やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-26 アルテミスの攻防

 

 誤解のないように、ここで明確にしておきたいことがある。僕は決して、ユーラシア連邦という国家に強大な軍事国家になってほしいなどという意図や肩入れをしているわけではない。

 

 そもそもの発端は、過酷なデブリ帯でのサルベージ作業や、海賊からの自衛を目的とした、劣悪な環境でも稼働する堅牢で扱いやすい防衛作業用MS。それが僕の想定した『ティエレン』という機体の本来の立ち位置だった。

 

 しかし、ザフトのジンに対抗する術を持たず、大西洋連邦のG計画からも蚊帳の外に置かれて焦燥していたユーラシア連邦が、そのティエレンの有用性に目をつけ、ジャンク屋組合とライセンス契約を結んで自軍の主力量産MSとして正式採用してしまった。

 

 事態は僕の手を離れ、結果として「僕がティエレンのOSや機体を少しでも弄る=ユーラシア連邦の軍事力がダイレクトに底上げされる」という、極めて厄介な構図が完成してしまっただけなのだ。

 

 それこそ、今回ガルシア司令に手渡した『宇宙用ティエレン指揮官機』への改造プランにしても、僕からしてみれば、その辺の工廠に転がっていたセンサーと通信機を継ぎ接ぎし、装甲を少し足しただけの「マイナーチェンジ」であり、その場をやり過ごすための単なる「お茶濁し」に過ぎない。

 

 なにせ、僕の頭の中にある『ティエレン』という機体の拡張性は、こんなものでは済まないのだ。

 

 その気になれば、空力制御と大推力で空を滑空・強襲する『高機動型ティエレンA型』や、脚部のホバーユニットで地上を滑るように高速移動し、ドムさながらの機動戦を展開する『高機動型ティエレンB型』。後方からの圧倒的な面制圧を可能とする『長距離砲撃型』。さらには2人乗りの複座式にし、500mmという艦砲クラスの化け物じみた砲を装備した『ティエレンチーツー』。

 

 そして何より、僕が現在乗っている『ティエレン全領域対応型』や超兵専用に極限までチューンナップされた『ティエレンタオツー』まで。

 

 ティエレンという機体のバリエーションは、それこそ戦術の数だけ存在する。

 

 そう考えると、現在ユーラシア連邦が正規配備しているのが、汎用性の高い「地上用」と「宇宙用」の二種類に留まっているだけ、世界情勢的にはまだマシというものだろう。

 

 もし僕がこれらのバリエーション機までユーラシアに売り払っていたら、彼らは今頃、狂喜乱舞して地球圏の勢力図を単独で塗り替えていたかもしれない。

 

 ただ、この状況がもたらした「地球連合内部のパワーバランスの変化」という点においては、僕の意図しないところで、ある一つの巨大な抑止力が働いていることにも気がついていた。

 

 もし僕が何もしなかった場合の本来の歴史では、大西洋連邦が量産型MS『ストライクダガー』や『105ダガー』を完成させ、連合のMS戦力を完全に独占するはずだった。

 

 その技術的独占は、そのまま地球連合内部における大西洋連邦の「一極集中」と「絶対的な発言力」に直結する。そして、その背後で糸を引く軍産複合体『ロゴス』や、ムルタ・アズラエルを筆頭とする極端な反コーディネイター過激派組織『ブルーコスモス』が、連合軍そのものを自分たちの私兵のように操り、プラントへの狂気的な核攻撃や殲滅戦を主導していくことになる。

 

 しかし、今はどうだ。

 

 ユーラシア連邦は、大西洋連邦の「ダガー」を必要としていない。彼らには既に、自分たちの手で量産し、運用ノウハウを蓄積しつつある独自のMS『ティエレン』という強固な牙があるのだ。

 

 大西洋連邦からすれば、自国が主導権を握るためのMS技術の独占という最大のカードを無力化された上に、これまで連合内で見下してきたユーラシアが、地球軍の実質的な防衛主力として肩で風を切り始めている現状は、到底面白いはずがない。

 

 ブルーコスモスやロゴスの連中にとっても、この事態は大誤算だろう。彼らがどれほど大西洋連邦の軍部を金とイデオロギーで支配しようとも、同等の軍事力を持つユーラシア連邦が独自路線を歩み、ティエレンの軍団を盾にして反対票を投じれば、地球連合という巨大な組織を完全に自分たちの思い通りに動かすことは不可能になる。

 

 ダガー系が連合の量産型MSとして君臨し、ブルーコスモスの狂気が世界を焼き尽くすはずだった本来の凄惨な歴史。

 

