やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-11 戻った日常

 

 数ヶ月ぶりに足を踏み入れたヘリオポリスのカレッジ。

 

 かつては「日常」だったはずの風景が、いまや遠い異国の地のように感じられた。校舎の廊下を歩く僕の姿に気づいたトールとサイが、まるで幽霊でも見たかのような顔で駆け寄ってきた。

 

「おいキラ! お前、一体どこ行ってたんだよ!? 心配したんだぞ!」

 

「そうだよ、本当に……何の連絡もなしに数ヶ月も休むなんて、みんなで心配してたんだからな」

 

 僕と少し距離を置いていたはずのカズイでさえ、不安げな表情でこちらを伺いながら「……あ、キラ。久しぶり……元気だった?」と声を掛けてくれた。彼らの中で、僕は「急にいなくなった行方不明の友人」になっていたのだ。

 

「ごめん、みんな。オーブ本国の方で、ちょっと個人的に片付けなきゃいけない用事があってね。それが想定以上に長引いちゃって……本当にごめん」

 

 僕は努めて明るい笑顔を浮かべ、嘘ではない事実を告げた。彼らは僕の説明に深く突っ込むこともなく、「何事もなかったなら良かった」と心の底から安堵の表情を浮かべてくれた。その真っ直ぐな瞳に、僕は自分の隠している「戦争の予感」を突きつけられそうになり、思わず奥歯を噛み締めた。

 

 トールはニカっと笑うと、ポケットから一枚のデータディスクを取り出して僕に手渡した。

 

「ああ、そうだ。お前に預かってたものがあるんだった。これ、ロウさんからだぞ」

 

「ロウさんから?」

 

「ああ。お前がいない間もジャンク屋のバイトしてたんだけどさ。その時にキラに会ったら渡してくれって頼まれたんだ」

 

 トールの口から語られる「ジャンク屋」での日々。彼は僕がいない間、僕の代理人として、あるいは技術的な相棒として、ロウたちと共に働いていたらしい。

 

 しかも、世に出した『ティエレン』の売れ行きは極めて好調だという。

 

「ティエレンか……。確か、かなり重装甲で機動力に難がある機体だったはずだけど」

 

「ああ、そりゃ確かに動きは硬いよ。でもさ、あの『どっしりとした安心感』ってのが、なんだか頼り甲斐があって好きなんだよな」

 

 サイの言葉にトールはそう言って、誇らしげに胸を張った。

 

 MS乗りとしての彼の経験値は、この数ヶ月で着実に積み上げられていたようだ。ミリアリアとの交際も、ジャンク屋での収入のおかげか、以前よりもずっと順調らしく、「今度デートの行き先で悩んでるんだよ」と、幸せそうなノロケ話まで聞かせてくれた。

 

(トール……お前がMSに乗るなんて、本来の世界線じゃ考えられなかったことだけど……)

 

 本来の歴史では、トール・ケーニヒはスカイグラスパーに搭乗し、アスランのイージスによってあっけなく撃墜され、その命を散らした。

 

 だが、今の僕がその未来を許すはずがない。

 

(もし、避けられない戦いが始まって、トールが戦場に出なきゃいけない時が来ても……)

 

 呆気なく撃墜されるスカイグラスパーではなく、僕が「死なないための策」として作ったティエレン。

 

 あるいは、僕が改造を施した、機動性能を大幅に引き上げた『高機動型ガンバレルジン』がある。

 

 ガンバレルジンと機体設計者ということで1機の宇宙用ティエレンを僕は「私有MS」という扱いで所有している。

 

「そっか、ジャンク屋のバイト、結構稼げてるんだね」

 

「へへっ、まあな! お前がいない分、頑張ったからさ!」

 

 何も知らないトールの無邪気な笑顔が眩しい。

 

 僕はディスクをしっかりと握りしめた。これが、僕が作り上げようとしている「新しい未来」の、ほんの小さな断片だ。

 

 

◇◇◇

 

 

