やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか 作:星乃 望夢
サーペントテール──。
現在、激動のコズミック・イラを生きる地球圏の傭兵、あるいは正規軍の将兵や軍事産業に関わる者の中で、この異名を知らぬ者は皆無と言っていい。
もしその名を知らない者がいるとすれば、それは昨日訓練所を出たばかりの、死の匂いすら嗅いだことのないヒヨッコの新兵くらいだろう。
その中核を担う実働戦力は、ヘリオポリス襲撃の混乱の中で偶然、そして運命的にブルーフレームという蒼き刃を手に入れたリーダー――叢雲劾。
そして、彼の相棒であり、共に死線を潜り抜けてきた男――イライジャ・キールである。
イライジャ・キールの経歴は、決して輝かしいものではない。
開戦当初、彼はザフト軍に所属する兵士であった。
しかし、コーディネイター特有の息苦しい優生思想にどうしても馴染めず、早々に脱走兵へと身をやつす。
その後はフリーランスの傭兵として戦場を渡り歩いていたが、当時の彼は決して一流とは呼べなかった。
「ザフト軍上がり」「コーディネイターのMSパイロット」という、威圧的な肩書き。
それだけを頼りに、大抵の相手は戦わずして退いてくれるという現実に甘え、自身の真の実力を磨くことを怠り、完全に調子に乗っただけの「二枚目の三流傭兵」に過ぎなかったのだ。
だが、ある任務において、彼は叢雲劾という本物の怪物と出会い、戦闘状態に突入し、そして全く歯が立たずに完膚なきまでに敗北する。
自身の底の浅さ、虚勢で塗り固められた実力のなさを、圧倒的な死の恐怖と共に突きつけられたイライジャは、今までの自分を深く恥じ、心機一転、己のプライドをドブに捨てて「本当に強くなろう」と決心した。
それからの彼は人が変わった。
「私はザフト上がりのコーディネイターですが、弱い傭兵です」と、自らの弱さを包み隠さず依頼主に説明するようになった。
当然、仕事は激減し、報酬も底をつくような惨めな日々が続いたが、彼は決して泥臭い努力を怠らなかった。
そしてある依頼において、絶望的な状況下であっても決して逃げ出さず、傭兵としてのプライドと契約を最後まで貫き通したその精神の強靭さを叢雲劾に高く評価され、直々にスカウトを受ける形で、晴れてサーペントテールの一員として迎え入れられたのである。
彼の体中には、その泥臭い努力と生き汚い戦いの証である多数の傷跡が刻まれている。
中でも最も目を引くのが、彼の美しい顔に刻まれた大きな一文字の傷跡だ。
これは、フリーの傭兵時代に初めて叢雲劾と邂逅し、戦闘になった際、劾の刃によってつけられたものである。
かつては敗北の象徴であったその傷は、サーペントテールの相棒として肩を並べる今となっては、彼と劾を結ぶ、何よりも深く強固な『絆の証』となっていた。
彼が操る愛機は、旧式のザフト製量産機をベースとした『専用ジン』である。
当初は青と黒の渋いカラーリングを基調とし、頭部の巨大なトサカをバスターソードに換装した機体であった。
しかし、親友となったザフトの英雄グゥド・ヴェイアとの凄惨な死闘において大破。
その後、搭乗者を失ったヴェイア専用ジンのパーツを修復に使用したことにより、機体の一部が鮮やかな赤に染まった『イライジャ専用ジン改』として生まれ変わった。
このヴェイアとの戦闘において、イライジャは図らずも彼を討ち取る結果となり、裏社会の一部では「英雄殺しのイライジャ」という二つ名で呼ばれるようにもなっている。
イライジャという、どこかアラブやイスラム圏を思わせる響きを持つ名前とは裏腹に、彼の外見は透き通るように色白で、線の細い、非常に美しく整った顔立ちをしている。
しかし、これこそが彼の最大のコンプレックスであった。
彼に施されたコーディネイターとしての遺伝子操作は、なぜか「強力な免疫能力の獲得」という極めて地味な一点にしか表出せず、モビルスーツの操縦に不可欠な空間認識能力や反射神経、基礎的な身体能力においては、ナチュラルと全く変わらない平凡なものでしかなかったのだ。
