やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか 作:星乃 望夢
自身の分身とも言えるティエレンの悪魔的な改修を終えた僕が、脂と汗に塗れた手のひらを適当なウエスで拭いながら次に取り掛かったのは、アサギさんとマユラさんが乗るアストレイ用の追加装備の設計と組み上げだった。
「備えあれば憂いなし」とはよく言ったものだが、僕が限られた時間とジャンク屋のファクトリーの設備を限界まで酷使して装備を拡張し続けているのには、強迫観念にも似た明確な理由があった。
第8艦隊──智将ハルバートン提督の率いる地球連合軍艦隊との合流。
それはすなわち、ヘリオポリスから巻き込まれた僕たち「民間人」が、軍の最前線であるアークエンジェルから正式に降艦し、本来の平穏な生活へと帰るための決定的な分岐点となるはずだ。
だが、あのクルーゼ隊が、中破したブリッツとプライドを傷つけられた赤服たちを抱えたまま、このまま大人しく引き下がるとは到底思えない。
彼らは確実にアークエンジェルを追撃してくるし、最悪の場合、そのまま大気圏降下時に戦闘を仕掛けてくる可能性すらある。
(……ヘリオポリスからの避難民はそもそも居ないんだから、あの降下中のシャトルをイザークのデュエルが撃ち落とすなんていう惨たらしいシチュエーションは起こるはずがない)
僕はそう自分に言い聞かせ、ツールボックスから新しい電子基板を取り出そうとした。
しかし。
──いや、もしかしたら。
その瞬間、僕の脳裏に、ぞくりと冷たい泥水のような悪寒が過ぎった。
手が、ピタリと空中で硬直する。
脳裏に浮かんだのは、トール、サイ、カズイ、そしてミリアリアたち、カレッジの仲間たちの屈託のない笑顔だ。
現在の彼らの立ち位置は、あくまで「アークエンジェルの整備や雑務を手伝っている民間人の学生」に留まっている。
地球軍の制服に袖を通し、ブリッジでCICや操舵補助を命がけで担当して艦の運航の要となるような、後戻りのできない状況には陥っていないのだ。
なぜか。
それは他ならぬ僕自身が、ティエレン全領域対応型という規格外の機体でクルーゼ隊を完膚なきまでにボコボコにしてきたからに他ならない。
言ってしまえば、現在のアークエンジェルは、ムウさんがストライクに乗り、さらにアサギさん達がアストレイに乗って護衛の厚みを増しているため、深刻な『戦力的な困窮』に全く陥っていないのだ。
艦が幾度となく死の淵を彷徨うような絶望的な窮地に立たされていないからこそ、マリューさんたち正規クルーも、未成年の学生たちをブリッジの第一線に座らせるような非情な決断を下さずに済んでいる。
現状の少人数の正規クルーだけで、どうにか艦の運航を回し切れてしまっている。
その事実自体は、彼らを戦火の矢面に立たせないという意味で、喜ばしいことのはずだ。
だが、その「平和な立ち位置」が、今この第8艦隊との合流という局面において、最悪のバタフライ・エフェクトを引き起こす可能性に気づいてしまった。
軍属になっていない彼らは、間違いなくアークエンジェルを降りる。
そして、第8艦隊が用意した『退避シャトル』へと乗り込むことになるのだろう。
もしそこに、僕への怨嗟と敗北の屈辱で完全に我を忘れたイザークのデュエルが現れたら?
ストライクやアークエンジェルに手を出せず、鬱憤を晴らすための標的として、無防備なそのシャトルへ向けてビームライフルの銃口を向けたとしたら?
