やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか 作:星乃 望夢
カガリ・ユラ・アスハは、壁に背中を預け、固く腕を組んだまま、忌々しげに足先で床を叩いた。
頭の中を占めているのは、この平和なコロニーの地下で進行しているという、地球連合軍との極秘モビルスーツ開発計画の黒い噂だ。もしそれが事実なら、オーブの絶対的な理念である「中立」を踏みにじる最悪の裏切り行為に他ならない。尊敬する父、ウズミ・ナラ・アスハがそんなことを許すはずがない。だからこそ、自分の目で真実を確かめるために、彼女はここまで乗り込んできたのだ。その焦燥感と、真実を知ることへの恐怖が、彼女の胸の内で重苦しく渦巻いている。
しかし、今彼女の心を逆撫でし、微かな、だが無視できない苛立ちを覚えさせている原因は、その国家の存亡に関わる重大事だけではなかった。
視線の先では、半ば強引に自分の護衛兼お目付け役として同行してきたM1アストレイのテストパイロットたち──アサギ、マユラ、ジュリの3人が、あろうことか一人の冴えない学生を取り囲み、キャアキャアと賑やかに騒ぎ立てている。
「ねえねえ、最近どうなの? OSの調子は?」
「本国に戻ったら、また模擬戦付き合ってよねー!」
あのマユラに至っては、年下の少年に向かって親しげに背後から抱きつこうとまでする始末だ。普段は軍事機密の塊である機体を操り、厳しい訓練に耐え、自分に対しても過保護なほどに口うるさい姉貴分のような彼女たちが、見ず知らずの、ただの学生にこれほどまでに心を許し、あからさまに「女の顔」を見せている。
その光景が、カガリにはひどく「面白くなかった」。
普通であれば、男っ気など微塵も感じさせなかった気心の知れた友人たちに、そんな風に接することのできる相手がいることを微笑ましく思うか、「お前ら、いつの間にそんな男を作ってたんだ?」とニヤニヤからかってやるのが、カガリ本来のサバサバとした性格のはずだ。軍務とテスト飛行に明け暮れる彼女たちに、少しは青春らしい風が吹いたことを喜ぶべきなのだ。
しかし、なぜだろうか。
その少年──茶色い髪で、少し気弱そうで、友人たちにからかわれて困ったように笑っているだけの彼を見ていると、胸の奥底で名状しがたい感情がザワザワと波立つのだ。
それは嫉妬だろうか。
自分という大切な友人を差し置いて、得体の知れない少年にばかりかまけていることへの子供じみた独占欲?
いや、違う。そんな可愛らしいものではない。
もっと直感的で、理屈を超えた、まるで自身の『半身』のテリトリーに土足で踏み込まれたような、得体の知れない焦燥感。
「私の知らないところで、私の大切なものたちが、彼と親しくしている」という事実そのものが、カガリの神経をチクチクと刺激してやまないのだ。
(なんだ、あいつは。ただの学生だろう。なんであいつらが、あんなに……)
鋭い瞳で、カガリはキラを睨みつける。
ただの優男だ。軍の訓練を受けたような覇気もない。しかし、彼が纏う空気はどこか底知れず、アサギたち3人が彼に向ける視線には、単なる親愛の情を超えた「圧倒的な実力者への絶対の信頼」のようなものすら混じっているように見えた。
カガリは再び強く腕を組み直し、苛立ちを誤魔化すように帽子を深く被り直した。
父の理念を揺るがすかもしれない巨大な陰謀の影と、見知らぬ少年に対して抱くこの謎の不快感。二つの異なる苛立ちが、運命の日の幕開けを待つ彼女の心を、さらに複雑に、そして激しく掻き乱していた。
◇◇◇
突如として鋭利な刃のように僕の脳髄を激しく突き抜けた嫌な予感。
全身の産毛が逆立ち、心臓が警鐘を鳴らすような最悪の悪寒。
「────ッ!」
息を呑んだ次の瞬間、平和なカレッジのゼミ室を、足元から突き上げるような地響きが襲った。
