やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか 作:星乃 望夢
プラント最高評議会が設けられた荘厳な円形議事堂内には、重苦しい沈黙と焦燥が渦巻いていた。
国防委員長パトリック・ザラという強硬派の巨頭を父に持つ赤服のエリート、アスラン・ザラは、居並ぶ評議員たちの鋭い視線を一身に浴びながら、ヘリオポリスで奪取した地球連合軍の新型モビルスーツ群『G』に関する所見を淡々と、しかし確かな緊張感を孕んだ声で報告していた。
彼の口から語られるデータは、ザフトの軍事技術における絶対的優位を根底から揺るがすものだった。
ザフトの各設計局がいまだ小型化と出力安定化に難航しているモビルスーツ携行用の『高出力ビームライフル』や『ビームサーベル』を標準装備しているという事実。
さらには、ザフト軍の主力兵装である実体弾を無効化する相転移装甲──『フェイズシフト装甲』の存在。
それは、実弾兵器を中心とするザフトの現行のドクトリンそのものを陳腐化させかねない、途方もない脅威であった。
しかし、この日の議会の関心は、地球軍が極秘開発したその『G』の脅威だけには留まらなかった。
議長席からの促しを受け、ホログラム・モニターには流麗な『G』のシルエットから一転して、無骨で角張った、威圧的な鉄塊の映像が投影された。
「続いて、報告書にある『紺色のティエレン』と呼称される正体不明機についての言及を求める」
その機体──『ティエレン』という名称が出た瞬間、評議員たちの間にざわめきと、ある種の忌々しげな溜息が漏れた。
無理もない。現在、地上・宇宙を問わずユーラシア連邦管区の戦線において、ザフト軍はこの無骨で鈍重なモビルスーツの姿を嫌というほど見せつけられていた。
機動性や運動性能において、ティエレンはザフトのジンに遠く及ばない劣悪な代物である。
しかし、その常軌を逸した『装甲強度』と泥臭いまでの生存性は、ザフトの現場指揮官たちを文字通り唸らせ、幾度も絶望させてきたのだ。
その最たる例が、『オペレーション・ウロボロス』の重要目標の一つであるカオシュン宇宙港の制圧作戦であった。
当初の作戦計画では、降下揚陸部隊と地上軍の支援を用いた電撃戦によって、早期に防衛網を突破し制圧が可能と試算されていた。
しかし、ユーラシア軍が文字通りの「鉄の防壁」として無数のティエレンを陣地に並べたことで、戦況は泥沼化した。
ザフトの地上部隊の猛攻は厚い装甲の壁に阻まれて突破口を見出せず、戦線は完全な膠着状態へと陥落。現在は部隊を後退させ、散発的な砲撃戦と睨み合いが続くという、短期決戦を是とするザフトにとって最も避けるべき「消耗戦」の段階にまでもつれ込んでしまっているのだ。
だが、今この議事堂のモニターに映し出されている『紺色のティエレン』に関する報告は、カオシュンの戦線で暴れ回る通常型の脅威すらも生温く感じさせるほどの、異常な数値を示していた。
「──この鉄の案山子が、我が軍の最高峰であるジン・ハイマニューバに匹敵する機動性を持っているなどと、俄には信じ難いが」
ある評議員の訝しむような呟きに対し、アスランから証言を引き継いだラウ・ル・クルーゼが、その仮面の奥の双眸を鋭く光らせながら口を開いた。
「信じ難い事実ですが、記録されたデータが真実を雄弁に語っております。あの機体は、従来のティエレンの延長線上にあるものとは到底思えません」
クルーゼの静かな、しかし確信に満ちた声が議場に響く。
まず防御面。ザフトの主力である重突撃機銃はもちろん、強化APSV弾の直撃であろうとも、涼しい顔で弾き返してしまう物理的な重装甲は健在であった。
それに加え、最も議会を驚愕させたのはその『対ビーム防御性能』である。
ユーラシア連邦で量産運用されている通常のティエレンにも、確かにアンチビームコーティングは施されている。
