翌日、放課後……帰路についたうみの後ろから、ドタドタと近付いてくる騒々しい足音。ふとうみが後ろを向くと、走る少女の顔が眼前にあった。
「うわっ!」
「ごめん、ごめん」
かわるが申し訳なさそうにうみと目を合わせる。騒がしかった歩調が、ぽたぽたとゆったりとしたものに変わる。
「今日は……どうだった?学校とか」
「え……。うーん、えっと、特に……」
「……そっか。……あのね!」
「!?」
突然大きな声を出したかわるに驚く。うみは顔を上げて彼女の顔を見た。
「……昨日は、ごめんなさい」
かわるは綺麗に頭を下げる。うみも困った表情でたじろいで、慌てた様子で言葉を詰まらせる。
「いや、そんなの……あたしだって……ごめん」
「お姉ちゃんから聞いたんだ。魔法少女のこととか、色々。でね、私……心のどっかで、金陽さんのこと、弱い人だって思ってた。ほんと酷いよね、私」
「そんなこと――」
「でもね、そんなの間違い!金陽さんは強くて……優しくて、眩しかった!だから……!また金陽さんの手を取りたいっ!」
ぐっと右の手のひらを出したかわるの目に涙が浮かんでいた。ジーンと目が熱くなるのを感じた。一方うみはと言うと、目を潤わせながら一歩踏み出す。
「あたしも……!」
涙をこらえて、かわるの手を取り。抱きしめるように、包み込むように握った。
「あたしも苺園さんのこと……凄く眩しいって思う……!だって、苺園さんがいたから、戦おうって思えた!」
繋がった。もう恥ずかしさも何もない。素直な感情が2人を動かす。
「……金陽さん。ううん、うみちゃん。『かわる』って……呼んでほしいな」
「かわる、ちゃん……」
「はは……私、うみちゃんのこと大好きだ……」
うみはただ黙って、手に力を入れた。柔肌を感じる、淀んでいた空気が澄んでいく。頬には涙の跡だけが残って、2人は心地よさそうに、笑顔でお互いを見つめあった。
――――――――――
「ちょっとファァァング!なんでこんなことに!?」
「私が知るわけないでしょこのバカ!」
「バカとはなんですかバカとはぁ!」
少し時間が経ち、夜。何かから逃げるように全速力で走っているオトギファング。そして彼女の隣を並走する緑の魔法少女。2人とも武器は持たずに、ただただ必死に走っている。
「あれっていわゆる怪人じゃありませんの!?」
「怪人!?あー、そういえばちょっと前――うぎゃぁ!?」
後ろから黒い糸が伸びてきて、話しているファングの頬を掠めた。糸は真っ直ぐ伸びたまま地面に突き刺さる。
「ちょっ……!ファング!足を止めてはなりませんよ!」
「ひいいい!あいつヤバいって!」
指をさした先にいるのはラウェス・シュベリアのミノン。魔法少女を狩るためか、ワイヤーを使って飛び回り、空から黒い糸を次々に伸ばしている。見下ろすその目は、冷たい。
「このままじゃ埒が明かないって!テッセン、やっぱり戦おう?ね?」
「無理ですわっ!さっき一瞬で武器が弾かれたでしょう!」
「二度目の正直でしょ、このバカ!」
「なんですって!?」
「あーもう!バカバカバカ!」
「バカはあなたでしょう!?あぁもう、こういうときに限って、あいつらはいないんだから!」
口論しているうちに少しずつ距離が縮まって来ている。ミノンだけがそれを認識して、加速して糸を構えた瞬間。
「騒がしいと思って来てみれば……!」
声が聞こえた。逃げ惑う2人が走る方向の奥から。
直後、電撃が前方から放たれた。そこにいたのは、ジャムにソード、それからグラビティ。
「チッ……お前か」
「良かった助かった〜……って、うわあああああ!?お、お前はっ!?」
「えぇ、何?あ、えっと。……ここは任せましたわ!」
グラビティに睨まれ一目散に逃げるファングと、それについて行くテッセン。そんな彼女らのことは気にせず、ジャムたちは着地したミノンと目線を合わせる。冷たい視線を交わして、戦闘態勢をとった。
「また野球?……また勝っちゃうけど」
「で、何だよこいつ?」
「糸の怪人ミノン……強いよ、気を引き締めて」
両腕を開く。直後、彼の足元から複数の黒い糸がニュッと伸び出た。接敵するのは初めてだが、グラビティはそれが攻撃の合図であることをすぐに理解できた。
――来る!
