やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか 作:星乃 望夢
プラントの首都、アプリリウス。
クライン邸の豪奢で静謐な自室のバルコニーで、ラクス・クラインは目を閉じ、遠く離れた地球圏のどこかにいる『彼』の存在を、自身の精神の深淵でそっと撫でるように感じ取っていた。
『クロッシング』──言葉を交わさずとも、互いの魂の波長が共鳴し、その感情や置かれている状況がヴェール越しに伝わってくる奇跡の繋がり。
その繋がりを通して、ラクスには痛いほどに分かっていた。
油の匂い、無機質な電子音、そして身を削るような疲労感。ヘリオポリスという平和な箱庭にいるはずの彼が、今、どれほど必死に己の知識と命を削って、迫り来る破滅の運命に抗おうとしているのかを。
「……キラは、戦っていらっしゃるのですね。ご自身のやり方で、この狂い始めた世界と」
目を開けると、美しく管理されたプラントの青空が広がっている。しかし、ラクスの胸の奥底には、その澄み切った空とは対照的な、暗く静かな『焦燥感』が渦巻いていた。
彼の造り上げた『ティエレン』という名の無骨なモビルスーツが、ジャンク屋組合を経由してユーラシア連邦へと渡り、結果的に同胞であるザフト軍の侵攻を食い止める兵器として使われている。その事実に対して、ラクスは怒りや悲しみを抱いているわけではない。
むしろ、使い方次第で他者を傷つける刃となる兵器を造ってでも、彼が「絶対に守り抜きたい日常」のために泥を被る覚悟を決めていること、そしてそれが、OSや機械の調整といういかにも『キラ・ヤマトらしい』アプローチで実行されていることを、深く理解し、愛おしくすら思っていた。
ラクスの焦燥の本当の理由は、他でもない『自分自身』にあった。
キラがたった一人で世界の形を物理的に、そして劇的に変え始めているというのに、自分は表立って世界の流れを変えるような決定的な一手を、未だ何一つ打てていないという事実への歯痒さだ。
今のラクスに出来ていることは、決して多くはない。
最高評議会議長として多忙を極める父、シーゲル・クラインの代理として、お茶会や慈善事業という『平和の歌姫』の仮面を被りながら、水面下で穏健派や戦争反対派の議員たちと接触を図ること。
パトリック・ザラの強硬派が力を増していくプラント内部において、少しずつ、本当に少しずつ、父を支持する『クライン派』の勢力と地盤を固めていくこと。
それは、世界の仕組みを根本から作り変えるキラの天才的な所業に比べれば、あまりにも地味で、気の遠くなるような細々とした裏工作に過ぎなかった。
「……いいえ。焦ってはなりませんわね。わたくしにはわたくしの、戦い方があるのですから」
ラクスは自戒するように小さく首を振り、手元の端末に暗号化されて保存された、いくつかの『個人ファイル』に視線を落とした。
表立った力を持たない今の彼女が唯一出来る、来るべき戦いに向けた最大の備え。それは、いつか必ず訪れるであろう決断の時に、自分たちと共に戦ってくれる『本物の仲間』を、今のうちから見出し、囲い込んでおくことだった。
画面に映し出されるのは、今はまだ歴史の表舞台に立っていない、あるいはザフト軍の片隅に埋もれている優秀な人材たちの顔。
一人は、ザフト軍に所属する女性パイロット、ヒルダ・ハーケン。
粗野で男勝りな振る舞いの裏に、誰よりも深い仲間への情愛と、ザラ派の過激な思想に対する静かな疑問を抱いている人物。彼女のその本質を見抜いたラクスは、非公式な慰問などの機会を利用して彼女との接触を重ね、すでに個人的な信頼関係を築きつつあった。
もう一人は、プラントの統合開発局に所属する若き天才設計技師、アルバート・ハインライン。
