やめてよね、僕が准将みたいに出来るわけないじゃないか 作:星乃 望夢
アリュゼウスユニットの正式な運用担当者は、シミュレーターでのテストを経て、マユラさんの搭乗する『グリーンフレーム』に決定した。
「えっ、嘘!? 私が一番スコア良かったの!?」
結果を見たマユラさんが、信じられないというように素っ頓狂な声を上げた。
隣でモニターを覗き込んでいたアサギさんとジュリさんも、少し驚きつつも納得したような顔をしている。
実を言うと、僕の目から見てもこの結果はある程度予想できていたものだった。
アストレイのテストパイロットを務める彼女たち3人には、それぞれ明確なパイロットとしての『得手』がある。
リーダー格のアサギさんは『射撃戦』が得意だ。ジュリさんは『近接格闘』に秀でている。
対してマユラさんは、射撃と近接のどちらかに特化しているわけではない。言い換えれば、どちらも不得手ではなくそつなくこなせるオールラウンダーだ。
だが、彼女には二人より明確な武器があった。それが『反射神経』である。
「ちょっと悔しいけど……あの変態的な加速とGの変化についていく反応速度は、マユラがダントツだったわね」
ジュリさんが腕を組みながら、渋々といった様子で認める。近接戦闘が得意なジュリさんの方が一見すると反射神経が高そうに思えるが、純粋な「瞬間的な反応速度」においては、マユラさんの方が一枚上手なのだ。
僕がアリュゼウスユニットの主戦法として想定しているのは、大推力のプラズマジェットエンジンを用いた『超高速での一撃離脱』と『三次元的なドッグファイト』である。
TC-OSの自動姿勢制御があるとはいえ、機体が急加速・急旋回を繰り返す「空飛ぶジェットコースター」のような状況下では、論理的な思考よりも、直感的な反射神経で機体を制御しながら射撃しつつ、時として近接戦闘を仕掛ける能力が求められる。
「私はあんなジェットコースターに振り回されながら、精密射撃なんて御免だわ。……マユラ、あんたに任せたわよ」
アサギさんが、呆れ半分、期待半分の笑みを浮かべてマユラさんの肩を叩いた。
「うっ……任されたのは嬉しいけど、いざ実機であの機動をやるのかと思うと、今から胃が痛くなってきたかも……」
マユラさんは引きつった笑いを浮かべながらも、与えられた「自分だけの専用装備」という事実に、どこか誇らしげな表情を隠しきれていなかった。
「マードックさん、換装作業の指示をお願いします。アリュゼウスユニットは、マユラさんのグリーンフレームにマウントします」
「おう! 了解した。おい野郎ども、緑のアストレイを第2デッキへ回せ! 例のバカでかいユニットを着せるぞ!」
マードックさんの怒号と共に、クレーンが唸りを上げて動き出す。
流麗な細身のシルエットを持っていたグリーンフレームに、極厚の増加装甲と、シェルフノズルを備えたフライトユニットが次々と組み付けられていく。
完成したその姿は、軽快なモビルスーツというアストレイの見た目をすっぽりと隠し、圧倒的な質量と推力を誇る『重装甲の怪鳥』といった趣だ。
この機体がもはや単なる護衛機ではなく、戦局を左右する戦術級の機動兵器であることを無言で物語っていた。
「これで、アサギさんのホワイトフレームは後方からの射撃支援、そしてマユラさんのアリュゼウスが敵陣を掻き乱す高機動アタッカーとしての役割分担が完璧に機能するはずです」
僕はコンソールでグリーンフレームのOSに最終的なアリュゼウス用のアジャストパッチを当てながら、確かな手応えを感じていた。
◇◇◇
アークエンジェルの喧騒に包まれた格納庫で、グリーンフレームへのアリュゼウスユニット組み付け作業が順調に進むのを横目に、僕は別の機体の最終調整に取り掛かっていた。
『高機動型ジン』のコックピットに潜り込み、僕はパイロット用のノーマルスーツに身を包んだジュリさんと共に、コンソールに端末を接続し、OS画面を開いてひたすらにコードを打ち込んでいた。
「うわぁ……何これ。OSのパラメーター画面が、アストレイの時よりさらにぐちゃぐちゃじゃない。キラ君、よくこんなの暗譜で打ち込めるわね」
ジュリさんが、僕の指先が叩き出す尋常ではない速度のタイピングを見て、呆れたような、あるいは若干引いたような声を漏らす。
