やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-99 ソレスタルビーイング

 

 地球圏の歴史上、最も特異で、最も恐るべき会談は、一切の物理的実体を持たない暗号化された仮想空間の会議室で行われた。

 

 国連を通すわけでもなく、中立的立場の事務総長が仲介したわけでもない。

 

 あろうことか、地球連合の最大仮想敵国であるプラント最高評議会議長パトリック・ザラの直接の呼び掛けによって設けられた、極秘の首脳会談である。

 

 本来であれば、このような呼び掛けに大国が応じるはずがない。だが、この場には信じがたい顔ぶれが揃っていた。

 

 プラント:パトリック・ザラ議長、シーゲル・クライン前議長

 

 オーブ連合首長国:カガリ・ユラ・アスハ代表、キラ・ヤマト最高軍事顧問

 

 人類革新連盟:国家主席、軍部最高司令官たる元帥

 

 大西洋連邦:国防産業連合理事 ムルタ・アズラエル

 

 AEU:議会代表大統領、軍部最高司令官たる元帥

 

 大西洋連邦とAEUの首脳陣がこの場に引きずり出されたのは、他でもない。

 

 オーブの若き将軍、キラ・ヤマトが『ニュートロンジャマーキャンセラーライセンス契約』という絶対的な首輪を引き、彼個人の強烈な横の繋がりをフル活用して「出席しなければ今後の供給は保証しない」という暗黙の脅迫をもって引っ張り込んできたからである。

 

 通信傍受のリスクは常にある。

 

 だが、軍内部に内通者がいる事実をすでに掴み、大規模な粛清に乗り出しているパトリックにとって、多少の「聞き耳」は織り込み済みだ。

 

 むしろ、この会談の内容が漏れ伝わること自体が、次なる戦略の布石であった。

 

「――まず、この呼び掛けに応じた諸国の代表に、プラントを代表して感謝する」

 

 重苦しい沈黙を破ったのは、パトリック・ザラの静かで、しかし氷のように冷徹な声だった。

 

 その隣には、彼と政治的に対立していたはずの和平派の重鎮、シーゲル・クラインが穏やかな表情で座っている。

 

 それは、プラント内部が「一つの意志」に統合されたという強烈なアピールであった。

 

「我がプラントは、今次大戦における戦争の最終目的を根本から改める。我々の敵は地球連合ではない。また、ナチュラルという種族そのものでもない。……我々の絶対的な標的は、この世界を憎悪と狂気で焼き尽くさんとするテロリストの総本山、『ブルーコスモス』のみである」

 

 その宣言に、各国の首脳は息を呑んだ。

 

 ジェス・リブルによって世界中に発信されたキラ・ヤマトのインタビュー記事。

 

 あれが決定打となったのだ。

 

 記事は、プラントがナチュラルを蔑視する侵略者ではなく、狂信的なブルーコスモスのテロリズムによって一方的に虐殺され続けた「被害者」であるという事実を、克明に世界へ突きつけた。

 

「我々は幾度となく、プラント理事国に対してブルーコスモスによるテロへの具体的な対策を要求してきた。だが理事国はそれを黙殺し、我々が已む無く自衛と自警を行えば、それを非難した。その怠慢と差別の果てに行き着いたのが独立と自治権の要求であり……その回答として彼らが送ってきたのが、ユニウスセブンへの『核ミサイル』だ」

 

 パトリックの言葉には、かつてのような激情はない。

 

 ただ、歴史の事実を淡々と、しかし刃のように突きつける。

 

 彼らが種の防衛という大義を掲げ、地球に牙を剥いたのは自然の摂理であり、生存権の行使であったと。

 

 そして今、真の元凶が明らかになった以上、地球連合全体へ向けて「休戦協定」を申し出るという、劇的な外交的譲歩を提示したのだ。

 

「いやはや、耳が痛いお話で。ですがザラ議長、当時の理事国の怠慢や政治的判断について、一介のビジネスマンである私に謝罪を求められても困りますよ」

 

 肩をすくめ、悪びれもせずにそう言い放ったのは、大西洋連邦のムルタ・アズラエルだった。

 

 かつてブルーコスモスの盟主であった彼だが、現場の狂信者たちが引き起こしたユニウスセブンへの核攻撃は、彼にとっても完全に寝耳に水の暴走であった。

 

 儲けにならない無差別虐殺など、死の商人の合理性とは対極にある。

 