 週末のヘリオポリスは、いつもより少しだけ空気が緩んで感じられる。だが、今の僕にとっての「週末」は、休息日ではなく、表向きの学生生活から離れて裏の顔──モルゲンレーテやジャンク屋組合での極秘ミッションを進めるための貴重な稼働日だった。

 

 しかし、今日の道中はいつものような張り詰めた孤独感とは無縁だった。

 

 シャトルの窓から流れる人工コロニーの景観を眺めながら、僕は背後で繰り広げられるひどく平和で、年齢相応の喧騒に内心で深い溜息をついていた。

 

「いやー、マジで最近ティエレンの操縦スキル上がってきてさ! この前なんて、デブリの回収作業で組合のおっちゃんたちに褒められたんだぜ?」

 

「へぇー、トールってば意外とそういう才能あったんだ? でも、調子に乗ってケガとかしないでよね」

 

「大丈夫だって! 俺の反射神経舐めんなよな!」

 

 得意げに鼻をこするトールと、それをからかいながらもどこか楽しそうなミリアリア。トールがミリアリアに自分の「カッコいいところ」を見せたくてたまらないのは、僕からすれば微笑ましいというか、見え透きすぎていてむず痒くなるほどの青春のワンシーンだった。

 

「でも……その、ジャンク屋の区画って、ガラの悪い人とかいないのかな……? 俺、ああいう油臭くて荒っぽい場所ってあんまり……」

 

「カズイ、お前が誘われた時に断りきれなかっただけだろ。心配するな、俺もいるし、キラだってずっと通ってる場所なんだ。危険なはずがないさ」

 

 不安げに縮こまるカズイを、サイが眼鏡のブリッジを押し上げながら宥めている。サイの言う通り、カズイはトールの勢いに押し切られただけだし、サイ自身は「この面子が揃って、もし何かトラブルでも起こしたら」という生真面目な保護者(引率者)としての使命感から同行を申し出たのだ。

 

(あのさ……一応僕、今日は遊びに行くんじゃなくて、働きに行くつもりだったんだけどな……)

 

 口には出さず、僕はもう一度だけ小さく溜息をついた。

 

 僕の目的は、トールたちが見聞きしてきたティエレンの稼働状況の確認や、ロウ・ギュールと直接やり取りをしてTC-OSのさらなるブラッシュアップを図ることだ。決して「みんなで連れ立っての社会科見学」ではない。

 

 しかし、彼らがこうして僕の周囲で笑い合ってくれているこの空間が、どうしようもなく愛おしく、守るべき日常の象徴として僕の胸を締め付けるのもまた事実だった。

 

「ほら、着いたぞ。みんな、忘れ物ないようにな」

 

 サイの几帳面な声に促され、僕たちは民間ステーションのエアロックを抜け、ジャンク屋組合が管理する居住・作業区画へと足を踏み入れた。

 

 ステーションのメインストリートから一本外れた途端、空気の質が劇的に変わる。

 

 ヘリオポリスの学生街を満たしているような、温度も湿度も完璧に管理された無臭の空気は消え失せ、代わりに鼻を突くのは、むせ返るような機械油の匂い、オゾンの焦げた臭い、そして鉄と鉄がぶつかり合う重厚な作業音だ。

 

 トールが目を輝かせ、ミリアリアも珍しいものを見るように辺りをキョロキョロと見回している。カズイは少しビクビクとサイの後ろに隠れるように歩き、サイは興味深そうに頭上を行き交うクレーンや、搬入されていく資材の山を観察していた。

 

 広大なハンガーの奥では、イエロー色に塗装された重機や、最近この界隈で急速に普及し始めている無骨なシルエットのモビルスーツ──『ティエレン』が、コンテナを抱えて鈍重に、しかし力強く歩行しているのが見える。火花を散らす溶接の光や、組合員たちの威勢の良い怒声が飛び交うその場所は、平和ボケしたコロニーの学生たちにとっては、まるで別世界のアトラクションのように映るのだろう。

 

「おおーい! キラ! トール! こっちだこっち!」

 

