やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか 作:星乃 望夢
僕の記憶の中にある『本来の運命』において、このアルテミス要塞へのザフトの急襲は、アークエンジェルにとって最悪の形での「脱出劇」の引き金となるはずだった。
ユーラシア連邦によって艦とクルーを不当に拘束され、友軍であるはずの要塞司令ガルシアから銃口を向けられるという絶望。そこへニコルのブリッツが侵入してアルテミスの傘が崩壊し、要塞そのものが大混乱と業火に包まれる中、マリューさんたちはドサクサに紛れて強引に出港し、逃げるようにこの宙域を後にする……それが、僕の知る歴史の筋書きだった。
しかし、幾重にも塗り替えられたこの世界の現実は、その悲惨なシナリオを根本から書き換えていた。
確かに、ニコルのミラージュコロイドを用いた奇襲作戦は成功し、光波防御帯を発振するジェネレーターブロックはブリッツの刃によって破壊された。要塞の絶対防御は失われ、外郭の一部はザフトのエリートたちの猛攻によって無惨な傷跡を晒している。
だが、被害はそこまでだった。
アルテミスの生命線である港湾施設への決定的な侵入は、要塞から次々と出撃した無数の『宇宙用ティエレン部隊』による、泥臭くも分厚い装甲の壁によって完全に防ぎ切られていた。
さらに、ムウさんの『ガンバレルストライク』と僕の『ティエレン全領域対応型』が、ザフトの精鋭である赤服たちを完膚なきまでに退けたという事実が、要塞の防衛ラインを磐石なものにしていたのだ。
結果として、アークエンジェルが拿捕されるという内輪揉めの危機は最初から存在せず、要塞そのものが崩壊の危機を脱した今、僕たちが火の粉を払うように慌ててアルテミスから脱出しなければならない理由は、完全に消滅してしまった。
戦闘終了後も、アークエンジェルはアルテミスの広大な港湾施設に堂々と停泊し続けていた。
いや、ただ停泊しているだけではない。僕たちは今、ユーラシア連邦の軍事拠点において、考え得る限り最高の『特権階級』として扱われていた。
「弾薬、推進剤、バッテリーの補充完了。さらに、真水と生鮮食品を含む数週間分の食料、医療物資、各種保守点検パーツの搬入も滞りなく進んでいます。……信じられませんね。彼ら、要求した物資リストのすべてに、嫌な顔一つせずサインしましたよ」
ブリッジのコンソールで補給物資の搬入リストを確認していたナタルさんが、狐につままれたような、あるいは深い疑心暗鬼に満ちた声で報告を上げた。
「本当ね……。大西洋連邦の最新鋭艦である私たちに対して、ユーラシアがここまで協力的だなんて。何か裏があるんじゃないかと勘繰りたくなるわ」
艦長席のマリューさんも、安堵よりも戸惑いを隠せない様子でため息をついた。
無理もない。ザフトの精鋭部隊──それも、奪われたばかりのG兵器を複数擁するクルーゼ隊を正面から退けた「最大の功労者」の乗る艦だという名目はある。
だが、地球連合内部における大西洋連邦とユーラシア連邦の派閥争いと暗闘を考えれば、ガルシア司令がここまであからさまに大西洋連邦のアークエンジェルに便宜を図るというのは、政治的な常識から完全に逸脱した異常事態と言えた。
その破格の厚遇の極めつけは、補給だけにとどまらなかった。
「ニュートロンジャマーの干渉波減衰を確認! アルテミスのレーザー通信中継ラインが構築されました!」
CICのトノムラが弾んだ声を上げた。
「回線、繋がります! 相手は月面、プトレマイオス基地の連合軍司令部です!」
その報告が響いた瞬間、ブリッジの空気が一気に変わった。ヘリオポリス崩壊以来、完全な孤立無援のまま宇宙を彷徨っていたアークエンジェルが、初めて正規の友軍上層部との直接的なコンタクトを確立したのだ。
本来であれば、自陣営の軍事機密の塊であるアークエンジェルの通信を、他国であるユーラシアの基地設備を通して行わせるなど、大西洋連邦からすれば情報漏洩のリスクが高すぎる。
