やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-112 正統ファウンデーション王国

 

 人類革新連盟によるアラスカ基地――かつて『JOSH-A』のコードネームで呼ばれた地球連合軍最高司令本部の突如たる全面放棄。

 

 この歴史的かつ地政学的な激震は、現在の地球圏のパワーバランスがいかに脆く、そして再編の過渡期にあるかを如実に物語っていた。

 

大西洋連邦とユーラシア連邦が主導し、反コーディネイター、反プラントの御旗の下で「ワン・アース」という崇高なスローガンを掲げて結成された『地球連合』という巨大な枠組み。

 

 それは既に、ユーラシア連邦が内部から完全に東西へと分裂し、AEUと人革連という全く異なる思惑を持つ超大国へと再編された時点で、事実上、その存在意義と実体を完全に喪失し、音を立てて崩壊していた。

 

 故に、現在のユーラシア大陸東部から極東、そして北極海沿岸までを強大な武力で支配する人類革新連盟が、かつての連合本部であったアラスカ基地をどう扱おうと、他国が口出しできる問題ではなく、完全に人革連の「内政問題」であった。

 

 しかし、人革連軍の指導部にとって、広大で堅牢すぎるアラスカの地下要塞施設のすべて――巨大なMS生産ラインや弾薬庫、精密な制御システム群を、焦土作戦の如く完全に物理的破壊を行うことは、あまりにも多大な労力と時間、そして無駄なコストを強いる骨の折れる作業であった。

 

 さらに言えば、彼らの主力である『ティエレン』という機体自体は、ジャンク屋組合の民生用としての流通ルートを経由し、既に世間一般やテロリストの手にまで広く出回ってしまっている「秘匿性の低いMS」である。

 

 今更、アラスカの生産施設を完全に破壊して技術の流出を防ぐという行為自体に、戦略的な旨味がなかったのだ。

 

 故に、アラスカ基地守備の任に就いていた人革連の司令部は、極めて冷徹かつ合理的な決断を下した。

 

「ティエレンの中核となる特殊な金型と、基幹部品の生産ラインのみを物理的に引っこ抜いて本国へと持ち帰り、残りの施設はメインフレームの軍事データを完全に消去・物理破壊する程度に留める」

 

 この極めてドライな撤退作業が完了した直後、アラスカ基地は、もぬけの殻でありながら、基地としての基本的な施設インフラは完全に残されたままの、巨大な「居抜き物件」状態として極寒の大地に放置されたのである。

 

 この空白地帯を見逃すはずがなかった。

 

 所有者を失い、巨大な廃墟と化したアラスカ基地の管轄権を主張し、即座に軍を進めて接収を完了させたのは大西洋連邦であった。

 

 そして、この接収劇の背後で、焦燥感に駆られたようにしゃしゃり出てきて全権を掌握したのが、ブルーコスモス新盟主にして、ロゴス幹部の一人であるロード・ジブリールである。

 

 彼は『ヘブンズベース』の総司令本部権限を強引に行使し、この旧JOSH-Aを合法的な「大西洋連邦軍の北米・太平洋方面における最重要前線基地」として再稼働させることを宣言した。

 

 アイスランドという大西洋の孤島にして極寒の要塞に閉じこもることを余儀なくされていたジブリールにとって、これはまさに千載一遇の好機であった。

 

 大西洋連邦の正規軍を動かし、憎きオーブやプラントへ直接的な軍事的プレッシャーをかけるためには、どうしても太平洋側に直接手を出せる、大規模な中継基地の確保が絶対的な「急務」であったからだ。

 

 本来ならば、大西洋と太平洋を結ぶ軍事上の最重要チョークポイントはパナマ運河、およびその周辺の軍事施設である。

 

 しかし、パナマは現在、ロゴスの盟主であり、彼にとって最も煙たく、かつ逆らえない大西洋連邦国防産業連合理事――ムルタ・アズラエルによって完全に抑えられ、その絶対的な管理下に置かれていた。

 

 故にジブリールは、アズラエルの息がかかっていない北極海周りの過酷な海上輸送ルートや、北米大陸を横断する長大な陸路での強引な兵站網を構築し、途方もない資金と物資をつぎ込んで、もぬけの殻であったアラスカ基地を、強引に「稼働状態」へと引き上げようと狂奔した。

 

 ジブリールの命令は極めて乱暴かつ焦りに満ちていた。

 

「最悪、地表に展開する広域対空防衛網の再構築や、重厚な要塞陣地の再建などという時間のかかる作業は後回しで構わん! とにかく、大規模なMS部隊や太平洋艦隊の運用と維持ができるだけの基礎機能の回復を急げ! 港湾設備と一時的な物資集積所、そして我らが『正義の軍隊』の戦力集結地点として使えるようになれば、それで十分だ!」

 

 なりふり構わぬこのジブリールのアラスカ再建の動きを、パナマの地で報告を受けたムルタ・アズラエルは、ただ薄く冷酷な笑みを浮かべ、完全に「静観」を決め込んでいた。

 

 焦る必要など全くない。

 

 かつてのオーブ侵攻戦において、大西洋連邦中のブルーコスモス・シンパで構成された精鋭部隊や大艦隊を、ジブリールの命令という名の狂気に従って惜しげもなく突っ込ませ、波状攻撃を仕掛けたにも関わらず、あの白銀の英雄とオーブ軍は、それを5日間にも渡って持ち堪え、最終的には連合軍を完璧に退けてみせたのだ。

 

 いかにジブリールがアラスカで兵力を再結集させようとも、あの悪夢のような戦力を温存しているオーブに対し、そう簡単に再び大規模な軍事侵攻を仕掛けるような愚行には出られないはずだ。

 

 それに、何よりも巨大な「足枷」が存在する。

 

 現在、ヤマト財団が主導する国際プロジェクト『アーカディアンプロジェクト』――全長66kmという規格外の巨大潜水環境要塞の建造が水面下で進行している。

 

 その巨大要塞の心臓部にして最大の居住区画である「中央本体」はオーブ近海で着工しているが、それに付随する右翼の「Rボート」は人革連の日本領近海で、そして左翼の「Lボート」は、大西洋連邦領――ここパナマ沖で、それぞれ莫大な国家予算と技術を投じて建造中なのである。

 

 もし、狂気に駆られたジブリールが、アラスカから艦隊を発進させて現在のオーブ本土へ直接攻撃を仕掛ければどうなるか。

 

 それはもはや、単なる一国家への侵略行為ではない。

 

