やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか 作:星乃 望夢
ピピッと、左腕に装着していた小型のウェアラブル端末から、耳障りな電子の警告音が鳴り響いた。
なんだ、と思って手元に視線を落とした瞬間、カチッという乾いた音と共に、端末の側面に挿入されていた極小のセキュリティ基盤がパシュッと勢いよくイジェクトされ、床に転がり落ちた。
「……端末に侵入されかけた?」
一瞬の思考の空白。そして、背筋を這い上がる冷たい悪寒。
この端末は、僕がヘリオポリスの自室とモルゲンレーテの地下施設を繋ぐために、スーパーコーディネイターとしての全知識を動員して構築した完全独立型のプライベート・ネットワークだ。外部からの物理的な不正アクセスや論理的な侵入の兆候を検知した瞬間、中枢システムを守るために自ら物理的に接続を遮断するよう、極めてパラノイア的なフェイルセーフを組み込んでいたのだ。
それが作動したということは、単なるスパムや野良のマルウェアではない。明確な「意志」を持った、高度なハッキング攻撃を受けたということに他ならない。
僕は床に落ちた基盤を無視して、急ぎ予備の新しいマスター基盤をスロットにセットし直した。手元のコンソールを展開し、自らが管理するネットワークの中枢ログにダイレクト・アクセスを試みる。
モニターに乱舞する深緑色のコードの羅列。
そこには、僕がオーブ本国のメインフレームをも凌駕するほどの強固なプロテクトを何重にも施しているヘリオポリス側のゲートウェイに対して、執拗かつ精密に侵入を試みようとしている「得体の知れないアクセス」の痕跡が、生々しく刻み込まれていた。
オーブ政府やモルゲンレーテ社からの監視ではない。彼らとはすでに裏で太いパイプで繋がっているのだから、わざわざこんな強引な真似をする必要がない。
(相手は……『一族』か、それとも『ロゴス』か?)
瞬間的に身構える。
地球連合を裏で牛耳る死の商人たち。彼らが、このヘリオポリスで進行しているG兵器開発の裏を嗅ぎ回り、僕が持ち込んだTC-OSの存在や、オーブのネットワークへの不正アクセスの痕跡に気づいたのか。
「いや、あり得ない」
僕は首を横に振って、その最悪の仮説を否定した。
あの『血のバレンタイン』の夜、ユニウスセブンを焼いた核ミサイルの存在を大西洋連邦の軍事ネットワークから抜いて以来、僕は連合のシステムへのアクセスを完全に封印している。ログは跡形もなく消去し、アクセス経路に使用したダミーのノード群もすべて物理的・論理的に破壊してある。
当時のハッキング自体も、何十もの海外サーバーや中立国の軍用回線を噛ませた上での、目的のデータだけに的を絞った最小限かつ瞬撃のアタックだった。だからこそ、どれほど連合の暗号解読班が優秀であろうと、逆探知してこのヘリオポリスの学生の個人回線まで辿ってこれるはずがないのだ。
だが現実として、今、僕の構築した防壁の扉は外からガンガンと叩かれている。
アクセスされているのは、オーブ本国側ではなく、ヘリオポリスの方のシステムプロテクトだ。
僕が仕掛けた自動迎撃の防壁プログラムが起動し、次々と偽のパケットを送りつけて相手の進行を妨害しているが……。
「……嘘だろ。なんだこの解析速度……っ!」
モニターの右隅で点滅する迎撃ゲージを見て、僕は思わず声を漏らした。
相手は、どこぞの軍や諜報機関が運用しているスーパーコンピュータではない。攻撃の手法そのものはどこか粗削りで洗練されていない部分もあるのに、その「直感的なプロテクトの解析速度」が、常軌を逸して速いのだ。
僕が組んだ複雑怪奇な論理パズルを、まるで知恵の輪を適当にカチャカチャと弄っているうちに偶然解いてしまったかのような、恐ろしいほどの閃きと力技の連続。
このままでは、あと数分で第一層の防壁が突破される。
「システム応答時間を1/10に切り替え。クロックダウンしてトラフィックを遅延させる!」
僕はキーボードを叩き、システム側の処理速度を強制的に引き下げることで、相手の解析プログラムとの間に意図的なタイムラグを発生させ、時間を稼いだ。相手が泥沼の遅延処理に足を取られている隙を突き、僕は別の独立した経由回線から、こちらへアクセスしてきているネットワークの逆探知を開始した。