しかし、ガルシア司令は「通信帯域の保護と暗号化はそちらの任意で構わない」とまで言い切り、通信施設の全権をアークエンジェルに委ねてくれたのだ。
メインスクリーンに、ノイズ混じりながらも月面プトレマイオス基地司令部の姿が映し出され、マリューさんとナタルさんが弾かれたように敬礼する。
ヘリオポリスの惨状、G兵器強奪の事実、そして現在アークエンジェルがアルテミスにて保護されているという戦況報告が、粛々と、かつ迅速に行われていく。
僕はブリッジの片隅でその光景を眺めながら、腕を組み、密かにガルシア司令の「真の狙い」を推し量っていた。
(……なるほど。単なるお人好しでここまで優遇しているわけじゃない。これは、大西洋連邦に対する強烈な『恩売り』と『牽制』だ)
僕の頭の中で、バラバラだった政治的打算のピースがカチリと音を立てて組み合わさる。
ガルシアからすれば、光波防御帯を破られたことは痛手だが、要塞そのものを守り抜いたという事実は変わらない。その上で、大西洋連邦の最高機密であるアークエンジェルを『保護』し、彼らの窮地を救ってやったという既成事実を、この月面司令部との通信中継によって、連合上層部全体に広く「公式記録」として知らしめることができるのだ。
「大西洋連邦が極秘裏に建造し、ザフトに新型MSを強奪されるという大失態を演じた最新鋭艦を、我々ユーラシア連邦が懐を痛めて守ってやった。補給も完璧にこなしてやった」
この政治的カードは、今後の連合内部でのパワーバランスにおいて、ユーラシア連邦の発言力を押し上げるカードとなる。
下手にアークエンジェルを拿捕して大西洋連邦と直接的な内ゲバを起こすよりも、「多大な恩を売って貸しを作る」方が遥かにスマートで実入りが大きい。
そしてもう一つ。ガルシアがこれほどの厚遇を用意した最大の理由──それは、他ならぬ『僕』の存在だろう。
彼らは、僕がアルテミスの工廠に置いてきた『宇宙用ティエレン指揮官機』の改造設計図と実機は既に目にしているはずだ。
ザフトのG兵器すら手玉に取るガンバレルシステムを構築し、自軍のティエレンを劇的に進化させる「天才技術者(と彼らは勘違いしている)」を、劣悪な環境で冷遇してへそを曲げられるような事態は絶対に避けたい。
僕をご機嫌にさせ、少しでも長くこの要塞に留まらせて、ユーラシア軍の技術力を底上げするための「知恵の泉」として利用し尽くしたいのだ。
大西洋連邦への政治的なマウントと、主力MSティエレンの技術的アップデート。
その二つの巨大な利益を天秤に掛ければ、食料や弾薬の補給、そして通信設備の中継など、安い投資に過ぎない。
(あの狸司令……本当に、とんでもなく食えない政治家だな。なんでこんな辺境に飛ばされてるんだか)
だが、僕としても、今はその狡猾な打算に乗っかってやるのが一番安全だった。
ユーラシア連邦の野心がどれほど肥大化しようとも、今この瞬間、アークエンジェルのクルーたちが温かい食事にありつき、サイやカズイたち民間人が安全なベッドで眠れているのは、紛れもない事実なのだから。
「ヤマト技術三尉。月面司令部からの指示が下りました。本艦はこれより第8艦隊と合流すべく、月のプトレマイオスではなく、地球の低軌道へと向かいます」
通信を終えたマリューさんが、少しだけ顔色を明るくして僕に告げた。
「第8艦隊……ハルバートン提督の艦隊ですね。分かりました。こちらも準備が出来次第お伝えします」
僕は静かに頷きながら、スクリーンに映る果てしない星の海を見つめた。
原作のような悲惨な脱出劇は回避された。だが、ユーラシア連邦がティエレンという力を得て発言力を増したこの先の歴史が、一体どんな歪な形へと変貌していくのか。
予想外の厚遇という甘い毒を飲み下しながら、僕は見えない未来の戦争の形に、静かな戦慄を覚えていた。
◇◇◇