 僕が生き残るための手段としてジャンク屋組合にばら撒いた「ティエレン」という存在は、結果としてユーラシア連邦を不必要に強大化させてしまったものの、同時に「大西洋連邦の暴走」に対する、ストッパーとして機能し始めている。

 

 僕の一挙手一投足が、世界の形を歪な形に作り変えていく。その恐ろしさに背筋が凍る思いがする一方で、ブルーコスモスやロゴスの思い通りにはさせないという歪なカタルシスがあることも、また否定できない事実だった。

 

「────ッ!?」

 

 突然、脳裡に閃光が迸る。

 

 静かで、それでいて、純粋極まりない敵意の波動だった。

 

 空間認識能力──いや、僕の中に眠るコーディネイターとしての、あるいはそれを超越した何かが、見えない宇宙の深淵から音もなく忍び寄る気配を、明確に捉えていた。

 

 それが何であるか、僕には一瞬で心当たりがついていた。

 

(ブリッツが来た……!!)

 

「……おい、キラ? どうした、急にそんな幽霊でも見たような顔しやがって。テストの数値に不具合でも見つかったか?」

 

 たった今、アルテミスの外で『ガンバレルストライカー』の慣らし運転を終え、ノーマルスーツのヘルメットを小脇に抱えてコックピットから降りてきたばかりのムウさんが、僕の異様な硬直に気づいて怪訝そうに声をかけてきた。

 

「ムウさん……」

 

 僕は震える指先で自分の胸元を抑え、掠れた声で問いかけた。

 

「……感じないんですか? この、空間がピリピリするようなプレッシャーを」

 

「あ……? 何を言ってんだ、お前──」

 

 ムウさんは最初、僕が長時間の酷使でついに幻覚でも見始めたのかという目を向けた。しかし、僕の瞳の奥にある、冗談や狂気とは無縁の、敵意に反応して真剣味を増した瞳を見た瞬間──歴戦のプロフェッショナルとしてのスイッチが切り替わったようにその飄々とした表情が一瞬で消え失せ、眉間に深く険しい皺が刻まれる。

 

「……何か、来るのか?」

 

 ムウさんの声のトーンが、地を這うような低さへと変わる。

 

「違います」

 

 僕は首を振り、工廠の天井のさらに向こう、アルテミスの強固な岩盤の先へと視線を向けた。

 

「何か来てるから、感じるんじゃないんですか……! もう、そこにいるんだ、すぐ近くに……ッ!!」

 

 言葉が終わるよりも、それが先だった。

 

 地響きというにはあまりにも凄まじい大質量の重低音と振動が、アルテミス要塞を揺さぶった。

 

「な、なんだぁっ!? 何が起きやがった!?」

 

 格納庫の各所で作業にあたっていたマードックさんたち整備班が、振動で足場を奪われながら怒号を上げる。

 

「嘘……! アルテミスの傘は!? 光波防御帯は展開されていなかったの!?」

 

 グリーンフレームのコックピットハッチから身を乗り出したマユラさんが、信じられないというように叫んだ。

 

 その通りだ。難攻不落を誇るアルテミスの傘は、敵の接近をレーダーや光学センサーで感知して初めて展開される。

 

 しかしそれは常時展開したままではなく、敵の脅威が去ると解除される。

 

 姿も見えぬまま、感知されることもなく要塞の懐へと潜り込んだブリッツ『トリケロス』から放たれたレーザーライフルがアルテミス要塞の外郭を攻撃しているのだ。

 

「チッ! あの狸オヤジ、亀の甲羅に籠もる前に首をハねられやがったか!」

 

 ムウさんは即座に状況を理解し、手にしたヘルメットを頭へと乱暴に叩き込んだ。

 

「キラ! 予測がどうあれ、こうなっちまったら戦うしかない! ここでまとめて生き埋めになるのは御免だからな!」

 

「はい……っ!」

 

 僕とムウさんは、弾かれたようにそれぞれの愛機へと向かって無重力の空間を跳んだ。

 

 ハッチが閉じるのと同時に、メインコンソールに手を走らせ、TC-OSの起動シーケンスを急いだ。

 

 システムが立ち上がり、全周囲モニターに映し出された格納庫の映像の中――僕のすぐ隣のハンガーでは、ムウさんの『ガンバレルストライカー』を背負ったストライクが、フェイズシフト装甲の起動と共に、鈍い灰色から鮮烈なトリコロールカラーへとその姿を変貌させていた。

 

 絶対防御の神話が崩壊し、狂乱とパニックに陥っていく宇宙要塞アルテミス。

 