イライジャ自身、その残酷な事実を「外見ばかりで中身がすっからかんな男」として非常に気に病み、自身の顔を忌み嫌うことすらあった。
美しい顔に不釣り合いな大きな傷跡が、彼にミステリアスでクールな雰囲気を醸し出させており、実年齢よりも遥かに大人びた冷徹な傭兵という印象を周囲に与える。
だが、その精神構造の根本は、年齢相応か、あるいはそれ以下とも言えるほどに無防備で、ある意味で「幼く純粋な」要素を色濃く残している人物なのだ。
とはいえ、彼が極端に精神年齢が低く、知的障害を抱えているという訳では決してない。
彼の精神面がどこか幼く、時に感情の起伏が激しいのは、ザフト軍を脱走した後、叢雲劾という絶対的な指標に出会うまで、自暴自棄になって腐り切り、まともに努力をしてこなかった結果、その期間の分だけ、心身ともに「大人として成長し、成熟する機会」を完全に失ってしまっていたからである。
事実、サーペントテールの情報担当であり、年齢の割に極めて大人びていて計算高い少女・風花と口喧嘩になれば全く歯が立たず、いつもやり込められている。
下手すると、歴戦の猛者たちが集うメンバーの中で、一番精神面が幼く、感情的になりやすいのは彼である可能性が高い。
しかし、自分を無理に飾ろうとせず、良くも悪くも感情がすぐに表に出るその素直で幼い部分は、戦場や人間関係において、意外なほどプラスに働くことも多かった。
初めてロウ・ギュールたちジャンク屋組合と遭遇し、プロフェッサーに銃を向けて得意げになっていたが、直後に依頼主の裏切りに遭い、慌てふためきながら「ガイ! どうしよう!」と情けなく連絡を取る姿。
裏切り者から一応ジンに乗ってプロフェッサーを守っているのに、全然締まらない態度を取ってしまい、プロフェッサーから痛烈な嫌味を言われ、憎々しげに「嫌な女」と吐き捨てる無様な姿。
しかし、その飾らない真っ直ぐな感情こそが、ザフトの英雄グゥド・ヴェイアの頑なな心を解きほぐし、彼と深い友情を育むきっかけとなり、結果的に絶望的な戦況に勝機をもたらすこととなった。
また、地球連合の強化人間『ソキウス』たちの凄絶な襲撃に遭い、瀕死の重傷を負って意識を失った叢雲劾を見た時。
普段は冷静な情報担当のロレッタですら、その絶望的な出血量に救命を諦め、絶望が頭をよぎった。
だが、その時、劾という男の強さに誰よりも絶対の信頼を寄せるイライジャが、「ガイがこんな所で死ぬわけがないだろ!!」とボロボロと泣きながら激しくロレッタを叱咤したのだ。
その純粋で強烈な魂の叫びによって、ロレッタはハッと我に返り、思い直して懸命の処置を続行。結果として、劾は見事に死の淵から生還を果たしたのである。
完璧な戦闘マシーンであり、時に冷酷なまでに合理的すぎる叢雲劾。
平凡な能力しか持たず、人間臭く感情的で、不器用なまでに泥臭いイライジャ。
二人は決して主従ではなく、お互いに足りないもの、人間性と絶対的な力を補い合い、背中を預け合う関係を築き上げていた。
それが、イライジャ・キールという一人の傭兵の生き様であった。
この歴史が大きく歪められた世界においても、その大筋の生き様や彼らの絆は変わらない。
しかし、ただ一つ。彼の戦闘力という点においてのみ、キラ・ヤマトという特異点がこの世界にもたらした技術革新が、劇的な変化を与えていた。
ナチュラルであろうと、わずか1時間程度のシミュレーション訓練を積むだけで、ベテランパイロットと遜色ない精密な機体制御を可能とする悪魔のOS――『TC-OS』。
その絶大な恩恵は、顔は良いが腕はからっきしであり、身体能力にコンプレックスを抱えていたこの二枚目の傭兵・イライジャの専用ジンにも、きっちりと齎され、インストールされていたのである。
TC-OSのサポートを得たイライジャのジンは、かつての泥臭く隙の多い機動とは全く別次元の動きを見せるようになった。
相手の機体との距離、地形、武装を瞬時に演算し、イライジャの「避けたい」「斬りたい」というインプットに対して、システムが最適なモーションを導き出し、機体へと反映させる。