アルテミスからの充分な補給を受け、正規の軍事通信網を通じて第8艦隊との合流指令が下りた今、アークエンジェルがデブリベルトの暗礁宙域へと逃げ込む必要はなくなった。
しかし、その安定こそが、僕にとっては最も大きな懸念を生んでいた。
『ラクス・クライン』の危機だ。
本来であれば、ラクスは『血のバレンタイン』追悼慰霊団の代表としてユニウスセブンを訪れ、プラント船籍の民間船へと乗船し、そして地球軍の襲撃を受ける。
退避カプセルで漂流した彼女を、デブリベルトで偶然遭遇したストライクが回収する……というのが、彼女とキラ・ヤマトの出会いであり、その運命が交差する最初の出来事だった。
でも、この世界ではその「偶然の遭遇」を待つわけにはいかない。
たとえ僕が何もせずとも、ラクスは代表としてあの慰霊団の仕事へ行かねばならない。プラントのアイドルであり、議長の娘でもある彼女にとって、それは逃れられない政治的な義務だからだ。
彼女が襲撃される未来を、僕は知っている。
だからこそ、あんな危うい綱渡りを指をくわえて見ているつもりは毛頭なかった。クロッシングで繋がっている僕たちは、互いの心の中で、あらかじめ「落ち合う場所」を決めていたのだ。
「艦を離れる……? キラ君、本気で言っているの?」
アークエンジェルのブリッジで、マリュー・ラミアス艦長は驚きに目を見開いた。その瞳には、戦力としての僕を失うことへの懸念よりも、年少のクルーを単身危険な宙域へ出すことへの、母親のような純粋な戸惑いが浮かんでいた。
「はい。可能であればで構いません。……あちこちで騒ぎが起きていて落ち着かないでしょうが、僕には少し、片付けておかなければならない個人的な用事がありまして」
僕は極力、淡々とした口調でそう切り出した。
「戦力については、先程の防衛戦でブリッツを中破させましたし、クルーゼ隊も当分は安易に仕掛けてこないはずです。それに、今回の戦闘で扱った機体のメンテナンスを、僕自身の手でしっかりとやっておきたいんです。アルテミスには、これ以上借りを作るのも……色々とアレですし」
僕が「色々とアレ」と言い淀んだその真意を、元々技術畑の出身であるマリューさんは鋭く読み取ったようだった。
ユーラシア連邦の傘下にあるアルテミスに、僕の『ティエレン』のコア・システムや、TC-OSの詳細な設計思想を根掘り葉掘り解析されるわけにはいかない。
その「技術者としての警戒心」を、マリューさんは同じ技術畑の人間として最も納得しやすい理由として受け取ってくれた。
「……確かに。あなたの機体は、この艦のストライクとは別の技術の結晶だわ。誰の目も届かない場所で整備したいというのは、技術者として無理もないことね」
彼女は少し考え込んだ後、小さく溜息を吐いた。
「民間ステーションのジャンク屋組合、ね。そこなら中立地帯だし、軍の監視も入らない。……分かったわ。ただ、無茶はしないで、気をつけて行ってらっしゃい」
「ありがとうございます。すぐ戻りますから」
僕は軍規という名の枷を一時的に外す許可を得た。
本来なら、ティエレンをいじるという名目はあくまで「隠れ蓑」に過ぎない。僕が向かう先には、運命に抗うための「彼女」がいる。
(……待っていて、ラクス)
ティエレンのエンジンが鼓動を始め、僕はアークエンジェルの巨体を離れ、漆黒の宇宙の闇へと機首を向けた。
バタフライエフェクトという名の因果の奔流を、僕自身の手で堰き止めるために。かつて出会うはずだった運命の交差点とは違う、僕たちだけの新しい「待ち合わせ」場所へ向かって。
◇◇◇
「申し訳ありません……少し気分が優れなくて。医務室で休むよりも、あのような悲しい場所へ向かう前に、一度しっかりとした施設で心身を落ち着けたいのです。少しだけ、予定を変更してはいただけないでしょうか?」
プラントの追悼慰霊団を乗せた民間船『シルバーウィンド』で、ラクス・クラインが微かに眉を下げ、儚げな声音でそう告げた時、船長をはじめとするクルーたちは大慌てで進路の変更を決断した。
