やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-20 手探りの脱出

 

 硝煙と作動油の臭いが立ち込めるモルゲンレーテ社の地下極秘工区。

 

 崩壊の危機に瀕したヘリオポリスの暗がりの中で、僕たちは短い息を整えながら、改めて互いの素性と立場を明確にするための場を持った。

 

「地球連合軍第7宇宙艦機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉だ。一応、これでも『エンデュミオンの鷹』なんて大層な二つ名で呼ばれてたりする。よろしくな」

 

「第2宙域第5特務師団所属、マリュー・ラミアス大尉です」

 

「オーブ連合首長国国防軍所属、モルゲンレーテ社技術官のキラ・ヤマトです。階級としては一応、技術少尉の席を頂いています。……僕のことは一人の技術者として扱ってください。その方が、お互いに仕事がしやすいはずですから」

 

 僕が淡々と自己紹介を終えると、ムウさんは「少尉、ねぇ……」と苦笑しながら、ヘルメットを小脇に抱え直した。

 

 マリューさんはストライクのコックピットから引いた有線通信回線を、ついに地下ドックに潜む新型特装艦『アークエンジェル』へと接続することに成功していた。メインモニターの分割ウィンドウには、アークエンジェルの艦長席に座るナタル・バジルール少尉の、いかにも生真面目そうで冷徹な顔が映し出されている。

 

『──ラミアス大尉、生存を確認できて安堵いたしました。ですが、本艦の状況は極めて深刻です。ブリッジ要員を含む正規の乗組員は大半が死亡、あるいは負傷しており、現在動ける人員は私を含めて片手で数えるほどしか残されていません』

 

 その報告は、冷酷なまでに現実を突きつけていた。

 

『さらに、工廠の崩落によってドックの周囲は無数の瓦礫で埋め尽くされており、アークエンジェルは生き埋め状況です。コロニー側の港湾管制室も物理的に破壊されているため、外壁の気密隔壁はシステムロックがかかって開閉不能。……よって本艦の特装砲を使用し、隔壁を破壊。コロニー内部へ進入とラミアス大尉らの回収を提案いたします』

 

 そのあまりにも過激な提案に、マリューさんは顔を青ざめさせた。

 

「そんなことをすれば、指向性のビームとはいえヘリオポリスの環境維持システムが完全に崩壊しかねないわ! 最悪の場合、このヘリオポリスの崩壊を招いてしまうわ!」

 

『しかし大尉、ジャミングは依然として高濃度で展開されたままです。ザフトの第二波がいつ来るともわからない現状、ここに留まることは全滅を意味します!』

 

 ナタルさんの正論に、沈黙を守っていたムウさんが割り込んだ。

 

「彼女の言う通りだぜ、ラミアス大尉。……あの男、ラウ・ル・クルーゼはしつこいぞ。一度目をつけた獲物は、骨の髄までしゃぶり尽くすまで絶対に諦めないタチだ。キラがシグーの左腕を叩き落として追い払ったとはいえ、母艦に戻って態勢を整えたら、すぐにでも次の手駒を送り込んでくる」

 

 ムウさんの言葉には、幾度となく死線を交えてきた宿敵への確かな警戒感が滲んでいた。

 

 現在のヘリオポリスは、いつ爆発してもおかしくない信管付きの爆弾のようなものだ。猶予は一分一秒すら残されていない。

 

「……分かりました」

 

 マリューさんは苦渋の決断を下し、ナタルさんへ向けて新たな指示を飛ばした。

 

「アークエンジェルをこれより発進させ、工区内部へと進入。格納庫のハッチを開放。ここに残された物資とモビルスーツ、そして生存者をすべて収容します。脱出の算段は、全員が合流した後に再検討よ!」

 

『了解いたしました。アークエンジェル、これよりドックより発進、工区へと進入します』

 

 ナタルさんとの通信が切れた後、ムウさんは工区の奥に佇む機体群を見渡しながら、ふと顎をさすった。

 

