やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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はい、おしまい!

ほら、これで満足でしょ?


その日、クジラが空を覆った。

 

 その日、世界の空を、そして静寂の宇宙を、絶望という名のクジラが覆い尽くした。

 

 彼らは、本当に、何の前触れもなく突然現れた。

 

 地球圏のあらゆる早期警戒網、月面の観測ステーション、果てはジャンク屋組合が占拠していたジェネシスαの超高精度センサー群すらも、彼らの接近を一切感知できなかった。虚空から突然湧き出たかのようなその出現は、僕にはまるで、別の銀河や次元の狭間から、マクロスで見たフォールドでもしてやってきたようにしか思えなかった。

 

 その姿は、かつてジョージ・グレンが木星探査から持ち帰り、プラントの首都アプリリウスの博物館に飾られていた『エヴィデンス01』の化石、そのものであった。

 

 流線型の巨大な鯨の体躯。だが、その背には宇宙空間と大気圏の双方を自在に泳ぐための、美しくも禍々しい光を放つ巨大なエネルギーの羽根が生えていた。

 

 しかし、その生物としての生々しさと、同時に無機質な金属光沢を放つ異形の装甲のような外殻は、純粋な『宇宙クジラ』というよりも、海を汚された怒りで狂った『深海棲艦』の突然変異体か、あるいは星そのものを喰らう神話の怪物のように僕の目には映った。

 

 彼らが最初に標的としたのは、プラントの心臓部、アプリリウス市だった。

 

 その行動には明確な目的があるように見えた。まるで、冷たいガラスケースの中で見世物にされ、尊厳を奪われた同胞の亡骸を、人間の傲慢から助け出し、弔うためにやってきたかのように。

 

 プラント最高評議会はパニックに陥り、そして、最も愚かで致命的な選択をしてしまった。

 

 ザフト軍は、未だ極秘裏に兵器転用への改装中であった超巨大レーザー砲『ジェネシス』の封印を解き、起動させたのだ。

 

 本来のガンマ線レーザー砲としての完成には至っていなかったが、元々が惑星間航行用宇宙船の加速器として設計された莫大なエネルギー放出機構である。それを強引に一点に収束させ、宇宙クジラの群れに向けて発射するという暴挙に出た。

 

 そこから先は、ただの地獄絵図だった。

 

 ジェネシスの極太の閃光は、確かに宇宙クジラの群れの一部を蒸発させ、少なからぬ被害を与えた。しかし、それは決して触れてはならない逆鱗に触れる行為だった。

 

 沈黙の怒りを湛えていた彼らの波動は、ジェネシスの光を受けた瞬間、明確な『憎悪と殺戮の意志』へと変貌したのだ。

 

 彼らは怒り狂ったように、その巨大な質量と、口や翼から放たれる未知のエネルギー波で、プラントのコロニー群を文字通り「根こそぎ」破壊し尽くした。

 

 強固な砂時計型のコロニーが、まるで飴細工のように捻り潰され、数千万の命が宇宙の塵となって消え去っていくのを、僕はターミナルのモニター越しにただ呆然と見ていることしかできなかった。

 

 プラントを壊滅させた後、宇宙クジラの群れは、その怒りの矛先を我らが住む地球へと向けた。

 

 それはもう、戦争や戦闘と呼べる代物ではなかった。スーパーロボット大戦のような奇跡は起きない。18メートル前後のモビルスーツが、全長数百メートル、下手をすれば数キロに及ぶ圧倒的な質量と未知の装甲を持つ生体兵器の群れに、どうやって敵うというのか。

 

 オーブ、地球連合、人革連、AEU……人類はすべての憎しみと国境を捨て、一丸となって戦った。

 

 宇宙空間では、すでに機能不全に陥った戦艦の乗組員を退艦させ、自動操縦でクジラの群れに特攻させ、ジェネレーターの核融合を強制暴走させて核爆発を起こすという、即席にして決死の巨大核ミサイル戦術すら実行された。

 

 まさか、あのファウンデーションのオルフェ・ラム・タオとすら、通信回線越しに「今は共に人類を救うために生き残ろう」と、血を吐くような思いで手を取り合う日が来るなんて、こんな世界が終わりゆく時まで思いもしなかった。

 

 イングリットの涙。カガリの悲痛な叫び。ラクスやムウさん、アスランたちと共に、僕たちはありとあらゆる手段を尽くした。

 

 けれども、それはすべて焼け石に水だった。

 

 彼ら宇宙クジラから発せられる精神波動──それは、アコードや一部の空間認識能力者が感じ取る、圧倒的な『怒り』と『憎しみ』。

 

 母なる宇宙の摂理を無視し、命を弄び、互いに殺し合い、あまつさえ同胞を標本にした『人間』という種に対する、宇宙そのものからの純粋な免疫反応。僕の脳髄を直接焦がすようなその感情の奔流に、幾度も気を失いそうになった。

 

 徐々に、しかし確実に、絶対的な物量差と性能差の前に防衛線は押し込まれていった。

 

 オーブの海上も、ユーラシアの大地も、大西洋の空も、すべてが彼らの放つ光によって焼かれていく。

 

 結局、我々人類は持てる力のすべてを振り絞って、わずか『六日』持ち堪えるのが限界だった。

 

 そして、七日目の朝。

 

 世界を焼き尽くした『火の七日間』の果てに、赤く濁った朝日が昇る。

 

「なんで……」

 

 動力も切れ、各部が拉げ、原型を留めないほどにボロボロになった白銀の機体、『シロガネ』のコックピットで。僕は血に塗れたコンソールに突っ伏しながら、掠れた声で呟いた。

 

 メインモニターのノイズの向こう側に広がるのは、僕の大切な、本当に守りたかった人たちの無惨な骸の山だった。

 

 黄金の輝きを失い、無惨に引き裂かれたカガリの『アカツキ』。

 

 真っ二つに折れ、海に沈みゆく不沈艦『アークエンジェル』。

 

 四肢を毟り取られたムウさんの『ストライク』、そして、最後まで僕の盾になろうとして爆散したアスランの『ジャスティス』。

 

 通信機からは、もう誰の応答もない。

 

「なんでっ、こんなこと!!」

 

 喉から血の味がした。涙はもう枯れ果てて、ただ絶望と怒りだけが腹の底で渦巻いていた。

 

 上空を覆い尽くす巨大な影。

 

 宇宙クジラが、その巨大な口を大きく開け、まばゆい光の奔流をチャージする。

 

 そのビームは、熱や粒子ではない。ヤタノカガミの反射も、アルミューレ・リュミエールの光波防御帯も、すべてを透過し破壊する、絶対的な振動波──超高出力のフォノンメーザー(音響兵器)の究極系のようなものだったのかもしれない。だから、どんな装甲も意味を成さなかったのだ。

 

「──────!!!!」

 

 音のない絶叫。

 

 白き閃光が、僕の視界を真っ白に染め上げ、シロガネのコックピットを、僕の身体ごと貫いた。

 

 意識が、灼熱と無音の中に溶けていく。

 

 その日、僕たちの愛した世界の空は、絶対的な絶望のクジラによって覆われ──そして、すべてが終わった。

 

 

 

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