本来であれば、少し気分が悪いくらいならば艦内の医務室で休んでいれば済む話である。ましてや、血のバレンタインの慰霊という極めて重要かつ厳粛な公式行事の最中に、代表個人の体調不良を理由に船の進路そのものを変更させるなど、本来なら許されることではない。
だが、それをあっさりと罷り通らせてしまうのが、『プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの愛娘』という、彼女が生まれ持った絶大な政治的特権だった。
誰もが平和の歌姫を案じ、その願いを最優先事項として受け入れたのだ。
(ふふっ……少し、わがままが過ぎましたわね)
船室の自動扉が閉まり、一人きりになった空間で、ラクスはそっと胸元に手を当てて小さく息を吐いた。
先程までの儚げな表情はそこにはない。薄紅色の唇には、隠しきれない甘やかな微笑みが浮かんでいた。
彼女の精神の奥底には、クロッシングを通じてキラの温かな波長が響いている。
彼がアルテミスでの窮地を脱し、自分を悲劇的な漂流から遠ざけるために、軍の目を盗んで単身でデブリ帯近くの民間ステーションへ向かっていること。
その事実が、ラクスの胸の奥で心地よい熱となって広がり続けていた。
現在のラクス・クラインは、ただの深窓の令嬢ではない。
表向きはプラントの民衆の心を癒やす『平和の歌姫』として完璧な偶像を演じきり、その水面下では、父シーゲルに代わって来るべき戦乱の激化を見据え、『クライン派』という巨大な組織の構築と情報網の掌握を推し進めている。
彼女の双眸に宿っているのは、世界の命運を背負って泥を被ることも辞さない、冷徹なまでの『覚悟を決めた指導者の顔』であるはずだった。
だが、今この瞬間の彼女は、そのどちらでもなかった。
鏡の前に立ったラクスは、自らの頬がうっすらと桜色に染まっているのを見つめ、両手でそっと頬を包み込んだ。
飾らない言葉で率直に言ってしまえば、今の彼女はただの『恋する乙女』だった。
(秘密の約束をして、二人きりでこっそりと待ち合わせる……だなんて)
軍の監視を抜け出して会いに来てくれる想い人。彼のために進路を誤魔化し、こっそりと抜け出す自分。
まるでロマンティックな劇の主人公にでもなったかのようなシチュエーションに、重責を背負った歌姫の仮面は容易く溶け落ち、年頃の女の子らしい無邪気な胸の昂ぶりを抑えることができなかった。
「キラ……」
彼女は誰に聞かれることもないその名前を、愛おしむように舌の上で転がした。
クロッシングで精神が繋がっているとはいえ、やはり物理的なぬくもりには敵わない。
ヘリオポリスが崩壊してから、彼がどれほど傷つき、どれほど孤独な戦いを強いられてきたかを、ラクスは波長を通じて痛いほど感じ取ってきた。だからこそ、今すぐにでもその生身の身体に触れ、自分の両腕でしっかりと抱きしめてあげたかった。よく頑張りましたねと、その耳元で直接囁いてあげたかった。
『間もなく、民間ステーションの宙域へと入ります』
船内アナウンスが響き、シルバーウィンドの推進器の出力が減衰していく微かな振動が伝わってくる。
「ピンクちゃん。お出かけの準備ですわよ」
ラクスは弾むような足取りでクローゼットを開け、愛らしい球体ロボットを手で包み込むと、彼と会うための装いを選び始めた。
政治の駆け引きも、戦争の悲劇も、この『待ち合わせ』の数時間だけは宇宙の隅へと追いやってしまおう。
(早く……早く、あなたにお会いしたいですわ)
窓の外に流れる星の海を見つめながら、ラクスは胸の奥で高鳴る鼓動を持て余すように、愛しい少年が待つ中立のステーションへと降り立つその時を、甘い焦燥と共に待ちわびていた。
◇◇◇
「一応、顔を合わせる時の言い訳」というにはあまりに露骨な、しかし僕にとっては切実な「仕事」のために、僕はティエレン全領域対応型のコックピットでシステムの最終チェックを繰り返していた。
