やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか 作:星乃 望夢
「ナチュラルもコーディネイターも関係ない、か。そうだよなぁ。ホントなら、そう難しく考える事はないんだよなぁ」
メインモニターの端から、見慣れた赤いフレームが視界に滑り込んできた。
先ほどの戦闘の余韻が残る暗礁宙域で、スラスターの推進剤を微細に吹かしながら、ロウさんの乗る『レッドフレーム』が僕のティエレン全領域対応型の隣へと静かに寄り添ってくる。彼に譲ったフライトユニットのテストも兼ねていたその機体は、無骨な僕の機体とは対照的に、まるで宇宙空間を泳ぐような滑らかさで姿勢制御を行っていた。
通信回線から聞こえてくる彼の声には、先ほどまでのドレイク級に対する怒りや緊迫感はなく、ただ純粋な、呆れにも似た哀愁が混じっていた。
「……ロウさん」
僕は彼の言葉に、短く応えることしかできなかった。
ジャンク屋組合という組織で少しでも働いていれば、誰もがごく自然に肌で感じ、そして当たり前のように受け入れている事実がある。
ロウさんの母艦である『ホーム』には、彼と同じように油に塗れて働く凄腕のメカニック、リーアム・ガーフィールドさんがいる。彼はコーディネイターでありながら、ナチュラルたちと共に宇宙の廃品回収という危険な仕事に従事し、時には命を預け合い、同じ釜の飯を食っているのだ。
ジャンク屋組合の現場や、僕が身を寄せている民間ステーションのファクトリーでは、遺伝子操作の有無など何の意味も持たない。「いい仕事をするか」「背中を任せられるか」──ただそれだけで人は評価され、ナチュラルとコーディネイターはごく当たり前に互いに助け合い、肩を組んで笑い合っている。
「そういう世界だってあるのに……どうして人はこんな事になって、あんな風に人を変えてしまうんだろう」
僕はモニター越しに、圧倒的な質量を持って横たわるユニウスセブンの残骸を見つめながら、ポツリと呟いた。
先ほどのドレイク級の通信越しに放たれた、血を吐くような絶叫が耳にこびりついて離れない。
『ザフトが地球にバラ撒いたNジャマーのせいで、こんな砂時計に住むコーディネイター共とは比べ物にならん数の人間が、地球で死んだのだ!』
エイプリル・フール・クライシス。
ザフトが地球の地中深くに打ち込んだニュートロンジャマーによって、地球上のすべての原子力発電が停止し、深刻なエネルギー枯渇と前代未聞の飢餓が引き起こされた。その結果、一説には十億人規模の人々が命を落としたとも言われている。
あの絶叫は、単なる狂信や偏見から来たものではない。家族を飢えで失い、寒さの中で凍え死んでいく友人を見届けるしかなかったという、圧倒的な『被害者としての絶望』から生まれたものなのだ。
そして目の前にあるユニウスセブンもまた、地球軍の放ったたった一発の核ミサイルによって、24万3千人もの無辜の民が一瞬で消し飛ばされた、底なしの絶望の象徴である。
(もし……僕も大切な誰かを失ってしまったら)
僕は無意識のうちに、操縦桿を握る手に力を込めていた。
もし、アークエンジェルに乗っているトールやサイ、ミリアリアたちが撃たれたら。
もし、アスランが戦火に焼かれたら。
もし、僕にその温もりを分けてくれたラクスが、理不尽な悪意によって命を奪われてしまったら。
僕の中に眠る『スーパーコーディネイター』という劇薬のような才能が、その時、果たして平静を保っていられるだろうか。
僕が復讐という甘い毒に呑まれ、「敵はすべて撃つ」という狂気に染まってしまわないと、一体誰が断言できるだろう。
憎しみが人を変えてしまうことの恐ろしさに、僕は心底震えていた。
「……仕方ねぇさ、キラ」
沈黙を破ったのは、ロウさんのひどく真っ直ぐで、力強い声だった。
レッドフレームがその機械の腕を伸ばし、僕のティエレンの無骨な肩装甲を、ポンと励ますように叩いた。
「今はどうしたって、ああして恨み辛みを溜め込んじまってる奴が居るのは事実だ。戦争ってのは、そういうもんだからな。誰かが泣けば、その身内が怒って殴り返す。その連鎖は、そう簡単には止まらねぇ」
