やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか 作:星乃 望夢
「んー、またかぁ」
深夜の静寂に包まれたモルゲンレーテ本社の地下最深部、最高機密執務室。幾重にも展開されたホログラム・モニターの青白い光が、キラ・ヤマトの端正な横顔を照らし出していた。
室内に微かに響いたのは、主電源の異常でも、敵襲を知らせるサイレンでもない。
キラのパーソナル・コンソールから発せられた、特定のパターンを持つ控えめなアラート音だった。
空中に浮かぶ仮想キーボードを滑るように叩き、アクセスログを展開する。
視界を埋め尽くすほどの文字列の奔流の中に、見慣れた、しかし巧妙に偽装されたIPアドレスの痕跡が浮かび上がった。
標的となっているのは、キラが設立した巨大複合企業『アナハイム・エレクトロニクス』のメインサーバー群のさらに奥底、彼個人のローカル領域に直結するダミー・サーバーである。
現在、アナハイム・エレクトロニクスという企業名は、地球圏の軍事・経済において神話的な影響力を持つに至っていた。
キラがこれまでに手掛けたモジュールブロック構造、テスラ・ドライブの最適化理論、エネルギーフィールド技術、さらには次世代OSに至るまで、あらゆる革新的技術の特許と権利を一括管理するために設立されたこの会社は、瞬く間に天文学的な莫大な利益を弾き出した。
その富を適切に運用し、オーブの復興と国防を支えるために『ヤマト財団』が設立され、AE社はその強大な財団の下部組織として登記されている。
当然のことながら、オーブが誇るこれら最先端の機動兵器技術やシステムのブラックボックスを暴こうと、世界中の国家や組織のサイバー部隊が、日夜を問わずAE社のサーバー群へと波状攻撃を仕掛けてきている。
だが、その程度の有象無象のハッキングは、AE社情報システム部に籍を置くオーブ軍諜報部の精鋭たちが、完全に遮断し、時には逆探知で相手のサーバーを焼き切るなどの容赦ない対処を行っていた。
しかし、無数に存在するAE社のサーバー群の中で、たった一つだけ例外が存在する。
キラ・ヤマト個人のプライベート・サーバーに到達するルートを知り、かつ実際にアクセスを試みることができる人間は、今の世界にたった二人しかいない。
一人は当然、設計者であるキラ本人。
そしてもう一人は──かつてキラが平和な資源衛星ヘリオポリスの学生だった頃に、彼の個人サーバーに対して、非日常のスリルを求めて高度なハッキングを仕掛けてきた、プラント在住の一人の少女である。
キラは、自身の個人サーバーの基幹部分を再構築する際、あえて彼女がかつて侵入を試みた時のプロキシと裏コードのバックドアを残しておいた。
彼女のハッキングスタイルは、極めて独特だ。
こちらが防壁のレベルを上げて反応を示すと、警戒してサッと波のように引いていく。
かと思えば、放置して無反応を装うと、大胆にもさらに深層へと踏み込んでこようとする。
それはまるで、気まぐれな猫か、あるいは親の気を引こうとする寂しがり屋の子供のような、不器用で愛らしいアプローチだった。
「……でも、さすがにこれ以上は危ないか」
キラは溜息をつき、手元のコーヒーカップを置いた。
世界中から最高レベルのサイバー攻撃が集中するAE社の外郭防壁をすり抜け、その深部にある個人サーバーまで到達すること自体、常軌を逸したハッカー能力の証明である。
オーブ諜報部には、彼女の特定のアクセス・パターンだけを例外として見逃すようキラが直々に指示を出していた。
だが、どれほど複雑な経由地を噛ませて偽装していようとも、世界中の情報機関が血眼になっているネットワークの激戦区をウロウロしていれば、いつ第三者に彼女の自宅のネットワークが捕捉されるか分かったものではない。
彼女はプラントの軍事アカデミーに通う優秀で容姿端麗な姉を持ち、常に比較されることに鬱屈とした思いを抱える、ごく普通の少女だ。
彼女自身も十分に可愛らしく、情報処理能力においては姉を遥かに凌駕する天才的な素質を持っているのだが、一度心に根付いてしまったコンプレックスは、そう簡単に拭えるものではないのだろう。
電脳空間における圧倒的な全能感こそが、彼女の唯一の逃避場所であり、アイデンティティなのだ。
「僕自身の立場も、ちょっと目立ちすぎちゃったしね」
世界を平和に導いた『白銀の英雄』。
そして、大国を手玉に取る『死の商人』。
キラ・ヤマトという存在が世界中から注視されすぎている今、彼女の「無邪気な遊び」は、国家反逆罪やテロリズムの嫌疑をかけられかねない極めて危険な行為へと変貌してしまっている。
そろそろ、彼女を安全な場所へ「捕獲」しておかなければ、本当に取り返しのつかない事態になる。
キラは決意と共に、『ある人物』へと向けた暗号通信の送信ボタンを静かに押下した。
◇◇◇
メイリン・ホークは、自分自身のことを「姉と比べて、どこまでも平凡で退屈な女の子」だと認識して生きてきた。
プラントの軍人アカデミーに在籍する姉、ルナマリア・ホーク。
何をやらせても器用にこなし、成績優秀で、誰もが振り返るほど華やかな美貌を持つ自慢の姉だ。
もちろん、メイリンはルナマリアのことが大好きである。
姉妹仲も決して悪くない。
だが、周囲の大人たちから向けられる「優秀な姉と、そうでもない妹」という無言の評価に、チクチクと心を削られ、平凡な自分に重いコンプレックスを抱き続けてきたのもまた、紛れもない事実だった。
そんな彼女の日常における唯一の刺激であり、己の価値を実感できる秘密の時間が「電子の大海への潜行」であった。
彼女の情報処理能力とハッキングスキルは、実はプラントの軍の専門家すら凌駕する領域に達していた。
始まりは、もう半年以上前。
まだ中立コロニーであったヘリオポリスに存在した、学生の個人用とは思えないほど異常なプロテクトが掛けられたセキュリティサーバーへのハッキングだった。
難解なパズルを解くように何重ものファイアウォールを突破した瞬間、強烈なカウンター・トラップが発動し、逆探知による追跡を受けた。
あの時は心臓が口から飛び出るかと思い、泣きそうになりながら物理的にコンソールの回線を引っこ抜いて、間一髪で事なきを得た。
そして最近、メイリンは日課として、現在世界的にもトップクラスの「サイバー要塞」と化しているオーブ連合首長国のネットワーク、とりわけ『アナハイム・エレクトロニクス』という謎多き巨大企業のサーバー群へと潜ることをゲームとして楽しんでいた。
そのAE社の深部を探索していた時、彼女は自らの目を疑った。
無数の強固なサーバー群の中に、ポツンと隠されるように存在していた一つのサーバー。
それはなんと、半年前にヘリオポリスで自分がアタックした際、独自に構築した裏コードを打ち込まなければ絶対に経由・侵入できないという、極めて特殊な仕様になっていたのだ。
点と点が繋がり、導き出された解答に、メイリンは自室のモニターの前で息を呑んだ。
キラ・ヤマト。
かつてヘリオポリスの学生であり、今や世界を熱狂させる『白銀の英雄』。
そして、オーブの最高軍事顧問として各国の首脳陣すら恐れさせる、今をときめく最高権力者の一人。
つまり、メイリンがかつてハッキングを仕掛け、そして今まさに遊び半分で扉を叩いている相手は、そのキラ・ヤマト本人だったということだ。
その事実を知った時、恐怖よりも先に、背筋がゾクゾクするような強烈な優越感がメイリンの全身を駆け巡った。
(こんな平凡で誰にも期待されていない私が……世界を動かしてる有名人の、プライベート空間に踏み込んでる!)
