やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-22 束の間の勝利

 

 アサギ・コードウェルは今、その身を宇宙の深淵に置きながら、自身の人生において初めての『実戦』を経験していた。

 

 オーブの極秘施設でM1アストレイのテストパイロットを務め、機体の挙動や操縦には誰よりも精通している自負はあった。しかし、シミュレーターと本物の戦場は違う。勝ち気な性格で周囲を引っ張る彼女であっても、その胸の奥底には、死と隣り合わせの実戦への恐怖と不安が冷たい泥のようにへばりついていたのだ。

 

 それでも、彼女は通信越しの声を決して震わせず、毅然とした態度を崩さなかった。

 

(情けない姿を見せるわけにはいかないじゃない……!)

 

 自分よりも年下のキラ。そして、ついさっきまで一般の学生だったトール。少し年上の『お姉さん』として、そしてオーブの軍人として、彼らの前で怯えてパニックを起こすような無様を晒すことだけは、彼女のプライドが絶対に許さなかった。

 

 そして、ついにザフトのMS部隊との本格的な交戦状態へと突入し、アサギはホワイトフレームの操縦桿を強く握り締めた──はずだったのだが。

 

 いざ戦闘が始まってみると、アサギはコックピットの中で、ひどく正直な感想を抱き、拍子抜けしていた。

 

(……あれ? もしかして……ザフトのジンって、弱いの?)

 

 それは、初めて実戦の矢面に立つパイロットが抱くには、あまりにも贅沢で舐めきった疑問であった。

 

 しかし、事実として彼女には『圧倒的な余裕』があったのだ。

 

『うわぁぁぁッ! くそっ、近寄るなァッ!!』

 

 後方でパニックに陥りながら、デタラメにトリガーを引き絞って牽制の弾幕を張り巡らせるトールの宇宙用ティエレン。アサギはそんな彼を気遣い、『トール君! 落ち着いて、無駄撃ちが多いわ! 弾幕はアークエンジェルの射線を塞がないように展開して!』と、通信で宥めながら的確にフォローする余裕すらあった。

 

 この拍子抜けするような事態の理由は、決して彼らが相対しているザフトの精鋭、クルーゼ隊のパイロットたちが弱いからではない。

 

 原因はただ一つ。

 

 TC-OSをM1アストレイ用にアジャストする期間、アサギ、マユラ、ジュリの三人娘は、キラ・ヤマトという規格外の怪物によって、シミュレーターで『徹底的にボコボコにされ続ける』という、地獄のような強制パワーレベリングを強いられていたからである。

 

(キラ君の動きに比べたら……コイツら、なんて『素直』なの!)

 

 アサギは迫り来るジンの斬撃をホワイトフレームのシールドで軽々と受け流し、流れるような動作でビームライフルを叩き込んだ。

 

 ザフトのエリートが駆るジンは、極めて理にかなった美しい機動を描いてくる。

 

 だが、アサギにとって、それは『次に何をしてくるか手に取るように分かる』退屈な動きでしかなかったのだ。

 

 なにせ、彼女の脳裏にトラウマレベルで焼き付いている『最強の敵』は、そんなお行儀の良い戦い方など絶対にしない。

 

 背後を取ったと確信した瞬間、機体を反転させずに腕だけを後ろに回してライフルを撃ち込んでくる背面撃ちや振り向き撃ちを平然とやって来る。

 

 ビームサーベルを抜いたと思えば、それをブーメランのように投げつけてきたり、ダガーのように投擲してくる。

 

 格闘戦になれば、振り下ろしたビームサーベルをスカされて強烈な肘鉄を背中に容赦なく叩き込まれたり、接近戦でいきなり姿を消したかと思えば急に目の前に現れてボディを蹴り飛ばしてくる。

 

 一体何を考えてそんな挙動を入力しているのか、意味不明で予測不可能な変態的マニューバ。

 

 その理不尽な暴力をシミュレーターの中で何百回と浴びせられ、キラがヘリオポリスへ帰った後も、負けず嫌いな三人娘は「次こそはあのオタク少年に一矢報いる」と互いに切磋琢磨し、血の滲むような訓練を繰り返してきたのだ。

 