極めて神経質で理屈っぽく、他者との協調性に欠ける変人として局内では浮いた存在となっている彼だが、その頭脳は間違いなく本物だ。キラ・ヤマトという規格外の天才が組み上げる兵器群に、技術的・理論的な面で真っ向から対抗、あるいはサポートできるのは、プラント広しと言えども彼をおいて他にいない。ラクスは彼の不遇な研究環境に秘密裏にパトロンとして資金援助を行い、その卓越した頭脳をクライン派の技術的切り札として確保し始めていた。
そして最後は、冷静沈着にして柔軟な思考を持つ戦術家、アレクセイ・コノエ。
いずれ宇宙の海を渡る巨大な艦を任せるに足る、揺るぎない芯を持った指揮官。彼もまた、ザフトの強硬な軍事路線に密かな懸念を抱いている者の一人であり、ラクスは父シーゲルの名代という立場を最大限に利用して、彼とのパイプラインを密かに繋ぎ始めていた。
「あなたが鉄と数式で未来を紡ぐなら……私は、人と心を繋いで、あなたの帰る場所を創りますわ」
ラクスはバルコニーの手すりに両手を添え、遥か彼方の虚空を見つめた。
ヒルダ、ハインライン、コノエ……そして、水面下で繋がりを持つ穏健派の同志たち。
今のラクスが行っているのは、たったそれだけのことだ。
キラがティエレンで世界の軍事バランスを覆したことに比べれば、あまりにも小さく、無力に思えるかもしれない。
だが、ラクスが集めているこの縁たちが、やがて来る未曾有の戦火の中で、どれほど決定的な意味を持つことになるか。
しかし、当のラクス本人は、未だその成果の大きさに無自覚なまま、ただ愛する少年の背中に少しでも早く追いつきたいと、その焦燥感を静かな闘志へと変換していた。
「──待っていてくださいませ、キラ。必ず、わたくしも……あなたの隣に立つに相応しい力を、手に入れてみせますわ」
クロッシングを通じて、言葉なき誓いを虚空へと放つ。
世界が血と業火に染まる『その日』に向けて。平和の象徴たるプラントの歌姫もまた、見えないドレスの裾の下に、強靭な刃を静かに、そして確実に研ぎ澄ませていた。
◇◇◇
プラント統合開発局にあるアルバート・ハインラインのラボ。
壁面を埋め尽くす複数の大型モニターには、ジャンク屋組合からユーラシア連邦へと渡り、歴史的な戦果を叩き出したあの無骨な重装甲MS『ティエレン』の各種データと、その中枢を担うプログラムのソースコードが、滝のような速度でスクロールし続けていた。
「……信じられませんね。いや、実に見事としか言いようがない」
ハインラインは神経質そうに眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、独りごちた。
彼の眼前に展開されているのは、ティエレンという機体のハードウェア設計図ではない。彼が文字通り寝食を忘れて解析に没頭しているのは、その鈍重な鉄の塊を『最強の歩く要塞』たらしめている心臓部──すなわち『TC-OS』と名付けられた、得体の知れない制御プログラムであった。
機体そのものの設計思想が、ジャンク屋や民間人の命を守るための『防衛用』であることは、あの過剰なまでの重装甲と機動性をかなぐり捨てた極端な設計思想を見れば、一目瞭然である。
しかし、ハインラインの天才的な頭脳とエンジニアとしての本能は、機体の装甲や火力ではなく、このOSの構造にこそ、世界を根底からひっくり返すほどの『異常性』が潜んでいることを正確に見抜いていた。
「膨大なモーションサンプリングデータを基盤とした、パイロットの操縦意図の先読み……。そして、機体とOSが最適解となる動作を瞬時に選択し、オートマチックで実行する。これを組んだ人間は、物理演算と人機インターフェースの極致を完全に理解している」
このTC-OSのコードを紐解き、その本質を理解できないプラントの二流、三流の技術者たちは、口を揃えてこう嘲笑うだろう。
『なんだこれは。パイロットの操縦をいちいちシステムが補正するなんて、まるで子供用の大掛かりな補助輪だ。モビルスーツという鋼鉄の巨人を、己の反射神経と手腕のみで自在に操ってこそ、我ら選ばれたコーディネイターの証明ではないか』と。
「……愚か者どもが」
ハインラインは、同僚たちの顔を思い浮かべ、吐き捨てるように冷笑した。