ロウさんは、戦争の悲惨さや人間の愚かさを決して否定しない。泥臭い現場で生きている彼だからこそ、綺麗事だけでは世の中が回らないことを誰よりも知っているのだ。
「だがな」
ロウさんの声色が、パッと明るく、太陽のように熱を帯びた。
「それでも、俺たちみたいにナチュラルとコーディネイターでも関係なく仕事をして、互いに肩を組んで過ごせる場所だってあるのも『事実』だろ?」
「ロウさん……」
「壊れちまった機械は、部品を直して組み上げればまた動く。人の心や世界ってのも、それと同じくらい複雑で厄介かもしれないが……直せないって決まったわけじゃねぇ。俺たちが『ここにあるぞ』って見せっ放しにしてやりゃあ、いつかあいつらだって気付くかもしれねぇじゃねぇか」
彼の言葉は、あまりにも楽観的で、ともすれば子供の理想論のように聞こえるかもしれない。
けれども、数々の死線を潜り抜け、実際に自分の手で道を切り拓いてきたロウ・ギュールという男が口にするからこそ、それはどんな政治家の演説よりも重く、確かな温度を持って僕の胸に響いた。
そうだ。
世界は残酷で、悲劇に満ちていて、憎しみの連鎖は永遠に終わらないように見える。
それでも、ジャンク屋組合のような場所がある。僕とロウさんがこうして笑い合える空間がある。マリューさんやムウさんのように、僕を『一人の人間』として見てくれる大人たちがいる。
「……そうですね。そんな世界があるから、僕も……この世界は捨てたものじゃないって、思えるんです」
胸の奥にこびりついていた冷たい恐怖が、ゆっくりと溶けていくのを感じた。
それが多分、僕が──戦うことをひどく恐れ、命を奪うことを心底嫌悪している僕自身が、「それでも、守りたい世界があるんだ」と、歯を食いしばって叫べる最大の理由なのかもしれない。
国家や、イデオロギーや、大きな正義のためじゃない。
ナチュラルとコーディネイターが、バカ話をして、一緒に笑いながらジャンクパーツを組み立てている。
そんなちっぽけで、泥臭くて、何よりも尊い『当たり前の日常』という世界を、明日へ繋ぐため。
「よし、それじゃあお姫様の護衛に戻ろうぜ、キラ! 慰霊団の皆さんが、静かに祈れるように道を作るのが、今の俺たちの『仕事』だ!」
「……はいっ!」
レッドフレームが推進器の光を眩く瞬かせ、シルバーウィンドの前衛へと飛び出していく。
僕はティエレンの姿勢制御スラスターを吹かし、その後を追った。
巨大な無重力の墓標──ユニウスセブンの残骸は、今もなお声なき悲鳴を上げながら、宇宙の闇に凍りついている。
その悲劇を前にして、祈りを捧げるために進む純白の船と、それを護るモビルスーツ。
僕はコックピットの中で、もう二度とあのような絶望を繰り返させないという誓いを、誰に言うでもなく、静かに、そして強烈に己の魂へと刻み込んでいた。
◇◇◇
追悼慰霊団の追悼式は、先ほどのドレイク級による襲撃という不測の事態はあったものの、その後は静寂を取り戻したデブリ帯の中で厳かに、そしてほぼ予定通りに執り行われた。
ユニウスセブンの残骸へ向けて犠牲者への祈りが、痛ましい墓標に束の間の温もりを与えていく。
その光景をティエレンのモニター越しに見つめながら、僕は小さく安堵の息を吐いた。
しかし、シルバーウィンドがすべての行程を終え、ユニウスセブンを後にしようと回頭したまさにその時だった。
機体の強化センサーが、デブリの影から現れた巨大な質量を捉え、コックピットに鋭いアラートを鳴らした。
「また連合軍か……!?」
咄嗟に操縦桿を握り直し、ビットティエレンたちをシルバーウィンドの盾となるように展開させる。だが、光学カメラが捉えたその白と赤の流麗な艦影を見て、僕は思わず目を見張った。
「アークエンジェル……!?」
間違いない、僕たちがヘリオポリスから乗ってきた大西洋連邦の最新鋭強襲機動特装艦だ。
アルテミス要塞でユーラシア連邦から破格の補給を受け、そのまま正規のルートで第8艦隊との合流地点へ向かうはずの彼らが、なぜわざわざ航路を外れたこんなデブリベルトの奥深くにやって来たのか。