 大西洋連邦と人革連という超大国が公式に参画し、莫大な資本を投下している「国際的ビッグプロジェクトそのものに対する、正面からの武力テロ行為」と同義となるのだ。

 

 そうなれば、ロゴスの幹部たちは決して黙ってはいない。

 

 今度こそ、ジブリールは自身の資金源であり最大の資本基盤である西ユーラシアや、北米東海岸の巨大工業地帯における権力と信用を完全に失うことになる。

 

 というか、軍需産業複合体『ロゴス』という影の支配者たちの円卓会議において、ジブリールはその椅子から追放、いや「完全な社会的抹殺」が満場一致で可決されることは疑いようもない事実であった。

 

 そのロゴスの盟主であり、大西洋連邦の裏社会を牛耳るアズラエルが、教義に狂っただけのブルーコスモス盟主ジブリールをすぐに排除せず、あえて泳がせ、アラスカで無駄な資金と労力を費やすことを見逃しているのには、極めてビジネス的で冷酷な理由が存在した。

 

 ロード・ジブリールという存在は、世界中で燻り、鬱屈しているブルーコスモスの過激な狂信者たちを一点に引き寄せ、一箇所にまとめておくための「巨大なゴミ箱」であり、同時に彼らをコントロールするための「便利な錦の旗」として機能しているからだ。

 

 もしその「ヘイトと狂気の集積装置」としての役目すらなければ、とっくの昔にアズラエルは刺客を放ち、太平洋のど真ん中にでも、大西洋の冷たい海溝の底にでも、ジブリールを沈めて魚の餌にしているところであった。

 

 利用価値があるからこそ、生かして、見逃してやっているに過ぎないのだ。

 

 純血主義という偏執的な教義に狂っていようと、その行動原理が「コーディネイターの抹殺」という一点に集約されており、感情の起伏や動きが極めて分かりやすい旗頭だからこそ、アズラエルにとってはチェス盤の上の扱いやすい「駒」として利用価値がある。

 

 もしここでジブリールを暗殺し、ブルーコスモスという巨大な扇動組織のトップを不在にしてしまえば、統制を失った狂信者たちは少人数のゲリラやテロリスト集団として世界中に分散し、地下に潜ることになる。

 

 そうなれば、都市部での無差別自爆テロや要人暗殺など、対応が泥沼化し、治安維持にかかるコストが跳ね上がり、経済活動が停滞して「費用対効果の採算が全く合わなくなる」という最悪の事態を招くのだ。

 

 生粋のビジネスマンであり、徹底的な合理主義者であるムルタ・アズラエルは、そうした「治安維持費やテロの被害をダラダラと垂れ流す不良事業」を何よりも嫌悪する。

 

 それに比べれば、ジブリールという「いつか暴落することが確定している、扱いにくい不良株」であっても、現状彼がヘイトを集め、特定の戦場、アラスカや宇宙に過激派の戦力を集結させてくれているうちは、長期的なグローバル運用という観点から見れば、全体として「プラスに働いている」と評価し、見逃しておく程度のビジネスとしての度量と冷徹さは持ち合わせていた。

 

 それこそ、下手に強引な「株式市場の整理」──ジブリールとブルーコスモスの一斉粛清を行って、世界中のあちこちで小規模な紛争やテロの火柱が燃え上がり、各国のインフラが破壊されて経済の収支が大幅なマイナスに傾くくらいならば。

 

 そして、その後に残った害悪でしかない無数の「地下に潜ったテロリストの掃討」という名の不良債権処理に膨大な国家予算と軍隊を割く羽目になるくらいならば。

 

 NJCの設計図流出によって「いつ弾けるか分からない致死性の火薬庫」へと変貌してしまったこの歪な世界を、何とかして以前のような「大いなるゼロサムゲーム」──完全な均衡状態による、管理された冷戦という、最も利益を生み出す安定状態へと戻す。

 

 そのための努力や政治工作、そして時にはあのオーブのキングメーカーとの腹の探り合いすらも、アズラエルは決して惜しむことはなかったのである。

 

 

◇◇◇

 

 

「……やっぱり、アラスカの旧JOSH-Aを接収したのは、ジブリールか」

 

 何重ものセキュリティに守られた静寂の空間で、いくつものホログラムモニターが放つ冷たい光に照らされながら、キラ・ヤマトは深く、重いため息をつき、両手で頭を抱え込んだ。

 

 大西洋連邦のパナマ基地を実質的に掌握しているムルタ・アズラエルからの定時報告によれば、ジブリール率いるブルーコスモス過激派の部隊が、人革連が放棄したアラスカの居抜き要塞に強引に進駐し、なりふり構わず基地機能の再稼働を急ピッチで進めているという。

 

 アズラエル自身は、その通信の中でひどく冷笑的であった。

 

 徹底的なビジネスマンであり、合理主義の化身であるアズラエルからすれば、それは盤石の計算に基づく「高を括った」結論であった。

 

 だが、キラの認識は全く異なる。彼の中には、アズラエルのような計算高い政治的楽観視を完全に打ち砕く、強烈な危惧が渦巻いていた。

 

 キラは、自身が秘密裏に開発し、そのあまりにも非人間的な15Gという殺人的な加速Gによって現在も手綱を握ることに苦労しているあの悪魔の機体――『トールギス』のオリジナルの主であった、別宇宙の記憶に存在した仮面の男、ゼクス・マーキスの重く、そして真理を突いた言葉を脳内で反芻していた。

 

『馬鹿は来る』

 

 そうだ。

 

 狂信に染まり、自らの絶対的な「正義」に酔いしれた馬鹿の行動原理は、政治的な損得や、自身の資本的破滅といった理性的なストッパーなどでは絶対に押しとどめることはできないのだ。

 

 ジブリールにとって、コーディネイターは「駆逐すべき宇宙の汚物」であり、それを匿い、あまつさえ世界を裏から操縦しようとしているオーブという国は、教義上、何としてでも焼き払わなければならない「悪の温床」である。

 

 その狂った妄念が限界点に達すれば、ロゴスからの追放だろうが、暗殺の危機だろうが、彼は一切意に介さず、全ての戦力を注ぎ込んで破滅的な特攻を仕掛けてくるに違いない。

 

 さらに、キラの思考は別の『虚憶』――かつて彼が愛読していた、あるいはその記憶の奥底に刻み込まれていた『鋼の錬金術師』という作品の、あまりにも有名な名言をも引き合いに出していた。

 