「────ッ!!」
想像しただけで、心臓を氷の刃で貫かれたような激しい動悸が全身を打ち据えた。
ダメだ。そんな事、絶対に考えちゃいけない。
僕が皆を守ろうと必死に足掻き、アークエンジェルを安全にしすぎた結果として、最も守りたかった親友たちを、あの回避不能の密室に押し込み、イザークの凶弾の的として差し出してしまうなんて。そんな残酷な因果応報があっていいはずがない。
息が荒くなる。コンソールを握る指先が白く変色するほど力が籠もっていた。
僕は僕なりに、前世の知識とスーパーコーディネイターとして培った技術を総動員して、最悪の運命を回避するための備えをしてきた。
だが、戦場において「絶対に安全な確実な事」など何一つ存在しない。一つ綻びを塞げば、別の場所で思いもよらない致死性の亀裂が走るのだ。
様々な可能性を考慮し、最悪の事態を想定しておくのは技術者としてもパイロットとしても当然の義務だ。
しかし、こればかりは、万が一にも「あり得てしまったら」、僕の精神が永遠に崩壊してしまうほどに取り返しがつかない。
「……落ち着け。悪い予測を頭から追い出せ。そうならない為の『物理的な解決策』を形にするんだ」
僕は乾いた唇を舐め、荒ぶる思考を強引に目の前の作業へと叩きつけた。
最悪の場合、あの宙域で何が起ころうとも、僕がすべてを撃ち落とす。
僕の全領域対応型と、先ほど組み上げた3機のビットMSでデュエルがトリガーを引く前にどうにかする。
それでも間に合わなければ、ティエレンの質量とABC装甲を盾にして、デュエルに全速力で体当たりしてでもあの凶弾を物理的に防ぐ。
「それしかない……。僕が、全部守り切るしかないんだ」
震えを鎮めるように深く息を吐き出すと、僕はアストレイ用の追加装備の設計図をモニターに展開した。
沸き上がる恐怖と焦燥を、僕はただひたすらに冷たい数式の設計へと変換し、没頭し続けることで必死に紛らわしていた。
◇◇◇
「おーい、キラ! 聞いちゃいねぇな、こりゃ。生きてるかー?」
背後から突然、作業服越しの肩をバンバンと乱暴に叩かれ、僕はびくっと肩を跳ねさせた。
振り向くと、そこには見慣れた顔──青いバンダナを巻いたジャンク屋組合の熱血メカニック、ロウ・ギュールが、白い歯を見せて快活に笑っていた。
僕にとって、彼はこの世界で意気投合し、竹馬の友と呼べるほどに気の置ける存在だ。
ジャンク屋組合という組織の中でも、メカに対する常軌を逸した情熱と発想力は群を抜いており、彼と技術論を交わす時間は、僕にとって純粋な至福の時でもあった。
「ロウさん!? どうしてここに……いや、それにしても急に驚かさないでよ!」
「ハハッ、悪ぃ悪ぃ! 声かけたんだけどよ、お前さん、モニター睨みつけて完全に自分の世界に入り込んでたからよ。肩でも叩かねぇと戻ってこないと思ってな」
ロウは悪びれる様子もなく笑った後、ふっと真剣な表情になって僕の顔を覗き込んできた。
「……しかし、本当によかったぜ。ヘリオポリスがザフトに襲撃されたって聞いて、トールやサイ、それにキラ、お前たちが巻き込まれて死んじまったんじゃないかって、生きた心地がしなかったんだからな。無事で何よりだ」
彼の真っ直ぐな心配に、僕の胸の奥で先ほどまで渦巻いていた冷たい焦燥が、少しだけ温かく溶けていくのを感じた。
「ありがとう、ロウさん。見ての通り、僕は元気だよ。色々と無茶はしたけど、みんなも無事だ」
「おう! それを聞いて安心したぜ。……で、だ」
ロウはニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべると、周囲の目を気にするように声を潜めた。
「実はよ、そのヘリオポリスで、とんでもねぇ『お宝』を拾っちまってな」
「お宝……?」
僕は首を傾げた。
本来の歴史において、ロウがヘリオポリスで「お宝」──つまり、オーブの極秘試作機である『レッドフレーム』と『ブルーフレーム』を発見するのは、ザフトの襲撃によってコロニーが崩壊し、その残骸であるデブリ帯をサルベージしていた時のことだ。
だが、この世界では僕の介入によって、ヘリオポリスは一部の区画に被害が出たものの、コロニーとしての形状と機能は崩壊することなく保たれている。
崩壊していないコロニーで、一体どうやってあの機体たちを発見したというのか。
僕の疑問をよそに、ロウは興奮気味に語り始めた。
ヘリオポリスがザフトに襲撃され、大規模な戦闘が行われているという急報をキャッチしたロウたちは、僕やトールたちの安否を確かめるため、即座に『ホーム』の進路をヘリオポリスへと向けたらしい。
正規の港湾施設は戦闘の余波で封鎖されていたため、彼らは資源衛星側の裏口からコロニー内部へと潜入した。
そして、その先のモルゲンレーテの隠し工区で、誰も乗っていない真新しい『赤と青のフレームのアストレイ』を偶然にも発見してしまったのだという。