「ですが、プラントとの和平……少なくとも休戦協定が結べるというのなら、大西洋連邦としては喜んでその席に着く用意があります。戦争は利益を生みますが、泥沼の消耗戦は不良債権を生むだけですからね」

 

 アズラエルはあっさりと「連合」としての戦争継続を放棄した。

 

 彼にとって、もはや利益を生み出さない狂信の泥舟は用済みである。

 

 しかし、次なる議題――ブルーコスモスの現盟主ロード・ジブリールが居座る、大西洋連邦領内の連合軍最高司令部『ヘブンズベース』への対処となると、空気が一変した。

 

「我がAEUは、身動きが取れん」

 

 悲痛な声で訴えたのは、AEUの大統領だった。

 

「ジブリールに逆らえば、国内に無数にある彼の息がかかった軍需工場が爆破され、インフラがテロの標的となる。我々は喉元にナイフを突きつけられている状態だ。彼を討ち取ることなど、到底不可能に近い」

 

 対するアズラエルも、冷ややかに首を横に振る。

 

「大西洋連邦としても、ヘブンズベースが一応の連合軍総司令部である以上、明確な内紛を起こすことには積極的になれません。それに、あの南太平洋から逃げ帰ってきた兵士たちの検挙や、オーブ様への莫大な賠償金の支払いで、国内の治安維持だけで手一杯でしてね」

 

 彼はチラリとカガリとキラの方へ視線を向け、皮肉交じりに笑った。

 

「オーブの理念は不変だ。他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない」

 

 毅然とした声で宣言したのは、オーブ代表カガリ・ユラ・アスハである。

 

「たとえ相手が我々に牙を剥いたブルーコスモスであろうと、大西洋連邦領内であるヘブンズベースへ、オーブから攻撃のために軍隊を派遣することは絶対にない。それは、我々の国家の根幹を揺るがす行為だ」

 

 中立国家としての絶対的な縛り。オーブは「盾」にはなれても、「他国を刺す剣」にはなれない。

 

 誰もがジブリールの排除を望みながら、自国の軍隊を動かすことはできないという、奇妙な膠着状態が場を支配した。

 

 その時、沈黙を守っていた人革連の元帥が、重々しく口を開いた。

 

「ならば、一つ取引をしよう。ザラ議長」

 

 人革連の視線は、真っ直ぐにプラントの首脳陣へ向けられていた。

 

「南アフリカのビクトリア基地。そこには、我が人革連へと糾合した旧ユーラシアの将兵たちが取り残されている。ザフト軍の厳重な海上封鎖によって、彼らは陸の孤島に幽閉されたままだ。……彼らを武装解除させず、無事に東ユーラシアの本国へと退避させることを認めるならば」

 

 元帥は、鷹のような鋭い眼光を放つ。

 

「我々人革連は、ビクトリア基地をザフトへ無血開城する。そして、喜んで和平交渉の席に着くことを約束しよう」

 

 それは、実質的な軍事同盟への第一歩であった。

 

 雪熊の戦士たちの命を最優先する人革連にとって、面子よりも実利と恩義の回収がすべてだ。

 

 パトリックは一つ頷き、「承知した。直ちにアフリカ方面軍に封鎖解除の命令を下す」と即答した。

 

 各国の利害と建前が、パズルのように噛み合っていく。

 

 AEUは動けない、大西洋連邦も表立っては動けない、オーブも介入しない、人革連とプラントは実質的な手打ちを済ませた。

 

 つまるところ、この異常な首脳会談で確認された事実はただ一つである。

 

「つまり……」

 

 キラ・ヤマトが、静かに、しかし場を完全に支配する声でまとめた。

 

「休戦協定、および和平交渉の席に着く用意は、ここにいる全球の代表が同意しました。……そして、ヘブンズベースに立て籠もるロード・ジブリール率いるブルーコスモスに対しては、『我々は誰も何もしないし、何も言わない』ということでよろしいですね?」

 

 その言葉の真意に、首脳陣の背筋に冷たいものが走った。

 

 誰も助けない、誰も軍を派遣しない、誰も干渉しない。

 

 それはつまり、「誰か」がヘブンズベースに超絶的な鉄槌を下したとしても、一切の抗議も非難も行わず、見て見ぬフリをするという、全世界が合意した事実上の「処刑宣告」であった。

 

 アズラエルがニヤリと笑みを浮かべる。

 

 パトリック・ザラの瞳の奥で、昏い復讐の炎が静かに燃え上がった。

 