民間ステーションのジャンク屋組合のドックへ向かって、機体のスラスターを優しく噴射する。
巨大なハッチが開き、ステーションの内部へと滑り込むと、そこには見慣れた顔ぶれが揃っていた。
「よお、キラ! 無事だったのか!」
「ヘリオポリスのニュース見たときはどうなるかと思ったぜ! 怪我はねぇか?」
「お前さんが乗ってるティエレン、無茶したんだろ? 部品は足りてるか? 必要なもんがあれば全部出しな!」
作業用のマニピュレーターや工具を握ったまま、顔馴染みの職人たちが次々と駆け寄ってくる。ヘリオポリスでの戦闘、そして住民の避難。その凄惨なニュースは、僕が思っていたよりも遥かに早く、そして広く、このジャンク屋のネットワークを通じて伝わっていたようだ。
「ええ、大丈夫です。ご覧の通り、ピンピンしてますよ」
僕はコックピットから降りて手を振り、彼らの心配を笑い飛ばした。彼らの温かい声色は、戦場の殺伐とした空気の中で磨耗していた僕の心を、少しだけ人間らしい温度へと戻してくれる。
しかし、感傷に浸っている暇はない。僕は早速、このステーションのファクトリー在庫にある機体リストを呼び出した。
「ところで、ストックにある宇宙用ティエレンを3機ほど分けてもらえませんか? 今すぐ必要なんです」
「3機? また随分と大胆な買い出しだな。……まあ、お前さんが言うなら構わんが」
ジャンク屋組合の在庫から3機の機体を確保する。
アルテミスで設計・製作した『指揮官機』のプラン。あれは軍用向けとして『通信強化・センサー増設』という名目でマイナーチェンジを施したものだが、視点を変えれば、デブリの多い危険地帯や、レーダーの効きにくい暗礁宙域での『船外作業用MS』としては、これ以上ないほど高性能な機体だ。
センサー感度を極限まで引き上げ、拾える情報量を増やしたそのティエレンは、ジャンク屋たちにとって、目視が困難な微細なクラックや、デブリの影に隠れた貴重なサルベージ品を発見するための最高の相棒となる。
僕はその『指揮官機用改造プラン』のデータを、そのままジャンク屋組合のサーバーへと納入した。
「この設計図、みんなの作業用ティエレンにも使ってください。作業中の索敵範囲を広げれば、デブリの衝突事故だって未然に防げるはずですから」
「おお……なるほど! この索敵レンジなら、今まで見落としてた小さな金目の物も見逃さねぇな! ありがとよ、キラ!」
本当に、僕は『死の商人』になるつもりなんて毛頭ない。
僕の願いはただ一つ、ジャンク屋組合の仲間たちが、この殺伐とした宇宙で少しでも安全に、そして確実に仕事をして生き抜いてくれること。ただそれだけだ。
けれども僕にはどうしたって切実に莫大なお金が必要になる。
モビルスーツを運用するというのは、常識外れな燃料費、整備費、弾薬費、そして莫大なメンテナンス費用がかかる。
ましてや僕は今、軍の支援ではなく個人の資産で動いている身だ。
僕の個人口座には、TC-OSの特許ライセンス料と、ティエレンの販売ライセンス料として、一般人なら一生かかっても稼げないほどの『桁外れの金額』が、毎日のように振り込まれ続けている。
だが、その残高は増えはしても、恐ろしい勢いで減りもしていた。
何より、自分自身が生き残り、ラクスを守り抜くために必要な『力』の維持。
前世の金銭感覚からすれば、一生かかっても拝むことのないはずの金額が、ただの数字として、まるで砂のように指の間をこぼれ落ちていく。
贅沢な食事をした覚えもなければ、高級な服を買った覚えもない。僕の生活はコズミック・イラを生き抜くための、質実剛健そのものだ。
にも関わらず、僕が手にする富はすべて「戦争の道具」へと姿を変えていく。
「……何やってんだろうね、僕は」
整備ハンガーで、買ったばかりの3機のティエレンを眺めながら、自嘲気味に呟く。
大金持ちと言われれば聞こえはいいが、その実態は、世界という巨大なギャンブル台で、自分の命と未来をチップ代わりにベットし続け、争いの終わらない明日へと向かって札束を撒き散らしながら走り続けている、ただの孤独なギャンブラーだ。