「戦力を収容するのはいいが、問題はそれを動かす『腕』だ。俺のメビウス・ゼロは、クルーゼとのバカげた追いかけっこでガンバレルを四基とも完全に喪失しちまった。本体のスラスターは生きてるが、武装は本体のレールガンだけだ。これじゃあザフトのジンの装甲を傷つけることもできやしない。……なぁ、ラミアス大尉。俺が乗れる『動く機械』は、本当にこれだけなのか?」

 

 ムウさんの視線の先には、『ストライク』が静かに佇んでいた。

 

「今のストライクには、ヤマト少尉がインストールしたTC-OSが入っています。ナチュラルであるフラガ大尉でも、今すぐに実戦レベルで動かせるはずです」

 

「ほう……これが噂の『ナチュラルのための魔法のOS』か。ありがたいねぇ。バックパックの調整もまだなんだろ? 機動性に不安が残るな」

 

 ムウさんの懸念はもっともだった。ストライクはストライカーパックを換装して初めて真価を発揮する汎用機だ。素体のままでは、高機動を誇るザフトのMSを相手にするには手数が足りない。

 

「フラガ大尉がストライクに乗ってくれるなら……僕に一つ、提案があります」

 

 僕はトールが動かしている『高機動型ジン』を指差した。

 

「あのジンの背中に装備されているのは、地球軍のMAであるメビウスを改造したバックパックです。……あれは、単なる大推力のブースターじゃありません。そのエンジンブロックは基部から切り離し、有線式のオールレンジ攻撃兵器として制御できるようになっています」

 

「……何だって!?」

 

 ムウさんの目が、驚愕に大きく見開かれた。

 

「メビウスの推進器を……有線式ガンバレルとして遠隔操作するだと!? 規格も電圧も、システムOSの言語すら全く違うはずだぞ!?」

 

「共通規格のTC-OSをコアにしてバイパス回線を構築すれば、データの相互変換なんて数行のコードで済みます。……『エンデュミオンの鷹』であるフラガ大尉なら、あの有線式ガンバレルパックをストライクにマウントし、自分の手足のように扱えるはずです」

 

「ハッ……! 冗談だろ、他国の技術屋のボウズが俺の専用装備をコピーしてやがったか!」

 

 ムウさんは頭を抱えながらも、その表情には戦闘屋としての強烈な歓喜と興奮が浮かんでいた。失ったはずの自分の「翼」が、形を変えてストライクの背中に蘇るのだ。これ以上の戦力増強はなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 ザフト軍のナスカ級高速戦闘艦ヴェサリウス。その広大な格納庫内は、絶えず飛び交う整備兵たちの怒号と、焼け焦げた金属や作動油の臭いが立ち込める喧騒の坩堝と化していた。

 

 強奪に成功した機体──『イージス』のメインコンソールに接続された無数の太いケーブル群が、機体管制OSのソースコードや初期戦闘記録のデータを次々とヴェサリウスのメインフレームへと吸い出していく。しかし、モニターの推移を見つめるアスラン・ザラの瞳には、流れていく無機質なデータ列など全く映っていなかった。

 

(キラ……なぜ、お前があんな所に……)

 

 彼の脳裏を支配し、幾度となくフラッシュバックしているのは、ただ一つ。

 

 最も忌避すべき最悪の戦場のど真ん中で果たしてしまった、かつての親友との再会の光景だった。

 

 炎と黒煙が舞うヘリオポリスの秘密工区。地球軍の女性士官を押し倒し、その細い腕で必死に彼女の銃口を逸らしながら「親友なんだ! 逃げてアスラン!」と叫んだ、あの悲痛な顔。

 

 民間人である彼が、なぜ避難シェルターではなくあんな最前線にいたのか。なぜ地球軍の軍人と行動を共にしていたのか。疑問は無数に湧き上がるが、それ以上にアスランの心を苛んでいたのは、「自分が引き起こした戦争の炎が、あわや親友を焼き殺すところだった」という取り返しのつかない事実への強烈な自己嫌悪と恐怖であった。

 

『──緊急着艦! クルーゼ隊長機、帰還します! 整備班は消火および冷却帯勢をとれ!』

 

