やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか 作:星乃 望夢
束の間のクロッシングを通じて、ラクスの温かく柔らかな精神の波長に包まれたことで、僕の極限まで張り詰めていた神経は確かに癒やされていた。
しかし、その心地よい微睡みにいつまでも身を委ねている猶予はない。僕の脳裏には、虎視眈々とこちらを狙っているであろうローラシア級ガモフと、その艦内で今まさに最終調整を受けているであろう恐るべき機体の姿が、秒針の音のように正確に刻み込まれていたのだ。
ニコル・アマルフィの駆る『ブリッツ』。
ミラージュコロイドステルスという、レーダー波はおろか可視光線すらも完全に歪曲・吸収し、文字通り「完全に透明」になる悪魔のステルスシステム。
あの見えない刃が、この難攻不落を誇るアルテミスの絶対防壁『光波防御帯』の死角を突き、音もなく潜入してくるタイムリミットは確実に迫っている。
「……アルテミスの警戒ライン外縁に潜む敵艦には、光学迷彩を持つ特殊なMSが存在します。厳重な警戒態勢を敷いてください」
たった一言、そう警告できればどれほど楽だっただろうか。
しかし、僕の口はその事実を重く閉ざすしかなかった。僕は『ブリッツ』の真の恐ろしさを、前世の「原作知識」として知っているに過ぎない。もしここでブリッツのミラージュコロイドについて詳細な説明をしてしまえば、「なぜ一介のオーブの学生が、大西洋連邦の極秘プロジェクトの核心たるシステムを知っているのか?」という、致命的な尋問を招くことになる。
ごまかすためには「ヘリオポリスのモルゲンレーテ工区で、G兵器の極秘データを盗み見ていた」と嘘の自白をするしかないが、そんなことをすれば、同盟国に対する重大なスパイ行為としてナタルさんたち大西洋連邦の軍人に拘束されるか、あるいは目の前の技術を欲してやまないガルシア司令に「貴重な情報源」として監禁され、徹底的に調べ上げられるのが関の山だ。
政治的リスクがあまりにも高すぎる。だからこそ、僕は誰にも真実を告げぬまま、来るべき見えない死神に対抗するための『物理的な準備』を、大急ぎで整えるしかなかった。
僕はアルテミスが誇る広大な地下工廠へと直行した。
工業用潤滑油とオゾンの焦げた匂いが充満するその空間には、僕の要求通り、ムウさんの乗っていたメビウス・ゼロが運び込まれていた。ガンバレルを全損し、痛々しい姿だが、機体本体は生きている。
「すみません、マードックさん。休む暇もなくて」
「気にするなよボウズ! こちとら命が懸かってんだ。で、この大尉の機体をどう料理するってんだ?」
アークエンジェルから無理を言って呼び寄せたマードック曹長たち整備班の面々に、僕はあらかじめ組み上げていた設計図のデータを転送した。
「このメビウス・ゼロをストライカーパックの規格に落とし込みます。メビウスのエンジンブロックを改造して有り合わせの有線式機動砲台を4基接続し、ムウさんのストライク専用の『ガンバレルストライカー』に仕上げます」
マードックさんはデータを見て数秒硬直し、やがて獰猛な笑みを浮かべた。
本来ならあり得ない、規格外の魔改造。
だが、これが完成すれば、ムウさんはストライクのフェイズシフト装甲による絶対防御を得たまま、メビウス・ゼロ十八番のオールレンジ攻撃による三次元的な死角のない弾幕を展開できるようになる。
「よし、野郎ども! 手を動かせ! ユーラシアから借りた機材、ぶっ壊す勢いで使い倒してやれ!」
マードックさんたちの頼もしい怒号を背に受けながら、僕は並行してもう一つの作業用ハンガーへと向かった。
用意されていたのは、ユーラシア連邦が正式配備している真新しい『宇宙用ティエレン』。僕は躊躇なくその頭部装甲をパージし、内部のメインカメラとセンサー群を引きずり出した。
そこへ、アルテミスの工廠からかき集めた高感度の通信モジュールと、広域索敵用モジュールを組み込み、情報処理能力を引き上げた『指揮官用通信モジュール』を製作する。
