やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか   作:星乃 望夢

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PHASE-31 憎しみの怨嗟

 

 ユニウスセブンの残骸、その巨大な質量が落とす暗い影の領域へ最接近した瞬間だった。Nジャマーの干渉がないこの宙域において、強化されたセンサー群──僕のティエレン全領域対応型と、展開している指揮官機仕様の3機のビットティエレンの目は、暗礁宙域の深奥までを極めて精緻に捉える事が出来る。

 

 モニターの端に赤く点滅する光点。

 

 こんなデブリの海で、地球軍のドレイク級が単艦で哨戒任務に就いているというのは、戦術的に見て奇妙というほかない。もしザフトのジン部隊と鉢合わせれば、ユーラシアの所属ならティエレンを持っているだろうから粘り勝ち出来るだろうが、もし大西洋連邦の所属であればまともなMSを持たない彼らは一方的に沈められる運命にある。

 

 それなのに、なぜこんな所にいるのか。

 

 その疑問の答えは、彼らからの通信によってすぐに明らかになった。

 

『こちら地球軍哨戒部隊。停船し、船籍を照会せよ』

 

 高圧的で、一切の感情を排したような事務的な音声。

 

 シルバーウィンドのブリッジから艦長が落ち着いた声で応答する。

 

『本艦はプラント船籍の民間船、シルバーウィンド。血のバレンタインの犠牲者追悼慰霊団を乗せ、ユニウスセブンへの航路を取っている』

 

 沈黙が数秒。

 

 そして、帰ってきたのは冷酷な宣告だった。

 

『──臨検を実施する』

 

 言葉と同時に、ドレイク級から4機のメビウスが分離されるのが視認できた。

 

 僕は即座に反応した。思考を量子ネットワークへ叩き込み、3機のビットティエレンをシルバーウィンドの周囲へ展開させる。

 

 僕自身のティエレン全領域対応型も、艦の真正面に立ち塞がるように機体を固定し、無言の分厚い壁を作った。

 

『何者だ。貴様らの機体、ユーラシア軍のティエレンか』

 

 ドレイク級からの通信が、明らかな警戒と苛立ちを帯びる。

 

「……僕たちはジャンク屋組合所属の傭兵です。現在、シルバーウィンドに乗艦している追悼慰霊団の皆様に雇われ、この危険宙域の護衛と道案内を務めています」

 

 僕は努めて冷静に、あらかじめ用意していた完璧なカバー・ストーリーを口にした。

 

『ジャンク屋だと? 民間人が軍の臨検の邪魔をするな。直ちに航路を開けろ』

 

 ピピピッ、と、僕の機体にロックオンアラートが鳴り響いた。

 

 交渉の余地すら与えない、一方的な威嚇。いや、これは威嚇ではない。

 

「待ってください! 僕たちにも、シルバーウィンドの追悼慰霊団の方々にも、一切の敵対意志はありません! 武器を持たない民間船です!」

 

 僕は必死に呼びかけた。

 

 しかし、彼らの返答は言葉ではなく──発射炎だった。

 

 ロックオンは解除されず、メビウスから有線式誘導ミサイルが射出される。

 

「くっ……!」

 

 僕は操縦桿を引き、ティエレンの胸部に内蔵された30mm機銃のトリガーを引いた。

 

 無重力空間に曳光弾の軌跡が走り、迫り来るミサイルを正確に撃ち落とした。爆炎がティエレンの分厚い装甲を撫でるが、傷一つつかない。

 

「敵対意志がないと言っているのに、いきなり発砲するなんてどういうことですか!?」

 

 僕は通信回線に怒鳴りつけた。

 

『追悼慰霊だろうがなんだろうが、敵であるコーディネイターを撃って何が悪い!』

 

 返ってきたのは、憎悪に満ちた絶叫だった。

 

「乗っているのは軍人じゃない、民間人だと言っているでしょう!」

 

『民間人だろうが、コーディネイターなら敵だ!!』

 

 会話が成立していない。

 

 彼らは最初から「プラント船籍の船を沈める」という目的のためだけに、この宙域をうろついていたのだ。

 

『そこまでコーディネイターの肩を持つとは……貴様、ナチュラルじゃないな? お前もコーディネイターか!』

 

 通信の向こうから、唾を吐きかけるような声が響く。

 

「……僕がコーディネイターだったら、何だって言うんですか!」

 

 僕は思わず、その言葉を叩き返した。

 