「元のジンとは完全に別物になっていますからね。特に、この背中の装備のせいで」
僕が調整しているのは、以前ムウさんのストライクに貸し出していた『メビウスパック』を再びこのジンへと接続し、そのシステムをTC-OSと完全に同期させる作業だ。
ムウさんの卓越した空間認識能力によって得られたガンバレルストライクの実戦データと、僕がティエレン全領域対応型で構築した『量子通信によるビットMSの遠隔操作』のノウハウ。
その二つの膨大な戦闘ログを抽出し、掛け合わせることで、空間認識能力を持たない普通のパイロット──つまりジュリさんでも、有線式ガンバレルを本格的な『インコム』として扱えるようにOSをアップデートしているのである。
「ジュリさんはオーブ本国のモルゲンレーテで、テスト用のジンに乗った経験があるから、機体の基本操作自体は問題ないと思います。機動性も、僕がスラスター周りを弄ったので本体だけでもノーマルの2割増しで動けます。……ただ、問題はこの『メビウスパック』を背負った時の挙動変化です」
僕はモニターに機体の重心と推力のシミュレーション図を展開し、ジュリさんに説明を続けた。
2基のガンバレルを搭載したメビウスパック。これを背負っている間は、パック側のメインエンジンを併用できるため、機動性は一気に3割増しという爆発的な加速力を得られる。
しかし、いざ戦闘が始まり、エンジンブロックを兼ねているガンバレルを『射出』した瞬間、機体は後方の巨大なデッドウェイトによって急激に機動性が低下してしまうのだ。
さらに厄介なのは、ガンバレルを射出するたびに機体全体の質量と重心がリアルタイムで変動していく点である。
自機の状態(ガンバレルが背中にあるのか、展開中なのか)を常に頭の片隅で把握し、その機動性の変化のズレに感覚をアジャストさせながら機体制御を行わなければならない。
少しでも気を抜けば、推力の抜けや重心のブレによって、回避行動がワンテンポ遅れて致命傷になりかねないという、小難しい機体になってしまっていた。
「メビウス・ゼロでガンバレルを自分の手足のように扱ってきたムウさんは、その辺りの質量変化も完全に『直感』で補正してストライクを乗りこなしていましたが……ガンバレルを使うのが初めてのジュリさんが、実戦の極限状態の中でどこまでこの変化に対応できるかは、未知数です」
「……なるほどね。要するに、背中の重りとエンジンが戦闘中に勝手に飛んでいくから、その度に機体のクセが変わるってわけね。じゃあ、いっそ最初からパックを外しちゃえば?」
ジュリさんが身も蓋もない提案をするが、僕は首を横に振った。
「いえ、ガンバレルを攻撃に使わなかったとしても、背負っているだけで単純な機動性を底上げする『高機動ブースターパック』として機能しますから、装備していて損はありません」
背部の重量増加によるAMBACの低下、つまり運動性の低下を補うため、このジンの左腕にはストライクやアストレイと同型の『アンチビームコーティングシールド』を装備させてある。
ビーム兵器に対しても強固な防御力を持つこの盾があれば、運動性のカバーとしては十分にお釣りがくる。
そして、最大の脅威はその攻撃力だ。
僕は右手のコンソールを操作し、手持ちの主兵装である『Eパック方式レーザートーチライフル』の出力を確認した。
僕のティエレン全領域対応型が装備しているものと同型の、この世界ではまだオーパーツに近い代物だ。
「ジュリさん。このライフルは、ザフトの重突撃機銃のような実体弾じゃありません。GAT-Xシリーズと同等の……いや、それ以上の出力を持つレーザーライフルです。そして、銃身の下部から高出力のレーザー刃を出力させれば、そのままレーザーサーベルとして運用できます」
「……あ。そういうことね」
好戦的な笑みが、ジュリさんの口元に浮かんだ。彼女は僕の意図を完全に理解したようだ。
「ええ。2基の実弾型ガンバレルを射出して、オールレンジ攻撃で敵の死角を突き、回避運動を強要させる。そして、敵の体勢が崩れたその隙に、このレーザートーチで撃ち抜く、或いは間合いが近ければ両断する。ガンバレルを背負えば選択肢が増えるんですよ」
見た目こそザフトのジンかもしれない。