 その結果、三人は自分たちでも全く無自覚なうちに、そんじょそこらのエリートパイロットを遥かに凌駕する、充分に一軍のエースパイロットを名乗れるレベルの空間認識能力と反射神経を獲得してしまっていたのである。

 

「ふふっ……なんだ、やれるじゃない、私!」

 

 アサギの唇に、不安を完全に拭い去った好戦的な笑みが浮かぶ。

 

 シミュレーターの中で味わった、あの何をしても裏を掻かれる絶望的な理不尽さに比べれば、目の前のジンたちは恐れるに足らない相手だった。

 

 アサギのホワイトフレームは優等生な機動を繰り返すザフトのジン部隊を相手に、水を得た魚のように宇宙空間を乱舞し、アークエンジェルの周囲に鉄壁の防衛線を築き上げていった。

 

 

◇◇◇

 

 

「……チッ、潮時か」

 

 ジンハイマニューバの狭いコックピットの中で、ラウ・ル・クルーゼは仮面の下で鋭く舌打ちを鳴らした。

 

 目の前のストライクを睨みつける。その背後に展開された2基の独立ポッド──かつてメビウス・ゼロの代名詞だったガンバレルが、無慈悲なまでに正確な射角でジンを追い詰めていた。

 

(MSにガンバレル……単純な発想だが、これほど厄介な組み合わせになるとはな)

 

 ムウ・ラ・フラガという男の空間認識能力と、ガンバレルというオールレンジ攻撃兵装の相性は、かつて戦場で幾度となく味わった「死の気配」そのものだった。

 

 しかし、今のクルーゼにとって、それ以上に懸念すべきは、戦場のあちこちで起きている異常な現象だった。

 

 あの紺色のティエレン。あの少年が操る機体は、戦場を攪乱するたびに敵機の戦闘能力を『解体』するように奪い去っている。

 

 腕を、脚を、センサーを、武装を。

 

 急所に致命傷を与えれば機体は爆散し、パイロットは即死する。しかし、この戦術は、敢えて『生かす』ことを選択している。

 

「……嫌らしい真似を。機体を損傷させれば、それを後退させるために健在な機体も引っ張られるとは」

 

 撃墜してしまえば楽なのだ。パイロットの生存など知ったことではない。しかし、キラ・ヤマトのその『非殺傷を徹底した精密射撃』は、ザフト部隊の陣形をジワリジワリと浸食し、崩壊させていた。

 

 その一方で、傍らにいる白いフレームの機体は、迷いなくジンのコックピットを串刺しにするような殺意ある射撃を行っているのが対照的で、クルーゼは歪な笑みを漏らした。結局のところ、戦場というものは完全に無傷でいられるほど甘くはない。

 

 クルーゼのジンハイマニューバは、ストライクに対して優位に立てないでいた。

 

 ストライクのフェイズシフト装甲は、ジンが持つ主兵装では掠り傷一つ付けられない。一方、こちらの機体はストライクのビーム攻撃を一発でも受ければ致命傷になりかねない。いわば、これは膠着した千日手だ。

 

 虎の子であるガンバレルを撃ち落とされまいとムウは慎重かつ高度な回避機動を端末に行わせながら、ストライク本体からも攻撃を行なっていた。

 

 一撃を貰えば中破ないし大破するクルーゼも回避に専念せざるを得ない。

 

 これでは、アークエンジェルの脱出を阻止するための、決定的な一撃を放つ機会など永久に訪れない。

 

(ムウ・ラ・フラガ……貴様一人を相手にするだけで、これほどの手間を強いられるとはな)

 

 尻尾を巻いて逃げ帰る。

 

 特に、あの『エンデュミオンの鷹』に対して背を向けるという行為は、クルーゼのプライドを内側から焼き尽くすほどの屈辱だった。だが、ここでヴェサリウスやガモフを失うような損害を出すわけにはいかない。さらに言えば己の命もまだ失うわけにはいかなかった。

 

「……フフ、覚えていろよ、ムウ・ラ・フラガ。この借りは、必ずや高くつくぞ」

 

 クルーゼは奥歯を砕かんばかりに歯噛みし、ジンハイマニューバの姿勢制御バーニアを最大出力で噴かした。

 