『「ありえない」なんて事は、ありえない』

 

 世界のパワーバランスが崩れ、ニュートロンジャマーキャンセラーやフリーダムの設計図というパンドラの箱が開いてしまったこの狂気の世界において、「絶対」や「安全」などという概念は砂上の楼閣に等しい。

 

 合理的に考えれば、ジブリールが今オーブに手を出すのは「絶対にありえない」愚行である。

 

 だが、その「ありえない」を平然と実行し、世界を最悪の破滅へと引きずり込むのが、ロード・ジブリールという男なのだ。

 

 彼に対する、この底なしの「負の信頼」──絶対に碌でもない最悪の一手を打ってくるという確信こそが、キラの精神をすり減らしていた。

 

 現在、オーブは世界中の科学者を受け入れながら、『アーカディアンプロジェクト』という途方もない巨大建造物の建設を並行して進めている。

 

 少しでも防衛網に穴が空き、戦火が本土や海底ドックに及べば、何百万という人々の命と、未来への希望が一瞬にして灰塵に帰してしまうのだ。

 

「……平和を望むなら、戦いの準備をしろ、か」

 

 キラは重い頭を上げ、眼前に展開された世界地図のホログラムを鋭く見据えた。その瞳には、もはや少年の面影はなく、世界を背負う冷徹な『軍神』としての決意と殺気が宿っていた。

 

 ジブリールがアラスカで軍備を再編し、狂気の牙を剥いて飛びかかってくるその瞬間に備えなければならない。

 

 さらに、ジブリールのアラスカ接収という暴挙以上に、キラの頭脳を深く、そして深刻に悩ませている事象が存在した。

 

 それは、ロンド・ミナ・サハクが管轄するオーブ軍の最精鋭諜報部の網に、突如として引っかかった、ある正体不明の巨大テロ組織に関する不可解な報告であった。

 

 その組織の名は、『インサージェント』。

 

 「反乱者」「暴徒」「反乱軍」を意味し、既存の政府や絶対的な権力構造に対して、武力をもって徹底的に抵抗する者たちを指す極めてストレートな単語。

 

 その名そのものを組織名として冠した、謎多き武装テロリスト集団である。

 

 彼らの活動は、単なる一過性のMSを用いた局地的なテロ行為には留まらなかった。

 

 むしろ、インサージェントの真の恐ろしさは、彼ら自身が直接手を下すことよりも、ブルーコスモス過激派、親プラントのコーディネイター武装勢力、旧ユーラシア連邦の独立派ゲリラ、あるいは海賊といった、世界中に点在するあらゆる主義主張を持った無数のテロ組織や武装集団に対して、「資金、兵器、そして高度な戦術情報」を無差別に提供する『巨大な国際テロ支援シンジケート』として、急速に、そして致死的なスピードで世界の裏側に深く根を張りつつあるという事実であった。

 

 この組織の存在は、キラにとって何よりも異質で、不気味なものであった。

 

 なぜなら、彼の持つコズミック・イラの未来の歴史書とも言える膨大な『虚憶』のどこを探しても、この『インサージェント』という巨大なシンジケートの影も形も、全く存在していなかったからである。

 

 彼らは、この改変された歪な世界構造の中で突如として産声を上げた、完全に計算外の「全く新しい癌細胞」であった。

 

 キラは、世界中をパニックに陥らせたニュートロンジャマーキャンセラーと、『フリーダム』『ジャスティス』の完全な設計図をばら撒いた情報流出テロの首謀者が、あの得体の知れない影の支配者――「一族」の長であるマティスの仕業であろうと、当初から確信に近い予測を立てていた。

 

 歴史の裏側から人類を操作してきた「一族」の狂った教義に当て嵌めるならば、彼らの目的は明白だ。

 

 前大戦第一次連合・プラント大戦は、それこそキラの『虚憶』に刻まれた悲惨な歴史のように、最終的には核ミサイルの雨と、ジェネシスの極大の閃光が飛び交い、人類そのものが絶滅の淵に立たされるような「徹底的な根絶戦争」にまで発展しなければならなかったのだ。

 

 一族の思想においては、「人間は一度、絶対的な恐怖と絶望のどん底に突き落とされ、全てを失わなければ、真の意味での幸福や救済を理解し、享受することはできない」という、身勝手で狂気的な救済論が根本にあるからだ。

 

 だからこそ、彼らが世界の裏側で暗躍し、争いを意図的に煽り、コントロールしようとするのは火を見るより明らかであった。

 

 本来の歴史、すなわちキラの『虚憶』が示すスケジュールであれば。

 

 NJCのデータは、ラウ・ル・クルーゼという破滅願望を持つ狂人の博打のような行動によって、捕虜となったフレイ・アルスターの手を介し、ブルーコスモスの盟主であるムルタ・アズラエルへと直接渡るはずであった。

 

 しかし、この改変された現在の世界において、アズラエルは狂信的なブルーコスモス盟主ではなく、極めて合理的で冷徹な「死の商人」として軍需産業複合体ロゴスの頂点に君臨している。

 

 アズラエルの動きは、本来の歴史とは全く異なっていた。

 

 世界的に普及し始めた重装甲MS『ティエレン』の存在によって地球連合側が早期に軍事的優位性を確立したことを冷静に分析し、あろうこかキラ・ヤマトと裏で密かに接触。

 

 TC-OSの巨額のライセンス契約を直接結ぶという驚愕の裏取引を行い、自らの本拠地をパナマ基地へと移して盤石の体制を築き上げたのだ。

 

 このアズラエルの「教義よりも利益と安定を重んじるビジネスライクな動き」と、オーブの徹底的な武装中立が機能したからこそ、泥沼化するはずだった戦争は、本来の歴史よりも三ヶ月近くも前倒しで、奇跡的に「停戦から終戦」へと着地することができたのである。

 

 もし、記憶している本来のスケジュールが間違っていなければ。

 

 ちょうど今頃の時期――。

 

 アズラエルがNJCを搭載した核ミサイルを実戦配備できる数をようやく揃え終え、地球軍の大艦隊をもって、ザフトの難攻不落の前線資源衛星要塞『ボアズ』に対して核ミサイルを一斉に撃ち込み、瞬く間に光の塵へと変えて電撃的に攻略しているという、最悪の虐殺が起きている時期なのだ。

 

 そう考えると、キラの持つ『虚憶』の絶望的な歴史と、今彼自身が必死に命を削って作り上げたこの世界の現状がいかに激しく「剥離」しているかが、痛いほどに理解できるだろう。