さらに両肩へ、戦艦用の装甲材を切り出した追加のシールドユニットを増設。そのシールドには、センサーカメラを内蔵させた。
これによって、最前線での生存率を飛躍的に向上させながら環境情報を数多く取得し、状況判断能力を大幅に向上させた『宇宙用ティエレン指揮官機』が産声を上げた。
「……よし。製造ログと、機体制御OSの最適化パッチ、それにパーツの加工プロセスは、すべてアルテミスのメインサーバーに『保存』おこう」
僕はコンソールを叩きながら、意地悪く口角を上げた。
この指揮官機の性能と、それを可能にした技術ログを見れば、ガルシア司令やユーラシアの技術士官たちは涎を垂らして飛びつくはずだ。
彼らがこの改造ティエレンの解析と量産化計画に夢中になっている間、僕たちアークエンジェル一行への監視の目は確実に甘くなる。これ以上ない政治的な目くらましだった。
そして、すべての作業の最後に、僕は自分自身の生存確率を上げるための「仕上げ」に取り掛かった。
それは、アガメムノン級の装甲部材を加工して切り出した『手持ち式の小型シールド』の製作だ。
先の戦闘で身を以て痛感したことがある。
僕のティエレン全領域対応型の両肩に装備された『スラスター兼用シールドユニット』は、分厚い装甲と大推力を両立する。しかし、実戦の激しい三次元機動の最中、敵のビームや実弾を「咄嗟に肩のシールドで受け止める」という動作をすると、それに連動してスラスターの推力偏向ベクトルが強制的にズレてしまうのだ。
防御のたびに機体の推進バランスが崩れ、機動力が一瞬死ぬ。そのコンマ数秒の硬直が、エース同士の戦いでは命取りになる。
だからこそ、推力制御とは完全に独立して運用できる、純粋な物理防壁としての「携行型シールド」がどうしても必要だった。
見た目は不格好だが、これで推力を殺すことなく敵の攻撃を弾き、反撃のレーザーライフルを叩き込む姿勢を維持できる。
さらに加えてバッテリーとレーザートーチを裏側に取り付ける事で、近接戦闘時にレーザーソードを出力して斬りかかる事も可能だ。
イメージ元はドラッツェのシールドとビームサーベルを参照した。
完成したばかりのそのシールドをティエレン指揮官機に装備させ、TC-OSの調整を施していく。
一刻の猶予を争う中で、僕の指は迷う事なくキーボードを叩き続けた。
◇◇◇
「ミラージュコロイド、システム・オールグリーン。……行けます」
暗礁宙域の闇に潜むローラシア級MS搭載艦『ガモフ』。そのカタパルトデッキにおいてGAT-X207『ブリッツ』のコックピットで、ニコル・アマルフィは静かに呼気を吐き出した。
ユーラシア連邦が誇る絶対防壁『アルテミスの傘』。
しかし、その強固な光波防御帯も、莫大なエネルギーを消費するため、平時から24時間365日常時展開されているわけではない。基本的には、哨戒レーダーや熱源センサーの早期警戒網が敵の接近を感知し、脅威度に応じて要塞を覆うように「傘を開く」という運用ドクトリンが敷かれている。
それは裏を返せば、極めて単純な一つの事実を意味していた。
すなわち、敵の警戒システムに『一切感知されずに』要塞の懐まで肉薄することができれば、傘が開く前に光波防御帯の発振器そのものを破壊できるということだ。
その不可能を可能にするシステムこそが、このブリッツに搭載された大西洋連邦の最高機密──機体周囲に特殊な微粒子を定着させ、レーダー波から可視光線、赤外線に至るまでのあらゆる電磁波を歪曲・吸収し、文字通り「完全に透明」になる『ミラージュコロイド・ステルス』であった。
「頼んだぞニコル。お前がアルテミスの傘の発振器を破壊次第、俺とディアッカ、そしてミゲル先輩で一気に要塞を制圧する。ヘマをするなよ!」
通信回線越しに、出撃の時を待つイザークの血気盛んな声が響く。
「分かっています、イザーク。……ニコル・アマルフィ、ブリッツ、出ます!」
カタパルトから射出されたブリッツは、宇宙空間へと滑り出た直後、システムを最大稼働させた。