その結果、彼は生身の身体能力では到底敵わないはずの、人間を辞めた反射神経を持つ戦闘用コーディネイター『ソキウス』を相手にしても、果敢に前線へ飛び出して互角に斬り合い、持ち堪え、叢雲劾の窮地を見事に救い出してみせた。
さらには、TC-OSを搭載していないザフト軍の正規パイロット、つまり、かつての彼と同等以上のエリートたちを相手にしても、一切の遅れを取ることなく、真正面から挑み、打ち破るほどの実力派パイロットへと変貌を遂げていたのである。
当然、イライジャ自身の中には、「所詮はOSという『補助輪』に頼っているだけだ」という、自身の平凡さに対する拭い去れないコンプレックスと忸怩たる思いは存在している。
だが、彼はプロの傭兵である。
そのちっぽけなプライドや葛藤を戦場に持ち込み、自身の生存率や任務達成率を下げるような愚かな真似は絶対にしない。
生き残ること、そして劾の隣で共に戦い続けることが何よりも優先される。
だからこそ、彼はそのコンプレックスを飲み込み、TC-OSというシステムすらも自身の「新たな武器」として完全に飼い慣らし、叢雲劾と共に戦場を駆ける頼もしい相棒として、今日も赤と青のジンを駆っているのだった。
そんな彼ら『サーペントテール』の元に、極めて特殊で、そして破格の報酬が提示された一件の依頼が舞い込んだ。
依頼主の欄に記されていた名前は、オーブ連合首長国の国籍を持つ巨大な民営企業――「アナハイム・エレクトロニクス」。
依頼内容は単純明快、『我が社が開発した新型機動兵器の、実戦データ収集のためのテストパイロット業務』というものであった。
現在、オーブは超巨大プロジェクト、『アーカディアンプロジェクト』を推し進めている。
それは、全長66キロメートル、幅30キロメートルという、一つの都市国家すら呑み込むほどの途方もないスケールを誇る超巨大潜水要塞を建造し、さらにその上に完全な生態系を持つ人工島を構築するという、神をも恐れぬ『バイオスフィア構想』の国際的ビッグプロジェクトである。
そして、そのプロジェクトの技術的・資金的バックボーンを担う「アナハイム・エレクトロニクス」という企業。
表向きは、オーブの巨大財閥であるヤマト財団の営業所であり、社長の座には、オーブ軍の最高軍事顧問であるキラ・ヤマト本人が就任している。
他国の情報機関からすれば、「オーブの若き軍神が、国家予算を横流しして私腹を肥やすための脱税用ダミー企業」という見方も十分にできる怪しい組織だ。
しかし、その実態は全く異なる。
これは、キラ・ヤマトが『虚憶』から引き出したオーバーテクノロジーを含む、世界を裏から作り替え、支配するための無数の「技術特許」を一括して管理・運用する絶対的な知的財産管理会社であり、同時に、来るべき世界大戦に向けて、オーブ軍の枠組みを超えた「次世代兵器」を独自に開発し、ソレスタルビーイングへ供給するための巨大な軍事産業複合体なのである。
その主力事業こそが、今回依頼されてきた「新型機動兵器」の開発であった。
その胡散臭くも底知れない依頼を受けた叢雲劾の元へ、指定された極秘のポイントで漆黒のコンテナ船から引き渡されたのは、2機の見慣れぬ人型機動兵器――『アシュセイヴァー』であった。
しかし、コンテナのハッチが開き、イライジャの目の前に現れた機体は、彼が噂に聞いていたものとは大きく異なっていた。
オノゴロ島でムウ・ラ・フラガが搭乗し、空を舞っていたあの機体――白と鮮やかなスカイブルーのカラーリングに、デュアルアイを持ち、空を単独で飛翔するヒロイックな「指揮官機」の姿はそこにはない。
目の前にあるのは、スカイブルーだった装甲部分がミリタリーテイストの強い深緑色へと変更され、ヒロイックだった頭部は、無骨で量産機らしい『ゴーグルアイ』へと換装されている。
両肩に装備されていたはずの凶悪な自律機動兵装『ソードブレイカー』は撤去され、代わりに追加ブースターモジュールがマウントされており、何より、単独での大気圏内飛行能力がオミットされている。
