ラ・ピュセル生存記録 ―異伝 After of 『魔法少女育成計画2-o-H』 作:神谷萌
つまり、ここもまた微妙に違う世界ということです。
─☆──☆──☆──☆─
市街地、駅からは離れた、さりとて新しくもない住宅街。
その中の古いアパートの駐車場に、旧いが綺麗な、ガンメタリックの塗装も鮮やかな軽自動車が進入する。
CP22S型 4代目 スズキ セルボ・モード ──── の、ゲテモノ。
細波華乃が自動車運転免許を取った時に、トップスピードこと室田つばめが高校時代の伝手で拾ってきた。個人経営規模の車検屋が文字通りのオモチャにしていたやつで、駆動系が腐っていた5ドアのX 4WDを、事故廃車のSRターボ 4WDの摘出品で再生したシロモノ。エンジン本体も同じ
もっとも、華乃も、よく乗せて走る2人も、 “状態はいいけど旧い軽自動車” としか認識していなかったが。有人スタンドでやたらジロジロ見られる、程度だ。
「ここで良かったのよね?」
指示されたはずの番号が書かれた区分に駐車させてから、華乃は助手席に座っているラ・ピュセルに聞いた。
ラ・ピュセル、現在も社会的には岸辺颯太、は、スマートフォンでミクセリクサーからのメールを再確認しながら、
「そう。使ってないスペースだから、大家さんに許可取ったって」
と、答えた。
華乃がイグニッションスイッチをOFFにし、エンジンを切る。
運転席のドアを開けて、華乃が降りる。
助手席のドアからはラ・ピュセルが、その後ろの後席ドアから、姫河小雪が降りた。
「はー……」
華乃がドアロックをかけたところで、ラ・ピュセルが、やや芝居がかりながらため息を吐き出した。
「どうしたの?」
華乃が、セルボのルーフ越しに訊ねる。
「いや、またボクのカッコの事、説明しなきゃならないのかと思ってさ」
「今更」
どこかうんざりしたように言うラ・ピュセルに、華乃はあっさりとそう言った。
「初対面の人間ならいいんだよ。ヘンにボクのこと知ってる人だとなー」
疲れたように、ラ・ピュセルは言う。
「朱里ちゃん、そうちゃんのこと覚えてなかったりして」
小雪が、苦笑しながら言う。
「ミクセリクサーがボクの名前聞いたんだから、そうってことはないはず」
「でも、どんなカッコだったかーとかは、意外と薄れてるかもよ?」
「それはそれで傷つくなぁ……」
小雪の言葉に、ラ・ピュセルはため息を重ねた。
華乃が片手で頭を抱える仕種をする。
「……根本的な問題からズレてる気がする」
「え?」
─☆──☆──☆──☆─
ピンポーン
ドアのチャイムが鳴らされた。
「はーい、ただいまー」
とたとたと軽い足音を立てながら、ミクセリクサーが玄関に向かう。
……多分、予定されている来訪者のはずだ。
ガチャガチャッと、ミクセリクサーが安っぽいドアの鍵を外して、扉が開く。
あたしもそっちを見ている。
「リップル様!」
ミクセリクサーがそう呼んだ、1人の女性が入ってくる。多分あたしらより年上。すらっと背が高くて、片目に傷を負ってるけど、それが気にならない程 ──── いや、それまで含めて、女のあたしがため息吐くほどの美人。
元が純粋な人間じゃないミクセリクサーは別としても、魔法少女って言っても実際に “少女” と呼べる年齢なのかどうかは関係がない、というのもあたしにとっては驚きだった。
あたしが恐慌状態に陥った時、小雪と一緒に度々様子を見に来てくれた人がいる。室田つばめ。トップスピードという魔法少女らしい。 ──── らしいというのは、あたしはまだその変身後の姿を見ていない。ともあれ、その人に至っては22歳で2児の母。右腕がないけどそれを感じさせないほどパワフルで、竹を割ったような性格の人。
ミクセリクサーが、リップル、と、魔法少女名で呼んだ女性に続いて入ってきたのは、これもあたしはもう何度か会ってる顔で、そもそも昔から知ってる顔。
姫河小雪。あたしが名深市に住んでた頃の幼馴染。そして、今は魔法少女スノーホワイト。
そして ────
「先生ー! 1週間ぶりでした!」
「ああ、うん」
嬉しそうに満面の笑みで挨拶するミクセリクサーに、その “先生” はどこか困ったような苦笑で返事をしている。
多分、ミクセリクサーが迷惑とかじゃなくて、あたしに対して気まずいと言うか、どう話すか悩んでるんだろう。
ミクセリクサーの恩人で、今は魔法と日常生活の指導役で、先生と呼んでいる魔法少女、ラ・ピュセル ────
「立ちっぱなしじゃ疲れちゃいます。お部屋の方へどうぞー」
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす」
“リップル” と、小雪、それに “ラ・ピュセル” が、狭っ苦しいアパートの玄関の低い上がり
あたしもミクセリクサーと一緒に、3人の前に立つかたちで奥の部屋まで進む。
折りたたみ式の卓袱台が置いてあって、人数分の、いや、人数分より1人分少ない数の座布団が置いてある。ミクセリクサー自身が数に入ってないんだろう。
「どうぞ座ってくださいー。いま、お飲み物をお持ちしますねー」
ミクセリクサーは3人にそう勧めてから、一旦部屋を出ていった。
あたしも行儀悪く、胡座をかいて座布団の上に座った。
「…………」
じーっ、とその顔を見てやる。
どう見ても日本人の顔の作りと髪色じゃない。
ついでに頭からツノみたいなのが生えてるけど、これは飾りなのか?
