やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-12 鉄人の力

 

 ヘリオポリスのカレッジのモニターから流れてきたその国際ニュース速報を見た瞬間、僕は文字通り頭を抱え、深々と天を仰がずにはいられなかった。

 

『地球連合軍、ユーラシア連邦領内における防衛戦にてザフト軍の侵攻を完全に阻止。謎の新型二足歩行兵器部隊が多大な戦果を挙げる』

 

 画面越しに映し出されていたのは間違いなく『ティエレン』の姿だった。

 

 ジャンク屋組合のイエロー色ではなく、ユーラシア連邦軍の無骨なオリーブドラブに塗り固められたティエレンが、大地で分厚い装甲と脚部シールドを盾にし、ザフトの主力であるジンを相手に一歩も引かずに砲弾の雨を降らせている。

 

 さらに僕の目を釘付けにしたのは、その部隊を率いている指揮官としてクローズアップされた、精悍で鋭い眼光を持つ男の顔だった。

 

 モーガン・シュバリエ。

 

 前世の記憶を持つ僕には、その名前と顔に強烈な見覚えがあった。

 

 後に『月下の狂犬』と渾名され、地球連合軍においてストライクダガーが普及した暁には、105ダガーにガンバレルストライカーを装備した『ガンバレルダガー』を駆り、恐るべき空間認識能力で一躍エースパイロットに登り詰めることになる男。

 

 だが、今の彼はまだ宇宙でガンバレルを操るニュータイプ的なパイロットではない。

 

 ユーラシア連邦が誇る、生粋の『戦車乗り』の指揮官である。

 

 ニュースのインタビュー映像の中で、モーガンは葉巻を噛み潰したような渋い顔でこう語っていた。

 

『最初はジャンク屋が売り込んできたゲテモノ兵器だと半信半疑だったがね。コイツは良い物だ。まるで長年乗りこなしてきた戦車のように手足が動く。それに、砲塔が二本足で歩いてくれるなら、どんな悪路でも射撃位置につけるからな』

 

 彼がそう嘯くのも無理はない。そもそもティエレンという機体は、運動性や白兵戦能力よりも、堅牢な装甲と大口径の滑腔砲による面制圧を主眼に置いた、まさに『二足歩行の走破性を手に入れた歩く戦車』と呼ぶべきコンセプトの代物だ。

 

 加えて、僕が組み上げたTC-OSは、パイロットの直感的な要求を機体挙動へと完璧に翻訳する。

 

 モーガンが戦車長として培ってきた戦車ドクトリンを、ティエレンは一切のタイムラグなしで実行してみせたはずだ。

 

 販路に関してはジャンク屋組合に完全に一任し、僕はノータッチを貫いていたから、中立組織である彼らが金を積む相手なら大西洋連邦だろうがユーラシア連邦だろうが売却すること自体は仕方がない。それがビジネスというものだ。

 

 だが、まさかユーラシア連邦でティエレンがここまで大々的に運用され、あまつさえ歴史の表舞台でザフトを食い止めるほどの活躍を見せるなど、完全に僕の想定外だった。

 

 本来の歴史において、連合軍の従来型リニアガン・タンク部隊は、ザフトの四足獣型MS『バクゥ』の圧倒的な機動力と不整地走破性の前に翻弄され、一方的に蹂躙される運命にあった。

 

 しかし、考えてみればモーガン・シュバリエは、あの『砂漠の虎』アンドリュー・バルトフェルドがバクゥ部隊を率いて本腰を入れて叩き潰しに来るまで、旧式の戦車隊だけでザフトのMS部隊を幾度も退けていたほどの異常な戦術眼の持ち主だ。

 

 そんな彼に、バクゥにも劣らない悪路走破性を持ち、ジンのライフルやバズーカを弾き返す重装甲と、戦車砲を上回る火力を備えたティエレンを、専用OS付きで与えてしまったらどうなるか。

 

 戦車隊の指揮官として極まった手腕を持つモーガンにとって、それはまさに『鬼に金棒』どころの騒ぎではない。ザフト軍の地上部隊からすれば、絶対に撃ち抜けない装甲を持った砲台が、精密な連携を取りながら歩いて迫ってくるという悪夢以外の何物でもないだろう。

 