しかしそれは万能ではなく、ザフト軍が少数配備しているバルルス改特火重粒子砲や、水陸両用MSグーン、ゾノが装備するフォノンメーザー砲の直撃を受ければ、コーティング層が激しく融解し、外装にダメージを負う。
そのためユーラシア軍は、ビームの絶対的な防御は不可能と割り切り、「ビーム兵器を持つザフト機を見つけ次第、部隊全体で最優先に集中砲火を浴びせて排除する」という戦術をとっているのが実情だった。
「しかし、映像をご覧の通り、この紺色の機体は違います。ミゲル・アイマンの搭乗するジンが放ったバルルス改特火重粒子砲の直撃を──それも、メインスラスター類が密集し最も構造的に脆弱であるはずの肩部ユニットに受けながら、装甲表面の微小な融解はおろか、機動に一切の遅滞を見せませんでした」
議場が息を呑む。それは、現行のアンチビームコーティング技術の常識を覆す、異常なまでの熱耐性とエネルギー減衰能力を意味していた。
さらに、クルーゼの報告はそれだけにとどまらない。
「特筆すべきは、その手にある武装です」
モニターの映像が拡大され、紺色のティエレンが右腕のマニピュレーターで保持している、極めて無骨な火器が映し出された。それは、地上用や宇宙用、あるいは流通の大元であるジャンク屋組合で一般的に運用されているティエレンが装備する、腕部固定式の『滑腔砲』ではなかった。
手持ち式の巨大なライフル。そこから放たれたのは、実体弾ではなく、高出力の指向性を持った凄まじいレーザーの閃光であった。
さらに映像は続き、肉薄してきたクルーゼのシグーに対し、ティエレンがそのライフルの銃口下部から赤熱する『レーザー刃』を出力させ、指揮官機であるシグーの装甲シールドを、左腕のフレームごとまるで飴細工のように容易く溶断する決定的な瞬間が再生された。
「つまりこの紺色のティエレンは、あの巨体と重装甲でありながら、機体の内部ジェネレーター、あるいは武装そのものに『高出力のエネルギー系兵装を安定稼働させるだけの莫大な出力源』を携帯しているという事実です」
クルーゼの言葉に、パトリック・ザラの顔が険しく歪む。
滑空砲を装備する鉄の案山子が、G兵器と同等のビーム兵装を運用する。
それは、地球連合軍が、ザフトの技術的優位を完全に追い抜いた兵器パッケージを完成させ、すでに実戦投入の段階にあることを示唆していた。
「そして──私見を述べさせていただくならば」
クルーゼは議場全体を見回し、軍のトップエースとしての重い宣告を下した。
「あの機体の推力、姿勢制御、および空間戦闘における三次元的なレスポンスは、私が受領したジン・ハイマニューバに匹敵、局面によってはそれを明確に上回る機動性を発揮していました。質量と空力特性の物理法則を無視しているとしか思えない、悪魔的なソフトウェアとスラスターの連動が図られています」
静まり返る評議会。
クルーゼの言葉は単なる誇張ではない。通常のジンや、上位機種である指揮官機シグーで部隊を組んで交戦したところで、あの『紺色の化け物』には文字通り歯が立たないという絶望的な事実が、ヘリオポリスで行われた実際の戦闘データとして、ノイズ一つない鮮明な記録と共に突きつけられているのだ。
もし、この紺色のティエレンに搭載されている新型OSや大推力スラスターのノウハウ、そしてビーム兵装の技術がユーラシア連邦へと渡り、現在カオシュンでザフトを苦しめている無数の量産型ティエレンに『アップデートパッチ』として適用されたとしたら。
その時こそ、ザフトが誇る「モビルスーツという新兵器の絶対的優位」は完全に崩壊し、圧倒的な物量と無敵の装甲、そしてハイマニューバの機動性を併せ持つ鋼鉄の軍団によって、プラント本国すらも蹂躙される日が来る。
その恐るべき未来の幻影が、プラント最高評議会の全議員の脳裏に、冷たい刃のように突きつけられていた。
◇◇◇
冷たい水流が、アスラン・ザラの肌を叩きつけていた。
