やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか 作:星乃 望夢
分厚い隔壁がプラズマバーナーの超高熱によってついに融解し、宇宙空間へと吹き飛んだ。
僕は手元のトーチガンを傾け、空になったEパックをパージした。ガコンッという重い金属音と共に、空のカートリッジをトールのティエレンへと預ける。
そして入れ替わる様に受け取った予備のEパックをマニピュレーターで、トーチガンの機関部へと接続した。
OSのコンソールに緑色のインジケーターが点灯する。
トールが運んできてくれたこの『トーチガン』は、僕のティエレン全領域対応型が振り回していた高出力レーザーライフルと、全くの同型・同規格の代物だ。
出力を絞り、焦点を近距離に固定すれば、分厚いコロニーの隔壁すら焼き切る宇宙空間用の溶断・溶接ツールとして完璧に機能する。
しかし、システム上の出力リミッターを解除し、収束率を戦闘用プロトコルへと移行させれば、遠距離の敵機を撃ち抜く高出力レーザーライフルへと変貌し、さらに銃口下部からは超高熱のレーザーソードを形成する発振器としても稼働するのだ。
傍から見れば、「ホントにそれ、ただの工具なのか?」と白い目で見られるのは火を見るより明らかだろう。
その無骨で長大なフォルム、そして銃剣めいたレーザー発振器の形状。前世の記憶を持つオタクの視点から客観的に評価すれば、それはどう好意的に解釈しても、『機動戦士ガンダム00』の劇中で「ロシアの荒熊」ことセルゲイ・スミルノフ大佐が駆るティエレン全領域対応型が装備していた、『非太陽炉搭載MS用GNビームライフル』そのまんまの外観をしているのだから。
けれども、誰がなんと言おうと、これは断じて『工具』なのだ。
デブリ飛び交う過酷な宇宙空間において、超硬度の隕石や廃棄されたコロニーの残骸を解体し、溶断するためには、これほどの出力とリーチが絶対に必要不可欠なのである。ビーム刃を形成して対象を切り裂く機能も、ライフルのように遠距離から熱線を照射してデブリを破砕する機能も、すべては『平和的な宇宙開発とジャンク回収作業』の延長線上にある正当な機能に過ぎない……という、極めてグレーゾーンな言い訳を堂々と提出して作り上げたのが、この機材だった。
当然ながら、こんな物騒な代物がジャンク屋ギルドのルートを通じて市場に流通し、テロリストや他国の軍隊の手に渡ってしまえば、瞬く間に強力なレーザー兵器として猛威を振るうことになってしまう。
だからこそ、この『高出力トーチガン』は完全な非売品として厳重に管理し、絶対に出回らないようにしていた。
「よし、開通した! アークエンジェル、進路クリアです! いつでも出られます!」
僕が通信を入れると同時に、背後の工区の暗がりから、アークエンジェルの巨大な白い艦首が地響きのような推力音と共に姿を現した。
隔壁をくり抜いて作られた巨大な穴の向こうには、冷たく無機質な宇宙の星々が瞬いている。
『こちらアークエンジェル。MS隊の尽力に感謝します。これより本艦は最大推力にてヘリオポリス宙域を離脱し、敵ジャミング圏外への脱出を試みます。各機、本艦の直掩にあたれ!』
マリュー艦長の号令と共に、アークエンジェルのメインスラスターが青白い閃光を放ち、強引にこじ開けられた裏口から宇宙空間へと巨体を滑らせていく。
「さぁて、ここからが本番だな」
接触回線越しに、ストライクに乗るムウさんの獰猛な笑みを含んだ声が聞こえた。
「ええ。……来ますよ、クルーゼ隊が」
僕はティエレンの操縦桿を握り直し、Eパックを交換したばかりのレーザーライフルを構え直した。
ヘリオポリスという揺り籠から這い出した僕たちを待ち受けているのは、容赦のないザフトの追撃艦隊と、宇宙という果てしない死の海だ。