一見して「コストダウン」と「量産性」を重視したことが明白な『量産型アシュセイヴァー』の姿であった。
「……なんだこれ。ジンよりはマシそうだが、随分と野暮ったい機体だな。それに飛べないなんて……」
イライジャはゴーグルアイの機体を見上げながら、少し拍子抜けしたようにぼやいた。
しかし、実際にコックピットに乗り込み、OSを立ち上げた瞬間、彼のその評価は根底から覆ることとなる。
TC-OSの最新バージョンがフルスペックで組み込まれたその機体は、量産型でありながら、ジンやシグー、あるいは大西洋連邦のダガー系すらも赤子扱いできるほどの、規格外の出力と恐るべき追従性を秘めていたからだ。
そして、その隣で。
リーダーである叢雲劾に引き渡されたもう一機のアシュセイヴァーを見た瞬間、イライジャはさらに目を丸くすることになる。
「……ガイ。お前の機体、なんかおかしくないか?」
劾に与えられた機体の外装は、イライジャのものと全く同じ、深緑と白の『量産型カラーリング』に塗装されており、頭部も量産機と同じ無骨なゴーグルアイへとすげ替えられていた。
しかし、両肩にマウントされた、どう見ても追加ブースターではなく『ソードブレイカー』の端末群。
そのカタログスペックは、大気圏内を単独で飛翔し、全方位からのレーザーと斬撃で敵を制圧する、あの悪魔のような『指揮官機仕様』と完全に一致していたのである。
そう、劾に与えられたのは、外見だけを量産型に偽装しただけの、指揮官機のまま据え置きにされた、極めてタチの悪い『偽装指揮官機』であった。
「……なるほど。そういうことか」
劾は、自らに与えられた偽装機体のスペック表を一瞥し、すべてを理解したように低く、冷徹な笑みを浮かべた。
「ガイ、どういうことだ? なんでお前の機体だけ、中身がバケモノなんだよ」
「簡単なことだ、イライジャ。今回の依頼主……いや、キラ・ヤマトという男の狙いは、単なる機体の性能テストではない。『圧倒的な火力と機動力を持つ少数精鋭の指揮官機が、量産機と連携を組んで戦場に投入された場合、どれほどの戦術的シナジーを生み出し、敵の部隊をどう蹂躙できるか』。その戦術データを収集することこそが、我々サーペントテールに白羽の矢を立てた真の理由だ」
「指揮官機と量産機の……連携データ」
「ああ。敵からすれば、こちらのアシュセイヴァーは2機とも『ただの量産機』にしか見えない。油断して接近してきたところを、俺のソードブレイカーで奇襲して陣形を崩す。そして、その間隙を縫って、機動力を高めたお前の量産機が、確実に敵の息の根を止める。……極めて実践的で、えげつない戦術だ」
劾は偽装指揮官機のコックピットへと軽快に飛び乗り、メイン電源を立ち上げた。
黄色いゴーグルアイが、獲物を狙う蛇のように鈍く、しかし凶悪な光を放つ。
「行くぞ、イライジャ。この世界を裏で回しているヤマト財団の社長殿に、我々サーペントテールの『仕事』の質の高さを見せつけてやろう」
「……あぁ、わかってるよ! 補助輪付きの量産機だって、俺が乗ればどうなるか、たっぷり味あわせてやるさ!」
傭兵部隊『サーペントテール』。
歴史の表舞台には決して立たない彼らが、キラ・ヤマトという特異点の描く壮大な戦略図の一部として、コズミック・イラの新たな戦場へと牙を剥く。
その圧倒的な実力と、TC-OSという悪魔のシステムが融合した時、この偽装された双頭の蛇は、いかなる正規軍の精鋭部隊をも震え上がらせる、最悪の死神部隊へと変貌を遂げるのであった。
◇◇◇
叢雲劾の搭乗するアシュセイヴァーが、なぜわざわざ「外見だけを量産型に偽装した指揮官機」という、手間のかかる歪な仕様で引き渡されたのか。
その理由は、単純な戦術的欺瞞だけにとどまらず、コズミック・イラの複雑怪奇な国際政治と、キラ・ヤマトという規格外の存在が張り巡らせた、極めて高度な防諜と政治的保険の産物であった。
そもそも、『量産型アシュセイヴァー』という機体は、現在この世界のどこを探しても、まだ一度も実戦の場に姿を現していない完全な未公開兵器である。