 艦内スピーカーから響き渡った切迫したアナウンスに、アスランはハッと我に返った。

 

 直後、ヴェサリウスの着艦ハッチから、推進剤を激しく吹かしながら銀色の機体が滑り込んでくる。ラウ・ル・クルーゼの駆る指揮官機『シグー』だ。

 

 だが、ワイヤーで強制捕獲されたその機体の無惨な姿に、格納庫の喧騒が一瞬にして凍りついた。

 

「隊長のシグーが……やられただと!?」

 

 離れた場所で機体の調整に立ち会っていたやミゲルが、信じられないものを見るように目を見開く。

 

 シグーの左腕が、肩の関節部を残して丸ごと消失していたのだ。

 

 引きちぎられたというよりは、極めて高出力の熱源によって『一瞬で溶断された』ような滑らかで焼け焦げた断面。常に他者を圧倒し、被弾することすら稀なあの無敵の隊長機が、これほどの致命傷を負って帰還するなど、ザフトのエリートである彼らにとっては天地がひっくり返るほどの異常事態であった。

 

 ハッチが開き、中からふわりと無重力の格納庫へ舞い降りたクルーゼは、機体の損傷など意に介さないような、いつもと変わらぬ冷徹で余裕のある態度を崩していなかった。しかし、彼から発せられた報告は、更なる波紋を呼ぶものだった。

 

「残る一機の所在は依然として不明。加えて、連合のものかオーブのものかは定かではないが……極めて高い推力と理不尽なまでの重装甲を持った『ティエレンタイプ』の新型機と交戦した」

 

 クルーゼの口から語られた未知の脅威。それは、作戦の前提条件を大きく覆すイレギュラーの存在を意味していた。

 

 情報が錯綜し、敵の全容が掴みきれない現状を鑑み、クルーゼは直ちにヴェサリウスと僚艦ガモフに対し、部隊の再編を命じた。

 

「我々はこれより一時後退し、ヘリオポリスの領空境界線ギリギリの宙域にて待機・包囲陣形をとる」

 

 その決定が下された瞬間、アスランは胸の奥底で、張り詰めていた糸がわずかに緩むのを感じた。

 

 艦隊が後退するということは、少なくとも今すぐヘリオポリスへの直接的な砲撃や、コロニー内部でのモビルスーツによる大規模な蹂躙が再開されることはないということだ。

 

 親友が暮らすあの脆いスペースコロニーでの戦闘が、一時的にせよ回避された事実に、アスランは誰にも気づかれぬよう、ひっそりと安堵の息を撫で下ろした。

 

 しかし、その安堵は決して長くは続かなかった。

 

(領空からの、完全撤退ではない……)

 

 包囲網を敷き、虎視眈々と次なる牙を研ぐザフト軍。

 

 つまり、ヘリオポリスは依然として死の照準器の中心に据えられたままであり、戦火の火種はコロニーの内外で燻り続けているのだ。

 

 そして何より、あの優しくて泣き虫なキラ・ヤマトは、未だにあの密閉された狂気の箱庭の中に取り残されたままである。

 

 格納庫の冷たい金属の床を踏みしめながら、アスランはギュッと拳を握りしめた。

 

 次にコロニーへ突入する時、自分は一体どんな顔で引き金を引けばいいのか。地球軍の軍服を着た者たちの中に彼が混ざっていたら、自分は迷わず敵を討てるのか。

 

 根本的な解決など何一つ訪れていない重苦しい現実が、宇宙の暗闇よりも深く、アスランの心を蝕み始めていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 ティエレン全領域対応型のコックピットの中、僕はモニターに映し出されるヘリオポリス周辺の熱源探知レーダーを睨みつけながら、自らの脳内で『原作の歴史』と『現在の状況』の差異を高速で演算していた。

 

 本来の歴史──僕が前世の記憶として知るテレビアニメの展開であれば、ここは息つく暇もない死地の連続であるはずだった。

 