センサーの端に、ヴェサリウスから発進した無数の熱源反応が赤く点滅し始めているのを確認しながら、僕はその中にイージスが紛れているのかどうかを探した。
◇◇◇
艦の指揮を副官のアデスに委ね、クルーゼは自身の『ジンハイマニューバ』のコックピットへと収まった。
ムウ・ラ・フラガの乗るメビウス・ゼロは、もはやガンバレルを全損し、機動兵器としての価値を失っている。問題はそこではない。
目の前の敵艦には、フェイズシフト装甲を纏った新型機が残っており、ビームサーベルとビームライフルを完璧に運用する純白の新型機もいる。
そして何より、あの紺色の新型ティエレンだ。
(機動性はともかく、このジンハイマニューバの火器をもってしても、あのティエレンの装甲を貫くのは至難の業だ)
クルーゼは自らの武装を再確認する。ジンハイマニューバの機動性は申し分ないが、あの物理法則を無視したかのような重装甲を抜く「決定打」が欠けている。
だが、それでも出撃しなければならない。あの「紺色の怪物」を操る少年が、自機の装甲を過信してヴェサリウスへと直接吶喊するという最悪のケースを避けるためだ。
奴らを母艦の周囲に釘付けにし、足止めを強いることが、今この戦場において最も重要な戦術的任務であった。
「……面白い。ならばこちらは、より『鋭い刃』を差し向けるとしよう」
発進するジン部隊の中、クルーゼは自ら出撃を志願したアスラン・ザラのイージスに視線を向けた。
アスランのイージスには、遠距離砲撃から近接格闘、そして対艦戦までをこなす可変機構と、強力なビーム兵器が搭載されている。
たとえあの分厚いティエレンの装甲であっても、熱による融解で無力化できる可能性が高い。
「ラウ・ル・クルーゼだ。出るぞ!」
ヴェサリウスのカタパルトから、ジンハイマニューバが漆黒の宇宙へと弾き出される。
クルーゼは仮面の下で口元を歪め、スロットルを全開にした。
◇◇◇
「────!!」
「────!!」
宇宙の静寂を切り裂いて、ムウ・ラ・フラガとキラ・ヤマトの脳髄に、同時に強烈な閃光が迸った。空間認識能力を有する者同士にしか知覚できない、あの神経波長。
「この感じ……やはり来たか、ラウ・ル・クルーゼ!!」
ストライクのコックピットでムウが歯噛みする。同時に、アークエンジェルの光学カメラが最大望遠で接近する敵編隊を捉え、メインモニターにその明瞭な艦影とMSのシルエットを映し出した。
『敵MS編隊、本艦へ向けて急速接近! 識別照合、ジンD装備、および高機動型機体を確認!』
「高機動型のジンか。間違いなくヤツだ……!」
グリマルディ戦線という地獄で砲火を交えた機体。その『ジンハイマニューバ』の姿に、ムウは一瞬で確信を得ていた。
「良いかボウズども! 余り艦から離れるなよ! まずは自分が生き延びることを考えるんだ。……お嬢ちゃんもな!」
直掩に就く混成MS部隊の回線に向けて、ムウが怒鳴るように通信を入れる。
ジャンク屋上がりの素人が1人に、実戦経験のないテストパイロットが1人、そして天才肌の子供が1人。
この戦場において、プロの戦闘機乗りとして修羅場を潜り抜けてきたのは自分一人だけなのだ。
ムウは自分が盾となり、矢面に立って全ての攻撃を受け止める覚図を固めていた。
だが、ザフトの戦術はムウの想定をさらに上回る容赦のなさで牙を剥いてきた。
「チッ、X-303か! もう実戦に投入して来るとはな……贅沢な使い回しをしやがる!」
ガンバレルを装備したストライクへ向けて、猛烈な加速で真っ直ぐに突っ込んでくる真紅の機体。
それは、ほんの数時間前にヘリオポリスの工廠からザフトに強奪されたばかりの、地球軍の最高機密G兵器が1機──『イージス』だった。
「ほう。貴様がその機体のパイロットか、ムウ・ラ・フラガ!」
イージスの傍らから滑り込むように躍り出たクルーゼのジンハイマニューバが、冷徹な哄笑と共に27mm機甲突撃銃を掃射してくる。