それからのメイリンは、麻薬に溺れるようにそのサーバーへのアタックを繰り返した。
以前よりも遥かに強固で洗練された『プロテクトシェード』によって中々深層を覗くことはできなかったが、防壁の構造そのものがまるで彼女の挑戦を楽しむかのように美しく組み上げられており、メイリンは逆探知されるギリギリの制限時間を守っては撤退するという、命がけの鬼ごっこに夢中になっていた。
だが、その甘美でスリリングな非日常は、ある日唐突に、そしてあまりにも理不尽な形で終わりを告げた。
「アンタ……! いったい何やったのよ!!」
休日の午後。玄関先で来客の対応に出た姉ルナマリアの、悲鳴のような怒鳴り声がリビングに響き渡った。
自室から慌てて顔を出したメイリンの目に飛び込んできたのは、見たこともない漆黒のスーツに身を包み、冷徹な殺気を纏った国家保安局の大人たちの姿だった。
「メイリン・ホークだな。……国家反逆罪および重大なサイバーテロの容疑で、同行を願う」
無機質な声で告げられたその言葉に、メイリンは全身の血の気が一瞬にして足元へと引いていくのを感じた。
両親は訳が分からずパニックに陥り、優秀なルナマリアでさえも、銃に手をかけた黒服たちを前に顔面を蒼白にして立ち尽くすことしかできない。
(殺される……!)
「ち、違います! お父さんもお母さんも、お姉ちゃんも……家族は何も知らないんです! 全部、私一人で勝手にやったことで……っ!」
メイリンは震える膝を必死に奮い立たせ、家族を庇うように黒服たちの前に飛び出し、泣き叫ぶように自らの罪を告白した。
その後、両手首に冷たい手錠を掛けられ、窓ガラスにスモークが貼られた黒塗りの大型車に押し込まれたメイリンは、シートの上で身体をガタガタと震わせ、奥歯をガチガチと鳴らしながら目をキツく結んでいた。
国家の最高機密に触れたテロリストとして、窓のない地下室で激しい尋問と拷問を受け、一生陽の当たる場所へは出られないのだと、絶望の底に突き落とされていた。
しかし、車が到着した場所は、恐ろしい軍事施設でも地下牢でもなかった。
美しい庭園が広がる、プラントの高級居住区にある瀟洒な邸宅。
震える足で豪奢な応接室へと通されたメイリンを待っていたのは、拷問官ではなく──プラントが世界に誇る美しき歌姫であり、前議長の令嬢、ラクス・クラインその人であった。
「よくいらっしゃいました、メイリンさん。……怖い思いをさせてしまって、お詫び申し上げますわ」
ラクスはまるで茶会に友人を招くような、あまりにも場違いなほど優しく穏やかな微笑みで彼女を出迎えた。
唖然とするメイリンの前のテーブルに、ラクスは分厚いファイルの束を静かに置いた。
そこには、オーブのAE社だけでなく、地球連合軍の基地、さらには自国であるザフト軍の最高軍事機密サーバーに至るまで、メイリンが過去に行った数々のハッキング履歴とアクセス・ログが、寸分の狂いもなく詳細に記されていた。
(……全部、最初からバレてたんだ……)
言い逃れなど一切できない。完全に詰みだ。
メイリンは床に崩れ落ち、ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、床に額を擦り付けた。
「お願いします……! 私はどうなってもいいです、死刑でもなんでも受けます! だから、家族だけは……お姉ちゃんだけは、見逃してください……っ!」
必死の泣き落とし。自分の命を代償にしてでも、愛する家族の未来を守りたかった。
しかし、頭上から降ってきたのは、予想に反してコロコロと転がるような、楽しげな銀鈴の笑い声だった。
「ふふっ……死刑だなんて、そんな野蛮なこといたしませんわ。あなたは、私たちの新しい世界にとって、とても貴重な『宝物』ですもの」
顔を上げたメイリンに、ラクスは優雅に、あっけらかんとした口調でとんでもないことを言い放った。
「なので、今日からご家族全員で、『お引っ越し』をいたしましょう」
「……え? ひっ、こし……?」
そこからの展開は、メイリンの理解を遥かに超える、嵐のような手際の良さだった。
ラクスの指示一つで、あっという間にホーク家の荷物はまとめられ、何も知らない両親とルナマリアも別の車で合流させられた。
そして、あれよあれよという間にクライン派が手配した偽装シャトルに乗せられ、宇宙を降下し、地球の海に浮かぶ武装中立国・オーブ連合首長国へと降り立ってしまったのだ。
青い空と、輝くような太陽。モルゲンレーテ本社の専用ポートに降り立ったメイリンと家族たちの前に、一人の青年が歩み寄ってきた。
白銀の軍装に身を包んだ、テレビのモニター越しに何度も見たあの姿。
彼が近づくと、隣にいたラクス・クラインがふわりと微笑み、彼と互いに軽くハグを交わした。
それは、世界の表と裏を牛耳る頂点に立つ者同士の、絶対的な信頼と親密さを物語るような光景だった。
「長旅、お疲れ様。……よく来てくれたね、メイリン・ホーク」
キラ・ヤマトは、呆然と立ち尽くすホーク家の面々を一瞥すると、視線をまっすぐにメイリンへと向け、あの『プロテクトシェード』の奥で感じたのと同じ、優しくも底知れない笑みを浮かべた。
「君のハッキングの腕と、情報処理の才能は本物だ。……どうだろう。君のその素晴らしい力を、僕たちと一緒に、この国と世界を守るために使ってみる気はないかな?」
それは、平凡な日陰者だった少女に対し、世界の命運を握る最高権力者から直接下された、運命を根底から覆すオーブ諜報部への極秘スカウトであった。
メイリンの退屈で平凡な日常は完全に終わりを告げ、世界の裏側で暗躍するサイバー戦線という、かつてないほどにスリリングで巨大な舞台の幕が、今ここに上がったのである。
◇◇◇
メイリン・ホークという類まれなる才能を持つハッカーをオーブの諜報部に引き抜くことは、キラ・ヤマトにとって彼女単体へのスカウトという選択肢もあった。
しかし、キラの眼差しはより広範な戦略図を見据えていた。「どうせなら、将来的に極めて優秀なパイロットへと成長する姉のルナマリアも、まとめて引き抜いてしまおう」──それが、彼が下した決断であった。
その背後には、キラ自身の『虚憶』に基づく、ある人間関係のパズルのピースを揃え直すという思惑があった。
本来の歴史において、ザフトの精鋭部隊を担うはずだった『ミネルバ』のコアメンバーたち。
その中核となるシン・アスカは、この世界では最初からオーブに在住し、そのままオーブ軍の期待の若手として成長を遂げている。
そして、本来であれば彼と深い因縁を持ち、共にザフトで運命を共にするはずだったレイ・ザ・バレルもまた、ラウ・ル・クルーゼが『観光客』という名目でオーブの別荘地に居着いてしまったため、それに付き従う形でオーブ陣営に身を置いているのだ。
もしこの状況下で、ルナマリアだけを本来のプラントの軍事アカデミーに残したとしたらどうなるか。
いずれ彼女がザフトレッドの称号を得て、最新鋭艦ミネルバに配属されたとしても、そこにシンもレイも存在しない。
そうなれば、彼女は『月光のワルキュレ』と持て囃されながらも承認欲求をこじらせているアグネス・ギーベンラートや、あるいは本来は特務隊員として途中参加するはずのハイネ・ヴェステンフルスといった、強烈な個性を持つ同僚たちと組まされることになるだろう。