 母艦ヴェサリウスの方角へと機体を反転させ、戦場から離脱する。

 

 宇宙の闇へと灯された帰還信号弾と遠ざかるジン部隊を見送りながら、キラはティエレンの操縦桿を握る手に力を込めた。

 

「勝った……のか?」

 

 通信回線が静まり返る中、キラは機体のバイタルを確認する。装甲に無数の掠り傷はついているものの、機体は健在だ。

 

 だが、その安堵は長くは続かないことを、キラは痛いほど理解していた。

 

 クルーゼという怪物を一時的に退けたに過ぎない。この小さな勝利の果てに待っているのは、さらに過酷な戦いの連鎖なのだと、冷え切った宇宙が彼に告げていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 ヘリオポリスから離脱したアークエンジェルのブリッジには、戦闘を乗り切った安堵よりも、真綿で首を絞められるような息苦しい緊張感が満ちていた。

 

「敵艦隊、依然として本艦の熱源・索敵センサーの外縁ギリギリに定位。ナスカ級1隻、ローラシア級1隻……完全にこちらの足止め、あるいは出方を窺っています」

 

 CICのコンソールから、ナタル・バジルール少尉が忌々しげに報告を上げる。

 

 その言葉に、艦長席のマリュー・ラミアス大尉は深くため息をつき、傍らに立つムウ・ラ・フラガ大尉も頭を掻きむしった。

 

「諦めて帰るようなタマじゃないとは思ってたが、いやはや、徹底してるぜクルーゼの野郎は」

 

「……艦隊戦を仕掛けるのは不可能です。正規クルー不足に加えて数的不利からしても、単艦で敵陣を突破するのは得策とは言えないわ」

 

 マリューさんの冷静な分析に、誰も異を唱えることはできない。

 

 ならば、先の戦闘で優位に立ったモルゲンレーテ組と僕たちの『混成モビルスーツ部隊』を再出撃させ、艦隊へ強襲をかけるか?

 

 それも極めて危険な賭けだった。

 

 敵艦隊には、まだ無傷の『Xナンバー』が控えている。

 

 先程のアスランのイージスのように、デュエル、バスター、ブリッツといったジンを遥かに凌駕するMSたちが一斉に防衛ラインに立ち塞がれば、逆に形勢をひっくり返されるかもしれない。

 

 かといって、ここで足踏みをして迷っている時間は、そっくりそのままクルーゼ隊に態勢を立て直させる時間を与えることに繋がる。損傷した機体の修理、パイロットの休息、そして新たな戦術の構築。

 

 次に彼らが動く時、それはアークエンジェルを確実に沈めるための完璧な包囲網が完成した時だ。

 

「……取れる選択肢は、多くありませんね」

 

 僕はメインモニターに映し出された星図を見つめながら口を開いた。

 

「このまま睨み合いを続ければ、いずれジリ貧になるのはこちらです。補給もままならない現状、最も現実的な選択肢は、友軍の拠点への逃け込みによる保護と再編成しかありません」

 

「友軍の拠点……となると、ここから最も近いのは」

 

 ナタルさんがコンソールを操作し、星図の一部を拡大する。そこに浮かび上がったのは、巨大な小惑星をくり抜いて作られた難攻不落の要塞。

 

「ユーラシア連邦が誇る宇宙要塞、『アルテミス』……か」

 

 ムウさんが、心底嫌そうな顔でその名を呼んだ。

 

 マリューさんもまた、苦虫を噛み潰したような表情を隠そうとしない。

 

 大西洋連邦とユーラシア連邦。同じ『地球連合』という括りの中にあっても、その実態は一枚岩には程遠い。表向きは協力関係にあるが、裏では軍事技術や主導権を巡って泥沼の政治的駆け引きと対立を繰り返しているのが現状だ。

 

 特に、大西洋連邦が極秘裏に開発していたこの『アークエンジェル』と『G兵器』の存在は、ユーラシア連邦からすれば喉から手が出るほど欲しい軍事機密である。

 

「同じ地球軍とはいえ、あの『アルテミスの傘』の中に逃げ込めば、素直に補給だけして送り出してくれるとは思えないわね。最悪の場合、艦と機体をそのまま接収されかねないわ」