「っ、しつこいんだよお前は!!」
ムウはストライクの操縦桿を叩き込み、背部にマウントされたメビウスのガンバレルパックを展開した。
宇宙空間へと放たれた2基の有線式ガンバレルが、ムウの脳波とTC-OSの超高速バイパス処理によって、かつての愛機メビウス・ゼロと寸分変わらない、いや、それ以上のキレと追従性で暗闇の宙域を躍動する。
「こいつは最高だ! キラ、お前さんのOSは本物だぜ!」
絶賛しながら、ムウはジンハイマニューバを包囲するようにガンバレルを配置し、上下に装備されたレールガンを連射してクルーゼの進路を強引に牽制した。
だが、その隙を突いて、アスランの駆るイージスがストライクへと高エネルギービームライフルの銃口を正確に向けてくる。
アスランが引き金を引きかけたその瞬間、その射線を遮るように一本の熱線──高出力レーザーライフルがイージスの盾を掠め、強烈な火花を散らせた。
「ボウズ!」
「大尉1人じゃ無理ですよ! その赤い機体は僕が抑えますから、ムウさんは目の前のジンに集中してください!」
「ハッ、言うじゃねえか! 頼んだぜ!」
ティエレンの無骨な巨体が、推進剤を爆発的に噴射しながらストライクの前方へと躍り出た。
一方、イージスのコックピットに座るアスラン・ザラは、激しい混乱の渦中にいた。
(あの新型に乗っているのは……もしかして、キラなのか?)
格納庫で再会した親友の姿が頭を過ぎり、ストライクへの攻撃に一瞬の迷いが生じていた。
だからこそ、その割り込んできた「紺色のティエレン」に対しては、完全な地球軍のナチュラルが乗る敵機であると判断し、容赦なくビームライフルの引き金を絞った。
宇宙空間を切り裂く、粒子化された致命的な光の弾道。
しかし、向かってくる紺色のティエレンは、まるでアスランが引き金を引くタイミングを予め知っていたかのように、スラスターの細かな噴射だけで、そのビームの光軸を『最小限の動き』でひらりと躱してみせたのだ。
「なっ……!?」
アスランの目が驚愕に見開かれる。
通常、地上で運用されるティエレンといえば、分厚い装甲と引き換えに機動性を完全に放棄した「歩く鉄の棺桶」のはずだ。隊長であるクルーゼのシグーが左腕を切り落とされて帰還したという戦果を聞いてはいたが、実際に目の当たりにしたその機動は、とてもナチュラルが操縦しているとは到底思えない、コーディネイターのエリートすら凌駕するほどの超絶的な空間戦闘機動だった。
「コイツ……速いっ!!」
ビームを躱しながら加速を止めないティエレン。イージスの光学センサーの視界が一瞬で紺色の装甲で埋め尽くされる。
肉迫、という生ぬるい距離ではない。
激しい衝撃と共に、ティエレンはその巨大な両腕で、アスランのイージスの肩装甲と腕部へ力任せに『組み付いて』きたのだ。密着した二機の装甲が激しく擦れ合い、真空の宇宙で凄まじい火花を撒き散らす。
「しまっ……!?」
至近距離での組み合い。このゼロ距離では、イージスのビームライフルも、最大の牙である580mm複列位相エネルギー砲『スキュラ』も、互いの機体が邪魔をして使用することができない。
「アスラン……!」
イージスのフレームをきしませるほどの力で抑え込みながら、キラはティエレンのコックピットの中で、悲痛な、しかし絶対に退かない決意を秘めた瞳でメインモニターを見つめていた。
宇宙の真空では本来響くはずのない、装甲と装甲が直接擦れ合い、暴力的な金属音が接触した機体のフレームを伝わってイージスのコックピットに直接響き渡った。
数十トンもの質量を持つ機体同士が、推進力のすべてをぶつけ合って組み合う異常な状況。メインモニターの警告表示が明滅し、機体各所の姿勢制御用スラスターが悲鳴を上げる。
しかし、アスラン・ザラの意識は、その物理的な衝撃よりも、機体が接触したことによって強制的に確立された『接触回線』から飛び込んできた、たった一つの声によって完全に白く塗り潰されていた。