けれども、そうしなければこの世界が滅んでしまうかもしれないのだから、泣いて喚いて、嘆いて怒鳴ってでも、やるしかないんだ。
◇◇◇
広大なジャンク屋組合のファクトリー内に、溶接の火花と甲高い駆動音が小気味良く響き渡っていた。
キラが先ほど買い上げた3機の宇宙用ティエレンは瞬く間にその姿を変えていく。
アルテミスで構築したばかりの『指揮官機仕様』への換装作業は、驚くべきスピードで進捗していた。
それもそのはずだ。これからこの「高精度センサー搭載型ティエレン」を民生用として世に送り出し、デブリ帯での安全なサルベージ作業に活用することになる工作部の仲間たちが、文字通り総出で手伝ってくれたからである。
「なるほど、メインカメラのモジュールを並列化して、この肩の追加装甲に追加のカメラとアンテナを仕込むのか。こいつはすげぇや、視界のクリアさが今までの倍以上になるぞ!」
「キラの坊主、こんな凄まじい通信制御の最適化パッチ、よく思いついたな。これなら暗礁宙域の濃いデブリ帯でも、母船との通信が途絶えるこたぁねぇ!」
油に塗れたジャンク屋の親方や整備士たちが、僕の提供した設計図と実際に組み上がっていく機体を見比べながら、歓声と感嘆の声を上げている。
彼らの熟練の技術と、新しい技術に対する貪欲な吸収力のおかげで、外装と基本システムの換装は文字通りあっという間に完了してしまった。
だが、キラの真の目的であるこの3機のティエレンに施す『悪魔的な改修』は、彼らが別の作業に戻った後、キラが一人きりになった格納庫で密かに行われた。
キラは自機のティエレン全領域対応型と、組み上がったばかりの3機の指揮官機のコックピットを開け放ち、データケーブルを物理的に直結させた。そして、コンソールに信じられないほど複雑な暗号化プロトコルを打ち込んでいく。
ムウに託した『ガンバレルストライカー』の成功。
あの極めて複雑な6基の有線式機動砲台を、TC-OSの予測軌道とパイロットの空間認識能力の融合によって、実戦レベルで完璧に制御できたという「圧倒的な実証データ」。
それが、キラの脳内にあったある一つの狂気的なアイデアを「理論上可能」から「絶対的な確信」へと引き上げていた。
『機動新世紀ガンダムX』という作品に登場した、ニュータイプ専用の無人機操作システム「フラッシュシステム」とそれに追従する無人モビルスーツ『Gビット)』。
キラは今、それをコズミック・イラの技術と実証データからの確信によって、ビットMSを物理的に再現しようとしていたのだ。
有線ケーブルによる通信ではない。ニュートロンジャマーの強力な電波妨害環境下においても、一切の遅延や干渉を受けない『量子通信ネットワーク』の通信モジュールを、3機のティエレンのコックピットに搭載した。
これは、単なる自律型の無人機ではない。
あくまでキラの乗る『マスター機』のTC-OSと完全同期し、キラの思考を量子通信でリアルタイムに受信して動く『スレーブ機』だ。
システムの中核は、ガンバレルの時と同じアプローチである。
キラが直感的に思考し、システムにトリガーを引くだけでいい。
その大雑把な指示をマスター機のTC-OSが瞬時に演算し、3機のティエレンへと量子通信で最適化された機動データを送信する。
スレーブ側は受信したデータに従い、それぞれのTC-OSが状況を判断し独立した制御を行いながら、キラの手足の延長として三次元空間を躍動するのだ。
この『ビットMSシステム』がもたらす戦術的優位性は、ガンバレルやドラグーンシステムの比ではない。
第一に、『圧倒的な物理的質量と火力の暴力』である。
ガンバレルは機動砲台に過ぎない。
しかし、これは全高18メートルもの質量と、ビームを弾く分厚いABC装甲を持った『本物のモビルスーツ』だ。