機体を覆う黒い装甲の表面が、陽炎のように一瞬だけ歪んだかと思うと、その姿は不気味なほど滑らかに虚空へと溶け込み、完全に消失した。
光学カメラにも、熱源探知にも、電波レーダーにも、その機影は一切映らない。完全なる透明。
音のない宇宙の暗闇と同化し、アルテミス要塞に向けてスラスターの噴射すら最小限に抑えた慣性移動で静かに、そして確実に忍び寄っていく。
(ミゲル先輩が警戒していた、あの『紺色のティエレン』……)
ニコルは暗闇のコックピットの中で操縦桿を握り締めながら、ブリーフィングでのミゲルの重苦しい言葉を反芻していた。
敵を殺さず、一瞬で戦闘能力だけを的確に奪い去るという、得体の知れない化け物じみたパイロット。
もしアルテミスが安全な光波防御帯の内側で、あの機体の改修や量産化に手を付ける様な時間を与えれば、ザフトにとって取り返しのつかない致命的な脅威となるのは火を見るより明らかだった。
(だからこそ、ここで僕が……アルテミスの傘を破壊する)
温厚でピアノを愛する少年の瞳に、軍人としての冷徹な決意の光が宿る。
見えない黒き刃は、自分たちが難攻不落であると信じて疑わないユーラシア連邦の将兵たちが微睡む要塞へと、その足音を忍ばせて肉薄していった。
◇◇◇
中立国オーブの象徴たる機体を、地球連合の最前線要塞で堂々と組み上げる。本来ならば致命的な外交問題を引き起こしかねない行為だが、現在のオーブ本国において次期主力機『M1アストレイ』の存在は既に公表されていた。
そのプロトタイプであるプロトアストレイが多少ユーラシアの軍人たちの人目に触れたところで、最早気にするような段階ではない。何より、アークエンジェルの手狭で物資の乏しい格納庫とは比べ物にならない、アルテミスの広大で設備が完璧に整った最新鋭の工廠を「使いたい放題」にできるという事実が、あらゆる躊躇いを吹き飛ばしていた。
モルゲンレーテの秘密工区からコンテナごと回収してきたグリーンフレームのパーツ群は、文字通りの『超特急』で組み立てられていった。パーツ状態と言えども、プラモデルのように細々とした部品から組み上げるわけではない。ボディ、両腕、両脚、頭部といった大まかなブロック・アッセンブリーの状態でコンテナに厳重にパッキングされていたため、要塞工廠の機材を用いれば、その接合作業は恐ろしいほどのハイスピードで完了した。
各部のジョイントが重厚な金属音を立てて噛み合い、純白の基本骨格に鮮やかな緑色の装甲が次々と懸架されていく。
このグリーンフレームは、レッドフレームと同じく「ナチュラル用OSのテストヘッド」としての側面を強く持っていた。さらに、複雑な機体制御をアシストするサポートAIの運用も視野に入れられた機体である。そのシステム設計の思想は、キラが構築した『TC-OS』のコンセプトと極めて近しいものだった。
だからこそ、ソフトウェアのアジャストは驚くほどスムーズに進んだ。キラがコンソールからTC-OSの基本プログラムを流し込むと、グリーンフレームのメインカメラが生命を得たかのように鮮烈な緑色の光を放つ。各部のアクチュエーターがOSの信号を受信し、滑らかなアイドリング駆動を始めた。
テストパイロットとして白羽の矢が立ったマユラは、新品のコックピットに乗り込むなり「うっわ、何これ! シミュレーターの時よりレスポンスが段違いに軽いじゃん!」と歓声を上げた。彼女はすぐさま機体の感覚を掴むと、アークエンジェルの格納庫へ向けて自力歩行での搬入を開始した。
そのグリーンフレームの太い両腕には、先ほど工廠で完成したばかりの新装備──『ガンバレルストライカー』が、まるで大切な宝物のように恭しく抱えられていた。
ストライクへの接続とシステム調整のためにアークエンジェルへ呼び戻されていたムウは、搬入されてきたその新たなストライカーパックを見上げ、言葉を失っていた。
「……おいおい、マジかよ」
彼が幾度もの視線を潜り抜けた、先の戦闘でガンバレルを全損して本体だけとなってしまった愛機『メビウス・ゼロ』。