『アスラン! 撃つのをやめて! 僕だよ、キラだ!』
息を弾ませ、悲痛な響きを帯びたその声。
ヘルメットのスピーカー越しであっても、どれほどノイズが混じろうとも、幼い頃から聞き慣れた親友の声を、アスランが聞き間違えるはずがなかった。
「……キ、ラ……?」
無意識のうちに、アスランの唇から掠れた声が漏れた。バイザーの奥のエメラルドの瞳が、信じられないものを見るように限界まで見開かれている。操縦桿を握る手に込めていた力が、ふっと抜け落ちた。
脳内の処理が完全に追いつかない。
アスランはてっきり、今この宙域で隊長であるラウ・ル・クルーゼのジンハイマニューバと激しいドッグファイトを繰り広げている『地球軍の新型機』にこそ、キラが乗っているのだと完全に信じ込んでいたのだ。
それには確固たる戦術的根拠があった。
ヘリオポリスの秘密工区でイージスを強奪した際、アスランは身をもって体感している。
地球軍が開発したG兵器の初期OSは未完成のお粗末なもので、ナチュラルが操縦することなど到底不可能であり、コーディネイターの身体能力と演算処理能力をもってしても、まともに歩かせることすら困難な代物だったのだ。
だからこそ、地球軍の女性士官にそのコックピットへと放り込まれ、残された最後の1機の動きが、黄昏の魔弾の異名を持つエースパイロット、ミゲル・アイマンのジンを圧倒するほど『いきなり良くなった』という報告を聞いた時、アスランの中で一つの確信が生まれていた。
あの絶望的な状況下で、未完成のOSを瞬時に書き換え、実戦レベルの機動を可能にするアジャストを行える人間。
そんな常識外れの真似ができる天才的なコーディネイターは、自分の知る限り、あの時あの場所に居た親友のキラ・ヤマトしか存在しない、と。
その完璧な論理の構築があったからこそ、アスランはこの得体の知れない『紺色のティエレン』には、地球軍の熟練のナチュラルが搭乗しているのだと微塵も疑っていなかった。
シグーの左腕を斬り落とした、厄介で目障りな敵兵。
母艦であるヴェサリウスの脅威となる、排除すべき異物。
その認識のもと、アスランは一切の躊躇なく、一切の容赦なく、イージスのビームライフルの銃口をティエレンに向け、何度も引き金を引いたのだ。
(俺は……キラを、撃ち抜こうとしていた……?)
その恐るべき事実に思い至った瞬間、アスランの背筋を氷のように冷たい悪寒が駆け抜け、胃の腑からどす黒い嘔吐感のようなものが込み上げてきた。
もしキラの操縦がほんの少しでも遅れていたら。もしティエレンの推力が自分の予測を下回っていたら。
放たれたビームはティエレンのコックピットを直撃し、キラの肉体は宇宙の塵となって一瞬で蒸発していただろう。
他ならぬ、アスラン・ザラ自身の指が引いた引き金によって。
自らの無意識の殺意が、この世で最も殺したくない相手に真っ直ぐ向けられていたという残酷な真実。
アスランの心は、底知れぬ自己嫌悪と絶望によって真っ二つに引き裂かれそうになった。
だが、極限の戦場において、行き場を失ったその強烈な感情は、やがて全く別のベクトルへと反転し、どす黒い炎となって燃え上がり始める。
それは、混乱と安堵が入り交じった、親友に対する激しい『怒り』と『非難』であった。
なぜ、キラがこんな最前線にいるのか。
なぜ、よりにもよってザフトを脅かすような未知のモビルスーツに乗っているのか。
かつて月面都市コペルニクスで共に過ごした日々、キラは誰よりも争いを嫌い、平和を愛していた。
面倒くさがり屋で、いつも日陰で昼寝を好むような、大人しく生粋の甘ったれだったはずだ。
軍隊や戦争とは最も無縁の世界で生きていくべき人間だった。
(お前は地球軍の軍人でもないくせに! なぜ自ら進んで戦場に出てくる! なぜ、俺たちの敵に回るような真似をするんだ!)