 

 破滅の未来は、間違いなく一度は回避されたのだ。

 

 だからこそ、キラはそこからさらに世界を安定させるため、世界を巻き込んだ大いなるゼロサムゲームに向けて、血を吐くような調整と根回しに奔走していたというのに。

 

(……でも、そんな僕の努力を、あの一族が大人しく見過ごすはずがない)

 

 キラは、手元の端末に映し出される『インサージェント』の活動報告書を睨みつけながら、思考をさらに深く沈み込ませた。

 

 それは一旦横に置くとしても、これほどまでに大規模で、世界中の紛争を意図的に煽るような「国際的なテロ支援組織」が生まれたというのならば、それはキラが裏で統括する世界平和維持組織『ソレスタルビーイング』にとって、見逃すことのできない明白な「紛争幇助対象への武力介入」となる。

 

 紛争を物理的に根絶し、それを裏で幇助する組織を完膚なきまでに叩き潰すことこそが、ソレスタルビーイングという剣の存在意義なのだから。

 

 しかし、それにしても、この『インサージェント』という組織の根の張り方、資金調達の経路、そして兵器の流通ネットワークの構築速度は、あまりにも「異常」すぎた。

 

 自然発生的に生まれたテロリストの連合体では、絶対にここまで短期間でシステマチックな組織を構築することは不可能だ。

 

 まるで、古くから世界の裏社会や各国の情報機関の中枢にまで根を張り、無尽蔵の資金力を持つ「何者か」が、その強大な糸を引いて全体をコントロールしているようにしか見えない。

 

「……まさかねぇ……」

 

 キラは、ポツリと独り言をこぼし、苦々しい笑みを浮かべた。

 

 ありえなくはない話である。

 

 いや、むしろ状況証拠から逆算すれば、最もありえる最悪のシナリオとして浮上してくるのは、「一族による巨大なマッチポンプ」という結論だ。

 

 世界を再び絶望の破滅戦争に陥らせるために、自ら『インサージェント』という表向きのテロ支援シンジケートを立ち上げ、世界中に争いの火種を意図的にばら撒き、各国の不満を煽って無秩序な戦争を強制的に誘発させる。

 

 同時に、NJCのデータをばら撒いて各国に次世代兵器の開発競争というチキンレースを強要し、最終的には自分たちの手で世界を「リセット」しようと目論んでいる。

 

 あまりにもタチが悪く、しかし、歴史の影に潜む一族のやり口としては、あまりにも理にかなっている。

 

(もしそうなら、ソレスタルビーイングが武力介入したところで、ただモグラ叩きのように末端のテロリストを潰すだけで、根本的な解決にはならない。……組織の深部、資金の流れの根源、そして首魁の正体を完全に特定しなければ)

 

 キラは、眉間を揉みほぐしながら、オーブ軍の誇る最大の切り札――天才ハッカーたるメイリン・ホークの顔を思い浮かべた。

 

(そっちの可能性も含めて……メイリンには少し無茶を言ってでも、インサージェントの暗号通信網や裏口座の情報を、徹底的に丸裸にしてもらうしかないな)

 

 しかし、ただ「仕事だからやってくれ」と命令するだけでは、あの気分屋で天才肌の少女のモチベーションを最高潮に持っていくことは難しいだろう。

 

 ルナマリアの一件で、自分がどういう立ち位置で彼女たちを扱っているか、メイリン自身も少なからず察しているはずだ。

 

(……もし、インサージェントの背後にいるビンゴの決定的な証拠を引いてくれたら……ご褒美として、キスでも、ハグでも、丸一日の貸し切りデートでも……何でも、彼女の言うことを1つだけ聞いてあげるって言ったら……あの子、血眼になって徹夜で頑張ってくれるかな?)

 

 白銀の英雄は、この血生臭い国際的な陰謀と破滅の危機を前にして、ほんの少しだけ息抜きをするように、自らの周囲を取り巻く少女たちの分かりやすい、しかし極めて強力な「扱い方」を思い浮かべながら、密かな打算の笑みをこぼすのであった。

 

 全ては、この歪な世界を生き抜き、真の平和を勝ち取るための、冷徹で、少しだけ不器用な戦術の一つに過ぎなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 世界中がニュートロンジャマーキャンセラーと最新鋭核動力機のデータの流出によって疑心暗鬼に陥り、狂気的な軍備増強と新型機開発競争に明け暮れる日々。

 

 大国同士が互いの巨大すぎる喉元に刃を突きつけ合いながら、誰かが瞬きをした瞬間に世界が終わるという、極限の緊張状態によって辛うじて保たれていた『偽りの平和』の時代。

 

 いつ、どこで、誰がその破滅の火蓋を切っても不思議ではない冷戦の泥沼の中で。

 

 世界で一番最初にその沈黙を破り、巨大な銃爪を引いたのは、ユーラシア連邦から独立を果たしたばかりの新興国家――『ファウンデーション王国』であった。

 

 その日、世界中のあらゆる主要メディア、そして各国の軍事専用回線が突如としてジャックされた。

 

 モニターに映し出されたのは、豪奢な王宮の玉座ではなく、無骨で堅牢な軍事拠点の司令部。

 

 そして、その中央に毅然として立つ一人の若き青年、ファウンデーション王国宰相オルフェ・ラム・タオの姿であった。

 

 彼の背後には、この世界の誰も見たことのない、しかし圧倒的な威圧感と神々しさを放つ『二機のガンダム』が聳え立っていた。

 

 一機は、深い蒼と黄金に彩られ、双子座の名を冠するMS『青きジェミナス』。

 

 もう一機は、純白と群青の装甲に包まれ、蛇遣い座の名を冠する可変近接格闘型MS『白きアスクレプオス』。

 

 それは、婚約者としてオーブに滞在していた姫騎士イングリット・トラドールが一時帰国する際、『白銀の英雄』キラ・ヤマトの手によってファウンデーションの未来を託すための力として鍛え上げられ、彼女と共に持ち込まれた「双子星のガンダム」であった。

 

 その絶対的な武力を背負い、オルフェ・ラム・タオは世界に向けて、そして自国の民に向けて、血を吐くような悲痛さと決意に満ちた声で「ファウンデーション王国の真なる独立」を宣言した。

 

「世界各国の指導者たち、そして我が愛するファウンデーションの民草たちよ。私は今、国家の欺瞞と、一人の狂王の恐るべき陰謀を暴き、ここに真なる王国の樹立を宣言する!」