さらには、本来の歴史においてシンとインパルスの正規パイロットの座を争って敗れた傲慢なエリート、マーレ・ストロードが、シン不在のザフトにおいてあっさりとインパルスの操縦桿を握り、ルナマリアの上司あるいは相棒として君臨する可能性すらある。
それは、彼女のポテンシャルを活かしきれないばかりか、人間関係の軋轢によって彼女自身の運命を不幸な方向へと歪めかねない。かつての仲間たち、本来出会うはずだった存在と遠く離れたまま、居場所を失うような真似はさせたくなかった。キラなりの、少しばかりの私情と『縁』への配慮であった。
もちろん、軍事・政治的な観点から見ても、ルナマリアの引き抜きには極めて合理的な大義名分が存在する。
国家の最高機密であるAE社へのハッキングを行ったメイリンの身柄を保護・管理するにあたり、その『姉』という立場であるルナマリアを、情報漏洩防止や人質として利用されかねない立場という名目の保護の観点からプラントに残しておくわけにはいかない。
「家族全員の身の安全と口封じ」という理由を付ければ、両親も含めて無理なくオーブへと移住させることができるのだ。
そして、この強引な人材引き抜き作戦が極めてスムーズに進行した最大の理由は、現在のプラント本国が抱える『深刻な政治的空白と混乱』にあった。
現在、プラントの最高評議会は、来るべき次期最高評議会議長を決める国政選挙の真っ只中にあった。
立候補者の首座を争っているのは、二つの勢力。
一人は、非戦派の筆頭であり、水面下でクライン派の支援を受けているアイリーン・カナーバ。
そしてもう一人は、表向きは穏健な非戦派を装い、無所属を掲げながらも大衆の絶大な支持を集めつつある、遺伝子工学の権威──ギルバート・デュランダルである。
本来であれば、かつてのプラントの世論を二分していた『クライン派(穏健派)』と『ザラ派(急進・武闘派)』の争いになるはずが、現在の政治的構図は全く異なっていた。
クライン派は、前議長シーゲル・クラインの下で「ナチュラルとの対話」を掲げていたものの、結果的に『血のバレンタイン』という未曾有の悲劇を引き起こされ、防衛戦争という名目で開戦に踏み切らざるを得なかったという、政治的な原罪と責任を負っている。
一方のザラ派はどうだ。
辛くも休戦協定に漕ぎ着け、ようやく終戦を迎えた今の世界において、彼らの掲げる「力による徹底抗戦」というタカ派の主張は、あまりにも時代遅れであり、民衆の支持を得るには厳しすぎる状況にあった。
パトリック・ザラ自身は、最終的に自ら休戦協定の呼び掛けを行い、戦争を終わらせた『名君』として、あるいは『大西洋連邦の侵略からプラントを守り抜いた英雄』として、歴史に名を残す形で祭られている。
しかし、彼が主導した軍事作戦の数々は、決して輝かしい戦果ばかりではなかった。
地球上の重要拠点を制圧するはずだった『オペレーション・ウロボロス』の要であるマスドライバー有するカオシュン攻略作戦は、当時のユーラシア連邦の頑強な抵抗によって1ヶ月間も膠着状態に陥り、多大な損害を出した。
さらに、その後のオペレーション・スピットブレイクの陽動を兼ねたビクトリア基地攻略作戦、そして本命であったはずのアラスカ基地JOSH-A攻略作戦は、凄惨な大失敗に終わり、ザフト軍に致命的とも呼べる大損害を被ってしまったの。挙げ句の果てに、ようやく手に入れたカオシュン宇宙港すらも、人類革新連盟の猛攻によって奮戦虚しく奪還されてしまっている。
とはいえ、戦後調整における外交的勝利が、かろうじてパトリックとザラ派の面目を保っていた。
人革連との巧みな交渉によってビクトリア基地を譲り受け、アフリカ大陸の制圧に成功。
さらにジブラルタル海峡から地中海を抜け、インド洋を経てオーストラリアのカーペンタリア基地へと至る、地球を半周するような超広大な制海権と物資輸送ルートを構築したのである。
これは、資源に乏しく、常に地球からの物資供給に悩み恐怖に怯えていたプラント本国にとって、喉から手が出るほど欲しかった『絶対的な生命線』の確保という、最大の戦略目的の達成を意味していた。
しかし、この二つの巨大な功績をもってしてマイナス分をチャラにしようとも、現在ザラ派の代表として出馬している急先鋒ジャガンナートの立場は、極めて脆弱なものであった。
それほどまでに、プラントの市民たちは疲弊しきっていたのだ。
「もう、これ以上の戦争はしたくない」──それが、彼らの偽らざる総意であった。
さらに、ジェス・リブルが齎した情報開示により、この戦争の真の元凶であり、倒すべき真の敵は『地球軍』ではなく、暗躍する狂気のテロ組織『ブルーコスモス』である、という認識が世界的に共有されていた。
この明確な標的の固定化は、プラント国内の思想に劇的な変化をもたらした。
これまでザラ派が声高に叫んできた「コーディネイターこそが人類の新たな上位種であり、ナチュラルは排除すべき下等種族である」という、選民思想に基づくスローガンは、今や完全に時代遅れのレイシズムとして民衆から冷笑されるようになっていたのだ。
何より、タカ派の絶対的トップであったはずのパトリック・ザラ自身が、開戦当初の狂信的な思想から外れ、戦争の終盤には「ブルーコスモスのみを明確に根絶すべき標的とする」という現実的かつ限定的な目標へと方針を転換したことが決定的だった。
プラントの民衆が抱いていた、ナチュラル全体への恨み辛みと憎悪は、パトリックのその方針転換によって、青き清浄なる世界を掲げるブルーコスモスの狂信者たちへと、レーザーのように一点集中して向けられることになったのだ。
だからこそ、現在のプラントは、血を流すことを求める強硬派ではなく、したたかな外交と対話によって平和を維持できる指導者を求めている。
カナーバの理想論か、それともデュランダルの底知れぬカリスマか。
最高権力の座を巡る泥沼の暗闘と、来るべき新体制への過渡期による混乱。
政府も軍の諜報部も、己の派閥の勝利と権力闘争に完全にリソースを割かれ、末端の一学生やその家族の動向などに構っている余裕は一切なかった。
話が少しばかり逸れたが、プラントという国家全体が自らの足元を見失い、政治的ゴタゴタの渦中にあったからこそ。
キラ・ヤマトとラクス・クラインは、オーブとクライン派の持つ圧倒的な情報網と工作力をフルに活用し、メイリン・ホークという類まれなハッカーだけでなく、彼女の姉であるルナマリア、そしてその家族全員を、誰にも気づかれることなく、鮮やかに、そして極めて合法的にオーブへと引き抜くことができたのである。
歴史のうねりの隙間を突き、未来の戦力となる少女たちを自らの陣営へと引き入れた『白銀の英雄』。
彼の打ったこの一手は、後に勃発するであろう未知の戦局において、オーブという国に計り知れない利益と、新たな『運命の交差』をもたらすことになるのだった。
◇◇◇
妹のメイリンが、よもや世界各国の軍事機密を暴き回る凄腕のハッカーだったなどという事実は、姉であるルナマリア・ホークにとって文字通り寝耳に水であり、露ほども想像したことのない衝撃であった。
休日、突然自宅のチャイムが鳴り、無骨な国家保安局の黒服たちが押し寄せてきたあの瞬間の絶望を、ルナマリアは生涯忘れることはないだろう。
震えながら罪を告白し、黒塗りの車に乗せられて連れ去られていく妹の背中を見送った時、ルナマリアの頭の中では、これまで心血を注いで築き上げてきた完璧な将来設計が、音を立てて崩れ去り、すべてがパーになる音がはっきりと聞こえた。