 原作のラウ・ル・クルーゼは、コロニー内に侵入した直後、瓦礫の底から無傷で姿を現した地球軍の新型特装艦『アークエンジェル』の偉容と、それに搭載されたランチャーストライクが放った超高インパルス砲『アグニ』の常軌を逸した破壊力を目の当たりにする。その強烈な戦略的脅威を肌で感じ取ったからこそ、彼は自機が損傷し撤退を余儀なくされた後も、返す刀で直ちに部隊を再編。ジンに要塞攻略用のD装備を懸架させ、アークエンジェルが態勢を立て直す前にその息の根を止めるべく、怒涛の第二次攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

 対して、今の僕たちが置かれている状況はどうだ。

 

僕はアグニを撃たなかった。代わりに、この紺色のティエレンを駆り、理不尽なまでの重装甲と機動力、そして不意打ちで、クルーゼのシグーの左腕を切り落として撤退へと追い込んだ。

 

 あの死神に手痛いダメージを与えた代償として、僕という『得体の知れない凄腕のパイロット』と『未知の高機動型ティエレン』の存在はザフト側に強く印象付けられてしまった。だが、その裏で最も重要な情報が隠蔽されたままであることに、僕は気づいていた。

 

 ──そう、ザフトは未だ『アークエンジェルが健在である』という事実を知らないのだ。

 

 クルーゼの視点に立って戦術的状況を俯瞰すれば、彼が今見ているのは「崩壊しつつあるモルゲンレーテの工区」と、「そこで暴れ回る所属不明の異常なティエレン」だけだ。

 

 最大の標的であるストライクの所在も掴めず、ましてやそれらを運用・収容するための巨大な母艦が、地下ドックの瓦礫の底で静かに息を潜めて発進の時を待っているなどとは、夢にも思っていないだろう。

 

 クルーゼという男は、人類の滅亡を嘲笑う狂人ではあるが、指揮官としては極めて冷徹で論理的だ。敵の全容が見えず、自身の専用機すら損傷した現状において、焦って無謀な波状攻撃を仕掛けるような三流の愚行は絶対に犯さない。

 

 標的の母艦の存在を知らない以上、彼には今すぐ、それこそ「無理をしてでも即座に襲い掛からなければならない理由」が戦術的に存在しないのだ。

 

「……読めた。奴は今、ヴェサリウスを領空ギリギリまで後退させ、コロニーを包囲して『網』を張っているんだ」

 

 僕は乾いた唇を舐め、誰に聞こえるともなく独り言をこぼした。

 

 ヘリオポリスという密閉された空間内に敵が留まっていると錯覚しているのなら、出口を封鎖し、じっくりと情報を収集しながら戦力を整え、確実に仕留めるための『次の一手』を練る。それが名将クルーゼの取るべき最も合理的な選択だ。

 

 その推論が導き出した結論は、僕の精神に強烈な安堵と、同時に背筋の凍るような緊張感をもたらした。

 

 僕たちは『時間』を勝ち取ったのだ。

 

 原作においてマリューさんたちが喉から手が出るほど欲しがった、息を継ぐための猶予。アークエンジェルが瓦礫を抜け出し、散乱する物資を回収し、無事に艦内へと収容するための、黄金のような時間。

 

 だが、それはあくまで「執行猶予」に過ぎない。

 

 クルーゼが次に仕掛けてくる時は、こちらの機動力や物理装甲を完全に無力化するための、周到で残酷な包囲網が完成している時だ。

 

「……それでも、この猶予は絶対に無駄にはしない」

 

 僕は操縦桿を握る手に力を込めた。

 

 

◇◇◇

 

 

 ティエレンのコックピット内に展開された複数の通信ウィンドウ。そこに映し出された顔ぶれは、これから下される決断の重さを物語るように、一様に硬く、そして疲労の色を濃く滲ませていた。

 

 中央のメインモニターには、アークエンジェルの艦長席に座るマリュー・ラミアス大尉。本来は一介の技術士官に過ぎない彼女だが、正規のブリッジ要員が壊滅した現状において、生き残りの中で最高階級であるというだけの理由で、副長であるナタル・バジルール少尉からこの巨大な最新鋭艦の全権を譲り受け、背負わされていた。

 