 見えない恐怖が支配するその戦場へと、僕たちはアークエンジェルから発進した。

 

 

◇◇◇

 

 

 絶対の不可侵を誇っていたはずの宇宙要塞アルテミスの外郭は、あまりにも静かに、そして致命的に引き裂かれた。

 

 漆黒の宇宙の闇と同化し、いかなるレーダー波も視線も透過させる悪魔の迷彩──ミラージュコロイドを展開したGAT-X207『ブリッツ』は、要塞の防衛システムが放つ警戒ラインを影のようにすり抜けていた。

 

 コックピットに座るニコル・アマルフィの指先は、極度の緊張に震えながらも、ミリ単位の狂いもなく操縦桿をホールドしている。

 

 ブリッツが静かにその右腕に装備された攻盾システム『トリケロス』を掲げた。内蔵された高出力レーザーライフルの銃口が鋭い光を放つ。放たれた細い熱線が、アルテミスの分厚い岩盤を貫いた。

 

 外郭の一部が融解し、爆発する。

 

 ニコルはその瞬間、機体のセンサーで熱源のフィードバックをスキャンし、動き出した『光波防御帯の発振器』の位置を完全に特定した。

 

「そこです……!」

 

 ブリッツが躍進する。トリケロスから生やしたビームサーベルの光刃が、真空の闇を一閃した。

 

 戦艦の装甲すら容易く切り裂く高エネルギーの刃は、要塞の防衛の要たる光波防御帯の発振器を容赦なく両断した。

 

 それによって光波防御帯の展開は不完全となる。

 

 無敵と謳われた「アルテミスの傘」が、完全に丸裸にされた瞬間だった。

 

 その戦果を確認した瞬間、イザーク・ジュールはすぐさまGAT-X102『デュエル』のシートで咆哮した。

 

「遅れるなよ、ディアッカ! グズグズしていると置いていくぞ!」

 

「へっ、急ぎすぎて足をすくわれるなよ、イザーク!」

 

 ディアッカ・エルスマンのGAT-X103『バスター』と共に、二機の『G』がガモフのカタパルトから射出された。

 

 彼らは勇み足のまま、防御を失ってパニックに陥るアルテミスへと猛烈なスピードで突入していく。

 

 その二機の凄まじいバックパックの残光を追いかけるようにして、一機のジンがスラスターを吹かした。操縦桿を握るのは、「黄昏の魔弾」ミゲル・アイマンだ。

 

 本来であれば、ヴェサリウスが離脱し、隊長のクルーゼが不在の今の状況で要塞への直接攻撃という大博打を容認するというのはニコルの慎重論の肩を持った手前、認めるべきではなかっただろう。

 

 だが、それでもミゲルが慎重論を唱えたニコルが提案してきた奇襲作戦に賛同し、自らもこうして最前線へと機体を駆り立てているのには、焦燥感があったからだ。

 

(……アレを、これ以上生かしておくわけにはいかねぇんだよ……!)

 

 ミゲルの脳裏に焼き付いて離れないのは、先の戦闘で自分を完膚なきまでに叩きのめした、あの『紺色の新型ティエレン』の姿だ。

 

 ザフトの武装がまるで通じない分厚い物理装甲と異常な対ビームコーティング装甲。

 

 そして、こちらの機動予測を完璧に嘲笑うかのような、精密かつ容赦のない銃撃。

 

 地球連合、特にユーラシア連邦が血眼になって数を揃えている『ティエレン』というモビルスーツは、本来ならばザフトの技術陣から見れば「頑丈なだけの鈍重な鉄の箱」に過ぎなかった。ナチュラルの乗る、数の暴力だけで押し潰してくるだけの前時代的な鉄塊。それがザフトにおけるティエレンの評価だったはずだ。

 

 だが、あの紺色の機体は違った。

 

 あろうことか、あの重装甲でありながら、ザフトの最新鋭高機動機である『ジン・ハイマニューバ』に匹敵する、あるいはそれ以上の、悪魔的な機動性で宇宙を躍動していたのだ。

 

 もし──もし、あのアルテミスの工廠にあの機体のデータが持ち込まれ、ユーラシア連邦の技術者たちの手によって、現在配備されている無数のティエレンがあの「高機動仕様」へと一斉にアップデートされてしまったとしたら、一体どうなる?

