やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

3 / 56
PHASE-02 届かぬもの

 

 それからの僕の毎日は、アスランとの通信を中心に回るようになった。

 

 量子通信技術の無駄遣いと言われそうだけれど、モーニングコールに始まって、昼食時の生存確認、そして夜の「おやすみ」まで。一回一回の時間は短く、かつて隣同士だった頃の何気ない会話を画面越しに再現しているに過ぎない。けれど、僕にとってそれは、見る見るうちに精気を取り戻していくための、何よりも強力な治療薬だった。

 

 「干しシイタケ」みたいだった僕の肌ツヤは、アスランの声を聞き、その仏頂面を拝むたびに、まるで急速充電されるバッテリーのように回復していった。おかげで両親もようやく胸をなでおろして、最近では「またアスラン君と話してるのね」と微笑ましく(あるいは少し呆れ顔で)見守ってくれるようになった。

 

 一方のアスランも、今はプラントでの新生活を送りつつ、進路をどうするかで少し暇を持て余しているらしい。

 

『……父さんは、僕を士官学校に入れるつもりらしいんだ。でも、僕はもう少し、技術的な分野を深く学びたいと思っていてね』

 

 画面越しに、アスランが少し眉をひそめて零す。

 

 彼は今、工業系の専門分野に進むかどうかで悩んでいた。

 

 前世の知識──ガノタとしての記憶を掘り起こせば、今この時期、彼のお父様であるパトリック・ザラはプラントの国防委員長という要職にあるはずだ。ザフト、つまりプラントの防衛と軍事の実質的なトップ。その一人息子が、ただの「技術屋」としての道を選ぼうとすれば、そこに摩擦が生じるのは火を見るより明らかだった。

 

 アスランは、根っからのエンジニア気質なんだと思う。

 

 ハロをあんなに量産したり、僕のためにトリィを組み上げたりする時の彼は、本当に楽しそうだった。もしこの世界に戦争がなければ、彼は間違いなくどこかの研究所で、歴史に残るようなデバイスを発明して一生を終えていただろう。

 

 けれど、彼の立場がそれを許さない。

 

 「ザラ家の嫡男」という重すぎる看板が、彼の繊細な指先に、工具ではなく銃を握らせようとしている。

 

 アスラン本人は「父の期待に応えたい」という義務感と、「自分のやりたいこと」の間で揺れているのだろう。

 

 本人はポーカーフェイスを気取っているつもりかもしれないけれど、僕にはわかる。彼、意外と感情が顔に出やすいんだよね。特に、困った時に少しだけ視線を泳がせたり、唇を噛む癖とか。

 

「……アスランなら、どっちに行っても凄いことになっちゃうと思うけど。でも、僕はアスランが作った機械、好きだよ。トリィだって、あんなに凄いハード、僕一人じゃ絶対無理だったし」

 

 僕が寝そべりながら(相変わらずアスランの前では怠け者全開だ)そう言うと、画面の中の彼は少しだけ表情を和らげた。

 

『キラは……そう言うだろうと思ったよ。君に甘やかされると、どうも決断が鈍る』

 

「えー、僕は本当のことを言っただけだよ。あ、そうだ。もし工業系に進むなら、僕の分まで勉強しといてね。僕、ホントならプラントの学校でも、面倒な計算は全部アスランに丸投げするつもりだったんだから」

 

 わざとらしく「おんぶにだっこ」宣言をしてみせると、アスランは案の定、呆れたように、でもどこか嬉しそうに口元を綻ばせた。

 

『……君という奴は。離れていても、僕を頼ることだけは忘れないんだな』

 

 その言葉を聞いて、僕は満足げに笑った。

 

 僕がこうして「頼りない親友」を演じ続けることが、今の彼にとっては、軍事や政治のギスギスした空気から逃れられる唯一の「日常」になっているのかもしれない。

 

 僕の精気は取り戻せたけれど、今度はアスランの心が、ザラ家という重圧に押し潰されないように。

 

 僕は通信の向こう側で、相変わらずの「どうしようもないキラ」として、彼の心の安全圏であり続けようと決めていた。たとえこの先、彼が士官学校という戦場への入り口を選んでしまうとしても、僕だけは彼に「アスランなら出来るでしょ?」と、無邪気な無理難題を吹っ掛け続けてやるんだ。