それが3機、キラの機体と合わせて計4機が、たった1人のパイロットの意志によって一糸乱れぬ完璧な連携機動を行い、襲い掛かってくる。敵からすれば、文字通り悪夢でしかない。
第二に、『視覚的な欺瞞』としての絶大な効果だ。
ティエレンは共通のフレームを持ち、外部装甲やシルエットも酷似している。
さらに今回、指揮官機仕様としてセンサーと通信アンテナを増設したことで、外見上の差異はほぼ皆無となった。
有視界戦闘が主体のこの世界において、高速で交錯する宇宙空間の中、どれが「人間の乗っている本物」で、どれが「無人機」なのか、瞬時に見分けることなど不可能に近い。
敵のエースが必死に切り込んだ機体の中身は空っぽで、その隙を背後から本物が撃ち抜く──そんな血も涙もない戦術が容易く成立する。
キラ1人で、1個小隊以上の戦力を文字通り「完全掌握」する。
人間同士の連携につきものの「通信のタイムラグ」「意思疎通の齟齬」「個々の技量差」といった不確定要素が一切存在しない、純粋で完璧な殺戮のネットワーク。
それがフラッシュシステムにより制御されるビットMSという機構の価値と正体だ。
「……よし、メインシステムのリンク確立。量子トランシーバーの同期率、99.8%。TC-OSのフィードバックアップデート、オールグリーン」
キラは自機のコックピットの中で、暗く光るモニターに並ぶ3つのインジケーターを見つめながら、静かに息を吐いた。
単純に言えば、キラの乗った強大なティエレンが、戦場に複数機に分裂して増殖するのと同じだ。
ナチュラルでも扱えるようにと生み出したはずのTC-OSは、キラという異端のイレギュラーの手によって、ついに戦場の概念そのものを単機で覆す、戦略兵器の領域へと足を踏み入れてしまった。
「さて……これで、少しはあの赤服たちも大人しくしてくれると良いんだけど」
キラは誰に言うでもなく呟き、システムをスリープ状態へと移行させた。
冷たい鋼鉄の巨人が3機、暗い格納庫の中で静かに首を垂れている。
その虚ろなメインカメラの奥底に、僕の意のままに動く見えない凶器が仕込まれたことを、今はまだ世界中──いや、アークエンジェルの仲間たちでさえ、誰も知らない。
なーんでこんなティエレンが大活躍大躍進でメイン張ってるのか、実のところ書いてる私にもわからない。
キャラが好き勝手に動くまま書いているのと、ティエレン自体は採用したのは私自身の判断なのですけど、元々その枠はジェニスを考えていたんです。
けれどもよくよく考えて見た目がノロマでも重装甲で頑丈の上に出しても説得力を付け加えるのが簡単そうな機体と考えたら、ジェニスよりもティエレンの方が良いかと考えて出しました。
そしたら元々人革連の機体なんでユーラシア連邦と悪魔合体したらユーラシアの主力量産MSという立場へと勝手にコロコロ転がって行きました。
ちなみにジェニスを出してたら多分キラは普通にストライクに乗っていたか、或いはクラウダという頑丈で機動力あってビームにも強い量産機がコズミック・イラに爆誕したり、ベルティゴ造って乗り回していたり、ベルフェゴールを開発したりという所までは考えてましたけど、結果的にティエレンだからユーラシアの事情にマッチした上で、強いけれどもべらぼうに強いわけでもない塩梅にはなっていると思いたいです。
ティエレンも好きですけど00のMSで一番好きなのはフラッグ系列なんですよねぇ。
余談ですけど、アヘッドの開発にティエレン系の技術が流れているのは、キュリオスを鹵獲したのが人革連であるのと、あの時代でジンクスに代わる次期主力機を開発するなか、ユニオンとAEUのフラッグとイナクトが局地対応装備という別機体を用意しないと地上と宇宙で機体設計が分かれていたのに対して、人革連は唯一モジュール換装をしなくともティエレン全領域対応型を持っていた関係で、アヘッドの開発は人革連の技術者が中心となって行われてあんなずんぐりな見た目になったそうです。ていうのを昔プラモの説明書か何かで読んだ記憶がありますね。