やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか 作:星乃 望夢
擱座したジンの脅威が去り、不気味なほどの静寂が工区に降りてきた。
ストライクのコックピットハッチを開け、硝煙の匂いが立ち込める外の空気を吸い込みながら、僕は小さく息を吐いた。
原作の通りであれば、ここから先はひどく理不尽な展開が待っている。
民間人である僕が、地球連合軍の最高機密である『G』を勝手に動かしてしまったという事実。そして、その戦闘の一部始終を、避難し損ねたトールたちが見てしまったという事実。それらを理由に、負傷して血を流したマリューさんが銃を突きつけ、僕たち全員を軍の機密保持法を盾に拘束するというのが、本来の歴史の流れだ。
しかし、現在の状況はあの原作とは決定的に異なっていた。
まず第一に、僕が身を挺して庇ったおかげで、マリューさんはアスランに撃たれておらず、無傷である。痛みや出血による焦燥感がない分、連合軍の将校としての彼女の思考は、極めて冷静で落ち着いた判断ができる状態にあった。
そして何より決定的に違うのは──僕自身の『立場』だ。
「……君たち。無事だったのは何よりだけれど、ここから立ち去らせるわけにはいかないわ」
ストライクから降り立ったマリューさんが、瓦礫の陰から恐る恐る姿を現したトール、サイ、カズイ、ミリアリアの4人を呼び止め、毅然とした声でそう告げた。彼女の右手は、ホルスターの拳銃に軽く添えられている。
「大西洋連邦宇宙軍所属、マリュー・ラミアス大尉よ。あなたたちは、我が軍の最高機密である新型機動兵器の存在と、その戦闘を見てしまった。未公表の軍事機密に触れた以上、あなたたちの身柄は一時的にこちらで保護、あるいは拘束させてもらうことになります」
「え……っ? 拘束って、俺たち何もしてないですよ!」
「たまたま逃げ遅れて、巻き込まれただけなのに!」
トールとサイが顔を引き攣らせて抗議するが、マリューさんの表情は崩れない。
彼女の言い分は軍人として、そして機密兵器を預かる責任者として完全に正しい。まだ正式公表前の機体であるストライクの存在がザフトや他国に漏れれば、連合にとって致命的なダメージとなる。だから仕方がない措置だ。
とはいえ、巻き込まれたトールたちからすれば「ふざけんな」の一言に尽きるだろう。コロニーが戦場になり、必死に逃げていただけで不可抗力のとばっちりを受け、挙句の果てに軍に拘束されるなど、堪ったもんじゃない。
ミリアリアが怯えたようにトールの背中に隠れ、カズイが絶望したようにへたり込みそうになったその時。
「──その必要はありませんよ、ラミアス大尉」
僕はストライクから離れて、彼らとマリューさんの間に割って入った。
「君……っ。君だって、民間人が軍の機密兵器を無断で操縦したのよ! いくら私を助けてくれたとはいえ、軍法会議ものの──」
「民間人、ではありませんよ」
僕はマリューさんの言葉を遮り、制服のポケットから一枚のIDカードを取り出して彼女の目の前に提示した。
「僕はキラ・ヤマト。ジャンク屋組合にて開発工作部門のライセンスを持つ技術者であり……同時に、オーブ連合首長国国防軍、モルゲンレーテ社統合開発局所属の『技術士官』ならびに『テストパイロット』の席を持つ者です」
「……は?」
マリューさんの目が、これ以上ないほどに丸く見開かれた。
隣では、カレッジの友人たちが「えっ?」「はい!?」と素っ頓狂な声を上げている。トールでさえ「オーブ軍の士官って、マジかよ……」と顎を外さんばかりに驚いていた。
「な、何を言っているの? オーブの技術士官? ジャンク屋組合? あなた、ヘリオポリスのカレッジの学生じゃ……」
「学生と兼任しているんです。先程のOSの挙動、大尉もご覧になりましたよね? 僕はユーラシア連邦に配備されている『ティエレン』と、それに搭載された『TC-OS』の開発者でもあります。そして現在、オーブ軍の新型MS『M1アストレイ』のシステム開発責任者の一人として、このヘリオポリスの極秘区画で任務に就いていました」
立て続けに投下された特大の肩書きと実績に、マリューさんは完全に言葉を失い、提示されたIDカードと僕の顔を何度も見比べている。
「……それに、あちらを見てください」
僕が顎でしゃくると、擱座したジンの傍らで周囲を警戒している純白のモビルスーツ──アストレイ ホワイトフレームが、その頭部カメラをこちらへ向けていた。