 騒音の中でもよく通る、底抜けに明るい声。

 

 ハンガーの奥からロウ・ギュールが、千切れんばかりに手を振りながらこちらへ走ってくるのが見えた。その後ろには、彼が愛用しているワークスジンの姿もある。

 

「ロウさん。こんにちは、ご無沙汰してます」

 

「おう! 待ちくたびれたぜ、天才プログラマー! ……っておや? 今日はずいぶんと大所帯じゃないか。お前らのダチか?」

 

 ロウは僕たち5人を順番に見渡し、ニカッと人懐っこい笑みを浮かべた。その屈託のない笑顔に、緊張していたカズイの肩の力が少しだけ抜けるのが分かる。

 

「ええ、まあ。トールがミリアリアに、自分のMSの腕前を見せたいって張り切っちゃって」

 

「おいキラ! お前そればらすなよ!」

 

「あはは! トールったら、やっぱりそういうことだったのね!」

 

 顔を真っ赤にして慌てるトールと、それを見て楽しそうに笑うミリアリア。サイもやれやれと肩を竦め、ロウは腹を抱えて大笑いしている。

 

 平和だ。本当に、バカバカしいくらいに平和な光景だった。

 

 だが、彼らのすぐ背後で稼働しているティエレンの武骨な装甲を見るたびに、僕の脳裏には既に目の前に差し迫りつつある「崩壊の日」の赤い炎がチラつく。彼らがこの場所でMSという鉄の巨人に慣れ親しむことは、結果的に彼ら自身の生存確率を上げることになるだろう。

 

 僕が意図して巻き込んだわけではないが、運命は確実に彼らを「そっち側」へと引きずり込もうとしているようにも思えた。

 

(……いや、違う。僕が守るんだ。この笑顔も、この平和も)

 

「さてと……ロウさん。さっそくで悪いんですけど、僕の方は仕事に入らせてもらってもいいですか? トールたちは、少し見学させてもらえればと思うんですけど」

 

 僕は意識を切り替え、表情を引き締めてロウに向き直った。今日ここへ来た本来の目的、彼らの無邪気な日常のすぐ隣で、僕は静かに、自分のやるべき事を始めようとしていた。

 

◇◇◇

 

 

「トールはこの区画のことはある程度分かってるだろうし、危険な場所のルールも知ってるよね。みんなの案内と安全の確保、任せてもいいかな?」

 

 僕の言葉に、トールはポンと胸を叩いて自信満々に頷いた。

 

「おう、任せとけ! ミリアリアたちには俺がビシッとこの職場の空気を案内してやるよ。なあ、サイ?」

 

「ああ。……まあ、トールが調子に乗って危険なエリアに入り込まないように、俺がしっかり見張っておくさ。カズイも、はぐれないようにな」

 

 サイが冷静に釘を刺し、カズイがぶんぶんと力強く頷く。

 

 ミリアリアは相変わらず楽しそうに辺りを見回している。彼らのその様子を見て、僕は少しだけ肩の荷を下ろした。トールの行動力とサイの生真面目さがあれば、不用意な事故は防げるだろう。それに、このジャンク屋組合の面々は荒っぽくはあるが、根は面倒見の良い連中ばかりだ。子供たちが多少うろついたところで、本気で怒鳴り散らすようなことはしない。

 

「じゃあ、僕はロウさんと少し奥で作業の話をしてくるから。後で合流しよう」

 

 彼らに背を向け、僕はロウさんと共に騒がしいメインハンガーから少し外れた、比較的静かな資材管理エリアの片隅へと移動した。そこには、分解されたMSのパーツや、得体の知れない機械のジャンクが山のように積まれている。

 

「さてと。で、キラ。わざわざ直接話を聞きに来たってことは、俺が送ったデータだけじゃ物足りなかったってことか?」

 

 油で汚れた木箱の上に腰掛けながら、ロウさんはニヤリと笑って僕の顔を覗き込んだ。

 

「物足りないなんてことはないですよ。あのデータは本当に助かりました。ただ……」

 