 

 ただでさえ突破するのが面倒な重装甲の塊が、ジン以上のスピードで空間を飛び回り、コーディネイターの動きに正確に銃口を合わせてくるようになるのだ。

 

 そんな悪夢のような軍団が、ナチュラルの圧倒的な物量を背景にして宇宙へ、地上へとわんさか溢れ出てくる未来。

 

 そうなれば、個々の能力の高さとMSの性能で戦局を維持しているザフト軍など、文字通り数と鉄の暴力によって跡形もなく圧殺されてしまう。

 

 それらがアルテミスという巨大な揺り籠の中で量産化への体制を迎える前に、何が何でもここでその「根」を断たなければならない。

 

 奪った『G』のビーム兵器が、あの化け物じみたティエレンの装甲に有効打を与えられるかどうかは未だ未知数だ。

 

 だが、イザークたちのデュエルやバスターの高出力ビームなら、あるいは、ニコルのブリッツによる完全な不意打ちなら、あの鋼の皮膚を焼き切ることができるかもしれない。

 

「ここで終わらせる……! プラントの未来のためにも、あの化け物どもをこれ以上野放しにしておくわけにいくかってんだよ!」

 

 ミゲルはジンのスラスター出力を限界まで引き上げ、爆炎と悲鳴に包まれるアルテミスへと突入した。

 

 

◇◇◇

 

 

「な、何をしている! 敵だ、敵を探し出せ! 傘が開けんのなら数の暴力で叩き潰してしまえぇっ!!」

 

 光波防御帯が展開不能という現実に、アルテミス要塞司令ガルシアのプライドは完全に粉砕され、ヒステリックな怒号へと変わっていた。

 

 要塞の防衛管制はパニックに陥りながらも、格納庫に並んでいたメビウス、そしてユーラシア連邦が血眼になって生産ラインを整え、このアルテミス工廠でもライセンス生産されていた無骨な鉄の巨人、『宇宙用ティエレン』を次々と発進させていった。

 

 要塞の外郭にへばりつき、防衛システムの網を切り裂いた漆黒の刺客──ニコルのブリッツは、すぐさま要塞から湧き出してきた防衛部隊の迎撃行動に移っていた。

 

「くっ、量産型でも、なんて厄介な装甲ですか……!」

 

 暗宙に火線を引くブリッツ。右腕の攻盾システム『トリケロス』に内蔵された高出力レーザーライフルが火を噴き、ティエレンの胸部装甲へ正確に直撃する。

 

 並の機体であれば一撃で融解、あるいは大破を免れない一撃。しかし、閃光が収まったモニターに映し出されたのは、表面のコーティングが微かに融解し、装甲表面が焦げた程度の煤を上げながらも、何事もなかったかのように健在であるティエレンの姿だった。

 

 貫通していない。それどころか、内部の電子機器にすらダメージが届いている気配がないのだ。

 

「なら……これでッ!」

 

 ニコルは即座に機体を躍進させ、トリケロスから生やしたビームサーベルの光刃を突き立てる。

 

 質量差を無視するように滑り込み、重装甲の隙間、首元の関節部へと光刃を叩き込んで、ようやくその太い首を溶断することに成功した。

 

 一機を撃破したものの、ニコルの額には冷たい汗が伝っていた。

 

 ザフトの地上軍が、ユーラシア戦線でこの『ティエレン』という新型機に異常なほど手を焼いているという報告は耳にしていたが、これほどまでとは。

 

 この機体はおかしい。

 

 ザフトの主力であるジンの武装は、未だ実弾の重突撃機銃や実体剣がメインだ。ビーム兵器は確かに使用する事もあるが、それは対拠点攻略や対艦戦闘時に携行するバルルス改特火重粒子砲だけである。

 

 にも関わらず、このティエレンというモビルスーツは、徹底的なアンチビームコーティングと、分厚い複合物理装甲を纏っている。

 

(まるで……これからの戦場に、ビーム兵器が溢れかえるのを『事前に見越していた』かのような誂えだ……)

 

 普通なら、実弾対策を最優先にするはずのこの時代において、この設計思想はあまりにも異質であり、同時に恐るべき先見の明と言えた。

 

 大西洋連邦が開発した高出力のビームライフルでさえ一撃では撃ち抜けず、エネルギーの刃であるビームサーベルを肉薄して押し当て続けなければ溶断できないほどの堅牢さ。

 

 コーディネイターのような超人的な身体能力を持たないナチュラルが、その操縦技術の遅れを補い、戦場で『絶対に一撃では死なない』ために造り上げられた、執念の防壁。

 

(可能なら、人口の少なさゆえに人的損失を絶対に容認できない、僕たちザフトにこそ必要な機体なのに……!)