『キラ君!? あなた、なぜそんな所に……!』
メイン回線を開くと、ブリッジのマリューさんが驚愕に目を丸くしている姿が映し出された。
そりゃあ驚くのも無理はない。「ジャンク屋のファクトリーでティエレンの整備をしてくる」と言って単独行動に出たはずの僕が、デブリベルトのど真ん中で、旧式の輸送艦にジャマーのマーキングがされた艦と、見慣れない純白の非武装艦を護衛するように浮いているのだから。
僕はすぐさま、精神の奥底で繋がるクロッシングの波長を通じて、ラクスに伝えた。
(ラクス、ここは僕に任せて。早く離脱を)
(……はい。ご武運を、キラ)
彼女の静かで温かい信頼の波長が返ってくるのを感じながら、僕は外部通信をロウさんのレッドフレームへと切り替えた。
「ロウさん、申し訳ないんですが、民間ステーションまでのシルバーウィンドの帰路の護衛を、引き継いでもらえませんか。……あの白い艦には、トール達が乗っているんです」
『おう! そういうことなら任せときな! 友達は大事にしろよ、キラ!』
事情を深く詮索せず、快く護衛を引き受けてくれたロウさんに心の中で深く感謝しながら、僕は離脱していくシルバーウィンドとホームの背中を見送った。
「こちらヤマト三尉。アークエンジェルへ、僕のティエレン全領域対応型と、随伴する3機の無人機の着艦許可を求めます」
アークエンジェルの正面に機体を向け、僕は正規の手続きとして通信を送った。
モニターには、マリューさんの隣で険しい表情を浮かべるナタルさんの姿がCICからの通信ウィンドウにあった。
『ヤマト三尉。無事の帰還は何よりだが……一つ、説明してもらおう』
ナタルさんの鋭い視線が、モニター越しに僕を射抜く。
『ジャンク屋組合の船はマーキングで識別できたが、もう一隻のあの白い非武装艦はなんだ? 艦影データには該当がない。どこの所属だ』
軍の規則と規律を重んじる彼女にとって、所属不明の艦と接触していた僕の行動は、見過ごせるものではない。
僕は一切の誤魔化しを捨て、事実だけを包み隠さず伝えることにした。
「あれは、プラント船籍の民間船『シルバーウィンド』です。血のバレンタインの犠牲者を悼む、ユニウスセブンの追悼慰霊団を乗せていました」
『プラント船籍だと……!?』
ブリッジに緊張が走った。軍人家系の職業軍人であるナタル中尉の顔に、明確な『疑念』が浮かび上がる。敵国であるプラントの艦と、地球軍の最新技術を知る僕が接触していたとなれば、最悪の場合は内通やスパイ行為を疑われても仕方がない状況だ。
「お待ちください、バジルール少尉。僕は民間ステーションに寄港していた彼らから、『デブリベルトの道案内兼、護衛の傭兵』として個人的に雇われただけです。ティエレンのテストも兼ねていましたし、何より彼らは完全な非武装の民間人でした」
僕は一呼吸置き、さらに重い事実を言葉に乗せた。
「それに……先ほどあの民間船は、大西洋連邦所属と思われる『ドレイク級』の襲撃を受けました」
『なんだと……!?』
ナタルさんの目が、今度は別の意味で大きく見開かれた。
「こちらは民間船だと名乗り、追悼慰霊の目的も伝えました。しかしドレイク級は臨検と称してメビウス部隊を発進させ、一切の問答無用でミサイルを撃ち込んできたんです。……護衛対象の安全を確保するため、僕は已む無く応戦し、メビウス部隊を無力化して艦を撤退させました」
ブリッジが、水を打ったように静まり返った。
民間船への一方的な軍事行動。それは明らかな国際軍事条約違反であり、地球連合軍の正当性を根底から覆しかねない致命的なスキャンダルだ。
『そ、それは本当なの、キラ君……?』
マリューさんが、信じられないというように声を震わせる。
『……味方の艦が、非武装の民間人を、しかも慰霊団を意図的に狙ったというのか。地球連合軍の将兵が、そのような卑劣な真似を……』
ナタルさんはギリッと奥歯を噛み締め、怒りとも屈辱ともつかない険しい表情でコンソールを睨みつけた。彼女は軍の規律には厳しいが、決して無差別な虐殺を良しとする狂人ではない。軍人としての矜持を泥で汚すような味方の暴走に、強い嫌悪感を抱いたようだった。