 僕は、ロウさんの隣に無造作に置かれていた予備のシリンダーパーツに目を落としながら、言葉を継ぐ。

 

「数字やログの波形だけじゃ分からないこともあるんです。実際に機体を動かしているパイロットの『感覚』や『視点』……特に、ロウさんみたいな『機械の声を聞けるメカニック』としての生の声が欲しかったんですよ」

 

「……ほぅ」

 

 ロウの目の奥に、ジャンク屋としての、そして本物のメカニックとしての鋭い光が宿ったのが分かった。

 

「ただのパイロットなら、『操縦しやすい』とか『反応が遅い』っていう表面的な感想しか出てこない。でも、ロウさんなら、その遅延がOSの演算処理のタイムラグによるものなのか、それともアクチュエーターのトルク不足による物理的な限界なのか、あるいはフレームの歪みがセンサーにノイズを走らせているのか……そういった『機械の悲鳴』を正確に切り分けられるはずだ。その視点が、これからのOSの最適化には絶対に必要なんです」

 

 僕の熱を帯びた言葉に、ロウは少し驚いたように目を丸くし、それから「ははっ!」と痛快そうに笑い声を上げた。

 

「お前、本当に中身は学生か? 時々、とんでもなく年季の入った熟練工みたいな顔するよな。……まあいい。そこまで言われちゃ、こっちもプロとして黙ってるわけにはいかねぇな」

 

 ロウは腕を組み、少しだけ真剣な表情を作った。

 

「結論から言うと、お前が組んだあのTC-OS……アレは化け物だ。ティエレンっていう、お世辞にも運動性能が高いとは言えない鈍重な鉄の塊が、あのアジャスト一つでまるで自分の手足みたいに滑らかに動きやがる。トールみたいなド素人でも、数回乗ればそこそこ形になるってのは、異常なことだぜ」

 

「ありがとうございます。でも、問題点もあるはずですよね?」

 

「ああ。ここからがメカニックとしての意見だ」

 

 ロウは、足元に転がっていた小さなボルトを拾い上げ、指先で器用に弾きながら語り始めた。

 

「OSが優秀すぎるからこその弊害だな。パイロットの思考にダイレクトにリンクしようとする分、機体の『物理的な限界』を無視して動かそうとしちまう瞬間がある。特に、急な姿勢制御やデブリを避ける時の瞬間的なベクトル変更の時だ。OSからの命令に、ティエレンの油圧シリンダーやモーターが追いつけなくて、関節部で『悲鳴』を上げてるんだよ。……ギシッ、とか、ガツンッ、っていう、あの嫌な軋み音だ。分かるか?」

 

「……トルクの立ち上がりと、フレームの剛性が、OSの演算速度に負けている……ということですか」

 

 僕は頭の中でティエレンの設計図を瞬時に展開し、負荷のかかる箇所をシミュレートする。

 

「その通りだ。特に脚部の膝関節と、腰部のサスペンションだな。あの重装甲を支えながら、OSの要求する急制動をかけると、一気に負担が集中する。今はまだごまかしがきいてるが、あれを戦場レベルの極限状態──例えば、ビームを避けながら全速で振り返るような無茶な機動を連発したら、間違いなく関節が焼き切れるか、フレームが歪む」

 

 ロウの指摘は、僕の予想を遥かに超えて正確で、かつ致命的だった。

 

 シミュレーター上のデータでは決して可視化されない、実機特有の「金属の疲労」と「物理的限界」。機械を単なる数字の集合体ではなく、血の通った相棒として扱っているロウだからこそ気付ける「機械の悲鳴」だった。

 

「なるほど……。なら、OSの側でリミッターをかける必要がありますね。関節部のセンサーからかかる負荷をリアルタイムでフィードバックして、限界値の80%を超えるような機動要求がパイロットから出た場合、OS側でトルクの出力を意図的に滑らかに減衰させて、機体の崩壊を防ぐ……」

 

