やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

20 / 22
PHASE-19 決死の銃口

 

「────!?」

 

 ラウ・ル・クルーゼの脳髄を、かつて味わったことのない異質な閃光が鋭く突き抜けた。

 

 それは宿敵である「エンデュミオンの鷹」──ムウ・ラ・フラガとの間に交わされる、あの神経を撫で回されるような泥臭い共鳴とは全く異なる波長だった。

 

 もっと純粋で、ひどく研ぎ澄まされていて、それでいてクルーゼの命を確実に刈り取ろうとする、凍てつくような絶対的な『殺意』。

 

「チィッ……!」

 

 考えるよりも早く、クルーゼは仮面の下で舌打ちをしながら、反射的にシグーの操縦桿を限界まで叩き倒し、背部のメインスラスターと姿勢制御バーニアを爆発的に吹かした。

 

 直後、先程までシグーのコックピットブロックが存在していた虚空を、超高熱の赤い線条──高出力レーザーライフルのビームの奔流が、空間を焼き焦がしながら音もなく通り過ぎていった。

 

 シグーの装甲表面の塗料が、掠めただけの熱量でチリチリと焼け焦げる。もし直撃していれば シグーの装甲ごと一瞬で蒸発させられていただろう。

 

「なんだ……? 今の、忌々しい感覚は」

 

 シャフトの爆発で生じた白煙とデブリの海を抜け、体勢を立て直したクルーゼは、即座にメインモニターの光学カメラを最大倍率へと拡大させた。

 

 そこに映し出されたのは、燃え盛るコロニーの炎を背にして、一直線にこちらへと向かってくる『紺色のモビルスーツ』の姿であった。

 

「……ティエレンだと? いや、違うな」

 

 ユーラシア連邦で猛威を振るい、今やジャンク屋組合の代名詞ともなりつつある重装甲の汎用作業機、ティエレン。

 

 しかし、光学センサーが捉えたその機体は、クルーゼの知る鈍重な歩く戦車とは、根本から『別物』であった。

 

 大型のスラスター内蔵されている両肩のシールド兼用なのだろうバインダーが異様な威圧感を放ち、その脚部もオリジナルの太さは無く滑らかな曲線を描いているシルエット。

 

 重力下での泥臭い運用を前提とした機体とは到底思えない、宇宙空間での高機動戦闘に完全に特化した、悪魔的なシルエット。

 

 何よりクルーゼを驚愕させたのは、その紺色のティエレンが魅せる『機動力』そのものであった。

 

「あの質量を抱えながら、これほどのスラスト制御と加速を見せるとは……」

 

 今、彼が母艦ヴェサリウスの格納庫に置いている『ジン・ハイマニューバ』と全く遜色がない速度で向かってくるのだ。

 

 ジン・ハイマニューバ。ザフトの次期主力を見据え、極限まで推力と運動性能を突き詰めた特化型の機体。

 

 それに匹敵する機動力を、本来なら機動力とは無縁のはずのティエレンのフレームで叩き出しているのだ。

 

 常軌を逸した推力と、それを完璧に統制する異常なシステム。そして何より、その暴れ馬を完璧に乗りこなしている『未知のパイロット』の存在。

 

「生々しい程の殺気だな……!」

 

 メインモニター越しに、クルーゼは仮面の奥の瞳を歓喜と狂気に歪ませ、思わずそんな感想を口走っていた。

 

 ムウ・ラ・フラガの乗るメビウス・ゼロはすでに手負いであり、後方で息も絶え絶えになっている。

 

 つまり、このヘリオポリスの宙域において、己の『空間認識能力』の領域に干渉し、これほどまでに強烈な共鳴を強制してくる特異な存在が、鷹の他にもう一人潜んでいたということだ。

 

「地球連合軍の隠し玉か? それとも、オーブが飼い慣らした野良犬か……。フフッ、ハハハハハ! どちらにせよ、素晴らしい!」

 

 大西洋連邦が極秘裏に開発していたという新型機動兵器。その奪取こそがクルーゼ隊の本来の作戦目的であった。しかし今、クルーゼの精神は、そんな「予定調和の兵器」に対する関心を完全に失っていた。