「あちらの機体に乗っているのも、オーブ軍の正規パイロットです。……大尉、ここは中立国オーブの領土であり、僕たちはオーブの軍属です。大西洋連邦の軍人であるあなたが、同盟国でもないオーブの士官と、その保護下にある民間人を拘束する権限は、国際法上どこにも存在しません」
理論武装と、圧倒的な立場の違い。
原作ではただの巻き込まれた少年だったキラ・ヤマトは、僕の知恵と、死に物狂いで積み上げてきた『実績』によって、地球連合軍の将校と対等以上に渡り合えるだけのカードをすでに揃えていたのだ。
「……っ」
マリューさんは拳銃のホルスターから手を離し、深く、深くため息をついた。
彼女は賢く、善良な人だ。僕の言葉がハッタリではないと理解し、同時に、自分たちがオーブの領土で勝手にG兵器を造り、結果としてこのコロニーを戦火に巻き込んでしまったという『負い目』を痛いほどに感じているはずだった。
「……わかったわ。あなたの身分と主張は理解した。拘束はしない」
マリューさんは降参するように両手を軽く上げ、トールたちに向かって小さく頭を下げた。
「怖い思いをさせてごめんなさい。でも、どうかお願い。私たちも、ザフトにこの機体を渡すわけにはいかないの。……アークエンジェルへ、私たちの艦へ案内させてくれないかしら?」
拘束という理不尽な形ではなく、あくまで「協力の要請」。
マリューさんが落ち着いた判断を下してくれたことに、僕は内心でホッと胸を撫で下ろした。
「おい、キラ……お前、今の全部マジなのかよ?」
「TC-OSって、あのユーラシアのティエレンの……? キラが?」
「どうなってんのよ、これ……」
トール、サイ、ミリアリア、カズイの4人が、まるで宇宙人でも見るような目で僕を取り囲んでくる。
彼らにとっては、平和な日常がいきなり崩壊しただけでなく、いつも一緒にいた気弱で大人しい友人が、実は世界を揺るがす兵器の開発者であり、他国の軍人を論破する士官だったという、二重のショックを味わっている最中だろう。
「ごめん、皆。黙ってて。……でも、今は説明している時間がないんだ」
僕は彼らに申し訳なさを感じながら、再びストライクを見上げた。
どう足掻いても、僕たちはあの白亜の艦──アークエンジェルへ向かわなければならない。そして、宇宙空間で待ち構えているであろうラウ・ル・クルーゼという死神の包囲網を、どうにかして突破しなければならない。
殺したくはない。けれども、戦わなければ生き残れない。
だったら、本当に怖くて嫌だけれど、戦うしかないじゃないか。
◇◇◇
「ナチュラルでも動かせる様に、TC-OSを調整しました」
先程まで怯えきった顔をしていた少年──キラ・ヤマトが残したその言葉は、マリュー・ラミアス大尉にとって、にわかには信じがたい事実としてコックピットの中で反響し続けていた。
しかし、現実は彼女の常識を凌駕している。マリューが握る操縦桿の動きに合わせ、数十トンの質量を持つストライクは、まるで彼女自身の肉体の延長であるかのように、極めて滑らかに、そして正確に崩落した工区の瓦礫を踏み越えていく。姿勢制御の演算遅延も、歩行時の致命的なバランスの崩れも一切ない。
パイロットが「前進する」「障害物を避ける」という大まかな意思をインプットするだけで、OSが瞬時に数千の環境データと機体状況を演算し、最適解のモーションをオートマチックに出力する。それが、天才的なコーディネイターの少年によって再構築された『TC-OS』の絶大な恩恵であった。
「……これが、完成されたOS。私たちがあれほど血反吐を吐いて、それでも辿り着けなかった領域……」
マリューは感嘆と、そして自国の軍上層部に対する拭い去れない絶望感を噛み締めながら、ストライクを慎重に進ませた。
ザフト軍の精鋭部隊による強襲と、侵入したジンが撒き散らした重突撃機銃の弾雨によって、ヘリオポリスのモルゲンレーテ秘密工区は無残な鉄屑の墓場と化していた。至る所で火災が発生し、消火ガスの白い煙と硝煙が視界を遮っている。
その地獄絵図のような惨状の中、奇跡的に生き残った地球連合軍の士官や技術者たちが、ストライクの稼働音を頼りに、自発的に集まり始めていた。
マリューはストライクの外部スピーカーを起動し、冷静な士官としての声色を作って生存者たちへ指示を飛ばす。
「私は地球連合軍、マリュー・ラミアス大尉です! 負傷者は安全な隔壁の奥へ! 比較的動ける者は、早急にストライクの換装用武装──エール、ソード、ランチャーの各ストライカーパックの無事を確認し、搬出の準備を! 同時に、ドックで待機している特装艦『アークエンジェル』とのレーザー通信、あるいは有線での回線復旧を急いで!」