『ならば貴様も敵だ!! 全機、あのジャンク屋ごと化け物どもを沈めろ!!』

 

 メビウスの編隊が、容赦なくこちらへ向かって加速してくる。

 

 どうしてだ。どうして、こんなにも簡単に人を憎める。

 

 追悼慰霊団には、ラクスも居る。ただ祈りを捧げに来ただけの人たちを前に、なぜそんな残酷な決断が下せるのか。

 

「貴方がたにだって、家族や友人を想う心はあるでしょう!? コーディネイターもナチュラルも関係ない、同じ人として、どうして死者を弔おうという人達を撃つ事が出来るんですか!!」

 

 僕は魂の底から絞り出すように叫んだ。

 

『──宇宙の化け物が、同じ人間などと笑わせるなッ!!』

 

 その声には、一切の迷いも、倫理的な葛藤もなかった。ただ純粋な憎悪だけが、冷たく燃え上がっていた。

 

『ザフトが地球にバラ撒いたNジャマーのせいで、こんな砂時計に住むコーディネイター共とは比べ物にならん数の人間が、地球で死んだのだ!! 飢えて、凍えて、暗闇の中で!! それが今更、死者を悼もうなどと……笑わせるなァッ!!』

 

 平行線。

 

 言葉は通じている。けれど、決して交わることはない。彼らの抱える怨恨の深さは、僕の理屈や感情論など容易く呑み込んでしまうほどの、黒い海流そのものだった。

 

 彼らの言う通りだ。エイプリル・フール・クライシス──Nジャマーによって地球のエネルギーインフラが崩壊し、数え切れないほどの人々の命が奪われた。

 

 その憎しみの連鎖が、今、このユニウスセブンの残骸の前で、再び罪のない血を流そうとしている。

 

 どうしようもない現実の重さに、僕は奥歯を噛み締めた。

 言葉で世界は救えない。

 

 この狂気を止めるためには、例え矛盾していようとも力には絶対的な力で、彼らの憎しみの刃を叩き折るしかなかった。

 

 彼らの絶叫が通信から途切れた瞬間、僕は操縦桿を深く握り込み、冷徹に思考のスイッチを切り替えた。

 

 対話は完全に決裂した。ならば、力で黙らせるしかない。

 

 だが、ここは追悼慰霊団の眼前であり、プラントの民間船シルバーウィンドのすぐ傍だ。ここで血を流すことは、ラクスたちにさらなる悲劇を見せつけることになる。

 

「……使ってみせるさ。あの人達に出来て、僕に出来ないはずはないんだから」

 

 量子ネットワークに直結した僕の思考が、3機のビットティエレンへと即座に戦術データを伝達する。

 

 堅牢な分厚い装甲を誇るティエレンだからこそ、可能な戦法がある。

 

 メビウスから放たれる有線式誘導ミサイル、電磁誘導で撃ち出されるリニアガン、そして無数のガトリング掃射。

 

 僕はそれらの弾幕を回避することすらせず、ティエレンの胸板と肩のシールドで真正面から受け止めた。

 

 火花が散り、衝撃でコックピットが微かに揺れるが、致命傷には程遠い。その圧倒的な耐久力を盾にして、僕のティエレンと3機のビットティエレンは、回避運動を取るメビウスへと一直線に追い縋った。

 

 メビウスのパイロットが驚愕に顔を歪めているのが、モニター越しの機体の様子からも伝わってくる。

 

 指揮官機仕様としてセンサー類を強化されたビットティエレンだが、その真価は「親機」である僕のティエレン全領域対応型の機動性に追随できる点にある。

 

 態々量子通信のビットMSを用意したのに、鈍重で置いていかれるようでは意味がない。

 

 故に、この3機は通常のティエレンと比べ、各部のバーニアが強化されている。その機動性やAMBACによる運動性能は、ザフトの主力機であるジンとほぼ同等にまで引き上げられていた。

 

 直線軌道での加速力ならば、メビウスはジンよりも速いという唯一の持ち味がある。

 

 しかし、ここはユニウスセブンの残骸が密集するデブリベルトのど真ん中だ。真っ直ぐに飛ぶことなど、物理的に不可能である。

 

 入り組んだデブリの隙間を縫うような三次元戦闘において、モビルスーツのAMBAC運動とジン並みの機動性、そして僕の思考と直結したビットシステムの完璧な連携機動から、不格好な戦闘機が逃れられるはずもなかった。