 

 オルフェの言葉は、ただの独立宣言ではなかった。

 

 それは、現女王アウラ・マハ・ハイバルが企てていた、人類の歴史上類を見ないほどおぞましい『極大の自作自演と世界征服のシナリオ』の完全なる暴露であった。

 

「我らが女王として君臨するアウラ・マハ・ハイバル。彼女はあろうことか、我がファウンデーションの美しい国土と、罪なき民たちに向けて『自国への核攻撃』を画策していた! その自作自演の虐殺を卑劣なテロであると世界に喧伝し、それを大義名分としてユーラシアへ報復の核を打ち込む。それを皮切りに、絶対的な防衛網を突破する特化戦力のMS部隊をもって世界中の国家を脅迫し、自らを神の如き頂点として君臨させる……それが、あの狂った魔女の描いたシナリオである!」

 

 世界中の首脳が、そして軍の司令官たちが息を呑み、モニターの前で凍りついた。

 

 自国民を核の炎で焼き払い、その灰を玉座の礎にするという悪魔の所業。

 

 それが未遂のまま、自国の宰相の口から全世界へ向けて告発されたのだ。

 

「告白しよう。我々ファウンデーションの中枢を担う者たちは、コーディネイターを遥かに凌駕する能力を持つよう遺伝子調整を受けた『アコード』と呼ばれる新人類である。愚かな旧人類を導き、支配するために創られた存在だ。……そして私、オルフェ・ラム・タオもまた、母たるアウラの歪んだ洗脳教育を受け、その恐るべき虐殺計画の片棒を担ぐつもりでいた傀儡であった!」

 

 自らの罪と傲慢さを隠すことなく、血の滲むような懺悔として世界に晒し出すオルフェ。

 

 しかし、彼が纏う空気は絶望ではなく、確かなる『覚醒』の熱を帯びていた。

 

「だが……ある男との出会いが、盟交が、私を呪縛から解き放った! 全ての重荷を背負いながらも、決して愛と平和を諦めず、人の心の可能性を信じ抜く男……『白銀の英雄』キラ・ヤマト! 彼との対話と、彼が示した真の強さと愛によって、我が曇り切った無知蒙昧な眼は完全に目醒めたのだ!」

 

 オルフェは力強く拳を握りしめ、カメラを真っ直ぐに睨みつけた。

 

「自国の民を核の炎で焼き払い、その命を欺瞞の道具として消費する者に、世界を統べる資格などない! 諸悪の根源、アウラ・マハ・ハイバルは、もはや我が国の頂点に君臨する器に非ず!」

 

 その宣言は、現政府に対する明確な反逆であり、クーデターの狼煙であった。

 

 しかし、オルフェの目には一抹の迷いもなかった。

 

「我がファウンデーション王国の民草たちよ! もし己の命を誇り高く生き抜き、真の平和を望む志あらば、我がもとへ集え! 私は今この瞬間より、正統なるファウンデーション王国の国王『オルフェ・ラム・タオ』として起つ!」

 

 オルフェが一歩退くと、彼に代わるようにして、純白の近衛騎士の軍服に身を包んだイングリット・トラドールが歩み出た。

 

 彼女の可憐で美しい顔には、かつてのアコードとしての冷徹な仮面はなく、一人の人間として、そして白銀の英雄に愛され、彼と共に世界を守ると誓った「姫騎士」としての気高い誇りが満ち溢れていた。

 

 イングリットが静かに右手を掲げると、背後に控える『青きジェミナス』と『白きアスクレプオス』のツインアイが猛烈な光を放ち、大地を揺るがすような低い駆動音を轟かせた。

 

「王女にして姫騎士、イングリット・トラドールと、白銀の英雄が我が国のために鍛えし『双子星のガンダム』の絶対なる加護のもと! 全ての民に、世に平穏の在らんことを!!」

 

 通信はそこで途絶した。

 

 この演説と共に、オルフェはアウラの息がかかった首都圏を物理的に切り離し、ファウンデーション王国の領土の東側、豊かな地下資源と軍事施設を有する『東カザフスタン領』を中心として、アウラ政権に対抗する「新たな王国」の建国を強行したのである。

 

 偽りの平和は、極めて予想外の形で終わりを告げた。

 

 アウラ率いるファウンデーションと、オルフェ率いる正統ファウンデーションによる、国家を二分する凄惨な内戦。

 

 キラ・ヤマトという特異点が投じた一石は、最悪の『世界大戦』を未然に防ぐと同時に、新たな局地戦の火蓋を強制的に切らせたのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

「母上……、今のオルフェが行った全世界への放送の真偽は、(まこと)なのでしょうか……?」

 

 豪奢な装飾が施されたファウンデーション王国の本宮、その最深部に設けられた玉座の間。

 

 巨大なホログラムスクリーンが冷たく発光する中、王国国防長官にして、近衛師団ブラックナイトスコードを束ねる最高位の騎士であるシュラ・サーペンタインは、隠しきれない激しい動揺をその声音に滲ませていた。

 

 彼の視線の先には、先ほどまでスクリーンに映し出されていた、己らアコードの頂点たる王であり、最も敬愛すべき同胞であるはずのオルフェ・ラム・タオの姿が焼き付いていた。

 

 オルフェは彼らを裏切ったばかりか、あろうことか全てのアコードの絶対的な創造主である母アウラを名指しで「自国民を核で焼く世界を滅ぼす狂った魔女」と糾弾し、新たなる王国の樹立を宣言したのだ。

 

 誇り高く、揺るぎないはずのシュラの精神は、あまりにも信じ難いその裏切りの事実に、足元から崩れ落ちるような眩暈すら感じていた。

 

 一方、豪奢な玉座に腰掛ける少女の姿をした現女王、アウラ・マハ・ハイバルは、彫像のように固まっていた。

 

 その小さな身体は微かに震え、幼い顔立ちには、怒りと驚愕がグロテスクに入り混じった表情が張り付いている。

 

「……………………待て……待て待て待て待て待て、待てぃっ!!!!」

 

 静寂を切り裂くように、アウラは突如として金切り声を上げ、玉座の肘掛けをバンッと激しく叩きつけた。

 

(どういうことじゃ……!? どうして、あの子が……オルフェが……ッ!!)

