戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで   作:Zuzuiikb

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事情聴取

 

 C&Cが戻ってきた時、部屋の空気はまた変わった。

 

 先頭はネルだった。

 

 その後ろに、ミレニアムの生徒が一人。顔色は悪く、足元は少し頼りない。制服は乱れていない。怪我もしていない。けれど、両肩を縮めるようにして歩く姿は、もう逃げ場がないことを理解した人間のものだった。

 

 カリンが背後に立ち、アカネが証拠保全用ケースを持っている。その中には、さっき非常階段で床へ落ちた端末が入っていた。アスナは最後に部屋へ入り、扉を閉める前に廊下を一度確認した。

 

 逃走なし。

 外部干渉なし。

 一般生徒の巻き込みなし。

 

 それだけなら、完璧な確保だった。

 

 けれど、誰もそれを褒める空気ではなかった。

 

 ユウカは立ち上がった。

 

 対象生徒の顔を見た瞬間、胸の奥で何かが冷たく沈んだ。

 

 見覚えがある。

 

 直接親しいわけではない。何度も話したことがある相手でもない。それでも、ミレニアムの管理情報の中で見た名前、提出履歴、端末貸与記録、部活動申請の端にあった情報。それらが一気に繋がって、目の前の生徒を「関係者候補」ではなく「同じ学園の生徒」として突きつけてきた。

 

 同じ学園の生徒。

 

 その言葉が、今は重すぎた。

 

 先生は一歩前へ出る。

 

「連れてきてくれてありがとう。怪我は?」

 

「させてねぇ」

 

 ネルが短く言った。

 

「約束したからな」

 

 その声は静かだった。

 

 静かなぶん、怒りが深いところに残っているのが分かった。

 

 先生は頷く。

 

「ありがとう、ネル」

 

 ネルは返事をしなかった。

 

 ただ、少しだけ視線を外す。

 

 対象生徒は、先生の前で立ち止まった。目は泳いでいる。部屋の中にいる面々を一人ずつ見るたびに、肩が小さく震えた。ユウカ。ノア。チヒロ。ヒマリ。C&C。先生。

 

 そして、黒い画面が閉じられた端末。

 

 その端末を見た瞬間、対象生徒の喉が動いた。

 

「……私は」

 

 小さな声だった。

 

「私は、そんな、大したことは」

 

 ネルが一歩動いた。

 

 その瞬間、対象生徒の言葉が止まる。

 

 先生が手を上げた。

 

「ネル」

 

「分かってる」

 

 ネルは止まった。

 

 だが、視線は対象生徒から外さない。

 

 先生は、対象生徒へ椅子を示した。

 

「座って。話を聞かせて」

 

「……私、何も」

 

「それを確認するために話を聞く」

 

 先生の声は落ち着いていた。

 

 責めていない。

 

 けれど、逃がさない。

 

 対象生徒は椅子に座った。膝の上で手を握る。ユウカはその手を見て、無意識に自分の指先へ力を込めた。

 

 震えている。

 

 怖がっている。

 

 それを見て、同情が出るかと思った。

 

 出なかった。

 

 少なくとも、今は。

 

 ユウカは深く息を吸い、記録用端末を開いた。

 

「これから、確認を行います。先生、私、ノア、チヒロさんが同席します。C&Cは扉側で待機。ヒマリさんとヴェリタスは解析補助。発言は記録します」

 

 声は硬かった。

 

 事務的だった。

 

 けれど、今のユウカにはそれが必要だった。少しでも感情を混ぜたら、言葉が崩れる。崩れたら、この生徒を責める言葉しか出なくなる気がした。

 

 ノアは隣で静かに頷き、記録端末を構える。

 

 チヒロは証拠保全用ケースを机の上に置いた。

 

「端末は触らないで。こちらで複製とログ保存を行う」

 

 対象生徒はびくりと肩を震わせた。

 

「それ、私の端末で……」

 

「今は証拠品です」

 

 ユウカの声が少し低くなった。

 

 対象生徒は口を閉じる。

 

 先生が椅子に座った。

 

 対象生徒と向かい合う。

 