 

 ニコルがそんな戦慄と羨望の入り交じった感想を抱くのも無理はなかった。

 

 この頑強な鉄の箱が、要塞の開口部から次々と、文字通りの『壁』となって這い出してくるのだ。

 

 ブリッツの強力なビーム兵装をもってしても、一機を処理するのに確実に手数がかかる。

 

「イザーク、ディアッカ! 気をつけてください! ユーラシアのティエレンは、データ以上にビームへの耐性が高すぎます!」

 

「ガタガタ言うなニコル! 通じないなら、通じるまで叩き込んでやるまでだっ!」

 

 要塞のドックへ向けて、デュエルの高エネルギービームライフルを乱射しながら突入してくるイザークの咆哮が通信に響く。

 

 だがその威勢も長くは続かなかった。

 

「クソッ、なんなんだコイツは! 落ちろおおおっ!!」

 

 イザークの苛立ちに満ちた絶叫が響き渡る。

 

 デュエルが放つ高エネルギービームライフルの直撃を受けてなお、ユーラシアの量産型『宇宙用ティエレン』は止まらない。

 

 分厚い装甲表面のアンチビームコーティングを白熱させながらも、その無骨な巨体はスラスターを吹かしてデュエルへと肉薄し、無慈悲に滑腔砲の引き金を引いてくる。

 

「チィッ!」

 

 イザークは舌打ちと共に機体を捻るが、躱しきれなかった実体弾がデュエルの肩に直撃する。

 

 フェイズシフト装甲が物理的な攻撃を完全に無効化し、機体にダメージは無い。

 

 しかし、その圧倒的な運動エネルギーによる「振動」までは殺しきれず、コックピット内のイザークは乱暴に揺さぶられ、ジリジリと後退を余儀なくされていた。

 

「ヒュウ♪ グゥレイト! 1機仕留めたぜ、イザーク! このバスターの火力ならやれるっ」

 

 後方から、小気味良いディアッカの通信が飛び込んでくる。

 

 バスターが両腰の火砲を連結させた『超高インパルス長射程狙撃ライフル』。その高出力から放たれたビームの奔流は、ティエレンの誇るABC装甲の耐熱限界を正面から強引に撃ち抜き、一機のティエレンを鮮やかに爆散させていた。

 

「まだ1機落としただけだろうが! 良い気になるなよディアッカ!」

 

 僚機の戦果自慢にプライドを激しく刺激されたイザークは、怒りに任せてビームライフルをマウントし、デュエルの背部からビームサーベルを抜刀した。

 

 ビームの「熱」を弾くなら、物理的な「斬撃の圧力」を伴った超高熱で焼き斬るまで。イザークは凄まじい反射神経でティエレンの懐に潜り込むと、比較的装甲が薄く構造的にも脆いであろう「腕の関節部」を正確に斬り落とす。

 

 そのまま、バランスを崩したティエレンの分厚い胸部装甲へ向けて、ビームサーベルを深々と突き立てた。

 

 一瞬で両断、とはいかない。まるで分厚い隔壁に穴を穿つかのように、数秒の時間をかけてようやくビーム刃が装甲を焼き切り、コックピットを貫いてティエレンは沈んだ。

 

「ハァ……ハァ……。ナチュラルのクセに、厄介な物を造りやがってっ……!」

 

 爆炎を背に、イザークは忌々しげに悪態を吐いた。

 

 ビームライフルではまともにダメージが通らず、サーベルで焼き切るにしても僅かばかりの時間を要する異常な耐久力。

 

 敵の滑腔砲や胸部機銃といった実弾武装は、PS装甲を展開している『G』には決定打にはならない。

 

 しかし、被弾のたびにコックピットを揺さぶられるストレスに加え、周囲をハエのように飛び回るメビウス部隊の有線ミサイルやレールガンも鬱陶しいことこの上ない。

 

 何より一番の問題は「バッテリーの消耗」だ。

 

 PS装甲は、物理的衝撃を受けてそれを無効化するたびに、莫大なエネルギーを消費する。

 

 倒せなくはないが、一機一機を確殺するのに時間が掛かり過ぎる。その間に無数の被弾を許せば、あっという間にフェイズシフト・ダウンへと追い込まれてしまう。

 

 初めてティエレンを相手にしたイザーク、ディアッカ、そしてニコルの三人は、苦戦とまでは行かずとも、その泥臭い防御力に確実に「手を焼かされて」いた。

 

 一方、その激戦の宙域の端で、別のティエレンと交戦していたミゲルは、冷静に敵の挙動を分析していた。

 

「……なんだ。あの『化け物』でもなけりゃ、案外こんなもんかよ」

 

 ミゲルは駆るジンのスラスターを巧みに操り、鈍重なティエレンの旋回性能の死角──真後ろへと回り込む。

 