それが今、ストライクの背面に接続するための巨大なバックパックとして完全に生まれ変わっていたのだ。
自分の半身とも言える機体が別の兵器のパーツとして改造されたことに、ムウの胸の奥で僅かながらのセンチメンタリズムが過ぎったのは事実だ。しかし、キラが「今度のガンバレルは実弾ではなく、高出力の『ビーム砲』を内蔵しています」とレクチャーした瞬間、その感傷は吹き飛んだ。
かつての愛機が、時代遅れの実弾兵器を捨て、ピカピカの最新鋭ビーム兵装を纏って自分の元へ帰って来たのだ。
一人のパイロットとして、これほど頼もしいことはない。
しかし、ムウはガンバレルストライカーの全体像をぐるりと見渡し、引き攣った笑いを浮かべた。
「にしても……キラ。いくらなんでも、付け過ぎじゃないかコレ?」
ムウが指差した先。そこには、常識を逸脱した数の兵装ポッドがひしめき合っていた。
元々メビウス・ゼロのガンバレルは、機体の四方に十字型に配置された『4基』がデフォルトである。しかし、目の前でグリーンフレームが抱えている修復・強化されたガンバレルは、なんと『6基』に増設されていたのだ。
ストライクの背面にマウントするため、メビウスの機首部分は折りたたまれ、ストライカーパックの接続基部とメインスラスターが中央に再配置されている。
それに伴い、ガンバレルの懸架モジュールは十字ではなく、放射状の『X(エックス)字』に改造されていた。
ここまではいい。問題は、ガルシア司令から分捕ったメビウスのパーツを惜しげもなく流用し、そのX字の外側──左右の側面に、さらに追加で2基のガンバレルを増設している点だ。
合計6基。しかもすべてが独立稼働する有線式のビーム砲搭載・機動砲台。
ただでさえ四肢を持つ人型機動兵器を三次元空間で縦横無尽に操りながら、同時に6つものガンバレルを別々のベクトルへ射出し、空間認識能力をフル回転させてオールレンジ攻撃を制御する。
それは人間の脳の処理能力を物理的に超越した、まさに狂気の沙汰であった。
「機体を動かしながら、この6つのポッドの射角と軌道を全部頭の中で計算しろって? 冗談キツイぜ、ボウズ。俺の脳みそが焼き切れるわ」
ムウは額に手を当て、深い溜め息と共に一抹の不安を零した。
「大丈夫ですよ。TC-OS側で軌道計算の基礎インターフェースはかなり補助を入れていますし」
キラは事も無げにツールボックスを片付けながら、満面の笑みでムウを振り返った。
「それに……『エンデュミオンの鷹』と呼ばれた凄腕のムウさんなら、絶対にこのスペックを引き出せますよ。違いますか?」
「……ッ、この野郎。先輩をおだてて木に登らせるタチの悪い後輩の典型だな、お前は」
ムウはニヤリと不敵に笑い、自らのヘルメットを小脇に抱え直した。キラの無邪気な、しかしパイロットとしての自分に対する絶対的な信頼と期待を込めた煽り。それを突きつけられて尻尾を巻くような真似は、ムウ・ラ・フラガの誇りが絶対に許さない。
「上等だ。俺の空間認識能力の限界、その狂ったシステムごと見せてやるよ。不可能を可能にする男の腕の見せ所ってやつをな!」
格納庫の天井を震わせるムウの力強い宣言に応えるように、ストライクへとガンバレルストライカーがドッキングされた。
◇◇◇
アルテミス要塞の分厚い装甲ハッチが重々しい駆動音と共に開き、虹色に揺らめく光波防御帯の僅かな死角を縫うようにして、一機の白いモビルスーツが暗礁宙域の虚無へと滑り出した。
ムウ・ラ・フラガの駆るストライクの背面には、異形の巨大な翼──先ほど要塞の地下工廠で組み上げられたばかりの『ガンバレルストライカー』が、宇宙の闇にそのシルエットを沈ませながら鎮座していた。
「さて、エンデュミオンの鷹のお手並み拝見と、あの生意気な天才坊主のプログラムの答え合わせと行こうじゃないの」
コックピットの中で、ムウは不敵な笑みを浮かべながら操縦桿の特殊トリガーを引き絞った。