 

「ひとつ!」

 

 僕のティエレンが巨大な手でメビウスの上部へ取り付く。

 

 そのまま無理やり機体を抑え込み、巨大なマニピュレーターで左右のエンジンブロックの片方を、まるで玩具の羽をむしるように強引にもぎ取った。

 

 さらに、胴体下部にマウントされているミサイルポッドとリニアガンを掴み、ワイヤーを引き千切って宇宙空間へと投げ捨てる。完全な武装解除だ。

 

「次! 2つ目!」

 

 僕の視線の先で、ビットティエレンたちが次々と残りのメビウスを捕獲していく。

 

 片肺を失い、武器をもぎ取られてきりもみ状態になったメビウスを、ティエレンは母艦であるドレイク級の方向へと乱暴に放り投げた。

 

 ノーマルスーツは着ているのだから、まともに飛べなくなった機体から脱出すれば、宇宙空間を遭難するような事態にはならない。ドレイク級が彼らを回収せざるを得ない状況を作り出すのだ。

 

 なぜ、僕がこんな「殴り合い」のような面倒な真似をしているのか。

 

 一つは、追悼慰霊団の手前、これ以上の惨劇を見せたくなかったこと。

 

 そしてもう一つは、単純な理由だ。

 

 ティエレンの主兵装である滑空砲や、全領域対応型専用のレーザーライフルは、今、後方で1機のビットティエレンが曳航していた『アリュゼウス・ユニット』が収まったコンテナの中に大切にしまわれているからだ。

 

 機体本体の武装は、胸部の30mm機銃だけ。それもミサイルを迎撃するためだけに使用し、直接の攻撃には一切使わなかった。

 

(というより、滑空砲やレーザーライフルで撃ってしまえば、装甲の薄いメビウスなんて一瞬で誘爆して爆散してしまう)

 

 どのみち、武器は使えなかったのだ。

 

「メビウス全機の無力化をしました。これ以上、攻撃を続行するというのなら……今度は、そちらの艦を直接攻撃しますよ!」

 

 僕はドレイク級とシルバーウィンドの中間点に4機のティエレンを扇状に展開し、艦のブリッジに向けて明確な警告の通信を送った。

 

 ドレイク級のブリッジは沈黙していた。

 

 艦載機であるメビウスをすべて無力化され、しかもそれが「撃墜」ではなく「手足をもぎ取られて投げ返される」という、圧倒的な性能差を見せつけられたのだ。彼らに残された選択肢は一つしかなかった。

 

 ドレイク級はゆっくりと艦を回頭させ、無力化されたメビウスから脱出したパイロットたちを回収すると、メインエンジンを噴かして暗礁宙域の彼方へと去っていった。

 

「……ふぅっ」

 

 一先ずの脅威が去ったことを確認し、僕はティエレンのコックピットの中で深く肩を撫で下ろした。

 

 戦闘による疲労よりも、精神的な徒労感が僕の心を重く沈ませていた。

 

(あれが……コーディネイターを憎む、この世界のナチュラルの実情なのか)

 

 遣る瀬ない想いが、胸の奥で渦巻く。

 

 同じ大西洋連邦の所属であっても、マリューさんやムウさんたちのように、コーディネイターである僕を「仲間」として受け入れてくれた人たちがいる。

 

 彼らと過ごしてきたからこそ、あのドレイク級の乗組員たちのような、理屈も倫理もかなぐり捨てた憎悪の深さが、より一層恐ろしく感じられた。

 

 彼らは、乗っているのが民間人であろうと、追悼のために祈りを捧げに来ただけの人たちであろうと、相手が「コーディネイター」というだけで躊躇なく引き金を引いた。

 

 より過激なブルーコスモスやそのシンパとなれば、あれ以上の狂気を平然と振るうのだろう。

 

(なんて、薄ら寒い世界なんだ……)

 

 「遺伝子が違う」というたったそれだけの理由で、同じ人間を「宇宙の化け物」と呼び、殺すことに一切の躊躇いを持たない。その事実が、僕の背筋に冷たい氷を滑らせるようだった。

 

 僕は改めて、ユニウスセブンの巨大な残骸を見上げた。

 

 この憎しみの連鎖を、僕は止めることができるのだろうか。

 

 

 




キリが良いのでちょっと短いですが投稿させていただきました。短くて申し訳ない。
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