 

 彼の興味のすべては、己に強烈な殺意を向け、未知の波長を放ちながら迫り来るこの『紺色のティエレン』へと一点に注がれていた。

 

「私を殺す気で来ているのだろう!? ならば、その期待に応えてやろうではないか!」

 

 クルーゼは歓喜の哄笑を上げながら、シグーに装備された76mm重突撃機銃の銃口を跳ね上げた。

 

 無重力空間に無数の光の弾幕を展開する。それに応じるように、紺色のティエレンも高出力のレーザーライフルを連射し、デブリを盾にしながらシグーの懐へと凄まじい速度で肉薄してくる。

 

 空間認識能力を持つ者同士にしか見えない、互いの思考と未来予測が交錯する極限の領域。

 

 ヘリオポリスで死神の駆る銀色の刃と、防人の駆る紺色の重装甲による、常識外れの超高速戦闘が今、苛烈に幕を開けた。

 

 

◇◇◇

 

 

 コロニーの中心部。本来ならば無重力の静寂に包まれているはずの空間は、今や二つの規格外の軌跡が交差する致命的な死の舞踏の舞台と化していた。

 

「そこっ!」

 

 キラの放ったティエレンの高出力レーザーライフルが、一条の閃光となって放たれる。

 

 しかし、その熱線が銀色の装甲を灼き切るよりもコンマ数秒早く、シグーはまるで軌道を予め知っていたかのようにスラスターを吹かし、紙一重の挙動でレーザーの奔流を回避してみせた。

 

 ヘリオポリスの外壁や環境維持設備になるべく傷をつけないよう、キラは意図的にレーザーの出力をギリギリまで絞っている。しかし、命中しない理由はそんな「手加減」によるものではなかった。

 

『空間認識能力』を有する者同士の近接戦闘。

 

 それは、ニュータイプ同士の精神感応にも近しい、極めて特異で異常な知覚の領域だった。

 

(……右下から来る! 違う、それはフェイントで、本命は上から!)

 

 僕の脳裡に、シグーの次の機動、クルーゼの殺意のベクトルが筒抜けになって流れ込んでくる。だが同時に、僕がそれに対してどう回避し、どう反撃しようとしているかという意図もまた、波長を通じてクルーゼの脳髄へとリアルタイムで筒抜けになっているのだ。

 

 互いの思考が鏡合わせのように反射し合うパラドックス。殺す気でトリガーを引いていても、互いが互いの未来を予測し合うため、決定的な一撃がどうしても当たらない。

 

「チィッ……! 鬱陶しいな、小僧!」

 

「そっちこそ……!」

 

 無力化して、できることなら人の命を奪いたくはない。

 

 人を殺めることに対する強烈な忌避感がこびりついている。

 

 しかし、この極限の死地において、それは甘すぎる『努力目標』でしかないことをキラは痛感していた。

 

 相手は、ザフト軍でも最強クラスの実力を持つ本物のエースパイロットであり、人類を嘲笑う狂気の死神、ラウ・ル・クルーゼなのだ。そんな怪物を相手にして「殺さないように戦う」などという手加減をしている余裕は、今のキラには一ミリも存在しなかった。

 

(避けるのが間に合わないなら……受ける!)

 

 キラはティエレンの操縦桿を強く握り込み、回避行動を途中でキャンセルして機体を真っ直ぐにシグーへと向けた。

 

 TC-OSが機体の姿勢を瞬時に最適化し、最も装甲の分厚い左肩のシールドブロックを前方へと突き出す。

 

 シグーから放たれた76mm重突撃機銃の弾幕が、ティエレンの紺色の装甲に容赦なく叩き込まれる。鼓膜を破らんばかりの金属音と、コックピットを激しく揺さぶる物理的な衝撃。

 だが、メインモニターに表示された装甲のダメージアラートは、依然としてグリーンのままであった。

 

「……何ッ!?」

 

 向こう側から、クルーゼの驚愕と歯噛みするような舌打ちがハッキリと伝わってきた。

 

 対するクルーゼの心中は、かつてないほどの苛立ちと屈辱に支配されていた。

 