彼女の的確な指示のもと、生き残った者たちは絶望的な状況の中でも軍人・技術者としての矜持を取り戻し、迅速に動き始めた。
通信設備がジャミングと物理的破壊で寸断される中、マリューはストライクのセンサーを最大出力にして工区の奥、予備ハンガーやデータ保管庫の状況をスキャンしていく。
そして、被害を免れた奥の耐爆区画のハッチをストライクのマニピュレーターでこじ開けた時、マリューはそこにあった「残存戦力」のラインナップを見て、言葉を失った。
そこには、奪われた4機のG兵器の代わりに、暗がりの中で出撃の時を待つ3機の人型機動兵器が固定されていた。
1機目は、データ収集および仮想敵機として徹底的に解析・改造されたザフトの『ジン』。
2機目は、ユーラシア連邦で採用され、その重装甲と堅牢さでザフトを苦しめている『ティエレン』の宇宙用。
そして3機目は──奪われたはずの機体と全く同じシルエットを持つ、予備パーツで組み上げられたアグレッサー(仮想敵)兼テスト用ベッドの『デュエル』であった。
「これは……TC-OSの実証テスト機……!」
マリューの唇から、苦々しい呻き声が漏れる。
連合軍の上層部が下した至上命令は、「大西洋連邦の純正OSを搭載した状態での、G兵器の完全なる完成」であった。中立国の下請けや、ユーラシアで採用されたジャンク屋発祥のOSなど、連合の威信をかけた最高機密兵器に搭載するなど言語道断である、と。
しかし、現場で実務を担う技術者たちは、その要求が現実を無視した狂気の沙汰であることを痛いほど理解していた。
一刻も早くザフトのMSに対抗しうる戦力を完成させなければならないというのに、ゼロからOSを構築する余裕などあるはずがない。だからこそ、現場のモルゲンレーテの技術者たちは、上層部の目を盗むようにしてこの予備ハンガーに『裏のテスト環境』を構築していたのだ。
ジン、ティエレン、そして予備フレームで組まれたデュエル。
この3機には、すでにキラ・ヤマトの手によって構築されジャンク屋組合に提供されたものと同等の『TC-OS』が極秘裏にインストールされ、徹底的なアジャストが施されていた。
そう、これらはすべて「訓練を積んだナチュラルであれば、今すぐにでも実戦レベルで完璧に稼働させられるモビルスーツ」なのである。
マリューは、血塗られた工区を振り返った。
もし、上層部が下らないメンツや政治的プライドを捨て、汎用性と完成度に優れるこのTC-OSを初期段階からG兵器全機に正式採用していれば。
ザフトが襲撃してきたあの瞬間、未完成のOSで機体を立ち上がらせることすらできず、次々と撃ち抜かれて死んでいった同僚たちは、生き残っていたかもしれない。
4機もの最高機密を、易々と奪われることもなかったかもしれない。
システム面の確実な「近道」にして「最高峰の完成品」が目の前に存在していたというのに、それを使わずにすべてをオーダーメイドで仕上げろと強要した結果が、この無残な死体の山と、奪われた機体たちなのだ。
現場の人間からすれば、アホくさくてやってられない、という徒労感すら通り越し、強烈な殺意すら湧き上がるような軍の硬直した官僚主義。
「……皮肉なものね。私たちが守るべき『純正品』は奪われ、軍の規定違反スレスレで組まれた『テスト機』たちが、私たちの命綱になるなんて」
マリューは自嘲気味に呟きながらも、その瞳には再び強い光を宿した。
過去の愚行を悔やんでいる暇はない。今、この手元にはTC-OSによってナチュラルでも動かせる「実践レベルのデュエル」、そして堅牢な「ティエレン」と「ジン」が残されている。そして何より、あの計り知れない才能を持つ少年に託された『ストライク』がある。
これだけの戦力と機材をアークエンジェルに搬入することができれば、この絶望的なヘリオポリス脱出戦において、最大の切り札となるはずだ。
マリューは生き残った技術者たちへ向けて、残存MS3機とストライカーパック全種の即時搬出命令を、決意に満ちた声で下した。
◇◇◇
僕たちは、アサギさんが操縦する純白のモビルスーツ──『アストレイ ホワイトフレーム』の背中を追うようにして、崩壊の傷跡が残るモルゲンレーテの地下秘密工区へと足を踏み入れていた。
先程の戦闘で瓦礫の山と化した区画とは別方向、一般の技術者たちにはその存在すら知らされていない、僕の最上位アクセス権限によってのみ開かれるプライベートハンガーへの道だ。