 

 あまりにもいきなり過ぎた、想定の遥か斜め上を行く電撃的な建国宣言とクーデター。

 

 長年、完璧なシナリオを描き続けてきたアウラの天才的な頭脳をもってしても、この事態には全く思考が追いついていなかった。

 

 確かに、世界を恐怖と混乱で屈服させ、遺伝子による絶対的な階級社会『デスティニープラン』を敷いた後の世界において、アコードの母として全ての頂点に君臨しようと思っていた。

 

 そこまでは当たっている。

 

 それは彼女の悲願であり、存在意義そのものだ。

 

 しかし、オルフェの演説の中で暴露された「自国へ核ミサイルを放ち、ユーラシアへ罪を擦り付け、報復攻撃を口実に特化戦力で世界を征服する」というその極めて具体的で残虐な道筋。

 

 それは、つい昨夜、極秘裏にオルフェと二人きりで玉座の間にこもり、完璧なタイミングと手順を「詰めたばかり」の、誰一人として知るはずのない計画内容の羅列であった。

 

(つまり……オルフェは、あの時点で既にオーブのキラ・ヤマトと完全に結託し、妾の目論見を全て引き出した上で、妾がこの『尻尾』を出す瞬間を、すぐ側で虎視眈々と待っていたというのか……!? この、獅子身中の虫め……ッ!!)

 

 アウラの脳内で、激しい怒りと屈辱の炎が燃え上がった。

 

 何が白銀の英雄だ。何が真実の愛と強さだ。

 

 あの忌まわしきユーレン・ヒビキが作り出した、アコードの規格にも満たない旧時代的な『失敗作』ごときが、私が己の全ての叡智を注ぎ込み、最も愛し、最も優れた王として育て上げた最高傑作であるオルフェを、いとも容易く篭絡したとでもいうのか。

 

 そして、あの小娘。

 

 育ててやったイングリット。

 

 彼女が寝返っただけであれば、ただの出来損ないのビッチとして、笑って吐いて捨てることも出来た。

 

 あんな小娘一人、代わりはいくらでもいる。

 

 しかし、オルフェは違う。

 

 私が最も愛し、最も信を寄せ、この世界の頂点に立つために絶対不可欠な「王」として手塩にかけて育てた、我が魂の半身とも言えるあの子が。

 

 あろうことか私を「狂った魔女」と全世界の前で罵り、この私を民衆の憎悪の火炙りにかけようというのか。

 

 怒りで血の気が引き、視界が明滅する中、アウラはシュラの視線が自分に向けられていることに気づいた。

 

 その瞳には、疑念が渦巻いていた。

 

 もしここで、オルフェの告発が「真実」であるとシュラに少しでも悟られれば、近衛師団という最大の武力すらも自分から離反する可能性がある。

 

 アウラは、瞬時に頭脳をフル回転させ、冷徹な統治者としての「顔」を作り上げた。

 

「……シュラ。お主も聞いたであろう。オルフェは、既に激しいストレスと、あの忌まわしきヤマトの精神的な干渉によって、少し錯乱しておるようじゃ」

 

 アウラは、まるで哀れな子供を憂う母親のように、大仰にため息をついて見せた。

 

「考えてもみよ。あのような荒唐無稽な方法――自国を核で焼き払い、その後にたかだか数機から数十機のモビルスーツの特化戦力だけで、世界中の巨大な軍事国家全てを相手に回し、屈服させるなどということが、現実的に可能だと思うか? 軍事において誰よりも優秀で、現実を知るお前ならば、あの計画がいかに妄想めいた、論理の破綻したものであるか、容易に理解できるじゃろう?」

 

 アウラの言葉は、巧みなレトリックであった。

 

 実際には、アコードの精神感応能力による首脳陣の洗脳と、絶対的な武力の象徴による電撃作戦を組み合わせれば、世界を麻痺させることは可能であると彼女は計算していた。

 

 しかし、純粋な軍事力や物量の観点だけで見れば、シュラのような実戦を重んじる武人からすれば、あまりにも飛躍しすぎた、自殺行為にも等しい計画に聞こえるのは事実だった。

 

「……御意。確かに、母上の仰る通りです」

 

 シュラは一つ瞬きをし、深々と頭を下げた。

 

 アウラから見れば、武に傾倒するあまり、高度な政治的打算や陰謀の裏を読むことにおいて、シュラはオルフェやイングリットに比べて致命的に「単純」であった。

 

 彼の頭の中では、「母上がそんな無謀で非合理的な軍事作戦を立てるはずがない」という結論が、アウラの言葉によって完全に肯定されたのだ。

 

「ならば! あの手塩にかけて育てた恩を忘れ、あろうことか憎きユーレンの亡霊であるあの失敗作と結託し、この母を貶め、あまつさえこの国を強引に我が物とせんとする国賊どもを、断じて許すわけにはいかん!!」

 

 アウラは立ち上がり、シュラに向けてビシッと扇子を突きつけた。

 

「討ち果たせ、シュラ!! かつての兄弟であろうと、最早あ奴らはこの世界に仇なす異物じゃ! 一切の遠慮はいらん! あの男色に溺れた愚か者と、敵に尻尾を振った売女に、アコードの刃の真の恐ろしさと、身の程を完全に知らせてやるのじゃ!!」

 

 その言葉には、母親としての愛など微塵も残っていなかった。

 

 あるのは、自身の計画を土足で踏みにじった者への、底知れぬ殺意と執着だけであった。

 

「……御意。このシュラ・サーペンタイン、母上の命により、これよりファウンデーション王国親衛隊『ブラックナイトスコード』の全力を以って、あの逆賊どもを必ずや討ち果たしてご覧に入れましょう」

 

 シュラは右手を左胸に当て、一切の迷いのない、冷酷な騎士の顔に戻って恭しく一礼した。

 

「頼むぞ、シュラ。今や、我が愛する真の子供は、そなたたちだけじゃ。そなただけが頼りなんじゃ」

 

「はっ! この命に代えましても」

 

 力強く応え、マントを翻して踵を返すシュラの背中を見送りながら。

 

 重厚な扉が完全に閉ざされた瞬間、アウラはそれまでの威厳ある態度を崩し、玉座にへたり込むようにして、長く、深く、脂汗にまみれた安堵の息を吐き出した。

 

(……助かった。シュラが、単純な武人バカで、本当に助かった……ッ)

 

 もしあの瞬間、シュラがオルフェの言葉に少しでも同調し、自分に疑いの刃を向けていれば。

 

 あるいは、武力ではなく知略で物事を判断する他のアコードがこの場にいれば。

 

 アウラは、自身の近衛兵たちによって、この玉座で首を刎ねられていたかもしれない。

 