 その右下のウィンドウには、CICから鋭い視線を向けるナタルさん。左下には、先程僕がOSを書き換えたばかりの『ストライク』のコックピットで腕を組む歴戦のエース、ムウ・ラ・フラガ大尉。

 

 そして別回線から、オーブ軍の代表として『ホワイトフレーム』に搭乗するアサギ・コードウェル。最後に、技術官としてこの場に同席を求められた僕だ。

 

 議題は至極単純でありながら、究極の選択だった。

 

「この絶望的な状況から、アークエンジェルをいかにしてコロニー外へ脱出させるか」である。

 

「現状、ヘリオポリス表側の港湾施設およびメーンシャフトのゲートは、かろうじてシステムが生きているわ。物理的なルートとしては、あそこからコロニーの外へ出ることは可能よ」

 

 マリューさんが、手元のコンソールを操作しながら重苦しい口調で口火を切った。画面上にヘリオポリスの3Dワイヤーフレームが表示され、表側の港湾部が緑色に点滅する。

 

 しかし、その提案を真っ向から否定したのは、ストライクに乗るムウさんだった。

 

「そりゃあ『物理的』には可能だろうさ。だが、そんな馬鹿正直に正面玄関からノコノコ出ていくなんて真似をすれば、あっという間にザフトのハチの巣にされてジ・エンドだ。クルーゼの野郎は、艦を領空ギリギリに下げて包囲網を張っている。港湾ゲートの出口に火線を集中させて待ち構えている連中の真正面に、このデカブツを晒す気かい?」

 

 ムウさんの指摘通りだ。アークエンジェルの巨体がゲートを通過する瞬間、回避運動すらとれないその隙を突いて、ザフトの集中砲火が浴びせられる。いくらラミネート装甲を誇る特装艦とはいえ、袋叩きに遭えば轟沈は免れない。

 

「では、大尉。他にどのような手段があると?」

 

 ナタルさんが、CICから冷徹な声で問い返す。彼女の視線は、すでに「もう一つの選択肢」へと向けられていた。

 

「今、アークエンジェルを引っ張り出したこの秘密ドックのさらに奥……ヘリオポリスの基部である『資源衛星側』の隔壁を抜く。それしかないだろうな」

 

 ムウさんの言葉に、アサギさんがハッと息を呑むのが画面越しに分かった。

 

 資源衛星側の隔壁。それは元々小惑星だった土台部分をくり抜いて作られた、強固な岩盤と分厚い多重装甲で構成されたエリアだ。

 

「時間は掛かるだろうが、MSのパワーで隔壁のロックを強制的に抉じ開けるか、最悪の場合はアークエンジェルの主砲で岩盤ごと吹き飛ばして裏口を作る。そこから一気に外宙域へ飛び出し、最大推力に物を言わせて待ち構えるザフト艦の包囲網を強引に振り切る」

 

「お待ちください!」

 

 たまらず、アサギさんが声を荒らげた。

 

「アークエンジェルの主砲でコロニーの基部を撃ち抜くですって!? そんなことをすれば、ヘリオポリスの環境維持システムに致命的なダメージを与えかねません! 最悪の場合、コロニーそのものが崩壊します! オーブの軍人として、自国の領土を破壊するような作戦には賛同しかねます!」

 

「ま、その通りなんだが。だがな、お嬢ちゃん。俺たちに選べるカードはもう残っちゃいないんだ」

 

 ムウさんが、嗜めるような、しかし非情な現実を突きつける声で返す。

 

 大まかに分けて、選択肢がその「正面突破」か「裏口破壊」の二つに絞られている理由は明確だった。

 

「いつ襲ってくるかもわからないザフト軍を、このままヘリオポリスの中で待ち構えて迎え撃つ」という選択肢が、戦術的に言語道断であるからだ。

 

 もしクルーゼが部隊を再編し、コロニー内部へと本格的に侵攻してきた場合。

 

 アークエンジェルのような全長300メートルを超える巨大戦艦は、この閉鎖空間の中では、上下左右への満足な回避運動が一切できない。まるで生け簀の中に閉じ込められたクジラも同然だ。