 AEUの大統領は安堵に震え、人革連の元帥は静かに目を伏せた。

 

「……異議はない」

 

「我が国も、同意する」

 

 かくして、世界中を巻き込んだ憎悪の戦争は、極秘の暗号回線の中で静かに、しかし劇的にその形を変えた。

 

 世界の神々は盤上から一切の手を引き、アイスランドに位置する狂信者の巣窟は、絶対的な孤立という名の「死の嵐」が吹き荒れるのを、ただ待つのみとなったのである。

 

「では、合意と見てよろしいですね?」

 

 仮想空間に集った各国の首脳陣が暗黙の了承を示すのを確認すると、キラ・ヤマトは、まるでムルタ・アズラエルという男から直接感染したかのような、冷徹にして底知れぬ悪意――「死の商人」としての悪魔的な笑みを口元に浮かべた。

 

「それならば、次の話をしましょう。ジブリール討伐について、誰も干渉しないという合意は得られました。ですが、結局のところ、地球に住む僕たちは、己の国の『旗』を掲げて公に軍隊を出すことができない立場にあるという根本的な問題は解決していません。……なので、僕はここに、その『旗』を持たない新たな組織を設立することを提案――いえ、宣言させていただきます」

 

「ククク……ハハハッ! そう来ますか、君は」

 

 アズラエルが、心底愉快そうに肩を揺らして笑い声を上げた。

 

「あのまま『じゃあオーブが非公式に潰しておきます』で終わらせるようなタマじゃないとは思っていましたが……相変わらず、最高にえげつない手口だ」

 

「ちょ、どういうことだキラ! 私は何も聞いてないぞ!」

 

 カガリが弾かれたように立ち上がり、双子の弟に食ってかかった。

 

「他国を巻き込む新組織の設立なんて、オーブの議会にもかけていないだろう!」

 

「うん、そうだね。だって、今思いついたから」

 

 キラは悪びれる様子もなく、涼しい顔で即答した。

 

「お前なぁ……っ!!」

 

 カガリが頭を抱えて呻き声を上げ、議長席のパトリック・ザラが呆れたように眉を揉みほぐす中、シーゲル・クラインが苦笑交じりに割って入った。

 

「まあまあ、アスハ代表。彼のことです、単なる思いつきで無軌道な提案をするはずがないでしょう。……ヤマト准将、その組織とは一体どのようなものなのか、説明を願えますか?」

 

「はい。クライン前議長のおっしゃる通りです」

 

 キラは姿勢を正し、ホログラムテーブルの中央に一枚のエンブレムを投影した。

 

 それは、地球を背に天使の輪を持つ翼を広げた黄金の剣のような、どの国家の紋章にも似ていない鋭角的なデザインだった。

 

「ジブリールをヘブンズベースで叩き潰したとしても、ブルーコスモスの残党が完全に消滅するとは思えません。大西洋連邦やAEUの領内には、未だに彼らを支持する熱狂的なシンパが多数潜伏しているはずですからね」

 

「やれやれ、まったくもって耳の痛い話です。ですが、事実ですね」

 

 アズラエルが、お手上げだというように大げさなジェスチャーをして同意する。

 

「ええ。それに、今回のように『自国の軍需工場を人質に取られて動けないAEU』や、『建前上、内紛を起こせない大西洋連邦』、そして『中立の理念ゆえに他国へ攻め込めないオーブ』……国家のしがらみが邪魔をして、明白な悪を叩けないという事態は、今後も必ず発生します。だからこそ、その『国家のしがらみ』を完全に越えた超法規的組織が必要です」

 

 キラは、集まった首脳陣の顔を一人ひとり見据えながら、その組織の全貌を語り始めた。

 

「今回発足させるのは、どの国家の指揮系統にも属さず、各国からの活動資金と人員・技術・兵器の提供によって独立した部隊編成を行う多国籍組織。……その名は、『ソレスタルビーイング』。組織の理念は、地球圏全域における『世界平和治安維持』です」

 

 会議室に、深い沈黙が落ちた。

 

 それは、あまりにも強大で、あまりにも危険な思想の具現化であった。

 

 国家の枠組みを超え、各国の資金と戦力を結集し、法に縛られずにテロリストを物理的に排除する「裁定者」を生み出すというのだ。

 

「……理想は高く、目的は明確だ。だが、ヤマト准将」

 

