やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-14 動き出す砂を噛んだ歯車

 

 年が明け、カレンダーが「1月」のページをめくった途端、僕の中で1日1日が信じられないほど長く、そして重く感じられるようになっていた。

 

 あの『崩壊の日』まで、あと数週間。

 

 見えないカウントダウンが常に耳元でチクタクと鳴り響いているような焦燥感の中、僕はカレッジのゼミ室とモルゲンレーテの地下を行き来する、息の詰まるような二重生活を送っていた。

 

 そんな僕の目の前にあるのは、カトー教授から「頼み事」という名目で押し付けられた、地球連合軍の次期主力兵器──『G』のOSを構築・修正する膨大な作業データである。

 

 以前よりも明らかに作業の量と要求されるレベルが跳ね上がっているのは、僕がウズミ様との直談判を経て、モルゲンレーテの開発部門に「正式な席」を持ってしまったからだろう。

 

 彼らはもう、僕をただの優秀な学生としては扱っていない。オーブの切り札であるM1アストレイのOSを完成させた「特級のシステムエンジニア」として、連合から回ってくる未完成のスパゲッティ・コードの尻拭いを、限界まで僕に押し付けてきているのだ。

 

 

 僕がオーブやジャンク屋組合に提供した『TC-OS』は、パイロットが自身の癖や運用環境に合わせて容易にカスタムできるよう、コア部分のアーキテクチャが非常にオープンで洗練された構造になっている。

 

 MSという人型機動兵器のOSを、ゼロから完全に新規開発するなんていうのは現実的ではない。時間も予算もかかりすぎるからだ。

 

 ともかく「ザフトのMSを駆逐するための対抗手段」を1秒でも早く手に入れたい地球連合軍からすれば、未だに僕にこの「未完成のOS」を作らされている(修正させられている)となると、僕にはさっぱり意味が分からないのだ。

 

 すでに世界には、ユーラシア連邦で実証済みの『TC-OS』という完成された回答が存在している。

 

 大西洋連邦の諜報部や軍部が、ユーラシアに渡ったティエレンのOSの存在を知らないはずがない。彼らが本当に『G』を最速で実戦投入したいのであれば、ティエレンからTC-OSのデータを引っこ抜き、それをストライクやイージスといったG兵器にそのままインストールすればいいだけの話だ。

 

 もちろん、機体の重量バランスも、フェイズシフト装甲やビーム兵器といった特殊なエネルギー管理の概念もティエレンとは異なるため、細かなアジャストは必要になる。

 

 それでも、この不完全で未完成のOSをイチから構築し直すよりは、遥かに早く、そして確実に「実戦レベルで動かせる代物」に仕上がるはずなのだ。

 

 それなのに、大西洋連邦はそれをしない。

 

 いや、おそらくは「したくない」のだ。

 

 前世の社畜としての経験が、その馬鹿馬鹿しい大人の事情を容易に推測させていた。

 

「ジャンク屋風情が造り、あまつさえライバルであるユーラシア連邦が有難がって使っているOSなど、大西洋連邦の威信を懸けた最高機密兵器に積めるか」という、軍部とブルーコスモスの腐りきったプライド。

 

「莫大な予算を引っ張ってきた以上、大西洋連邦独自の純正OSを開発しなければ、上層部や議会への顔が立たない」という、政治的なメンツ。

 

 それらの「どうでもいい事情」が複雑に絡み合った結果、彼らは最良の選択肢を自らドブに捨て、挙句の果てに中立国の下請けに居る一介の学生、しかも向こうはしらないだろうけれども毛嫌いしているコーディネイターに、破綻しかけたコードの修正を泣きついているのである。

 

「……本当に、わけがわからないよ」

 

 僕はモニターの前で、深い深い溜息をついた。

 

 世界を守るためだの、青き清浄なる世界のためだのと声高に叫びながら、その実、彼らの目は自分たちの足元のメンツとプライドしか見ていない。

 