一方、オノゴロ島の演習場や限られたテスト空域で、ムウ・ラ・フラガが乗り回している「白とスカイブルーのヒロイックな指揮官機仕様」は、既に各国の諜報機関や、軍事メディアのアンテナに引っかかりつつあり、「オーブが何やらとんでもない新型の機動兵器を開発している」という事実自体は認知され始めている状況だ。
だからこそ、そのヒロイックな指揮官機をそのままポンと、正規軍ではない『サーペントテール』という外部の傭兵部隊に預けるのは、政治的にも情報管理の面でもリスクが高すぎる。
もし、あのヒロイックな姿のまま紛争地帯に投入されれば、「オーブという一国家あるいはそのフロント企業が、自国の最新鋭機を傭兵に供与し、他国の紛争に武力介入して実戦テストを行っている」という非難を国際社会から浴びることは火を見るより明らかだ。
そこでキラ・ヤマトは、あえて劾の機体の外見を、「まだこの世に存在していない、野暮ったい量産型の姿」へと偽装したのである。
武装中立国オーブの民営企業が、実質的にどの国の指揮系統にも属さない超法規的組織『ソレスタルビーイング』への供給を目的に極秘開発している、新機軸の強襲用人型機動兵器『アサルトドラグーン』シリーズ。
その極秘の運用データを、実戦経験豊富な一流の傭兵を使って外部委託で収集する。
その事実を万が一、大西洋連邦やユーラシアの諜報部、あるいはブルーコスモスの残党などに嗅ぎつけられ、メディアや国際会議で糾弾された場合。
「はて? 何のことでしょう。我が社が開発中の『アシュセイヴァー』は、白と青のヒロイックなワンオフ機であり、現在もオノゴロ島で厳重にテスト中です。……傭兵が使っているというその緑色の野暮ったい機体は、おそらく我が社のシステムデータの一部が何者かによって盗まれ、どこかのジャンク屋か闇の工廠で勝手に造られた、粗悪なパチモンでしょうな。我が社も知的財産権の侵害として、大変迷惑しているところでして……」
そう言って、涼しい顔でしらばっくれるための、完璧な『表向きの政治的な言い訳』を事前に用意しておくための偽装措置なのだ。
ただの技術者であれば、最高の機体を最高の状態で見せびらかしたいと思うだろう。
だが、キラ・ヤマトは違う。彼は死の商人として世界に技術をばら撒きながらも、その責任の所在や国際的な非難をのらりくらりと躱し、同時に国の軍隊をまとめ上げ、双子の姉であるカガリと共にオーブの舵取りを行う『為政者』でもある。
この「万が一の際の言い逃れの準備と、政治的な防波堤の構築」の周到さこそが、彼の面目躍如たる部分であり、アズラエルやミナといった怪物たちと互角以上に渡り合える所以なのである。
そのあたりのドロドロとした政治的背景と、キラの強かでえげつない思惑までを完全に察した上で、劾は一切の遠慮を捨て、与えられたアシュセイヴァーを戦場で存分に乗り回した。
彼らサーペントテールは、地球上の様々な過酷な地形や、いまだ燻り続ける火種を抱えた局地的な紛争地帯において、依頼された任務を遂行する際、あえて愛機であるブルーフレームではなく、この偽装されたアシュセイヴァーを使用した。
密林でのゲリラ戦、砂漠での強襲、あるいは都市の廃墟での掃討戦。ありとあらゆるシチュエーションにおいて、劾の「偽装指揮官機」と、イライジャの「量産機」が完璧な連携を組み、敵の部隊を翻弄し、蹂躙していく。
その際にコックピットのOSに記録された膨大な戦術データは、戦闘終了後、オーブのアナハイム・エレクトロニクスへと送信されていた。
ヤマト財団からのサポートは手厚かった。
契約金という多額の金銭報酬以外にも、この極秘の実戦データ収集に対する「ボーナス」として、アシュセイヴァー専用の特殊弾薬や、消耗した装甲・関節部の最新整備パーツが、彼らが指定するポイントに偽装コンテナ船を使って定期的に届けられた。
そのため、オーブ本土から遠く離れた過酷な戦場にあっても、アシュセイヴァーの運用とメンテナンスに支障をきたすことは一切なかった。