 地球軍が開発している新型機動兵器。その装甲が実弾を無効化する『フェイズシフト装甲』であるという情報を得ていたクルーゼは、この出撃に際し、シグーの弾倉に通常の徹甲弾だけでなく、『強化APSV弾』を装填した弾倉も携帯してきていた。

 

 着弾の瞬間に装弾筒が外れ、タングステン合金の貫徹体を超高速で目標に叩き込む、対高硬度装甲用の特殊弾頭。

 

 いかにPS装甲であろうとも、その装甲展開の限界値を超える物理運動エネルギーを集中させれば、必ず装甲を貫けるという計算があったのだ。

 

 しかし、彼の渾身の銃撃は、目の前の紺色の機体に文字通り「弾き返されて」いた。

 

 その機体は、ただ純粋に、狂気的なまでに分厚い『複合物理装甲』の塊なのだ。

 

 強化APSV弾の貫徹力をもってしても、ティエレンの超重装甲には浅いクレーターを穿つのが精一杯で、内部の駆動系はおろか、装甲板の一枚すら貫くことができない。

 

 ザフト地上軍が通常装備でどれほど撃ち込んでも傷一つつけられず、絶望の中で踏み潰されていった「鉄の城壁」。

 

 そのティエレンの代名詞とも言える理不尽なまでの防御力が、外観が高機動型へと多少変貌していようとも完全に健在であることを、クルーゼは身を以て知らされていた。

 

「これほどの機動力を見せておきながら、装甲を一切削っていないだと……!? 物理法則を無視する気か、この化け物は!」

 

 シグーの攻撃を、その分厚い装甲と巨大な質量で完全に無視しながら、紺色のティエレンがスラスターの蒼い炎を引いて距離を詰めてくる。

 

 回避すら放棄した、狂信的なまでの突撃。

 

 キラの放つ生々しい殺気と、絶対にこのコロニーを破壊させないという強烈な意思の圧が、無重力空間を満たし、クルーゼの精神をジリジリと削り取っていく。

 

 分厚い装甲にモノアイの不気味な光を宿した紺色の怪物が、コロニーの無重力帯を猛然と駆け抜けてくる。

 

 シグーに搭載された対フェイズシフト装甲用の切り札である強化APSV弾の悉くを、文字通り「完全に無視」して迫り来るティエレン。

 

 その常軌を逸した強引な吶喊に、クルーゼは仮面の下でギリッと奥歯を強く噛み締めた。

 

(……忌々しい化け物め)

 

 苛立ちを隠しきれず舌打ちを交えながら、クルーゼはシグーの光学センサーと熱源探知を最大出力で展開し、ヘリオポリス内の地表を舐め回すように索敵した。このヘリオポリスに潜入した最大の目的、地球連合軍の残された最後のG兵器の姿を探し出すためだ。

 

 しかし、視界のどこを切り取っても、それらしき機影は見当たらない。すでに別のルートから搬出された後か。

 

 いずれにせよ、最大の目標が存在しないのであれば、これ以上この異常な装甲を持ちながら高機動型のティエレンを相手に、無為な消耗戦を続ける戦術的理由は皆無だ。

 

 一度母艦ヴェサリウスへと引き、部隊を再編して体勢を立て直すべきか。

 

 クルーゼの冷徹な戦術眼が「一時撤退」の判断を弾き出そうとした、まさにその一瞬の思考の隙であった。

 

「……ッ!」

 

 肉薄していた紺色のティエレンが、突如として両肩のスラスターから最大出力の蒼い炎を噴き上げ、一気にシグーの懐へと特攻じみた速度で飛び込んできた。

 

 そしてあろうことか、射撃武装であるはずの巨大なレーザーライフルを、まるで鈍器の棍棒でも扱うかのように、シグーの頭部目掛けて大きく振り被ったのだ。

 

「……弾切れ故の、やぶれかぶれか!」

 

 狂気に満ちたこれまでの超絶的な機動戦闘から一転した、あまりにも泥臭く、幼稚ですらある物理的な近接攻撃。

 