シャワーブースの密閉された空間で、彼は壁に手をつき、荒い息を吐き出していた。評議会での重責による疲労ではない。それは、魂を根底から震わせるような、澱んだ毒のような「何か」を洗い流そうとする徒労に近い行為だった。
鏡の中には、ザフトの赤い制服を脱ぎ捨てた、自分の素顔があった。しかし、その瞳には、かつて友と笑い合っていた頃の輝きは欠片もない。
(……キラ、お前は、何なんだ……)
思考は、何度辿っても同じ場所へ帰結する。
彼が今日、評議会で報告した『紺色のティエレン』。その無骨な鉄塊の中で、悪魔じみた機動で戦場を支配し、アスランの駆るイージスに肉薄したパイロット。
あの冷徹なまでの正確さと、戦術的判断を繰り返していた相手が、かつて「アスラン、課題手伝ってよ」と教科書を抱えて頼り切ってきた、あの甘ったれの親友だという事実。
それはアスランにとって、現実味を伴わない「悪い冗談」以外の何物でもなかった。
アスランの中にあるキラの記憶は、常に受動的だ。面倒くさがり屋で、どこか浮世離れしていて、自分という指針がなければ迷子になってしまいそうな、守るべき対象。自分が必要とされているという実感が、アスランにとって仕方がないなと言いながらも心地の良い友情の形だった。
なのに、今目の前にいるキラは、守られるべき弱者ではない。
あの鉄の塊を、まるで自分の身体の一部のように操り、銃口を向けてきた。
(……俺が、撃ったんだ)
あの時、イージスのビームライフルを向け、引き金を引いた時の感触が、今も指先に焼き付いている。
自分は、ただの「連合のナチュラル」を撃ち落とすつもりでいた。
だが、イージスの機体を通じて通信回線がつながり、そこに流れてきた声。
それを聞いた瞬間、アスランの身体は硬直した。
動揺。そして、自分自身に対する激しい嫌悪感。
俺は、キラを殺していたかもしれない。
その想像が、心臓を直接握りつぶすような痛みとなってアスランを襲った。
親友に向かって、本気で死の光を放ったという事実。
シャワーの水音が、まるで戦場の喧騒のように耳元で鳴り響く。
アスランは拳を強く握りしめ、濡れた前髪から滴る水滴と共に、消えない後悔の念を拭おうとした。
しかし、親友が敵として立ちはだかるという運命の不条理は、何をしても消えそうになかった。
「……キラ。なぜだ。なぜ、お前がそこにいる……」
誰に問いかけることもできない言葉を、彼はバスルームの中で、孤独に噛みしめるしかなかった。
シャワーを上がり、バスタオルで濡れた髪を乱暴に拭いながらリビングへと足を踏み入れたアスランの気分は、未だ分厚い鉛色の雲に覆われたように晴れないままだった。
キラが地球軍のモビルスーツに乗っていたという受け入れがたい事実。そして、その親友に向けて自分自身が本気で引き金を引いてしまったという罪悪感。それらが胃の底に重く沈殿し、アスランから思考の活力を奪っていた。
不意に、薄暗い部屋の静寂を破って、自宅のプライベート端末が甲高いコール音を鳴らした。
「……こんな時間に、誰だ?」
アスランは眉を顰めながら端末の前に立ち、通信の受諾ボタンを押した。
モニターに映し出されたのは、見慣れたザフトの緑色の軍服に身を包んだ、軍本部通信局のオペレーターだった。
『夜分遅くに申し訳ありません、アスラン・ザラ隊員。先程、前線のクルーゼ隊より急報が入りまして、ご親交の深い貴方にも早急にお伝えすべきと判断し、ご連絡いたしました』
「急報? ガモフで何かあったんですか?」
アスランの眼差しが、自然と軍人のそれへと切り替わる。
『貴方の同期であるニコル・アマルフィ隊員が、ユーラシア連邦の宇宙要塞アルテミスにおける戦闘において被弾し、重傷を負いました。先程、プラント本国の軍直轄病院へと移送され、入院したとのことです』
「なんだと……!? ニコルが!?」
弾かれたように、アスランはモニターに身を乗り出した。