「まず名前と所属を確認するね」

 

 対象生徒は、震える声で答えた。

 

 名前。

 学年。

 所属。

 端末の所有確認。

 

 ノアが淡々と記録する。

 

 その淡々さが救いだった。今の部屋では、誰か一人でも怒鳴れば、すぐに全体が崩れる。ノアの指が正確に動いていることだけが、かろうじて手続きを手続きとして保っていた。

 

 先生は続ける。

 

「この端末から、ある映像ファイルの編集履歴に繋がるライセンスIDが見つかった。心当たりはある?」

 

 対象生徒の顔色が変わった。

 

 それだけで、部屋の温度が下がったようだった。

 

 ネルの拳がわずかに握られる。

 

 カリンが一瞬だけネルの横顔を見る。

 

 対象生徒は首を振った。

 

「知らないです」

 

 早すぎた。

 

 否定が、早すぎた。

 

 ユウカの中で、何かが冷たく鳴る。

 

「まだ、どの映像かは説明していません」

 

 ユウカの声に、対象生徒が固まった。

 

 ノアの記録する手が一瞬だけ止まり、すぐに再開する。

 

 先生は何も言わなかった。

 

 ただ、対象生徒を見ていた。

 

「……違う」

 

 対象生徒は小さく言った。

 

「違うんです。私は、撮ってない。私は、その場にはいなかった。ほんとに、そこにはいなくて」

 

「そこ?」

 

 チヒロが短く聞く。

 

 対象生徒の唇が震える。

 

 言ってしまった。

 

 そういう顔だった。

 

 ユウカは目を伏せそうになり、耐えた。

 

 怒りではなく、吐き気に近いものが上がってくる。

 

 先生が静かに言う。

 

「ゆっくりでいい。何を知っているのか、最初から話して」

 

「私は、撮ってないんです」

 

 対象生徒は繰り返した。

 

「ほんとに、撮影にはいませんでした。見てもない。最初は、その、ただの素材だって言われて」

 

 素材。

 

 その言葉で、部屋の空気がひび割れた。

 

 ネルが机を殴りそうになる。

 

 だが、殴らなかった。

 

 約束がある。

 

 先生の指示がある。

 

 ネルは奥歯を噛みしめ、何とかその場に立っていた。

 

 ユウカの声は、冷たくなった。

 

「素材?」

 

 対象生徒は怯える。

 

「そう言われたんです。顔とかは見えないようにするって。音も消すって。ちょっと加工するだけで、誰のか分からないって。だから、私、そんな……そんなひどいものだって」

 

「見たの?」

 

 ノアが聞いた。

 

 静かな声だった。

 

 対象生徒は首を振る。

 

「全部は、見てないです」

 

「全部は」

 

 ノアが繰り返す。

 

 対象生徒の肩が跳ねた。

 

「一部だけ。ほんの少しだけです。誰かが倒れてて、でも顔はよく見えなくて、声も、加工前のやつは、ちょっと入ってたけど、私は、そんな」

 

 ユウカの手が止まる。

 

 声。

 

 加工前の声。

 

 その言葉が、また部屋にいる全員の中へ戻ってくる。

 

 見ないで。

 

 助けてと言いかけた音。

 

 あの声が、誰かに「ちょっと入ってた」と言われている。

 

 チヒロが低く言う。

 

「あなたは、声が入っていると知っていて加工した」

 

「だから、消すって言われて」

 

「誰に」

 

 対象生徒は口を閉じた。

 

 初めて、明確に黙った。

 

 先生はその沈黙を急かさなかった。

 

 急かさないまま、逃がさなかった。

 

「名前を言って」

 

「……他の学園の子です」

 

「どこの?」

 

「分かりません」

 

「分からない?」

 

 ユウカの声が少しだけ尖る。

 

「本当に、名前で呼び合ってなかったんです。ブラックマーケットで、たまに集まる人たちで。トリニティーっぽい子もいたし、ゲヘナっぽい子もいたし、ほかにも、いろいろ」

 

 トリニティー。

 

 ゲヘナ。

 

 複数学園。

 