ダミーサーバーをいくつもすり抜け、IPの偽装を剥がし、ルーターのルーティングテーブルを遡る。
「……えっ?」
モニターに表示されたトレースの最終到達地点。
そこに示されていた座標データを見て、僕は愕然として目を見開いた。
大西洋連邦ではない。オーブでも、他の地球連合加盟国でもない。
暗号化されたパケットの出処は、宇宙の彼方。
「プラントからの、アクセス……?」
コーディネイターたちの故郷。ラクスやアスランのいる場所。
プラントからのハッキングと聞いて真っ先に思い当たるのは、あの血のバレンタインの夜、僕が核ミサイル搭載艦『ルーズベルト』の存在を情報提供として「売り飛ばした」相手である、ザフトの諜報機関だ。
だが、あの時の通信ログを分析してみても、ザフトの軍事用暗号プロトコルとは全く構造が違う。そもそも、国家の諜報部が仕掛けるにしては、この攻撃はあまりにも『個人的で無邪気』すぎるのだ。軍隊特有のシステマチックな包囲網の形成や、バックドアの設置といった痕跡が一切ない。
ただ純粋に、「この面白いプロテクトの向こう側に何があるのか見てみたい」という、知的好奇心だけで突っ込んできているような、奇妙な手触り。
「なら、僕も本気でやり返すまでだ」
時間を稼ぎ終えた僕は、攻性防壁を起動し、相手のターミナルに向けて強力なカウンターハックのパケット爆弾を仕掛けた。相手のシステムのメインメモリを強制的にオーバーフローさせ、マザーボードを焼き切るための自立型プログラム。
だが、それを射出した直後。
プツン、と。
「……手応えが、無くなった?」
モニターのアクセスログが、不自然なほど唐突に途切れた。
カウンタープログラムが相手のシステムに到達する直前、完全にアクセスが遮断されたのだ。
それは論理的な切断ではない。向こう側で、誰かが物理的に通信ケーブルを引き抜いたか、あるいは端末の電源を強制的に叩き切ったとしか思えない、乱暴でアナログな逃亡劇だった。
「……いったい、誰だったんだろう……」
静寂を取り戻したモニターを見つめながら、僕は冷や汗を拭った。
僕が絶対に辿ってこれるはずがないと自負しているこのネットワークを、あの時のハッキングの僅かな痕跡から気が遠くなるような労力をかけて遡ってきたのか。それとも、ネットワークの海を気まぐれに泳いでいた天才が、僕の仕掛けた強固なプロテクトに「偶然」目をつけ、遊び半分でアタックを仕掛けてきただけなのか。
真相は不明だが、どちらにせよ、僕の箱庭の安全神話は崩れ去った。
僕は念には念を入れて、ハッキングされた経路を完全に物理切断し、プロテクトプログラムのアルゴリズムをより複雑で強固なものへと根本から更新した。
だが、この一連の攻防の中で、僕には一つだけ、決定的な事実がわかっていた。
逆探知のログが示した相手の回線種別。
それは、ザフトの軍用回線でも、最高評議会の政府専用回線でもなかった。
プラントのコロニー内に敷設されている、ごく一般的な民間の家庭用ネットワーク回線からのアクセスだったのだ。
「まさか……ね」
僕の脳裏に、ある一人の少女の姿が、鮮烈な可能性としてチラついた。
前世の記憶、『DESTINY』の本編において、常に勝ち気な気性溢れる姉の巨大な陰に隠れるようにして存在し。しかしその実、姉をも凌駕するほどの恐ろしい情報処理能力と、システムネットワークへの異次元のハッキングスキルを秘めていた、あの『影の妹』。
メイリン・ホーク。
まさか、あの小動物のように大人しそうな女の子が、プラントの自宅から、日常的に軍の機密回線や怪しげなネットワークにアクセスしては、そのプロテクトをパズル感覚で突破して中を覗き見るのを「趣味」としているような、とんでもない危険人物だったとは。
いや、原作知識という一方的な神の視点を持っている僕だからこそ、その『まさか』がただの妄想ではないということに気づいてしまえるのだ。
「……ラクスに、言ったほうが良いのかなぁ……」
僕は椅子に深く寄りかかり、天井を仰ぎながら重い溜め息をついた。
仮に僕の推測が正しかったとして、今の彼女は一体いくつだ?