もし、ザフトの技術者たちがこれを見たら、自分たちの知る「ジン」の常識を根底から覆す機動と武装の前に、戦慄を覚えることは間違いないだろう。
アサギさんのホワイトフレーム、マユラさんのグリーンフレーム・アリュゼウス、そしてジュリさんの高機動型ガンバレルジン。
本当ならアストレイを渡してあげたいけれども、無い物ねだりをしても仕方がない。
ミラージュフレームの素体をパクってくればプロトアストレイ3機体制を実現出来たものの、そうなるとライブラリアンの手にミラージュフレームが渡らない可能性を考えたら放置しておくしかなかった。
本篇は僕が関われる範囲でなんとかして行けても、裏舞台のASTRAYに関してはもうロウさんたちに任せるしかない。
だから敵の戦力を削ぐという選択肢よりも、下手にフラグを弄ってASTRAYのストーリーが難易度が上がってしまってロウさん達に何か良からぬ事が起こってしまえば、僕は自分を許せなくなるからミラージュフレームの素体に関しては手を付けなかったのだ。
◇◇◇
格納庫に鎮座する宇宙用ティエレン指揮官機仕様。その前にトールとサイの姿があった。
僕が声を掛けると、トールは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに真剣な眼差しになって僕を直視した。予想通りだ。彼がこの格納庫にいる理由など、一つしかない。
「……キラ。その、この機体、俺にも乗せてくれないか?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に鉛のような塊が落ちるのを感じた。
僕が留守の間、トールはアルテミスで宇宙用ティエレンを動かしていたらしい。だが、それはあくまで「物資の運搬」や「作業」の範疇だ。戦場に立つこととは訳が違う。
「トール、戦場は僕や君が思っている以上に危険なんだ。ティエレンは堅牢だけど、その防御力だって絶対じゃない。ヘリオポリスの時、君を戦場に出してしまった僕が今更言えた義理じゃないのはわかってはいるけれど。それでも僕は君に、またあんな危険な真似はさせたくないよ」
僕は精一杯の拒絶を込めて言った。けれど、その言葉は自分の口から出た瞬間、空しく響いた。
今の彼らにとって、僕の言葉は「身勝手な特権階級の拒絶」に聞こえるかもしれない。何より、僕自身が彼らを守り切れるという保証など、どこにもないのだ。
「分かってるよ。でも……ミリィを守るためなら、俺だって戦いたいんだ。アークエンジェルが攻撃された時、何も出来ずに震えてるだけなんて、もう嫌なんだ」
彼の言葉には、揺るぎない覚悟が宿っていた。
原作でトールはスカイグラスパーという薄皮一枚の戦闘機に乗って戦い、散っていった。そうなるくらいなら。そうなるくらいなら、僕が知っている「最強の盾」を彼に与える方が、よほど生存率は高まるはずだ。
同じ男として、愛する人を守るために戦うと決めた親友の意志を、今の僕には否定する資格なんてない。
「……分かった。絶対に、絶対に無茶をしないことを条件にするよ」
僕はコックピットのアクセスコードを彼の端末へと転送した。
「無人機として運用するつもりだった機体だけど、コックピットは有人仕様のままだから、そのまま操縦できる。……トール、頼むから、生きて帰ってきてくれ」
「ああ! 礼を言うよ、キラ!」
トールは輝くような笑顔を見せ、早速自分の手になじむようにTC-OSのパラメーターを調整しに行った。その背中を見送り、僕はふと、傍らで黙り込んでいたサイへと視線を向けた。
トールが戦う決意をした今、サイは何を思っているんだろう。
彼はトールほど猪突猛進ではない。冷静で、状況を客観的に見ることができる彼だからこそ、この戦争の理不尽さを誰よりも理解しているはずだ。
「サイ……君はどうして?」
僕は、彼がトールと同じように「機体を貸してくれ」と言ってくるのか、それとも別の何かを求めているのかを確かめるように、静かに尋ねた。
僕が問いかけると、サイはゆっくりと視線を僕へと移した。
「なぁ、キラ。お前にばかり戦わせて……それにトールまでMSに乗ってるのを見ていたらさ。俺にも……あいつを動かせるんじゃないかって、そう思えてきちゃってさ」