「おいおい、そんなことまでOSだけでやらせる気か? パイロットの要求をOSが勝手にマイルドにしちまうってことだろ? それじゃ、咄嗟の回避行動が遅れるかもしれないぜ?」

 

「そこは、パイロットの熟練度と機体との『対話』です。OSがリミッターをかけているという感覚を、パイロットがフィードバックとして感じ取れるようにする。無理をさせれば機体が壊れるという限界を、操縦桿の重さや警告音で直感的に理解させるんです。そうすれば、パイロットは自然と『機体に最も負担をかけず、かつ最大のパフォーマンスを引き出せる動き』を学習していくはずです」

 

 僕の提案に、ロウさんはしばらくの間、じっと僕の顔を見つめていた。そして、やれやれと首を振りながら、大きなため息をついた。

 

「……お前、本当に恐ろしい奴だな。機体を動かすシステムを作るだけじゃ飽き足らず、パイロットの『操縦技術そのもの』までOSで育てようってのか」

 

「……戦争になった時、素人が生き残るには、機体が壊れないことが第一条件ですから」

 

 僕の口からこぼれ落ちた「戦争」という単語に、ロウは一瞬だけ表情を険しくしたが、すぐに元の明るい笑みを取り戻した。

 

「分かった。そのリミッターの調整、俺にも協力させろ。俺がティエレンを極限まで振り回して、どこのフレームがどれくらいで悲鳴を上げるか、正確な限界値を叩き出してやるよ」

 

「本当ですか! 助かります、ロウさん!」

 

「その代わり、その新しいOSができたら、俺のMSにも一番に入れさせろよな。あと、トールたちの前では、俺が凄腕のメカニックだってこと、ちゃんとアピールしとけよ?」

 

「もちろんです。ありがとうございます」

 

 ジャンク屋の喧騒の中で、僕たちは固く握手を交わした。

 

 ロウ・ギュールという、この世界におけるイレギュラーであり、最高のメカニック。彼の協力があれば、TC-OSはただの兵器の頭脳から、パイロットの命を繋ぐ強靭な「盾」へと進化する。

 

 遠くの方から、「すごーい! トール、あのMSホントに動かせるの!?」というミリアリアのはしゃぐ声が聞こえてくる。

 

 その声に背を向けながら、僕は頭の中で、新たなOSのアルゴリズムを猛烈な勢いで構築し始めていた。この平和な日常を守り抜くための、完璧な防壁を築き上げるために。

 

 

◇◇◇

 

 

 実際のところ、ティエレンという規格外の重装甲機体が抱えていた問題は、物理的なアプローチとソフトウェア側からのアプローチを融合させることで決着を見ることになった。

 

 負荷が集中して悲鳴を上げていた膝関節のショックアブソーバーや、腰部の駆動系アクチュエーター周りのパーツ強度が、より剛性の高いパーツの再構成によって物理的に底上げされた。

 

 そして僕は、ハードウェアの限界値を正確に再測定し、TC-OS側に「機体保護のための可変式リミッター」と「姿勢制御アシスト」のプログラムを深く組み込んだ。

 

 思えば、そもそもの原因は僕がベースにしていたのが「ジンのOS」だったことにある。ジンは汎用性と機動性に優れた傑作機だが、裏を返せば「軽く、素早く動くこと」を前提としたアルゴリズムで構成されている。そのOSの思考ルーチンを、何倍もの重量と装甲を持つ歩く要塞・ティエレンにそのまま適用してシミュレートとアジャストを重ねた結果、仮想空間の計算上ではクリアできていても、現実の重力や質量慣性がのしかかる実働環境においては、物理的なフレームの限界を超えた無茶な挙動を引き起こしてしまっていたのだ。

 

 だが、今回のアップデートでその弊害は完全に払拭された。

 

 パイロットがパニックを起こして操縦桿を限界まで倒し込み、機体が物理法則を無視した急制動や旋回をしようとしても、OS側が瞬時に各関節への負荷を計算する。そして、フレームがへし折れる寸前の「最も安全かつ最速のトルク」へと自動的に出力を減衰させ、同時にスラスターを吹かして重心バランスを強制的に安定させるのだ。