そこには、来たるべきこの「崩壊の日」のために、僕が密かに手塩にかけて組み上げておいた『ティエレン全領域対応型』と『高機動型ガンバレルジン』が、静かに眠ったまま残されている。
そして、この火事場泥棒のような混乱状況を利用して、僕なりにもう一つ「今回、アークエンジェルへ持ち出しても歴史の大きなうねりに影響を与えないだろう機体」に心当たりがあった。
モルゲンレーテが水面下で開発を進めていた、オリジナルの『プロトアストレイ』シリーズ。
P01のゴールドフレームは、あの野心家ロンド・ギナ・サハクが、デュエル用のバズーカを奪ってすでにこのヘリオポリスから持ち出している頃合いだろう。叢雲劾に渡るべきブルーフレームと、ロウ・ギュールに拾われるべきレッドフレームは、彼らの数奇な運命を狂わせないためにも、絶対に手を出してはならない。
後々ライブラリアンに回収されて魔改造を施されることになるミラージュフレームも、歴史の修正力がどう働くか不気味なので、下手に触れずに放置するのが賢明だ。
しかし、残る一機。ジャングルのゲリラ戦士トロヤ・ノワレの手に渡ることになる『グリーンフレーム』だけは別だ。
あの機体が本格的に表舞台へ姿を現すのは、この第一次連合・プラント大戦が終わった後の時代。つまり、この大戦の期間中に僕たちが一時的に持ち出したとしても、大戦終結後──DESTINY期が始まる前までに、何食わぬ顔でモルゲンレーテ本国へと返却しておきさえすれば、タイムスケジュール上の「空白期間」として辻褄を合わせることができるのだ。
現状、グリーンフレームはフレームと装甲がバラバラのパーツ状態でコンテナに収められている。
アークエンジェルのハンガーで航行中に組み上げることは十分に可能だ。仮に組み上がらなかったとしても、共通規格を持つプロトアストレイである以上、アサギさんが乗るホワイトフレームの貴重な予備パーツとして振り分けることができる。戦場において、パーツの互換性というものは文字通り命綱になる。
原作のように、マリューさんに銃を向けられて拘束され、押し問答をするという余計な時間を一切使っていないからこそ、事態は僕の想定通り、極めてスムーズに、そして効率的に進んでいた。
「おっ! キラ、俺はこのデカブツでいくぜ! ジャンク屋で散々動かしてるからな!」
ハンガーに辿り着いた瞬間、トールが目を輝かせてティエレン全領域対応型へ駆け寄ろうとした。しかし、僕はその腕を掴んで制止した。
「気持ちは分かるけど、トールはこっちの『ジン』の方を運び出してくれないかな」
「えっ? なんでだよ! 俺、ジンよりティエレンの方が得意なのに!」
「トールがジャンク屋で乗っていた宇宙用ティエレンと、この『全領域対応型』は、積んでるメインジェネレーターの出力も、スラスターの推力も全くの別物なんだ。ピーキーすぎて、今のトールじゃ制御しきれずに壁に激突しちゃうよ」
「うっ……マジかよ……」
僕の真っ当な指摘に、トールは渋々といった様子で頷き、ガンバレルジンのコックピットへと向かった。
「サイ、カズイ、ミリアリア! アサギさんたちの指示に従って、あの奥にあるコンテナ群のパーツを、台車に積んで運び出すのを手伝ってくれ!」
「わ、わかった!」
サイたちが慌ただしく動き出す。それをアサギさんのホワイトフレームがサポートし、巨大なコンテナが次々と工区の外へと搬出されていく。
よし、これで戦力と物資の確保は完了だ。
僕自身は、トールに代わって本命の『ティエレン全領域対応型』のコックピットへ滑り込み、TC-OSの最終起動シーケンスを走らせた。
──その時だった。
「────!!」
僕の脳裡を、再びあの鋭利な閃光が真っ直ぐに突き抜けた。
空間認識能力が捉えた、極度の緊張と死の気配。そして、焦燥感。
「焦っちゃダメです! やられますよ!」
僕は無意識のうちに叫んでいた。
ティエレンのマニピュレーターで、ハンガーの武器ラックに立て掛けられていたレーザーライフルを乱暴に引っ掴み、工区の開け放たれたゲートから猛然と外へ飛び出す。
ラックに立て掛けられていたレーザーライフルを乱暴に引っ掴み、工区の開け放たれたゲートから猛然と外へ飛び出す。
「おい、キラ!? どこ行くんだよ!」
背後からトールの叫び声が聞こえたが、僕はそれを完全に無視し、スラスターペダルを床が抜けるほど踏み込んだ。
(今、ムウさんが……死にかけている!)