ルナマリアの妹であることを考えれば、まだ十二歳か十三歳といったところだろう。そんな年端も行かない女の子が。
ヒビキ博士によって造り出された『最高の頭脳』を持つスーパーコーディネイターである僕が、本気で組み上げたこの鉄壁のプロテクトプログラムに対して、鼻歌交じりに侵入を仕掛け、あと一歩で突破しかけるほどの異常なハッカー能力を持っている。
それが事実だとしたら。
「なんて恐ろしい娘だ」というのが、僕の偽らざる率直な感想だった。
◇◇◇
気がつけば、カレンダーはC.E.70年の10月を指していた。
エイプリルフール・クライシスによるNジャマーの投下から半年。深刻なエネルギー枯渇と凄惨な飢餓に喘ぐ地球と、血のバレンタインの怨念に縛られ先鋭化するプラント。終わりなき泥沼の膠着状態をどうにか打破し、この絶望的な戦争の『落としどころ』を見出すべく、マルキオ導師の仲介によって地球連合事務総長オルバーニとプラントのシーゲル・クライン議長との間で極秘裏に秘密会談が画策されていた。
だが、流された血の量はあまりにも多すぎた。双方が納得する妥協点など見つかるはずもなく、この10月会談は無惨な決裂という結果に終わる。世界は再び、絶望的な消耗戦へと舵を切ることになったのだ。
そんな政治的な大立ち回りが演じられ、人類が破滅へと向かっていた裏側で。
宇宙の片隅にあるジャンク屋組合のファクトリーから、突如として規格外の新型モビルスーツが産声を上げた。
名称は『ティエレン』。
西暦を舞台とした『機動戦士ガンダム00』において、人類革新連盟が長きにわたり量産運用していた、あの無骨極まりない傑作量産機である。ザクやジンに通ずるモノアイを持ちながら、流線型のフォルムや無駄な装飾を一切排除した、歩く鉄塊のような威容。地上用と宇宙用の2種をベースに、長距離砲戦仕様や高機動型、さらには超兵用の高性能機であるティエレンタオツーまで派生する、恐るべき汎用性と拡張性を持った機体だ。
なぜ、そんな別世界の機体がこのコズミック・イラの宇宙に爆誕したのか。事の発端は、泥沼化する戦争に伴う宇宙空間の治安の極端な悪化だった。
大戦の長期化により、戦場跡から無傷のジンや重火器を回収した盗賊や宇宙海賊たちが、ジャンク屋の採掘ルートや民間ステーションを頻繁に襲撃する事件が多発し始めたのだ。ジャンク屋側も自衛を迫られたが、彼らの主力はあくまで作業用にデチューンされ、装甲も薄い『ワークスジン』。しかも、ジン本来の性能を引き出せるコーディネイターの作業員はギルド内でも絶対数が限られている。
故に、ワークスジンにTC-OSをインストールして、ロウさんやトールといった『ナチュラル』を平然とMSに乗せてみせた僕のところに、「ジャンク屋の自衛のために、ナチュラルでも扱えて、海賊のジンを真正面から追い払える機体を設計してくれ」とお鉢が回ってくるのは、ある意味で必然の成り行きだった。
そこで僕がゼロから設計し、チョイスしたのが、ジンよりも圧倒的に角張っていて装甲の加工や生産の手間が少なく、なおかつ常軌を逸した重装甲を誇る『ティエレン』のコンセプトだった。
ジンという機体は、背部の巨大なウィングスラスターが象徴するように、空間での機動性と汎用性を極限まで高めた傑作機だ。しかもそれに乗って襲ってくる海賊の十中八九は、優れた反射神経を持つコーディネイターの崩れである。僕の組んだ『TC-OS』を搭載してナチュラルの動きを最適化したところで、土台となる機体が同じジン(しかも重機扱い)であれば、基礎的な機動力とパイロットの反応速度の差で翻弄され、最終的には手数で押し切られて撃墜される可能性が高い。
ならば、そもそも「避ける」という概念を機体設計から完全に放棄してしまえばいい。
相手の攻撃が痛くも痒くもない、圧倒的な装甲のお化けをお出ししてやれば、戦術の前提が根底から覆る。
ティエレンの分厚い装甲は、ジンの主力兵装である76mm重突撃機銃の掃射を真っ向から受けても表面の塗装が剥げる程度。680mm無反動砲の直撃すら、衝撃を面で分散させ、致命傷には至らない堅牢さを誇る。徹底したブロックモジュール構造を採用しているため、仮に被弾して装甲が吹き飛んだとしても、その部位だけをパージして新しい装甲をボルトオンするだけで現場で即座に修理が完了する。生産性、整備性、そして何よりパイロットの生存性が異常なまでに高いのだ。