直後、背面のX字マウントと左右に増設された合計6基のガンバレルが、一斉にロックを解除されて宇宙空間へとパージされる。ストライカー本体から伸びる極細の有線ケーブルが、まるで蜘蛛の糸のように宇宙の闇へと広がっていった。
ムウの脳裏に、全方位の三次元空間座標が直感的なフラッシュとして展開される。特異な『空間認識能力』を持つ彼にとって、自機を中心とした周囲の空間を俯瞰で把握することは息をするように自然な行為だ。しかし、ここから先が本来ならば地獄だった。
かつての愛機メビウス・ゼロでは、その直感的な座標軸に合わせて、4基のポッドの姿勢制御、スラスターの噴射角、ワイヤーの張力管理、そして射撃のタイミングまでを、ほぼマニュアルの職人芸で微調整しなければならなかったのだ。それを、モビルスーツという手足を持った複雑な機体を操縦しながら、さらに増設された6基のポッドで行う。計算上、パイロットの脳髄が焼き切れてもおかしくないマルチタスクである。
しかし──。
「……嘘だろ。こいつ、俺の『思考』に吸い付いてきやがる」
ムウの口から、驚愕の吐息が漏れた。
彼が「この座標にポッドを置きたい」「この角度から射線を通したい」と脳内で直感的に描いた瞬間、TC-OSがコンマ数秒という人智を超えた演算速度で介入してくる。
OSはムウの空間認識の『大枠の指示』を瞬時に読み取り、各ポッドの姿勢制御やワイヤーのテンション調整といった『細かな制御』を全自動で最適化し、完璧な位置へとポッドを送り届けたのだ。
ストライク本体をスラスター全開で宙返りさせ、仮想の敵機からの射線を回避するような激しい三次元機動を行っている最中でさえも、6つのガンバレルはまるで個別の意志を持った猟犬のように、ムウの機動を邪魔することなく追従する。
そして次の瞬間、6つのポッドは仮想標的に対して、別々のベクトルから一糸乱れぬ完璧な六角形の死の檻を構築してみせた。
コンソールに表示される滑らかな緑色のインジケーターを見つめながら、ムウは背筋に冷たい粟が立つような感覚を覚えた。
以前のメビウス・ゼロの時よりも、軌道パターンが圧倒的に複雑に組める。
それも、パイロットの精神的な疲労や操縦難易度は、比較にならないほどに『緩和』されているのだ。実弾からビーム砲へと火力が跳ね上がっているにも関わらず、まるで自分の手足が6本増えたかのように、意のままに空間を支配できる圧倒的な全能感。
「冗談キツイぜ、キラ……。お前さん、とんでもないパンドラの箱を開けちまってるぞ」
ムウはガンバレルをストライクの背面へと帰還させながら、静かな恐怖と共に独りごちた。
コーディネイターの超人的な身体能力と情報処理能力がなければ、モビルスーツはまともに歩行させることすらできない。それが、この数年間の地球圏における絶対的な常識だった。
だが、あの少年が組み上げたこの『TC-OS』は、その常識を完全に破壊している。
本来ならばエース級の空間認識能力保持者でなければ到底扱えないような、6基の有線誘導ポッドとモビルスーツの同時並行操作。それを、システムの徹底した「パイロットへの寄り添い」と「先読みの補助」によって、実戦レベルの容易な操作へと引き下げてしまっているのだ。
ナチュラルであっても、モビルスーツを己の手足のように機敏に動かすことができる。
それどころか、これほど複雑怪奇な火器管制システムすらも、OSの補助によって思いのままに制御できてしまう。
もし、このOSがユーラシア連邦の工廠を通じて大々的に量産され、すべてのナチュラルの兵士たちに行き渡ったとしたら、一体どうなるか。
それは、物量で勝る地球連合軍が、ザフトのモビルスーツの優位性を完全に無に帰すことを意味する。戦場のパワーバランスを根底から覆し、人類の殺し合いの規模をさらなる絶望的な次元へと引き上げてしまう『恐怖』そのものだった。
「……あの狸オヤジが、涎を垂らして食いつくわけだ」
アルテミスの冷たい岩肌を見つめながら、ムウは操縦桿を握り直した。