 

 さらに絶望的なのは、その圧倒的な火力が「完全なデッドウェイト」と化すことである。対空迎撃のためにイーゲルシュテルンを撃ちまくれば、その弾幕は間違いなく市街地や外壁をミンチに変える。主砲を撃てば、コロニーの反対側の壁を貫通して宇宙空間へと穴を開けてしまう。

 

 アークエンジェルがここで戦うことは、すなわち「ヘリオポリスの完全破壊」と同義なのだ。

 

「……僕たちモビルスーツ隊で、可能な限り被害を抑えて隔壁を抉じ開けます」

 

 重苦しい沈黙を破り、僕は口を開いた。

 

 全員の視線が、モニター越しの僕に集まる。

 

「アークエンジェルの武装で吹き飛ばすのは、本当に最後の手段にしてください。資源区画のメンテナンス用巨大ハッチを物理的にこじ開けるか、装甲の継ぎ目を溶断して、最小限の穴を開けることができるはずです」

 

「……少尉の言う通りね。コロニーへの被害は極限まで抑止しなければならない。私たち地球連合軍としても、中立国のコロニーを無闇に破壊して国際的な非難を浴びるわけにはいかないわ」

 

マリューさんが、僕の提案に強く頷いた。彼女の目には、迷いを振り切った艦長としての決意が宿っていた。

 

「MS隊が隔壁を突破した瞬間に、全速力で資源衛星側から脱出します。目標は、ザフトの包囲網を突破します」

 

「……了解いたしました。機関部へ通達、メインノズル予熱開始。アークエンジェル、これよりコロニー脱出シークエンスに移行する」

 

 ナタルさんがコンソールに向き直り、艦内に鋭い号令を響かせる。

 

「大仕事になるぜ、キラ。お前さんのそのドカベン、頼りにしてるからな」

 

 ムウさんがニヤリと笑い、通信ウィンドウを閉じた。

 

 通信が切れ、ティエレンのコックピットに再び静寂と、スラスターの低いアイドリング音が戻ってくる。

 

 正面から出れば蜂の巣。留まればコロニーと共に心中。残された道は、自分たちの手で分厚い壁をこじ開け、暗闇の宇宙へと決死の逃避行に出ることだけだ。

 

 僕はティエレンの操縦桿を強く握り締め、アークエンジェルの白い巨体の先頭に立つべく、資源衛星区画の暗い最深部へと向かってスラスターペダルを踏み込んだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 アークエンジェルが係留されていたドックは、凄惨という言葉すら生ぬるい、まさに地獄のような有様だった。

 

 本来なら無重力空間の静寂に包まれているはずのそこには、ひしゃげた鉄骨、引きちぎられた極太の係留ケーブルの残骸、破壊された重機の残骸が無数に漂い、その死の匂いすら漂いかねない暗がりの中を、僕はティエレン全領域対応型のスラスターを細かく吹かしてデブリを躱し、巨大な外部隔壁へと到達した。

 

 まずはシステムからのアプローチを試みるべく、分厚い装甲扉の脇にあるはずのコンソールパネルを探す。だが、こちらも見事に使い物にならなくなっていた。パネル表面は激しく焼け焦げ、液晶は完全にひび割れて沈黙している。

 

 僕はティエレンの無骨なマニピュレーターを巧みに操り、そのパネル部分の装甲板ごとメリメリと強引に引っ剥がした。露出した回線ケーブルに、機体から伸ばした物理アクセスモジュールを直接噛ませ、強引にハッキングによる開錠を試みる。コンソール上に緑色のデータ列が滝のように流れるが、すぐに赤いエラーコードに塗り潰された。

 

「ダメだ。回路が途中で完全に切断されてる。バイパスを通すことすら不可能な状態だ」

 

『てことは、お行儀よくシステムから開錠するんじゃなくて、物理的に穴を開けるしかないってことね』

 

 通信の向こうで、純白の機体──ホワイトフレームを操るアサギさんが、呆れたような、しかし覚悟を決めたような声で返してくる。僕は一つ息を吐き、機体の通信指向性を背後の瓦礫の奥に潜む巨大な白い艦影、アークエンジェルへと向けた。