「信じられないとのことなら、戦闘ログを送信します。ドレイク級との通信記録も、僕のティエレンがメビウスを武装解除させたデータも、すべて残っています」
僕がティエレンからデータを転送すると、トノムラ曹長が素早く解析を行い、マリューさんたちに向けて静かに頷いた。
『……ログの照合、完了しました。ヤマト少尉の報告に偽りはありません』
重苦しい沈黙の後、ナタルさんは深く息を吐き出し、姿勢を正した。
『……状況は理解した。ヤマト三尉の行動は、緊急避難および民間人保護の観点から正当防衛と認める。該当のドレイク級の件については、第8艦隊合流後に上層部へ厳重に報告する』
『キラ君。無事で本当によかったわ。帰ってきてくれてありがとう』
マリューさんの柔らかい声と共に、アークエンジェルの巨大な前脚──カタパルトハッチがゆっくりと開口し、着艦用の誘導レーザーが宇宙空間に照射された。
「キラ・ヤマト、帰還します」
僕はコックピットの中で小さく息をつき、スラスターを吹かして、4機のティエレンと共にアークエンジェルの格納庫へと機体を進めていった。
◇◇◇
アークエンジェルの格納庫に足を踏み入れた瞬間、僕は思わず乾いた笑いを漏らしそうになった。
控えめに言っても、現在の格納庫は「ギチギチの定員オーバー寸前」という満員御礼状態だった。
整備デッキは鋼鉄の巨神たちが肩を寄せ合うようにひしめき合い、整備班のクルーたちが「狭い!」「そっちのケーブルを退けろ!」と怒号を飛び交わせながら作業用クレーンを動かしている。
無理もない話だ。
僕が今回、ジャンク屋のファクトリーから『新しくティエレンを3機も』引き連れて帰って来たのだから。
アークエンジェルは元々、大西洋連邦が極秘開発した5機のG兵器を同時に運用するための母艦として建造された。
『強襲機動特装艦』という大仰な名の通り、単艦で敵陣深くや敵艦隊へ強襲を掛けるための圧倒的な火力と堅牢なラミネート装甲を持ち、さらに前線で複数のMSを展開・回収・整備できるだけのキャパシティを有している。
そのため、5機のGに加えて、予備機や支援機を多少多めに搭載することは設計段階から想定されているはずだ。
だが、流石に『11機のモビルスーツ』という約1個中隊規模の数を丸ごと詰め込んで運用するようなのは想定外の極みであるのも無理はなかった。
現在の搭載機をざっと数えてみる。
ムウさんが乗るストライク。
アサギさんたちのアストレイが2機。
僕のティエレン全領域対応型。
今回持ち込んだ、3機のビットティエレン。
他、TC-OSを搭載したデュエルと白塗装のジン、宇宙用ティエレン、高機動型ジン。
なんとか強引に格納庫の中へは押し込んだものの、後から入れた3機のビットティエレンの配置にはマードックさんたちも相当頭を悩ませていた。
結果として、緊急時の他の機体の発進導線を確保するため、2機のビットティエレンを左舷カタパルトデッキへ移動させ係留するというのでどうにか収めることになった。
「やれやれ、この艦のハンガーがこんな『MSの満員電車』みてぇになる日が来るとは思わなかったぜ……」
油まみれのタオルで首の汗を拭いながら、マードックさんが深い溜息を吐き出した。
「すみません、マードックさん。どうしても必要な戦力だったので……。あ、そうだ。これ、皆さんに渡しておきます」
僕は苦笑しながら謝罪しつつタブレット端末を取り出し、アサギさん、マユラさん、ジュリさん、そして一応、整備責任者であるマードックさんにもデータを転送してマニュアルを渡した。
「何これ? 『アストレイ用追加装備・アリュゼウスユニット』……?」
アサギさんが、タブレットに映し出された図面とスペック表を見下ろしながら、怪訝な顔で首を傾げる。
「はい。アストレイ向けの強化装甲パーツです。……といっても、ただの装甲じゃありません」
僕は軽く咳払いをして、その『狂った設計思想』について説明を始めた。
流麗で細身なアストレイのフレームに対し、まるで重武装の怪鳥か重戦車を着せ込むような仕組みになっていること。