 

 毎日の通信の中で、僕は画面の向こうのアスランの背景や何気ない言葉の端々から、ある決定的な事実をさり気なく察していた。

 

 どうやら、レノアさんは今、アスランのいる家には居ないらしい。

 

 プラントの農業生産の専門家である彼女は、農業用コロニーである『ユニウスセブン』へと赴いている可能性が高い。

 

 前世の記憶が警鐘を鳴らす。コズミック・イラ70年、2月14日。地球連合軍によるプラントへの核攻撃──『血のバレンタイン』。その犠牲者である24万3721人の中に、レノア・ザラという、僕たちに優しく微笑みかけてくれた人が含まれているという残酷な事実を。

 

 顔も知らない、名前も知らない24万人の命を、ただの子供でしかない僕が救うことなんて到底出来ない。地球軍の核ミサイルを止める力なんて、今の僕には欠片もない。

 

 自分の無力さに絶望しそうになるけれど、それでも。せめて、僕の知っている、僕の大切な人だけでもどうにか救い出せないか。

 

 だから僕は、アスランとの通信の度にある『悪だくみ』を持ちかけていた。

 

「ねえ、アスラン。次のバレンタイン、レノアさんは家に帰ってこられないの?」

 

 画面の向こうで、アスランが少し困ったような顔をする。

 

『母さんは今、仕事が忙しい時期だからね。コロニーの農業プラントに付きっきりなんだ。……どうしたんだ、急に』

 

「えー、だってさ、バレンタインだよ? ウチの母さんも、レノアさんがいないとケーキのレシピが完成しないって寂しがってるんだよ」

 

 日本の文化を色濃く残すオーブ生まれの僕の両親にとって、バレンタインは女性から男性へチョコレートを贈る日だ。けれど、プラントや大西洋連邦などの海外の文化圏では、男性から女性へ贈り物をするのが通例らしい。

 

 お隣さん同士だった7年の間に、僕の家とザラ家の様式は見事にごちゃ混ぜになった。僕やアスランが、ハルマ父さんと一緒にお小遣いを出し合ってカリダ母さんやレノアさんに花やプレゼントを贈り、そのお返しとして二人の母親が協力して、とびきり美味しい特大のチョコレートケーキを焼いてくれる。

 

 それは、家族ぐるみの付き合いが生み出した、年に一度の温かいイベントだった。

 

「アスランだって、レノアさんにプレゼント渡したいでしょ? 僕、こっちでとびきり綺麗なガラス細工のオルゴール見つけたから、アスランの分も一緒に送ろうか? だからさ、直接渡せるように、なんとかレノアさんに帰ってきてもらってよ」

 

 本当の目的など、一切口に出せない。

 

 『その日、その場所にいたら、あなたのお母さんは核ミサイルで消し炭になってしまうから』なんて、誰が信じるというのか。ただの狂人の戯言だ。

 

 だから僕は、ひたすらに「我儘で甘ったれな幼馴染み」の皮を被り続けた。

 

 ヘリオポリスに引っ越してからも、あの頃の習慣を引きずって駄々をこねる、面倒くさい親友として。

 

『キラ……。お前なぁ、母さんの仕事はそんなに簡単に抜け出せるものじゃ……』

 

「アスランが頼んでも? 一人息子がわざわざプレゼント用意して待ってるのに? レノアさん、アスランのこと大好きだから、絶対喜んで飛んで帰ってくるよ。……お願い、僕からもレノアさんの顔が見たいんだ」

 

 最後の一言だけは、どうしても隠しきれない本音が滲んでしまったかもしれない。

 

 どうか生きて、あの優しい笑顔をもう一度見せてほしいという、祈りのような懇願が。

 

 画面越しの僕の執拗な念押しに、アスランは深くため息をついた。

 

『……わかった。母さんに、14日だけでもこっちに戻れないか、通信で聞いてみるよ。約束はできないからな』

 

「うん! 絶対だよ、アスラン。絶対、その日はレノアさんと一緒にいてね!」

 