 そうなれば、アウラに打てる手立ては、文字通り何一つ残されていなかったからだ。

 

「ユーレン・ヒビキ……!! 貴様の残した失敗作が……!! 妾の、妾の最高傑作であるオルフェを……妾の愛する世界を、泥で汚すというのかぁぁぁっ!!!」

 

 誰もいない玉座の間で、アウラは絶叫し、手近にあった豪奢な装飾品を床に叩きつけて粉々に粉砕した。

 

 女であるイングリットが男の愛に絆され、裏切ったというのであればまだ理解できる。

 

 所詮は愛欲に溺れる程度の欠陥品だったと切り捨てることもできた。

 

 しかし、オルフェは違う。彼はアウラが自らの理想を体現させるために、持てる技術の全てを注ぎ込んで創り上げた「王」のはずだった。

 

 その彼が、オーブの小僧に心酔し、生みの親である自分を「諸悪の根源」と断罪し、あろうことか『東カザフスタン領』という自国の急所をもぎ取って独立したのだ。

 

 アコードの双璧たるオルフェとイングリットの離反。

 

 さらには、オーブの技術で鍛え上げられたという得体の知れない『双子星のガンダム』の存在。

 

 盤石であったはずのファウンデーションの戦力は、たった一日にして完全に真っ二つに引き裂かれたのである。

 

 一方、玉座の間を後にしたシュラ・サーペンタインは、冷徹な怒りをその眼差しに宿したまま、軍の最高司令所へと足を踏み入れた。

 

 そこには、残されたブラックナイトスコードの面々――グリフィン、リデラード、ダニエル、リューたち四人が、突然のオルフェの放送に動揺し、顔を見合わせているところだった。

 

「シュラ! さっきのオルフェの放送はなんだ! アイツ、頭がおかしくなったのか!?」

 

「イングリットまで……! どういうことですか、これは!」

 

 口々に問い詰めてくる弟妹たちを一瞥し、シュラは重く、そして絶対的な冷酷さをもって告げた。

 

「案ずるな。オルフェとイングリットは、オーブの『白銀の英雄』とやらの狡猾な精神支配に囚われ、狂ったのだ。母上が仰る通り、あのような妄言で我らの祖国を貶めるなど、決して許されることではない」

 

 シュラは、自らの愛機である『ジャスティス』の出撃承認キーをコンソールに叩き込んだ。

 

「我らはアコード。世界を正しき道へと導くための絶対者だ。その教えに背き、血迷った逆賊どもは……たとえかつての同胞であろうと、我が『正義』の剣が断ち斬る!!」

 

 シュラのその揺るぎない殺気に当てられ、兄弟たちもゴクリと唾を飲み込み、そして獰猛な笑みを浮かべて立ち上がった。

 

 彼らには、アウラの真意などどうでもよかった。自分たちが特別であり、世界を支配する側であるという「選民思想」さえ肯定されれば、それで良かったのだ。

 

「全軍に告ぐ! これより我が近衛師団は、東カザフスタンに巣食う国賊オルフェ・ラム・タオ、ならびにイングリット・トラドールを討伐する! 出撃準備を急げ!!」

 

 ファウンデーション王国の空に、内戦のサイレンが鳴り響く。

 

 白銀の英雄という劇薬によって完全に二つに割れたアコードたち。

 

 一方は、母の愛を捨て、真の王として自立した「双子星」。

 

 もう一方は、母の妄執に囚われたまま、牙を研ぎ澄ます「黒騎士」たち。

 

 偽りの平和の終わり。

 

 それは、オーブや連合、ザフトが動くよりも早く、彼らアコード自身の血を洗う、凄惨な身内同士の殺し合いという形で幕を開けたのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

「さて。後は頼むぞ、イングリット。……この新しい国の礎、民草の不安を鎮める内政の要は、お前にしか任せられない」

 

 正統ファウンデーション王国。

 

 その冷たいコンクリートの空間に、これから死地へ赴く者の静かで、しかし決して揺らぐことのない決意の声が響いた。

 

 国王オルフェ・ラム・タオは、自らが搭乗する純白と群青の装甲に包まれた近接格闘型可変MS『白きアスクレプオス』を見上げながら、背後に立つ妹――イングリット・トラドールへと視線を向けずにそう告げた。

 

「……本当に、あなたが一人で行くの? 別に、私でも……ジェミナスならば、シュラたち相手でも十分に戦えるわ」

 

 イングリットの言葉には、かつてアウラに盲従していた頃の弱々しさはない。

 

 そこにあるのは、共に育った兄弟としての純粋な心配と、一人の戦士としての矜持であった。

 

 しかし、オルフェはゆっくりと首を横に振った。

 

「ダメだ。これは、私の戦いだ」

 

 オルフェは振り返り、イングリットの蒼い瞳を真っ直ぐに見据えた。

 

 その瞳の奥には、彼が背負うと決めた『業』の深さが黒々とした淀みのように、しかし透き通った覚悟として横たわっていた。

 

「自らを創り出し、育ててくれた『母』を討つという、人としての最大の大罪。そして何より……私が母の狂気と己の傲慢さに盲目であったが故に、愛するお前の想いを無惨に踏みにじり、その心をズタズタに傷つけ、あまつさえ我らの計画のためにキラ・ヤマトを篭絡する道具としてお前をオーブへ売り飛ばした……その咎は、どれだけ国を立て直そうとも、決して消えるものではない」

 

 オルフェの声が微かに震える。

 

 それは恐怖からではない。

 

 かつて彼が、イングリットという一人の少女の心に向けた、あまりにも無自覚で残酷な暴力に対する、魂からの懺悔であった。

 

「その禊と贖罪。そして、かつて愛した同胞たるアコードたち……母と兄弟殺しの全ての罪と呪いは、この私一人が完全に引き受ける。地獄へ落ちるのは私だけで十分だ。……イングリット、お前はその美しい手のまま、キラと共に光の射す場所で幸せになるべきなんだ」

 

 だからこそ、彼は自らが戦場に出る。

 

 この国の中枢に巣食い、民の生き血を啜って世界を腐らせようとした『癌細胞』――アウラ・マハ・ハイバルと、その狂信者たるブラックナイトスコードたちを、この治癒と再生を司る『医神』の名を持つガンダムの刃によって、自らの手で完全に断ち切る。

 

 その業火に焼かれるための覚悟は、キラ・ヤマトとの盟交を果たし、この道を歩み始めたあの夜に、とうの昔に完了しているのだ。

 