 パトリック・ザラが、腕を組みながら鋭い眼光でキラを射抜いた。

 

「その行動理念の場合、致命的な矛盾が生じる。もし今後、再び国家間で――例えば、我々プラントと地球連合の間で全面的な戦争が起こった時、その『ソレスタルビーイング』はどう動く? 世界平和治安維持を掲げる以上、戦争を起こした両勢力に対して武力介入を行うということになる。……そうなれば、結果的に専守防衛と中立を標榜し、自ら他国を侵略しないオーブだけが、一方的に得をする仕組みではないかな?」

 

 パトリックの指摘は、為政者として極めて真っ当であり、最も警戒すべき核心を突いていた。

 

 ソレスタルビーイングが「戦争根絶」を掲げてすべての交戦国に牙を剥けば、中立国オーブは高みの見物を決め込みながら、他国の戦力が削られていくのを待つだけで世界の覇権を握れることになる。

 

「ご指摘の通りです、ザラ議長。そう言われれば、そうとしか言いようがありません」

 

 キラはあっさりとその懸念を肯定した。

 

 だが、その瞳には一切の揺らぎがなかった。

 

「オーブが他国への侵略をしないという理念は、いかなる状況下でも揺るぎません。ですが、このソレスタルビーイングは、あくまで皆様からの活動資金と人員提供を受けることによって成立する共有の『剣』です。ですから、その運用ルールとして、明確な『活動レベルの制限』を設けたいと思います」

 

 キラはテーブル上に、ソレスタルビーイングの介入規定の条項を展開した。

 

「第一に、ブルーコスモスのような非国家の対テロ組織、および明らかな紛争幇助勢力に対しては、『無制限の武力介入権』を持ちます。これが現在の最優先事項です。第二に、国家間の正規の軍事衝突が発生した場合。……ソレスタルビーイングは、第三者機関としてその戦争を『静観』します。どちらの味方にもならず、武力介入も行いません。これが、オーブの独り勝ちを防ぐための枷です」

 

 そこまで語ると、キラの声の温度が急激に下がり、場にいる全員が肌寒さを覚えるほどの圧倒的な威圧感が放たれた。

 

「――しかし。両者のどちらかが、あるいは両方が。核ミサイルや、例えば……『地球を直接焼き払えるような大量破壊兵器』を持ち出し、種族そのものを絶滅させようとする一線を越えた場合。その瞬間に、ソレスタルビーイングは静観を解き、該当する勢力に対する『絶対的かつ無慈悲な武力介入』を開始します。……これが、最後のルールです」

 

「…………ッ!!」

 

 パトリック・ザラは、表面上は冷静な表情を保ちながらも、テーブルの下で拳を白くなるほど強く握りしめた。

 

(……この少年は、知っているのか。プラント本国において、極秘裏に軍事転用が進められている超巨大レーザー兵器『ジェネシス』の存在を……!!)

 

 インタビューの「ユニウスセブンへの核攻撃を事前に察知していた」という告白に続き、今回の「大量破壊兵器」というピンポイントすぎる警告。

 

 パトリックの背筋に、冷や汗が伝った。

 

 キラ・ヤマトの情報網は、一体どこまでプラントの、そして世界の最深部へと根を張っているというのか。

 

 その情報網はすでに各国の心臓部に致死量の猛毒を仕込んでいるのではないかという底知れぬ恐怖。

 

「……なるほど。よく考えられている。条理に適ったルールだ」

 

 パトリックは、内心の動揺を完璧に押し殺し、渋々といった体で頷いた。

 

 ジェネシスのような兵器の完成をチラつかせて恫喝するのではなく、多国籍組織の「ルール」という形に包んで、事実上の『封印宣言』を突きつけてきたのだ。

 

 これに反対すれば、「大量破壊兵器を使うつもりがある」と世界に公言するも同義である。

 

「面白い。実にお買い得な保険だ。大西洋連邦からも、ソレスタルビーイングへの全面的な資金援助と、必要物資の提供を約束しましょう。……自国の手を汚さずに狂犬を掃除してくれるのなら、安いものです」

 

 アズラエルが拍手をしながら即座に賛同の意を示した。

 

「我が人革連も、人員の派遣と、極東エリアにおける兵站の提供を惜しまない」

 

「AEUも、可能な限りの資金と技術協力を……我々の国をテロの脅威から守ってくれるのであれば……」

 

 大国が次々と、その「旗を持たぬ剣」に己の力と資源を注ぎ込むことを誓約していく。

 

