。

 

 入れてる。

 

 入れてるのに。全部止められる。押さえつけられたまま、私は歯を食いしばった。

 

 悔しい。

 

 怖い。

 

 でも、それ以上に。分からされる。勝てない。

これは、頑張れば届く差じゃない。

 

 その時だった。通路の奥から、足音が聞こえた。

軽い。速い。複数。私は反射的に顔を上げる。

 

 助かった。

 

 一瞬、本気でそう思った。誰か来た。この空気を止めてくれる誰かが。

 

 でも。

 

「うわ、マジで捕まえてんじゃん」

 

 聞こえてきた声で、背筋が冷えた。

 

 増援。しかも敵側。なんでトリニティにそんな他校の生徒がいるんだよ。ふざけるな。

絶望が私を支配する。

 制服の違う生徒が二人、笑いながらこちらへ近づいてくる。押さえ込んでいる相手は、その間も私を離さない。両腕を頭上で固定されたまま、背中を押さえ込まれているせいで、体勢が全然作れなかった。

 

「結構暴れた?」

 

「うん、でもまだ元気」

 

「へぇ」

 

 値踏みみたいな視線が向けられる。

 

 嫌だった。

 

 私はもう一度体を捻った。

 

「っ……、離して……!」

 

 本気で力を入れる。肩。背中。脚。全部。それでも拘束している腕は揺れない。さっきから何度暴れてもそうだった。抵抗してる感覚はあるのに、相手にはほとんど伝わってない。

 

 その事実が、一番苦しかった。

 

「おー暴れるね。ま。意味ないけど」

 

 一人が笑いながら近づいてくる。

 

 逃げたい。

 

 でも、体勢が作れない。

 

 押さえ込まれた腕が熱い。呼吸が近い。壁の冷たさが制服越しにじわじわ背中へ伝わってくる。

 

 耳の横へ手が伸びた。

 

 反射的に肩が跳ねる。

 

「わ、羽根近くめっちゃ反応する」

 

「やめ……っ」

 

 避けようとする。でも、その動きごと止められる。羽根の付け根を軽く撫でられた瞬間、ぞわ、と背中を震えが走った。

 

 嫌だ。

 

 気持ち悪い。

 

 なのに、押さえ込まれているせいで、その感覚だけが妙に鮮明だった。

 

「すげ、今震えた」

 

「っ、ぅ……」

 

 私は歯を食いしばる。

 

 睨む。

 

 でも、相手は楽しそうに笑うだけだった。

 

「ちゃんと抵抗するの可愛いな」

 

 その言葉に、胃の奥が縮む。私は逃げようとしてる。

 

 本気で。

 

 なのに。

 

 逃げられない。

 

 腰へ手が触れた。

 

「――っ!」

 

 反射的に体を引く。

 

 でも無理だった。

 

 拘束している腕が、その動きを上から押し潰す。押さえ込まれたまま体勢を崩されて、呼吸が浅くなる。

 

「細。ちゃんと食ってんの?」

 

「ぁ、……やめ」

 

 声が掠れる。悔しかった。まだ抵抗したい。

まだ動きたい。

 

 でも。

 

 さっきみたいに力が入らない。

 

 呼吸が乱れてる。

 

 腕が痺れてる。

 

 何度暴れても止められるせいで、自分の動きが少しずつ鈍くなっていくのが分かった。

 

 押さえつけられたまま、羽の付け根へ指が流れる。

 

 ひく、と肩が震えた。

 

「ここ弱い?」

 

「っ……、ぁ……」

 

 違う。

 

 弱いとかじゃない。

 

 ただ、逃げられない。

 

 その状態で触れられるから、感覚だけが変に鋭くなる。

 

 私はもう一度腕を振り払おうとした。

 

 でも。

 

 さっきより弱い。

 

 自分でも分かる。

 

 ちゃんと力を入れてるつもりなのに、うまく入らない。

 

「……あ」

 

 笑われた。

 

「さっきより大人しくなった」

 

 違う。違うのに。否定したかった。

 

 でも。

 