 このままいけば、1月下旬にザフトのクルーゼ隊がヘリオポリスを襲撃した時、G兵器たちはこの「とろくさくて歩くのがやっとなポンコツOS」を積んだまま、ジンやシグーの強襲を受けることになる。

 

 彼らの愚かさに呆れ果てながらも、僕はキーボードを叩く手を止めなかった。

 

 結局のところ、歴史通りにアークエンジェルが動き出し、僕がストライクのシートに座ることになったその瞬間──この不完全なOSを戦火の中で書き換え、完成させるのは、他でもない『僕自身』になるのだから。

 

 

◇◇◇

 

 

 ヘリオポリス、モルゲンレーテの地下深くに存在する極秘区画。

 

 僕のプライベートハンガーとも呼べるその無機質な空間には、これまで密かに組み上げてきた二機の異端なモビルスーツ──『ティエレン全領域対応型』と『高機動型ガンバレルジン』が静かに眠っている。

 

 そして今日、そのラインナップの隣に、真新しい装甲を纏った更なる一機がハンガーに固定された。

 

 その名も『ガンダムアストレイ ホワイトフレーム』。

 

 本来の歴史において、モルゲンレーテが極秘裏に開発していたオリジナルのプロトアストレイシリーズは全部で5機存在する。P01のゴールドフレームを筆頭に、ブルーフレーム、レッドフレームがこのヘリオポリスで形を成しており、加えてパーツ状態で保管されているグリーンフレーム、そしてずっと後になってから『ライブラリアン』が回収し組み上げることになるミラージュフレームだ。

 

 しかし、今僕の目の前に立つ純白のフレームを持つこの機体は、そのオリジナルのどれとも異なる、僕自身の手で完全に新規新造されたイレギュラーな存在である。

 

 機体コンセプトは、『コーディネイター向けにアジャストしたTC-OS搭載テスト機』。

 

 ナチュラル用OSのテストベッドとして造られたレッドフレームと近しい立ち位置とも言えるが、このホワイトフレームの根幹を成しているのは、僕が組み上げたあの「TC-OS」だ。そのため、コーディネイター特有の驚異的な反射神経に合わせたピーキーなチューニングが施されているものの、システム上で瞬時に切り替えれば、そのままナチュラル用の最適化設定へと移行させることができる。

 

 これで、僕が密かに隠し持っている私有MSは3機になった。

 

 来たる『崩壊の日』に、これら全てをアークエンジェルのハンガーに強引に積み込んだとしても、正直なところそれを動かすパイロットの数が圧倒的に足りていないという現実問題はある。

 

 けれども、それはそれ、これはこれだ。

 

 いざアークエンジェルが発進した時、未完成のストライク1機だけで敵のMS部隊を迎え撃つという絶望的な綱渡りを強いられるより、戦力の手札は多いに越したことはない。例えば、あの「エンデュミオンの鷹」ことムウ・ラ・フラガ大尉に、この中のどれか1機に乗ってもらうだけでも、MSの頭数が揃うことで戦術的な余裕は劇的に違ってくるはずだ。

 

 もちろん、障害物のない開けた宇宙空間での戦闘に限って言えば、彼の代名詞である『メビウス・ゼロ』の有線式ガンバレルによるオールレンジ攻撃の方が、下手にMSに乗るよりも圧倒的に強いという可能性は十分にある。

 

 それでも構わない。

 

 戦況に応じて「取れる選択肢の幅がある」ということは、先の見えない戦場を生き残る上で、単純にして絶対的なアドバンテージなのだから。

 

 僕は純白の装甲を見上げながら、やがて来る戦火の中でこの機体たちが描くであろう新たな航跡に、静かな期待を寄せていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 C.E.71年、1月15日。

 

 ついにザフト軍による、地球連合軍の重要拠点『カオシュン宇宙港』への大規模な侵攻作戦が開始された。

 