極厚のABC増加装甲による物理的・光学的防御力の飛躍的な向上。
そして何より、メインスラスターとして採用した大出力の『プラズエンジンユニット』について。
「このプラズマエンジンと、機体各所に配置された空力翼とスラスターの連動によって、宇宙空間での爆発的な高機動戦はもちろん……大気圏内においても、あの重装甲のまま重力に逆らって『自由な単独飛行』が可能になります。宇宙空間では推進剤を用いたロケットエンジン運用で、大気圏内でジェットエンジン運用と使い分けます」
その説明を聞いた瞬間、タブレットの画面をスクロールしていた3人の顔が、文字通り引きつった。
「ちょ、ちょっと待ってよキラ君! 大気圏内を単独飛行って……しかもこの装甲の重さで!? どんなバケモノみたいな推力よ!」
マユラさんが信じられないというように声を上げる。
「推力重量比がメチャクチャじゃない! これ、私たちがまともに制御できるの!? Gで私たちがミンチにならない!?」
ジュリさんも、青ざめた顔で計算式を睨みつけている。
「大丈夫です。OS側に自動姿勢制御のパッチを組み込んであるので、パイロットへの負担は『ちょっとキツいジェットコースター』くらいには軽減されています。それに、自動追尾モード付きのミサイルや強力なビームキャノンも搭載しているので、機動力を活かした一撃離脱戦法なら、アストレイの防御力の低さを完全にカバーできます」
「ジェットコースターって……アナタねぇ……」
アサギさんが呆れたように天を仰いだ。だが、その瞳の奥には、僕が「彼女たちを絶対に死なせない」ために用意したこの過剰なまでの装備への、不器用な感謝の色が僅かに見え隠れしていた。
「で、だ。坊主」
横で黙って聞いていたマードックさんが、ジロリと僕の顔を睨み下ろしてきた。彼の視線は、タブレットではなく、格納庫の奥で静かに沈黙している宇宙用ティエレン指揮官機に向けられていた。
「お前さん、さっき『無人機』だの言ってたが……どう見てもアレ、普通のティエレンじゃねぇか。コクピットハッチもあるし、人間が乗るやつそのまんまだぞ。中に誰か隠れてんじゃねぇだろうな?」
彼の長年のメカニックとしての勘は、あの機体が「ただの自動操縦」ではないという不気味さを正確に嗅ぎ取っていた。
「あー……それなんですが」
僕は少しだけ視線を逸らしながら、頭を掻いた。
「中に人は乗っていません。アレは、僕の乗る全領域対応型のコックピットから『量子通信』を使ってリアルタイムで遠隔操作をしている……言ってしまえば、『無線式のガンバレル』のバカでかいヤツ、だと思ってください」
「……………………はぁ!?」
マードックさんの口から、今日一番の素っ頓狂な声が漏れた。
アサギさんたち3人も、目を点にして僕と3機のティエレンを交互に見比べた。
「無、無線式のガンバレルって……お前、この鉄の塊を一人で3機も同時に操るってのか!?」
「はい。僕の思考をOSが演算して、各機体に最適化された機動データを送る仕組みです。だから、僕が一人で1個小隊分の戦力になりますよ」
「…………」
マードックさんはポカンと口を開けたまま数秒間フリーズした。
そして、顔を引きつらせながら、深く、ひどく疲れたような溜息を吐き出した。
「……また、わけのわかんねぇスゲェもん造りやがって。お前さん、脳みその構造どうなってんだ……」
「あはは……技術の進歩ですよ、マードックさん」
僕は曖昧に笑って誤魔化すしかなかった。
彼らが呆れるのも無理はない。一人のパイロットが、物理的な質量を持った複数機のモビルスーツを完全に掌握し、手足のように操る。
それは、このコズミック・イラの常識を根底から破壊する『戦場の特異点』そのものなのだから。
「ま、いいさ。俺たちゃ整備するだけだ。だがな、無茶だけはすんなよ、坊主。この艦の戦力がお前さんの肩に掛かりすぎてるってのは、俺たちにとっちゃ胃の痛い話なんだからな」
ぶっきらぼうにそう言い残し、マードックさんは作業員たちへ指示を出すために背を向けた。
アサギさんたちも、渋々といった様子でアリュゼウスユニットのマニュアルと睨めっこを始めている。