プラントの軍事アカデミーでも最難関とされるエリートコースにトップクラスの成績で合格し、軍の将校としての輝かしいエリート街道が約束されていた。
容姿にも自信があり、最近ようやく気になっていた同級生から告白され、初めての彼氏ができたばかりだったのだ。
「さあ、これから私のバラ色の人生が本格的に始まるのよ!」と意気込んでいた矢先に、まさか最も身近な家族からとんでもない特大の爆弾を落とされることになろうとは。
しかし、その爆弾はプラント国内で炸裂し、ホーク一家を破滅の淵へと叩き落とすことはなかった。
その代わりに、事態はルナマリアの理解をはるかに超える斜め上の方向へと転がり始めたのだ。
突然現れたラクス・クラインの手引きにより、宇宙に浮かぶプラントから、地球の海に浮かぶ武装中立国・オーブ連合首長国への『一家総出の極秘引っ越し』という、スケールが大きすぎるトンデモイベントへと化けたのである。
さらに意味が分からないのは、あの平凡で、どこか冴えないとすら思っていた妹のメイリンが、今をときめく世界的有名人であり、オーブの最高権力者の一人である『白銀の英雄』キラ・ヤマトから、直々にオーブ諜報部の専属ハッカーとしてスカウトされたという事実だ。
「何をどう間違えたら、そんなラノベの主人公みたいなシンデレラストーリーに発展するわけ!?」
と、ルナマリアは何度自分の頬をつねったか知れない。
だが、現実に一家はオーブのモルゲンレーテが管理する超高級居住区画へと移り住み、ルナマリア自身も、国家機密を扱う妹の「保護者」兼「付き添い」という名目で、厳重なセキュリティが敷かれたモルゲンレーテの地下施設を頻繁に出入りする身となっていた。
そして、その過程で、彼女はキラ・ヤマトという規格外の人物の「素顔」と「人間性」を、極めて間近で知ることになる。
テレビモニターや軍のプロパガンダ映像で見る彼は、冷徹な死の商人、あるいは超然とした英雄としての姿が強調されている。
だが、私室やラボで見せる彼の素顔は、驚くほど優しくて朗らかな、どこにでもいるような普通の少年だった。
自分よりたった一つ年上という若さでありながら、世界を股に掛け、各国の首脳を相手に堂々と渡り合うオーブの最高軍事顧問。
その輝かしい経歴に加え、彼の婚約者として公表されているのは、新興国家ファウンデーションの美しき王女、イングリット・トラドールである。
それだけでも十分に世界中から嫉妬と羨望の眼差しを集める立場だというのに。
しかし、古き良き地球の格言に「英雄、色を好む」という言葉があるが、どうやらそれはキラ・ヤマトという男において、掛け値なしの『真実』であるらしいことを、ルナマリアの鋭い観察眼と女の勘はすぐに見抜いてしまった。
彼の周囲には、常に規格外の美女たちが侍っている。
彼が直轄する独立部隊の女性パイロットたちは、誰もが彼に熱狂的な思慕の念を向けている。
それだけではない。
プラントの最高級のアイドルである歌姫ラクス・クライン。
めちゃくちゃ長身で、ミステリアスな色気を漂わせる黒髪の絶世の美女──調べてみて、それがオーブの影の軍政を単独で担うサハク家の当主、ロンド・ミナ・サハクであると知った時は流石に震え上がった。
さらには、生真面目で融通の利かなそうな堅物軍人を絵に描いたような女性士官や、ルナマリアから見ても同性として嫉妬を覚えるほど豊満でグラマラスな身体つきをした別の女性士官までが、彼の周囲を取り巻いている。
百歩譲って、彼女たちが彼を慕っているだけならまだ理解できる。
だが、ルナマリアの直感は、その中でも確実に5人ほどの女性が、キラと『裏でヤッているし、完全に男女の仲として出来上がっている』という、とんでもない距離感と濃密な雰囲気を察知していた。
中でもルナマリアを最も戦慄させたのは、キラの双子の姉であり、現オーブ代表首長であるカガリ・ユラ・アスハとの関係性だ。
公式発表でも、そして誰の目から見ても、二人は血の繋がった双子の姉弟である。
もし仮に、国のトップと最高軍事顧問である双子同士が裏で肉体関係を持ち、愛し合っているなどという事実が暴露されれば、オーブという国家の根幹を揺るがすどころか、世界中を巻き込む前代未聞の超絶スキャンダルとなる。
そのため、普通の人間であれば「いくら仲が良くても、血の繋がった双子なのだから、そんな破廉恥な関係になるはずがない」という強固な常識のフィルターが働き、最初から疑うことすらしない。
だが、実際にキラとカガリが二人きりで、あるいはごく親しい身内だけの中で過ごしている様を間近で観察していると、その常識のフィルターなどあっさりと吹き飛んでしまう。
彼らは、互いに触れ合う指先の微かな熱量、視線を交わすだけで通じ合う深く甘い眼差し、そして何より、無意識の内に漂わせている『互いの身体の隅々までを知り尽くしている男女特有の生々しい空気感』を、隠そうとすらしていないのだ。
(絶対に、あの双子……裏でヤッてるし、完全に出来上がってるわ……!)
ルナマリアは内心で頭を抱えながらも、そのあまりにも禁忌的で、しかし絶対的な絆の前に、ただただ圧倒されるしかなかった。
さて、ルナマリア自身の身の上話に戻ろう。
彼女はプラントを去る際、ようやくできた彼氏との甘いデートの約束を果たすどころか、別れ話をする暇すら与えられず、無理やりオーブへと連行されてきた。
プラントに残してきた初恋は、文字通り宇宙の彼方へと消え去ってしまったのだ。
だが、ルナマリアはただで転ぶような女ではない。
鏡に映る自分の姿を見つめながら、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
自分のプロポーションと女としての魅力には、絶対の自信がある。
妹のメイリンに比べればウエストはキュッと引き締まって細いし、その分ヒップのラインは蠱惑的に跳ね上がっている。
胸だって、同世代のプラントの女子たちと比べても、明らかに頭一つ抜きん出て大きく、豊かな谷間を誇っている。
遺伝子調整を受けたコーディネイターの美男美女ばかりの環境で育ってきた彼女だが、その中でも自分の容姿はトップクラスに整っているという確かな自負があった。
それに、不思議なことだが、あのキラ・ヤマトは、初対面の時から自分に対してどこか『気安い』というか、昔からの知り合いに向けるような、奇妙に柔らかく親しげな態度を見せることがあった。
それはキラの虚憶に基づくものだが、ルナマリアが知る由もない。
(……これって、もしかして、ものすごく美味しいチャンスなんじゃないの?)
ルナマリアの頭の中で、女としての至極真っ当で、しかし大胆極まりない打算の計算式が猛スピードで弾き出された。
相手は、富も名声も権力も、すべてを掌に収める世界一の男だ。
もし、自分のこの魅力と積極性で彼を落とすことができれば、一気に『オーブの最高権力者の妻』という、プラントのエリート軍人など比較にもならない究極の玉の輿に乗ることができる。
いや、百歩譲って、イングリットやラクスといった強敵の前に正妻の座を奪うのが無理だとしても、彼の周囲にいる他の女性たちのように『愛人枠』──愛人といっても、彼の場合は信じられないほどの権力と愛情を与えられる。
その1人に滑り込むことさえできれば、一生遊んで暮らせるほどの莫大なおこぼれと、甘い蜜に預かることができるはずだ。
(よし、決めた! 奪われた私の初恋と将来設計の代償は、あんたの身体と権力でキッチリ払ってもらうわよ、ヤマト准将!)