黒い糸が伸びる。体が自然に宙に浮いて、猛攻の中、糸をくぐり抜けるように華麗に空中を舞ったグラビティ。
「ハッ、大したことない!」
紫のエネルギーを右手に湛えて、ミノンへ迫る彼女だったが……
「ふぅん!」
バババババッ!
無数の糸が二人の間に割って入って、盾となったそれらが砕け散る。
グラビティが反動を受けて仰け反った瞬間、ミノンが糸を束ね作った細いレイピアを持ち駆け出す。
「へぇ……!なかなかやるじゃねえか」
「どうだ?俺の力は!」
構え、からの踏み込み。首筋の方へ狙いを定め一突き。
「はあっ!」
狙いは完璧だったが、結果はそうもいかない。束ねたところで所詮は糸、無抵抗の相手ならともかく、十分抵抗が間に合うスピードだ。グラビティがその剣先をしっかりと掴んでいた。
「くっ!」
「過信しすぎだなヘッポコ野郎……!――喰らえや!」
先程と同じくエネルギーを溜めたグラビティ。そんな彼女を前にして、ミノンがぐっと力を込めると、地面に黒いエネルギーが集まっていく。こちらも同じく防御するつもりだろうか。
しかし――
「ジャム!」
そんなのお見通しだ。そうニヒルな笑みを見せたグラビティの目に映るのはミノンではない。その奥にいたジャムの姿だった。
「しまった!」
振り向くミノン。真っ直ぐ伸びようとしていた黒い糸を器用に再配置し、防御の体勢。地表のエネルギーはドーム状になるよう黒い糸を伸ばす。
(来た――!)
咄嗟の判断が求められる状況、これは大きなチャンスだった。前方にグラビティ、後方にジャム。2方向からプレッシャーをかけられ、それ以外のことには少し鈍くなるこのタイミング。
「この見せ場、私が貰っていくわね!」
視界の外。放たれた矢の如くソードが飛び出し、グッと手に力を入れてジャンプ斬りの姿勢。空へ向かって真っ直ぐに伸びる剣が煌めいた。
2つの衝撃が響いて、黒い糸の盾は音を立てて砕け散った。フッと彼の体から力が抜けたその一瞬、刃がその体に直撃した。
(俺としたことがっ……!)
攻撃の衝撃でゴロゴロと転がって、ミノンは地面を這った状態でソードたちを見上げる。
体が痛む。肉片によるエネルギーのプロテクターが多少ダメージをカバーしているとはいえ、完璧に無抵抗の状態での攻撃だった。悔しさにギリリと歯を食いしばって、ミノンは考えを巡らせた。
(クソッ……)
その間1秒にも満たず。ほんの一瞬で辿りついた結論、それ即ち『退却』だった。
よろよろと立ち上がったかと思えば、緩急激しく走り出し、手からワイヤーを伸ばす。
「逃げたぁ!?」
「チッ、追いかけるぞ!」
「ええ!」
少し遅れて動いた3つの光。ぴょんこぴょんこと地面や建物の屋上を跳ねて黒い影を追いかける。
「やっぱり追いかけてきたか……インヴァたちならともかく、怪人となればそうもなるよな……!」
――追いかけて来るのも想定内。だから、ただ逃げるだけじゃない。この策に賭けるしかない……!