遺伝子調整による優位性に胡座をかき、自らの腕でMSを動かせるという勘違いなプライドに目が眩んでいる連中には、このOSがもたらす『真の絶望』が見えていない。
このOSが意味するもの。それは、「ありとあらゆるMSが、訓練を積んでいないナチュラルにすら、コーディネイターと同等、あるいはそれ以上の精度で動かせてしまう」という、戦術的パラダイムの完全なる崩壊である。
圧倒的な数の劣勢を、MSという兵器とそれを操るコーディネイターの個人の力で覆してきたザフト軍にとって、この『補助輪』が地球連合軍の量産機に標準搭載される日が来れば、それは即ちプラントの敗北と滅亡を意味する。その危機感に気付ける者だけが、このティエレンというMSに込められた真の恐ろしさに戦慄するのだ。
事実、ハインラインはその恐るべき仮説を、自らの手で実証してしまっていた。
彼は極秘裏に、ジンの一機にこのTC-OSをインストールし、実験場にてテストライドを敢行した。結果は、ハインライン自身にとってすら背筋の凍るものだった。
プラント随一の頭脳を持つとはいえ、彼は生粋の研究者であり、MSの操縦桿など握ったこともない完全な素人である。
しかし、彼がTC-OSの起動したジンを「歩かせよう」「振り向こう」と意識してレバーを軽く操作しただけで、機体は彼の意図を完璧に汲み取り、まるで熟練のテストパイロットが乗っているかのような滑らかで無駄のない挙動で、いとも簡単に機動してみせたのだ。
「誰だ……一体どこの誰が、これほどの代物を組み上げた?」
狂おしいほどの探求心と、同位の天才に対する凄まじい興味。
そのハインラインの飢えを満たした(あるいはさらに煽った)のは、他でもない、最近になって自身の研究のパトロンとして接触してきた、あの物好きなプラントの歌姫──ラクス・クラインであった。
『……そのOSを造り上げたのは、私の大切な人ですわ。オーブの中立コロニー、ヘリオポリスの工業カレッジで学ぶ、一人の優しい学生です』
彼女はそう言った。
軍の特務機関にも所属していない、一介の学生。しかも、ラクスはその学生と物理的な通信手段すら介さず、彼女自身が持つ『クロッシング』という特異なテレパシー能力のようなもので、遥か彼方のコロニーにいるその設計者と繋がり、彼の現状を把握しているというのだから、もはやオカルトの領域である。
しかし、ハインラインにとってラクス・クラインの不思議な能力の仕組みなど、今はどうでもよかった。
重要なのは、この狂気じみたほどに美しく、残酷なまでに完璧なOSを一人で組み上げた怪物が、ヘリオポリスという平和な箱庭に実在しているという事実そのものだった。
「ヘリオポリスの学生、か。……ふっ、世界は広い。統合開発局の狭いデスクで腐っているのが馬鹿らしくなるほどに」
ハインラインは、モニターの光を反射する眼鏡の奥で、知的な興奮に満ちた鋭い笑みを浮かべた。
いつか、必ず彼に会ってみたい。
血と遺伝子の優劣に縛られたこの窮屈なプラントの常識を、たった一つのプログラムで易々と破壊してみせたその人物と。言葉を交わし、数式と論理で語り合ってみたい。
これほどのものを生み出せる人間であれば、周囲を凡人に囲まれ、常に苛立ちと孤独を抱えている自分と、必ずや話の馬が合うはずだ。
アルバート・ハインラインは、迫り来る戦争の影など意に介さず、ただ純粋な技術者としての歓喜と期待を胸に、見知らぬ『同位の天才』との邂逅の日を、強く、強く待ち望んでいた。
◇◇◇
プラント最高評議会議長邸の美しい庭園で、ラクス・クラインはアスラン・ザラから贈られたピンク色の球体ロボット──通称『ピンクちゃん』を両手で優しく包み込んでいた。
彼女は『クロッシング』を通じて、キラ・ヤマトの精神の深淵に触れ、彼が前世から持ち越した「異世界の記憶」を共有している。
その記憶の中にある『ハロ』という存在は、決して単なる愛玩用のマスコットロボットなどではなかった。