かくして、ルナマリア・ホークの壮大な『英雄捕獲作戦』の幕が切って落とされた。
相手の周囲が修羅場であることは百も承知。しかし、だからこそ燃えるというものだ。
ルナマリアは、持ち前の明るさと天性の小悪魔的な魅力をフル稼働させ、キラに対する猛烈なアプローチを開始した。
最初は、キラも彼女の露骨な態度に少し戸惑い、遠慮がちに一定の距離を保とうとしていた。
だが、ルナマリアは決してめげなかった。
廊下ですれ違うたびにわざと胸の谷間が強調されるように身を乗り出して挨拶をし、食事の席では隣に陣取って密着し、少し過激なスキンシップや、意味深な上目遣いで甘えるように話しかけ続けた。
「もー、准将! カタいこと言わないで、たまには息抜きにアタシとデートしてくださいよー。あ、それとも……イングリット様やラクス様に怒られちゃうから、怖くてアタシみたいな小娘とは遊べないんですか?」
そんな風に、ちょっと強気で挑発的な言葉と、甘い色気を巧みに織り交ぜながら、じわじわと、しかし確実に外堀を埋めていく。
その結果。
執拗かつ魅力的なアタックの末、ついにルナマリアは、第一の壁を突破することに成功したのである。
「……わかったよ。君には敵わないな。……ルナ」
キラが苦笑しながら、これまでのよそよそしい「ルナマリアさん」という呼び方を捨て、親しみを込めた愛称である『ルナ』という名で彼女を呼んだ瞬間。
ルナマリアは心の中で力強くガッツポーズを決め、してやったりの満面の笑みを浮かべた。
第一関門突破。
だが、これはまだ壮大な計画のほんの序章に過ぎない。
プラントを追われた元エリート候補生の少女は、持ち前のプロポーションと計算高い打算、そして決して折れない強靭なメンタルを武器に、英雄の心を、そしてあわよくば、そのすべてを、完全に絡め取るべく、さらなる甘く危険な次の一手を密かに画策し始めるのであった。
◇◇◇
「……どうしたら良いんでしょうね、マリューさん」
モルゲンレーテ本社地下、第零研究ブロック。
壁一面に展開されたホログラム・モニターと、未だ理論上にしか存在しない装甲材の分子構造式が空中に浮遊するその空間で、とある日の昼下がり、キラ・ヤマトは手元の端末からふと視線を上げ、重いため息と共にそう零した。
「どうしたらって……一体、何をどうしたいってことなの?」
彼に背を向け、巨大な実験用チャンバーの稼働データを鋭い眼差しで睨みつけていたマリュー・ラミアスが、振り返ることなく問い返す。
その声には、研究に没頭する研究者特有の心地よい疲労感と、充実感が滲んでいた。
アークエンジェルという伝説の武勲艦の『不沈の艦長』としての苛烈な戦いぶりが世界中に知れ渡っているため、世間の多くの人間はつい忘れがちになっているが──マリュー・ラミアスの本質は、軍の指揮官ではない。
彼女は本来、大西洋連邦のスタッフとして、このコズミック・イラという世界において初めて『フェイズシフト装甲』を実用化の域にまで押し上げた、G兵器開発チームのトップクラスに位置する上位技術士官なのだ。
彼女の頭脳と技術革新がなければ、ストライクやイージスといったG兵器群は産声を上げず、その後のモビルスーツの兵器体系が根底から塗り替えられることもなかった。
ある意味で、彼女はコズミック・イラの軍事史において、キラと同等かそれ以上に世界を改変してしまった『とんでもない才能を持った女性』なのである。
そんな彼女は現在、実戦任務のないアークエンジェルを降り、ここモルゲンレーテの地下研究室で、自分の本職であり、最も愛してやまない装甲材質技術の最先端開発をキラと共に文字通り寝食を忘れて行っていた。
現在、彼らが取り組んでいるのは、キラが別次元の『虚憶』から引きずり出してきた夢の装甲材の実用化である。
月面で採掘された、外宇宙飛来の特殊隕石鉱物。
それに、オーブが独自に培ってきた高強度な発泡金属装甲の生成技術を掛け合わせることで誕生した究極の複合金属──『ガンダニュウム合金』。
物理的衝撃を完全に吸収・減衰させ、同時に高熱とビームの直撃すらも強靭な分子結合で弾き返すこの奇跡の装甲は、すでにプロトゼロを始めとする『オーブ製ガンダムタイプ』の装甲や主武装に惜しげもなく使用されている。
しかし、その生成過程はあまりにも複雑であり、特殊鉱物の希少性も相まって、ガンダニュウム合金は量産機に採用できるような代物ではなく、高コストな『ワンオフ専用の高級品』であった。
そのため、現在のマリューに与えられた命題は二つ。
一つは、ガンダニュウム合金の生成技術の過程で得られた副産物とデータを応用し、通常兵器の装甲を遥かに凌駕する強度と軽量性を誇る『ネオ・チタニウム合金』の開発・量産化。
そしてもう一つは、次世代防衛の要となる、高い実弾耐性を維持したまま、ビーム兵器の威力を完全に無力化・減衰・拡散する新機軸の装甲──『フェムテク装甲』の基礎理論の構築と研究開発である。
本来、マリュー・ラミアスが得意とし、心血を注いできた装甲材質技術の分野。
その最先端、いや、既存の物理法則すら飛び越えた『別次元の超技術』の解明と実用化という、研究者にとってはまさに頭がいっぱいになるほどの、麻薬的な天国のような仕事に、彼女は今、完全に忙殺されていた。
寝る間も惜しんで分子構造と睨み合い、実験とシミュレーションを繰り返す日々。
化粧をする暇すら惜しい。
正直なところ、もういっそのことこの地下研究室に分厚い隔壁を下ろし、一生ここから外に出たくないとすら思えるほど、彼女の研究者魂は極限まで満たされ、歓喜に打ち震えていたのだ。
そんな、幸福な研究の泥沼に首まで浸かっている彼女に対し、共同開発者であるはずのキラから持ち込まれたのは、新素材の装甲に関する技術的な相談や、実験の失敗に関する報告ではなかった。
「ええ……。僕自身、自覚はあるんです。昔から押しに弱いというか、流されやすいところがあるって……。でも、最近のルナの態度が、なんというか、その……」
「ああ。……ルナマリアさんのことね」
キラの口ごもるような言葉の意図を察し、マリューは手元のチャンバーのスイッチを切り、ようやく振り返ってキラを見た。
呆れたような、しかしどこか面白がるような笑みが、その口元に浮かんでいる。
ルナマリア・ホーク。
妹であるメイリンの『とんでもないやらかし』により、ラクスの手引きで半ば強制的にプラントからオーブへと連れてこられた、エリート軍属候補の少女。
妹が、キラ直々にスカウトされるほどの規格外の天才ハッカーであるなら、姉である彼女もまた、プラントの士官学校で赤服を着る成績で飾る優秀なパイロットの原石だ。
オーブにとっても貴重な戦力であることは間違いないのだが──現在、彼女は自らの優秀なプロポーションと天性の気質をフル稼働させ、こともあろうに、このオーブの最高軍事顧問を『男』として完全に絡め取ろうと、連日のように猛烈なスキンシップとアプローチを仕掛けてきているのだ。
マリューは、頭を抱えて机に突っ伏しているキラの姿を見て、ふふっと小さく吹き出した。
マリュー・ラミアスは、ここ最近のオーブでの濃密な時間を通じて、キラ・ヤマトという規格外の少年の『真の人間性』を、骨の髄まで理解するに至っていた。
世間が持て囃す白銀の英雄。冷徹な死の商人。世界を盤面に見立てて踊る天才。
確かにその一面はある。だが、彼の本質はそこではない。
彼の根底にあるのは、驚くほど『面倒くさがり屋で怠け者』であり、それでいて、信頼した人間の前では平気で泣き言をこぼし、甘えてくるという、どうしようもなく庇護欲をそそる『純情な甘ったれ』なのだ。
かつて、地球軍の特装艦アークエンジェルに乗艦していた頃。
当時のキラは、戦火の中で無理をして『優しくも優秀なオーブ軍の技術三尉』という役割を演じきっていた。
マリューもまた彼を頼り、互いに軍属の技術者として、過酷な状況下で背中を預け合うリスペクト関係を築いていた。
あの頃のキラは、すべてを自分一人で抱え込み、決して弱音を吐こうとはしなかった。
しかし、今のキラは違う。
確かに世界を股に掛ける軍事顧問にして、オーブの技術開発のトップに君臨しているが、以前のように何でもかんでも自分一人で抱え込んで破滅に向かうような自己犠牲のスタンスは、綺麗に捨て去っている。