自嘲気味に笑う彼の言葉の裏にある感情を、僕はすぐに読み取ることができなかった。
技術的な話をすれば、彼がティエレンに乗れるか乗れないかで言えば、間違いなく『乗れる』。
僕が構築したTC-OSの恩恵は絶大だ。機体の重心移動やスラスターの細かい推力調整といった、ナチュラルでは処理しきれない複雑な演算はすべてOSが補正してくれる。一時間も動かせば、それなりに戦場を駆け回るだけの形にはなるはずだ。
最初はトールだって、TC-OSを載せたワークスジンを動かして、MSの操縦に慣れていったのだから。
けれども、だからといって彼が戦場に出る理由にはならない、と僕は咄嗟に思ってしまった。
「サイ。僕が戦っているのは、皆を守りたいからだ。トールだって、ミリアリアを守りたいっていう彼なりの強い理由があったから、僕は機体を譲った」
僕は無意識のうちに、彼を戦火から遠ざけようと言葉を紡いでいた。
「でも、僕やトールが乗るからって……無理をして、サイまでMSに乗る必要はないんだよ。艦の中だって、手伝えることはたくさんあるじゃないか」
それは、友人としての純粋な心配だった。
いや、心配だと思い込んでいた。
「……っ」
僕の言葉を聞いた瞬間、サイはひどく寂しげな、そして僅かに傷ついたような息を小さく吐き出した。
彼は俯き加減に視線を落とし、拳を強く握りしめると、絞り出すような声で言った。
「……俺だって、友達を守りたいって思う気持ちは、お前と同じだぞ」
──ドクン、と。
心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
雷に打たれたような衝撃が、僕の脳天を貫いた。
やってしまった……。
先刻、ユニウスセブンの残骸を前にして『なんでもかんでも自分一人で出来ると自惚れるつもりはない』と誓ったばかりではないか。それなのに、僕は今、目の前にいる友人に対して、なんという言葉を投げかけてしまったのだろう。
前世の記憶を持つ僕が、どんなに気を付けていようとも、この『スーパーコーディネイター』という圧倒的な力を持つ肉体が、無意識のうちに僕の精神構造を歪ませている。
「僕がやらなくちゃならない」「僕がみんなを守らなくちゃならない」。
その前世のこのキラ・ヤマトという役割を覚えている視点と、僕自身の皆を守りたいという責任感の裏側には、『君たちは弱いから、安全な場所で大人しく守られていればいい』という、極めて見下した、残酷な庇護欲が隠れ潜んでいるのを、僕は今もってサイの言葉から自分自身の傲慢な思考を自覚してしまった。
僕がみんなを守りたいと思うのは自由だ。
だが、サイだって同じことを思ってはいけないなんていう道理は、この宇宙のどこにもない。
カレッジのグループの中で、誰よりも面倒見がよく、常に一歩引いて皆の安全や状況を俯瞰してきた責任感の強い彼だ。
そのサイが、最前線で命を削る僕や、愛する者のために引き金を引く決意をしたトールを見て、「自分も戦って皆を守る」と思考するのは、あまりにも自然で、尊い『彼自身の意志』だった。
それを、僕は『無理をするな』という優しい言葉の皮を被せて、彼の決意と誇りを無下にしようとしたのだ。
「……ごめん、サイ。僕が、間違っていた」
僕は深く頭を下げ、そして真っ直ぐに彼の瞳を見つめ返した。
もう、子供扱いして遠ざけるような真似はしない。彼が同じ土俵に立つと言うのなら、僕は彼に対して、一人の戦士としての『最も残酷な問い』を投げかけなければならない。
「サイ。君がみんなを守りたいと思ってくれていること、すごく嬉しいし、その気持ちを否定した僕がバカだった。……でも、だからこそ、本当に良いのか、ちゃんと聞いておきたいんだ」
格納庫の喧騒が、遠くへ退いていくような感覚がした。
僕は一歩だけ彼に歩み寄り、声を潜めて、しかし絶対に逃げ場のない重さを込めて問いかけた。
「サイも知っての通り、僕は……戦場に出ても、極力人を殺さないように戦っている。相手の武器を破壊して、メインカメラを潰して、戦う力だけを奪って無力化する。それは僕に、機体の性能と処理能力の余裕があるからできる、ある意味で『身勝手な戦い方』なんだ」
サイが息を呑むのが分かった。