ガタガタと窓ガラスが嫌な音を立てて震え、机の上に積まれていた資料が雪崩を打って床に散らばる。そして、その揺れからコンマ数秒遅れて鼓膜を叩いたのは、完璧に環境制御されたヘリオポリスという箱庭においては絶対に聞き慣れない、極めて暴力的で異質な音だった。
分厚い隔壁を何枚も隔てているはずなのに、腹の底にまで響いてくる重低音。鋼鉄が拉げ、装甲が灼かれるような、紛れもない『高エネルギーの爆発音』だ。
「きゃっ……!?」
「うわっ、なんだよこれ!」
突然の揺れにバランスを崩し、ミリアリアが近くのデスクにすがりつき、パワードスーツの傍らで立ち上がろうとしていたカズイが再び無様に転倒する。彼らの顔には、ただ純粋な「日常における予期せぬ事故」に対する困惑と怯えが浮かんでいた。
けれども、僕を含めたこの部屋にいる数名だけは、その音を聞いた瞬間に明確な「別世界の住人」としての顔を覗かせていた。
「……ッ」
先程まで僕をからかってやいのやいのと囃し立てていたアサギさん、マユラさん、ジュリさんの3人娘から、柔らかな「お姉さん」の空気が一瞬にして消え失せた。
アサギさんは反射的に重心を落として壁際の死角へと体を滑り込ませ、マユラさんはふざけた笑みを完全に消し去り、鋭い鷹のような目で窓の外のコロニー区画を睨みつける。ジュリさんは素早く懐から携帯端末を取り出し、モルゲンレーテ本局の暗号回線へのアクセスを試み始めていた。
そして、そのスイッチが切り替わったのは彼女たちだけではない。
週末ごとにジャンク屋の油に塗れ、あの重装甲のティエレンやワークスジンを動かすという「本物の鉄の重み」を知ってしまったトールもまた、顔色を変えて立ち上がっていた。
「ね、ねぇ、今の揺れってなんなの!?」
「なんか、凄く嫌な音もしたけど……。 プラントの事故……?」
パニックに陥りかけるミリアリアとカズイの狼狽える声を遮るように、トールが低く、いつもの軽口とは全く違う硬質な声で口を開いた。
「なぁ、キラ。……今のって、爆発だよな?」
彼も本能で理解しているのだ。
ジャンク屋のアルバイトで時として処理する事もあるその代物が炸裂した時と全く同じものであるということを。
僕は、震える胃の腑を必死に押さえ込みながら、努めて冷静な声で答えた。
「トールだけの聞き間違いなら、よかったんだけどね」
その僕の皮肉めいた肯定に、トールはギリッと奥歯を噛み締めた。
言葉を交わすまでもない。僕とアストレイの3人娘は、一瞬のアイコンタクトだけで現状を完全に共有していた。
ジュリさんの端末の画面が、通信妨害によるノイズで赤く明滅しているのが見えた。
(とうとう、来てしまった)
壁際で腕を組んでいたカガリもまた、顔を青ざめさせながらも、その瞳に強い怒りと緊張を宿して扉の方へと身構えている。
彼女にとっても、この爆発音は「父の国が裏切っていた証拠」を告げる破滅の音に聞こえたに違いない。
分かっていたことだ。
この日が来るのを待ち構えていた。それでも、いざ現実として平和な日常が理不尽な暴力に引き裂かれるこの瞬間は、覚悟していた僕でさえ足の竦むような絶対的な恐怖と重圧を伴っていた。
ザフトの精鋭、ラウ・ル・クルーゼ隊の強襲。
大西洋連邦のG兵器強奪作戦。
そして、この美しく平和なヘリオポリスが、赤い炎に包まれて崩壊していく絶望のカウントダウン。
僕の青春の終わりであり、血塗られた運命の幕開けが、今、この瞬間からついに始まってしまったのだ。
◇◇◇
「────!!」
鼓膜を突き破らんばかりのけたたましいサイレンが、突如としてゼミ室の空気を切り裂いた。
先程までの平和な日常の延長線上にあった「ただの事故かもしれない」という淡い期待は、この警報によって完全に打ち砕かれた。
「と、とにかく避難だ! 早く部屋を出よう!」
トールの悲痛な叫び声に弾かれるように、僕たちは我先にとゼミ室を飛び出した。