この恐るべき牙を、自分たちは今、手に入れてしまった。この力をどう使いこなすか、そして、この力がもたらす未来の戦争の泥沼をどう生き抜くか。エンデュミオンの鷹の眼光は、迫り来る見えない脅威を見据えるように、暗礁宙域の闇を鋭く睨みつけていた。
◇◇◇
キラは決して、ただ闇雲に火力を増強しようという安直な思考や、現場の負担を無視した無責任な思いつきでガンバレルの数を増やしたわけではない。そこには、彼自身の卓越したプログラミング技術と、前世から持ち越した「オタクとしての深淵なる知識」、そして何よりムウ・ラ・フラガという男のポテンシャルに対する絶対的な確信が存在していた。
第一に、彼が自らの手で組み上げた『TC-OS』の絶大なサポート能力に対する絶対の自信である。
かつてのメビウス・ゼロでは、パイロットが自身の空間認識能力を頼りに、ワイヤーの張力、ポッドのスラスター噴射角、そして射撃のタイミングといった気の遠くなるような操作を、すべてマニュアルによる職人芸で制御しなければならなかった。しかし、TC-OSが介在する今の環境下では、パイロットは「どこにポッドを配置し、どこから射線を通すか」という空間ベクトルを脳内で描くだけでいい。あとの微細な姿勢制御や物理演算は、OSがコンマ数秒の世界で先読みし、全自動で最適化して完了させてしまう。
機体の負担が減った分、有線ポッドが4基から6基に増えたところで、人間の脳にのしかかる情報処理の負荷は以前よりも遥かに軽くなっているのだ。
第二に、キラが知る『未来の歴史』の存在である。
数年後の戦場において、ムウ・ラ・フラガという男は「アカツキ」という黄金のモビルスーツに搭乗し、その背面に装備された『シラヌイ』──7基もの独立自律駆動型ビーム砲台を、完全な三次元空間で一糸乱れぬ完璧な精度で操ることになる。その事実を『原作知識』として知っているキラからすれば、6基の有線式ガンバレルなど、「エンデュミオンの鷹」の空間認識能力をもってすれば、むしろ余裕を残して扱いきれる範疇であることは火を見るより明らかだった。
さらに言えば、今回のガンバレル改修において、TC-OSの奥深くにはキラの「オタク的メタ知識」がソースコードとして悪魔的に組み込まれている。
本来のTC-OSの元ネタである「パーソナルトルーパー」シリーズの機体には、『スラッシュ・リッパー』や『リープ・スラッシャー』といった、誘導・自動追尾させる遠隔操作兵器がごく当たり前のように存在していた。
あるいは、アシュセイヴァーが搭載する自律機動砲台『ソードブレイカー』。
キラはこれらの「フィクションのゲーム内に存在した自律型オールレンジ兵器」の挙動アルゴリズムを、現実の物理法則とTC-OSのサポート挙動としてプログラムへと落とし込んでいたのだ。
そして極めつけは、OSの深層学習モデルにインプットされた膨大な「モーションサンプリングデータ」である。
キラが用意した軌道パターンは、ムウのメビウス・ゼロ時代の戦闘ログだけではない。
彼が前世で擦り切れるほど見てきたアニメ作品──宇宙世紀のニュータイプたちが操った『ファンネル』や『ビット』の流麗にして変幻自在な軌道、コズミック・イラの象徴たる『ドラグーン・システム』の多角的な包囲陣形、西暦の世界で猛威を振るった『GNファング』の刺突機動、さらには『シールドビット』が展開する幾何学的で鉄壁の防御陣形に至るまで。
数多のガンダム作品で描かれた「理想的で無駄のないオールレンジ攻撃の機動」を、キラはすべて三次元の物理演算データとして再構築し、ガンバレルの自動追尾モードにおける『戦術パターン』としてOSに食わせてあるのだ。
極論を言ってしまえば、空間認識能力など持たない素人のパイロットが、ただ適当に「あの敵を撃て」とシステムに指示しただけでも、OSの補助によって6基のガンバレルが勝手にアニメのエース機体さながらの美しい包囲陣形を組み、自動で敵を蜂の巣にしてくれるレベルまで、ソフトウェア側のインターフェースは洗練され尽くしている。