さらに、この契約には、傭兵にとって破格とも言える魅力的なオプションが盛り込まれていた。
『一定期間のデータ収集と契約満了後、本機の所有権は、サーペントテールに完全に無償譲渡する』という条項である。
来るべきアーカディアンプロジェクトの防衛、あるいはソレスタルビーイングの基幹戦力として運用する予定の最新鋭機を、いくら量産型とはいえ、一介の傭兵部隊に丸ごと明け渡してしまうというのは、機密保持の観点からすればいささか迂闊で、危険極まりない行為にも思える。
だが、そこにはキラ・ヤマトのさらに深い打算が隠されていた。
サーペントテールは、特定の国家に縛られず、世界中を転々とする。
彼らに機体を譲渡し、今後も使わせ続けることで、ヤマト財団は「あらゆる環境下での長期間にわたる稼働データ」を、自分たちが手を下すことなく半永久的に収集し続けることができるのだ。
しかも、機体を譲渡した後の「専用弾薬の継続供給」「老朽化した部品の補充」「OSのバージョンアップ」、さらには「オーブの秘密ドックでの定期的なオーバーホール」までもが、機密保持契約と引き換えに、アナハイムからの業務委託としてパッケージに組み込まれていた。
これはつまり、サーペントテールに最新鋭の強力な機体を与えることで彼らの生存率と任務達成率を向上させつつ、部品と弾薬の供給ライン、そしてメンテナンスの要という「生殺与奪の権」をヤマト財団が完全に握り続ける、という極めて強かで堅実な「首輪」のシステムに他ならなかった。
劾もまた、その首輪の存在を重々承知していた。
しかし、彼にとっての最優先事項は、不条理な戦場で自らと仲間の命を守り抜き、プロの仕事を完遂することである。
機体の出所や、裏で糸を引く者の政治的思惑など、彼にとっては些末な問題だ。
契約満了後、機体が自分たちのものとなれば、劾は再び自らの肉体とも言えるブルーフレームへと戻り、この緑色のアシュセイヴァーを、成長著しいイライジャの新たな専用機として与えるのも良いだろうと考えていた。
TC-OSの扱いに完全に慣れ、ジン改の性能限界を感じ始めていたイライジャにとって、これ以上の「次なる翼」はないからだ。
やるからには、徹底的に練り上げられ、互いに最大の利益をもたらすよう計算し尽くされた、血も涙もないほどに合理的で堅実な契約内容。
だからこそ、叢雲劾という最強の傭兵は、キラ・ヤマトという若きキングメーカーの描いた盤面の上で、あえて最高の実戦データ収集テスターとして踊ることを、一切の迷いなく引き受けたのである。
双頭の蛇は、その緑の鱗の下に致死の猛毒を隠し持ちながら、今日も世界のどこかの戦場を駆け抜けていた。
◇◇◇
ニュートロンジャマーキャンセラー、そしてプラントの英知の結晶たる『フリーダム』『ジャスティス』の完全な設計データ流出。
この未曾有の情報流出テロは、キラ・ヤマトが緻密に計算し、辛うじて維持していた「大いなるゼロサムゲーム」冷戦状態による平和維持の均衡を一瞬にして粉砕し、地球圏を再び、いつ誰が点火するか分からない、致死性の高い高純度の火薬庫へと逆戻りさせてしまった。
火種は、最新鋭の核動力機や次世代兵器の開発競争といった国家間のトップレベルの話だけに留まらなかった。
かつてキラが、ジャンク屋組合の自衛や民間の重機用途を想定して基礎設計を行い、結果的に旧ユーラシア連邦の主力量産機として正式採用された重装甲MS『ティエレン』。
その頑強すぎる構造と、誰でも扱える生産性の高さが仇となり、国家の枠組みを超えて闇市場へと大量に横流しされ、世界中の海賊やテロリスト、反政府ゲリラの手へと容易く行き渡るようになってしまったのである。
さらに、この混迷の拍車をかけたのが、プラントの軍備再編計画である。
彼らは次期主力機である『ニューミレニアムシリーズ(ザク・ウォーリアやザク・ファントム)』の量産と全面配備を急ピッチで進めるため、旧式化が避けられない『ジン』や『ザウート』といった旧世代の兵器群を、親プラントの立場を掲げるアフリカ共同体や大洋州連合などの第三国へと、破格の値段で大量に払い下げていた。