 ヒマリの目が静かに細くなる。

 

 チヒロが端末のログを開く。

 

「通信履歴、あります」

 

 対象生徒の顔色がさらに悪くなった。

 

「消したはず……」

 

 言ってから、また失敗に気づく。

 

 ネルが低く笑った。

 

 笑いではなかった。

 

「よく喋るじゃねぇか」

 

「ネル」

 

 先生が短く呼ぶ。

 

 ネルは黙った。

 

 先生は対象生徒へ視線を戻す。

 

「続けて。あなたはその集まりで、映像加工を頼まれた。そうだね?」

 

 対象生徒は小さく頷いた。

 

「誰が撮ったかは?」

 

「知らないです。本当に、そこまでは。でも、元データを持ってきた人はいました。トリニティーの敷地内で撮ったって、言ってた。使われてない建物だから、誰にもバレないって」

 

 ユウカの心臓が、一度強く鳴った。

 

 トリニティーの敷地内。

 

 さっきの推測が、言葉になる。

 

 先生の表情は変わらない。

 

 ただ、ほんの少しだけ、目が静かになった。

 

「その建物の名前は?」

 

「知らないです。私、行ってないから」

 

「映像の販売先は?」

 

 対象生徒はまた黙る。

 

 その沈黙は、先ほどより長かった。

 

 今度は本当に怖がっている。怒られることではなく、別の何かを恐れている顔だった。

 

 先生は声を柔らかくする。

 

「今話さなければ、あなた一人で抱えることになる」

 

 対象生徒の目が揺れる。

 

「先生が守ると言っているわけじゃない。罪は罪として扱う。でも、これ以上悪い相手に利用されないようにはする」

 

 対象生徒の指が震えた。

 

「……ブラックマーケット」

 

 小さな声だった。

 

 部屋の全員が聞いた。

 

「ブラックマーケットで、売ったって。高く買う大人がいるって。顔が、黒いっていうか……影みたいで、変な大人で」

 

 先生の空気が変わった。

 

 それは、本当にわずかな変化だった。

 

 生徒たちの多くは気づかなかったかもしれない。

 

 だが、ヒマリは気づいた。チヒロも、少しだけ先生を見る。ユウカは、先生の横顔に何か硬いものが差したのを見た。

 

 顔が黒い大人。

 

 影のような大人。

 

 その言葉が、先生の中で何かと繋がったのだと分かった。

 

 けれど先生は、すぐには説明しなかった。

 

「その大人に直接会った?」

 

 対象生徒は首を振る。

 

「私は会ってません。元データ持ってた子たちが、売ったって言ってました。私は加工費だけもらって……でも、そんな、誰かを傷つけるつもりじゃ」

 

 最後の言葉が出た瞬間、部屋の空気が変わった。

 

 誰かを傷つけるつもりじゃなかった。

 

 その言葉は、あまりにも遅かった。

 

 ネルが一歩前へ出る。

 

 今度はカリンが止めるより早く、先生が立ち上がった。

 

「ネル」

 

 声は低い。

 

 ネルは止まった。

 

 対象生徒は椅子の上で固まっている。

 

 先生はネルへではなく、対象生徒へ向き直った。

 

「その言葉は、今ここで言うには軽すぎる」

 

 先生の声は怒鳴っていない。

 

 けれど、その静かさに、対象生徒は顔を青くした。

 

「傷つけるつもりがなかったかどうかは、あとで聞く。今必要なのは、あなたが何をしたのか、誰から受け取ったのか、誰に渡したのか。それだけ」

 

「……はい」

 

 対象生徒の声は消え入りそうだった。

 

 ユウカは、そのやり取りを聞きながら、ひどく冷静な自分の一部に気づいていた。

 

 名前。所属。端末ID。通信履歴。ブラックマーケット。トリニティー敷地内。複数学園混合。不良集団。黒い顔の大人。

 

 情報が並んでいく。

 

 並べなければならない。

 

 でも、その一つ一つの奥に、レナがいる。

 

 レナの声がある。

 

 レナが見ないでと言った映像がある。

 