(……なるほど。コロニーが崩壊しようがしまいが、結局ロウさんはレッドフレームとブルーフレームを見つけられるという『運命』に強く縛られているらしい)
そしてロウの話は、さらに信じられない展開へと続いた。
その二機のアストレイを「こいつはすげぇお宝だ!」と歓喜して運び出そうとした矢先、サーペントテールの叢雲劾が現れたのだという。
劾の目的は、雇い主の依頼による「アストレイの破壊」だった。
しかし、劾が任務を遂行しようとしたその時、なんと雇い主側が裏切り、劾ごと機体を吹き飛ばそうと襲撃を仕掛けてきた。
結果として、生き残るために劾は『ブルーフレーム』に搭乗し、ロウは咄嗟に『レッドフレーム』に乗り込んで反撃。
なんとかその場を脱出し、奇妙な縁で二機はそれぞれの手に渡ることになった……という、まるでアクション映画のような顛末だった。
僕はその話を聞きながら、表面上は「へぇ、すごい偶然だね」と相槌を打ちつつも、内心では深く首を傾げていた。
(おかしい。オーブ本国では、既にM1アストレイの存在は公表されていて、量産配備すら進んでいる。プロトタイプであるアストレイの存在を、わざわざ凄腕の傭兵を雇ってまで破壊しなければならない理由が見当たらないじゃないか)
現に、僕たちはアルテミスの工廠で、予備パーツの『グリーンフレーム』を堂々と組み立ててしまったくらいなのだ。オーブの極秘機密という建前は、とっくに有名無実化しているはずだった。
けれども、ロウの持ってきた端末に映るレッドフレームの勇姿を見つめているうちに、僕はハッとある事実に思い至った。
「……そうか。『ヘリオポリスという立地』そのものが問題だったんだ」
アストレイシリーズは、元々オーブのモルゲンレーテ社が、大西洋連邦から持ち込まれたG計画を文字通り『盗み見て、拝借して』秘密裏に開発した機体である。
オーブ本国で堂々と開発・公表されたM1アストレイなら「独自の技術」で押し通せるかもしれない。だが、大西洋連邦のG兵器開発が行われていたまさにその場所、ヘリオポリスの地下区画で、G兵器と並行して製造されていたプロトアストレイが発見されてしまえば話は別だ。
それは、「我々オーブは、友好国である大西洋連邦の軍事機密を、彼らの足元で堂々とパクってました」という、動かぬ証拠そのものになってしまう。
もし大西洋連邦にその事実が知れば、重大な条約違反として深刻な政治問題に発展し、オーブは中立国としての立場を完全に失うだろう。
さらに、オーブの影で暗躍するサハク家のロンド・ギナ・サハクからすれば、「完璧なプロトタイプは、自分の手元にあるゴールドフレーム一機だけでいい」という、持ち前の傲慢で冷酷な判断を下したとしても全く不思議ではない。
故に、たとえヘリオポリスが物理的に崩壊しなかったとしても。
オーブ上層部(あるいはサハク家)にとって、大西洋連邦への露見を防ぐための『プロトアストレイの完全な廃棄と破壊』というオーダーは、絶対に避けられないものだった。
そして、その裏切りと混乱の末に、機体がロウと劾の手に渡るという『アストレイの最初の物語』の根幹の出来事は、歴史の修正力のように、形を変えてでも確実に発生したのだ。
「で、どうだキラ! このレッドフレーム、すんげぇ機体だぞ! 俺のジャンク屋魂が疼きまくりだ!」
「うん、すごいよロウさん。あなたの技術なら、きっともっと素晴らしい機体に仕上げられると思う」
無邪気に笑う親友の姿を見つめながら、僕はバタフライ・エフェクトがもたらす予測不可能な変化と、それでも変わろうとしない強固な運命の奔流の恐ろしさに、改めて静かな戦慄を覚えていた。
◇◇◇
ロウ・ギュールという男がこの場にやって来たという事実は、今の僕にとって千軍万馬の味方を得るに等しい出来事だった。
僕の頭の中にある途方もない数の設計図やアイデア、そして今まさに形にしようとしているメカニックとしての構想。
それを言葉の端々から即座に理解し、「なら、こう組んだ方が効率が良いぜ!」とツーカーで返してくれる相手は、この世界において彼をおいて他にいない。
僕がシステムと理論の天才だとするなら、彼は直感と構築の天才だった。
いや、プラントに居るハインライン大尉なら同じレベルで会話出来るかもしれないけれど、残念ながら僕が彼と出会えるのは数年先の未来だ。
僕がコンソールのモニターに展開していた『アストレイ用追加装備』の図面を覗き込んだロウさんは、その目を少年のように輝かせた。
「おいおいキラ! なんだよこのロマンの塊みたいなバカでかい装備は! 俺にも手伝わせろ、いや、絶対に一枚噛ませろ!」
彼がそう身を乗り出してきた結果、僕の計画は数段階飛びで進展することになった。
本来ならば、アークエンジェルの格納庫でアサギさんたちの『ホワイトフレーム』や『グリーンフレーム』に実際に装着して行わなければならない最終調整。