その背中を見つめながら、僕は小さく頷いた。
彼らに胃の痛い思いをさせているのは申し訳ないが、それでも、この「過剰なまでの戦力」が必要になる時が必ず来る。
アークエンジェルのギチギチの格納庫は、僕たちがこの先の苛烈な運命を乗り越え、誰一人欠けることなく生き残るための、確かな『生存への執念』の形そのものだった。
◇◇◇
格納庫の喧騒をマードックさんたちに任せ、僕はアークエンジェルのブリッジへと足を運んだ。
少しだけ張り詰めた空気の残る艦橋内を見渡しながら、僕は改めてマリューさんに尋ねた。
「ラミアス艦長。第8艦隊との合流を前に、どうしてアークエンジェルはわざわざこのデブリベルトへやって来たんですか?」
正規のルートを通って第8艦隊との合流ポイントへ直行していれば、もっと安全に航海できていたはずだ。僕の問いに対し、マリューさんは少し疲れたように息を吐いて、メインスクリーンに戦術マップを展開した。
「それが……アルテミスを出港して間もなく、ザフトのローラシア級に捕捉されてしまったのよ。おそらく、クルーゼ隊の別動隊ね」
横から、ナタルさんが厳しい声で補足する。
「アルテミスでの防衛戦で、フラガ大尉が敵のブリッツを中破させ、クルーゼ隊も痛手を負ったはずだ。だが、奴らは我々を諦めるつもりが全くないらしい。あのまま開けた宙域で追尾され続ければ、いずれ増援を呼ばれて挟撃されるのは火を見るより明らかだった」
「だから、このデブリ帯の物理的な遮蔽物と、濃密なデブリ群による熱源センサーの欺瞞を利用して、敵の追跡を振り切るために、ここに来たというわけ」
マリューさんがそう締めくくった。
なるほど。ひどく納得のいく、そして極めて真っ当な戦術的判断だった。
原作ではアルテミスを脱出し、損傷した艦の修理と枯渇寸前の水の補給を行うために、身を隠すようにこのデブリベルトへと逃げ込んだ。
だが今回は違う。アルテミスでアークエンジェルは十分な補給と修理を受け、万全の状態で出港している。
それでも、武装の整ったローラシア級と正面から無用な砲撃戦を演じるリスクを考えれば、「デブリ帯を利用して追跡を撒く」というのは、最も手堅く正しい選択だ。
(そして、マリューさんたちがその真っ当な判断を下した結果……彼らは、僕とラクスが居るこの宙域へと偶然にもやって来たというわけだ)
バタフライ・エフェクトで過程は大きく変わったのに、最終的に「アークエンジェルがデブリベルトにやって来る」という結果だけは同じ場所に収束している。歴史の修正力というよりは、各指揮官の論理的な判断が積み重なった結果の必然なのだろう。
「……正しい判断だと思います。ローラシア級がしつこく追尾してきているなら、搭載されているMS部隊も出撃の機会を虎視眈々と狙っていると考えるべきですし」
僕は静かに頷き、肯定の言葉を返した。
「ええ。だからこそ……あなたが無事に戻ってきてくれて、本当に助かったわ、キラ君」
マリューさんが、心底ホッとしたような、優しい眼差しを僕に向ける。
軍の規則には厳しいナタルさんも、僕が連れ帰ったMS戦力を評価してか、小さく頷いていた。
「ヤマト三尉の持ち帰った追加戦力は、確かに想定外の代物だが……この状況下においてはこれ以上ないほど頼もしい。これで、敵のローラシア級が捕捉してきたとしても、十分以上の迎撃態勢が取れる」
「はい。いざとなれば、僕の部隊でローラシア級のMS部隊を封じ込めて、第8艦隊との合流ポイントまでの血路を開きます」
僕がそう宣言すると、ノイマンさんやチャンドラさんといったブリッジのクルーたちの顔にも、目に見えて安堵の色が広がった。
彼らにとって、僕が規格外の化け物じみた機体に乗っていようが、学生上がりの技術者だろうが関係ない。
僕が「味方」としてここに立ち、共に生き残るために戦ってくれるという事実こそが、最大の希望なのだろう。
(第8艦隊との合流まで、あと少しか……)
僕はブリッジの窓越しに広がる暗礁宙域の闇を見つめながら、アスランと再び刃を交えることになるであろう戦に向けて、冷たく重い覚悟を決めていた。