正規軍からすれば型落ちの装備であっても、ゲリラやテロリストからすれば、未だに戦局を左右しかねない強力な戦略兵器である。
これらの事象が複合的に絡み合った結果、世界各地で重武装のモビルスーツを用いたテロリズムが、日常茶飯事のように勃発するようになっていた。
テロの様相も様々である。
大西洋連邦の暗部を支配する『ブルーコスモス』の狂信者たちは、「コーディネイターの手垢にまみれた機体など乗れるか!」と唾を吐き、ティエレンの優秀な基礎フレームだけをベースに、外装を独自の意匠へと換装し、大推力スラスターを増設して高機動化を図った『アヘッド』や『ストライクダガー』で部隊を編成し、プラントや親プラント国への過激なテロを繰り返している。
一方で、コーディネイター側のテロリストもまた、過激化の一途を辿っていた。
「ナチュラルは進化から取り残された下等な旧人類であり、駆逐されるべきだ」という、パトリック・ザラ以上の急進的な純血教義を掲げる在地球コーディネイターの反連合レジスタンス組織は世界中に無数に存在している。
プラント本国からも見放された、あるいは本国の穏健な政策に反発した彼らのような組織の手に、大量のティエレンや払い下げのジン、ガズウートが流れ込み、重武装のテロ部隊として地球の各地で連合軍や民間施設へ牙を剥いているのだ。
このような、敵味方や思想が複雑に入り乱れる混沌とした情勢は、傭兵稼業を営む『サーペントテール』からすれば、皮肉なことに「仕事に事欠かない最高の稼ぎ時」でもあった。
商売敵としてサーペントテールを狙い、名を上げようとする同業の傭兵部隊や、暗殺集団も軒並み、闇市場で手に入れたモビルスーツに搭乗して襲いかかってくる。
それはつまり、キラ・ヤマトから託された『アシュセイヴァー』の限界性能や耐久性、連携戦術のデータを収集するテスト環境として、これ以上ないほど充実した舞台が整っていることを意味していた。
これまでの戦場において、イライジャ・キールが駆るジンにとって、ティエレンという機体は非常に厄介な相手であった。
機動力こそジンが勝るものの、ティエレンのその異常なまでに分厚く堅牢な装甲は、通常の実体弾やビームライフルでは決定打を与えられず、仕留めるのに骨が折れる難敵だったからだ。
しかし、彼が新たに手に入れた『量産型アシュセイヴァー』の主兵装である【ハルバート・ランチャー】の前に、その装甲神話は呆気なく崩れ去った。
開放されたバレルから放たれる、ビームではなく「超高温のレーザー生成プラズマ」の直撃は、ティエレンの重装甲をバターのように容易く焼き切り、一撃で機体を大破させるほどの絶大な破壊力を誇った。
量産型という名が冠されてはいるものの、この機体の本質はオーブとアナハイムが総力を挙げて開発した『強襲用人型機動兵器』である。
一機で戦術単位の部隊を単独で制圧し、戦局を塗り替えるだけの絶対的な出力と汎用性を、この緑色の野暮ったい機体は確かに内包していた。
そして、イライジャの戦闘力を底上げしているのは、機体のハードスペックだけではない。
「TC-OS」によるモーションの最適化に加え、このアシュセイヴァーのコックピットには、パイロットの脳髄に直接作用する魔法のようなシステム――『ダイレクト・プロジェクション・システム』が搭載されていた。
このシステムは、機体のセンサーが捉えた戦況分析データ、敵機の挙動予測、弾道の軌跡、そして過去の戦闘パターンから導き出された最適解を、視覚的・聴覚的な情報としてパイロットの思考へとダイレクトにフィードバックする。
このDPSの恩恵により、元々は感情的で隙の多かったイライジャの思考回路は、戦闘中のみ極めてクリアに、そして恐ろしいほどの速度で回転するようになった。
(ここで踏み込めば被弾率は3%。相手がシールドを構える前に、左の死角からビーム・ブレードで斬り伏せ、そのまま反転してハルバート・ランチャーで後続を仕留める……任務成功、自己生存ルート確認!)