しかし、廊下に駆け出た僕たちを待っていたのは、絶望的な現実だった。
「駄目だ! エレベーターの電源が完全に落ちてる!」
パネルを何度も叩くサイの声が裏返っている。
「仕方ない、階段を使うのよ!」
ミリアリアが指差す非常階段の扉へ向かって、僕たちは無我夢中で走り出した。
階段はすでに、恐怖に顔を引き攣らせた大人たちや学生たちで溢れ返っていた。
「すみません! 一体何があったんですか!?」
サイが、息を切らして上から降りて来た男性を捕まえて怒鳴るように尋ねた。
男性は、信じられないものを見たというように目を剥き、震える声で答えた。
「ザフトだ……! ザフトの攻撃だ! モビルスーツが、このコロニーの中に侵入してきてるんだよ!!」
「ザフトの……MSが!?」
その一言に、サイたちカレッジ組は完全に絶句し、足の裏を床に縫い付けられたように立ち尽くしてしまった。無理もない。中立国であるオーブの、この平和なヘリオポリスにザフトの兵器がなだれ込んでくるなど、彼らの常識の範疇を完全に超えた出来事だったからだ。
だが、その凍りついた時間の中で、ただ一人、弾かれたように全く別の方向へ──避難経路である上階のシェルターではなく、あろうことか爆発音が響く工場ブロックへ向かって駆け出した者がいた。
「っ……!!」
カガリが走り出すのを見た瞬間、僕は迷わずその背中を追って走り出していた。
「ちょ、おい、キラ! どこ行くんだよ! そっちは……!」
トールの制止の声が背中に突き刺さる。
「放っておけないだろ! トールは皆と先に避難するんだ! 絶対にシェルターに入ってくれ!」
僕は振り返らずにそう叫び返し、カガリのあとを追う。
そんな僕のすぐ後ろから、バタバタと複数の足音がついてくる。
アサギさん、マユラさん、ジュリさんの3人だ。彼女たちにとっての最優先事項は「姫様」であるカガリの護衛だ。僕がカガリを追えば、必然的に彼女たちもついてくる。
「アサギさん! 本国からM1は持ってきてないんですか!?」
走りながら、僕は半ば八つ当たりのように叫んだ。
「あるわけないでしょ! 今回はお忍びで民間人に紛れて入国してきたんだから!」
アサギさんが苛立たしげに怒鳴り返す。
「あればあったで、今頃こんな階段走ってないで使ってるわよ!」
マユラさんも息を切らしながら毒づき、一番後ろからジュリさんが「カガリ様、待ってくださいよー!」と悲鳴のような声を上げている。
肺が焼け焦げるように痛む中、ようやく開け放たれた隔壁の向こうに彼女の姿を捉えた時、そこはすでに『戦場』の真っ只中であった。
広い地下工場の吹き抜け通路。
その遥か眼下には、見慣れない鋼鉄の巨人が二機、ハンガーに横たわるように固定されている『イージス』と『ストライク』。
そして、その機体の周辺では、地球連合軍の整備士たちやザフト軍の緑のノーマルスーツが、激しい銃撃戦を繰り広げていた。
マズルフラッシュが工場内を照らし、ライフルの乾いた銃声が雨あられのように響き渡っている。
通路の手摺りに身を乗り出したカガリは、その光景──オーブの工廠に存在する地球軍の新型機動兵器を目の当たりにし、ギリッと奥歯を噛み締めると、胸の奥底から絞り出すような、悲痛な絶叫を上げた。
「やっぱり、地球軍の新型機動兵器……っ、お父様の裏切り者ぉっ!!!!」
その声は、銃声が飛び交う広大な工場空間だというのに、やけにクリアに木霊して響き渡った。
「ちょっ、冗談じゃないっ!!」
僕は背筋に氷柱を突き立てられたような悪寒を感じ、声に出して毒づいた。
いや、原作の知識として彼女がここで叫ぶことは識ってはいた。知ってはいたけれども! 実際に目の前で本物の銃弾が飛び交い、人が死んでいる極限状態の中で、あんなに目立つ大声を張り上げる人間が本当にいるか!? 危機感というものが完全に欠如しているとしか思えない!