「ミノンだか知らねーけど、待てよ、おいっ!」
「はぁっ!とおっ!」
エネルギー球を投げるグラビティに、電撃を放つジャム。そのどれも掠りもせず地面に激突する。
「2人とも、マンションとかに当たったら大変よ!」
「クソッ……」
「でも、あのダメージならすぐに追いつける!」
ソードの言う通り、こちらの方が速い。いや、向こうの動きがこちらより鈍いと言った方が適切だろうか。一層スピードを上げて、ジャムは尚も追い続ける。やがて繁華街の光が見えてきたところで、黒い影は光に照らされながら屋上を飛び降り、街へ落ちる。
「あっ、飛び降りた!……って、あれは!」
ぜえはあと息を切らしてミノンが向かっていったのは手提げ袋を携えた男。繁華街ということもあり、ミノンの形相を見た群衆がややザワついている。
「え?……ミノンじゃないか。一体どうしたって……?」
黒髪のその男が上、即ち屋上の人影に目線を移すと、魔法少女たちの姿を認識する。
「おい、あいつって確か――」
「ええ、ラウェス・シュベリアの一員よ。名前は――インヴァだったかしら」
連戦の予感がして、ジャムの顔がやや青くなるが、『それでも戦うしかない』と気合いを入れる。2人と目を合わせたあと、大きくジャンプして着地した。
「はぁ、困ったな……まぁでも、仲間のためなら戦うしかないよね」
インヴァは悪魔のような翼を広げ、両手に持っていた袋をその場に置いた。瞬間、目の前の出来事をようやく理解したのか、鳩が散るように野次馬が逃げ出した。
「知ってると思うけど……僕はインヴァ。『ラウェス・シュベリア』のリーダーさ。このままショッピングを続けたいところだけど……仲間が『助けてくれ』って言うなら仕方ないよね」
ふと変身を解いたミノンに目を向け、再びジャムたちの方へ向き直る。
「じゃあ、そうだな……とりあえずやろうか」
インヴァがグッと拳に力を入れオーラを周囲に放つ。オーラはプレッシャーとなり、魔法少女たちは抑圧されるような感覚を覚えた。
「へぇ……これがリーダーね」
「こりゃ手強そうだな……」
「でも、やるしかないよ」
ジリジリとお互いを見つめ合う。
が、そんな緊迫状態は長く続かなかった。
「おーい!」
空気の読めない一般人が凍りそうな空気に水を差す。全員の視線が声の主の方へ集まった。キョトンとした顔をする彼女。そんな彼女を見て、ミノンの顔が真っ青になる。
「あ、おい、みのん!お前、こんなとこで何してんだよ?」
「ね、ねねねね姉ちゃん……」
『
「連絡もなしにほんと……ママも心配してたし。で、友だち?」
「い、いや、別にそんなのじゃ……」
「あっそ。じゃあ帰るよ」
――弟には人一倍厳しかった。インヴァや魔法少女たちには目もくれず、ミノン――みのんの服の襟を掴んで、ずるずる引きずりながらどこかへ去っていく。
「えっと……な、何あれ」
「僕だって知らないさ。はぁ……なんか白けちゃったね。僕はもう行くよ。戦う理由ももう無いしね」
「って、ええ!?」
一度置いた荷物をもう一度持って、翼を閉じたかと思えば背を向けて街の方へ歩き出す。呆気に取られた魔法少女たちに軽く手を振る。
(この調子だと……あともう少しってところか。フフッ、楽しみだよ)
不敵な笑みを浮かべながら心の中で呟く。来るべき時に期待を抱き、目をキラリと輝かせた。
お読み頂きありがとうございます。
うみとかわるで生まれ変わる。ちなみに、サブタイはこの回を書いてる時に考えてました。別にこのタイトルにしたかったからこの名前にしたわけじゃないてす。たまたまです。