ピアノを愛し、温和で争いを好まない性格でありながらも、ザフトの赤服として共に厳しい訓練を乗り越えてきた同期。幼馴染みであるキラとはまた違う、同じ軍人として、そして同じプラントの未来を憂う仲間として、アスランが心から信頼を置く良き親友だった。
そのニコルが、重傷。
「重傷って……まさか、命に別状は!? 今すぐ病院へ向かいます、面会はできる状態なんですか!?」
血相を変えて矢継ぎ早に問い詰めるアスランに対し、オペレーターは努めて冷静な声で言葉を返した。
『どうか落ち着いてください、ザラ隊員。コックピットの破片による重傷との事ですが、ミゲル・アイマン隊員の迅速な救助と適切な処置のおかげで、命に別状はありません。艦での手術も無事に終わり、現在の容態は安定しております』
「……っ」
その言葉を聞いた瞬間、アスランは全身の力がすっかり抜け落ちるのを感じた。
「……そうか。命に、別状は……。分かりました。知らせてくれて、感謝します」
『面会については、明日以降であれば可能とのことです。失礼いたします』
通信が切れ、モニターが再び暗転する。
「よかった……本当に、よかった」
アスランは深く長い溜息を吐き出し、胸を撫で下ろしながら、そのままリビングのソファへと崩れ落ちるように座り込んだ。
最悪の事態だけは免れた。その安堵感は確かに大きかったが、同時に別の冷たい現実が、再びアスランの胸を締め付け始めた。
争いを好まない性格とはいえ、厳しい訓練を優秀な成績で抜けて来た赤服の実力は伊達ではない。
そのニコルが重傷を負うほどの戦闘。ユーラシア連邦のアルテミスで、一体何が起きたというのか。
まさか、あの『紺色のティエレン』が──キラが、ニコルを撃ったのか?
(……戦争なんだ。俺たちは今、本物の殺し合いをしている)
アスランは両手で顔を覆った。
地球軍側に立ってしまったかつての親友と、ザフト軍として共に戦う今の親友。
安全なプラント本国にいても、戦場の残酷な現実は容赦なくアスランの大切な人たちを傷つけ、その血を流させていく。
後戻りのきかない泥沼の戦争が、確実に彼らの運命を狂わせ始めていることを、アスランは痛いほどに実感させられていた。
◇◇◇
シルバーウィンドの進路を切り拓くため、漆黒の宇宙空間を漂う無数のデブリ群を、僕のティエレン全領域対応型と、ロウさんのレッドフレーム、そしてリーアムさんのワークスジンが連携して退かしていく。
スラスターの青白い閃光が暗礁宙域の闇を照らし、分厚い装甲で瓦礫を押し退ける作業は、張り詰めた緊張感の中にも奇妙な一体感があった。しかし、メインモニターの視界が開けた瞬間、僕のコックピットを満たしていた微かな安堵は、冷たい氷のような沈黙へと塗り替えられた。
──ユニウスセブン。
モニターの視界に到底収まりきらない、あまりにも巨大で、あまりにも残酷な「無重力の墓標」。
かつては美しい砂時計の形を保ち、豊かな農業プラントとして青々とした命を育んでいたその場所は、今や無惨にへし折られ、引き裂かれた外壁と凍りついた空気と水の結晶が、悲鳴を上げたまま固定されたような異様な姿を晒していた。
24万3千人。
ただの数字ではない。そこには、僕がコペルニクスに住んでいた頃、まだ幼かった僕たちに優しく微笑みかけ、手作りのお菓子を焼いてくれたアスランの母親、レノアさんの命も含まれている。
胸の奥が、ギリリと音を立てて軋んだ。
操縦桿を握る手に、じんわりと嫌な汗が滲む。
僕は知っていた。
地球連合軍──大西洋連邦の狂信的なブルーコスモス派閥が、月基地から核弾頭を運び出し、この農業プラントに向けて放つという歴史の筋書きを。
だからこそ、僕はかつて、己の持つスーパーコーディネイターの頭脳と技術を総動員し、大西洋連邦の厳重な軍事ネットワークの最深部へとハッキングを仕掛けた。核の搬出という決定的な証拠データを引きずり出し、それをザフトへと流すという、一歩間違えれば僕自身が連合の暗殺部隊に消されかねない危険な綱渡りを行ったのだ。