今の彼は、自分が思い描いた途方もないビジョンの全体図を描き出すと、あとは『それを実現できる最高の才能を持った人間』に、適材適所で躊躇なく仕事を”丸投げ”するスタイルを徹底しているのだ。
それこそ、70m級の特機であるジガンスクードの力強いサーボモーターの構築は、オーブに合流した『煌めく凶星』ジャン・キャリーに一切合切を丸投げ。
ガンダニュウム合金やフェムテク装甲といった、装甲材に関する新機軸の開発と実用化は、マリューに完全丸投げ。
オーブの複雑な国内政治は、自分が『死の商人』として前に出なくてもいい場面では、すべて双子の姉であるカガリ・ユラ・アスハに丸投げ。
見事なまでの、責任ある丸投げっぷりである。
だが、その丸投げの仕方が極めて巧妙で、理にかなっているのだ。キラは決して、相手の専門外のジャンルや、能力を超えた理不尽な仕事を押し付けるような真似はしない。
相手の持つ才能を極限まで引き出し、最も輝ける場所や仕事を用意し、「あとはお願いします」と全幅の信頼を寄せて任せてくれる、まさに『理想的な年下の上司』としての振る舞いを心得ているのだ。
だからこそ。
以前のアークエンジェル時代には、彼に無理をさせているという強い罪悪感と、姉か母のような痛切な心配を抱いていたマリューであったが──今のこの、適度に力を抜き、信頼できる大人に甘えて仕事を丸投げしてくる『怠け者で甘ちゃんな彼』の姿に、彼女の中の猛烈な母性と、研究者としてのプライドが激しく擽られてしまっていた。
「……仕方ないじゃない。あなた、自分で思っている以上に世界中から注目されてるのよ? おまけに、そんな風に無防備に甘えられたら、少し気の強い女の子なら『私がこの人を手懐けてやる』って勘違いしたくなるのも無理はないわ」
マリューは白衣のポケットに手を突っ込みながら、優しく、からかうようなトーンで言った。
マリュー自身、キラからの頼みであれば、今ではどんな無茶苦茶なスケジュールであっても快く引き受けるようになっている。
キラが用意する仕事は、彼女の技術者としての知的好奇心を刺激してやまないものばかりであり、この目も回るような忙しさは、マリューにとって何物にも代えがたい『やり甲斐』と『生き甲斐』そのものだったからだ。
「それにしても、あのルナマリアさん……結構、肉食系みたいね。あなた、この前廊下で随分と密着されてたじゃない。あのまま押し切られて、うっかりお持ち帰りされちゃっても、私は驚かないわよ?」
「……マリューさんまで、からかわないでくださいよ」
キラは机から顔を上げ、本気で困り果てたような顔で溜息をついた。
「ただでさえ、イングリットやカガリ、それにラクスたちの視線が痛いんです。これ以上、変な誤解を招くような関係を増やすわけには……」
「でも、無碍に突き放すこともできないんでしょう? 彼女の姉妹をオーブに縛り付けておくための『理由』としても、彼女自身があなたに執着してくれるのは、都合が良いはずよ。……悪の軍事顧問様としてはね」
マリューの鋭い指摘に、キラは図星を突かれたように言葉を詰まらせた。
そうなのだ。ルナマリアがキラに対して明確な好意と打算を向けて絡め取ろうとしてくることは、キラにとってもオーブに彼女たち姉妹を繋ぎ止めるための極めて有効な『楔』として機能している。
だからこそ、キラも強く拒絶することができず、ずるずると彼女のペース、スキンシップや愛称呼びに巻き込まれつつあったのだ。
「……はぁ。やっぱり、マリューさんには敵わないな」
キラは諦めたように笑い、再びモニターへと視線を戻した。
「でも、本当に気をつけてね、キラ君。女の打算と執念を甘く見てると、足元をすくわれるわよ。……特に、彼女みたいに自分の武器を完璧に理解しているタイプはね」
マリューはそう忠告しながら、再び実験用チャンバーへと向き直った。
怠け者で、甘ったれで、押しに弱い。けれど、その双肩には世界を変える重すぎる十字架を背負っている。
そんな不器用な少年が、自分の足元で女たちの恋の暗闘に巻き込まれて右往左往している姿を眺めるのは、研究の合間のちょっとした清涼剤として、マリューにとっては悪くない暇つぶしであった。
「そういうマリューさんはどうなんです? 気になる人とか、居たりするんですか?」
ホログラム・モニターに浮かぶ複雑な分子構造式からふと視線を外し、キラ・ヤマトは手元のコーヒーカップを両手で包み込みながら、唐突にそんな質問を投げかけた。
深夜に近い地下研究室。
二人きりの空間と、心地よい疲労感が、彼から軍事顧問としての仮面を剥ぎ取り、年相応の少年の好奇心を引き出したのかもしれない。
「私? 別に居ないわよ。今の恋人はこのガンダニュウム合金とフェムテク装甲の理論式ね」
マリュー・ラミアスはキーボードを叩く手を止めず、白衣の肩をすくめて軽く笑い飛ばした。しかし、キラは食い下がる。
「え? ムウさんとかは……どうなんですか? アークエンジェルでもずっと一緒に戦ってきて、息もぴったりじゃないですか」
「フラガ三佐? 確かに彼とは死線を潜り抜け、互いの背中と命を預け合う大切な戦友よ。でも……そういう対象として見たことはないわね。だって私、モビルアーマー乗りは嫌いなのよ」
その声のトーンが、ほんのわずかに、しかし確実に沈んだ。
マリューは静かに息を吐くと、白衣の懐から細いシルバーチェーンに繋がれた一つのペンダントを取り出した。キラの視線が、その小さな装飾品に引き寄せられる。
それは、銀の細工で精巧な薔薇があしらわれた、まるで小さな棺のような形をしたロケットペンダントだった。
「……世界樹攻防戦でね。彼、モビルアーマーのパイロットだったの」
マリューの瞳が、今はもうここにない過去の星空を見つめるように細められた。
「婚約までして、あと一月くらいで式を挙げる予定だった。ウェディングドレスの試着も終わってて、あとは彼がその作戦から帰ってくるのを待つだけだったのよ。……でも、彼は帰ってこなかった。プラント側の激しい抵抗の前に、彼の乗っていた機体は宇宙の塵になったわ」
静謐な研究室に、空調の微かな稼働音だけが響く。
世界樹攻防戦。
それは、この泥沼の戦争における初期の悲劇の一つであり、数え切れないほどの命が失われた激戦だった。
「…………すみません。そんなつもりじゃ……嫌なことを思い出させてしまって」
キラは深く俯き、コーヒーカップを持つ手をきつく握りしめた。自分が無神経に踏み込んでしまったことへの後悔が、その表情にありありと浮かんでいる。
「……良いのよ、謝らないで。それが戦争だもの。残された者は、そうやって過去を抱えて生きていくしかないの」
マリューは立ち上がり、項垂れるキラの肩にそっと手を置いた。その手は温かく、力強かった。
「それにね、キラ君。貴方がその戦争を終わらせてくれた。これ以上、私みたいな思いをする人間が出ないように、貴方が泥を被って平和な世界を作ってくれたじゃない。……だから、貴方が傷つくことなんて何一つないのよ」
彼女の言葉は、単なる慰めではなく、一人の技術士官として、そして戦争で大切な人を失った一人の女性としての、心からの感謝と救済の言葉だった。
しかし、空間に漂う沈痛な雰囲気をこれ以上長引かせるのは彼女の本意ではない。
マリューはパンッと軽く手を叩き、わざとらしいほど明るい声で話題を強制的に切り替えた。
「でも、不思議ね。何でそんなプライベートな恋愛相談の相手が、私なの? キラ君なら、お母様とかに相談すれば良いじゃない。カリダさんなら、きっと親身になって聞いてくれるわよ?」
その提案を聞いた瞬間、キラの顔からサッと血の気が引き、信じられないものを見るような目でマリューを見つめ返した。
「い、言えるわけないでしょう……! 僕が今、世間でどういう風に言われているか、マリューさんだって知ってるくせに!」
キラは椅子から立ち上がり、頭を抱えながら早口でまくしたて始めた。
「公式にはイングリットと婚約してるのに、裏ではラクスやミナ様、それに双子の姉であるはずのカガリも含めて、四股どころか信じられない関係を持ってるって噂されてるんですよ!? それだけじゃない、部下のアサギさんにマユラさん、ジュリさん、最近だと地球軍から出向してきたナタルさんやシホ、モルゲンレーテのエリカ主任、そして目の前のマリューさんまで含めて『十一股してる』とか! 挙句の果てには、アイシャさんやミリアリアまで狙ってて、他人の恋人までNTRする『鬼畜外道の色魔』だなんて、影でヒソヒソ言われてるんですよ!?」