自分は、血のバレンタインで母を失ったからこそ、この血塗られた軍服を着て戦場に立っている。守るべきプラントのために、手を汚す覚悟を決めたのだ。
しかし、キラにはそんな理由はないはずだ。中立国の学生として、安全なシェルターに身を隠していればよかったのだ。それなのに、彼はMSの操縦桿を握り、あろうことか地球軍の艦の盾となって、ザフトに……アスランに牙を剥いている。
「なぜだ……なぜお前が、そんな物に乗っているんだ、キラァッ!!」
接触回線を通じて、アスランの悲痛で怒りに満ちた絶叫が、暗黒の宇宙空間に木霊した。
それは、自らの手で親友を殺しかけた恐怖への裏返しであり、理不尽な運命に対する、少年の魂からの慟哭であった。
◇◇◇
装甲同士が悲鳴を上げるような物理的な摩擦音がコックピットに響き渡る中、アスランの悲痛で、どこか非難めいた怒号が僕の鼓膜を打った。
なぜ地球軍の味方をしているのか。なぜ戦場に出てきたのか。
その理不尽な問い打ちに、僕の中で張り詰めていた何かがプツリと音を立てて切れた。恐怖も、緊張も、すべてが綯い交ぜになった泥臭い感情が、喉の奥から衝動となって爆発する。
軍人としての建前も、冷静な言い訳もかなぐり捨てて、僕はありったけの声で彼に怒鳴り返していた。
「仕方ないじゃないか! ザフトがヘリオポリスを襲ってきたんだから! 家に暴漢がいきなり土足で踏み込んで入ってきたら、全力で追い出すのが当たり前でしょ!!」
僕の叫びに合わせて、ティエレンの無骨なマニピュレーターがイージスの胴体をさらに強く締め上げる。
「俺が言っているのは、お前が地球軍の艦を守っている事だ! なぜ無関係なお前がそこまでして地球軍に加担する!!」
アスランもまた、イージスのスラスターを激しく吹かし、力任せに僕のティエレンを引き剥がそうとしながら絶叫を打ち返してくる。プラントを守るという大義を背負い、軍人としての論理で動く彼にとって、僕の行動はまったく理解できない矛盾の塊でしかなかったのだろう。
だが、僕にだって絶対に譲れない、泥臭くて切実な理由があった。
「それだって! あの艦には、同じカレッジの友達が避難して乗ってるんだよ! サイも、カズイもミリアリアもだ!」
「なんだと……!?」
「君たちザフトが、あの艦を沈めようとするなら……僕は戦って、彼らを守るしかないじゃないかっ!!」
僕は操縦桿を握る手に爪が食い込むほど力を込め、視界を滲ませながら吠えた。
前世の記憶があろうと、優れたOSを組めようと、僕の本質はただの平和を愛する、というか平和ボケした人間だ。
戦争なんてしたくない。誰かの命を奪うことの恐ろしさと重圧に、さっきからずっと胃液を吐きそうになりながら耐えているのだ。
「僕だって……! ホントは戦うのなんて嫌だし、誰かの命を奪うなんて絶対にイヤだよ! 撃ちたくないんだ。……だから、僕に撃たせないでよ!!」
それは、悲鳴に似た懇願だった。
親友であるアスランに銃口を向けたくない。互いに殺し合いたくない。だからこれ以上、僕の日常を、僕の友達を壊さないでくれという、血を吐くような魂からの叫び。
「っ……、無茶苦茶だな、オマエはっ!!」
アスランからの返答は、激しい困惑と苛立ちが入り交じった、もはや呆れに近い怒声だった。軍事的な合理性も、国家間のイデオロギーも完全に無視した僕の個人的で感情的な理屈。それが彼の中でどう処理されたのかは分からない。