 ユウカは、少しでも気を抜けば、この生徒に何を言うか分からなかった。

 

 だから記録した。

 

 今は、記録することで自分を止めた。

 

 ノアも同じだった。

 

 対象生徒の言葉を、正確に残す。矛盾も、震えも、言いよどみも、全部記録できる。できてしまう。けれど、その正確さを感情に向ければ、自分が壊れる。

 

 だから、事実だけを書く。

 

 事実だけ。

 

 それでも、手は重かった。

 

 チヒロが端末解析の結果を追加する。

 

「通信ログから、外部接続先が複数。ブラックマーケット系の中継サーバーと一致するものがあります。あと、ファイル名の一部に販売用の識別子らしきもの」

 

「販売用?」

 

 ユウカが顔を上げる。

 

「商品管理みたいなもの。番号。タグ。価格帯」

 

 価格帯。

 

 その言葉に、コユキが口元を押さえた。

 

 レナの傷に、値段がつけられていた。

 

 誰かが撮った。

 誰かが加工した。

 誰かが売った。

 誰かが買った。

 

 見ないでと言った声が、商品として扱われた。

 

 アスナは部屋の端で立ち尽くしていた。いつものようにふわりとした言葉が出てこない。楽しい方へ引っ張る道は、ここにもなかった。

 

 アカネは対象生徒の前に水を置いた。

 

 手は丁寧だった。

 

 けれど、表情はいつもより硬い。

 

「飲めるなら、飲んでください」

 

 対象生徒は水を見た。

 

 手を伸ばしかけ、やめる。

 

 アカネはそれ以上すすめなかった。

 

 その行動を見て、ネルの顔が一瞬だけ歪んだ。

 

 水。

 

 安全。

 

 椅子。

 

 整えられた部屋。

 

 画面の中のレナには届かなかったものが、今、目の前の関係者には差し出されている。

 

 それが正しい対応だと分かっている。

 

 分かっているからこそ、胸の中で何かが暴れる。

 

 先生が言った。

 

「今日の聴取はここまで一度区切る」

 

「先生」

 

 ユウカが顔を上げる。

 

「必要な初期情報は取れた。ここから先は、正式な手続きで進める。対象生徒の身柄はミレニアム側で保全。端末は証拠として封印。外部通信を遮断。関係者の洗い出しは先生とユウカ、ノア、チヒロ、ヒマリで続ける」

 

 先生は一度、対象生徒を見る。

 

「あなたには、このあと改めて詳しく話してもらう。嘘をつけば、記録と照合される。今のうちに、思い出せることを全部整理しておいて」

 

 対象生徒は頷く。

 

 泣いてはいなかった。

 

 ただ、顔色は紙のように白かった。

 

「カリン、アカネ。対象を別室へ。アスナ、周辺確認。ネル」

 

 先生がネルを見る。

 

「ついて行ってもいい。ただし、手は出さない」

 

「……分かってる」

 

 ネルは低く答えた。

 

 対象生徒が立ち上がる。

 

 その時、ほんの小さく、口を開いた。

 

「あの」

 

 誰も返事をしない。

 

 対象生徒は震える声で言った。

 

「その、レナさんって子は……今、どうして」

 

 言い終わる前に、ネルが動いた。

 

 今度は先生の声より早かった。

 

 ただし、殴らなかった。

 

 ネルは対象生徒の胸ぐらを掴まなかった。肩も押さえなかった。ただ、目の前まで一歩で近づき、低い声で言った。

 

「名前を呼ぶな」

 

 対象生徒の息が止まる。

 

「今、お前がその名前を呼ぶな」

 

 先生はネルを止めなかった。

 

 その代わり、静かに言う。

 

「行こう」

 

 カリンが対象生徒を促す。

 

 アカネが端末ケースを持ち、アスナが扉を開ける。

 

 対象生徒はもう何も言わなかった。

 

 部屋から出ていく背中を、ユウカは見送った。

 

 扉が閉まる。

 

 静寂。

 

 さっきまでより、ずっと重い静寂だった。

 

 情報は増えた。

 

 手掛かりは掴んだ。

 

 事件は前へ進んだ。

 