 呆れ顔のアスランを見つめながら、僕は毛布の下で、爪が食い込むほど強く拳を握りしめていた。

 

 世界の運命なんて知らない。歴史が変わって未来がどうなるかなんて、もうどうでもいい。

 

 僕はただ、アスランを悲しませたくない。パトリック・ザラを復讐の鬼にしたくない。

 

 来るべき「その日」に向けて、僕の必死の悪だくみと、アスランへの言いつけは、毎日毎日しつこいほどに繰り返されていくのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 15歳の僕に出来ることなんて、残酷なまでに殆どなかった。

 

 前世の記憶を持っていようが、スーパーコーディネイターという異常なスペックを隠し持っていようが、所詮は一介の民間人の学生に過ぎない。

 

 漫画やアニメの主人公のように、都合よく家の地下に隠し持たれたモビルスーツがあるわけでもない。もしそんなものがあったのならば、僕は迷うことなくそのMSに乗り込み、たった一人で戦場へ向かっていただろう。アスランの悲しむ顔を見なくて済むのなら、あの優しいレノアさんを救えるのなら、自分の手が血に染まることなんて少しも躊躇わなかったはずだ。

 

 だが現実は、ヘリオポリスという中立コロニーの片隅で、ただ無力にモニターの光を浴びているだけの子供でしかない。

 

 C.E.70年、2月11日。

 

 ついに、運命の歯車が最悪の方向へと決定的に回り始めた。地球連合軍が、月のプトレマイオス基地から大規模な艦隊を発進させたのだ。

 

 実のところ、年が明けた1月に入ってから、僕とアスランの通信は完全に途絶えていた。

 

 毎日のように交わしていた他愛のないやり取りが、ある日を境にプツリと切断されたのだ。何度通信を試みても、虚無のノイズが返ってくるだけ。

 

 それも、世界情勢の悪化を思えば当然のことだった。完全自治権の獲得、そして不平等な条約の撤廃と対等貿易を理事国側に要求したプラント最高評議会は、その回答期限をC.E.70年の1月1日としていた。理事国側がこれに応じない以上、プラント側も対抗措置に出る。その一環として、地球圏とプラントを結ぶ民間通信網は厳格に封鎖・検閲されるようになったのだろう。

 

 いよいよもって、あの『血のバレンタイン』を引き起こす絶滅戦争へのカウントダウンが秒読みに入った。

 

 焦燥感で胃が焼けそうになる中、無力な僕が唯一実行できたのは、皮肉にもその「スーパーコーディネイターとしての異常な能力」をフルに発揮した、完全なるサイバーテロだった。

 

 僕はヘリオポリスの自室から、中立国オーブの高度なネットワーク網を隠れ蓑にし、そこから繋がる大西洋連邦の軍事ネットワークへと深く潜行していった。目的はただ一つ、地球連合軍の作戦要綱や機密情報をちょろまかし、それをザフトの諜報部門へと「売る」──正確には、匿名で送りつけること。

 

 ただのハッキングではない。地球連合軍には、特殊情報部隊と呼ばれる恐るべき対抗組織が存在する。背後で糸を引く『一族』や、死の商人である『ロゴス』といった闇の組織に目を付けられれば、ヘリオポリスにいる僕の存在など一瞬で消し飛ばされてしまうだろう。彼らの情報網と権力は、一介の学生が太刀打ちできるレベルではない。

 

 だからこそ、僕は慎重の上に慎重を期した。

 

 アプローチの手段は毎回完全に変えた。使用するアルゴリズムも、暗号化のパターンも、プロトコルも、全てその都度新しく組み直す。自作のダミープログラムを世界中のサーバーで無数に走らせて敵の防壁を撹乱し、アクセス元の経由地はランダムなプロキシを何百重にも噛ませて完全に偽装する。量子コンピュータの処理能力を限界まで引き出した、文字通り神がかったタイピングと情報処理速度。前世の「ちょっとPCに詳しいおじさん」の知識と、今世のスーパーコーディネイターの頭脳が融合したからこそ可能な、芸術的とも言えるクラッキングだった。

 