 

 マリューさんの懸念は、大西洋連邦の軍人としては極めて正しい。原作の歴史でも、アルテミスの司令官であるガルシア少将は、アークエンジェルを味方としてではなく『獲物』として扱い、ストライクのロックを無理やり解除させようと実力行使に出たのだから。

 

 しかし、現場の人間からすれば、上層部の政治的な隔たりなど「勘弁して欲しい」の一言に尽きる。背に腹は代えられないのだ。

 

「……ラミアス大尉。お気持ちは分かりますが、おそらくその懸念には及ばないと思います」

 

 僕は、重苦しい空気を振り払うように、はっきりと告げた。

 

「え?」

 

 マリューさん、ムウさん、ナタルさんの三人が、一斉にこちらへ視線を向ける。

 

「接収の心配なら無用です。むしろ、彼らは僕たちを『最上級のVIP』として迎え入れざるを得ないはずですよ」

 

「どういうことだ、キラ? お前さん、オーブの人間だろう?」

 

 ムウさんが怪訝な顔で首を傾げる。

 

 僕はふっと口角を上げ、自身が持つ『もう一つの強烈な肩書き』を口にした。

 

「忘れないでください。ユーラシア連邦が現在主戦力として正式採用している『ティエレン』……その根幹システムである『TC-OS』の主任開発者にして特許保持者は、どこの誰ですか?」

 

 その言葉に、ブリッジの大人たちがハッと息を呑んだ。

 

「そうか……!」

 

 ナタルさんが目を見開く。

 

「ユーラシア連邦は、ヤマト少尉の構築したOSとティエレンのフレームに軍の屋台骨を依存している……。その最高責任者であるヤマト少尉がこの艦に乗っているとなれば、彼らは下手な真似は絶対にできない……!」

 

 可能性はゼロではないが、普通に考えるのならばその通りだ。

 

 もしアルテミスのガルシア少将が、大西洋連邦への嫌がらせ目的でアークエンジェルを強引に接収しようとしたり、僕たちに危害を加えようとした場合。僕はTC-OSとティエレンの開発者の権限をチラつかせ、「ユーラシア軍が使用している全ティエレンのライセンス更新とアップデートを永久に凍結する」とでも脅しをかければいい。

 

 そんな事態になれば、ガルシア少将はユーラシア上層部から即座に更迭され、最悪の場合は国家反逆罪で銃殺モノである。

 

 つまり、現在のユーラシア連邦軍にとってキラ・ヤマトという存在は、大西洋連邦の新型艦などよりも遥かに価値が高く、絶対に機嫌を損ねてはならない『最重要人物』なのだ。

 

「……恐ろしい少年ね。自分の政治的・軍事的な価値を、そこまで冷徹に計算しているなんて」

 

 マリューさんが、呆れと感嘆が入り交じったようなため息をついた。

 

「でも、あなたのその『権力』に縋れるというのなら、これほど心強いものはないわ。背に腹は代えられない……このままクルーゼ隊の的になるよりは、遥かに生存確率が高いわね」

 

「全くだぜ。政治家の腹の探り合いはご免だが、使えるコネは親でも使えってな」

 

 ムウさんも、ニヤリと笑って肩の力を抜いた。

 

「では、進路を要塞アルテミスへ!」

 

 ナタルさんが、力強い声で操縦士のノイマンさんへ指示を飛ばす。

 

「了解 推力最大、進路アルテミスへ!」

 

 アークエンジェルのメインノズルが青白い閃光を放ち、艦は漆黒の宇宙空間を滑るように加速していく。

 

 後方に陣取るザフトの艦隊が、アークエンジェルの加速に追随しようとする熱源反応がモニターに映るが、すでに距離は開き始めていた。

 

 

◇◇◇

 

 

「おい、キラ。ちょっと面貸せ」

 

 アークエンジェルの騒然としたブリッジを離れ、張り詰めた空気が漂う格納庫のパイロットロッカー室へと、僕はムウさんに呼び出された。金属質の壁に囲まれたその密室は、機械の駆動音と微かなオイルの匂いが充満しており、戦場の合間の束の間の静寂を保っていた。

 