「オルフェ……」

 

 イングリットは、静かにその名を口にし、うつむいた。

 

 哀れみだろうか。

 

 それとも、かつての恨みを思い出したのだろうか。

 

 オルフェがそう思い、彼女からのいかなる冷たい言葉も受け入れるべく目を閉じた、その直後だった。

 

「……がはッ!?」

 

 凄まじい衝撃。

 

 星が瞬くような激痛が顎を貫き、オルフェの身体は完全に宙に浮いた。

 

 受け身を取る暇など一切なく、彼は地下ハンガーの硬い床に無惨に叩きつけられ、口から少量の血を吐き出した。

 

 何が起きたのか。

 

 脳が激しく揺らぐ中、オルフェが痛む頬を押さえて見上げた先には。

 

 振り抜いた右拳の残心を完璧に維持したまま、冷たく、そして力強い眼差しで見下ろしてくるイングリットの姿があった。

 

「……な、イングリット……? お前……」

 

 それは、かつての彼女が感情に任せて放って来ただろう、弱々しい『平手打ち』などでは断じてなかった。

 

 足腰の重心を深く沈め、大地の反発力を足首から腰、肩、そして拳へと淀みなく伝達させる、武術の理にかなった恐るべき『正拳』。

 

 彼女はオーブに滞在していた期間の中で、ただ愛されるだけの姫君として守られていたわけではない。

 

 キラ・ヤマトの傍で戦う資格を得るため、オーブ最強の武術家バリー・ホーからの容赦のない地獄の薫陶を受け、その華奢な肉体に生身の『武威』を徹底的に叩き込まれていたのだ。

 

 今の彼女は、運命という鳥籠に縛られ、ただ泣くことしかできなかった儚い乙女ではない。

 

 愛する者の背中を守り、己の信じる正義と未来を切り拓くために、一切の躊躇なく血塗られた剣を抜くことを厭わない、誇り高き『戦乙女』へと完全に新生していたのである。

 

「……これで。私を心のない道具として使おうとしたことも、今の今まで、その重すぎる罪を『自分一人だけで背負いこもうとした』ことも……全部、チャラにしてあげる」

 

 イングリットは、ゆっくりと構えを解き、倒れ伏すオルフェに向かってスッと右手を差し伸べた。

 

 その声には、怒りはなく、ただ底知れぬ包容力と、戦友としての絶対的な信頼が満ちていた。

 

「いい? オルフェ。あなたは今、一人の罪人ではなく、この新しいファウンデーションの『王』なのよ。……王と、国家の象徴である私たちが揃って最前線に立ち、命を懸けて戦うこと。それが、どれほど民草の心を打ち、軍の士気を高め、世界に向けて絶大な『正当性』をアピールする戦略的なプロパガンダになるか、分からないわけじゃないでしょう?」

 

 イングリットの言葉に、オルフェはハッとした。

 

 オーブ攻防戦の直前。

 

 世界中が疑心暗鬼に陥る中、武装中立国家オーブは、国家元首であるカガリ・ユラ・アスハが黄金の意志『アカツキ』に、そして最高軍事顧問たるキラ・ヤマトが白銀の理想『シロガネ』に搭乗し、その二機のMSを通じて、国民と世界へ向けて「オーブという国の正しさと、護るべき真理」を説いた。

 

 トップ自らが血を流し、最前線に立つその姿こそが、いかなる美辞麗句よりも強烈に人々の心を一つに束ね、あの絶望的な防衛戦を勝利へと導いた最大の原動力であったのだ。

 

「私たちが正統なるファウンデーション王国を名乗るのならば。その国王であるあなたと、兄妹の王女であり、世界を救った『白銀の英雄の妻』という私の絶対的な立場を、最大限のプロパガンダとして使い潰さないなんて……為政者として、王として、完全に落第点よ」

 

 イングリットは、ふわりと、しかし不敵に微笑んだ。

 

「一人でカッコつけて、地獄に落ちようとしないで。母を討つ罪も、兄弟を殺す業も、全て半分こよ。……私たちは、アコードという同じ呪われた血を分けた『家族』なのだから」

 

 差し出されたその小さくも力強い手。

 

 過去の深い怨恨と絶望を、己の拳たった一発で強引に赦し、チャラにし、共に泥にまみれて世界と罪を背負おうと示してくれた妹の、あまりにも眩しい姿。

 

 オルフェの目から、初めて止めどない涙が溢れ出した。

 

 それは、アウラに作られた人形としての涙ではなく、一人の人間としての、魂からの慟哭であった。

 

「……あぁ……。すまない、イングリット。……いや、ありがとう」

 

 オルフェは、その手を取り、しっかりと握り返して立ち上がった。

 

 顎の痛みは引かないが、心の奥底に巣食っていた暗く重い呪縛は、あの強烈な一撃によって見事に粉砕され、消え去っていた。

 

「お前の言う通りだ。私は王として、未熟すぎた」

 

 オルフェは顔を上げ、もう一機のガンダム――蒼と黄金に彩られたMS『青きジェミナス』を見上げた。

 

「行こう、イングリット。双子星のガンダムと共に……我らがファウンデーションの、真の夜明けを勝ち取るために!!」

 

「ええ、共に参りましょう。我が王よ」

 

 二つの決意が交差し、地下ハンガーに起動シークエンスの重低音が鳴り響く。

 

 過去の罪を清算し、自らの手で未来を掴み取るために。白と青の二機のガンダムが、正統ファウンデーションの、そして世界の希望を背負い、大空へと飛び立っていった。

 

 

 




テロ屋の名前は考えるの面倒いからスタゲのタイプインサージェントから引用。

そして途中まで世界情勢描いてたのに、ギャラクシーエンジェルの曲聞いてたらいつの間にかオルフェがクーデター起こしたでござる。

ちょっと早いかもと思ったけど、やっぱり世界情勢的に今の世界が一応まだ大人しい今しかないだろうね。

設計図流出してるからまぁ、ジャスティスあるのくらい許してくれ。

他のブラックナイツはフリーダムにも乗せるかなと、元々FREEDOMではファウンデーション王国の戦力として量産型フリーダム出るのが初期構想っぽかったらしいんで。

なおPXシステムという実質的にトランザムとかエグザムみたいなこと出来るシステム積んでるジェミナスとアスクレプオス相手だと基礎スペックは互角でも上限値で負けると思われる。

頑張れシュラ!鶏冠サーベルも足サーベルもないけど、お前ならやれるはずだ!!
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