 それこそが、キラの真の狙いであった。

 

 各国が資金や人員を提供し合うことで、ソレスタルビーイングは『特定国家の私兵』ではなく『地球圏全域の相互監視・相互依存システム』として機能し始める。

 

 誰もがこの組織を利用しようと企むがゆえに、誰もこの組織から抜け出せなくなり、結果として、世界は否応なく「巨大な一つの連帯」へと縛り付けられていくのだ。

 

 ソレスタルビーイングという、国家の枠組みを超越した超法規的治安維持機関の設立。

 

 その運用ルールと各国の資金・人員提供の合意が為された直後、仮想空間の会議室には次なる極めて現実的な問題が提示された。

 

「部隊を編成し、運用する。そこまでは良いでしょう。ですが、その『旗を持たぬ剣』は、普段どこに鞘を収めておくつもりですか?」

 

 大西洋連邦のムルタ・アズラエルが、意地悪な笑みを浮かべながら核心を突いた。

 

 ソレスタルビーイングが特定国家の意向から完全に独立し、ブルーコスモスや紛争幇助勢力を平等かつ無慈悲に裁く組織であるならば、その「根拠地」の選定は極めて重要となる。

 

 大西洋連邦の領内に置けば連邦の私兵と見なされ、プラントに置けば地球側が反発し、人革連やAEUに置いても同様の政治的偏りが必ず発生する。

 

 特定の国家に本拠地を置くことは、そのまま「その国の意向を色濃く受けてしまう」という致命的な不公平と癒着を生み出すからだ。

 

「その通りです。だからこそ、組織の根拠地は地球上のどの国家の『領土内』にも存在してはなりません」

 

 キラ・ヤマトは、ホログラムテーブルの表示を地球全図へと切り替えながら、すでに用意されていた壮大なロードマップを開示した。

 

「設立初期の段階において、部隊の編成や機体の整備、人員の訓練を行う場所は必要です。したがって、一次的には『他国へ干渉せず、干渉を許さない』という絶対的な理念を持つ武装中立国家オーブ――我が国の施設を、ソレスタルビーイングの一時的な拠点として提供します」

 

「なるほど。言い出しっぺの責任というわけだ。だが、それでは結局『オーブの私兵』ではないかという疑念は拭えんぞ」

 

 パトリック・ザラが厳しい視線を向ける。

 

「ええ。ですから、これはあくまで『第二段階』への移行が完了するまでの、数年間の暫定措置に過ぎません。……本命は、これからお見せするプランです」

 

 キラが指先を滑らせると、地球全図の太平洋上、そして衛星軌道上に、新たな巨大建造物の設計図が浮かび上がった。

 

「将来的には、オーブからも完全に独立した『真の不可侵領域』を我々自身の手で建造します」

 

 モニターに展開されたその設計図を見て、各国の首脳陣は一様に息を呑み、絶句した。

 

 それは、既存の軍事技術の常識を根底から覆す、あまりにも狂気じみたスケールの建造物であった。

 

 最大直径60kmの超巨大潜水艦兼人工島仮称:竜宮島。

 

太平洋などの公海上を漂う、都市一つを丸ごと収容できるほどの規格外の巨大潜水艦。

 

 平時は美しい自然環境と偽装された居住区を持つ「人工島」として海上に浮上しているが、有事の際や拠点移動時には、島そのものが世界のあらゆるレーダーや衛星監視網から完全に姿を消す。

 

 ミラージュコロイド技術と最新のステルスシステムを極限まで転用した、絶対に捕捉不可能な「移動する独立国家」である。

 ソレスタルビーイング宇宙本部。

 

 地球の重力井戸の底だけではなく、プラントや月の動向、そして軌道上からの地上監視を行うためのもう一つの心臓部。

 

 資源衛星をくり抜いて偽装した、自己完結型の巨大宇宙ステーション。

 

「直径60kmの潜水艦だと……? 馬鹿な、そんなものを建造する資源と資金がどこにある! それほどの規模のものを地球上で造れば、いかに極秘裏であろうと各国の監視網に必ず引っかかるぞ!」

 

 AEUの大統領が、震える声で叫んだ。

 

「その通りです。兵器として建造しようとすれば、必ず露見するし、国際的な反発を招く」

 

 キラは悪びれる様子もなく頷いた。

 