「キラ。お前さんのお陰で、俺たちはどうにかこうにか生き延びられそうだ。あのドカベンみたいなティエレンでよくやってくれた。……だが、一つだけ確認させてくれ」

 

 ムウさんはロッカーに背中を預け、普段の飄々とした態度を消し去った、歴戦の兵士としての鋭い眼差しで僕を見据えた。

 

「あの赤い機体、イージスに乗っているパイロットが……お前の『知り合い』だってのは、本当なのか?」

 

「え……や、えっと……はい。幼馴染で、一番の親友です」

 

 不意を突かれた直球の問いに、僕はごまかす余裕もなく、馬鹿正直に、そして弱々しく答えてしまった。

 

 答えた直後、僕の脳内で激しい疑問が渦巻いた。

 

 なぜ、ムウさんがそのことを知っているんだ?

 

 マリューさんなら分かる。ヘリオポリスの秘密工区でストライクのコックピットの上でアスランと対面した時、彼女はその場にいて、アスランの凶刃から僕が彼女を庇い、「親友なんだ! だから撃たないで!」と涙ながらに縋り付いたのを見ているからだ。あの出来事と、イージスのパイロットの情報を結びつけることは容易だろう。

 

 しかし、あの場にいなかったムウさんは、僕とアスランの過去の関係性など、何一つ知らないはずだ。

 

 僕の困惑を読み取ったように、ムウさんは深くため息をつき、頭を掻いた。

 

「さっきの戦闘でな。お前さんの機体の通信……全部筒抜けになってたんだよ。アークエンジェルのブリッジにも、俺のストライクにもな」

 

「え゛っ!?」

 

 僕は自分でも聞いたことがないような、喉の奥から絞り出すような情けない悲鳴を上げてしまった。顔から一気に血の気が引き、冷や汗がドッと噴き出す。

 

「つ、筒抜けって……あのアスランとの会話というか、あの、ただの口喧嘩みたいなやり取りが……全部丸聞こえだったんですか!?」

 

「ああ。そりゃもう、見事なもんだったぜ。『家に暴漢が入ってきたら追い出すのが当たり前でしょ!』だの、『誰かの命を奪うなんて絶対にイヤだよ!』だの、ガキの喧嘩みたいな悲鳴の応酬がな。マリューなんて、青い顔して聞いてたぜ」

 

(嘘だろ……!?)

 

 原作の描写では、あんなプライベート全開の痴話喧嘩じみた通信が艦内に筒抜けになっているような描写は一切なかったはずだ。

 

 だからこそ、僕は完全に油断し、感情のままにアスランに怒鳴り返してしまっていた。

 

 顔を真っ赤にして床にしゃがみ込みそうになる僕を見下ろし、ムウさんの表情が再び厳しさを帯びた。

 

「……次の出撃、またあのイージスが出て来たら、俺と代われ。お前はあいつに近づくな」

 

「え……?」

 

「俺がイージスの相手をする。万が一、あいつを撃ち落とすことになった時は……俺を恨んでくれて構わないさ。お前に、親友を殺させるわけにはいかないからな」

 

 その言葉の重みに、僕は息を呑んだ。

 

 ムウさんは、出会って間もない僕のために、そこまでの覚悟を決めてくれていたのだ。僕に、親友を殺めるという一生の十字架を背負わせまいとして、自らが泥を被り、怨恨の対象となることを引き受けてくれようとしている。大人の、そしてプロの軍人としての優しさ。

 

「だ、大丈夫ですよ、大尉。……アスランならきっと、僕を撃つなんて出来ません。彼はそういう奴ですから」

 

 僕は震える声で、どうにか絞り出すようにそう答えた。それは希望的観測であり、過去の記憶にすがる哀れな自己弁護でもあった。

 

「んなこたぁ、絶対に言えないのが『戦場』ってヤツだ、キラ」

 

 ムウさんの声が、氷のように冷たく、重く響いた。

 

「相手が親友だろうが兄弟だろうが、引き金を引かなきゃ自分が死ぬ。そういう極限状態に置かれた人間の心理を、お前は分かってない。そんな甘い考えでコックピットに座ってたら、次に撃ち抜かれて死ぬのは……お前自身だぞ」

 

「…………」

 