 

「アークエンジェルへ。こちらヤマト少尉。隔壁のシステムは完全に死んでいます。物理開閉、あるいは溶断のみ可能。至急、宇宙用ティエレンに民間人のトール・ケーニッヒを乗せて、大型のトーチガンと予備のバッテリーパックの運搬を頼みます。トーチガンとバッテリーパックの所在と取り扱いについては、ケーニッヒ本人がジャンク屋での作業経験から完全に認識しています」

 

 数秒のノイズの後、ブリッジの緊迫したやり取りがダイレクトに聞こえてきた。

 

『こちらアークエンジェル。ナタル・バジルール少尉だ。現状を了解した、直ちに――』

 

『バジルール少尉! 待ちなさい! いくら緊急事態とはいえ、民間人の子供を実戦装備のMSに乗せて外に出すなんて出来ないわよ! 命の保証がどこにあるの!』

 

 マリュー・ラミアス艦長の悲痛な叫びが割り込む。

 

『しかし艦長! 事態は一刻を争います! クルーゼ隊の第二波がいつ来るか分からない現状、使える手駒はすべて使うべきです!』

 

 二人の大人の、どちらも間違っていない正論のぶつかり合い。僕はその間に割って入るように、静かに、しかし軍の回線越しでも一切ブレない強い語気で告げた。

 

「トール・ケーニッヒの安全と行動については、オーブ国防軍特任技術官として、僕が全責任を持ちます。それに、彼はジャンク屋でティエレンの搭乗・作業経験が豊富にあり、機体の取り扱いはそこらの新兵よりも上だと僕が保証します。ラミアス艦長、決断を。僕たちに作業の時間をください」

 

 重苦しい沈黙が通信回線を支配した。マリューさんの中での激しい葛藤が痛いほど伝わってくる。やがて、深く息を吐き出す音が聞こえた。

 

『……わかりました。ヤマト少尉の責任において、ケーニッヒ君の出撃と作業支援を許可します。どうか、彼を死なせないで』

 

「ありがとうございます。必ず、全員で生き残ります」

 

 僕が短く礼を言い通信を切ると、不意に機体に鈍い衝撃が走った。見れば、ムウ・ラ・フラガ大尉の乗るストライクが、僕のティエレンの肩にその分厚い手を置き、装甲越しに有線の接触回線を開いてきたのだ。

 

『……お前さん、ホントにただの技術士官か? その冷静さとハッタリの効かせ方、現場の野戦指揮官も充分に務まるぜ? 大したタマだ』

 

 歴戦の「エンデュミオンの鷹」からの、素直な称賛。だが、僕は自嘲気味に笑って首を横に振った。

 

「そんなことありませんよ。僕はただ、今ここを生き延びるために必要な事や理屈を、口八丁手八丁で誤魔化して並べ立てているだけなんですから。軍の士気を高めたり、大局的な指揮を執るなんて、僕には絶対に無理ですよ」

 

 そんな風にムウさんへと返している間に、ドックの暗がりから鈍重なスラスターの光が真っ直ぐに近づいてきた。トールの乗った宇宙用ティエレンだ。

 

 彼の機体は、その両腕と背部のマウントラッチに、モビルスーツ用の巨大な溶断用トーチガンとEパックをいくつも抱え込んでいた。

 

『キラ! 持ってきたぜ! さっさとコイツで開けちまおう』

 

 トールの声は極度の緊張で震えていたが、そこには「自分も皆を守る」という確かな決意が宿っていた。

 

「ありがとう、トール! アサギさんとムウさんに渡して!」

 

 トールは手際よくティエレンを操り、ホワイトフレームとストライクへトーチガンとバッテリーパックを受け渡していく。慣れないストライクのマニピュレーターで重機材を的確に受け取ったムウさんも、『へぇ、大した腕前じゃないか、坊主』と感嘆の声を漏らした。

 

「よし、全機、出力最大へ。一気に焼き切る!」

 