 そして、ジンに担がせた対要塞用ビーム兵器『バルルス改特火重粒子砲』の銃口を、ティエレンの背部へと無慈悲に狙いを定めた。

 

 さすがに推進器のノズル周りまでは、あのデタラメなABC装甲で保護しきれていないらしい。

 

 重粒子砲の直撃を受けたティエレンは、内側から誘爆を起こして四散した。

 

 ミゲルは油断なく周囲を警戒しながら、小さく息を吐いた。

 

 装甲は確かに異常だが、現状のユーラシア軍が使っている量産型のスラスター出力ならば、ジンの機動性で十分に背後を取って引っ掻き回すことができる。

 

(つまるところ、俺をコケにしたあの『紺色の新型ティエレン』が、常軌を逸した化け物過ぎただけか……)

 

 その実証結果は、ミゲルにある種の安堵をもたらしたが、同時に腹の底に冷たい鉛のような不安を沈み込ませた。

 

 裏を返せば、連合にはこの鈍重な鉄の箱を『ジン・ハイマニューバ』以上の高機動機体へと改造できる技術とデータが既に存在しているということだ。

 

(……やはり、ここで確実に芽を摘まなきゃマズイ)

 

 ミゲルの懸念は消えることはなかった。

 

 あの紺色のティエレンのデータがこのアルテミスで解析され、目の前に群がる鈍亀たちが一斉に『高機動型』へとアップデートされるような悪夢。

 

 それだけは、自らの命に代えても阻止しなければならないと、歴戦の魔弾の射手は操縦桿を握り直した。

 

 

◇◇◇

 

 

「おーおー。ユーラシアの連中も、ただの案山子ってわけじゃないみたいだな。なかなか頑張るじゃないの」

 

 宙域の闇を切り裂くように、ムウ・ラ・フラガの駆るガンバレルストライクが戦場に現れた。

 

 モニターに映し出されるのは、次々と出撃してはブリッツを数で押し潰そうとするユーラシア連邦の宇宙用ティエレン部隊の姿だ。

 

 彼らはその鈍重さを逆手に取り、装甲でビームを弾きながらじりじりと包囲網を狭めているように見える。

 

 しかし、メビウス・ゼロを駆り、戦場の三次元的な機動を腕と直感で支配してきたエンデュミオンの鷹の眼は、その戦況の『嘘』を一瞬で看破していた。

 

「……甘いな。追い立ててるつもりで、綺麗に『誘導』されてやがる」

 

 ムウは小さく毒づきながら、操縦桿を傾けた。

 

 確かにティエレン部隊は装甲の分厚さでブリッツの攻撃に耐えてはいる。だが、ブリッツのパイロットは決して追い詰められているわけではない。わざと後退する素振りを見せ、包囲陣の突出した一機、距離が離れて連携が薄れた瞬間を狙って反転し、ビームサーベルでその装甲の隙間──首や関節を溶断しているのだ。

 

 ティエレン側は、自らの重装甲を過信した結果、見え透いた誘い受けの罠にまんまと引きずり込まれていた。

 

「させねぇよッ!」

 

 ムウはストライクを急加速させ、高エネルギービームライフルを抜いた。

 

 ブリッツが標的のティエレンへと死の光刃を突き立てようと接近したその瞬間、ムウの放ったライフルの光条が、ブリッツとティエレンの間の空間を極めて正確な射線で抉り取った。

 

 強烈な牽制射撃に、ブリッツがバランスを崩して後退する。

 

「最後の1機……!? ……それに、あの背中のは……まさかガンバレルを、6基も!?」

 

後退したニコルは驚愕と混乱の入り交じった声を上げた。彼の視線の先には、ストライクの背面に装備された、メビウス・ゼロを流用した異形の装備があった。

 

「さぁて、コイツが避けられるか!」

 

 ムウは躊躇なく背面のX字マウントから合計6基のガンバレルを宇宙空間へとパージした。

 

 ストライクという機体は、背面に装着する「ストライカーパック」が兵装であると同時に、機体の稼働時間を延長する増設バッテリーを兼ねている。

 

 このガンバレルストライカーもその例に漏れない。大元のユニットは、ムウのメビウス・ゼロをそのまま流用・強化している。

 

 つまり、メビウス・ゼロ本体のバッテリーを積んでいる上に、射出された6基のガンバレル一つ一つにもコンデンサーが内蔵されているのだ。

 

 キラはTC-OSによる機動補助のプログラムだけに留まらず、フェイズシフト装甲とビーム兵器の併用によってあっという間に消耗するストライクのバッテリー消費問題すらも、出来る限りの範囲でカバーする設計をしていた。

 

 パージされた6基のガンバレルは、ストライクから伸びる極細の有線ケーブルを引きながら、まるで猟犬の群れのように展開していく。

 

 ニコルは、迫り来るその有線機動ポッドの挙動を見て、眉を深く顰めた。

 

(なんという複雑な軌道……! しかし、ガンバレルなら撃ってくるのは実体弾だ。フェイズシフト装甲を展開しているこのブリッツなら、弾くことができる……ッ! 警戒すべきは、本体からのビームライフルだけ!)