 しかし、この事態を冷静に分析していくうちに、僕の中のオタク魂は、どうしようもないセンチメンタリズムな運命を感じずにはいられなかった。

 

 ティエレンというモビルスーツ。

 

 それは本来、コズミック・イラとは全く異なる世界線において、『人類革新連盟』という国家群によって開発・運用されていた機体だ。

 

 そして、その人革連の母体となっていた中心地域こそが、ロシアや中国といったユーラシア大陸の巨大国家群である。

 

 あの世界でも、荒涼とした大地を泥臭くも力強く踏み荒らしていた無骨な鉄の塊。

 

 それが次元と世界線を越え、このコズミック・イラの世界において、ロシアを中心とする『ユーラシア連邦』の手に渡り、その防衛戦の要として大地に立ち、敵を迎え撃っている。

 

 まるで、ティエレンという機体の設計思想の根底に刻まれたDNAが、あるべき場所、帰るべき大地を無意識のうちに引き寄せたかのような、あまりにも出来すぎた符合。

 

 あの世界の『ロシアの荒熊』が愛した重厚な歩みが、この世界の『月下の狂犬』の牙となってユーラシアの大地を駆けている。

 

 画面の中で滑腔砲の反動を重装甲の脚部で受け止め、次弾を装填するティエレンの雄姿を見つめながら、僕は深い溜息とともに微かな笑みをこぼした。

 

 僕が放った蝶の羽ばたきは、連合軍にG兵器以前のモビルスーツをもたらすという巨大な歴史のうねりを生み出してしまった。

 

 だが同時に、この機体が本来戦うべき大地の土を踏みしめているという事実が、僕のオタクとしてのロマンを酷く心地よく刺激してやまなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 ユーラシア連邦がティエレンの運用によってもぎ取ったこの歴史的な勝利は、地球連合軍内部におけるMSの戦術的価値観に、劇的なパラダイムシフトを引き起こした。

 

 ティエレンが市場に登場した当初、各国の軍事アナリストや将官たちが下した評価は「鈍重で機動戦には圧倒的に不向き」「的が大きくなっただけの歩く的」という冷淡なものだった。事実、ザフトの主力機であるジンのように、スラスターを吹かして宙を舞い、三次元的な軌道で斬り込んでくるような華麗な機動は、あの重装甲の鉄の塊には不可能である。

 

 しかし、ユーラシア連邦のモーガン・シュバリエ率いる戦車部隊は、ティエレンを「空を飛ぶ人型兵器」としてではなく、「あらゆる悪路を踏破し、絶対に撃ち抜かれない装甲で前線を押し上げる歩くトーチカ」として運用した。

 

 その強固な防御力と、TC-OSによる精密な射撃統制がザフトのMS部隊を正面から粉砕し得るという事実は、ユーラシア連邦軍上層部から熱狂的な高評価を獲得することとなった。彼らは即座にジャンク屋組合へのティエレン追加発注を決定し、独自での改修や量産化の道すら模索し始めていた。

 

 だが、このユーラシア連邦の予想外の大戦果によって、完全に面食らい、そして腸が煮えくり返るほどの屈辱を味わうことになったのは、地球連合の最大派閥である「大西洋連邦軍部」の面々であった。

 

 時計の針を少し巻き戻せば、大西洋連邦内部のMS開発の遅れは、彼ら自身の傲慢と偏見が招いた必然の帰結だった。

 

 宇宙軍第8機動艦隊司令であるデュエイン・ハルバートン提督が、早期から「これからの宇宙戦、ならびに重力下戦闘の主役は間違いなくMSになる」と見抜き、大西洋連邦軍本部へMSの独自開発を幾度となく具申していたことは周知の事実である。

 

 しかし、当時の大西洋連邦軍首脳陣は、提督の先見の明を鼻で笑い飛ばした。

 

 彼らは、モビルスーツという兵器を「思い上がったプラントのコーディネイター共が、自分たちの優位性を誇示するために造り上げた悪趣味なオモチャ」に過ぎないと高を括っていたのだ。メビウスなどのMAと大艦巨砲主義、そして何より「核」という絶対的な抑止力さえあれば、あんな宇宙の箱庭に住む遺伝子異常者などいつでも黙らせることができると本気で信じていた。

 