 僕の合図と共に、ティエレン、ストライク、ホワイトフレームの3機が同時に巨大なトーチガンを隔壁へと構えた。

 

 引き金を引いた瞬間、極太のプラズマバーナーが噴き出し、分厚い資源衛星側の隔壁へと容赦なく突き刺さる。

 

 「ゴォォォォォッ!」という凄まじい溶断音が響き渡り、融解した金属の飛沫が周囲の暗闇を鮮烈なオレンジ色に染め上げた。

 

 タイムリミットが迫る中、僕たちはアークエンジェル脱出のための血路を切り開くべく、ただひたすらに鋼鉄の壁を焼き続けた。

 

 

◇◇◇

 

 

 ヴェサリウスの艦橋に、オペレーターの張り詰めた声が響き渡った。

 

「ヘリオポリス後部……資源衛星区画から高熱源体を感知! 推定は──戦艦クラス、反応急上昇中!」

 

「戦艦だと? オーブの定期便か何かか?」

 

 艦長のアデスが即座に眉をひそめ、確認を促す。オーブにもヘリオポリスと本国を結ぶ定期便のイズモ級という輸送艦が存在している。

 

 もしその艦が発進しようとしているのならば中立国の船を撃つなど国際非難の的になってしまう。

 

 ただでさえ今回、ヘリオポリス内で連合の新型MSが開発されている情報を頼りに中立国のコロニーへと隊長判断で最高評議会の決議の前に手を出しているのだ。

 

 これ以上のリスクを背負うことは己だけではなくこの隊に所属する若い兵らの経歴にも傷をつけてしまいかねない。

 

「識別照合、並びに艦影照合、該当ありません! 船体形状は……これまでに確認されたどの艦とも一致しません!」

 

「……仕留め損ねたか」

 

 沈黙を破ったのは、仮面越しに静かに、だが鋭く呟かれたラウ・ル・クルーゼの声だった。

 

「隊長?」

 

 アデスの問いかけに対し、クルーゼは仮面の奥で冷ややかな笑みを浮かべる。

 

「地球軍の新型艦だろう。ヘリオポリスを爆破した際、瓦礫の山に埋もれたと思っていたが、どうやらその程度では沈まぬほどには頑丈だったらしい」

 

 クルーゼの推測に、艦橋の空気が一気に凍りつく。アデスもまた、その事実に至り、背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

 クルーゼは、己の読みが甘かったことを痛感していた。

 

「残された最後の1機」──ミゲルの証言から浮上した「白い機体」──そして、己のシグーの左腕を溶断した「紺色のティエレン」。

 

 連中の戦力などその程度、せいぜい潰走しつつある敗残兵のあがきだと思っていた。だが、まさかその背後に、地球軍が極秘裏に建造していたであろう新造艦が隠されていたとは。

 

(宇宙に出られれば、艦の主砲は脅威となり得る……)

 

 ヘリオポリスの中では火力を制限せざるを得ないが、宇宙空間という無制限の戦場に解き放たれれば、その艦は本来の牙を剥く。

 

 皮肉なことに、己の判断が仇となっていた。敵が艦を持たないと決めつけ、MSでの脱出を確実に阻止するため広範囲の包囲網を築こうとヘリオポリスから距離を取ったことが、かえってアークエンジェルを逃がすための『死角』を広げてしまっていたのだ。

 

「……アデス、ヴェサリウス発進だ。ガモフにも打電。敵艦の脱出を阻止する」

 

 クルーゼは獲物を見つけた狩人のような低い声で命じた。

 

「MS隊を発進させろ。少なくとも3機のMSが、あの艦には搭載されていると思え」

 

「ハッ!」

 

 アデス艦長が即座にブリッジを叩き、全艦へと命令を飛ばす。

 

「ヴェサリウス発進! MS隊は順次発進! 対艦用装備を忘れるなよ!」

 

 格納庫で警報が鳴り響く。

 

「逃がしはしないぞ。そして……我が愛しき『迷子』よ」

 

 クルーゼは仮面の下で冷酷な微笑を深めた。

 

 

 

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