ある世界では、自分たちよりも幼い少年パイロットのコックピットシートの後ろに存在していたり。ある世界では、狙撃手のバックアップやシールド防御の完全なオートメーション管理を行う他、紛争根絶を掲げる私設武装組織の作業用ロボットを操り人手不足をカバーしたり、支援戦闘機の副操縦士として、絶大な戦術的価値を発揮している。
その事実を知った時、ラクスにとってそれはまさに青天の霹靂であった。愛らしいおもちゃの皮を被ったこの球体が、規格外の演算能力を持たせれば、戦場において極めて優秀な『戦術支援ロボット』へと化けるという事実に。
平和の象徴たるプラントの歌姫。愛と平穏を歌い、常に誰かに守られるべき存在。
彼女が自ら銃を握り、あまつさえその白い手を血で染めるという未来は、本来のキラの記憶の中においてさえ、極めてイレギュラーな決断の果てにある。
けれども、ラクスは既に己の魂に鋼の誓いを立てていた。
キラがたった一人で世界と運命に抗うために、血を吐くような思いで泥を被り、兵器を造り上げている。その彼をただ安全な場所から見守るだけの「お姫様」でいるつもりなど、彼女には毛頭ない。
やがて運命の奔流が彼らを飲み込み、戦火が宇宙を焼き尽くす時が来たならば。
アスランに『インフィニットジャスティス』という名の剣を届けるため、自らコックピットに座って大気圏を突破しなければならない時が来るかもしれない。
あるいは、彼と共に最前線に立つため、『プラウドディフェンダー』という翼のコックピットに乗り込み、世界の悪意と正面から撃ち合う時が来るかもしれない。
いつ、いかなる時、自分がモビルスーツのシートに座り、戦場へと身を投じることになるか分からない。
そしてその時、もし己の手を血で染めてでも、守りたい彼のために銃爪を引くと決断した瞬間……絶対に、彼の足手纏いになることだけは許されなかった。
「……私の戦いは、歌だけではありませんわ」
ラクスは自室に戻り、一人静かにピンクちゃんを見つめながら呟いた。
アスランという天才的なエンジニアの手によって高度な学習型コンピューターを組み込まれたこの小さなハロは、やがて彼女の声を、戦術を、そして操縦の補助を完璧に学習していくことだろう。
それは、ただの護身用ではない。
平和を愛するがゆえに、平和を乱す者に容赦しない『戦士』となるための、静かで冷徹な布石。
「頼りにしていますわよ、ピンクちゃん。……いつか来るその時に、私が彼のお隣で、共に世界と戦うために」
愛らしいマスコットを撫でるラクスの瞳には、歌姫の優しさの奥底に燃える、決して折れることのない強靭な覚悟の光が宿っていた。
◇◇◇
C.E.70年、12月24日。
血のバレンタインを経て本格的な戦争に突入した地球・プラント間の戦争が始まり、Nジャマーの投下による深刻なエネルギー不足と飢餓の影響によって祝うはずだったクリスマスムードもクソもない地球圏の空気は、中立国オーブ連合首長国の代表首長、ウズミ・ナラ・アスハによる全世界に向けた声明発表によって、一瞬にして凍りつき、そしてかつてないほどの熱狂と動揺の渦へと叩き込まれた。
「我らオーブ連合首長国は、他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない。この『中立の理念』を真に護り抜くため……本日ここに、オーブ国防軍の次期主力防衛装備として、自国開発のモビルスーツ『M1アストレイ』の量産配備を宣言する」
全世界のモニターに映し出されたのは、雄弁に語る「オーブの獅子」の姿。そしてその背後、オノゴロ島の演習場に整列した、紅白カラーに彩られたスマートな人型兵器──M1アストレイの堂々たる威容であった。
これまで、モビルスーツという兵器は事実上ザフト軍の独占状態にあった。ユーラシア連邦が運用し始めた『ティエレン』という規格外の例外こそあれど、あれはあくまで「ジャンク屋が売り込んできた民生機体」という建前である。