 その驕りが、あの凄惨な「血のバレンタイン」──ユニウスセブンへの核攻撃を引き起こした。彼らはそれでプラントが恐怖に震え上がり、白旗を揚げると思っていたのだ。

 

 しかし現実は違った。同胞を核で焼かれたコーディネイターたちは恐怖するどころか、怒り狂って地球連合に対し全面戦争を布告した。降下作戦によって地球上へとなだれ込んできたザフト軍のMS部隊は、連合の従来型兵器をまるで赤子を捻るように次々と蹂躙し、地上戦において連合軍に歴史的な大敗北を重ねさせた。

 

 その決定的な戦力差を見せつけられ、ようやく大西洋連邦軍部も重い腰を上げ、ハルバートン提督が一部の賛同議員の支援を得て極秘裏に進めていた「G計画」を正式に承認し、独自の量産型MSの開発に本腰を入れ始めたのである。

 

 そんな矢先、ジャンク屋組合という「宇宙のゴミ拾い」の民間組織が、ティエレンなどという泥臭いMSの売り込みをかけてきたのだ。

 

 大西洋連邦軍部は、これを即座に一蹴した。

 

 ただでさえ開発が遅れている焦りがある中で、「ジャンク屋風情の造った鈍重な鉄の棺桶など、我が大西洋連邦の正規軍たる者に相応しくない」「あんなノロマな機体、実戦で使えるはずがない」と、機体のコンセプトすらまともに検証することなく「不採用」の烙印を押し、ユーラシア連邦がそれを買い漁るのを冷笑と共に眺めていたのである。

 

 そこへ飛び込んできたのが、今回の「寝耳に水」のニュースであった。

 

 大西洋連邦軍内部、特に「青き清浄なる世界のために」というスローガンを掲げ、コーディネイターを不自然な存在として忌み嫌う『ブルーコスモス』系の将兵たちにとって、現在の状況は地獄のような屈辱だった。

 

 そもそも彼らにとって、忌まわしきコーディネイターの象徴である人型兵器の猿真似をして自分たちもMSを造るという行為自体が、感情的には到底受け入れがたい妥協の産物であった。それでも、地球を守るため、そしてザフトを殲滅するための「連合軍純正の最高峰の人型兵器」であるならば、まだプライドは保てる。

 

 だが、大西洋連邦が未だにメビウスやリニアガン・タンクでザフトのジンに嬲り殺しにされている現状で、あろうことか「ゴミ拾い屋」が造った得体の知れないMSが、自分たちが冷遇したライバル国の手によってザフト相手に華々しい戦果を挙げてしまったのだ。

 

 「ジャンク屋のガラクタ以下の兵器しか配備できていない大西洋連邦軍」というレッテルは、ブルーコスモスの将校たちの自尊心を粉々に打ち砕いた。ユーラシア連邦の軍高官たちが、ティエレンの勝利を盾に連合内部での発言力を急速に強めつつあるという政治的な焦りも、彼らの苛立ちに油を注いだ。

 

 結果として、この大西洋連邦の焦燥と屈辱は、未だヘリオポリスで極秘裏に進行中である「G計画」に対する異常なまでのプレッシャーへと変換されることになる。

 

 「一刻も早く、あの忌まわしいジャンク屋の鉄屑や、ザフトのMSを凌駕する『大西洋連邦のMS』を完成させろ」と。

 

 一介の学生が、宇宙の友人達を守るためにジャンク屋に齎したティエレンという名のたった一つの波紋。

 

 それは、地球連合軍という巨大な組織の内部抗争と政治的バランスを激しく揺さぶる存在となったのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 ヘリオポリスのモルゲンレーテが管理する秘密区画のハンガーに鎮座する僕の私有モビルスーツは、現在ジャンク屋組合を通じて世界中に流通し始めている『ティエレン』とは、似て非なる異端のシルエットを持っていた。

 

 本来、量産型として流通させているティエレンは、その重装甲と引き換えに環境適応を物理的なモジュール換装に依存している。

 

 宇宙空間で運用するならば、両膝に推進剤としての「水」を充填したシールド兼用の巨大なプロペラントタンクを懸架し、重力下である地上で運用するならば、同じく両膝に滑腔砲の砲架を兼ねた分厚いシールドを装備する。泥臭く、いかにも工業製品らしい理にかなった設計だ。