僕は考えるよりも先に身体を投げ出し、カガリの腕を強引に引っ張り込んだ。そのまま彼女の細い身体を胸に抱き込むようにして、固い金属の床へと押し倒し、上から完全に覆い被さった。
直後、カガリの叫び声に反応して下から撃ち上げられたアサルトライフルの銃弾が、僕の頭のすぐ上──数秒前までカガリの頭があった場所の手摺りに着弾し、火花と金属片を撒き散らした。
あと一瞬遅れていたら、僕も彼女も頭を吹き飛ばされていただろう。
「カガリ様!!」
「キラ君、こっち!」
「マユラ、もっと強く引っ張って!!」
床に伏せた僕とカガリの襟首を、後ろから駆けつけたアサギさんたちがものすごい力で掴み、ズルズルと射線の通らない物陰へと引きずり込んだ。
安全な壁際に引き寄せられた瞬間、僕は息も絶え絶えに、腕の中のカガリに向かって怒鳴りつけた。
「正気なのか!? あんな本物の銃撃戦のど真ん中で大声を上げるなんて! 死にたいのか!」
「あ、いや、その……す、すまん」
僕のただならぬ剣幕と、実際にすぐ頭上で弾けた銃弾の恐怖に、さすがのカガリも青ざめた顔でしどろもどろに謝罪した。
すまんで済めば警察も軍隊も要らないんだよ、と言いたかったが、今はそんなボケをしている暇はない。
「とにかく、一刻も早くシェルターに避難しないと。ここじゃ流れ弾でいつ死んでもおかしくない」
「ここに来る途中で、いくつかシェルターの入り口は見たわね」
アサギさんが冷静に周囲を見回すが、マユラさんが顔をしかめて首を横に振った。
「でもアサギ。私たちが通ってきた区画のシェルター、ほっとんど満員を知らせる赤ランプが点いてたでしょ。どこもパンパンよ」
「とにかく探して避難するのよ! 最悪、カガリ様とキラ君だけでも押し込まないと!」
ジュリさんの切実な声に背中を押され、僕たちは低い姿勢を保ちながら、壁の案内表示に従ってシェルターの入り口を探し歩いた。
やがて見つけた一つのシェルター。分厚い防爆扉の横にあるインターホンを押すと、中からくぐもった声が返ってきた。
『すまない! もう酸素維持のリミットギリギリなんだ! あと一人……あと一人しか入れない!』
その言葉を聞いた瞬間、僕と3人のテストパイロットたちは、言葉を交わすことなく互いに視線だけで「了解」のサインを交わした。
そして、4人がかりでカガリの肩と腕をガシッと掴むと、シェルターの小さなエアロックの扉へと、有無を言わさず彼女を力任せに押し込んだのだ。
「お、おいっ! お前たち、何を……!」
「大丈夫だから! 君は行って!」
カガリが抗議の声を上げるのも構わずに僕たちが彼女を押し込むと、アサギさんが容赦なく閉鎖ボタンを叩き、エレベーターの扉が彼女の姿を完全に遮断した。
「ふぅ……」
僕は一つ、大きなため息をついた。これで姫様の安全だけは確保できた。一つ目の大仕事はクリアだ。
だが、僕にはまだ、絶対にやらなければならない「重すぎる仕事」が山積みになっている。
「……それで、私たちは次どうする? キラ君」
アサギさんが、まるで部下が指揮官に指示を仰ぐような真剣な目で僕を見た。
「左のブロックにもシェルターの表示がありますけど……あそこへ行くには、下の銃撃戦が起きている吹き抜けの通路側を行かないとならないですね」
「上等よ。腹括って突っ走ってやろうじゃん! 少なくとも、こんな所にジッとしててもどうにもならないしね」
マユラさんが、気丈に笑って服の袖を捲り上げた。
「ええ。……走り抜けますよ」
僕たちは強く頷き合い、来た通路を戻って、再びあの吹き抜けの銃撃戦の真上へと差し掛かった。
眼下では、未だにストライクとイージスを奪おうとするザフトの赤服と緑服、そしてそれを死守しようとする地球軍の将兵が、凄惨な殺し合いを続けていた。
(あの中に……アスランがいる)
心臓が早鐘を打つ。僕は手摺りの陰から身を隠しつつ、無意識のうちに赤服のノーマルスーツを探して戦場を見下ろしていた。
その時だ。僕の視界の端で、ストライクのコックピットハッチの上によじ登り、ライフルで応戦している地球軍の女性士官──マリュー・ラミアス大尉の背後に、回り込んだザフトの緑服がライフルを構えるのが見えた。