空間認識能力の波長が教えてくれる。
「エンデュミオンの鷹」ムウ・ラ・フラガの乗る地球軍のモビルアーマー『メビウス・ゼロ』が、今まさにこのヘリオポリスの巨大なメインシャフトの内部で、ザフトの仮面の死神──ラウ・ル・クルーゼの乗る指揮官機『シグー』と、死闘という名の絶望的な撃ち合いを演じているのだ。
ミゲルがジンを失い、脱出した。その報告を受けたクルーゼは、「地球軍の未完成な新型機が、それほどまでに動いている」という異常事態に対し、直接始末をつけるべく自らシグーを駆ってコロニーの内部へと強引に乗り込んできたのだ。
ムウさんは、彼がヘリオポリスの居住区へ侵入するのを阻止するために、必死に追いすがっている状態だ。
しかし、入り組んだ狭いメインシャフトの空間内では、メビウス・ゼロの最大の武器である有線式ガンバレルは、障害物に阻まれて満足に展開することができない。機動力と武装で圧倒的に勝るシグーの猛攻を前に、ムウさんのゼロはすでにボロボロにされ、撃墜の危機に瀕しているはずだ。
「くそっ……間に合えッ!! 間に合えぇぇぇ!!」
僕はティエレンの推力を限界まで絞り出し、崩落した道路を蹴り飛ばして空へと飛び上がった。
足元から伝わる重力が徐々に軽くなっていく。コロニーの回転が生み出す人工重力の領域から解き放たれ、コロニーの中心軸──無重力帯へと突入した。
直後。
眼前の巨大なメインシャフトの中腹が、凄まじい爆発と共に内側から吹き飛ばされた。
砕け散る鋼鉄の装甲板と炎の奔流を突き破り、銀色に輝く悪魔のようなシルエット──クルーゼの『シグー』が、悠然とヘリオポリスの空間へと姿を現した。
「これ以上、やらせるかッ!!」
本来の歴史のように、僕がストライクのランチャーストライカーを換装し、あの超高インパルス砲『アグニ』をシャフト内でブッ放すような真似はしない。あんなものをコロニーの内部で撃てば、それが引き金となってヘリオポリスそのものが崩壊する致命傷になりかねないからだ。
アグニを撃たないからマシだとも思いたい。それでも、クルーゼのシグーがこのまま暴れ回れば、外壁や環境維持システムが傷つけられ、最悪の場合コロニーが崩壊してしまうかもしれない。
ふざけるな。
ここには、僕たちの生活があるんだ。
カレッジの友達と笑い合った日々があり、両親と囲んだ温かい食卓がある。
来週には、またジャンク屋に皆で顔を出しに行く予定だってあったのに。
そんな、僕の愛した平和な箱庭を、泥靴で踏みにじり、理不尽な暴力で破壊しようとするあの仮面の男を、僕は絶対に許さない。
「落ちろぉぉぉッ!!」
僕は血を吐くような絶叫と共に、ティエレン全領域対応型の照準システムをシグーへロックオンさせ、手にした高出力レーザーライフルの引き金を、一切の躊躇なく引き絞った。
赤熱する一条の光線が、静寂の無重力空間を切り裂き、死神の喉元へと真っ直ぐに殺意を乗せて突き進んでいった。