薄くアイシャドウが入っているように見える目の、
「岸辺?」
「うん」
あたしが訊ねると、ラ・ピュセルは頷いた。
「あたしが転校するまで、小学校の同級だった?」
「うん」
「小雪見てだらしなく鼻の下伸ばしてた?」
「それはやめてよ!」
これは否定してくるだろうなとは思ってたけど、なんか予想以上にムキになってる、っていうか、目尻釣り上げて怒ってる。
「あたしの記憶が確かなら、お前、男だったよな?」
わざと遠回りに感じるような言い回しで訊ねる。
「うん」
「先に謝っとくな?」
「え?」
「プッ」
限界だ。決壊した。
「アハハハハハハ、ハハハ、ヒーッヒヒヒヒヒ、駄目だ、我慢できねぇ。アハハハ、あの、あの、男のクセに魔法少女大好きだった岸辺が、マジモンの魔法少女になってるって、フヘヘヘヘヘ……!!」
あたしはお腹抱えて座布団から転げ落ち、笑いながらのたうち回った。
「そこまで笑うことないだろ!」
「悪い、悪い…………フッ、クッ、ククククク、ハハハハハ……!! 駄目だ腹
一度は岸辺に謝るものの、すぐに笑いがこみ上げてきて我慢できなくなる。
「インフェルノ様!?」
ミクセリクサーの驚いた声が聞こえてくる。
「大丈夫ですか? どこかお身体の調子が悪くなりましたか?」
ここまでの過程を見てない、とゆーか、岸辺がラ・ピュセルだってことに違和感持ってないからか、真剣にあたしのことを心配する声をかけてくる。
「アハハ、大丈夫、大丈夫。ただ笑いが止まんねーだけで……フフフハハハハハ……」
「朝御飯に良くないものが入っていたのでしょうか……」
あたしが必死に言うものの、ミクセリクサーは不安そうな顔をやめない。
「そうじゃない、そうじゃないんだって……クッ、ククククク、フフフフ、アハハハ……」
「もういい加減笑いすぎだろ!」
岸辺が不機嫌そうな声を出してくるけど、まだ止まんねー。
「あーあーあー、確かに毒っちゃ毒だわ、目の前に、ひー……ひー……」
あたしは、笑いすぎて震える指で、岸辺を指しながらそう言った。
「先生が、毒なんですか?」
ミクセリクサーは、マジで解らないと言った様子で、あたしと岸辺を交互に見てる。
「はー……はー…ある意味猛毒……はー……」
「そこまで言う?」
ダメだまだ呼吸が元に戻らねぇ。
「朱里ちゃん、そこまで笑うと流石に華乃の前で失礼だよ」
小雪が困ったように苦笑しながら言ってくる。
「ボクにじゃなくて?」
岸辺が、自分を指差しながら、小雪に向かって訊くように言う。
「あー、うん、確かに、そうちゃんにも失礼だとは思うけど」
「その言い方どういう事!?」
ん?
なんか話し方が気安い気がする。なんか小雪に対する岸辺のイメージじゃないなー。
まぁ、小学生の時の関係を、高2の今まで引きずってるのもおかしな話ではあるのかもしれないけど。
「でもほら、婚約者の前で相手を笑うって言うのは良くないよ」
「それはそうだけど……」
「待て」
小雪と岸辺のやり取りに、あたしは割って入る。
「婚約者?」
「そうだよ」
あたしが訊くと、小雪が答えた。
岸辺は、なんか恥ずかしそうに目を逸らしてる。
「小雪と、岸辺が?」
「違う違う!」
「じゃなくて!」
あたしが訊くと、小雪と岸辺が揃って否定してきた。
2人の視線が、岸辺を挟んで小雪の反対側に座ってる “リップル” に向いた。
「初めまして」
“リップル” が、そこで初めて、あたしに向かって声を出してきた。
「本名細波華乃、魔法少女リップル。よろしく」
「あ……よろしくお願いします」
ん……? 岸辺が婚約してて、その相手が小雪じゃなくて、尚且つ目の前にいるってことは……
「華乃さんが、岸辺の婚約者ってことですか?」
「そう、口約束だけではあるけど」
華乃さんに答えられて、あたしは慌てて、座布団の上に正座で座り直した。
「す、すみません、ちょっと調子乗りました」
「別に気にしなくていい」
華乃さんは、そう言ってチラリと岸辺を見てから、視線をあたしに向け直す。
「これからもっと笑うネタがあるから」
「華乃!?」
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『ラ・ピュセル生存記録 ―魔法少女育成計画Bloopers―』
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