それでも、世界は変わらなかった。
僕の送った警告のデータが握り潰されたのか、あるいは現場の混乱の中で届くのが遅すぎたのか。結果として、血のバレンタインは引き起こされ、この巨大な墓標が誕生してしまった。
その絶望的な無力感が、安全圏に引きこもることを望んでいた僕を、血の匂いが立ち込める戦場へと強引に引きずり出したのだ。
あの日の冷たい敗北感が、僕の覚悟を固めさせた。「このスーパーコーディネイターという規格外の能力を、すべて使い潰してでも、戦ってでも、守りたいものを直接この手で守り抜く」と。
けれども、自ら泥を被り、鉄の棺桶に乗って最前線へ出たからこそ、得られたものがある。
ロウさんという、損得抜きで語り合える熱いマブダチ。アサギさんやマユラさん、ジュリさんたちのような、共に生き残ろうと足掻く仲間たち。そして、広大な宇宙の闇の中でも、クロッシングを通じて魂の深い部分で繋がっているラクスという存在。
戦場は恐ろしくて、息が詰まるほど大変だけれども、僕は決して一人ではないと、彼らの声を聞くたびに実感できるのだ。
僕はスーパーコーディネイターだ。
大抵のことは出来てしまう。処理能力も、学習速度も、空間認識も、人類の到達点としてデザインされたこの肉体は、文字通りなんでも一人でこなせてしまうだけの能力を誇っている。
だからこそ、僕は時折、前世の記憶にある『本来のキラ・ヤマト』の行き着いた果てを想い、恐ろしくなるのだ。
ギルバート・デュランダルの提唱した「デスティニープラン」。
遺伝子によってあらかじめ役割が決定され、争いの火種となる自由意志をシステムによって管理する世界。それを『どんなに苦しくても、変わらない明日は嫌だ』と、戦う覚悟を持って否定したキラ・ヤマト。
しかし、その選択の先に待っていたのは、平和な明日ではなかった。ファウンデーション王国の独立から端を発したファウンデーションショック、そしてブルーコスモスの残党による際限のない散発的なテロ。
戦争は終わったはずなのに、一向に争いは終わらない。
『本当に、デスティニープランを否定したのは正しかったのだろうか』
『遺伝子の管理社会を受け入れていれば、誰も死なず、平和になったのではないか』
世界の残酷な現実に心をすり減らし、見えない正解を求めて自らを極限まで追い詰めていった彼。
そして、アコードたちの狡猾な罠に嵌められ、愛するラクスを連れ去られ、「彼女は僕を裏切ったんだ」と絶望の淵に突き落とされたあの瞬間。
自分一人で世界を背負って戦っているつもりか、とアスランに殴り飛ばされた彼が、長年、本当に長年積もりに積もった心の淀みと血を吐くように叫んだあの言葉。
「仕方ないだろ! 君らが弱いから!」
それは、スーパーコーディネイターという全能の能力を与えられてしまった者が、無意識の底に抱え込んでしまう『無自覚な傲慢さ』の極致だった。
自分だけが世界を救える。自分がやらなければならない。他者は頼りにならないから、自分がすべてを背負うしかない──その悲痛なまでの責任感が、彼自身の心を完全に孤立させ、壊してしまったのだ。
同じ身体を持ち、彼以上に歴史の裏側を知り、世界のために様々な布石を打って動き回っている僕だからこそ、痛いほどによく分かる。
この能力を持っていれば、周囲の人間がスローモーションのように見え、彼らの限界が数値のように透けて見えてしまう。「僕がやったほうが早いし、確実だ」と、そうした傲慢さを抱いてしまうのは、この肉体の構造上、もはや避けられない呪いなのだ。
けれども、僕は知っている。
僕一人では、どうにもならない事があまりにも多すぎるという真実を。
だからこそ、僕は周りの人達に向かって「君らが弱いから」なんて言葉を、絶対に口にするつもりも、思う予定もない。
ラクスが今、プラントという巨大な国家の裏側で進めている政治的根回しや組織構築を、僕が代わりに出来るか?