ビームが飛び交い、一瞬の油断が死に直結する宇宙空間の最前線。最新鋭の人型機動兵器同士が激しく組み合い、火花を散らしているという極限の戦場の真っ只中だというのに。
そこで交わされているキラとアスランの言葉の応酬は、まるで放課後の教室や公園の片隅で子供たちが言い争うような、ただの『口喧嘩』レベルにまで成り下がっていた。
しかし、そこに一つだけ、取り返しのつかない致命的な問題があった。
それはティエレンの通信回線を通じて、護衛対象であるアークエンジェルのブリッジにもこの口喧嘩が筒抜けになっていたのである。
◇◇◇
『僕だって……! ホントは戦うのなんて嫌だし、誰かの命を奪うなんて絶対にイヤだよ! 撃ちたくないんだ。だから撃たせないでよ!!』
『無茶苦茶だな、オマエはっ!!』
メインスピーカーから響き渡る、あまりにも子供じみた、しかし血を流すような悲痛な二人の少年の言い争い。
静まり返ったブリッジの中で、艦長席に座るマリュー・ラミアスはその音声を聞きながら、ハッと息を呑み、血の気を引かせて顔を強張らせていた。
「あの声……まさか……」
マリューの脳裏に、数時間前の、崩落したモルゲンレーテの秘密工区での生々しい記憶がフラッシュバックする。
ザフトの急襲を受け、窮地に陥った自分。そこに飛び込んできた、赤服のザフト兵。
その赤服の少年に向かって泣きそうな顔で敵を撃とうとした自分の腕に縋り付いたキラの姿。
『やめてっ! アスラン!!』
『親友なんだ! 逃げて……! アスラン!』
マリューは無意識のうちに、自分の腕を強く抱きしめた。
点と点が、残酷な一本の線となって繋がってしまったのだ。
「敵の……ザフトのイージスに乗っているパイロットは、あの時の……キラ君の、親友……っ」
大西洋連邦の最高機密を奪い、幾人もの同僚を殺し、今まさにこのアークエンジェルを撃沈しようと牙を剥いている敵軍のパイロット。
それが、MSに乗って戦ってくれているキラ・ヤマトの『大切な親友』であるという残酷な真実。
「ヤマト少尉の知り合い、だと……?」
CICのコンソールに向かっていたナタル・バジルール少尉もまた、通信から得られた異常な情報に眉をひそめ、戦術的な脅威度を再計算するように厳しい視線をモニターに向けていた。
マリューは唇を噛み締め、モニターに映る紺色のティエレンと真紅のイージスが、互いの装甲を軋ませながら組み合っている映像を痛切な思いで見つめていた。
キラは今、たった一人で背負っているのだ。
守るべき友人たちを背中に庇いながら、最も戦いたくない親友をその手で打ち倒さなければならないという、戦争がもたらす最も醜悪で残酷な地獄の業火を。
◇◇◇
「なにを遊んでいる、アスラン!」
僕とアスランの、極限状態でのひどく人間臭い口喧嘩。その真っ只中へ、空気を切り裂くような鋭い通信と共に乱入してくる影があった。
黄昏の魔弾──ミゲル・アイマンの駆るジンだ。
彼からすれば、味方の最新鋭機であるイージスが、得体の知れない紺色のティエレンに組み付かれ、あまつさえ動きを封じられているように見えたのだろう。
ミゲルのジンが、懸架した巨大なD装備──『バルルス改特火重粒子砲』の砲身を冷酷に跳ね上げ、そのエネルギーチャージの輝きを僕のティエレンへと向けた。
「待てミゲル! コイツは……!」
アスランが慌てたように叫ぶ。彼の手が僕を庇おうとしたのか、それとも同士討ちを避けようとしたのかは分からない。