 クルーゼはそれを、ジェネレーターのエネルギー切れによるパイロットの焦りと、窮余の策だと瞬時に断定した。いくら異常な推力を誇ろうと、所詮は作業用重機のフレーム。限界が来たのだと。

 

「底が見えたな、小僧!」

 

 クルーゼはシグーの左手に重斬刀を素早く抜き放った。その力任せに振り下ろされるライフルごと、ティエレンの腕を関節の根元から無残に切り払うべく、最も鋭く最短の斬撃のモーションへと入る。

 

 勝負は決した。そう確信した、次の瞬間だった。

 

「────ッ!?」

 

 クルーゼの脳髄を、再びあの『空間認識能力』による強烈な死の警鐘が、針のように鋭く突き抜けた。

 

 戦術的な予測でも、視覚情報の処理でもない。細胞の底から悲鳴を上げて湧き上がるような、絶対的な死の予感。

 

 クルーゼは己の戦術的確信を即座に投げ捨て、操縦桿を腕が千切れるほどの力で手前に引き絞り、シグーの全スラスターを逆噴射させて機体を強引に後退させた。

 

 その直感は、恐ろしいまでに正しかった。

 

「なっ……!?」

 

 シグーがバックステップを踏んだ直後。

 

 振り下ろされるティエレンのレーザーライフル、その銃口の下部から、突如として高エネルギーの光の刃が、空間を灼き焦がすような凄まじい出力で銃剣の様に形成されたのだ。

 

 実弾の撃ち合いか、重斬刀のような実体剣での泥臭い格闘戦のみを想定していたクルーゼの裏を、完全に掻き切る想定外の近接兵器。

 

 もしシグーが己の直感を信じず、間一髪で後退していなければ、コックピットを真っ二つに両断されていたであろうその巨大な光の刃は、空を切り、そのままシグーの前面に突き出されていた左腕のシールドへと激突した。

 

 超高熱のビーム刃が、ザフトの誇る強固な特殊合金製シールドを、まるで飴細工のように瞬く間に溶断していく。そのまま圧倒的な熱量と質量を持ったティエレンの振り下ろしは、シールドごとシグーの下腕部を易々と断ち切り、無重力空間へと斬り飛ばした。

 

「チィッ……!」

 

 クルーゼは顔を歪め、激しい舌打ちを漏らした。

 

 コックピットへの直撃という最悪の致命傷だけは免れたものの、左腕を喪失し、バランスを崩した今のシグーでは、これ以上の戦闘継続は困難だ。

 

「見事な騙し討ちだ。……だが、次はないと思え!」

 

 もはや潮時だと完全に悟ったクルーゼは、冷徹な声でそう言い捨てると、シグーの機体を素早く翻した。

 

 撤退していくシグーの背後を、紺色のティエレンが追撃してくる気配はなかった。

 

 コロニーの暗闇の中に力なく佇むティエレンの姿を、空間認識の知覚越しに振り返りながら、クルーゼは仮面の下で微かに口角を上げた。

 

 彼の精神の波長に伝わってくるのは、先程までのあの研ぎ澄まされた、凍てつくような生々しい殺気ではない。

 

(……フッ、やはり所詮は子供か)

 

 自分という脅威をこの平和な箱庭から追い払うこと、ただそれだけのために全ての神経と精神力を使い果たし、限界を迎えた『パイロットの少年』。

 

 空間越しに響いてくるのは、震えるような荒い息遣いと、ひどく泥臭く、そして人間臭い、圧倒的なまでの疲労感だった。

 

 

◇◇◇

 

 

 レーザーライフルの下部から出力させたレーザーソード。

 

 そんな僕の不意打ちすら、あの男は直感だけで紙一重の致命傷を避け、シールドと左腕を犠牲にするだけで凌いでみせた。

 

 完全にセンサーの有効範囲外へと消え去っていく銀色のシグーを見送った瞬間。

 

 僕は、肺の中に溜まっていたすべての酸素を、絞り出すように細く長く吐き出した。

 

「はぁっ……はぁっ……はっ……」

 

 コックピットの中で、操縦桿を握る僕の両手が、まるで痙攣でも起こしたかのようにガタガタと激しく震えている。

 