しかし今回は違う。地球上の一個の独立国家が、自国の技術のみで完全なモビルスーツの量産化に成功し、それを正規軍の主力配備として公式に発表したのだ。
画面の中ではM1アストレイの部隊が、一糸乱れぬ完璧なフォーメーションで演習を行っていた。
ナチュラルが操縦しているとは到底思えない、まるで人間そのもののような滑らかな歩行。空中に飛び上がり、正確に的を射抜くビームライフルの閃光。そして、抜刀したビームサーベルによる流麗な近接格闘のデモンストレーション。
それは、キラ・ヤマトの手によって組み上げられた『TC-OS』が、既にオーブ国防軍という組織の末端にまで浸透し、彼らに本物の「牙」を与えたという何よりの証明だった。
このオーブの発表が、世界にどれほどの衝撃を与えたかは想像に難くない。
プラントの上層部、特にパトリック・ザラをはじめとする強硬派は、この映像に渋い顔を隠せなかった。
「ナチュラルの野蛮な国に、我々の専売特許であるモビルスーツが作れるはずがない」という彼らの優生思想に基づく驕りは、先のティエレンに続き、またしても見事に粉砕された。しかも、M1アストレイはティエレンのような鈍重な砲台ではない。ジンの機動性にすら匹敵、あるいは凌駕し得るほどの洗練された空力フォルムとビーム兵器の標準装備は、ザフトにとって決して無視できない明確な「脅威」として映った。
そして、最も面食らい、激怒したのは、やはり地球連合軍・大西洋連邦軍部である。
ユーラシア連邦のティエレン導入でただでさえ焦り狂っていた彼らにとって、小国オーブのMS量産発表は、決定的な屈辱であった。
「なぜ、あんな小島に出来て、我が大西洋連邦に出来ないのだ!」
ブルーコスモス系の将校たちは泡を食って怒鳴り散らし、その凄まじいプレッシャーは、現在ヘリオポリスで進められている『G計画』のスタッフたち──すなわち、ストライクをはじめとする5機のG兵器完成を急がせるための、血を吐くような強行軍へとダイレクトに繋がっていった。
「……やったね、ウズミ様。これで、オーブは簡単には手出しできない国になった」
ヘリオポリスの自室。カレッジが休みに入り、静まり返った部屋のベッドに腰掛けながら、僕はモニターに映るM1アストレイの演習映像を静かに見つめていた。
本来の歴史において、M1アストレイの量産が完了し、部隊としてまともに機能し始めるのは、ずっと先のことだ。地球軍によるオーブ解放作戦が迫る中、ストライクに乗った僕が急ピッチでOSを書き上げ、ようやく実戦に投入できたというギリギリの綱渡りだった。
しかし、今生では僕が数ヶ月も前倒しでTC-OSを完成させ、モルゲンレーテに缶詰めになってシミュレーションを繰り返した結果、ウズミ様はこの政治的な大博打を打つことができた。
これで、大西洋連邦もプラントも、オーブという国を単なる「技術力のある中立国」として舐めてかかることはできなくなる。
あの獅子は、僕が渡した剣と盾を、世界を牽制するための最大の外交カードとして完璧に切り放ってみせたのだ。
「オーブ本国は、これでなんとか持ち堪えられるはずだ。あとは……」
僕はモニターの電源を落とし、窓の外──平和なヘリオポリスの人工の空を見上げた。
C.E.71年、1月。
運命の歯車は、もう誰にも止められない速度で回り始めている。
オーブのMS発表によって大西洋連邦がG計画を急いだ結果、このコロニーに隠された5機のガンダムは、まもなくロールアウトの時を迎えるだろう。
そして、その「匂い」を嗅ぎつけたラウ・ル・クルーゼ率いるザフト軍の特務部隊が、この平和な日常を容赦なく引き裂きにやって来る。
「……来るなら来いよ。盤面の準備は、もう出来てるんだから」
僕は小さく呟き、ベッドの傍らに置かれたジャンク屋組合の通信用端末に視線を落とした。
トールたちカレッジの友人たち。育ててくれた両親。そして、このコロニーで暮らす人々。
この平和な箱庭が崩壊するその瞬間に向け、僕は誰にも気付かれることなく、静かに牙を研ぎ澄ませていた。