また、無骨な外見に反してコックピット内の居住性やインターフェースの配置も、長時間のデブリ帯での哨戒任務を前提に、徹底的に改善・最適化してある。
この歩く鉄城を前にすれば、海賊のジンは対艦用の大型ミサイルか、あるいは貴重なビーム兵器である『バルルス改特火重粒子砲』を引っ張り出してくるしかなくなる。
だが、ジンのバルルス改は高威力とはいえ1カートリッジたった3発しか撃てない上、そのビームの貫通力や集束率は、後発のG兵器が持つビームライフルには遠く及ばない代物だ。
その程度のビーム兵器対策など、造作もないことだった。僕はモルゲンレーテとの繋がりをフル活用し、ティエレンの装甲表面と大型の防盾に、強力なアンチビームコーティングを惜しげもなく二重三重に施した。
つまり、今後戦場の主役となっていくビームライフルを何発か貰ってもコーティングが剥がれるだけで本体のフレームは無傷。実弾に至っては、対艦ミサイルの直撃でも食らわない限りビクともしない。機動力を捨てて防御力と継戦能力に全振りし、その遅鈍な挙動をTC-OSの完璧な姿勢制御とオートエイムで補うという、極端にして合理的なアプローチ。
文字通り『鉄人』の名に相応しいその堅牢な機体に、僕の作ったTC-OSの最新バージョンがモルゲンレーテ経由で正式にインストールされた瞬間。
世界初の「ナチュラル用OSを搭載した量産型モビルスーツ」は、地球連合軍のGATシリーズや量産機ストライクダガーよりもずっと早く、ジャンク屋組合の『自衛用重機』という建前の仮面を被って、コズミック・イラの宇宙にその重烈な歩みを進めたのだった。
◇◇◇
ティエレンの登場は、地球連合、そしてザフトの両軍上層部に対して、到底無視することの出来ない強烈な衝撃と深刻な波紋を齎した。
ジャンク屋組合はあくまで「ギルドの資産と民間人の安全を守るための、自衛を目的とした重装甲の作業用MS」であると公式に声明を出しているが、軍事専門家たちの目は誤魔化せなかった。ザフトの主力であるジンの標準兵装──76mm重突撃機銃や680mm無反動砲の攻撃を至近距離から浴びても装甲表面がわずかに焦げるのみで全く受け付けず、なおかつそれを「ナチュラルのパイロットが手足のように滑らかに動かしている」という事実。これは、ザフトがこれまで絶対的なものとして誇示してきた『モビルスーツという兵器体系の優位性』と『コーディネイターの身体能力によるアドバンテージ』が、根本から揺るがされ、実質的に消滅してしまう可能性を示唆していた。
しかも、もしこのティエレンの設計図、あるいはその中枢に組み込まれている「ナチュラル用OS」のコア技術が地球連合軍の手に渡り、彼らの圧倒的な工業力をもって本格的に量産され戦線に投入されれば、ザフトにとってそれは悪夢以外の何物でもない。
一方の地球連合軍は連合軍で、大西洋連邦の暗部や軍情報部が徹底的なパニックに陥っていた。莫大な国家予算を投じ、非人道的な人体実験や極秘裏の開発計画を進めてもなお実用化の目処が立っていなかった「ナチュラル用OSを搭載した実戦レベルのモビルスーツ」が、あろうことか一介の民間組織であるジャンク屋組合のドックから、突如として完成品として登場したのだ。これは正に寝耳に水の出来事であり、彼らの軍事技術の遅れを世界中に露呈する恥辱でもあった。
しかし、両軍が血眼になってティエレンの戦闘データと設計思想を分析していくにつれ、その機体に対する評価は「圧倒的な脅威」から、「極めて厄介だが、戦局を単独で覆すほどの戦略兵器ではない」という、冷静かつシビアなものへと落ち着いていった。
ティエレンは、そのナチュラル用OSによる滑らかな姿勢制御や、ジンの攻撃が全く通じない恐るべき堅牢な重装甲という見た目から明白に分かる通り、モビルスーツとして「最低限の機動性や運動性」しか意図的に持たされていないのだ。
重量の大部分を装甲板と骨格の剛性確保に回しているため、機動性と運動性においてはジンに遠く及ばず、推力重量比で言えば地球連合軍の主力モビルアーマーであるメビウスと比べても、文字通り『鉄の案山子』と呼ぶべき絶望的な遅鈍さだった。
軍事的な評価としては「単体でこちらの防衛線を突破してくるような圧倒的な機動兵器としての脅威にはならないものの、いざ陣地を構築されると、いくら撃ち込んでも沈まない、ただただ弾薬と時間を浪費させられる厄介すぎる鋼鉄の案山子」という烙印を押された。