 冷や汗でぐっしょりと濡れ、背中には氷を押し当てられたような悪寒が走り続けていた。

 

(……当たり前だ。当たり前じゃないか)

 

 震える手で自身の膝を強く押さえつけながら、僕は小さく呻いた。

 

 ティエレンの桁外れな複合装甲の硬度と、TC-OSの計算を完全に信じ切っていたとはいえ、本来ならば回避すべき重突撃機銃の弾雨を『あえて装甲で受けながら吶喊する』などという戦法、正気の沙汰ではない。

 

 ゲームのダメージ判定や、アニメの演出とは訳が違うのだ。

 

 秒速数千メートルで飛来する超硬度の徹甲弾が、金属の壁を隔てたすぐ外側で連続して弾け飛び、その物理的な衝撃波が直接内臓を揺さぶってくる極限の恐怖。

 

 もし装甲の計算値に一ミリでも狂いがあれば、もし被弾の角度が悪くて関節の隙間を撃ち抜かれていれば、僕は今頃、ミンチよりも細かく挽かれた肉片となってこの無重力空間に散らばっていたはずだ。

 

 その生々しい死の恐怖感が、戦闘の極度の緊張が切れた今更になって、強烈なフラッシュバックと吐き気となって襲ってきたのである。

 

「っ……落ち着け。泣き言を言っている暇なんて、一秒もないんだ」

 

 僕は両手で自分の頬を思い切り張り飛ばし、無理やり思考を現実へと引き戻した。

 

 僕がここで怯えて立ち止まっていれば、トールたちや、アサギさんたち、そしてヘリオポリスの民間人が死ぬことになる。

 

 最大の脅威であるクルーゼは一旦退けた。

 

 しかし、あの男はただ一度の敗北で諦めるような三流ではない。底知れない知謀を持った、学習する怪物だ。

 

 次に彼が仕掛けてくる手は、間違いなくこちらの『装甲と機動力』に対する最適解になる。

 

(拠点の防衛線を抜くための……『D装備』か?)

 

 あり得る話だ。

 

 このティエレンの物理装甲を破るため、クルーゼは母艦に戻り、ジン部隊に対要塞用のD装備──すなわち、対艦用の大型ミサイルや、バルルス改特火重粒子砲を懸架させて再び投入してくるかもしれない。

 

 いくらティエレンの装甲が強固とはいえ、ビーム兵器である重粒子砲や、艦船を沈めるレベルの大質量ミサイルの直撃を何発も浴びれば、間違いなく装甲は融解し、撃破されてしまう。

 

 しかし、僕が乗っているこの『ティエレン全領域対応型』は、ユーラシア連邦に出回っている、機動力を擲った鈍重な量産型とは根本的に違う。

 

 クルーゼ自身が「ジン・ハイマニューバに匹敵する」と戦慄したほどの、規格外の推力と宇宙戦での高機動性を併せ持っているのだ。鈍重なD装備のジンでは、この機体を捉えきることは難しい。

 

 あの男が、その事実を考慮しないはずがない。

 

 ならば、高機動で逃げ回るこのティエレンを逃げ場のない『網』へと追い込み、確実に仕留めるための最も効率的で残酷な手札は何か。

 

「……アスランの、『イージス』」

 

 呟いた瞬間、胃の腑が再び鉛のように重くなった。

 

 クルーゼがD装備のジン部隊で弾幕を張って僕の機動力を削ぎ、あるいは逃げ道を限定させ、そこに高機動型のイージスを突込ませてくる。そして、イージスの最大の牙である580mm複列位相エネルギー砲『スキュラ』──巡洋艦を一撃で沈めるあの大出力ビームの射線上へと、僕を誘導する。

 

 このティエレン全領域対応型は、実弾に対する防御力や機動性は限界まで高めてあるが、PS装甲も対ビームコーティングのシールドも持っていない。対ビームコーティングはしているとはいえ、スキュラの直撃を受ければ無事では済まないだろう。

 

 しかも、その引き金を引くのは、アスラン・ザラなのだ。

 

(僕が、この見慣れない紺色の機体に乗っていると、アスランは知らない。……彼からすれば、これはただの『連合の厄介な新型機』でしかないんだ)