一時的な資金力やハッキングで誤魔化すことは出来ても、「クライン派」という平和を願う人々の心を繋ぎ止め、彼らを導く『象徴』になることなんて、僕の器では絶対に不可能だ。
僕一人で、オーブという国を守り切れるのか?
無理だ。たとえ無数のビットMSを統率し、フリーダムを駆っていたとしても、地球軍の大軍を前にすれば、物理的な防御の限界は必ず訪れる。必ず、誰かの手が必要になる。
何より、僕はただの一介の技術者であり、パイロットだ。
政治の舞台に立ち、言葉と外交で国を守ることはできない。カガリやウズミ様のような、国を背負う強き為政者がいなければ、オーブは成り立たない。
逆立ちをしたって、人は神様にはなれやしない。
ブルーコスモスの背後で暗躍する『ロゴス』や、世界を裏から操る『一族』を、僕の武力や技術だけで完全に根絶やしにすることなど、途方もない幻想だ。
視野が狭くなるほどに「世界が平和になるにはどうしたらいいんだ」と自分を追い詰め、嫌だけど戦い続けた果てに、あのキラ・ヤマトが抱えてしまった心の淀み。
僕だって戦いたくない。本当は怖いし、撃たれれば痛いし、人の命を奪う感触なんて一生味わいたくない。
でも、戦ってでも守りたい世界があるから、自分に言い聞かせてこのコックピットに座り続けている。
その上で、僕は敢えて言わせてもらおう。
「何でもかんでも、自分一人で出来ると自惚れるつもりはない」と。
出来ることは、死に物狂いでやる。けれども、出来ないことは、恥も外聞も捨てて「助けてほしい」と誰かに頼る。
僕は元のキラ・ヤマトよりも、ずっと甘ったれで、面倒くさがり屋で、怠け者だ。だから、そういう人として当たり前の「弱さ」を持ち続け、誰かに助けを求めることを、決してダメなことだとは思わない。
すべてを背負って一人で空を舞うヒーロー。
そんな孤独な殉教者のような生き方は、僕の性分には致命的に向いていない。
もしそんな生き方ができる人間だったなら、アスランに泣きついたり、ラクスに抱きしめられるあの温かさに溺れそうになったり、ロウさんやジャンク屋の仲間たちに笑いかけたりすることなんて、きっとなかったはずだ。
未来を知っているからこそ備えることができるという『ズル』をしている僕と。
何もかも知らず、突然残酷な戦争に巻き込まれ、ただ生き延びて仲間を守るためだけに血を吐きながら戦い続けるしかなかった本来の『キラ・ヤマト』。
僕と彼とでは、そもそものスタートラインも、心に纏う装甲の厚さも、背負っている絶望の質も何もかもが違う。だから、僕が彼を可哀想だと憐れんだり、彼の弱さを扱き下ろしたりすることは、安全圏からマウントを取って自分の自尊心を肯定するだけの、最高に醜くて哀れな行為に過ぎない。
だから、これはただの僕自身の『決意表明』だ。
自分の限界を知り、他者の強さを信じ、泥臭く手を繋いで生きていく。
何でもできる神様ではなく、ただの不完全な人間として、この狂った戦争を終わらせるために足掻き続けるという誓い。
メインモニターの端へと流れていくユニウスセブンの残骸を、僕は決して目を逸らすことなく見つめ続けた。
センチメンタリズムな感情に胸を締め付けられながらも、この悲劇を二度と繰り返させないという確かな意志の炎を、己の魂の奥底でより一層強く燃え上がらせていた。
いつも誤字報告してくださる方々にこの場を借りて感謝をば。
一応書いた後に読み直しはしてるんですけど、毎度毎度何故か修整しきれていない見落としをご指摘頂き助かっております。