一息でそこまで言い切ると、キラは肩で息をしながら、さらに絶望的な顔で天を仰いだ。
「そこに、ここ最近はメイリンまで加わってるなんて言われてるんです……! そんな状況で、育ての母さんに『また新しい彼女が増えるかもしれないから、どう立ち回れば良いか教えて?』なんて言ったら……母さん、泣き崩れるか、本気で僕にビンタするか、ショックで倒れちゃいますよ! アイシャさんは確かにとても綺麗で魅力的な大人の女性ですけど、バルトフェルドさんの大切な恋人ですし! ミリアリアだって親友のトールの彼女で、ヘリオポリスの同じカレッジだった頃からの、ただの男女の気安い友達ってだけなんですよ!? その噂だって、半分以上はただの仕事の付き合いなんですからね!」
悲痛な叫びを上げるオーブの最高軍事顧問に対し、マリューはクスッと口元を押さえて笑い、極めて冷静に、そして致命的なツッコミを入れた。
「……半分以上は仕事の付き合い、ってことは。裏を返せば、『半分は本当に付き合ってる』のね?」
「あ……っ」
その瞬間、キラは自分が放った盛大な失言に気づき、完全にフリーズした。
「ぅぅっ……あうぅぅ……」
これ以上ないほどの見事な自爆。
世界を裏で牛耳る死の商人が、顔を真っ赤にして頭を抱え、机に突っ伏して情けない声を漏らしている。
そのどうしようもなく無防備で隙だらけの少年を前にして、マリューの胸の奥からは、呆れを通り越して心の底からの『愛おしさ』が込み上げていた。
「そ、それに……っ!」
キラは真っ赤な顔を上げたまま、自らの失態をごまかすように、無理やり別の話題へと舵を切った。
「誰かに弱音を吐きたい時、身内じゃない『大人』だからこそ言えることってあるじゃないですか。……以前、バルトフェルドさんの屋敷に招待された時だって、そうでした」
その名前に、マリューは少しだけ真面目な顔つきに戻った。
砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルド。かつて敵将として相まみえ、今は同じ道を歩む男。
「あの時、バルトフェルドさんから『君は傲慢だ』って指摘されて……僕、本当に血を吐くような思いで言ったんです。本当は、誰かに代わって欲しい。……でも、他にやれる人が居ないから、僕がやるしかないじゃないですか、って」
それは、ジェス・リブルが発行し世界中を駆け巡ったあの劇的なインタビュー記事には、一切記されていなかった初耳の情報だった。
あの完璧に見える英雄が、敵国の、それも自身を殺しに来たかもしれない大人の指揮官の前で、そんな子供のように生々しい慟哭をぶつけていたなんて。
「……そう。そんなことがあったのね」
マリューは目を伏せ、彼が背負ってきた孤独の深さに思いを馳せた。
だが、そのしんみりとした空気を、マリューは自らふわりと笑って払拭した。
「それもそうね。身内には言えない重圧も、しがらみのない大人になら吐き出せる。……でも残念。キラ君にとって、このお姉さんは『身内じゃない』のね?」
少しだけ唇を尖らせ、わざと拗ねたような声音でからかう。
するとキラは、慌てふためいて両手を横に振った。
「そ、そうじゃありませんよ! 親や肉親じゃないから言えるって意味で……! 僕は、マリューさんのことだって、大好きですから!!」
一直線で、一切の濁りもない真っ直ぐな言葉。
大切な人に、真っ直ぐに想いを伝えること。
それはキラ・ヤマトという人間の美しい美学であり、彼が周囲の人間を惹きつけてやまない最大の引力でもある。
だが、受け取り手の心境や状況次第で、それは万病に効く薬にも、心を狂わせる猛毒にもなる。
目の前にいるこの少年は、最高軍事顧問にして准将であり、大西洋連邦の国防産業連合理事であるムルタ・アズラエルとすら対等にビジネスをやり取りする、冷徹な『死の商人』の顔を持っている。
その彼が、自らの言葉が持つ破壊力に気づいていないはずがない。
それでもなお、こうして無防備に、心の底からの好意をぶつけてくる。
(……ズルい子)
「大好き」と言われて、思わず心臓が跳ね、胸の奥がドキンと高鳴った事実を、マリューは完璧なポーカーフェイスの下、己の胸の奥底に厳重に鍵をかけて閉まった。
「ふふっ。意地悪言ってごめんなさいね。……でも、そういう甘いことばかり言うから、ルナマリアさんみたいな子に勘違いされちゃうのよ? 気をつけなさいな」
小言めかしてそう言いながらも、マリューの頭の片隅には、ある考えが微かに、しかし確かに芽生え始めていた。
(……でないと、私みたいな年上の女でも、もしかしてチャンスがあるんじゃないかって、馬鹿な期待をしてしまうじゃない)
ふと、ロンド・ミナ・サハクの艶やかな顔が脳裏をよぎる。
彼女はマリューと同年代の、成熟した大人の女性だ。
そのミナが、キラの隣で完全に『女』としての顔を見せ、深く結びついているという事実。
それを見ていると、どうしても思わざるを得ないのだ。
自分のような大人の女性が、この一回りも年下の、しかし誰よりも巨大な運命を背負う彼と「そういう関係」になるのも……絶対にあり得ないことではないのかもしれない、と。
何しろ、互いに技術者として深い尊敬を抱き合い、決して悪くは想っていないどころか、むしろ極めて居心地の良い関係を築いているのだから。
「さ、休憩はおしまい。フェムテク装甲の位相変換データ、シミュレーションの第42フェーズに入るわよ」
マリューは立ち上がり、微かな胸のざわめきを仕事の熱で塗り潰すように、再びホログラム・モニターへと向き直った。
背後で「あ、はい! お願いします」というキラの素直な声が響く。
世界を書き換えるための静かで熱を帯びた地下研究室。
そこには、二人の技術者による演算音と、ほんの少しだけ輪郭を変え始めた甘い気配が、静かに溶け合っていた。
◇◇◇
研究室の甘美な余韻が残る中、マリューは再び白衣を整え、研究者としての冷静な表情を取り戻していた。
しかし、その瞳にはどこか余裕のある笑みが浮かんでいる。
「いっそのこと、ルナマリアさんも貰っちゃえば?」
マリューの唐突かつ大胆な提案に、キラは椅子から転げ落ちんばかりに驚いた。
「はいぃ!? ちょ、ちょっとマリューさん、なんですかその乱暴な解決策は!」
「だってキラ君、満更でもないんでしょ? あんな若くて可愛くて、おまけに身体のラインも申し分ない子。男として、好きでしょ?」
キラは一瞬言い淀んだが、観念したように肩を落とした。
「……世間一般的に言って、あの容姿で『嫌い』だなんて言ったら、ロリコンかホモか、あるいはEDのどれかだと疑われても仕方ないでしょうね」
「その通り。でも、もう愛称で『ルナ』なんて呼んじゃったら、世間的には手遅れよ?」
「そんなぁ……! 呼びやすいから……ただ、そう呼んだだけですよ……」
「あら、あなたはミリアリアさんのことを『ミリィ』とは呼んでいないわよね。ルナマリアって名前が長いから、なんていう薄っぺらい言い訳は、私には通用しないわよ?」
マリューの的確すぎる追及に、キラはデスクに突っ伏し、『orz』のポーズで完全に沈黙した。
外の世界では「泣く子も黙る白銀の英雄」と恐れられ、大国の政治をも動かす若き英雄の姿はそこにはない。
ただの、手痛い指摘に打ちのめされた少年の姿があるだけだった。
「でも、組織としては良いんじゃないかしら。彼女、プラントのアカデミーで成績も優秀なんでしょう? ソレスタルビーイングという、いつ命を落とすか分からない組織にいるんだもの、パイロットは一人でも多いほうがいいんじゃない?」
マリューの現実的な意見に、キラは顔を上げ、眉間にしわを寄せた。
「戦わせるために、身体の関係を前提に籠絡するなんて……そんなの鬼畜外道を通り越して、ただの最低なクズですよ」
「まあ、少なくとも噂の通り5人程度と深い関係にあるなら、今更クズ呼ばわりされても変わらないわよ?」
「うぐぅ……マリューさんがいじわるするぅ……」
またしても沈み込むキラを見て、マリューは慈愛に満ちた眼差しを向ける。
「男なら、腹括っちゃったほうが後々楽なこともあるのよ。それにね、キラ君が誰でもかんでも手を出すわけじゃなく、『自分が心から認めた相手しか選ばない』というスタンスを周囲に見せつければ、余計な見合い申し込みや、当て馬になろうとする連中の動きもパッタリと止むわよ」