「危ないっ、後ろ!!」
僕は考えるよりも先に、大声で叫んでいた。
その声に反応してハッと振り向いたマリューさんが、間一髪でザフト兵へ向けてライフルの引き金を引いた。緑服の兵士が崩れ落ちる。
「キラ君! 何してるの、急いで!」
ジュリさんが僕を呼び掛け、再び走り出そうとした。
しかし、その直後だった。
轟音と共に、僕たちの目の前の通路──ちょうど僕とジュリさんたちの間の脇から起こった爆発が視界を遮った。
咄嗟の判断で、僕は全力のバックステップを踏んで炎から逃れ、ジュリさんたちも前方に飛び込んで難を逃れた。
「ジュリさん! アサギさん、マユラさん!」
「大丈夫! 私たちは無事よ!」
炎と黒煙の向こう側からアサギさんの声が返ってくる。しかし、通路は完全に崩落し、瓦礫の山となって僕と彼女たちを分断してしまっていた。
この状況で合流を図るのは自殺行為だ。
僕はポケットから、ある『切り札』を取り出し、全力で瓦礫の向こう側へと放り投げた。
「アサギさん! コレを受け取ってください!!」
カチャッ、と端末が床を滑る音がする。
「これは……!?」
「僕のハンガーのアクセスキーです! 案内マップのアプリを起動してますから、それに従って一番奥の区画へ行ってください! そこに……僕が組み上げたMSがありますから!」
「……っ! MSが、こんな所に!?」
「わかったわ! それを使って、ここを脱出する!」
アサギさんの声に迷いはなかった。テストパイロットとしての本能が、状況を瞬時に理解したのだ。
「死んだらお姉さん絶対に許さないからね、キラ君! 無理だけはしないでよ!」
マユラさんの悲痛な声が遠ざかっていく。
「すぐ戻って来るから! 頑張って!」
ジュリさんの声を最後に彼女たちの足音が完全に聞こえなくなるのを見届けた僕は、再び燃え盛る通路の端から眼下を見下ろした。
「君! こっちへ! 早く降りて!」
下から、ストライクの装甲の上にいるマリューさんが僕に向かって声を掛けて来た。
辺りを見渡しても、迂回して安全に下へ降りるための階段やエレベーターなどは、爆発でもうどこにも残っていなかった。
(……仕方ない。飛ぶしかないか)
覚悟を決めて眼下を見下ろす。
ストライクの装甲までは、軽く見積もっても5メートル以上の高さがある。ビルで言えば2階から3階の高さだ。コーディネイターの身体能力でなければ、確実に足を折るか、打ちどころが悪ければ死ぬ高さだ。
「ええいっ、クソッ!」
おっかなくて足がすくむ。しかし、ここでやらなけりゃ焼け死ぬだけだ。僕はなけなしの勇気を振り絞り、燃え盛る通路から、ストライクへ向かって身を躍らせた。
「ぐっ……かはっ! いったぁぁっ!!」
着地の瞬間、下手くそな受け身をとってしまい、僕は下顎をストライクの硬い装甲板に思い切り強打した。脳が揺れ、涙が出るほど痛い。しかし、痛みに悶絶している暇はなかった。
僕が顔を上げたその時、マリューさんの背後に、ライフルを構えたザフトの赤服のノーマルスーツが見えた。
「危ないっ!!」
僕は痛みをこらえて立ち上がり、マリューさんに向かって全力でタックルをかまし、彼女の身体を装甲の上へと力任せに押し倒した。
「君っ、急になにを!?」
急に押し倒されてマリューさんが驚愕の声を上げた直後、彼女と僕の頭のすぐ真上を、赤い火線を引いたライフルの掃射が通り過ぎ、ストライクの装甲で激しい火花を散らした。
(……間に合った)
僕はマリューさんの身体の上からゆっくりと身を起こし、赤服を睨みつけた。
ナイフを構えてストライクの上に飛び乗って来たそのノーマルスーツのパイロット。
ヘルメットのバイザー越しに目が合う。
たとえ顔が全部見えなくとも、その瞳の色を、立ち姿を、僕が見間違えるはずがなかった。
「……キ、ラ……?」
バイザーの奥で、信じられないものを見るように、大きく見開かれた瞳。
その唇が、震えるように僕の名前を紡いだ。
「アスラン……っ」
僕が僕なりになにをしようとも、運命の歯車は冷酷に回り続け、僕たちはついに──戦場という最も最悪なシチュエーションで、避けることのできない『再会』を果たしてしまったのだった。