 

 もちろん、個人所有のワンオフ機体であれば、パイロット自身が自分の癖や機体の限界に合わせてその都度OSを弄り、ピーキーな設定で乗りこなすのもロマンだろう。しかし、ジャンク屋組合を通じてあちこちへ売られていくティエレンという「商品」としては、ユーザー側にそんな高度な一手間や専門知識を要求するのは致命的な欠陥だ。

 

 工場出荷時のデフォルトの状態で、素人が乗っても、ベテランが乗っても、誰もが安全に、そして機体を壊すことなく100%の性能を引き出せる。それこそが、僕がこの世界に生み出した誰にでもMSを扱えるTC-OSの本当の存在意義なのだから。

 

 僕はふと、メインハンガーの奥に停泊している見慣れた輸送艦へと視線を向けた。

 

 ロウさんたちの拠点であり、数々の修羅場を潜り抜けることになる名艦『ホーム』。

 

 そのハンガーデッキには、かつて僕がジャンクパーツから組み上げてロウさんにプレゼントした『ワークスジン』が、ピカピカに磨き上げられて鎮座していた。

 

 そして驚くべきことに、その隣には彼ら専用のカラーリングらしき塗装が施された『ティエレン』までが、1機堂々と並んで駐機していたのである。

 

 その光景を眺めながら、僕は冷や汗とも興奮ともつかない奇妙な戦慄を覚えていた。

 

(……ロウさんたちの周りの状況も、原作とは随分と様変わりしてしまっているな)

 

 僕の前世の記憶が正しければ、『機動戦士ガンダムSEED ASTRAY』という物語の序盤において、ロウ・ギュールたちジャンク屋一味の手元には、モビルスーツなんて気の利いた代物はただの1機も存在していなかったはずなのだ。

 

 モビルスーツという「絶対的な力」を手にするのは、ヘリオポリスが崩壊し そこから奇跡的に『アストレイ レッドフレーム』を発見するあの瞬間からだった。

 

レッドフレームと出会うまで、丸腰のジャンク屋に過ぎなかった彼らが、今のこの世界線では、ヘリオポリス崩壊の1ヶ月以上も前から、優秀なナチュラル用OSを積んだワークスジンと重装甲のティエレンという、2機もの強力なモビルスーツを保有し、しかもそれらを日常的に乗り回して確かな操縦スキルまで身につけてしまっている。

 

 これは、僕というイレギュラーな存在が介入したことで生じた、巨大なバタフライエフェクトだ。

 

 いざ1月中旬、あの運命の『崩壊の日』が訪れた時、ロウさんは原作のように丸腰で残骸に飛び込むわけではない。ワークスジンかティエレンという自前のMSに乗り込み、堂々とジャンク漁りをしてくることになるだろう。

 

 その時、彼は果たして原作通りにレッドフレームと運命的な出会いを果たすのか。それとも、僕が与えた戦力によって、レッドフレームの発見よりももっと大きな、別の歴史の分岐点をへし折ってしまうのか。

 

「……まぁ、あのロウさんのことだ。何に乗っていようと、絶対にあの赤い機体は見つけ出すんだろうけどさ」

 

 僕は誰に聞こえるでもなく、小さく独りごちた。

 

 歴史の歯車が僕の意図しない方向へ狂い始めていることへの恐れはない。むしろ、頼もしい友人があらかじめ生き残るための「牙」を持ってくれているという事実は、僕の背負う重圧を少しだけ軽くしてくれていた。

 

 モルゲンレーテで組み上げた最強の盾『アカツキ』。

 

 そしてジャンク屋で普及させた民衆の力『ティエレン』。

 

 盤面は、確実に僕の望む形へと組み上がってきている。来たるべき世界崩壊の足音を待ち受けながら、僕は油と鉄の匂いが充満するジャンク屋の喧騒の中で、密かに確かな闘志を燃やしていた。

 

 

 

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