 本来の歴史であれば、この戦いは圧倒的なモビルスーツ戦力に蹂躙された地球軍の敗退、そして宇宙港の陥落という無惨な結末を迎えるはずだった。

 

 しかし、現在の戦局はザフト軍上層部の予想を──そして何より、僕自身の想定を──根底から覆す異様な様相を呈していた。

 

 緒戦においてカオシュンの防衛の要を担っていたのが、大西洋連邦ではなく『ユーラシア連邦』の部隊であったことは、連合軍にとっては望外の幸運であり、ザフト軍にとってはこれ以上ない最悪の巡り合わせと言えた。

 

 ユーラシア連邦はモーガン・シュバリエ率いるティエレン部隊がザフト軍に快勝した先の戦いでの戦果を受け、早々にティエレンを自国の主戦力MSとして正式採用することを決定していた。

 

 彼らの動きは迅速かつ徹底しており、わざわざジャンク屋組合と正規のライセンス契約を結んでまで、自国領土内の巨大工廠での『完全量産体制』へと移行していたのだ。

 

 その結果、カオシュンの防衛線には無数のオリーブドラブに塗られたティエレンが、文字通りの『鉄の壁』として立ち塞がることになった。

 

 

 結論から言えば、現在のザフト軍に配備されているMSでは、防衛線を構築したユーラシア連邦のティエレン部隊を正面から突破する手段は存在しなかった。

 

 その最大の理由は、ザフト側が決定的な火力となる『ビーム兵器』を未だ実用化できていない点にある。

 

 空を舞うディンによる爆撃や、ザウートによる重砲撃の雨を浴びても、ティエレンの分厚い重装甲は致命傷を負うことなく耐え抜いてしまう。

 

 打つ手がないザフトの通常兵装を嘲笑うかのように、ユーラシア軍のティエレン部隊は極めて冷徹な「的絞り」を行っていた。

 

 彼らが優先的に狙い撃つのは、ただ一つ。自分たちの分厚い装甲をぶち抜ける可能性のある「特化火力」を持つ機体だけだ。

 

 対拠点用D装備やバルルス改特火重粒子砲を担いだジン、あるいはフォノンメーザー砲による撃破を試みるグーンやゾノといった機体を発見するや否や、ティエレン部隊は滑腔砲の十字砲火を浴びせて即座に沈めていく。

 

 さらに、大地を四足歩行で駆け抜け、機動力で翻弄してくるはずのバクゥに対しては、決して深追いはしない。ティエレン同士で強固な密集陣形を組み、互いの死角を完全にカバーし合いながら、あらかじめ計算された弾幕の壁を形成してバクゥの「足」を物理的に殺してしまうのだ。

 

 かつて「兵士が畑から獲れる」とまで言わしめた、圧倒的な物量と泥臭い用兵を是とする大国の末裔たち。

 

 いわゆる『おそロシア』とでも呼ぶべきユーラシア連邦の力押しと、ティエレンという「歩く重戦車」の相性は、これ以上ないほどに最悪にして最強のシナジーを生み出していた。

 

 結果として、カオシュン宇宙港攻防戦は、ザフト軍がティエレン部隊の構築した防衛陣地をどうしても突破することができず、泥沼の『膠着状態』へと陥った。

 

 地球の要衝が、ザフトの手に落ちなかった。

 

 それはつまり、地球連合軍が宇宙へ上がるための足掛かりを辛うじて維持し、これ以上の戦力バランスの崩壊を食い止めたことを意味している。

 

 ヘリオポリスの自室で、僕はその戦果を伝えるニュース映像を呆然と眺めていた。

 

「……まさか、ティエレンの存在がここまで決定的に世界情勢に影響を及ぼすなんて」

 

 僕は深く息を吐き出し、額に手を当てた。

 

 ジャンク屋の自衛用にと造り上げた鈍重な機体が、巡り巡ってユーラシア大陸の覇者たちの手に渡り、世界の運命の分岐点の一つであったはずの「カオシュン陥落」という歴史のフラグをへし折ってしまった。