 これなら、地球軍の最高クラスのセキュリティシステムであっても、僕の正体を特定することは不可能なはずだ。さらに、無闇に情報を漁るのではなく、僕が「原作の記憶」から既に知っている『欲しい情報』──つまり核兵器の運用状況だけに的を絞っているため、システムへのアタック回数自体を最小限に抑えられている。

 

 そして、僕の予想は最悪の形で的中していた。

 

 プトレマイオス基地のホストコンピューターの最深部、厳重にロックされた兵器管理システムのログに、僕は確かにその痕跡を見つけた。

 

『アガメムノン級宇宙母艦ルーズベルト』。

 

 その1隻の弾薬庫に、Mk5核弾頭ミサイルが1発、ひそかに積み込まれていたのだ。

 

 背筋が凍るような光景だった。ブルーコスモス派の狂信的な将校たちによる独断専行とはいえ、厳格な管理下にある核ミサイルをたった一発でも持ち出すのに、正規の申請ルートを完全に無視してデータベースに一切のアクセス痕跡を残さないなどという芸当は、システム上不可能に近い。物理的な格納庫の扉を開閉したログ、弾頭のロックを解除した認証コードの履歴。僕がプトレマイオス基地のホストからサルベージしたそれらのデータは、彼らがユニウスセブンを本気で灰燼に帰そうとしているという、動かぬ証拠だった。

 

 僕はそのデータを極秘裏にザフトの軍事ネットワークへと送信した。

 

 これが発覚すれば、ザフト側は連合軍の核攻撃を事前に察知し、迎撃部隊を厚く配備できるかもしれない。あの巨大な農業プラントに核が落とされるのを、未然に防げるかもしれない。

 

 だが、僕にできることは本当にそれだけだった。

 

 データを送った後、その情報がザフトの上層部にどう扱われるのか、防衛線がどう構築されるのか。その結果をただモニターの前で祈るように見つめているだけしか出来ないという現実は、僕を激しい絶望感で打ちのめした。

 

 心臓が早鐘のように打ち鳴らされ、息をするのも苦しい。

 

 僕の送った情報で、レノアさんは助かるのだろうか。アスランは、泣かずに済むのだろうか。

 

 冷たいモニターの光に照らされた自室で、僕はただ一人、世界が狂い始める運命の時を待つことしかできなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 結果から述べてしまえば、ユニウスセブンは核の炎に包まれた。

 

 『C.E.70年、世界は核の炎に包まれた』──なんていう、前世で親しんだ世紀末救世主伝説のオープニングナレーションめいた文脈を無理やりにでも頭に思い浮かべて、ブラックすぎる冗談として思考を上書きしなければ、僕は直面した現実を受け入れられず、文字通り『気がクルーゼ』して発狂していただろう。

 

 テレビのモニター越しに映し出された、砂時計の形をした巨大な農業プラントが閃光と共に崩壊していく映像。宇宙空間に散乱する無数の瓦礫と、そこにいたはずの24万人という途方もない数の命が、一瞬にして宇宙のチリとなったという事実。

 

 気の狂ったような乾いた笑いを喉の奥で噛み殺しながら、僕は血が滲むほど唇を噛み締めていた。

 

 結局のところ、僕自身がどれほど寿命を縮めるような危ない橋を渡り、神がかったタイピングで大西洋連邦の暗号をぶち抜いてザフトへ情報を横流ししようとも、全ては無意味だったのだ。

 

 それは、物語の道筋を正そうとする『世界の修正力』などというロマンチックなものではない。このC.E.という時代そのものの根深すぎる闇──歴史の裏側に巣食う『一族』の存在が、モニターの向こう側から僕のちっぽけな足掻きを嘲笑っているかのように感じられた。

 

 『一族』。

 

 彼らは古くから「人類の幸福」を究極の目的として掲げ、世界を影から操り続けてきた狂気の集団だ。彼らの教義は極めて冷酷かつ理路整然としている。全体を幸福にするためならば、部分的に悲惨な不幸を生み出し、それ以外の者たちに「自分たちは不幸ではなく、幸福なのだ」と実感させる。その巨大なコントラストを描き出すためのカンバスとして、彼らは意図的に戦争を起こす事すら、正当な手段の1つと捉えているのだ。