それこそ、地上戦に投入した場合、その鈍重さはザフトの陸戦用重装砲兵型MSであるザウート並みか、それ以下にまで低下する。広大な平原での機動戦に巻き込まれれば、一方的に的になるだけだ。
だが、その評価には明確な「罠」が潜んでいる。鈍重だからと不用意に近接戦闘に持ち込もうと近づけば、ティエレンの機体を支えるために設計された常軌を逸した大出力モーターと強靭なマニピュレーターのパワーによって、ジンのフレームなど文字通り素手でバラバラに引き裂き、へし折られるという恐るべき膂力の脅威が待ち受けていた。
ザフトの地上部隊の要である四足獣型MS『バクゥ』の圧倒的な速度と機動力をもってすれば、ティエレンの死角を突き、翻弄すること自体は容易い。しかし、バクゥの主力兵装である背部の2連装450mmレールガンや、多連装ミサイルポッドの弾幕を側面から浴びせようとも、ティエレンの強固な装甲板とチョバム・アーマーのような複合材の前には、表面を弾かれるだけで致命傷には至らない。
空挺特化型MSである『ディン』ならば、鈍重なティエレンを嘲笑うように空へと逃れ、上空から一方的に攻撃を仕掛けることができる。だがやはり、ディンの装備するライフルや、散弾銃、空対地ミサイル群程度の火力では、あの鉄の塊に傷一つ付けることは通用しなかった。
現状のザフトの戦力において、ティエレンの装甲に対して唯一の明確な「有効打」となり得る兵器を挙げるとすれば、水陸両用MSであるグーンやゾノなどに装備している、水中で強烈な威力を発揮する『フォノンメーザー砲』程度であった。装甲の厚みに左右されず、超音波の振動で内部のパイロットや精密機器を直接破壊するフォノンメーザーは、ティエレンの天敵とも言える。
だが、そこにも致命的な欠陥があった。フォノンメーザー砲を有効射程に収めるためにグーンやゾノが陸上に上がり、あるいは浅瀬まで接近しようとする前に、ティエレンが腕部に装備する主力火器である『滑腔砲』の圧倒的な射程の長さに捕捉されてしまうのだ。装甲を貫くために接近しようとする前に、完全にレンジ外から大口径の徹甲弾を正確に撃ち込まれ、為す術もなく沈められるという理不尽な相性関係が成立していた。
宇宙においても、地上においても、現在のC.E.70年時点におけるMSの標準的な火器では、殆どどうにもならない、歩く『鉄の城』。
しかし、その圧倒的な防御力と引き換えに、動きが鈍重過ぎるが故に、現代戦の基本である『機動戦』や『追撃戦』には絶望的なまでに不向きであった。
それこそ、高機動で戦場を駆け抜けるジンに追従して、敵艦隊の懐に飛び込む対艦戦闘や、メビウスの群れを相手にする対MA戦闘を行おうものならば、その遅さが完全に命取りとなる。ティエレンの装甲とアンチビームコーティングは、確かに通常兵器には無敵に近いが、アガメムノン級やネルソン級といった戦艦の主砲である大出力のビーム砲の直撃を受ければ、1発程度ならコーティングの剥離と装甲の融解でどうにか耐え凌げたとしても、次弾や3発目をもらえば、間違いなくコクピットごと完全に貫かれ、宇宙の塵となる。被弾面積が大きく、回避行動が取れないという最大の弱点がそこで露呈するのだ。
地上での運用に目を向けても、連合軍の旧式であるリニアガン・タンクや、タンク形態に変形して無限軌道で走行するザウートよりもさらに遅く、部隊の展開速度を著しく引っ張るため、長距離を迅速に移動する軍隊の基本行動や、一撃離脱を旨とする電撃戦の教義には、およそ不向き過ぎる機体であった。
始めから「陣地を守るため」「特定のポイントから絶対に退かないため」だけに特化して設計されている機体。
だからこそ、相手の死角に回り込み、火力を集中させて戦局を動かす機動戦が物を言う現代のモビルスーツ戦のドクトリンにおいて、自軍の攻撃の要として組み込むのが極めて難し過ぎる、戦術的なジレンマを抱えたMS。
それが、この世界に産み落とされた『ティエレン』という、防衛という一点においてのみ最強を誇る、極端で不器用なMSの実態だった。
ある程度書き溜めながら都度予約更新しておりますので、感想でのご指摘に気付かず修整にちょっとお時間頂くこともありますが、感想に関して返信する良い文言が考えられず返信出来ませんが、内容自体はちゃんと目を通して励みにさせて貰ってますので今後とも感想お待ちしとります。
あとなんかまたちょっと種割れしてるかもしらん。