「くっ!」
空間認識能力が、強烈な熱量の膨張と射線のロックオンを僕の脳髄へ叩き込んできた。
僕はティエレンの出力を瞬間的に全開にし、組み付いていたイージスの装甲を蹴り飛ばすようにして強引に距離を離す。直後、機体を反転させ、左肩にマウントされている巨大な『スラスター兼用シールド』を前面へと突き出した。
無重力空間に、目眩ましのような強烈な閃光が炸裂した。
バルルス改特火重粒子砲から放たれた極太のエネルギービームが、ティエレンのシールドに直撃する。
「やったか!?」というミゲルの声が聞こえてきそうな状況だが、僕のティエレンのコックピット内は、ダメージアラート一つ鳴ることなく平穏を保っていた。
このティエレン全領域対応型は、ただ物理装甲が分厚いだけの機体ではない。
特に防御の要であるこのシールドユニットには、極めて分厚く高価なアンチビームコーティングを何層にも渡って施されていた。
さらに言えば、僕は前世の知識という『カンニング』を最大限に利用し、機体全体にフェムト単位での特殊な微細コーティング処理を施している。
それはとある装甲を現状の技術レベルで限界まで模倣・再現しようとした試作品でもあった。
連合のG兵器が持つ高出力ビームライフルよりも出力・収束率で劣るジンの重粒子砲程度では、この装甲を貫くどころか、表面のコーティングで虚しく熱量を拡散・偏向させられるのが関の山だったのだ。
光の奔流が晴れた後、無傷で宇宙空間に佇む紺色の巨体を見て、ミゲルとアスランが息を呑む気配が伝わってきた。
「化け物か、コイツ……!」
ミゲルが戦慄と共にジンの姿勢を立て直そうとする。だが、その隙を僕は絶対に見逃さない。
「悪いけど、次はこっちの番だ!」
僕はティエレンのレーザーライフルを構え、一切の迷いなく引き金を三度引いた。
相手を殺すための射撃ではない。確実に戦闘能力だけを奪うための、針の穴を通すような精密射撃。
一条の熱線が、重粒子砲を構えていたジンの『右腕の付け根』を正確に溶断し、武装ごと宇宙の彼方へ吹き飛ばす。
続く二の矢が、ジンの『頭部』を的確に撃ち抜き、メインセンサーを完全に破壊。
そして三の矢が、機体のAMBACの要である『左脚』の膝関節を破壊し、ダルマ状態へと追い込んだ。
ほんの数秒の間に、推進力と武装、そして視界を奪われたミゲルのジンは、爆散こそ免れたものの、完全に戦闘不能の鉄屑と化して宇宙空間を漂い始めた。
「……っ!」
アスランのイージスが、手負いとなった味方を庇うように動き出そうとする。
「それで部隊への『言い訳』になるだろ! アスランも、その人も、もう下がれよ!!」
僕はオープンチャンネルでそう叫び捨てた。
頭と手足を吹き飛ばされたのだ。これだけの損害を受ければ、いかにエリート兵とはいえ後退する立派な大義名分になる。これ以上、僕の大切な人間を殺させるわけにはいかないし、僕自身も彼らの命を奪いたくはないのだ。
これ以上の口喧嘩に付き合っている暇はない。
僕はティエレンの踵を返し、スラスターの蒼い炎を最大出力で噴き上げさせた。
その向かう先は、今まさにアークエンジェルへと群がり、ミサイルの雨を降らせようとしている残りのジン部隊のど真ん中だ。
「アークエンジェルには、指一本触れさせない……!」
紺色の怪物は、親友との再会の感傷を強引に振り切り、守るべき帰る場所を死守するため、再び死線の只中へと猛然と吶喊していった。