 

「不幸を極限まで体験した人間だけが、真の幸福を実感することが出来る。毎日の食事に困っていない平穏な者は、食事ができるという根元的な幸せを理解することは出来ない。したがって、巨大な幸福を与えるためには、それと同量、あるいはそれ以上の巨大な不幸を意図的に創り出さなくてはならない」

 

 それが『一族』の吐き気を催すような理屈だ。

 

 彼らは平和が長く続けば、人為的に戦乱や悲惨な事故を引き起こし、絶望のどん底に突き落としてから救済の手を差し伸べる。そうやってマッチポンプ的に人々の精神を支配し、『一族』によって計算され尽くした歪な幸せを与えてきた。

 

 彼らの手口を考えれば、僕が送信した核攻撃の警告データなど、ザフト上層部に届く前に握り潰されていたか、あるいは意図的に放置されたと考えるのが自然だ。『一族』という強大なシステムが存在する限り、人間は永遠に「戦争の無い理想郷」にはたどり着けない。

 

 だから、「一族」そのものが歴史の表舞台から姿を消す『DESTINY ASTRAY』の物語が終わるその時までは、僕が世界をどうこうしたいと願っても、泣き叫んで足掻いても、彼らの設計図通りに動く世界の潮流を変えることなど不可能なのかもしれない。

 

 スーパーコーディネイターが、聞いて呆れる。

 

 何が「人類の夢」だ。何が「最高の頭脳と肉体」だ。

 

 最高の情報処理能力を持っていても、最高の反射神経を持っていても、ただの一人も救えはしなかった。

 

 いや、違う。一族がどうこうなんて、ただの責任転嫁だ。

 

 本当は分かっている。僕自身の骨の髄まで染み込んだ臆病さこそが、この結果を招いたのだ。

 

 その気になれば、手段はあった。オーブのマルキオ導師の伝手を探るなり、ジャンク屋組合に接触し、ジンやメビウスを手に入れることだって、絶対に不可能ではなかったはずだ。

 

 どれほど泥臭くても、実現できるかどうかの確率が低くても、機体を手に入れて自ら宇宙へ上がり、ユニウスセブンへ向かって防衛線を張るという選択肢は、考えうる限りいくらでもあった。失敗して宇宙の塵になるリスクを背負ってでも、レノアさんを助けるために行動することは出来たのだ。

 

 それを僕は、結局「一族」の暗躍に怯え、死の商人であるロゴスや地球軍の特殊部隊に目を付けられて消される恐怖に震え……いや、それすらもただの言い訳だ。

 

 結局のところ、僕は我が身が一番可愛かったのだ。

 

 前世の記憶を持ったまま、痛い思いもせず、苦しい思いもせず、ただ安全なヘリオポリスの自室に引きこもって生きていたかった。宇宙空間で機体が爆発して焼け死ぬのも、真空に放り出されて窒息死するのも、軍の暗部に捕まって拷問されるのも、絶対に嫌だった。

 

 だから僕は、キーボードを叩くという『自分の命が絶対に脅かされない安全圏からのアプローチ』だけで、世界を救い、親友の母親を救うという、虫の良い英雄ごっこをしようとしていたに過ぎない。

 

 自分の手は汚さず、自分の血は流さず、頭を悩ませて小賢しく立ち回るだけでどうにかできないかと、安全な場所で震えていただけの、滑稽な大馬鹿者だ。

 

 モニターの光に照らされた自分の両手が、ひどく醜いものに見えた。

 

 盤面をひっくり返す覚悟もないくせに、神様の視点から駒を動かして、親友の母親の命を救うという「善人気分」を味わいたかっただけの、卑怯で、浅ましくて、救いようのない偽善者。

 

 画面の向こうで、崩壊していくユニウスセブンの映像が延々とリピートされている。

 

 この光の向こう側で、アスランがどれほどの絶望に打ちひしがれ、どれほどの血の涙を流しているのか。それを想像するだけで、僕の心臓は握り潰されたように痛み、呼吸の仕方を忘れたように喉がひきつった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。