 

 メビウスのエンジンブロックを流用し、ブースターを挟むように取り付けられた2挺のメビウスのリニアガン。

 

 誰がどう見てもそれは実弾を撃ち出す意匠である。

 

 その外見的特徴から、「飛んでくるのは実弾だ」と一瞬で判断し、致命的な回避優先度をストライク本体へ向けたのは、パイロットとして極めて論理的で正しい判断であり、決してニコルのミスではなかった。

 

 しかし、その「常識的な判断」こそが、キラの仕掛けた最悪の罠だった。

 

 6基のガンバレルから同時に放たれたのは、リニアガンの電磁誘導の光ではなく──圧倒的な熱量を伴ったビームの光条だった。

 

「なにッ!?」

 

 ブリッツのメインセンサーが、着弾コンマ数秒前に「高熱源体・ビーム兵器」と識別し、コックピットに甲高い警報を鳴らした。しかし、人間の反射神経も、機体のスラスターの立ち上がりも、完全に裏をかかれた状態からでは間に合わない。

 

「うわあああああっ!!!!」

 

 ニコルは絶叫と共に、本能だけで操縦桿を横へと叩きつけた。

 

 その咄嗟の判断と卓越した操縦技術が、かろうじて直撃──コックピットへの致命傷だけは回避させた。

 

 しかし、TC-OSのインコム的予測軌道とムウの空間認識能力が融合した完璧な「ビームの網」から完全に逃れることは不可能だった。

 

 ブリッツの右腕(トリケロスごと)と左脚の膝下を、ガンバレルからのビームが容赦なく撃ち抜き、爆発四散させた。

 

「ニコル!! ええい、クソッ!!」

 

 バランスを失い、宇宙空間へ放り出されたブリッツの惨状を見て、後方でティエレン部隊を捌いていたミゲルが血相を変えて急旋回してきた。

 

 ミゲルは自らのジンをブリッツの盾とするように滑り込ませ、6基のガンバレルに対して重突撃機銃の弾幕を怒涛のように張る。

 

 しかし、ムウが回避行動を入力するまでもなく、その弾幕の嵐を、6基のガンバレルはまるで個別の意志を持った生き物のように、滑らかなスラスターの噴射でひらりひらりと回避してみせた。

 

「なんだと!? 無人ポッドがあんな回避機動を……データにはねぇぞ!?」

 

 歴戦のミゲルでさえ、常軌を逸したその機動に目を剥いた。

 

「おんぶに抱っこってのも、先輩としてはカッコ悪いけどな!」

 

 コックピットの中で、ムウは冷や汗を流しながらも不敵な笑みを浮かべていた。

 

 攻撃に対する回避アルゴリズム。それはキラがTC-OSの深層に組み込んでいた、「アニメのオールレンジ兵器の理想的モーションデータ」による自動制御の結果だった。

 

 ムウの思考を邪魔することなく、システムが勝手に敵の弾幕を避けてくれるのだ。

 

 ムウはガンバレルの包囲網を維持したまま、ストライク本体からもビームライフルの精密な狙撃を放ち、ミゲルのジンの退路と逃げ場を確実な死の幾何学で削り取っていく。

 

「ニコル! 動けるかニコル! 返事をしろ!」

 

 ミゲルは死に物狂いでストライクの火線を躱しながら、通信回線に向けて叫んだ。

 

「っ……ぐっ、だ、大丈夫、です……。なんとか、生きて……っ」

 

 ノイズ混じりの通信から、痛みに喘ぐニコルの声が返ってきた。

 

 機体は大破寄りの中破といった深刻なダメージだ。咄嗟に致命傷を避けた自らの反射神経と、時の運に感謝するべき状況だった。

 

 しかし、ニコルの腹部には鈍く、そして熱い激痛が走っていた。損傷したコックピットの内装パネルが爆発の衝撃で弾けて、その鋭利な破片がノーマルスーツを突き破って、彼の左脇腹に深々と突き刺さっていたのだ。

 

 これ以上の戦闘は不可能だ。

 