以前の彼では考えられなかった、冷徹で計算し尽くされた殺戮のヴィジョンが、まるで最初から彼自身の思考であったかのように次々と提示され、それをTC-OSが完璧に機体へと反映させる。
「……ハッ。完全に、OSとシステムのおかげだな。でも……悪くない」
イライジャは、モニター越しに敵の残骸を見つめながら、己の手を強く握りしめた。
確かに、補助輪である。しかし、この魔法のようなシステムと機体があれば、彼はもう、かつてのように叢雲劾の足手まといになることはない。
確実に、以前の自分よりも遥かに強く、そして頼もしく、最強の相棒である劾の背中を守り抜ける領域にまで到達しているという、確かな「自覚と自信」を、彼は持ち始めていた。
量産型アシュセイヴァーは、指揮官機仕様のような華々しい大気圏内飛行能力は持たない。
背部の巨大な推力偏向ノズルは、空を飛ぶためではなく、あくまで「地上での超高速ホバー移動」と「宇宙空間での高機動戦闘」に極限まで最適化されているからだ。
当然、劾の機体が持つような『ソードブレイカー』による全方位の空間制圧能力もない。
しかし、空を飛べないことや、特殊な誘導兵器を持たないことは、決して欠点ではない。
装甲の堅牢さ、ジェネレーター出力の安定性、武装の取り回しの良さ。そして何より、整備性の高さ。
それら「一つのモビルスーツとしての汎用性と基礎性能」を極限まで突き詰めた結果として、この量産型アシュセイヴァーは、特機にも引けを取らない破格の性能を獲得していた。
地に足をつけ、いかなる悪路もホバーで駆け抜け、大火力で敵陣を突破する重装甲の猟犬。
それは泥臭く戦場を這い回り、己の弱さを知った上で強さを求めるイライジャ・キールという傭兵の生き様と、奇妙なほどに合致していた。
偽装された指揮官機を駆る叢雲劾と、汎用性の極致たる量産型を駆るイライジャ。
この双頭の蛇は、混沌を極めるコズミック・イラの戦場において、オーブの描く冷徹なデータ収集のシナリオに従いながらも、誰よりも自由に、そして誰よりも鮮烈に、傭兵としての絶対的な戦果を刻み続けていくのであった。
改めて量産型アシュセイヴァーの設定みたらシステム名が変わってたので修正。
そんでもってようやく出せたサーペントテール。
トールがオーブのエースパイロットになってるならイライジャも強くなってるぞ!
オーブ攻防戦の時になんで参戦依頼しなかったかの理由として、そら肝いりの正規軍居るのに就任したばっかの若造最高軍事顧問が傭兵雇ったら、自軍に対する士気の低下や忠誠心の揺らぎとか色々と起こるでしょって問題。
でも今回迂闊に動けなくなったソレスタルビーイングに代わってデータ取集の白羽の矢が立ったサーペントテール。
原作でもキラの組んだナチュラル用OSのデバッカーやってたはずだし確か。
そんで今更ながら、wiki読みで設定だけは押さえてたVSアストレイや、立ち読みで内容の大筋は覚えてるけど細かくは忘れてるΔアストレイ、天空の皇女をまとめ買い。
やっぱ物語書くにはちゃんとした資料手元に置かないとね!
2万程吹き飛んだが、FREEDOM見て以来頭ん中がSEED一色ですばい。
これでライブラリアン回りも多少深く絡められるかなぁ……。