それがなんと、ロウさんが持ってきた完全同規格の『レッドフレーム』をテストベッドとして使い、機体バランスの計測からOSのアジャストまで、この安全なジャンク屋のファクトリーで実機を用いて行えることになったのだ。
まさに、棚からぼた餅という幸運の極みだった。
今回、僕がアストレイたちの生存率と制圧力、そして「いざという時の盾」としての機能を極限まで引き上げるために組んだ追加装備。
それは、前世の記憶──宇宙世紀の歴史において、巨大モビルスーツ『ペーネロペー』が装備するミノフスキー・フライト・ユニットのプロトタイプとして近年生え出した機体、『アリュゼウス』のコンセプトを丸ごと移植した代物だった。
コズミック・イラの技術体系には、当然ながらミノフスキー粒子という便利な物理法則は存在しない。
しかし、このアリュゼウスという機体は、元々ミノフスキー・フライト・ユニットを実証するためのベースであり、主機として高出力の『プラズマジェットエンジン』を搭載して強引に大空を飛翔する代物だった。
つまり、推進系の根本的な理屈としてはCE世界でも十分に再現が可能であり、深刻な技術的ハードルは存在しなかったのだ。
ファクトリーの巨大なクレーンによって、レッドフレームの華奢でスマートな基本骨格に、HWSの系譜を彷彿とさせる極厚の増加装甲と、巨大な推進ユニットが次々と装着されていく。
完成したその姿は、流麗なアストレイのシルエットを完全に覆い隠し、まるで圧倒的な質量を誇る「空飛ぶ怪鳥」のような異形の威容を放っていた。
そして、このアリュゼウス・ユニットの最大の牙が、各部にマウントされたコンテナに収まる『ファンネル・ミサイル』である。
本来ならばニュータイプ能力や複雑な火器管制が必要なこの自律誘導兵器も、僕が構築したTC-OSに組み込まれている「自動追尾モード」を介せば、いとも容易く運用が可能となる。
パイロットが敵機をロックオンするだけで、OSが敵の回避ベクトルを瞬時に演算し、無数のミサイルがまるで生き物のように複雑な軌道を描いて目標に殺到するのだ。
「すっげぇ……! なんだこの推力と重量のバランス! エンジンで無理やり振り回すコンセプトなのに、スラスターの噴射角が細かく連動して、このデカい図体でも運動性を殺してねぇぞ!」
「ええ。重装甲で被弾を耐えつつ、プラズマエンジンの圧倒的な推力で一撃離脱と広域制圧を行う。それが『アリュゼウス』です」
シミュレーション上でのテストをパスした後、僕は実際にレッドフレームのコックピットに乗り込み、ロウさんと共に実機を動かした。
実機でのフィードバックが得られたことで、後でアサギさんたちの機体にこのデータをインストールする際も、驚くほどスムーズに移行できるはずだ。
すべての調整作業を終え、ユニットをパージして元の身軽な姿に戻ったレッドフレームを見上げながら、僕は充実した疲労感と共に息を吐いた。
「いやぁ、最高に楽しい時間だったぜキラ! 実機を使わせてくれたお礼なんて言わなくていい。俺の方こそ、とんでもねぇ技術の勉強になっちまった!」
豪快に笑うロウさんに対し、僕は傍らのコンテナを指差して微笑んだ。
「そう言わずに受け取ってください。これは僕から、レッドフレームを貸してくれたことへのささやかなお礼ですから」
クレーンで吊り上げられてきたのは、先ほど僕が組み上げていたもう一つの装備──『アストレイ用フライトユニット』だった。
本来の歴史を辿れば、ロウさんが地球に降下し、オーブ本国に立ち寄って紆余曲折のドラマを経た末に、ようやく手に入れるはずの装備。
僕はそれを、アークエンジェルに積んでいるホワイトフレームやグリーンフレームの機動力強化のために先行して造り上げていたのだが、それをロウさんへと気前良く譲渡したのだ。
「こ、こいつは……!? オーブのM1の背面ユニットか?」
ロウさんはフライトユニットに飛びつき、食い入るようにスラスターのノズルを撫で回した。
「ええ。大気圏内での単独飛行を可能にする空力ユニットに改良した物ですが、その推力と姿勢制御能力は、宇宙空間においても機動性を強化してくれます。これからの現場で何かにつけて戦闘に巻き込まれたとしても、付けておいて絶対に損はない装備ですよ」
「マジかよ……! これがあれば、レッドフレームの機動力もかなりのものになるな。ありがたく貰っておく! キラ、お前は本当に最高のダチだぜ!」
大喜びでレッドフレームの背面にフライトユニットを接続し、動作チェックを始めるロウさん。
その光景を見つめながら、僕は小さく安堵の笑みをこぼした。
彼が本来のタイミングよりも早くこのフライトユニットを手に入れたことで、また一つ歴史の歯車は変わるかもしれない。
けれど、彼がこの先出会うであろう幾多の危機を思えば、少しでも彼の生存率を上げる事は、僕にとっても掛け替えのないダチ公の命を守る事に繋がる。
それに、アストレイという機体の本当のポテンシャルを引き出せるのは、やっぱり彼のような熱い魂を持った男なのだから。