 損傷した味方機を庇いながら、化け物じみた動きをするガンバレルを操るMSを相手に戦い抜く余裕など、ミゲルにも残されてはいない。

 

 幸いだったのは、ユーラシア連邦のティエレン部隊が、自分たちの間に割って入ろうとしなかったことだ。

 

 同士討ちを恐れたのか、あるいは単純に、圧倒的な高機動戦のスピード領域に、鈍重なティエレンでは物理的に介入する余地がなかったのか。

 

「……潮時だな」

 

 ミゲルは奥歯を強く噛み締め、撤退の判断を下した。彼はジンを操り、中破したブリッツを背後からしっかりと抱きかかえるようにホールドする。

 

 そして、未だ交戦を続けているであろうイザークとディアッカへ意識を向け、撤退の指示を出そうとした。

 

 しかし──。

 

 ミゲルが視線を向けた先のモニターに映っていたのは、ザフトの誇る赤服のエリート二人が、たった一機を相手に完全に「手玉」に取られているという、信じ難い光景だった。

 

 相手は、あの忌々しい『紺色のティエレン』だ。

 

 シールドを構えたイザークのデュエルが前衛としてディアッカのバスターをカバーし、後方からバスターが弾幕を形成して、ティエレンを近づけまいとしている。本来ならば、完璧な連携による鉄壁の布陣である。

 

 しかし、あの紺色の化け物は、常軌を逸した動きでその布陣を嘲笑っていた。

 

 紺色のティエレンは、バスターが放つ火線を、スラスターの断続的な噴射と姿勢制御だけで「正面から、その隙間を縫うように」強引に突破してきたのだ。

 

 死の光条をスレスレで躱しながら、その無骨な巨体はバスターの懐へと完全に肉迫する。そして、ディアッカが次の行動へ入る前に、ティエレンはその足でバスターの胸部装甲を強烈に蹴り飛ばした。

 

「ぐおっ!?」

 

「ディアッカ! 貴様あッ!!」

 

 

 バスターを蹴り飛ばした反動を利用して、紺色のティエレンは強引にその軌道を鋭角に変える。

 

 バスターの援護に入ろうと、ビームサーベルを振りかぶって突進してきたイザークのデュエル。

 

 その動きを完全に『先読み』していた紺色のティエレンは、左腕の鉄板の様なシールドの裏から突如として発生させたビームサーベルでのすれ違いざまの一閃。

 

 デュエルの構えていた対ビームシールドの上半分が、まるでバターのように溶断され、宇宙の闇へと飛んでいく。

 

「な……っ!?」

 

 イザークが驚愕に目を見開いた隙に、ティエレンはすかさず肩のシールドをデュエルの懐へと叩き込み、その機体を大きく弾き飛ばした。

 

 ザフトのエリートである赤服。決して彼らの実力が低いわけではない。

 

 だというのに、そんな彼らの連携を、単独で完全に手玉に取っている。

 

 ミゲルは、その事実を前に背筋を凍らせた。あの紺色の機体に乗っているパイロットは、やはりモビルスーツ戦のセオリーを根底から覆す『規格外の化け物』だ。

 

「下がるぞイザーク、ディアッカ!!」

 

 ミゲルは戦慄を振り払うように、通信回線へ撤退の号令を怒鳴りつけた。

 

「なんだと!? 冗談を言うな、まだコイツはッ!!」

 

 怒りに血を上らせたイザークが、シールドを半分失ったデュエルで再び紺色のティエレンへ飛びかかろうとする。

 

「ニコルがやられた! ケガ人を抱えて、あの化け物を同時に相手にできるわけないだろ! 死にたくなかったら離脱しろ、イザーク!!」

 

「クッ、了解……ッ!!」

 

 僚機の深刻な被弾報告を受け、イザークはようやく正気を取り戻した。

 

 彼は忌々しげにコンソールを殴りつけながら、バスターと共に急速後退に移る。

 

「この借りは、必ず高くつくぞ。連合のデカブツ!!」

 

 最後にその遠吠えのような捨て台詞を残し、デュエルとバスターはガモフの待つ宙域へと機体を向けた。

 

 ミゲルはイザークを宥めつつ、中破したニコルのブリッツをジンの腕にしっかりと抱きかかえる。

 

 アルテミスを落とす絶好の好機だったはずが、蓋を開けてみれば、戦況をひっくり返された上に貴重な『G』を中破させられるという大敗北。

 

 「尻尾を巻いて逃げる」というザフト兵としての屈辱にギリィッと歯噛みしながら、ミゲルは機体のスラスターを吹かし、深い闇の奥へと這々の体で離脱していくのだった。

 

 

 

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