「そっちは全無視してるから、別にどうということもないんですけどねぇ」
キラは心底うんざりしたようにそう言ったが、彼の置かれた立場はまさにその言葉通りだった。
イングリット・トラドールとの婚約発表は、国内外のメディアによって「姫騎士と英雄のシンデレラストーリー」として華々しく報じられた。
しかし、その圧倒的な物語さえも、キラ・ヤマトという男の関心を買おうとする欲望を消し去るには至っていない。
イングリットの婚約者という立場を尊重する振りをして、影でどうにかして夜の繋がりを持たせようとする連中。
あるいは、たとえ一夜限りの関係であっても、英雄の血を受け継ぐことを夢見る当て馬ヒロイン候補。
水面下で蠢くそうした動きは、今もなお、オーブの地下深くで英雄を狙って渦巻いている。
「腹を括る、か……」
キラは自身の指先を見つめた。
自分が愛し、守りたいと願う者たち。
その輪の中に、ルナマリアという新しい色が加わろうとしている。
彼女は単なる「戦力」ではない。
メイリンの姉であり、ホーク一家の繋がりをオーブに繋ぎ止めるための、もう一つの『楔』なのだ。
「……マリューさん。僕、そろそろ本当に、大人にならないといけないみたいですね」
キラの言葉には、どこか諦念と、しかし不思議な決意が混ざっていた。
世界を救う英雄としてではなく、一人の男として、自分の周りに集う少女たちの運命を、その手で完全に引き受ける覚悟。
それは、かつて憧れた「英雄」という偶像からは遠い、泥臭いまでの人間味に溢れた決断だった。
「ふふ、そうね。それが、今のキラ君に一番必要なことかもしれないわよ」
マリューは優しく微笑み、再びモニターへと向き直った。
世界を救うよりも難しいかもしれない、「愛する者たちの運命を背負い切る」という戦いが、この地下研究室からまた一つ、始まろうとしていた。
◇◇◇
キラ・ヤマトの指先が、ホログラム上の数式を淀みなく刻んでいく。
チタンセラミック複合材の強度演算という極めて論理的で無機質な作業の傍らで、彼の思考は、不可解に絡みつくルナマリア・ホークという少女の真意を解き明かそうと、深い『虚憶』の海へと潜行していた。
なぜ、彼女はこれほどまでに自分へ執着するのか。その問いに対する解答は、キラがかつて視たはずの、しかし今や書き換えられた歴史の断片の中に転がっていた。
本来の歴史において、ルナマリアとシン・アスカが結ばれるに至ったその結末は、あまりにも過酷な悲劇の積み重ねによって形作られていた。
ジブラルタルからのアスラン・ザラの脱走、それを助けたメイリン。
レイ・ザ・バレルの追撃を振り切るために、アスランはメイリンをグフへと連れ込み、その逃亡劇の果てに、彼女はデスティニーの放つアロンダイトによって無慈悲に貫かれるはずだった。
愛する妹を自らの手で死に追いやったという、消えない負い目。
ステラという守るべき少女を失い、復讐という名の狂気で己の精神をどうにか繋ぎ止めていたシン・アスカ。
そんなシンの傷ついた心に、自らも大切な肉親を失ったという十字架を背負ったルナマリアが縋り付く。
最初はただの「傷の舐め合い」のような関係から始まり、幾多の死線を越え、ファウンデーションの罠によるシンの喪失、そしてミレニアムの混乱の中での再会という劇的な運命を経て、ようやく彼女は自分が本当にシンを愛しているという事実に辿り着く……。
それが、本来の『ルナマリア・ホーク』の軌跡だった。
しかし、今の彼女は違う。
プラントのアカデミーで将来を嘱望されていた彼女の人生は、妹のハッキングという暴挙によって一夜にして瓦解した。
そうした過酷で悲劇的な運命を辿る前の「ミーハー女子」としてのルナマリアなら、アスラン・ザラという英雄の肩書きに惹かれ、ちょっかいを掛けるような危うい駆け引きをしていた。
実際、彼女はアスランとカガリの絆も知らぬまま、特務隊FAITHとなった彼に興味を示していた。
だが、オーブという異国で、将来のすべてを理不尽に奪われた今、彼女に残された武器は「自分自身の身体」と「女としての生存本能」だけだ。
妹がキラ・ヤマトという世界の頂点に直結する者に選ばれたシンデレラストーリーを歩む傍らで、姉である自分はただの「おまけ」として運ばれた。
この理不尽な格差の中で、生き残りを賭けて彼女が選んだ戦略的選択肢が、オーブの最高軍事顧問であるキラ・ヤマトの寵愛を得ることだったとしても、それはあまりに現実的で、ある意味で非常に彼女らしい打算だった。
(……そうだ。彼女は、ただ必死なんだ。生き残るために、自分の価値を証明するために)
キラは演算を停止し、指先を止めた。
メイリンを引き抜くという行為は、結果としてルナマリアの人生を根底から狂わせた。
自分が彼女の人生を「私物化」したのだとしたら、一人の男として、その後の責任を取る義務がある。
シン・アスカは今、妹のマユとステラという二人の守るべき存在を抱え、オーブという国で「笑顔の盾」を目指して懸命に励んでいる。
そんなシンに対する裏切り行為とも言えるこの決断を、キラは内心で詫びながら、同時に抗えない運命として受け入れた。
ルナマリアが抱く打算は、やがて本物の情愛に変わるだろう。
彼女のミーハーで、しかし熱狂的な愛情表現は、歪んだ因果の中で彼に与えられた「新しい宿命」の一つなのかもしれない。
打算で始まった関係であっても、一度手を差し伸べれば、自分は彼女の人生のすべてを背負うことになる。
「……ルナ。君が僕を選んだのなら、僕も君を最後まで守り抜くよ」
誰にも聞こえない独り言と共に、キラは再び作業へと没頭する。
虚憶の中の悲劇的な記憶を塗り替えるように、彼は新しい、そしてより濃厚な「絆」を紡ぎ出すための計算を、一からやり直すことにしたのだった。
24760文字──。
過去最長更新したかな?
なんかルナキラになるかと思えばいつの間にかマリュキラになっていたで御座る侍。
声の所為なのか軽くミサトさんテイストが混じってるやも。
ムウさんがキラの背中を絶対守る兄貴フラガマンになった上で三馬鹿の面倒見てる所為で、マリューさんへの告白はまだな模様。
ウチのキラはアスランがキラ絶対守るマーンになった所為でその女難の相を取り憑かれさせられちゃったのかも。
ラクスが表舞台にもちゃんと居るから、ミーア戦法は取れないから、ミーアは普通の女の子のままだろう。
けれどもそれでも既にラクス、イングリット、ミナ様、カガリ、マユラ5人と関係持ってる、そこにまだアサギとジュリが控えてて鹿の子のこのこ虎視眈々。
そこへルナとメイリン?
ま、まだ一桁の9人だから兵器じゃないかなぁ?
マリューさんちょっとコロッと行きかけてるけど。
なお特別枠、忠節を誓うナタルさんが居る。
恩もある、借りもある、主君への愛もある、しかしここは──忠義が勝る!!
そんな感じまでは行かんだろうが、わかりやすく言うとDiesのザミエル卿がマイルドになったような?
それはkkkじゃねぇか?
多分ルナからすると腹括ったキラの優しさとか責任感にコロッと絆されて、イングリットと並ぶ程に放っておくとフフ、セッ!!を誰も止めん限りいつまでもヤッてそう。
姉で面倒見の良いルナと本質的には甘ったれなキラの相性が良すぎるんだよなぁ。
あとルナの身体に絶対溺れるタイプ。
その節は息子がお世話になりました。
ちなみになんすが、チョロっとマリューさんとの夜とか、ミリアリアとの禁断の絡みとかが頭をぐるぐるしてるんですが、さすがにナリタトップロードはマズいッスよね?まぁ、本編には反映されないifとか?
ミリアリアだって普通に可愛いからね。
アカン、本当にキラが節操なしになる。
しかしこんだけ節操なしなのにフレイとの絡みが全くないというか、機会を逸しているのは自分でも驚いている。
でも甘えたい子供のフレイと、甘ったれなキラとの相性ってどうなるんだろ?
或いはそれが妹のメイリンで試されるのか?
キラを利用しようとした魔性モードのフレイなら相性良くて、その内キラに完堕ちしてそうだけど。
あ、ちなみにチョロっとナタルさんとの夜もほんのちょっと過ったりもする。
本編中でそうしたちょっとナマモノ表現してる時は頭がピンクになってる時と思ってください。