 

 開発者である僕でさえ、これっぽっちも考えてみなかった。

 

 僕の打った「ティエレン」という布石は、すでに僕の手を離れ、コズミック・イラの世界線を誰も知らない未知の領域へと猛烈な勢いで引きずり込もうとしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 L3宙域。かつての人類の営みの残骸が漂う暗礁の海を、二隻の鋭角的な艦影が静かに滑るように進んでいた。

 

 ザフト軍の精鋭を擁するラウ・ル・クルーゼ隊の旗艦、ナスカ級高速戦闘艦『ヴェサリウス』と、それに随伴するローラシア級MS搭載艦『ガモフ』である。

 

「……各機、帰投しました。周辺宙域に連合軍の新型極秘軍事衛星の建造施設、ならびに敵艦隊の反応は一切ありません。完全に『空箱』です」

 

 ヴェサリウスの艦橋にて、副官のアデスが忌々しげに報告を上げる。

 

 大西洋連邦がL3宙域のデブリ帯に紛れて新たな軍事衛星を建造している──プラント最高評議会から回されてきたその尤もらしい極秘情報を元に、クルーゼ隊は勇んで出撃した。しかし、指定された座標に待ち受けていたのは、ただの冷たい真空と無価値な岩塊だけだった。

 

 明らかな誤情報。あるいは、連合軍の諜報部が流したダミーの陽動。出鼻を挫かれた形となった艦橋のクルーたちが徒労感に包まれる中、指揮官席に座る仮面の男──ラウ・ル・クルーゼだけは、苛立つどころか、どこか楽しげに鼻で笑った。

 

「情報の真贋など、所詮は箱を開けてみるまで分からんものさ。軍事衛星などという退屈な的を撃つ手間が省けたと、前向きに捉えようじゃないか」

 

「しかし、隊長……」

 

 アデスが苦言を呈しようとしたその時、オペレーターの弾かれたような声が艦橋に響いた。

 

「隊長! 中立国オーブの資源衛星、ヘリオポリスに潜入中の我が軍の工作員より、暗号通信! これは……!」

 

「ほう?」

 

 クルーゼは仮面の下の目を細め、手元のコンソールに転送されてきたデータを展開した。

 

 そこに羅列されていたのは、L3の架空の軍事衛星など比べ物にならないほど、血生臭く、そして世界を根底からひっくり返すほどの劇薬とも言える特大の軍事機密であった。

 

 暗号化されたデータファイル、そこに添付されていたブレた盗撮画像(デュエルの頭部画像や他のGのパーツの一部)を見た瞬間、クルーゼの喉の奥から、抑えきれない歓喜と嘲りの笑い声が漏れ出した。

 

「中立国の皮を被ったオーブの獅子も、裏では随分と危うい火遊びをしているらしい。『他国の争いに介入せず』とは、よくもまあ抜け抜けと宣ったものだ」

 

「隊長、これは……! 地球軍が、MSを……!?」

 

「ただちに最高評議会へデータを転送しろ! そして全艦、進路を変更。第一種戦闘配置のまま、最大戦速で急行する!」

 

 クルーゼは席から立ち上がり、目前の宇宙を指差して冷徹な命令を下した。

 

「目標はオーブ連合首長国、資源コロニー・ヘリオポリス。……我らが同胞を脅かす連合の新たな剣。寝首を掻かれる前に、我々の手でへし折ってやろうじゃないか」

 

 命令を受け、ヴェサリウスとガモフのメインスラスターが青白い炎を噴き上げる。

 

 L3宙域の虚報は、結果としてクルーゼ隊という最悪の死神を、ヘリオポリスから最も近い宙域へと誘い出していた。

 

 彼らは迷うことなく、平和なコロニーへとその鋭い艦首を向けたのである。

 

 

 

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