 

 

 けれども、僕が見上げるこの専用ティエレンの両膝には、そのような無骨な追加装備も、それを懸架するためのアタッチメント用の窪みすら存在しない。重装甲特有の武骨さを残しながらも、無駄を極限まで削ぎ落とした、驚くほどスマートで洗練された脚部をしている。

 

 その代わり、この機体の最大の特徴は上半身に集約されている。両肩にマウントされた、巨大なバインダーのような『シールド兼用スラスターユニット』。

 

 前世のオタク知識を持つ者が見れば一目で理解できるだろう。その姿は、ティエレンの極地とも言える究極のバリエーション機──『ティエレン全領域対応型』、あるいは『ティエレンタオツー』と呼ばれる仕様そのものであった。

 

 この機体が真に恐ろしいのは、見た目のスマートさだけではない。

 

 モジュールを換装して地上と宇宙を使い分ける通常のティエレンと異なり、この機体は事前のセッティングやパーツの組み替えを一切必要としない。そのままの状態で真空の宇宙空間から1Gの重力下までをシームレスに駆け抜けることができる。

 

 いや、それどころか、この機体は全領域対応型の名が示す通り、大気圏内において『単独で空中を飛行する』ことすら可能なのだ。

 

 コズミック・イラの常識からすれば、ディンのような空気抵抗を極限まで減らした薄っぺらい装甲の航空特化型MSならともかく、こんな分厚い装甲を持った重量級の鉄の塊が空を飛ぶなど、到底正気の沙汰とは思えないだろう。

 

 しかし、本来のティエレンはその開発系譜において、各部に大推力のジェットエンジンを増設した『ティエレン高機動型』の時点で、強引な推力による重力下での限定的な飛行能力を獲得している。

 

 そのさらなる発展形であり、スラスターの推力と推力偏向技術を極限まで高めたこの『全領域対応型』を、スーパーコーディネイターの頭脳で完全に再現してしまえば、空を飛ぶMSとなるのは必然の帰結だった。

 

 さらに、この機体に隠された牙は機動力だけではない。

 

 マニピュレーターに握られているのは、普段からデブリの切断や溶接に使っている『Eパック方式の大型レーザートーチ』だ。

 

 だが、僕の手によってOS側から掛けられている出力リミッターを解除した瞬間、その工具は牙を剥く。収束率を劇的に高めた破壊的な閃光を放つ『レーザーライフル』として機能し、さらに接近戦においては刀身状のプラズマを形成する『レーザーソード』へと変貌を遂げるのだ。

 

 バッテリー駆動が常識のこの時代に、エネルギーを独立したEパック方式を採用している点も、継戦能力においての対策をしている。

 

 

 総合的なカタログスペックで言えば、この『ティエレン全領域対応型』は、現在ザフトの主力であるジンをあらゆる面で完全に圧倒している。地球連合が血眼になって開発しているG兵器にすら、真っ向から肉薄できる次元の機体だ。

 

 これほどの高性能機を設計・完成させていながら、なぜ僕がこれをジャンク屋組合の流通ラインに乗せなかったのか。

 

 それはやはり、僕がティエレンという機体を世界にばら撒いた「本来の目的」を見失ってはいけないからだ。

 

 ティエレンはあくまで、無法地帯の宇宙で海賊や盗賊の脅威に晒されているジャンク屋や民間人たちが、自身の命を守るための『防衛用』として開発した機体だ。鈍重だからこそ、彼らはそれを侵略の道具には使えない。

 

 しかし、その機動力の低さを見事に克服し、単独での飛行能力と強力なビーム兵器までをも備えたこの全領域対応型を売り捌けばどうなるか。

 

 莫大な利益を生み出すことは確実だが、それは同時に、僕自身が世界中に「容易に他国を侵略し、人を殺せる圧倒的な暴力」をばら撒く『死の商人』に成り下がることを意味している。

 

 争いを終わらせ、大切な人たちを守りたかったはずが、自らの手で新たな戦争の火種を世界中に供給してしまう。それだけは、絶対に避けなければならない超えてはならない一線だった。

 

 だからこそ、この『ティエレン全領域対応型』は、僕の所有する『完全な1点物』としてのみ存在していた。

 

 

 

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