 

 僕とアスランが、互いの正体を知らぬまま、殺意とビームを交わし合う最悪のシナリオ。それだけは絶対に避けなければならない。

 

 僕は大きく深呼吸をし、ティエレンのメインカメラを反転させて、シグーが過ぎ去った方向を睨みつけた。

 

 ムウさんのメビウス・ゼロを無事に救出できたのかどうかの確認も急務だが、何より今は、マリューさんたちと一刻も早く合流しなければ。

 

 先程クルーゼと戦ったことで、僕の手札の性能は完全に割れた。

 

 次にクルーゼがどんな事を仕掛けてくるかわからないからこそ、今現状の把握を急がなければならなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 重苦しい金属音を立てながら『メビウス・ゼロ』が着陸する。

 

 ムウ・ラ・フラガは苦々しい表情で、操縦桿から手を離した。愛機メビウス・ゼロは、本体こそ辛うじて原型を留めているものの、その特徴である有線式ガンバレルはすべて破壊され、メインの火力を喪失している。もはや、戦場においてただの「的」に近い状態だ。

 

 彼をここまで導いたのは、先ほどまで見たこともない機動であのラウ・ル・クルーゼと渡り合っていた、紺色の機体──ティエレン全領域対応型だった。

 

「やれやれ……。一体全体、何がどうなってやがるんだ」

 

 ムウが着陸したモルゲンレーテの工区内は、先程までの激しい戦闘の爪痕が痛々しく残っていた。破壊された対空車両の残骸、散乱する薬莢、そして焦げ付いた床面。だが、その光景の中に混在する「異様な光景」に、ムウは思わず目を疑った。

 

 工区の一角が、あたかも軍の兵站基地のような物資集積地へと変貌している。

 

 そこでは、連合の新型機『ストライク』が、慌ただしく稼働していた。さらにその傍らには、奪取されたはずの『デュエル』、そして地球軍の識別カラーである白に塗り替えられたザフトの『ジン』が、淡々とコンテナを運び出しているではないか。

 

「待てよ……デュエルに、ジンだと? いつの間にこんな芸当を……」

 

 さらなる驚愕は、その後ろから現れた機体群だった。

 

 背中に不釣り合いなほど巨大な、連合のMA『メビウス』の機首部分をブースターのようにして背負ったジン。そして、G兵器と酷似した意匠を持った純白の装甲に包まれたMS。

 

 それらが、あたかも最初からそこに存在していたかのように、効率的な連携でコンテナを運び出している。

 

「あいつら……何者なんだ?」

 

 混乱するムウの視界の端に、あの紺色のティエレンが着陸し、中からパイロットが降りてくるのが見えた。

 

 まだあどけなさが残る少年。だが、その瞳には戦場を潜り抜けた者特有の、深く暗い色が宿っている。

 

「あの、お怪我はありませんか!」

 

 ストライクのコックピットから降りてきたマリューが、ムウの下へと駆け寄ってくる。その背後には、先程の少年の姿もあった。

 

 ムウはメビウス・ゼロのハッチを跳ね上げ、工区内に広がる異様なまでの「準備の良さ」を指差した。

 

「これはどういう冗談だ? 奪われたはずの機体があるわ、見たこともない改造機は並んでるわ……。まさか、この少年がこれ全部用意したって言うんじゃないだろうな?」

 

 ムウの視線は、まだエンジンの熱が残る紺色のティエレンと、それを駆っていた少年に突き刺さる。

 

 戦場という最悪の場所で遭遇した、味方なのか敵なのか、あるいはそのどちらでもない「第三の勢力」のような少年。

 

 ヘリオポリスが戦場となったこの状況下で、まるであらかじめこうなる事が分かっていたかの様に誂えられた陣容に、歴戦の猛者であるムウでさえ、背筋に冷たいものが走るのを禁じ得なかった。

 

「……説明を頼む。何が起きているんだ? このコロニーの中で」

 

 工区内に響くアラート音と、重機がコンテナを引き摺る轟音が、何かが決定的に変わりつつあることを告げていた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。