 僕は俯き、唇を強く噛み締めた。

 

 甘いと言われているのは、痛いほど分かっている。軍事的な合理性からすれば、親友だろうが容赦なく撃墜すべき敵軍のパイロットなのだ。

 

 けれども、仕方ないじゃないか。

 

 アスランの機体のコックピット目掛けて銃口を向けるなんて。僕の心が、精神が絶対に拒絶する。

 

 そればかりか、名も知らぬザフトの兵士の命であっても、僕は奪いたくない。

 

 平和な日本での記憶と倫理観、そして今世の普通の学生としての情緒が、『人殺し』に対する強烈な忌避感を僕に強いている。

 

「本当ならな……」

 

 ムウさんが、苛立ちと労りの混じった声で続けた。

 

「『お前はもう二度とMSに乗るな。引っ込んでろ』って言ってやりたいところなんだが……現状はそうもいかない。見ての通り、この艦は絶望的な人手不足だ。その上にお前さんほどの、エース級の腕を持つパイロットを遊ばせておく余裕は、今の俺たちには一ミリもないんだ」

 

 ムウさんは一歩前に出ると、僕の両肩をガシッと力強く掴んだ。

 

「出来るか、出来ないか。俺たちと一緒に戦うってんなら、悪いが俺は、お前のその腕をアテにしたい。……どうなんだ、キラ。お前は、引き金を引けるのか?」

 

 その真剣な、しかし決して強制ではない、一人の男としての問いかけを真正面から受け止め、僕は早鐘のように打つ胸にそっと手を当てた。

 

 深く、長く息を吐き出す。肺の奥に溜まった未練と恐怖を絞り出すように。

 

「……絶対とは、約束は出来ません。アスランを撃てるかどうか、誰かを殺せるかどうか、今は分かりません」

 

 僕はムウさんの目を真っ直ぐに見返した。

 

「けれど……この艦と、みんなを守る為に、僕にも出来ることをするつもりです。僕なりのやり方で、絶対にみんなを生き延びさせます」

 

 僕のその泥臭く、しかし決して逃げない決意の言葉を聞いたムウさんは、不意にその険しい表情をふっと和らげると、掴んでいた僕の肩をポンッと軽く叩いた。

 

「……よっしゃ。良い返事だぞ、キラ。お前がもしあそこで、『はい、絶対に撃てます。キッパリ大丈夫です』なんて言ったら、俺はよっぽど信用しなかっただろうな」

 

「そうですか? 一緒に戦う軍人なら、ハッキリと『やれます』と断言しろと怒られるかと思いましたけど」

 

「馬鹿言え。そう言われたら逆に、『無理して強がってんなら、次はもう出るな』って命令するつもりだったさ。心の底で切羽詰まってる危うい味方を背負って、後ろを気にしながら戦う余裕は、悪いが今のこっちにもないんでね。お前が自分の弱さを自覚してるなら、それで十分だ」

 

「まったく……。大人は意地が悪いですね、大尉」

 

 僕は小さく苦笑いを漏らした。テストされたのだ。僕の精神の臨界点と、戦場に立つ覚悟の質を。

 

「まぁ、そう言うなよ。……死ぬなよ、キラ。お前さんはまだまだ若いんだからな。背負い込みすぎて、命を落とすような真似だけはするなよ」

 

「わかってますよ。……けど、戦場の先輩がそういうこと言うと、完全に『死亡フラグ』が立ちますから、フラガ大尉こそ気をつけてくださいよ?」

 

 僕が軽口を叩くと、ムウさんは「ははっ」と楽しそうに笑い飛ばした。

 

「戦場のあるある、ってやつだな。任せとけよ。なんてったって俺は、『不可能を可能にする男』だからな。こんなところで、そう簡単にくたばってやるつもりはないぜ」

 

 そして、僕とムウさんは互いに向き合い、戦場での奇妙な信頼関係と、これから待ち受ける地獄を共に生き抜くという誓いを込めて、無骨に拳を突き合わせたのだった。

 

 

 




何故だかちゃんと寝ているはずなのに猛烈に眠くて更新スピードが低下してしまいました。

まさかトランザムが終了して体内のGN粒子が枯渇した事による性能の低下だとでもいうのか!?
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