 息が上手く入らない。押さえ込まれてる腕が熱い。近くで笑い声がする。耳の奥がじわじわする。

悔しい、怖い。

 

 なのに。

 

 その全部を押し潰すみたいに、“どうしても振りほどけない”って感覚だけが、少しずつ体へ染み込んでくる。

 

「……あ」

 

 一人が、ふと私の制服へ視線を落とした。

 

「これ、トリニティの正規制服か」

 

「っ……」

 

 嫌な予感がした。私を仰向けにしたと思ったら、次の瞬間、制服のリボンへ指がかかる。

 

 私は反射的に身を捩った。

 

「やめろっ……!」

 

 今までで一番強く抵抗した。

 

 肩をぶつけるみたいに体を動かす。拘束している腕を振りほどこうとする。脚を踏ん張る。けれど、押さえ込んでいる相手は少し揺れただけだった。

 

「うお、まだ暴れる」

 

「っ、はな、せ……!」

 

 呼吸が乱れる。

 

 悔しい。力を入れてるのに。本気で。

 

 なのに止まらない。

 

 指先が制服の襟を引く。

 

 布が擦れる音。

 

 私は思わず肩を縮めた。

 

「暴れるなよ」

 

「もう、、やめて、ください……っ、ほんとに……」

 

 声が震える。情けない。そんなつもりじゃないのに、息が乱れるせいで言葉まで弱くなる。私はもう一度腕を振り払おうとした。

 

 でも。駄目だった。掴まれている手首が熱い。押さえ込まれたまま力を入れ続けたせいで、腕の感覚が鈍い。頑張ってる。まだ抵抗してる。

 

 なのに。

 

 その“頑張り”自体が、少しずつ削られていく。

 

 制服の上着が乱暴に引かれる。

 

 肩口がずれる。

 

 冷たい空気が肌へ触れた瞬間、ぞくりと背筋が震えた。

 

「っ……ぁ」

 

「うわ、すげ。ほんと反応する」

 

「返して……っ、やめて、ください……!」

 

 悔しかった。

 

 なんで震えるんだ。

 

 なんで体が勝手に反応するんだ。

 

 嫌なのに。

 

 怖いのに。

 

 拘束されたまま感覚だけが逃げ場を失って、触れられた場所ばかり妙に鮮明になる。

 

 耳の近くへ息がかかる。

 

 肩を掴まれる。羽根の付け根へ指先が触れる。そのたびに体がびくりと揺れる。それがまた面白がられる。

 

「ほらまた震えた」

 

「やめ……っ」

 

 睨む。

 

 本当はもっと抵抗したい。

 

 噛みつくくらいしたい。

 

 でも。

 

 うまく力が入らない。

 

 呼吸が浅い。

 

 頭も少しぼやける。

 

 押さえ込まれている感覚がずっと消えなくて、自分の体なのに自由にならない。

 

 悔しい。

 

 悔しくてたまらない。

 

 その時、不意に視界が滲んだ。

 

「……っ」

 

 熱い。頬を、何かが伝う。

 

 これは...私の涙、、?。

 

 泣きたいわけじゃない。こんなので。こんなことで。私は歯を食いしばった。でも涙は止まらなかった。

 

 悔しい。勝てない。

 

 抵抗してるのに、押さえ込まれる。逃げようとしてるのに、止められる。その現実を、体が勝手に理解してしまう。

 

「……泣いてる」

 

「結構ギリギリだったんだな」

 

 違う。

 

 そんなふうに見られたくない。

 

 私はもう一度だけ腕へ力を込めた。

 

 でも。

 

 さっきみたいな勢いは出ない。

 

 押さえ込んでいる相手の腕が、ゆっくり私の動きを潰していく。

 

 暴れる。

 

 止められる。

 

 力を入れる。

 

 押さえ込まれる。

 

 それを繰り返すうちに、少しずつ、自分の抵抗が小さくなっていくのが分かった。

 

 嫌だった。

 

 そのことが、一番嫌だった。

 

 なのに。

 

 体のどこかで、“もう振りほどけない”って理解し始めている自分がいた。

 

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