「だからこそ、僕たちはこれを『兵器開発』としては行いません。……平和と人類の未来のための、合法的な超巨大プロジェクトとして立ち上げるのです」

 

 キラが最後に表示したスライドには、『アーカティアンプロジェクト』という文字が踊っていた。

 

「表向きには、これを『地球環境の劇的な回復』『深海および宇宙空間における次世代の自給自足型コロニーの実験』、そして『国家間共同の最先端技術研究』を目的とした、国際的な平和プロジェクトとして全世界に発表します」

 

 これこそが、キラ・ヤマトが仕組んだ最も強欲で、最も完璧なマネーロンダリングの仕組みであった。

 

「大西洋連邦は『次世代エネルギーと自己完結型コロニー開発への投資』という名目で、合法的に莫大な資金をこのプロジェクトへ投入できる。人革連やAEUは『平和利用のための出向』として、優秀な技術者やパイロットを堂々と派遣できる。……そして、このアーカティアンプロジェクトという巨大な『受け皿』に集められた資金、人員、技術のすべてを――」

 

「――裏で『ソレスタルビーイング』の戦力構築と『竜宮島』の建造に回す、というわけか……!!」

 

 パトリック・ザラが、その悪魔的な構造を理解し、低く呻いた。

 

 平和を願う美しいプロジェクトとして世界中から称賛を浴びながら、その裏側では、世界中の大国から合法的に吸い上げたリソースを使って、その大国自身の首すらも狙える「最強の独立部隊」と「絶対に沈まない移動要塞」を作り上げる。

 

 国家の予算を、国家を監視するための兵器へと還元させるのだ。

 

「ククク……ハハハハハッ!! 素晴らしい! 最高だよ、キラ君! 君は本当に、底知れない『死の商人』だ!」

 

 アズラエルはもはや腹を抱えて爆笑していた。

 

 これほど巨大で、合理的で、最高にブラックな投資案件など、彼の実業家人生においても見たことがない。

 

「アーカティアンプロジェクトへの出資と技術提供。……我が国も、最大限の協力を惜しまないでおこう」

 

 人革連の元帥も、半ば呆れたように、しかし確かな賛同の意を示して深く頷いた。

 

 もはや、世界の命運は完全に一人の少年の描いた盤面の上にあった。

 

 大国を脅し、大国の財布を開かせ、大国の技術を吸い上げながら、大国を縛る鎖を創る。

 

 世界を破滅させかけた戦争の狂熱は、ここに『アーカティアンプロジェクト』という偽りの理想郷の皮を被り、やがて来る完全無欠の裁定者――ソレスタルビーイングという神の剣を鍛え上げるための、巨大な坩堝へと姿を変えたのである。

 

 

◇◇◇

 

 

「カガリ……」

 

 会議が終了し、各国の通信が切断された直後。

 

 キラは、いまだにポカンと口を開けて呆然としている双子の姉を振り返り、悪戯っぽく微笑んだ。

 

「オーブの『他国に介入しない』という理念は守ったよ。……だから、オーブの人間である僕が、この『ソレスタルビーイングの創設者』の役割を演じても、文句はないよね?」

 

「……お前という奴は」

 

 カガリは、深いため息をつきながら、半ば呆れ、半ば恐怖すら覚える弟の底知れぬ頭脳に降参するように肩をすくめた。

 

「本当に、どこの悪魔からその知恵を借りてきているんだか。……勝手にしろ。だが、すべての泥はお前一人に被らせない。オーブの国家予算からも、たっぷりと活動資金を回してやるからな」

 

「ありがとう、カガリ」

 

 極秘裏に設立された、旗を持たぬ超法規的治安維持機関『ソレスタルビーイング』。

 

 大西洋連邦の金、人革連の兵士、AEUの技術、プラントの暗黙の黙認、そしてオーブの英雄の頭脳。

 

 世界を破滅させかけた戦争の当事者たちが、皮肉にもその「悪意」と「打算」を一つに結集させ、世界の狂気を刈り取るための最強の断頭台を作り上げた瞬間であった。

 

 

 




というわけで、各国しがらみがあるなら、そのしがらみの無い組織を作れば良い。

でも世界平和監視機構コンパスだと名前が物騒で堅苦しいから世界平和治安維持組織ソレスタルなんたらの出番。

世界治安維持部隊アロウズにしようか凄く悩んだ。

あとやっぱ荒熊さんらは出さない方がよろしそうなので、人革連はそのまま無もなき雪熊さんたちになります。
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