素人が適当に扱ってもサマになるほど極限まで高度化されたシステム。それを、本物の特異な空間認識能力を持つ「エンデュミオンの鷹」が自らの手足として直接アジャストしたならば、一体どれほどの化学反応が起きるのか。
「6基に増えた所で、ムウさんなら絶対に問題ない」
その一点の曇りもない確信と共に、キラは微笑みを浮かべながら、大西洋連邦の最新鋭機と己のオタク知識の結晶である異形の翼──『ガンバレルストライカー』を、頼れる戦場の先輩へと躊躇なく託したのだった。
ムウ・ラ・フラガという百戦錬磨のエースパイロットが、自らの特異な才能である『空間認識能力』すらも陳腐化させかねないTC-OSの底知れぬポテンシャルに戦慄を覚えたのは無理もないことだった。
しかし、種明かしをしてしまえば、キラがこのガンバレルストライカーで行ったアプローチは、決して無から有を生み出すような魔法でも、コズミック・イラの物理法則をねじ曲げるような超常の技術でもない。
身も蓋もない言い方をしてしまえば、キラがしたことは、前世の記憶にある『宇宙世紀』の技術体系──ニュータイプという特異な存在でしか運用できなかった「ビット」や「ファンネル」といったサイコミュ兵器の代替案として生み出された『準サイコミュ兵器』の概念を、TC-OSという極めて優秀なソフトウェアを介してコズミック・イラのガンバレルにに適用し、その操作難易度を劇的に緩和させたに過ぎないのである。
本来、コズミック・イラにおける有線式ガンバレルや、後に登場するドラグーン・システムといったオールレンジ兵器は、搭乗者の「先天的な空間認識能力」にその制御のすべてを依存している。
これは宇宙世紀で言うところの、ニュータイプの感応波で直接兵器をコントロールする「サイコミュシステム」と本質的に同じ、いわば『才能専用の兵器』だ。
後にドラグーンシステムは改良され、そうした特異な空間認識能力が無くとも扱える代物となるのであるが。
今現状はムウやラウ・ル・クルーゼのような一握りの特異な人間にしか扱えないものではある。
だが、キラの前世のオタク知識の中には、その「才能の壁」をソフトウェアと有線誘導で強引に突破した歴史が存在していた。
それが準サイコミュ兵器であるインコムだ。
インコムは、パイロットの脳波に頼るのではなく、母機となるモビルスーツのコンピューターが事前に計算した二次元・三次元の軌道パターンをワイヤー経由でポッドに送信し、目標の周囲に展開させてビームを撃ち込むという「擬似的なオールレンジ攻撃」を可能とする兵器だ。
つまりキラは、メビウス・ゼロのガンバレルが持っていた「空間認識能力によるマニュアル操作」を「TC-OSの戦術予測による自動軌道トレース」へとすげ替えたのである。
パイロットがターゲットをロックオンし、「包囲しろ」という大雑把な意思決定を行う。
するとTC-OSが即座に介入し、内部に蓄積された数多のガンダム作品のファンネルやビットの軌道データの中から、現在の空間座標と自機の状態、そして敵の回避ベクトルに最も適したパターンを瞬時に選択。
6基のガンバレルへワイヤーを介して電気信号として「インコム的な軌道データ」を送信し、ポッド側のスラスターを自動制御して展開させる。
これが、ムウが「自分の思考にシステムが吸い付いてくる」と錯覚し、戦慄した現象の正体だった。
キラにしてみれば、「ニュータイプじゃないオールドタイプでも使えるインコムのシステムを組めば、もともと才能があるムウさんならもっと楽に、確実に6基のガンバレルを捌けるはずだ」という、極めてオタク的な最適化思考の産物でしかなかった。
しかし、その「単なる別作品の概念の流用」が、コズミック・イラの技術体系においてはオーパーツ的な技術的特異点となってしまっていることに、当のキラ本人は無自覚であった。
結果として、本来ならば一般兵をエースの領域へと引き上げるための補助輪である『インコム』のシステムを、本物のニュータイプ並みの空間認識能力保持者のエースパイロットが全力でぶん回すという、冗談のようなオーバースペックの殺戮兵器が爆誕したのだった。