「でも、もしサイやトールがモビルスーツに乗って戦場に出るなら……その余裕はない。敵は本気で僕たちを殺しに来る。君が皆を守るためには、敵のコックピットを直接狙って、相手の命を確実に奪わなきゃならない場面が必ず来る」
僕の言葉は、冷たい刃のように静かにサイの胸に突きつけられる。
「モニター越しじゃない。君の指先一つの動きで、赤の他人の人生が終わるんだ。その人が誰かの家族であっても、恋人が居ても……君が引き金を引けば、炎と一緒にその命は消える」
僕は、先ほどミリアリアのために命を懸けると言ったトールの目の中に、その覚悟を見たからこそ、僕は彼にティエレンを託した。
「人を撃ち殺して、それでも自分は正しいことをしたんだって、夜眠る時に自分に言い聞かせなきゃいけなくなる。その罪悪感を一生背負ってでも、皆を守るために引き金を引く覚悟が……人の命を奪う覚悟が、今の君にあるかい?」
格納庫の冷たい空気が、僕たちの間に重くのしかかる。
もし、彼にその覚悟がないまま、ただ「役に立ちたい」という焦りだけで機体に乗せれば、初めて人を殺した瞬間に彼の精神は病んでしまうだろう。
それは、彼にとっても僕にとっても、一生取り返しのつかない後悔になる。
僕はサイの答えを急がなかった。
ただ、彼の震える瞳の奥に、どのような決断の火が灯るのかを、友人として、そして彼を戦場という地獄へ導くかもしれない案内人として、静かに見定めていた。
「……ごめん。少し、頭を冷やして考えるよ」
サイのその言葉には、逃げや怯えといったネガティブな響きはなかった。
むしろ、僕が突きつけた『命を奪うことの絶対的な重み』を正面から受け止め、自分の現在のキャパシティと照らし合わせた上での、極めて誠実で理知的な後退だった。
「うん。焦らなくていいよ、サイ」
僕はその決断を否定もせず、かといって過剰に安堵して喜ぶこともなく、ただ静かに受け止めた。
彼がモビルスーツに乗ろうが乗るまいが、僕にとって彼が大切な友人であることに変わりはない。だからこそ、その重すぎる選択の答えを、彼自身のペースで導き出してほしかったのだ。
サイが静かに踵を返し、自分にできる艦内作業へと戻っていく背中を見送りながら、僕はティエレンの冷たい装甲を見上げた。
僕には、僕の想う『守りたい世界』がある。
そのために、自ら泥を被り、MSに乗って戦場へ出る覚悟を決めた。
「極力、人の命を奪わない」
「敵の武装やカメラだけを破壊し、無力化する」
けれども、それはあくまで僕自身の魂を摩耗させないための『努力目標』に過ぎないという冷酷な事実を、僕自身が一番よく理解している。
この世界は、アニメの中のお伽噺ではない。
悪意は存在し、対話が通じない狂気も存在し、向こうは一切の躊躇なく僕たちの命を奪いに来る。
もし、本当にそうしなければならない時が来た時。
無力化などという甘い手段が通用せず、誰かを殺さなければ僕の大切な人たちが死んでしまうという、最悪の天秤を突きつけられた時。
僕は、迷わず銃爪を引く。
その覚悟は、とうの昔に固めている。
僕の手が血で汚れ、人殺しの業を背負うことになろうとも、それで僕の想う守りたい世界の明日が守れるのなら、僕は命を奪うための引き金を引いてみせる。
だからこそ分かるのだ。
人を殺すという行為が、どれほど魂を削り、人の形を歪めてしまうものなのかを。
厳しい訓練を受け、国家という大義名分を与えられたプロの軍人でさえ、初陣で人を撃てば嘔吐し、悪夢にうなされると聞く。それが人間としての正常な生理的忌避感だ。
ましてや、平和なコロニーでカレッジに通い、つい先日までノートとペンしか握っていなかったサイたちに、「今すぐ人殺しの覚悟を決めろ」などと強要できるはずがない。
そんなことをすれば、彼らの心をあらかじめ壊してしまうのと同じことだ。
「……さてと」
僕は小さく息を吐き出し、格納庫の天井を仰ぎ見た。
トールは自らの意志でティエレンに乗り、愛する者を守るための剣を取った。
サイは自らの心と向き合い、本当の覚悟の重さを測るために立ち止まった。
どちらも、彼らが自分で選び取った尊い一歩だ。
だからこそ僕は、その意志を尊重する。
そんな彼らの笑っていられる明日を守る為に、僕は僕に出来ることをしようと、僕のティエレンのコックピットへ向けて床を蹴った。