 けれど、誰も楽にはならなかった。

 

 先生はしばらく黙っていた。

 

 それから、ゆっくり口を開く。

 

「……黒い顔の大人、か」

 

 その言葉に、ヒマリが反応する。

 

「先生。心当たりがあるのですか」

 

 先生はすぐには答えなかった。

 

 窓のない端末室の中で、先生の沈黙だけが少し長く伸びる。

 

「ある」

 

 短い返事だった。

 

 ユウカが息を止める。

 

 チヒロが顔を上げる。

 

 ノアの指が記録端末の上で止まる。

 

 先生は全員を見た。

 

「ただ、今ここで全部話すと、余計に混乱させると思う。だから、必要な分だけ話す」

 

 先生の声は、先ほどより少し低かった。

 

「その特徴に近い大人たちがいる。キヴォトスの裏側で、生徒の心や傷を、研究や取引の材料みたいに扱う相手」

 

「大人、たち」

 

 ユウカが繰り返す。

 

「名前は?」

 

 チヒロが問う。

 

 先生は少しだけ目を伏せた。

 

「ゲマトリア」

 

 その名前は、部屋の誰にも馴染みがなかった。

 

 馴染みがないのに、響きだけで嫌なものだと分かる名前だった。

 

「その中に、黒い顔をした大人がいる」

 

 先生は言った。

 

「もし今回の映像がそこへ渡ったなら、これはただのブラックマーケットの取引じゃない。レナを傷つけるためだけでもない。レナを大切に思う人たちごと、何かに利用しようとしている可能性がある」

 

 誰も、すぐには言葉を返せなかった。

 

 黒い顔の大人。

 

 ゲマトリア。

 

 ブラックマーケット。

 

 レナの映像。

 

 すべてが繋がっていく。

 

 先生は、静かに続けた。

 

「でも、今やることは変わらない。映像を広げない。関与した生徒を特定する。各学園と連携する。レナに会う時は、あの映像ではなく、今のレナを見る」

 

 ユウカはゆっくり頷いた。

 

「はい」

 

 声はまだ重い。

 

 けれど、折れてはいない。

 

「まずは、関与者の洗い出しですね」

 

「うん」

 

 先生は頷く。

 

「トリニティー、ゲヘナ、その他の学園。必要なところへ連絡する。ただし、映像そのものは渡さない。情報だけを共有する」

 

 ヒマリが静かに言った。

 

「ゲヘナ生徒が含まれているなら、風紀委員会への連携が必要ですね」

 

「そうなる」

 

 先生の表情が少しだけ険しくなる。

 

「ヒナたちにも、協力を頼むことになると思う」

 

 ゲヘナ風紀委員会。

 

 また別の学園が、この件に触れる。

 

 ユウカの胸が重くなる。

 

 広がっていく。

 

 見せないために動いているのに、事件は広がっていく。

 

 けれど、それでも映像そのものを広げるわけにはいかない。

 

 チヒロが端末を閉じる。

 

「まず、対象生徒の端末複製とログ保全を完了させる。通信先の洗い出しはこっちでやる」

 

「お願いします」

 

 ユウカは答えた。

 

 先生は、一度だけ部屋の扉を見た。

 

 ネルたちが出て行った先。

 

 対象生徒が連れて行かれた方向。

 

 そのさらに先に、まだ名前の分からない関係者がいる。

 

 そして、もっと奥に、黒い顔の大人がいる。

 

 事件は、ようやく形を持ち始めていた。

 

 だがその形は、想像していたよりずっと大きく、ずっと暗かった。

 

 ユウカは深く息を吸った。

 

 次にレナに会う時、自分はどんな顔をするのだろう。

 

 その答えはまだ出ない。

 

 けれど、少なくとも今は、やることがある。

 

 レナの映像を、これ以上誰かの手で動かさせないために。

 

 レナの傷を、値段のついた商品で終わらせないために。

 

 そして、いつかレナ本人の前に立つ時、見てしまったことを言い訳にしないために。

 

 ユウカは端末へ向き直った。

 

 記録するべきことは、まだ山ほどあった。

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